説明

リン酸クロム水溶液及びその製造方法

【課題】 残留有機炭素含有量が極めて少ないリン酸クロム水溶液及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】 本発明のリン酸クロム水溶液は、リン酸クロムが組成式Cr(H3-3/nPO4n(式中、nは2≦n≦3の数を示す)で表され、全有機炭素がクロムに対して3.5重量%以下であることを特徴とする。シュウ酸の含有量が0.5重量%以下であることが好ましい。このリン酸クロム水溶液は、クロム酸水溶液にリン酸を混合し、次いで一価アルコール及び二価アルコールから選ばれる少なくとも一種の有機還元剤を添加することで好ましく製造される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン酸クロム水溶液及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リン酸クロムは、例えば鉄、ニッケル、銅などの各種金属に亜鉛めっきを施した表面に、化成被膜を形成するための処理液として用いられる(特許文献1参照)。従来リン酸クロムの製造方法としては、鉱石をアルカリ酸化焙焼して得た重クロム酸ソーダ溶液に硫酸を加え、有機物で還元して硫酸クロム溶液とし、これに苛性ソーダまたはソーダ灰を加えて水酸化クロムまたは炭酸クロムの沈澱を生成させ、濾過、水洗した後、リン酸を加えて溶解する方法等がある。また水酸化クロムをリン酸で溶解する方法も知られている。
【0003】
従来法のうち、水酸化クロムをリン酸で溶解する方法は、硫酸クロムに苛性ソーダまたはソーダ灰を加えて得た水酸化クロム沈殿の水洗が大変難しく、水酸化クロム中のナトリウムまたは硫酸塩等の不純物を除くことができない問題を有している。
【0004】
リン酸クロム水溶液とは別に、金属の表面処理剤として硝酸クロム水溶液も知られている。六価のクロムフリーの硝酸クロム水溶液を得る方法として、水溶液中の全有機炭素の量を特定の範囲とする方法が提案されている(特許文献2参照)。
【0005】
【特許文献1】特開2003−268562号公報
【特許文献2】特開2002−339082号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って本発明の目的は、前述した従来技術が有する種々の欠点を解消し得るリン酸クロム水溶液及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、組成式Cr(H3-3/nPO4n(式中、nは2≦n≦3の数を示す)で表されるリン酸クロムを含み、全有機炭素がクロムに対して3.5重量%以下であることを特徴とするリン酸クロム水溶液を提供することにより前記目的を達成したものである。
【0008】
また本発明は、組成式Cr(H3-3/nPO4n(式中、nは2≦n≦3の数である)で表されるリン酸クロムを含むリン酸クロム水溶液の製造方法であって、
クロム酸水溶液に、リン酸並びに一価アルコール及び二価アルコールから選ばれる少なくとも1種の有機還元剤を添加することを特徴とする組成式Cr(H3-3/nPO4n(式中、nは2≦n≦3の数である)で表されるリン酸クロム水溶液の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明のリン酸クロム水溶液は、全有機炭素が微量であり、これを用いて金属の表面処理を行うと、優れた光沢の製品が得られる。また本発明の製造方法によれば、残留有機炭素が極めて少ないリン酸クロムの水溶液が工業的に有利に製造できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明をその好ましい実施形態に基づき説明する。本発明のリン酸クロム水溶液は、組成式Cr(H3-3/nPO4n(式中、nは2≦n≦3の数を示す)で表されるリン酸クロム(例えば重リン酸クロム)を含む水溶液である。前記組成式で表されるリン酸クロムには、Cr(H2PO43の他に、Cr(H1.5PO42、Cr(H1.8PO42.5等が含まれる。
【0011】
前記組成式で表される化合物は、本発明のリン酸クロム水溶液中にそれぞれ単独で存在していてもよく、或いは2種以上の任意の組み合わせで存在していてもよい。2種以上を組み合わせることで、具体的な用途にふさわしい溶液を調製することができる。
【0012】
本発明のリン酸クロム水溶液は、全有機炭素(以下TOCともいう)が低レベルであることによって特徴付けられる。詳細には、本発明のリン酸クロム水溶液は、TOCがクロムに対して3.5重量%以下、好ましくは1.0重量%以下、更に好ましくは0.5重量%以下という低レベルのものである。TOCとは、有機物として溶液中に残留しているCの総量である。本発明者らの検討の結果、TOCを3.5重量%以下にすることで、リン酸クロム水溶液を金属の表面処理剤として用いた場合に光沢が極めて優れたものになることが判明した。
