説明

レチノイン酸受容体リガンドによるインスリン抵抗性改善作用

【課題】 インスリン抵抗性または肝疾患の新たなメカニズムの解明。または、レチノイドを生体に投与した場合の効果を明らかにする。
【解決手段】 レチノイドを含有し、且つ非遺伝子改変動物の肝疾患患者に投与されることを特徴とする、インスリン抵抗性改善剤、体重増加制御剤、体重減少剤、肝重量減少剤、内蔵脂肪量増加抑制剤、摂食抑制剤、カロリー摂取抑制剤、血中AST減少剤、血中ALT減少剤、肝組織中の脂肪沈着抑制剤、肝組織中の遊離脂肪酸減少剤、肝組織中の中性脂肪減少剤、肝組織中の総コレステロール量減少剤、血糖値低下剤、血中インスリン濃度低下剤、耐糖能異常改善剤、インスリン感受性改善剤、レプチン抵抗性改善剤、血中レプチン濃度低下剤、血中遊離脂肪酸減少剤、および血中悪玉アディポサイトカイン減少剤、からなる群から選ばれる1種以上の薬剤を得た。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レチノイドを含有する新規の薬剤に関する。
【背景技術】
【0002】
インスリン抵抗性はメタボリックシンドロームを始めとする、様々な疾患の基礎病態であり、高血圧、肥満、高脂血症などとの関連性も指摘されている。非アルコール性脂肪肝疾患(NAFLD)もまた、インスリン抵抗性を高頻度で併発していることが知られている。NAFLD は単純脂肪肝およびその重症型の非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)を含む疾患概念であり、近年、NASH から肝癌を発症する患者が増加していることから、治療方法の早急な開発が求められている。インスリン抵抗性は、肝癌をはじめとした種々の癌種のリスクを上昇させること、さらに高インスリン血症が肝癌の増殖速度を亢進させること、などから、インスリン抵抗性が直接的あるいは間接的に肝発癌・進展に関与することが示唆されている。そのためインスリン抵抗性の改善は、NAFLD の治療だけでなく、肝発癌予防の観点からも非常に重要である。
【0003】
一方、肝疾患とレチノイドとの関連性がいくつかの文献に記載されている。レチノイドは、レチノール、レチナール、レチノイン酸(RA)、およびそれらの誘導体を含む化合物の総称である。非特許文献1には、肝臓特異的にRAシグナルが抑制されるRAR-Eトランスジェニックマウス(RAR-E Tg)が高頻度で肝癌を発症することが記載されている。非特許文献2には非環式レチノイドが外科切除またはエタノール注入療法後の肝細胞癌(HCC 、hepatocellular carcinoma)の再発を有意に低下させることが、非特許文献3にはレチノイドが肝臓の腫瘍に対し抑制的に作用することが記載されている。また非特許文献4には、詳細なデータを欠き、具体的な数値も不明であるが、ATRAをdb/dbマウス(脳下垂体のみで発現しているレプチンの受容体の欠損マウス)に投与すると血糖値が低下したと記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Yanagitani A, Yamada S, Yasui S, Shimomura T, Murai R, Murawaki Y, Hashiguchi K, Kanbe T, Saeki T, Ichibe M, Tanabe Y, Yoshida Y, Morino S, Kurimasa A, Usuda N, Yamazaki H, Kunisada T, Ito H, Murawaki Y, Shiota G. Retinoic acid receptor α dominant negative form causes steatohepatisis and liver tumors in transgenic mice. Hepatology 2004;40:366-375.
【非特許文献2】Muto Y, Moriwaki H, Ninomiya M, Adachi S, Saito A, Takasaki KT, Tanaka T, Tsurumi K, Okuno M, Tomita E, Nakamura T, Kojima T. Prevention of second primary tumors by an acyclic retinoid, polyrenoic acid, in patiens with hepatocellular carcinoma. N Engl J Med 1996;334:1561-1567.
【非特許文献3】Nakamura N, Shidoji Y, Yamada Y, Hatakeyama H, Moriwaki H, Muto Y. Induction of apoptosis by acyclic retinoid in the human hepatoma-derived cell line, HuH-7. Biochem Biophys Res Commun 1995;207:382-388.
【非特許文献4】Morita at al., Diabetes Frontier Vol.19 No.6(2008年12月) (823) メディカルレビュー社.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記文献記載の従来技術は、以下の点で改善の余地を有していた。
上記文献においてインスリン抵抗性や肝疾患のメカニズムが徐々に明らかになってきているが、それだけでは十分とはいえず、新規の医薬品または治療戦略立案のためにはさらなるメカニズムの解明が必要であった。
【0006】
また、レチノイドを生体に投与した場合の効果に関しても不明な点が多く残っていた。非特許文献4に記載されているdb/dbマウスは、レプチンを欠損した特殊なマウスであるため、レチノイドを投与した場合、自然環境下で疾患を発症したマウスとは異なる薬理効果を示す可能性が高い。それは、おそらくレチノインメカニズムに起因すると考えられる。そのため、レチノイドの生物への投与効果を評価する仕組みとしては、不完全であった。
【0007】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、これまでに実証されていなかったレチノイドの機能に基づいた、レチノイドを含有する新規の薬剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明によれば、レチノイドを含有し、且つ非遺伝子改変動物の肝疾患患者に投与されることを特徴とする、インスリン抵抗性改善剤、体重増加制御剤、体重減少剤、肝重量減少剤、内蔵脂肪量増加抑制剤、摂食抑制剤、カロリー摂取抑制剤、血中AST減少剤、血中ALT減少剤、肝組織中の脂肪沈着抑制剤、肝組織中の遊離脂肪酸減少剤、肝組織中の中性脂肪減少剤、肝組織中の総コレステロール量減少剤、血糖値低下剤、血中インスリン濃度低下剤、耐糖能異常改善剤、インスリン感受性改善剤、レプチン抵抗性改善剤、血中レプチン濃度低下剤、血中遊離脂肪酸減少剤、および血中悪玉アディポサイトカイン減少剤、からなる群から選ばれる1種以上の薬剤が提供される。
【0009】
この薬剤は、後述する実施例で非遺伝子改変動物の肝疾患患者に投与され、インスリン抵抗性改善、体重増加制御、体重減少、肝重量減少、内蔵脂肪量増加抑制、摂食抑制、カロリー摂取抑制、血中AST減少、血中ALT減少、肝組織中の脂肪沈着抑制、肝組織中の遊離脂肪酸減少、肝組織中の中性脂肪減少、肝組織中の総コレステロール量減少、血糖値低下、血中インスリン濃度低下、耐糖能異常改善、インスリン感受性改善、レプチン抵抗性改善、血中レプチン濃度低下、血中遊離脂肪酸減少、および血中悪玉アディポサイトカイン減少、からなる群から選ばれる1種以上の効果を奏することが実証されているレチノイドを含有する。そのため、この薬剤を用いれば、非遺伝子改変動物の肝疾患患者に対して、上記効果の関連する疾患の治療等、種々の目的に応じた効果を奏することができる。
