説明

リン酸化ペプチドの精製方法及び精製装置

【課題】簡便、迅速、網羅的に、複雑な組成の試料から質量分析装置で分析可能な精製度のリン酸化ペプチドを得ることができる、リン酸化ペプチドの精製装置及び精製方法を提供する。
【解決手段】試料溶液に含まれるペプチド成分を逆相系前処理カラム7に保持させ、逆相系前処理カラム7に保持されたペプチド成分を溶離させてチタニア前処理カラム9に結合させ、チタニア前処理カラム9をアルコール又はアルコールを含む溶媒を用いて洗浄して非リン酸化ペプチド成分を除去し、チタニア前処理カラム9に結合したリン酸化ペプチド成分をリン酸塩又は亜リン酸塩を含む溶液を用いて溶出させて逆相系分離カラム13により精製した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複雑な組成のペプチド混合物からリン酸化ペプチドを簡便に抽出又は分離するための、リン酸化ペプチドの精製装置及び精製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質のリン酸化は、生体内でのシグナル伝達や細胞機能の調節に幅広く用いられている調節機構である。ヒトの組織には数千種のタンパク質が含まれているが、そのうち3割はリン酸化されているといわれ、そのリン酸化状態は、細胞の状態によって変化している。よってシグナル伝達や細胞機能の調節の異常によって引き起こされるガンをはじめとした多くの病気の原因解明、診断、治療薬の開発には、どのタンパク質のどこがリン酸化されているかという情報が非常に重要なものとなる。そのため、多くのタンパク質混合物中のどのタンパク質のどのアミノ酸残基がリン酸化されているかを簡便、迅速、網羅的に解析する技術と装置は、これからの医療の発展に欠かせないものであり、医・薬業界から強い要望がある。
【0003】
特定タンパク質の特定部位のリン酸化については一部では抗体を用いた解析系が使われているが、多くのリン酸化部位を網羅的に解析することはできない。網羅的解析では、そのままではタンパク質のどの部分がリン酸化されているか解析できないため、タンパク質分解酵素でペプチドにし、そのリン酸化ペプチドを単離精製して解析される。最終的な分析は、近年急速に発展した質量分析装置によって超高感度、迅速に行えるようになってきた。この系では、質量分析装置にかける前に、試料をいかに高度に精製して、非リン酸化ペプチドの混入の少ないものを得るかの一点にかかっている。それは、質量分析法の本質に関わることで、質量分析を行うためには、試料分子をイオン化しないと測定できないわけであるが、リン酸化ペプチドは非リン酸化ペプチドにくらべて、イオン化しやすさが1/10から1/1000と小さいため、十分検出できる量のリン酸化ペプチドを含む試料でも、非リン酸化ペプチドを多く含んでいると、リン酸化ペプチドのイオン化が完全に抑制されて全く検出できないことは周知の事実である。このためこれまでもリン酸化ペプチド精製法、装置がいくつか報告されてきた。
【0004】
ひとつは、放射性リン酸でラベルしたタンパク質を分解してペプチドにした後、通常のクロマトグラフィーの組み合わせで精製して解析する方法であるが、通常リン酸化タンパク質の含量が低いため、多くのリン酸化部位を解析しようとすると、精製に膨大な時間がかかる。一方、網羅的にリン酸化ペプチドを濃縮する方法としてはこれまでに、IMAC法が開発されている。この方法は、キレート担体に鉄イオンなどを担持させ、これにリン酸化ペプチドを配位させ、よく洗浄した後リン酸化ペプチドを溶離する方法である。この方法では、リン酸化ペプチドが高度に精製されるが、カラムに対するリン酸化ペプチドの結合力が弱いため、リン酸化ペプチドの約30%は結合しない。よって網羅的な解析には不十分な方法である。
【0005】
その後、チタニアが強くリン酸化合物を結合する性質を利用してチタニアカラムによるリン酸化ペプチドの精製法が開発された(特許文献1、2)。このカラムはリン酸化ペプチドを90%近く結合することから網羅性に優れ、精製タンパク質の分解物等の単純な混合物からのリン酸化ペプチドの精製には威力を発揮した。しかし、チタニアカラムはリン酸化ペプチドだけでなく、非リン酸化ペプチドも非特異的に結合してしまうため、これまでの方法と装置では、実際の研究、診断等で使いたい複雑な組成のタンパク質混合物を分解して得られるペプチド混合物から、質量分析装置で分析可能な精製度のリン酸化ペプチドを得ることが困難であった。