先に述べた特許文献2では、六価のクロムを確実に三価のクロムに還元させるために、硝酸クロム水溶液中に或る程度以上の量のTOCが必要であることが記載されている。しかし本発明者らがTOCに関して詳細に検討を行ったところ、TOCの量を増やすと、リン酸クロム水溶液を金属の表面処理剤として用いた場合に十分な光沢が得られないことが判明した。本発明のリン酸クロム水溶液を、後述する製造方法で製造すれば、TOCが低レベルであっても、六価のクロムを確実に消滅させることができる。本発明のリン酸クロム水溶液におけるTOCの下限値に特に制限はないが、後述する製造方法を用いるとTOCを0.05重量%という極めて低いレベルにすることができる。
【0013】
本発明のリン酸クロム水溶液中のTOCは、例えば島津製作所製のTOC500型全有機炭素計によって測定することができる。
【0014】
本発明のリン酸クロム水溶液は、有機物の一種であるシュウ酸の含有量が低レベルであることによっても特徴付けられる。本発明者らの検討の結果、TOCが低レベルであることに加え、シュウ酸の含有量が低レベルであると、本発明のリン酸クロム水溶液を金属の表面処理に用いた場合に、一層優れた光沢の製品が得られることが判明した。先に説明した特許文献2に記載の技術では六価のクロムを還元させるために、でんぷんやブドウ糖など炭素数の多い有機還元剤を用いていることに起因して、水溶液中に存在しているシュウ酸の量が比較的多い。
【0015】
本発明のリン酸クロム水溶液中におけるシュウ酸の量は、0.5重量%以下、好ましくは0.02重量%以下、さらに好ましくは実質的に含まないという低レベルなものである。またシュウ酸の量は、対クロムで好ましくは8重量%以下、更に好ましくは4重量%以下、一層好ましくは0.5重量%以下であり、実質的に含まないことが特に好ましい。シュウ酸の量は、例えばイオンクロマトグラフィーによって測定することができる。本発明のリン酸クロム水溶液におけるシュウ酸の含有量の下限値に特に制限はないが、後述する製造方法を用いるとシュウ酸を実質的に含まないという極めて低いレベルにすることができる。
【0016】
本発明のリン酸クロム水溶液は、TOCが低レベルであるにもかかわらず、水溶液中に六価のクロムが実質的に存在していない。従って本発明のリン酸クロム水溶液には、環境負荷が小さいという利点がある。かかる水溶液は、後述する製造方法によって好適に製造される。
【0017】
六価のクロム化合物は侵食性や酸化性を有するので、これを原料として得られるリン酸クロム水溶液には不純物金属イオン、特にNa及びFeが不可避的に多量に混入する。これに対して、本発明のリン酸クロム水溶液はこれらの金属イオンの含有量が極めて少ないことによっても特徴付けられる。具体的には、リン酸クロム水溶液中の不純物金属イオンは、Naが好ましくは30ppm以下、更に好ましくは20ppm以下という低いレベルになっている。Feに関しては、好ましくは20ppm以下、更に好ましくは10ppm以下となっている。不純物金属イオンの濃度測定には、例えばICP−AESが用いられる。
【0018】
前述した不純物金属イオンの含有量が極めて少ないことに加えて、本発明のリン酸クロム水溶液は、不純物陰イオン、特に塩化物イオン及び硫酸イオンの含有量が極めて少ないことによっても特徴付けられる。具体的には、リン酸クロム水溶液中の不純物陰イオンは、Clが好ましくは10ppm以下、更に好ましくは5ppm以下という低レベルになっている。SO4に関しては、好ましくは100ppm以下、更に好ましくは50ppm以下となっている。
【0019】
本発明のリン酸クロム水溶液は、例えば金属の表面処理用、クロメート用として用いた場合には、光沢に優れた製品が得られるという利点がある。
【0020】
次に本発明のリン酸クロム水溶液の好適な製造方法について説明する。
【0021】
まず、原料であるクロム酸水溶液は、例えばクロム鉱石をアルカリ酸化焙焼して得たクロム酸ソーダを出発原料とし、種々の精製処理を施して得た三酸化クロム酸を水に溶解して得られる。このようにして得られたクロム酸水溶液は、硫酸クロムに苛性ソーダ又はソーダ灰を加えて得られた水酸化クロムや炭酸クロムを原料として調製されたクロム酸水溶液や、高炭素フェロクロムを硫酸又は塩酸で溶解して得られたクロム酸水溶液に比べてFe、Na、Mg、Al、Ca、Ni、Mo、W等の不純物が極めて少ないものである。またClやSO4の含有量も低レベルにすることができる。
【0022】
なお、クロム酸水溶液は反応系において溶液であればよく、当初の反応時に三酸化クロムを使用することも可能である。しかし、多くの場合はこれに水を加え、溶解して調製された水溶液をを使用する。クロム酸水溶液の濃度に特に制限はないが、一般的な範囲として20〜60重量%であることが好ましい。