【0010】
また本発明によれば、レチノイドを含有し、且つ非アルコール性脂肪肝疾患患者またはインスリン抵抗性患者に投与されることを特徴とする、肝重量減少剤、内蔵脂肪量増加抑制剤、血中AST減少剤、血中ALT減少剤、肝組織中の脂肪沈着抑制剤、肝組織中の遊離脂肪酸減少剤、肝組織中の中性脂肪減少剤、肝組織中の総コレステロール量減少剤、レプチン抵抗性改善剤、血中レプチン濃度低下剤、血中遊離脂肪酸減少剤、および血中悪玉アディポサイトカイン減少剤、からなる群から選ばれる1種以上の薬剤が提供される。
【0011】
この薬剤は、後述する実施例で、非アルコール性脂肪肝疾患患者またはインスリン抵抗性患者に投与され、肝重量減少、内蔵脂肪量増加抑制、血中AST減少、血中ALT減少、肝組織中の脂肪沈着抑制、肝組織中の遊離脂肪酸減少、肝組織中の中性脂肪減少、肝組織中の総コレステロール量減少、レプチン抵抗性改善、血中レプチン濃度低下、血中遊離脂肪酸減少、および血中悪玉アディポサイトカイン減少、からなる群から選ばれる1種以上の効果を奏することが実証されているレチノイドを含有する。そのため、この薬剤を用いれば、非アルコール性脂肪肝疾患患者またはインスリン抵抗性患者に対して、上記効果の関連する疾患の治療等、種々の目的に応じた効果を奏することができる。
【0012】
また本発明によれば、レチノイドを含有する、レプチン抵抗性改善剤、血中レプチン濃度低下剤、およびレプチン抵抗性に依存するインスリン抵抗性を改善するインスリン抵抗性改善剤、からなる群から選ばれる1種以上の薬剤が提供される。この薬剤は、後述する実施例で、レプチン抵抗性改善、血中レプチン濃度低下、およびレプチン抵抗性に依存するインスリン抵抗性の改善、からなる群から選ばれる1種以上の効果を奏することが実証されているレチノイドを含有する。そのため、この薬剤を用いれば、上記効果の関連する疾患の治療等、種々の目的に応じた効果を奏することができる。
【0013】
また本発明によれば、上記いずれかの薬剤を含む、非アルコール性脂肪肝疾患、肝炎、肝癌、脂質異常症、糖尿病、高血圧症、および動脈硬化症、からなる群から選ばれる1種以上の疾患の治療薬が提供される。この治療薬を用いれば、上記疾患の治療を行なうことが可能である。
【0014】
また本発明によれば、上記いずれかの薬剤を含む、非アルコール性脂肪肝疾患またはインスリン抵抗性の診断薬が提供される。この診断薬を用いれば、非アルコール性脂肪肝疾患またはインスリン抵抗性の診断を行なうことが可能である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、これまでに実証されていなかったレチノイドの機能に基づいた、レチノイドを含有する新規の薬剤が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は、典型的なレチノイドの種類および分子構造を表した図である。
【図2】図2は、NAFLDモデルマウスの作成手順の表した図である。
【図3】図3は、マウスの体重変化(A,体重; B,肝重量; C,肝体重比; D,内臓脂肪量)を調査した結果である。
【図4】図4は、マウスの摂餌量(A,1 日あたりの摂餌量; B,一日あたりのレチノイド摂取量(レチノール当量換算); C,1 日あたりのカロリー摂取量)を調査した結果である。
【図5】図5は、マウスの血清 AST(A)および ALT(B)活性を調査した結果である。
【図6】図6は、肝組織のHE染色(白い点が沈着した脂肪滴。A,Normal群; B,HFHFr>Normal群; C,HFHFr>Normal+ATRA群; D,HFHFr>HFHFr群; E,HFHFr>HFHFr+ATRA群)の結果である。
【図7】図7は、肝組織のoilredO染色(赤い点が沈着した脂肪滴。A,Normal群;B,HFHFr>Normal群;C,HFHFr>Normal+ATRA群;D,HFHFr>HFHFr群;E,HFHFr>HFHFr+ATRA群)の結果である。
【図8】図8は、肝脂肪含量(A,遊離脂肪酸(NEFA); B,中性脂肪(TG); C,総コレステロール)を調査した結果である。
【図9】図9は、血清中の中性脂肪量(TG)(A)を調査した結果である。
【図10】図10は、インスリン抵抗性(A,空腹時血糖値; B,空腹時血清インスリン濃度; C,インスリン抵抗性指数(HOMA-IR))を調査した結果である。
【図11】図11は、インスリン感受性(A,グルコース負荷試験(時間変化); B,グルコース負荷試験(曲線下面積(AUC)); C,インスリン負荷試験)を調査した結果である。
【図12】図12は、自由摂食下の血清サイトカイン濃度(A,インスリン; B,レプチン; C,遊離脂肪酸)を調査した結果である。
【図13】図13は、遺伝的インスリン抵抗性モデルマウスの体重変化(A,C,E,KK-Ayマウス; B,D,F, ob/ob マウス; A,B,体重変化; C,D,肝体重比; E,F,内臓脂肪量)を調査した結果である。
【図14】図14は、遺伝的インスリン抵抗性モデルマウスにおけるインスリン抵抗性(A,C,E,G,KK-Ayマウス; B,D,F,H,ob/obマウス; A,B,グルコース負荷試験(時間変化); C,D,曲線下面積(AUC); E, F,空腹時血清インスリン濃度; G,H,インスリン抵抗性指数(HOMA-IR))を調査した結果である。
【図15】図15は、遺伝的インスリン抵抗性モデルマウスにおける血清レプチン濃度(A, KK-Ayマウス; B,ob/obマウス)を測定した結果である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
<用語の説明>
本明細書における、各種用語の意味を以下の通り説明する。
【0018】
(1)レチノイド
レチノイド(retinoid)はレチノール、レチナール、レチノイン酸(RA、retinoic acid)、およびそれらの誘導体を含む化合物の総称である。生体内で生理活性を持つRAとして、all-trans-RA(ATRA)や9-cis-RAなどが知られており、リガンド誘導性転写因子である核内受容体を介して機能することが明らかにされている。レチノイドは、図1の分子を含む。
【0019】
(2)非アルコール性脂肪肝疾患
非アルコール性脂肪肝疾患(NAFLD、non-alcoholic fatty liver disease)は、肝臓に脂肪が蓄積することで起こる疾患を含む。インスリン抵抗性を高頻度で併発していることが知られている。NAFLD は単純脂肪肝およびその重症型の非アルコール性脂肪性肝炎(NASH、Non-alcoholic steatohepatitis)を含む疾患概念であり、近年、NASH から肝癌を発症する患者が増加していることから、治療方法の早急な開発が求められている。
【0020】
(3)インスリン抵抗性
インスリン抵抗性とは、インスリンの作用効率が低下している状態、またはインスリンが十分に存在するが血糖値が下がらない状態を含む概念である。分生物学的には、インスリン刺激を受けても細胞中のGlut4が細胞膜上へ効率的に移動しない状態が生じていると考えられている。肥満が基盤となって、インスリン抵抗性が惹起され、糖尿病、脂質異常症、高血圧症、動脈硬化症などを引き起こすことがある。
【0021】
(4)レプチン抵抗性