【特許文献1】国際公開WO03/065031号パンフレット
【特許文献2】特開2005−283514号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明は、簡便、迅速、網羅的に、複雑な組成の試料から質量分析装置で分析可能な精製度のリン酸化ペプチドを得ることができる、リン酸化ペプチドの精製装置及び精製方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
通常、前処理カラムと逆相系分離カラムの組み合わせにより十分な精製度が達成できない場合には、前処理の効率を上げるために、逆相系分離カラムとは異なる分離モードの前処理カラムを追加する。しかし、本発明者らは、逆相系分離カラムと同じ分離モードの逆相系前処理カラムを追加することにより、前処理の効率が向上することを見出した。つまり、前処理カラムに通す試料から、逆相系分離カラムに結合しないもの、及び結合しても溶出されにくいものを予め逆相系前処理カラムを用いて徹底的に除くことによって、リン酸化ペプチドの精製を理想的な形で行うことができることを見出した。その結果、本発明に想到した。
【0008】
すなわち、本発明のリン酸化ペプチドの精製方法は、試料溶液に含まれるペプチド成分を逆相系前処理カラムに保持させるペプチド成分保持工程と、前記逆相系前処理カラムに保持されたペプチド成分を溶離させてチタニア前処理カラムに結合させるペプチド成分結合工程と、前記チタニア前処理カラムをアルコール又はアルコールを含む溶媒を用いて洗浄して非リン酸化ペプチド成分を除去する非リン酸化ペプチド成分除去工程と、前記チタニア前処理カラムに結合したリン酸化ペプチド成分をリン酸塩又は亜リン酸塩を含む溶液を用いて溶出させて逆相系分離カラムにより精製するリン酸化ペプチド成分精製工程とを備えたことを特徴とする。
【0009】
また、前記非リン酸化ペプチド成分除去工程において、前記チタニア前処理カラムをプロピルアルコールを用いて洗浄することを特徴とする。
【0010】
また、前記リン酸化ペプチド成分精製工程において、前記チタニア前処理カラムに結合したリン酸化ペプチド成分をpH7未満の亜リン酸緩衝液を用いて溶出させることを特徴とする。
【0011】
本発明のリン酸化ペプチドの精製装置は、逆相系前処理カラムと、チタニア前処理カラムと、逆相系分離カラムと、2つのスイッチングバルブと、複数のポンプと、インジェクターと、ドレインとを備え、前記2つのスイッチングバルブを切換えることにより、前記複数のポンプのうち少なくとも1つから前記インジェクターと前記逆相系前処理カラムとを順に経由して前記ドレインへ至る第1の流路と、前記複数のポンプのうち少なくとも1つから前記インジェクターと前記逆相系前処理カラムと前記チタニア前処理カラムとを順に経由して前記ドレインへ至る第2の流路と、前記複数のポンプのうち少なくとも1つから前記チタニア前処理カラムを経由して前記ドレインに至る第3の流路と、前記複数のポンプのうち少なくとも1つから前記チタニア前処理カラムを経由して前記逆相系分離カラムへ至る第4の流路とを切換え可能に構成したことを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明のリン酸化ペプチドの精製方法によれば、逆相系前処理カラム、チタニア前処理カラムを用いて2段階の前処理を行い、かつ、前処理において、チタニア前処理カラムをアルコール又はアルコールを含む溶媒を用いて洗浄して非リン酸化ペプチド成分を除去することによって、簡便、迅速、網羅的に、複雑な組成の試料から質量分析装置で分析可能な精製度のリン酸化ペプチドを得ることができる。
【0013】
また、チタニア前処理カラムをプロピルアルコールを用いて洗浄することにより、より効果的に非リン酸化ペプチド成分を除去し、高い精製度のリン酸化ペプチドを得ることができる。
【0014】
また、チタニア前処理カラムに結合したリン酸化ペプチド成分をpH7未満の亜リン酸緩衝液を用いて溶出させることにより、効果的にリン酸化ペプチド成分を溶出させて、高い精製度のリン酸化ペプチドを得ることができる。
【0015】