【0023】
クロム酸水溶液に添加される有機還元剤としては、後述の還元反応において炭酸ガスと水とに殆ど分解し、実質的に有機分解物が残らないものが用いられる。具体的にはメチルアルコール、プロピルアルコール等の一価アルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール等の二価アルコールが使用される。有機還元剤として炭素数の多い糖類を用いると有機分解物が残りやすく、TOCを低レベルにすることが容易でない。特に有機分解物としてシュウ酸が生じると、これが表面処理における皮膜外観に悪影響を与えるおそれがある。従って本製造方法においては、TOCを低レベルにすることが容易であり且つシュウ酸が生成しにくい還元剤である一価及び二価アルコールから選ばれる少なくとも1種の有機還元剤を用いることが好ましい。また、一価又は二価アルコールを用いると、化学量論量に近い還元反応を得やすいという利点もある。これらの観点から低級アルコール(例えば炭素数4以下のアルコール)、特にメチルアルコール又はエチレングリコールを用いることが好ましく、とりわけメチルアルコールを用いることが好ましい。
【0024】
有機還元剤は、そのまま希釈せずにクロム酸水溶液に添加してもよく、或いは水に希釈した状態で添加してもよい。水に希釈する場合は、有機還元剤の濃度を10〜30重量%程度にすることが、操作性および反応の管理の点から好ましい。
【0025】
リン酸(オルトリン酸)と有機還元剤をクロム酸水溶液に添加する順序に特に制限はない。例えばリン酸と有機還元剤と同時にかつ別々に添加することができる。あるいはリン酸と有機還元剤と混合し、混合液をクロム酸水溶液に添加することもできる。好ましくは、クロム酸水溶液に予めリン酸を混合し、反応系内の酸性度を高めておき、次いで有機還元剤を添加する。これによって、シュウ酸の生成を一層抑えることができる。リン酸(オルトリン酸)としては、工業用のものを用いることができる。通常は濃度が75重量%以上のものが用いられる。しかしこれに限定されない。これらの諸原料は本発明の目的上可及的に高濃度のものを用いることが望ましい。
【0026】
有機還元剤として例えばエチレングリコールを用いた場合における本製造方法の反応式は以下の通りである(式中xは2≦x≦3の数を表す)。
10H2CrO4+10xH3PO4+3(CH2OH)2 → 10Cr(H3-3/xPO4)x+6CO2+34H2O
【0027】
有機還元剤をクロム酸及びリン酸混合水溶液に添加することで酸化還元反応が開始する。反応はかなりの発熱を伴って速やかに進行する。反応温度は、通常90〜110℃である。発生した水蒸気は、コンデンサーによって冷却して反応系内に還流させる。
【0028】
反応終了後、暫時熟成させ、そのまま製品とすることができる。熟成は、30分以上、90〜110℃で行うことが好ましい。かかる熟成は、溶液中に存在するCr6+を実質的に0にすることと、TOCをクロムに対して3.5重量%以下にすることが主な目的である。必要に応じて更に有機還元剤を加えて残存しているCr6+を完全に還元する。また、必要に応じリン酸を加え、クロムイオンとリン酸イオンとのモル比を微調整してもよい。
【0029】
本製造方法で得られたリン酸クロム水溶液は、TOCが低レベルであり、しかも六価のクロムが実質的に存在していない。得られたリン酸クロム水溶液は、必要であればこれを加熱濃縮し、冷却させることによりリン酸クロムの結晶を得ることができる。
【0030】
前記の加熱濃縮では、リン酸クロム水溶液中の水分を除去すれば良い。加熱濃縮は反応が完結した後でも、反応中に行っても良い。反応中に加熱濃縮する場合には、発生した水蒸気をコンデンサーによって凝縮させ、その水を反応系外へ抜き取ることで濃縮を行うと効率が良く、工業的に有利である。
【実施例】
【0031】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。特に断らない限り「%」は「重量%」を意味する。
【0032】
〔実施例1〕
コンデンサー付きのガラス製反応槽に60%クロム酸水溶液242.9gを入れた。これに水121.5gと571.4gの75%リン酸を投入し、充分撹拌してクロム酸及びリン酸の混合水溶液を作成した。これとは別に、あらかじめ98.5%のエチレングリコール27.5gに水75.2gを加え、26%に希釈しておいたエチレングリコール水溶液を3時間かけて添加した。その後熟成を30分継続した。このときの温度は108℃であった。熟成後、残存のCr6+をチェックし、エチレングリコール水溶液を追加してさらに熟成を継続した。ジフェニルカルバジット法にてCr6+の発色がなくなったことを確認して反応終了とした。得られたリン酸クロム水溶液の組成は以下の通りであった。
【0033】
【表1】