レプチン抵抗性とは、レプチンが十分に存在するがレプチンの作用効率が低下している状態を含む概念である。レプチンは視床下部の受容体を介して節食抑制に働いていることが知られている。
【0022】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。なお、同様な内容については、
繰り返しの煩雑を避けるために、適宜説明を省略する。
【0023】
<実施形態1:レチノイドを含有する薬剤>
本実施形態はレチノイドを含有し、且つ非遺伝子改変動物の肝疾患患者に投与されることを特徴とする、インスリン抵抗性改善剤、体重増加制御剤、体重減少剤、肝重量減少剤、内蔵脂肪量増加抑制剤、摂食抑制剤、カロリー摂取抑制剤、血中AST減少剤、血中ALT減少剤、肝組織中の脂肪沈着抑制剤、肝組織中の遊離脂肪酸減少剤、肝組織中の中性脂肪減少剤、肝組織中の総コレステロール量減少剤、血糖値低下剤、血中インスリン濃度低下剤、耐糖能異常改善剤、インスリン感受性改善剤、レプチン抵抗性改善剤、血中レプチン濃度低下剤、血中遊離脂肪酸減少剤、および血中悪玉アディポサイトカイン減少剤、からなる群から選ばれる1種以上の薬剤である。レチノイドは、後述する実施例で実証されているように、非遺伝子改変動物の肝疾患患者に投与され、インスリン抵抗性改善、体重増加制御、体重減少、肝重量減少、内蔵脂肪量増加抑制、摂食抑制、カロリー摂取抑制、血中AST減少、血中ALT減少、肝組織中の脂肪沈着抑制、肝組織中の遊離脂肪酸減少、肝組織中の中性脂肪減少、肝組織中の総コレステロール量減少、血糖値低下、血中インスリン濃度低下、耐糖能異常改善、インスリン感受性改善、レプチン抵抗性改善、血中レプチン濃度低下、血中遊離脂肪酸減少、および血中悪玉アディポサイトカイン減少、からなる群から選ばれる1種以上の効果を奏する。そのため、レチノイドを含有する上記薬剤は、非遺伝子改変動物の肝疾患患者に対して、上記効果の関連する疾患の治療等、種々の目的に応じて好適に使用できる。
【0024】
上記の肝疾患患者は、非アルコール性脂肪肝疾患患者であっても良い。なぜならば、上記薬剤が含有するレチノイドは、後述する実施例で実証されているように、上述の体重増加制御等の効果を、非アルコール性脂肪肝疾患患者に対して奏するためである。この場合、レチノイドを含有する上記薬剤は、非アルコール性脂肪肝疾患患者に対して、上記効果の関連する疾患の治療等、種々の目的に応じて好適に使用できる。
【0025】
上記の肝疾患患者は、インスリン抵抗性患者であっても良い。なぜならば、上記薬剤が含有するレチノイドは、後述する実施例で実証されているように、上述の体重増加制御等の効果を、インスリン抵抗性患者に対して奏するためである。この場合、レチノイドを含有する上記薬剤は、インスリン抵抗性患者に対して、上記効果の関連する疾患の治療等、種々の目的に応じて好適に使用できる。
【0026】
本発明の他の実施形態は、レチノイドを含有し、且つ非アルコール性脂肪肝疾患患者に投与されることを特徴とする、肝重量減少剤、内蔵脂肪量増加抑制剤、血中AST減少剤、血中ALT減少剤、肝組織中の脂肪沈着抑制剤、肝組織中の遊離脂肪酸減少剤、肝組織中の中性脂肪減少剤、肝組織中の総コレステロール量減少剤、レプチン抵抗性改善剤、血中レプチン濃度低下剤、血中遊離脂肪酸減少剤、および血中悪玉アディポサイトカイン減少剤、からなる群から選ばれる1種以上の薬剤である。レチノイドは、後述する実施例で実証されているように、非アルコール性脂肪肝疾患患者に投与され、肝重量減少、内蔵脂肪量増加抑制、血中AST減少、血中ALT減少、肝組織中の脂肪沈着抑制、肝組織中の遊離脂肪酸減少、肝組織中の中性脂肪減少、肝組織中の総コレステロール量減少、レプチン抵抗性改善、血中レプチン濃度低下、血中遊離脂肪酸減少、および血中悪玉アディポサイトカイン減少、からなる群から選ばれる1種以上の効果を奏する。そのため、レチノイドを含有する上記薬剤は、非アルコール性脂肪肝疾患患者に対して、上記効果の関連する疾患の治療等、種々の目的に応じて好適に使用できる。
【0027】
本発明の他の実施形態は、レチノイドを含有し、且つインスリン抵抗性患者に投与されることを特徴とする、肝重量減少剤、内蔵脂肪量増加抑制剤、血中AST減少剤、血中ALT減少剤、肝組織中の脂肪沈着抑制剤、肝組織中の遊離脂肪酸減少剤、肝組織中の中性脂肪減少剤、肝組織中の総コレステロール量減少剤、レプチン抵抗性改善剤、血中レプチン濃度低下剤、血中遊離脂肪酸減少剤、および血中悪玉アディポサイトカイン減少剤、からなる群から選ばれる1種以上の薬剤である。レチノイドは、後述する実施例で実証されているように、インスリン抵抗性患者に投与され、肝重量減少、内蔵脂肪量増加抑制、血中AST減少、血中ALT減少、肝組織中の脂肪沈着抑制、肝組織中の遊離脂肪酸減少、肝組織中の中性脂肪減少、肝組織中の総コレステロール量減少、レプチン抵抗性改善、血中レプチン濃度低下、血中遊離脂肪酸減少、および血中悪玉アディポサイトカイン減少、からなる群から選ばれる1種以上の効果を奏する。そのため、レチノイドを含有する上記薬剤は、インスリン抵抗性患者に対して、上記効果の関連する疾患の治療等、種々の目的に応じて好適に使用できる。
【0028】
本発明の他の実施形態は、レチノイドを含有し、レプチン抵抗性改善剤、血中レプチン濃度低下剤、およびレプチン抵抗性に依存するインスリン抵抗性を改善するインスリン抵抗性改善剤からなる群から選ばれる1種以上の薬剤である。レチノイドは、後述する実施例で実証されているように、レプチン抵抗性改善、血中レプチン濃度低下、およびレプチン抵抗性に依存するインスリン抵抗性を改善するインスリン抵抗性改善、からなる群から選ばれる1種以上の効果を奏する。そのため、レチノイドを含有する上記薬剤は、上記効果の関連する疾患の治療等、種々の目的に応じて好適に使用できる。
【0029】
上述のレチノイドを含有するいずれかの薬剤が含有するレチノイドは、レチノール、レチナール、およびレチノイン酸、からなる群から選ばれる1種以上の化合物、またはその化合物の誘導体を含む。また、レチノイン酸はATRA(all‐trans retinoic acid)または9-cis-RAを含む。上述のレチノイドを含有するいずれかの薬剤が含有するレチノイドは、ATRAまたはその誘導体であることが好ましく、ATRAであることがより好ましい。なぜならば、ATRAは上述の種々の効果を有することが、後述する実施例で実証されているためである。
【0030】
また、レチノイドの効果を評価する際には、より自然に近い条件下で行なうことが好ましい。後述する実施例で安定したマウスにおける評価結果が得られていることから、食餌の組成と投与方法でマウスの評価系を組むことが好ましい。この方法であれば、より自然の条件に近く、また遺伝子改変に起因する予想外の表現系も生じないという利点がある。
【0031】
本明細書において「非遺伝子改変動物」とは、例えば外部から特定の遺伝子を導入したトランスジェニック動物や、特定の遺伝子を破壊して欠失させたノックアウト動物を除いた動物のことである。自然に生息している動物はほとんどが非遺伝子改変動物に含まれる。
【0032】
本明細書において「インスリン抵抗性改善剤」とは、インスリン抵抗性を改善させる効果を有する薬剤を含む。本明細書において「体重増加制御剤」とは、食餌を食べたときなどに増える体重をコントロール群に比べて優位に抑える効果を有する薬剤を含む。本明細書において「体重減少剤」とは、体重をコントロール群に比べて優位に減少させる効果を有する薬剤を含む。インスリン抵抗性は、体重減少によって改善することが[Goodpaster et al., Diabetes 1999;48:839-47.]に記載されている。そのため、上記体重増加制御剤または体重減少剤は、体重減少効果または体重増加抑制効果によってインスリン抵抗性改善効果が期待できる。