本発明のリン酸化ペプチドの精製装置によれば、逆相系前処理カラムと、チタニア前処理カラムと、逆相系分離カラムと、2つのスイッチングバルブと、複数のポンプと、インジェクターと、ドレインとを備えた簡単な構成でありながら、2つのスイッチングバルブを操作して流路を切換えることにより、簡便、迅速、網羅的に、複雑な組成の試料から質量分析装置で分析可能な精製度のリン酸化ペプチドを得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明のリン酸化ペプチドの精製方法及び精製装置について、詳細に説明する。
【0017】
本発明のリン酸化ペプチドの精製方法は、試料溶液に含まれるペプチド成分を逆相系前処理カラムに保持させるペプチド成分保持工程と、前記逆相系前処理カラムに保持されたペプチド成分を溶離させてチタニア前処理カラムに結合させるペプチド成分結合工程と、前記チタニア前処理カラムをアルコール又はアルコールを含む溶媒を用いて洗浄して非リン酸化ペプチド成分を除去する非リン酸化ペプチド成分除去工程と、前記チタニア前処理カラムに結合したリン酸化ペプチド成分をリン酸塩又は亜リン酸塩を含む溶液を用いて溶出させて逆相系分離カラムにより精製するリン酸化ペプチド成分精製工程とを備えている。
【0018】
ペプチド成分保持工程においては、逆相系前処理カラムにリン酸化ペプチドを含む試料溶液を通す。なお、ここでは逆相系前処理カラムを酸性雰囲気下とするのが好ましく、逆相系前処理カラムに通す溶媒としては、トリフルオロ酢酸水溶液などが好適に用いられる。逆相系前処理カラムに試料成分を通すことにより、つぎの工程で用いるチタニア前処理カラムに強く結合する非リン酸化難溶性ペプチドと、リン酸化ペプチドのチタニアカラムへの結合を阻害するリン酸基含有低分子化合物等が除去される。これにより、チタニア前処理カラムによるリン酸化ペプチド精製に対する妙害物質が少なくなり、後工程において、より精製されたリン酸化ペプチドが得られる。
【0019】
ペプチド成分結合工程においては、逆相系前処理カラムからチタニア前処理カラムへ溶離液を通す。なお、溶離液としては、アセトニトリルを含有しているものが好適に用いられる。逆相系前処理カラムへ溶離液を通すことにより逆相系前処理カラムに保持されたペプチド成分を溶離して、その溶離液をチタニア前処理カラムに通すことにより、目的成分のリン酸化ペプチドが選択的にチタニア前処理カラムに結合する。
【0020】
非リン酸化ペプチド成分除去工程においては、チタニア前処理カラムにアルコール又はアルコールを含む溶媒を通して、チタニア前処理カラムを洗浄する。この洗浄により、チタニア前処理カラムに非特異的に結合していた非リン酸化ペプチド成分がチタニア前処理カラムから除去される。アルコール又はアルコールを含む溶媒でチタニア前処理カラムを洗浄することで、従来の方法では除去できなかった非リン酸化ペプチド成分をチタニア前処理カラムから除去することができ、後工程で得られるリン酸化ペプチドの精製度が格段に高められる。その結果、質量分析計で検出可能なリン酸化ペプチドの数が飛躍的に増加し、生体由来の複雑なタンパク質混合物を分離することなく酵素分解した複雑なペプチド混合物の試料についても、リン酸化ペプチドの網羅的解析が可能となる。
【0021】
また、チタニア前処理カラムを洗浄するアルコール又はアルコールを含む溶媒としては、特に、イソプロピルアルコールが好適に用いられる。チタニア前処理カラムをイソプロピルアルコールを用いて洗浄することにより、より効果的に非リン酸化ペプチド成分を除去し、後工程において、高い精製度のリン酸化ペプチドを得ることができる。
【0022】
リン酸化ペプチド成分精製工程においては、チタニア前処理カラムから逆相系分離カラムへリン酸塩又は亜リン酸塩を含む溶液を通す。チタニア前処理カラムへリン酸塩又は亜リン酸塩を含む溶液を通すことによりチタニア前処理カラムに結合したリン酸化ペプチド成分を溶出させ、その溶出液を逆相系分離カラムに通すことによりリン酸化ペプチド成分中の個々の成分を分離し、精製する。ここで、チタニア前処理カラムに結合したリン酸化ペプチド成分を溶出させるリン酸塩又は亜リン酸塩を含む溶液としては、リン酸緩衝液やpH7未満の亜リン酸緩衝液が好適に用いられる。チタニア前処理カラムに結合したリン酸化ペプチド成分をリン酸緩衝液やpH7未満の亜リン酸緩衝液を用いて溶出させることにより、効果的にリン酸化ペプチド成分を溶出させて、高い精製度のリン酸化ペプチドを得ることができる。