【0034】
〔実施例2〕
コンデンサー付きのガラス製反応槽に、水を387.3g入れ、更に三酸化クロム酸122.8gを投入し、充分撹拌して溶解した。次いで320.0gの75%リン酸を投入し、クロム酸及びリン酸の混合水溶液を作成した。これとは別に、あらかじめ99.5%のメチルアルコール19.7gに水177.1gを加え、10%に希釈しておいたメチルアルコール水溶液を3時間かけて添加した。その後熟成を30分継続した。このときの温度は108℃であった。熟成後、残存のCr6+をチェックし、メチルアルコール水溶液を追加してさらに熟成を継続した。ジフェニルカルバジット法にてCr6+の発色がなくなったことを確認して反応終了とした。得られたリン酸クロム水溶液の組成は以下の通りであった。
【0035】
【表2】

【0036】
〔比較例1〕
実施例1で用いたエチレングリコールに代えてグルコースを用いる以外は実施例1と同様にしてリン酸クロム水溶液を得た。得られたリン酸クロム水溶液の組成は以下の通りであった。
【0037】
【表3】

【0038】
〔性能評価〕
実施例1、2及び比較例1で得られたリン酸クロム水溶液を用いてクロメート処理液を建浴し、亜鉛めっき鋼板のテストピースを浸漬、乾燥してクロメート処理を行った。処理後の光沢の程度を評価した結果を以下の表4に示す。表4中、○は光沢が良好であることを示し、×は光沢が充分でないことを示す。
【0039】
【表4】

【0040】
表4に示す結果から明らかなように、実施例のリン酸クロム水溶液(本発明品)を用いると、クロメート処理による光沢が優れたものになることが判る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成式Cr(H3-3/nPO4n(式中、nは2≦n≦3の数を示す)で表されるリン酸クロムを含み、全有機炭素がクロムに対して3.5重量%以下であることを特徴とするリン酸クロム水溶液。
【請求項2】
シュウ酸の含有量が0.5重量%以下である請求項1記載のリン酸クロム水溶液。
【請求項3】
水溶液中の不純物金属イオンがNa≦30ppm、Fe≦20ppmである請求項1ないし2の何れかに記載のリン酸クロム水溶液。
【請求項4】
水溶液中の不純物陰イオンがCl≦10ppm、SO4≦100ppmである請求項1ないし3の何れかに記載のリン酸クロム水溶液。
【請求項5】
組成式Cr(H3-3/nPO4n(式中、nは2≦n≦3の数である)で表されるリン酸クロムを含むリン酸クロム水溶液の製造方法であって、
クロム酸水溶液に、リン酸並びに一価アルコール及び二価アルコールから選ばれる少なくとも1種の有機還元剤を添加することを特徴とする組成式Cr(H3-3/nPO4n(式中、nは2≦n≦3の数である)で表されるリン酸クロム水溶液の製造方法。
【請求項6】
クロム酸水溶液にリン酸を混合し、次いで有機還元剤を添加する請求項5記載のリン酸クロム水溶液の製造方法。

【公開番号】特開2008−248394(P2008−248394A)
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−145628(P2008−145628)
【出願日】平成20年6月3日(2008.6.3)
【分割の表示】特願2004−142871(P2004−142871)の分割
【原出願日】平成16年5月12日(2004.5.12)
【出願人】(000230593)日本化学工業株式会社 (296)
【Fターム(参考)】