【0033】
本明細書において「肝重量減少剤」とは、肝臓の重量をコントロール群に比べて優位に減少させる効果を有する薬剤を含む。本明細書において「内蔵脂肪量増加抑制剤」とは、内臓脂肪の重量をコントロール群に比べて優位に減少させる効果を有する薬剤を含む。本明細書において「摂食抑制剤」とは、食餌の摂取量をコントロール群に比べて優位に抑制させる効果を有する薬剤を含む。本明細書において「カロリー摂取抑制剤」とは、カロリーの摂取量をコントロール群に比べて優位に抑制させる効果を有する薬剤を含む。本明細書において「血中AST減少剤」とは、血中のAST量をコントロール群に比べて優位に減少させる効果を有する薬剤を含む。本明細書において「血中ALT減少剤」とは、血中のALT量をコントロール群に比べて優位に減少させる効果を有する薬剤を含む。本明細書において「肝組織中の脂肪沈着抑制剤」とは、肝組織中の脂肪の沈着量をコントロール群に比べて優位に抑制させる効果を有する薬剤を含む。本明細書において「肝組織中の遊離脂肪酸減少剤」とは、肝組織中の遊離脂肪酸の量をコントロール群に比べて優位に減少させる効果を有する薬剤を含む。本明細書において「肝組織中の中性脂肪減少剤」とは、肝組織中の中性脂肪の量をコントロール群に比べて優位に減少させる効果を有する薬剤を含む。本明細書において「肝組織中の総コレステロール量減少剤」とは、総コレステロールの量をコントロール群に比べて優位に減少させる効果を有する薬剤を含む。
【0034】
本明細書において「血糖値低下剤」とは、血糖値を低下させる効果を有する薬剤を含む。本明細書において「血中インスリン濃度低下剤」とは、血中のインスリン濃度を低下させる効果を有する薬剤を含む。本明細書において「耐糖能異常改善剤」とは、糖に対して生体が示す代謝能力が異常になっている状態を改善させる効果を有する薬剤を含む。本明細書において「インスリン感受性改善剤」とは、インスリン感受性が異常になっている状態を改善する効果を有する薬剤を含む。本明細書において「レプチン抵抗性改善剤」とは、レプチン抵抗性を改善させる効果を有する薬剤を含む。本明細書において「血中レプチン濃度低下剤」とは、血中のプチン濃度を下剤させる効果を有する薬剤を含む。本明細書において「血中遊離脂肪酸減少剤」とは、血中の離脂肪酸を少剤させる効果を有する薬剤を含む。本明細書において「血中悪玉アディポサイトカイン減少剤」とは、血中の悪玉アディポサイトカインを減少させる効果を有する薬剤を含む。本明細書において「レプチン抵抗性に依存するインスリン抵抗性を改善する、インスリン抵抗性改善剤」とは、レプチン抵抗性によって引き起こされたインスリン抵抗性の症状を改善させる効果を有する薬剤を含む。
【0035】
本明細書において「有意に」とは、例えばコントロール群と被検査群との間の統計学的有意差をスチューデント(Student)のt検定を使用して評価し、p<0.05であるときを含む。本明細書において「コントロール群」とは、被検査群と異なる条件下に置かれた試料のことであり、当該技術分野において通常使用される範囲内の概念で表すことができる。
【0036】
本明細書において「誘導体(derivative)」は、ある有機化合物を母体として考えたとき、官能基の導入、酸化、還元、または原子の置き換えもしくは原子の付加などによって、母体の構造や性質を大幅に変えない程度の改変がなされた化合物のことを意味する。なおその改変は実際の化学反応として行えることもあるが、机上のものでも構わない。また誘導体は、好ましくは薬理的に許容される誘導体である。本明細書において「薬理的に許容される誘導体」は、所望の効果を有する化合物であれば限定されず、本発明に係る化合物の薬理的に許容される塩、溶媒和物、異性体、またはプロドラッグ等(例えばエステル)の形態を含む。またこの薬理的に許容される誘導体は、患者に投与すると、本発明に係る化合物またはその活性代謝物もしくはその残基を(直接的または間接的に)提供される任意の他の化合物を含む。そしてこのような薬理的に許容される誘導体は、当業者であれば過度の実験を行なうことなく得ることができる。例えば、[Burger's Medicinal Chemistry And Drug Discovery, 5th Edition, Vol 1: Principles and Practice]を参照できる。なお好ましくは、本発明に係る化合物の薬理的に許容される塩または溶媒和物である。また所望の効果とは、本発明に係る化合物と実質的に同等の効果を含む。
【0037】
本明細書において「薬理的に許容される塩」は、特に限定されないが、例えば任意の酸性(例えばカルボキシル)基で形成されるアニオン塩、または任意の塩基性(例えばアミノ)基で形成されるカチオン塩である。塩類には無機塩および有機塩を含み、[Berge,BighleyおよびMonkhouse、 J.Pharm.Sci., 1977, 66, 1-19]に記載されている塩が含まれる。本明細書において「溶媒和物」は、溶質および溶媒によって形成される化合物である。溶媒和物については例えば、[J.Honig et al., The Van Nostrand Chemist’s Dictionary P650 (1953)]を参照できる。溶媒が水であれば形成される溶媒和物は水和物である。この溶媒は、溶質の生物活性を妨げないものが好ましい。そのような好ましい溶媒の例として、限定するものではないが、水、エタノール、および酢酸が挙げられる。最も好ましい溶媒は、水である。本発明に係る化合物またはその塩は、大気に触れるかまたは再結晶するときに水分を吸収し、場合によっては吸湿水を有するかまたは水和物となりうる。本明細書において「異性体」は、分子式は同一だが構造が異なる分子を含む。鏡像異性体(エナンチオマー)、幾何(シス/トランス)異性体、または相互に鏡像ではない不斉中心を1個以上有する異性体(ジアステレオマー)を含む。本明細書において「プロドラッグ」は、前駆体である化合物であって、その化合物を被験体へ投与した際に、代謝過程または種々化学反応によって化学的変化を起こし、本発明に係る化合物またはその塩もしくはその溶媒和物をもたらす化合物を含む。プロドラッグについては、例えば[T. Higuchi and V. Stella, “Pro-Drugs as Novel Delivery Systems”, A.C.S. Symposium Series, Volume 14]を参照できる。
【0038】
また本明細書において「誘導体」には例えば、所望の効果を有する化合物であれば、PubChemのCompound Structure Searchの類似度(tanimoto係数)90%以上の化合物を含む。なお、誘導体に含める上記tanimoto係数の下限値は特に限定されないが、好ましくは95%以上であり、より好ましくは96%以上であり、より好ましくは97%以上であり、より好ましくは98%以上であり、さらに好ましくは99%以上である。類似度(tanimoto係数)が大きければ大きいほど母体に構造・生理活性などが近似した誘導体である可能性が高くなる。なお、tanimoto係数の計算式は以下のとおりであり、ケモインフォマティクスの分野では最も頻繁に使われる権威ある化合物同士の類似係数である。tanimoto係数の計算式に関してはPubChemのホームページからも参照可能である。
【0039】
Tanimoto = AB / ( A + B - AB )
Where:
Tanimoto is the Tanimoto score, a fraction between 0 and 1.