【0023】
逆相系分離カラムにより精製されたリン酸化ペプチド成分は、常法により質量分析装置などの分析手段により分析される。
【0024】
以上のように、本発明のリン酸化ペプチドの精製方法によれば、逆相系前処理カラム、チタニア前処理カラムを用いて2段階の前処理を行い、かつ、前処理において、チタニア前処理カラムをアルコール又はアルコールを含む溶媒を用いて洗浄して非リン酸化ペプチド成分を除去することによって、簡便、迅速、網羅的に、複雑な組成の試料から質量分析装置で分析可能な精製度のリン酸化ペプチドを得ることができる。
【0025】
つぎに、添付した図面を参照しながら、本発明のリン酸化ペプチドの精製装置の一実施例について説明する。
【0026】
本発明のリン酸化ペプチドの精製装置の一実施例の構成を示す図1において、1,2は溶媒が収容される溶媒容器であり、それぞれポンプ3,4の一端に接続している。そして、ポンプ3,4の他端は、インジェクター5に接続するとともに、インジェクター5は、2ポジション6ポートのスイッチングバルブ6の第1ポート61に接続している。なお、スイッチングバルブ6は、第1ポート61と第2ポート62、第3ポート63と第4ポート64、第5ポート65と第6ポート66をそれぞれ接続する第1ポジションと、第2ポート62と第3ポート63、第4ポート64と第5ポート65、第6ポート66と第1ポート61をそれぞれ接続する第2ポジションを切換え可能に構成されている。
【0027】
スイッチングバルブ6の第2ポート62には、逆相系前処理カラム7の一端が接続している。逆相系前処理カラム7としては、例えば、Oligo R3(アプライドバイオシステムズ)などを用いることができる。そして、逆相系前処理カラム7の他端は、2ポジション6ポートのスイッチングバルブ8の第1ポート81に接続している。なお、スイッチングバルブ8は、第1ポート81と第2ポート82、第3ポート83と第4ポート84、第5ポート85と第6ポート86をそれぞれ接続する第1ポジションと、第2ポート82と第3ポート83、第4ポート84と第5ポート85、第6ポート86と第1ポート81をそれぞれ接続する第2ポジションを切換え可能に構成されている。
【0028】
スイッチングバルブ8の第2ポート82には、チタニア前処理カラム9の一端が接続し、チタニア前処理カラム9の他端は、スイッチングバルブ8の第5ポート85に接続している。
【0029】
10は溶媒容器であり、溶媒容器10には、チタニア前処理カラム9の洗浄や、チタニア前処理カラム9に結合したリン酸化ペプチドの溶出に使用される複数の溶媒が収容されている。溶媒容器10は、6方バルブ11を介してポンプ12の一端に接続し、6方バルブ11を切換えることによって、溶媒容器10からポンプ12に供給される溶媒を切換えることができるように構成されている。そして、ポンプ12の他端は、スイッチングバルブ8の第3ポート83に接続している。
【0030】
このように、スイッチングバルブ8にポンプ12を接続したことにより、チタニア前処理カラム9を徹底的に洗浄して、リン酸化ペプチドを高度に精製することができるようになっている。
【0031】
スイッチングバルブ8の第4ポート84は、スイッチングバルブ6の第5ポート65に接続し、スイッチングバルブ6の第6ポート86には、逆相系分離カラム13の一端が接続している。そして、逆相系分離カラム13の他端には、UV検出器14の一端が接続している。なお、UV検出器14の代わりに、質量分析装置、電気化学検出器、示唆屈折率検出計などの検出器や分析装置を接続してもよい。
【0032】
また、スイッチングバルブ6の第4ポート64、スイッチングバルブ8の第6ポート86には、それぞれドレイン15,16が接続し、ドレイン15,16は、逆相系カラム13の他端とUV検出器14の一端をつなぐ流路に接続している。そして、UV検出器14の他端には、分離した画分の分取口17が接続している。分取口17には、さらに質量分析装置などの分析装置を接続してもよい。
【0033】
なお、ポンプ3,4,12、スイッチングバルブ6,8、6方バルブ11は、図示しない制御手段により動作が制御されるように構成されている。そして、プログラムにより制御手段を動作させることにより、試料溶液の注入からリン酸化ペプチドの精製までを全自動で行うことができるようになっている。
【0034】
つぎに、本実施例のリン酸化ペプチドの精製装置を用いたリン酸化ペプチドの精製方法について説明する。
【0035】
はじめのペプチド成分保持工程においては、スイッチングバルブ6を第1ポジション、スイッチングバルブ8を第2ポジションとする。これにより、ポンプ3,4からインジェクター5と逆相系前処理カラム7とを順に経由してドレイン16へ至る第1の流路が形成される。そして、インジェクター5から試料溶液を注入するとともに、ポンプ3又はポンプ4から所定の溶媒を供給して、試料溶液に含まれるペプチド成分を逆相系前処理カラム7に保持させる。
【0036】
つぎのペプチド成分結合工程においては、スイッチングバルブ6を第1ポジション、スイッチングバルブ8を第1ポジションとする。これにより、ポンプ3,4からインジェクター5と逆相系前処理カラム7とチタニア前処理カラム9とを順に経由してドレイン16へ至る第2の流路が形成される。そして、ポンプ3又はポンプ4から所定の溶媒を供給して、逆相系前処理カラム7に保持されたペプチド成分を溶離させてチタニア前処理カラム9に結合させる。
【0037】
なお、ポンプ3,4の流速を調節することで溶媒容器1に収容された溶媒と溶媒容器2に収容された溶媒の供給量を変えることができ、ポンプ3,4のいずれか一方を停止させることにより溶媒容器1に収容された溶媒と溶媒容器2に収容された溶媒を切換えることができる。
【0038】
その後の非リン酸化ペプチド成分除去工程においては、スイッチングバルブ6を第2ポジション、スイッチングバルブ8を第2ポジションとする。これにより、ポンプ12からチタニア前処理カラム9を経由してドレイン15に至る第3の流路が形成される。このとき、ポンプ3,4は停止させる。そして、ポンプ12からアルコール又はアルコールを含む溶媒等を供給して、チタニア前処理カラム9を洗浄して非リン酸化ペプチド成分を除去する。
【0039】
最後のリン酸化ペプチド成分精製工程においては、スイッチングバルブ6を第1ポジション、スイッチングバルブ8を第2ポジションとする。これにより、ポンプ12からチタニア前処理カラム9を経由して逆相系分離カラム13へ至る第4の流路が形成される。そして、ポンプ12からリン酸塩又は亜リン酸塩を含む溶液を供給して、チタニア前処理カラム9に結合したリン酸化ペプチド成分を溶出させて逆相系分離カラム13により精製する。
【0040】
そして、精製されたリン酸化ペプチド成分の画分は、UV検出器14により検出された後、分取口17から分取される。
【0041】
以上のように、本実施例のリン酸化ペプチドの精製装置は、逆相系前処理カラム7と、チタニア前処理カラム9と、逆相系分離カラム13と、2つのスイッチングバルブ6,8と、複数のポンプ3,4,12と、インジェクター5と、ドレイン15,16とを備え、2つのスイッチングバルブ6,8を切換えることにより、ポンプ3,4からインジェクター5と逆相系前処理カラム7とを順に経由してドレイン16へ至る第1の流路と、ポンプ3,4からインジェクター5と逆相系前処理カラム7とチタニア前処理カラム9とを順に経由してドレイン16へ至る第2の流路と、ポンプ12からチタニア前処理カラム9を経由してドレイン15に至る第3の流路と、ポンプ12からチタニア前処理カラム9を経由して逆相系分離カラム13へ至る第4の流路とを切換え可能に構成したものである。逆相系前処理カラム7と、チタニア前処理カラム9と、逆相系分離カラム13と、2つのスイッチングバルブ6,8と、複数のポンプ3,4,12と、インジェクター5と、ドレイン15,16とを備えた簡単な構成でありながら、2つのスイッチングバルブ6,8を操作して流路を切換えることにより、簡便、迅速、網羅的に、複雑な組成の試料から質量分析装置で分析可能な精製度のリン酸化ペプチドを得ることができる。
【0042】
また、本実施例のリン酸化ペプチドの精製装置を構成するカラムの分離モードは、逆相系前処理カラムと逆相系分離カラムの逆相系と、チタニア前処理カラムのチタニアの2つのみであるため、用いる溶媒の種類が少なくて済み、装置の構成を簡略化できる。
【0043】
なお、本実施例においては、インジェクターに接続するポンプを2台とした例について説明したが、1台のポンプとしてもよい。