AB is the count of bits set after bit-wise & of fingerprints A and B
A is the count of bits set in fingerprint A
B is the count of bits set in fingerprint B
【0040】
この類似度(tanimoto係数)がATRAに対して95%以上の化合物としては、例えばPubChemのCID(Compound ID)が5538、444795、449171、4136524、5282379、5326825、5496917、6419708、6439661、6439749、6603983、6913131、6913136、6913160、9796370、9839397、9861147、9972326、9972327、9995220、10017822、10017935、10040620、10041353、10063649、10086397、10086398、10149682、10267048、10286439、10335106、10357701、10380944、10425032、10470200、10518336、10518761、10566385、10638113、10881132、11738545、12358676、12358678、18458354、18637768、19609228、21590819、23275881、25145416、44725022、9860303、9929074、10015486、10125803、10266931、10286753、10314319、10474100、10712359、11141121、14731990、18696002、18696006、21651187、22239079、25141345、44393163、44579060、167095、5355027、10087786、10193246、10215224、10358907、10426543、11266097、15125882、18977383、19063167、19360964、19609253、20830941、22646220、23002673、23181726、23208908、25011742、44314230、44579056、44579100、9830767、10636975、または11000660の化合物からなる群から選ばれる1種以上の化合物を含む。
【0041】
<実施形態2:レチノイドを含有する治療薬等>
本発明の他の実施形態は、上述のレチノイドを含有するいずれかの薬剤を含む、非アルコール性脂肪肝疾患、肝炎、肝癌、脂質異常症、糖尿病、高血圧症、および動脈硬化症、からなる群から選ばれる1種以上の疾患の治療薬である。この治療薬は、上述の種々の効果を備えるレチノイドを含有する薬剤を含むため、その薬剤の有する効果に起因して、非アルコール性脂肪肝疾患、肝炎、肝癌、脂質異常症、糖尿病、高血圧症、および動脈硬化症、からなる群から選ばれる1種以上の疾患の治療に好適に使用できる。例えば、インスリン抵抗性は、上記疾患の要因となることが良く知られている。
【0042】
また、本明細書において治療とは、患者の疾患または疾患に伴う1つ以上の症状の、予防あるいは症状改善効果を発揮しうることをいう。
【0043】
また、本明細書において「患者」とは、ヒトもしくはその他哺乳動物(例えば、マウス、ラット、ウサギ、ウシ、サル、チンパンジー、ブタ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコ、モルモット、ハムスターなど)を含む。好ましくは、マウス、ラット、サル、チンパンジー、またはヒトであり、特に好ましくはヒトである。なぜならば、ヒトであればヒトの疾患の治療や、ヒト用の治療薬または診断薬の開発等に、上述のレチノイドを含有するいずれかの薬剤を利用できるためである。また、マウス、ラット、サル、およびチンパンジーは、世界中で研究用のモデル動物として汎用され多くの特性が明らかになっているため、これらの生物に対して、上述のレチノイドを含有するいずれかの薬剤の薬効薬理を調査することで、治療薬等の開発のために特に有用な情報が得られる。
【0044】
また、上述のレチノイドを含有するいずれかの薬剤を治療薬または予防薬として使用する場合、単独で投与することも可能ではあるが、通常は薬理学的に許容される1つあるいはそれ以上の担体と一緒に混合し、製剤学の技術分野においてよく知られる任意の方法により製造した医薬製剤として提供するのが好ましい。また、上述のレチノイドを含有するいずれかの薬剤を直接使用せずに、上述のレチノイドを含有するいずれかの薬剤の前駆体を投与することも可能である。
【0045】
また、上述のレチノイドを含有するいずれかの薬剤を生体に投与する際の投与経路は、治療に際して最も効果的なものを使用するのが好ましく、経口投与または口腔内、気道内、直腸内、皮下、筋肉内、腹腔内、眼内または静脈内などの非経口投与をあげることができ、全身または局部的に投与することができる。投与経路は、好ましくは経口投与あげることができる。上述のレチノイドを含有するいずれかの薬剤が、皮下または静脈内投与後に患部で所望の機能を発揮できる場合には、皮下または静脈内投与であっても良い。
【0046】
投与形態としては、カプセル剤、錠剤、顆粒剤、シロップ剤、乳剤、注射剤、座剤、噴霧剤、軟膏、テープ剤などがあげられる。経口投与に適当な製剤としては、乳剤、シロップ剤、カプセル剤、錠剤、散剤、顆粒剤などがあげられる。乳剤およびシロップ剤のような液体調製物は、水、ショ糖、ソルビトール、果糖などの糖類、ポリエチレングリコール、プロピレングリコールなどのグリコール類、ゴマ油、オリーブ油、大豆油などの油類、p−ヒドロキシ安息香酸エステル類などの防腐剤、ストロベリーフレーバー、ペパーミントなどのフレーバー類などを添加剤として用いて製造できる。さらに、カプセル剤、錠剤、散剤、顆粒剤などは、乳糖、ブドウ糖、ショ糖、マンニトールなどの賦形剤、デンプン、アルギン酸ナトリウムなどの崩壊剤、ステアリン酸マグネシウム、タルクなどの滑沢剤、ポリビニルアルコール、ヒドロキシプロピルセルロース、ゼラチンなどの結合剤、脂肪酸エステルなどの界面活性剤、グリセリンなどの可塑剤などを添加剤として用いて製造できる。
【0047】
非経口投与に適当な製剤としては、注射剤、座剤、噴霧剤などがあげられる。注射用の水溶液としては、例えば生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液、例えばD-ソルビトール、D-マンノース、D-マンニトール、塩化ナトリウムが挙げられ、適当な溶解補助剤、例えばアルコール、具体的にはエタノール、ポリアルコール、例えばプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、非イオン性界面活性剤、例えばポリソルベート80(TM)、HCO-50と併用してもよい。座剤はカカオ脂、水素化脂肪またはカルボン酸などの担体を用いて調製することができる。また、噴霧剤は上述のレチノイドを含有するいずれかの薬剤、ないしは受容者の口腔および気道粘膜を刺激せず、かつ上述のレチノイドを含有するいずれかの薬剤を微細な粒子として分散させ吸収を容易にさせる担体、などを用いて調製することができる。この担体としては具体的には乳糖、グリセリンなどが例示できる。上述のレチノイドを含有するいずれかの薬剤と、用いる担体の性質により、エアロゾル、ドライパウダーなどの製剤化が可能である。また、これらの非経口剤においても経口剤で添加剤として例示した成分を添加することもできる。
【0048】
また、上記予防薬または治療薬は、緩衝剤(例えば、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液)、無痛化剤(例えば、塩化ベンザルコニウム、塩酸プロカインなど)、安定剤(例えば、ヒト血清アルブミン、ポリエチレングリコールなど)、保存剤(例えば、ベンジルアルコール、フェノールなど)、酸化防止剤などと配合してもよい。調製された注射液は通常、適当なアンプルに充填される。このようにして得られる製剤は安全で低毒性であるので、例えば、ヒトや哺乳動物(例えば、ラット、マウス、ウサギ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ネコ、イヌ、サルなど)に対して投与することができる。
【0049】