【0044】
以下の実施例において、本発明のリン酸化ペプチドの精製方法について、より具体例に説明する。なお、本発明は、下記の実施例に限定されるものではなく、種々の変形実施が可能である。
【実施例1】
【0045】
カエルの分裂期卵の抽出液(MC)の全タンパク質をトリプシンで加水分解して得た複雑な組成のペプチド混合物を試料とし、本発明のリン酸化ペプチドの精製方法にしたがって設定した全自動プログラムを用いて、図1に示すリン酸化ペプチドの精製装置を用いて、リン酸化ペプチドを精製した。
【0046】
ここで、逆相系前処理カラム7には、Oligo R3(内径4.6mm×100mm)(アプライドバイオシステムズ)、チタニア前処理カラム9には、Titansphere TiO(登録商標)(内径4.0mm×10mm)(GLサイエンス)、逆相系分離カラム13には、CAPCELL PAK MGII(内径4.6mm×100mm)(資生堂)を用いた。
【0047】
はじめのペプチド成分保持工程において、スイッチングバルブ6,8をそれぞれ第1ポジション、第2ポジションとし、インジェクター5に試料4mgを注入し、ポンプ3から逆相系前処理カラム7へ0.100%トリフルオロ酢酸水溶液を流速1.0ml/分で60分間送った。
【0048】
つぎのペプチド成分結合工程において、スイッチングバルブ6,8をそれぞれ第1ポジション、第1ポジションとし、ポンプ3から0.100%トリフルオロ酢酸水溶液、ポンプ4から0.082%トリフルオロ酢酸アセトニトリル溶液を20:80の比で送り、流速0.1ml/分で逆相系前処理カラム7からチタニア前処理カラム9へ30分間流した。その後、スイッチングバルブ6,8をそれぞれ第1ポジション、第2ポジションとし、ポンプ3を停止し、ポンプ4から0.082%トリフルオロ酢酸アセトニトリル溶液を流速1.0ml/分で10分間送った後、ポンプ4を停止し、ポンプ3から0.1%トリフルオロ酢酸水溶液を流速1.0ml/分で10分間送った。その後、スイッチングバルブ6,8をそれぞれ第1ポジション、第1ポジションとし、ポンプ3から0.1%トリフルオロ酢酸水溶液を流速1.0ml/分で10分間送った。
【0049】
その後の非リン酸化ペプチド成分除去工程において、スイッチングバルブ6,8をそれぞれ第2ポジション、第2ポジションとし、ポンプ12からチタニア前処理カラム9へ0.100%トリフルオロ酢酸水溶液で調製した1M NaCl水溶液を流速0.5ml/分で15分間送り、その後、6方バルブ11を切換えることにより、順次0.100%トリフルオロ酢酸水溶液を7分間、750mMトリフルオロ酢酸/80%アセトニトリル水溶液を10分間、0.100%トリフルオロ酢酸水溶液を7分間、イソプロピルアルコールを10分間、0.100%トリフルオロ酢酸水溶液を7分間送って、チタニア前処理カラム9を洗浄した。そして、上記の一連の洗浄の操作をもう一度繰り返した。
【0050】
最後のリン酸化ペプチド成分精製工程において、スイッチングバルブ6,8をそれぞれ第1ポジション、第2ポジションとし、ポンプ12からチタニア前処理カラム9を経由して逆相系分離カラム13へ0.5Mリン酸ナトリウム水溶液(pH8.0)を流速0.2〜0.3ml/分で10分、流速0.3〜0.5ml/分で15分、流速0.5ml/分で5分送り、その後、6方バルブ11を切換えることにより、3%ギ酸水溶液を10分間送った。
【0051】
その結果、精製されたリン酸化ペプチドが、約90の画分に分けられて回収された。溶媒を除いた後、MALDI−TOF型の質量分析計で分析したところ、292種類のリン酸化ペプチドが検出された。また、リン酸化ペプチドの純度は、63%であった。
【0052】
比較例として、逆相系前処理カラム7を用いない従来の方法により、試料を直接、チタニア前処理カラム9へ通して、リン酸化ペプチドを精製した。なお、従来の方法との比較を行うため、本発明のリン酸化ペプチドの精製方法の特徴の一つである、非リン酸化ペプチド成分除去工程におけるイソプロピルアルコールによる洗浄を行わず、その代わりにトリフルオロ酢酸を含む70%アセトニトリル水溶液による洗浄を行った。また、チタニア前処理カラム9には、Titansphere TiO(登録商標)(内径4.0mm×10mm)(GLサイエンス)、逆相系分離カラム13には、CAPCELL PAK C8 SG300(内径4.6mm×150mm)(資生堂)を用いた。その結果、17本しかリン酸化ペプチドを検出できなかった。
【0053】
このように、従来の方法で精製して得られた画分をMALDI−TOF型の質量分析計で測定しても、リン酸化ペプチドはほとんど検出されなかった。これは、非リン酸化ペプチドがリン酸化ペプチドよりも10〜1000倍イオン化しやすいため、非リン酸化ペプチドが混入しているとリン酸化ペプチドのイオン化が抑制されるためである。
【実施例2】
【0054】
上記実施例1の非リン酸化ペプチド成分除去工程において、種々の溶媒を用いて洗浄を行い、洗浄効果を比較した。なお、非リン酸化ペプチド成分除去工程における洗浄用の溶媒と試料を変えたほかは、実施例1と同様の条件で操作を行った。試料は、20μgのα-カゼイン、20μgのβ-カゼイン、20μgの卵白アルブミン、1mgのウシ血清アルブミン、1mgのβ-ラクトグロブリン及び1mgのカルボニックアンヒドラーゼタンパク質をトリプシンで分解した混合物を用いた。
【0055】
1M NaCl、70%アセトニトリルを用いて洗浄した結果得られたリン酸化ペプチドの液体クロマトグラフを図2に、1M NaCl、70%アセトニトリル、イソプロピルアルコールを用いた場合を図3に、1M NaCl、70%アセトニトリル、70%イソプロピルアルコールを用いた場合を図4に、1M NaCl、70%アセトニトリル、メチルアルコールを用いた場合を図5に、1M NaCl、70%アセトニトリル、20%ブチルアルコール/80%イソプロピルアルコールを用いた場合を図6に、1M NaCl、イソプロピルアルコールを用いた場合を図7に、1M NaCl、70%アセトニトリル、エチレングリコールモノエチルエーテルを用いた場合を図8に、1M NaCl、70%アセトニトリル、20mM L−グルタミン酸(pH4.25)を用いた場合を図9に、実施例1と同様の条件である1M NaCl、750mM トリフルオロ酢酸/80%アセトニトリル、イソプロピルアルコールを用いた場合を図10に示す。なお、図中、点を付したピークがリン酸化ペプチドである。
【0056】
この結果、実施例1と同様の条件であるトリフルオロ酢酸/80%アセトニトリル、イソプロピルアルコール併用した場合(図10)において最も洗浄効果が高かった。ついで、アセトニトリルとイソプロピルアルコールを併用した場合(図3、図4、図6)において、洗浄効果が高かった。また、エチレングリコールモノエチルエーテルを用いた場合(図8)においては、洗浄効果が非常に高いものの、目的物であるリン酸化ペプチドのロスが見られた。
【0057】
以上の結果より、非リン酸化ペプチド成分除去工程において、アルコール又はアルコールを含む洗浄液を用いることによって洗浄効果が大幅に改善されることが確認された。これは、チタニア表面に水素結合と疎水結合の共同作用で非特異的に結合している非リン酸化ペプチド成分が、疎水結合と水素結合の両方の結合を同時に切断する作用を持つアルコールで特異的、効率的に洗い流されたためと思われる。
【実施例3】
【0058】
上記実施例1のリン酸化ペプチド成分精製工程において、0.5Mリン酸ナトリウム水溶液(pH8.0)の代わりに、0.5M亜リン酸ナトリウム水溶液(pH6.99)を用いて酸性条件下とし、チタニア前処理カラム9からのリン酸化ペプチドの溶出効果を比較した。
【0059】
試料には、リン酸化タンパク質であるβ−カゼインをトリプシンで加水分解して得たβ−カゼイン消化物20μgを用いた。
【0060】
亜リン酸ナトリウム水溶液による溶出を3回、コントロールとしてリン酸ナトリウム水溶液による溶出を1回行い、1リン酸化ペプチドについて、高速液体クロマトグラフィーによりピーク面積を測定した。その結果を以下に示す。
【0061】
【表1】

【0062】
亜リン酸ナトリウム水溶液により溶出を行った場合においても、リン酸により溶出を行った場合と同等の結果が得られた。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】本発明のリン酸化ペプチドの精製装置の一実施例を示す構成図である。
【図2】実施例2における1M NaCl、70%アセトニトリルを用いて洗浄した結果得られたリン酸化ペプチドの逆相クロマトグラムである。