また、投与方法は患者の年齢、症状、対象臓器等により適宜選択することができる。上述のレチノイドを含有するいずれかの薬剤を含有する医薬組成物の投与量としては、例えば、一回につき体重1kgあたり0.0001mgから1000mgの範囲で選ぶことが可能である。あるいは、例えば、患者あたり0.001〜100000mg/bodyの範囲で投与量を選ぶことができるが、これらの数値に必ずしも制限されるものではない。目的とする治療効果、投与方法、治療期間、年齢、体重などにより異なる。投与量、投与方法は、患者の体重や年齢、症状などにより変動するが、当業者であれば適宜選択することが可能である。また、適切な化学療法薬と併用で投与してもよい。
【0050】
なお、レチノイドは過剰摂取による障害や、副作用の危険性を有していることが従来知られており、少ないエビデンスのもとで安易に服用するのは危険である。そのため、所望の薬理効果を得つつも副作用が抑えられる投与量・投与間隔で服用することが好ましい。
【0051】
本明細書において「肝炎」とは、肝臓に炎症が起こり発熱、黄疸、または全身倦怠感などの何らかの症状を来たす疾患の総称である。肝炎の原因は様々であり、ウイルス、アルコール、薬物、自己免疫性、または栄養過多などが挙げられる。ウイルス性肝炎、肝炎ウイルス以外のウイルスによる肝炎、アルコール性肝炎、非アルコール性脂肪性肝炎、薬剤性肝炎、自己免疫性肝炎、または原発性胆汁性肝硬変を含む。また、急性肝炎、劇症肝炎、LOHF (Late Onset Hepatic Failure)、慢性肝炎を含む。
【0052】
本明細書において「肝癌」とは、肝臓の細胞が増殖を続けることで起こる疾患を含む。肝臓癌を生起させることができる肝細胞は胆管、門静脈のような血管の細胞、樹状細胞または肝細胞を含む。また、原発性肝癌と転移性肝癌を含む。原発性肝癌の多くは肝細胞癌(hepatocellular carcinoma; HCC)であることが知られている。
【0053】
本明細書において「癌」とは、正常な細胞が突然変異を起こして増殖を続けることで起こる疾患を含む。悪性の癌細胞は全身のあらゆる臓器や組織から生じ、癌細胞が増殖すると、癌組織のかたまりとなって周囲の正常な組織に侵入し破壊する。癌は、肺癌、食道癌、胃癌、肝臓癌、膵臓癌、腎臓癌、副腎癌、胆道癌、乳癌、大腸癌、小腸癌、子宮頸癌、子宮体癌、卵巣癌、膀胱癌、前立腺癌、尿管癌、腎盂癌、尿管癌、陰茎癌、精巣癌、脳腫瘍、中枢神経系の癌、末梢神経系の癌、頭頸部癌(口腔癌、咽頭癌、喉頭癌、鼻腔・副鼻腔癌、唾液腺癌、甲状腺癌等)、皮膚癌、メラノーマ、甲状腺癌、唾液腺癌、血液の癌、悪性リンパ腫、癌腫または肉腫などを含む。
【0054】
本明細書において「脂質異常症」とは、血中の脂質が過剰または不足している症状である。高コレステロール血症、高LDLコレステロール血症、低HDLコレステロール血症、または高トリグリセリド血症を含む。動脈硬化、心筋梗塞、脳卒中などを引き起こす原因ともなると考えられている。
【0055】
本明細書において「糖尿病」とは、血糖値が高いために何らかの症状を来たす疾患の総称である。1型糖尿病、2型糖尿病、遺伝子異常によるもの、続発性糖尿病、または妊娠糖尿病を含む。
【0056】
本明細書において「高血圧症」とは、血圧が正常範囲を超えて高く維持されている症状である。本態性高血圧症または二次性高血圧を含む。
【0057】
本明細書において「動脈硬化症」とは、動脈が硬化し、これによって引き起こされる様々な病態である。動脈の硬化には、アテローム性動脈硬化、細動脈硬化、またはメンケルベルグ型硬化を含む。虚血性心疾患や脳血管障害等を引き起こすことが知られている。
【0058】
また本発明の他の実施形態は、上述のレチノイドを含有するいずれかの薬剤を含む、非アルコール性脂肪肝疾患またはインスリン抵抗性の診断薬である。この診断薬は、後述する実施例で、非アルコール性脂肪肝疾患またはインスリン抵抗性のモデルマウスの血清AST濃度または血清ALT濃度を有意に減少させることが実証されている、レチノイドを含有している。後述する実施例の図5Aおよび図5Bでは、HFHFr>HFHFr 群とHFHFr>HFHFr+ATRA 群において、レチノイドによる有意な血清AST濃度または血清ALT濃度の減少が見られている。即ち、非アルコール性脂肪肝疾患またはインスリン抵抗性を発症している場合、レチノイドを一定期間投与すると、血清AST濃度または血清ALT濃度が減少すると考えられる。従って、上記の診断薬を一定期間患者に投与後に、血清AST濃度または血清ALT濃度を測定すれば、非アルコール性脂肪肝疾患またはインスリン抵抗性を発症しているかどうかを診断できると考えられる。この場合、血清AST濃度または血清ALT濃度が減少すれば、非アルコール性脂肪肝疾患またはインスリン抵抗性が発症している可能性が高いということになる。このように、上記診断薬は上述のレチノイドの機能に基づいて変動する生体分子を調査する方法によって、非アルコール性脂肪肝疾患またはインスリン抵抗性の診断に好適に使用できる。
【0059】
本明細書において「診断薬」とは、被検者の疾患もしくは疾患可能性の診断、または被験者由来の被検試料における疾患関連物質の検査に関して使用可能な物質を表す。
【0060】
また本発明の他の実施形態は、上述のレチノイドを含有するいずれかの薬剤を含む、試薬である。この試薬は、上述のレチノイドを含有するいずれかの薬剤の有する効果を通して、研究用の試薬として使用できる。また、試薬として用いる際の使用方法もしくは使用例を記載した指示書、その指示書の所在を記載した文面、または種々のバッファーとともに使用しても良い。
【0061】
上述のレチノイドを含有するいずれかの薬剤は、上述のレチノイドを含有するいずれかの薬剤の有する効果を通して、畜産において動物の成育を補助するための添加剤などにも使用できる。
【0062】
以上、本発明の実施形態について述べたが、これらは本発明の例示であり、上記以外の様々な構成を採用することもできる。
【実施例】
【0063】
以下、本発明を実施例によりさらに説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0064】
<実施例1:NAFLD モデルマウスの確立>
野生型 C57BL/6 マウス(雄、6 週齢; 日本チャールズリバー)に、通常食(オリエンタル酵母製 MF 食)または高脂肪高フルクトース(HFHFr)食を 16 週間与えた(図2)。通常食を与えたマウスは、さらに 4 週間通常食で飼育しコントロールとして用いた。HFHFr 食を与えたマウスは 4群に分け、それぞれ通常食、ATRA(SIGMA社)添加通常食、HFHFr 食、ATRA 添加 HFHFr 食を与え、4 週間飼育した。それぞれの食餌に関する成分は表1に示した。飼育開始後 20 週目にマウスを犠死させ、肝臓、血液、内臓脂肪を回収した。なお、ここで確立したモデルマウスを、以下の実施例で使用した。
【0065】
【表1】

【0066】
後述する実施例2〜実施例10で使用した各種実験方法を以下に示す。
【0067】
(1)肝脂質含量の測定
肝臓の脂質含量は、篁らの方法(Hepatology. 2007;46:1392-1403)に従い、NEFA(遊離脂肪酸)C-テストワコー、トリグリセライド(中性脂肪)E-テストワコー、コレステロールEテストワコー(すべて和光純薬工業)により測定した。また凍結切片を作成し、oil red O染色を行った。
【0068】
(2)インスリン抵抗性指数(HOMA-IR)の測定
12 時間絶食後のマウスの尾静脈より血液を回収し、ケアファスト(ニプロ)を用いて空腹時血糖を測定した。また回収した血液から血清を分離し、マウスインスリン ELISA キット(森永生化学研究所)により、空腹時血清インスリン濃度を測定した。HOMA-IR は以下の式により算出した。空腹時血糖(mM)×空腹時血清インスリン濃度(mU/L)/22.4
【0069】
(3)グルコース負荷試験およびインスリン負荷試験
12 時間絶食させたマウスにグルコースを 1 g/kg 体重となるよう腹腔内投与し、0(投与前)、15、30、60、120 分ごとに血糖値を測定した。また各測定ポイントごとの血糖値を基に、マウス個体ごとの曲線下面積(AUC0-120)を算出した。
【0070】
インスリン負荷試験は、上記と同様、絶食マウスの腹腔内にインスリン(Humalin R; 日本イーライリリー)を 1 U/kg 体重となるよう投与し、0(投与前)、20、40、60 分ごとに血糖値を測定した。データはインスリン投与前(0 分)に対する各時間の血糖値の割合(%)で表した。
【0071】
(4)血清中のサイトカインおよび脂質の定量
自由摂食マウスの血液を回収し血清を分離した。インスリンは前述のキットにより、レプチンは、マウスレプチン ELISA キットにより、それぞれ測定した。血清中の遊離脂肪酸および中性脂肪の濃度は上記のキットにより測定した。
【0072】
(5)遺伝的インスリン抵抗性モデルによる検討