【図3】同上、1M NaCl、70%アセトニトリル、イソプロピルアルコールを用いた場合の液体クロマトグラフである。
【図4】同上、1M NaCl、70%アセトニトリル、70%イソプロピルアルコールを用いた場合の逆相クロマトグラムである。
【図5】同上、1M NaCl、70%アセトニトリル、メチルアルコールを用いた場合の逆相クロマトグラムである。
【図6】同上、1M NaCl、70%アセトニトリル、20%ブチルアルコール/80%イソプロピルアルコールを用いた場合の液体クロマトグラフである。
【図7】同上、1M NaCl、イソプロピルアルコールを用いた場合の逆相クロマトグラムである。
【図8】同上、1M NaCl、70%アセトニトリル、エチレングリコールモノエチルエーテルを用いた場合の逆相クロマトグラムである。
【図9】同上、1M NaCl、70%アセトニトリル、20mM L−グルタミン酸(pH4.25)を用いた場合の逆相クロマトグラムである。
【図10】同上、1M NaCl、750mM トリフルオロ酢酸/80%アセトニトリル、イソプロピルアルコールを用いた場合の逆相クロマトグラムである。
【符号の説明】
【0064】
3,4,12 ポンプ
5 インジェクター
6,8 スイッチングバルブ
7 逆相系前処理カラム
9 チタニア前処理カラム
13 逆相系分離カラム
15,16 ドレイン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料溶液に含まれるペプチド成分を逆相系前処理カラムに保持させるペプチド成分保持工程と、前記逆相系前処理カラムに保持されたペプチド成分を溶離させてチタニア前処理カラムに結合させるペプチド成分結合工程と、前記チタニア前処理カラムをアルコール又はアルコールを含む溶媒を用いて洗浄して非リン酸化ペプチド成分を除去する非リン酸化ペプチド成分除去工程と、前記チタニア前処理カラムに結合したリン酸化ペプチド成分をリン酸塩又は亜リン酸塩を含む溶液を用いて溶出させて逆相系分離カラムにより精製するリン酸化ペプチド成分精製工程とを備えたことを特徴とするリン酸化ペプチドの精製方法。
【請求項2】
前記非リン酸化ペプチド成分除去工程において、前記チタニア前処理カラムをプロピルアルコールを用いて洗浄することを特徴とする請求項1記載のリン酸化ペプチドの精製方法。
【請求項3】
前記リン酸化ペプチド成分精製工程において、前記チタニア前処理カラムに結合したリン酸化ペプチド成分をpH7未満の亜リン酸緩衝液を用いて溶出させることを特徴とする請求項1又は2記載のリン酸化ペプチドの精製方法。
【請求項4】
逆相系前処理カラムと、チタニア前処理カラムと、逆相系分離カラムと、2つのスイッチングバルブと、複数のポンプと、インジェクターと、ドレインとを備え、前記2つのスイッチングバルブを切換えることにより、前記複数のポンプのうち少なくとも1つから前記インジェクターと前記逆相系前処理カラムとを順に経由して前記ドレインへ至る第1の流路と、前記複数のポンプのうち少なくとも1つから前記インジェクターと前記逆相系前処理カラムと前記チタニア前処理カラムとを順に経由して前記ドレインへ至る第2の流路と、前記複数のポンプのうち少なくとも1つから前記チタニア前処理カラムを経由して前記ドレインに至る第3の流路と、前記複数のポンプのうち少なくとも1つから前記チタニア前処理カラムを経由して前記逆相系分離カラムへ至る第4の流路とを切換え可能に構成したことを特徴とするリン酸化ペプチドの精製装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−270956(P2009−270956A)
【公開日】平成21年11月19日(2009.11.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−122156(P2008−122156)
【出願日】平成20年5月8日(2008.5.8)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り BMB2007(第30回日本分子生物学会年会・第80回日本生化学会大会 合同大会)講演要旨集 2007年11月25日 BMB2007(第30回日本分子生物学会年会・第80回日本生化学会大会 合同大会)発行
【出願人】(304027279)国立大学法人 新潟大学 (310)