KK-Ay マウス(雄、6 週齢; 日本クレア)および ob/ob マウス(雄、6 週齢; 日本チャールズリバー)を、それぞれ 1 群 5 匹ずつ 2 群に分け、通常食または ATRA 添加通常食で 4 週間飼育した。KK-Ay マウスは個別飼育を行った。
【0073】
<実施例2:体重変化>
マウスの体重変化(図3A)は、Normal 群に対して、HFHFr>Normal+ATRA 群は 19 週までにほぼ同等の値まで減少し、20 週目では有意に低下していた。また HFHFr>HFHFr+ATRA もまた20 週までに Normal 群とほぼ同等の値まで減少した。HFHFr>Normal 群は HFHFr>Normal+ATRA群と比較すると緩やかな減少であったが、25 週目まで体重測定を行ったものの、Normal 群よりも体重は有意に高いままであった(データは示さない)。HFHFr>HFHFr 群は 16-20 週目まで緩やかな体重増加を示した。以上のことから NAFLD モデルマウスに ATRA 添加食を与えることにより体重が減少することが示された。
【0074】
肝重量(図3B)は HFHFr>Normal および HFHFr>Normal+ATRA 群では、Normal 群とほぼ同等の値であった。HFHFr>Normal 群と比較し HFHFr>Normal+ATRA 群では有意な低下を認めた。また HFHFr>HFHFr 群では、Normal 群および HFHFr>HFHFr+ATRA 群と比較して有意な増加を認めた。肝障害を表す肝体重比(図3C)は、HFHFr>HFHFr 群で著しい上昇を認め、またHFHFr>Normal+ATRA 群および HFHFr>HFHFr+ATRA 群でわずかな増加および減少をそれぞれ認めた。以上のことから、NAFLD モデルマウスに ATRA 添加食を与えることにより、肝障害が軽減することが示唆された。
【0075】
内臓脂肪量(図3D)は、Normal群と比較して、HFHFr>Normal 、 HFHFr>HFHFr 、HFHFr>HFHFr+ATRA 群で顕著な増加を示したが、HFHFr>Normal+ATRA 群ではほぼ同等の値まで減少していた。またこのとき、HFHFr>Normal 群に対して HFHFr>Normal+ATRA 群、ならびに、HFHFr>HFHFr 群に対して HFHFr>HFHFr+ATRA 群では、内臓脂肪量の有意な減少を認めた。以上のことから、NAFLD モデルマウスの ATRA による体重減少において、内臓脂肪の減少が一部関与していることが示唆された。
【0076】
<実施例3:摂餌量>
マウスの各週における 1 日あたりの摂餌量(図4A)は、コントロールである Normal 群に対して、HFHFr>Normal、HFHFr>Normal+ATRA、HFHF>HFHFr群では 16-18 週で全体的に減少傾向を認めたものの、18-20週では変化は認められなくなった。しかしながらHFHFr>HFHFR+ATRA 群では摂餌量の有意な低下が、20週目まで認められた。また、HFHFr>Normal 群と HFHFr>Normal+ATRA 群で有意な差は認めなかったものの、HFHFr>HFHFr群に対して HFHFr>HFHFr+ATRA 群は各週を通して減少傾向を認めた。
【0077】
レチノイドの摂取量(図4B)は、Normal 群および HFHFr>Normal 群では 12-20 μg レチノール当量(μgRE)/日/個体であり、有意な差は認めなかった。HFHFr>HFHFr 群では約 3 μgRE/日/個体と Normal 群に対して有意に低下していた。一方、HFHFr>Normal+ATRA およびHFHFr>HFHFr+ATRA 群では 90-153 μgRE/日/個体であった。全体として体重 1 kg あたりに換算すると、0.06〜3.25 mgRE/日/kg 体重であった。
【0078】
カロリー摂取量(図4C)では、Normal 群と比較し、HFHFr>Normal、HFHFr>Normal+ATRA、HFHFr>HFHFr+ATRA 群で 16-18 週にかけて減少傾向を認めたものの、18-20 週においては変化を認めなかった。HFHFr>HFHFr 群は Normal および HFHFr>HFHFr+ATRA と比較して、各週を通じてカロリー摂取量は増加していた。
【0079】
<実施例4:肝機能の評価>
肝体重比から ATRA 添加食による肝機能の改善が示唆された。そこで肝機能についてより詳細に検討するため、次に血清 AST および ALT 活性を測定した(図5AB)。その結果、HFHFr>Normal 群と HFHFr>Normal+ATRA 群では有意な差を認めなかったが、ともに Normal 群と比べ AST、ALT 活性の上昇を認めた。しかしながら、HFHFr>HFHFr 群および HFHFr>HFHFr+ATRA 群では、Normal 群と比較し有意な上昇を認めたが、HFHFr>HFHFr+ATRA 群の方が有意に活性が低かった。以上のことから、NAFLD モデルマウスに対し ATRA 添加食は肝機能の改善をもたらすことがわかった。
【0080】
<実施例5:肝脂肪含量>
肝組織の HE 染色の結果(図6)、門脈周囲の大滴性脂肪沈着を認め、また HFHFr 群では中心静脈周囲に小滴性脂肪沈着も認めることができた。この脂肪沈着の度合いは、HFHFr>HFHFr 群 > HFHFr>HFHFr+ATRA 群 > HFHFr>Normal 群 > HFHFr>Normal+ATRA 群 > Normal 群の順で減少していった。この傾向は、脂肪滴を特異的に染色する oil red O 染色(図7)でも同様であった。
【0081】
より定量的に肝脂質量を評価するため、肝組織中の遊離脂肪酸(NEFA)、中性脂肪(TG)、総コレステロール量を測定した(図8)。その結果、HFHFr>Normal 群および HFHFr>HFHFr 群、HFHFr>HFHFr+ATRA 群において肝脂質含量の上昇を認めた。さらに HFHFr>Normal 群に対して HFHFr>Normal+ATRA 群では有意な肝脂質含量の低下を認めた。しかしながらHFHFr>HFHFr 群と HFHFr>HFHFr+ATRA 群との間に有意な差は認められなかった。以上のことから、NAFLD モデルマウスに対して ATRA 添加食を与えることで、肝脂肪含量が減少し、その結果、脂肪肝の改善につながることが示唆された。
【0082】
さらに、血清中のTG量を測定した(図9)。その結果、ATRAの添加の有無でTG量に有意な差は認められなかった。TGの上昇はATRAの副作用となることが知られており、本実施例の結果は、ATRAの副作用が生じていないことを表す良好な結果であった。
【0083】
<実施例6:インスリン抵抗性>
空腹時血糖値(図10A)および空腹時血清インスリン濃度(図10B)を測定したところ、HFHFr>Normal+ATRA 群および HFHFr>HFHFr+ATRA 群は、それぞれ HFHFr>Normal 群およびHFHFr>HFHFr 群に対し、有意な低下を認めた。また HFHFr>Normal+ATRA 群およびHFHFr>HFHFr+ATRA 群の空腹時血糖値は、Normal 群に対しても有意に低下していた。一方、HFHFr>Normal 群および HFHFr>HFHFr 群の血清インスリン濃度は、Normal 群に対して有意に上昇していた。空腹時血糖値と空腹時血清インスリン濃度から算出されたインスリン抵抗性指数(HOMA-IR)(図10C)は、HFHFr>Normal 群および HFHFr>HFHFr 群において顕著な増加を示し、HFHFr>Normal+ATRA 群および HFHFr>HFHFr+ATRA 群では Normal 群とほぼ同等の値であった。以上の結果より、NAFLD モデルマウスに ATRA 添加食を与えることで、インスリン抵抗性が改善されることが明らかとなった。
【0084】
<実施例7:インスリン感受性>
グルコース負荷試験(図11AB)およびインスリン負荷試験(図11C)によりインスリン感受性を評価した。その結果、耐糖能異常が HFHFr>Normal+ATRA 群および HFHFr>HFHFr+ATRA 群において改善され、またインスリン負荷による血糖値の低下も HFHFr>Normal+ATRA 群およびHFHFr>HFHFr+ATRA 群で有意に亢進していた。以上の結果から、ATRA 添加食によって NAFLDモデルマウスのインスリン感受性が回復することが明らかとなった。
【0085】
<実施例8:血清アディポカイン濃度>
自由摂食マウスの血清中に含まれるインスリン(図12A)およびレプチン(図12B)濃度を測定したところ、HFHFr>Normal+ATRA 群および HFHFr>HFHFr+ATRA 群は、それぞれ HFHFr>Normal 群および HFHFr>HFHFr 群に対し、有意な低下を認めた。また HFHFr>HFHFr 群ではインスリン、レプチンともに Normal と比較して著しい上昇を認め、HFHFr>Normal 群においてもHFHFr>HFHFr 群程ではないが同様の傾向を認めた。以上の結果より、NAFLD 患者に高頻度で認められるインスリン抵抗性およびレプチン抵抗性が、ATRA 添加食によって改善されることが示唆された。
【0086】
また血中の遊離脂肪酸は脂肪細胞由来のサイトカイン(アディポサイトカイン)のうちインスリン感受性を低下させる悪玉のアディポサイトカインとして考えられている。そこで自由摂食下マウスの血清遊離脂肪酸濃度(図12C)を測定したところ、HFHFr>Normal+ATRA 群は、Normal 群および HFHFr>Normal 群と比較して、有意な低下を示した。以上の結果から、ATRA添加食によって、悪玉アディポカインの一つである遊離脂肪酸が低下することが明らかとなった。
【0087】
<実施例9:遺伝的インスリン抵抗性モデルにおける体重変化>
一般的によく用いられる遺伝的インスリン抵抗性モデルマウスの KK-Ay および ob/ob マウスに対する ATRA 添加普通食の影響を検討した。KK-Ayは、インスリン抵抗性を誘起する遺伝子が導入されたマウスである。ob/obは、レプチン遺伝子が欠損してインスリン抵抗性を獲得したマウスである。その結果、両マウスの ATRA 添加食を与えた群では、体重増加の抑制を認めた(図13AB)。しかしながら、肝体重比は KK-Ay では変化を認めず、ob/ob において ATRA 添加食による有意な低下を認めた(図13CD)。逆に、内臓脂肪は KK-Ayにおいて減少傾向を認め、ob/ob では変化を認めなかった(図13EF)。これらの結果より、ATRA添加食は遺伝的インスリン抵抗性モデルマウスに対しても体重減少をもたらすが、それぞれの組織に対する作用は、遺伝的背景によって異なる可能性が示唆された。
【0088】
<実施例10:遺伝的インスリン抵抗性モデルマウスにおけるインスリン抵抗性>
グルコース負荷試験の結果(図14ABCD)、ATRA 添加食は KK-Ay に対してのみ耐糖能異常を改善した。空腹時血清インスリン濃度(図14EF)および HOMA-IR(図14GH)についても、KK-Ay のみでインスリン抵抗性の改善が示された。また、両マウスの血清レプチン濃度を測定した結果を図15に示す。以上の結果から、ATRA 添加食によるインスリン抵抗性改善作用は、遺伝的背景に依存していること、また、レプチン抵抗性を伴うインスリン抵抗性に対する改善作用が生じていることが考えられる。さらに、ATRA による本作用は、レプチンメカニズムが関与していることが示唆された。このことは、ATRAのインスリン抵抗性改善に関わる評価を行なう場合において、レプチンまたはレプチンの受容体の遺伝子を人工的に欠損させたマウスをモデル動物として使用したときは、通常のマウス(人工的に遺伝子を欠損させていないマウス)にその評価結果を適用することが困難であることを示唆している。
【0089】
<結果の考察>
以上の実施例の結果、ATRAが、インスリン抵抗性改善、体重増加制御、体重減少、肝重量減少、内蔵脂肪量増加抑制、摂食抑制、カロリー摂取抑制、血中AST減少、血中ALT減少、肝組織中の脂肪沈着抑制、肝組織中の遊離脂肪酸減少、肝組織中の中性脂肪減少、肝組織中の総コレステロール量減少、血糖値低下、血中インスリン濃度低下、耐糖能異常改善、インスリン感受性改善、レプチン抵抗性改善、血中レプチン濃度低下、血中遊離脂肪酸減少、血中悪玉アディポサイトカイン減少、またはレプチン抵抗性に依存するインスリン抵抗性改善など、多数の効果を有することが明らかになった。これらインスリン抵抗性改善に関わる種々の効果を利用すれば、NAFLDをはじめとする種々の疾患の治療にATRAを活用することが可能となると考えられる。また上記の効果に加えて、実施例でATRAを使用した範囲では副作用が抑えられていることも示唆されている。
【0090】
また、実施例10においてマウスへのATRA投与の効果を評価する場合、モデルマウスのレプチン遺伝子の人工的な改変が、評価結果に影響を及ぼすことが示唆さている。一方で、実施例1では、HFHFr食をマウスに一定期間投与することで、人工的に遺伝子改変をすることなく、インスリン抵抗性のモデルマウスの確立に成功している。そして、実施例2〜実施例8ではそのモデルマウスを利用して各種評価を行なっている。そのため、実施例2〜実施例8の評価結果は、非遺伝子改変動物へのATRAの効果を、高精度で評価できたと考えられる。なお、得られた結果を踏まえて後から考えてみると、本実施例で多数の新規の効果を発見できたのは、上記のようにより自然に近い評価系を用いたことに起因しているのかもしれない。
【0091】
以上、本発明を実施例に基づいて説明した。この実施例はあくまで例示であり、種々の変形例が可能なこと、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは当業者に理解され
るところである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レチノイドを含有し、且つ非遺伝子改変動物の肝疾患患者に投与されることを特徴とする、
インスリン抵抗性改善剤、体重増加制御剤、体重減少剤、肝重量減少剤、内蔵脂肪量増加抑制剤、摂食抑制剤、カロリー摂取抑制剤、血中AST減少剤、血中ALT減少剤、肝組織中の脂肪沈着抑制剤、肝組織中の遊離脂肪酸減少剤、肝組織中の中性脂肪減少剤、肝組織中の総コレステロール量減少剤、血糖値低下剤、血中インスリン濃度低下剤、耐糖能異常改善剤、インスリン感受性改善剤、レプチン抵抗性改善剤、血中レプチン濃度低下剤、血中遊離脂肪酸減少剤、および血中悪玉アディポサイトカイン減少剤、
からなる群から選ばれる1種以上の薬剤。
【請求項2】
前記肝疾患患者が、非アルコール性脂肪肝疾患患者である、請求項1に記載の薬剤。
【請求項3】
前記肝疾患患者が、インスリン抵抗性患者である、請求項1に記載の薬剤。
【請求項4】
レチノイドを含有し、且つ非アルコール性脂肪肝疾患患者に投与されることを特徴とする、
肝重量減少剤、内蔵脂肪量増加抑制剤、血中AST減少剤、血中ALT減少剤、肝組織中の脂肪沈着抑制剤、肝組織中の遊離脂肪酸減少剤、肝組織中の中性脂肪減少剤、肝組織中の総コレステロール量減少剤、レプチン抵抗性改善剤、血中レプチン濃度低下剤、血中遊離脂肪酸減少剤、および血中悪玉アディポサイトカイン減少剤、
からなる群から選ばれる1種以上の薬剤。
【請求項5】
レチノイドを含有し、且つインスリン抵抗性患者に投与されることを特徴とする、
肝重量減少剤、内蔵脂肪量増加抑制剤、血中AST減少剤、血中ALT減少剤、肝組織中の脂肪沈着抑制剤、肝組織中の遊離脂肪酸減少剤、肝組織中の中性脂肪減少剤、肝組織中の総コレステロール量減少剤、レプチン抵抗性改善剤、血中レプチン濃度低下剤、血中遊離脂肪酸減少剤、および血中悪玉アディポサイトカイン減少剤、
からなる群から選ばれる1種以上の薬剤。
【請求項6】
レチノイドを含有する、レプチン抵抗性改善剤、および血中レプチン濃度低下剤、
からなる群から選ばれる1種以上の薬剤。
【請求項7】
レチノイドを含有し、レプチン抵抗性に依存するインスリン抵抗性を改善する、インスリン抵抗性改善剤からなる薬剤。
【請求項8】
請求項1乃至7いずれかに記載の薬剤であって、前記レチノイドが、
レチノール、レチナール、およびレチノイン酸、
からなる群から選ばれる1種以上の化合物、またはその化合物の誘導体である、薬剤。
【請求項9】
請求項8に記載の薬剤であって、前記化合物が、
オールトランスレチノイン酸またはその誘導体である、薬剤。
【請求項10】
経口投与されることを特徴とする、請求項1乃至9いずれかに記載の薬剤。
【請求項11】
請求項1乃至10いずれかに記載の薬剤を含む、非アルコール性脂肪肝疾患、肝炎、肝癌、脂質異常症、糖尿病、高血圧症、および動脈硬化症、
からなる群から選ばれる1種以上の疾患の治療薬。
【請求項12】
請求項1乃至10いずれかに記載の薬剤を含む、非アルコール性脂肪肝疾患またはインスリン抵抗性の診断薬。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2011−219439(P2011−219439A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−93241(P2010−93241)
【出願日】平成22年4月14日(2010.4.14)
【出願人】(504150461)国立大学法人鳥取大学 (271)
【Fターム(参考)】