説明

レーザー脱離イオン化法

【課題】本願発明の課題は、マトリックスを添加せずに、ソフトレーザーイオン化を実現することである。
【解決手段】n−型シリコン基板に幾何学的に対象な2方向からナノ秒パルスレーザーを同時に照射して、光の干渉を生じさせ、該基板表面にサブミクロンオーダ(100nm〜1μm)の周期的溝構造を形成し、該表面上に、表面修飾分子を吸着させる。この微細溝構造基板に、試料を設置し、レーザーを照射することにより該試料のイオン化を行い、質量分析を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、シリコン基板上に試料を設置し、該試料にレーザー光を照射することにより試料をイオン化するレーザー脱離イオン化法(DIOS:Desorption / Ionisation on Silicon)に関する。DIOS法は、生体関連物質や熱に不安定な物質の分子イオン測定に非常に有効であり、ソフトレーザーイオン化法の一種である。
【背景技術】
【0002】
従来、固体試料の分子イオン測定には、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)が汎用されている。しかし、低分子量領域のマトリックス分子由来のノイズ検出や、マトリックスと試料の混晶の作製が煩雑である等、マトリックスに由来する多くの問題が存在していた。
【0003】
そこで、マトリックスフリーのソフトイオン化法であるDIOS法が非常に注目されている(下記非特許文献1参照)。しかしながら、DIOS法においても、多孔質化されたシリコン表面の細孔は、マトリックスとしての役割を担うと考えられているが、表面が不均一で再現性に乏しいため、イオン化機構の正確な議論は、困難である。
【0004】
また、シリコン表面特性の安定化のために表面を修飾する必要があるが、表面修飾分子は、修飾と同時にイオンドナーとしての役割も持つため、そのイオン化機構をさらに複雑にさせている。
【非特許文献1】Journal of theMass Spectrometry Society of Japan, Vol.52, No.1 pp 33〜36
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本願発明の課題は、マトリックス非添加で、ソフトレーザーイオン化を実現する手法の開発である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願発明は、シリコン基板のナノ表面粗さを制御する手段として、ナノ秒パルスレーザーを幾何学的に対象な2方向から同時に照射する2光束干渉を利用して、n−型シリコン基板に、サブミクロンオーダ(100nm〜1μm)の周期的な溝構造を形成し、さらに、この基板に、表面修飾分子として、ウンデシレン酸(10-undecylenoic acid)を吸着させることにより行なうものである。
【発明の効果】
【0007】
シリコン表面がフラットな状態のものよりも、サブミクロンオーダの溝構造としたものの方が、シリコン表面上の試料へのエネルギ移動が大きく、イオン化率が高い。さらに、修飾分子を使用すると、より高効率なイオン化率が得られるという効果を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下に、本願発明を実施するための最良の形態を示す。
【実施例1】
【0009】
まず、サブミクロンオーダ(100nm〜1μm)の周期的な溝構造を形成するための装置の概要を説明する。
図1に示すように、ソフトイオン化用基板としてn―型シリコン基板を用意し、ナノ秒パルスレーザーを幾何学的に対称に2方向から同時に照射する。これにより2光束干渉が生じ、サブミクロンオーダの周期的溝構造が作製される。レーザーは、YAGレーザーであり、波長はNd:YAGレーザーの4倍波(266nm)又は3倍波(355nm)であり、パルス幅は、8nsである。
【0010】
図2に、作製した基板表面を原子間力顕微鏡(AFM、JEOL製)を用いて観察した結果を示す。周期構造作製において、ナノ秒パルスレーザーをアブレーション光源として用いているため、過剰なフルエンス(数J/cm)におけるレーザー照射条件においては、熱の寄与が大きく、作製されたパターンが熱融解により歪んでいた。アブレーション閾値よりわずかに大きなフルエンス(数100mJ/cm)においては、精度の高いパターンが形成された。溝の間隔は、2光波の入射角度及び入射レーザー波長により制御し、溝の深さは、入射パルス数で制御した。図2の例においては、入射角度を16度、光源の波長を355nmとすることにより、溝の幅が300nm、深さ20〜30nmの微細溝構造が得られた。
【0011】
この微細溝の形成された基板に表面修飾分子として、ウンデシレン酸(10-undecylenoic acid)を120℃の溶液中において吸着させた。
【0012】
上記修飾された基板に、試料として、N−Acetyl chitotetraose(MW:830.80)を100μg/ml(水:Methanol=1:1)に溶かしたものを塗布した。
【0013】
質量分析は、図3に示されるリニア型飛行時間型質量分析計により行った。試料に照射するレーザーとしては、Nd:YAGレーザー4倍波(266nm)、繰り返し周波数は、10Hz、パルス幅は、8nsである。飛行管の長さは、400mm、検出器は、二次電子増倍管、イオン電流計測は、オシロスコープで512回積算して行った。
【0014】
その結果を図4に示す。図4においては、分子の積層数が数層の場合と、数10層の場合(試料の量を4倍に変えたもの)を並べて示してある。試料の量が少なくなり、基板の凹凸と比較できる程度になると、フラグメントイオンピークがより顕著に現れている。
【0015】
上記微細構造の基板と比較するために、フラット基板に同様の試料を用いて質量分析を行った結果を図5に示す。図に見られるように、フラット基板においては、分子の積層数が数10層の場合には、フラグメントイオンピークも分子のイオンピークもほとんど見分けることができない。試料の量をさらに4倍程度多くして、分子の積層数が約100層程度になると、分子のイオンピークが現れる程度である。
【0016】
次に、微細溝構造の基板表面を修飾した場合と修飾しない場合とを比較するとその結果は、図6のとおりである。表面を修飾しない場合には、フラグメントイオンピークも分子のイオンピークも雑音レベルに比べてあまり大きくないが、表面を修飾した場合には、フラグメントイオンピークも分子のイオンピークも雑音レベルに比べてきわめて大きく、きわめて感度の良い結果が得られる。

【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本願発明に係る微細溝構造を作製する光学系の概略説明図
【図2】本願発明にかかる微細溝構造の原子間力顕微鏡写真
【図3】リニア型飛行時間型質量分析計の概略図
【図4】本願発明に係る微細溝構造基板における質量分析結果
【図5】フラット基板における質量分析結果
【図6】本願発明に係る微細溝構造基板において、修飾した基板の質量分析結果

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザー脱離イオン化法において、シリコン基板表面に規則的で微細な溝構造を形成し、該構造の上に試料を設置し、該試料にレーザー光を照射することにより該試料をイオン化することを特徴とするレーザー脱離イオン化法。
【請求項2】
上記微細構造における規則性の度合いは、100nm〜1μmであることを特徴とするレーザー脱離イオン化法。
【請求項3】
質量分析方法であって、上記請求項1に記載のイオン化方法を用いて試料の質量分析を行うことを特徴とする質量分析方法。
【請求項4】
請求項1に記載されている試料のレーザー脱離イオン化法において用いられる上記基板は、ナノ秒パルスレーザーを用いて、光の干渉を利用することにより周期構造が作製されていることを特徴とする基板。
【請求項5】
上記パルスレーザーは、Nd:YAGレーザーの4倍波又は3倍波であることを特徴とする請求項4に記載の基板。
【請求項6】
上記基板は、その表面が修飾されていることを特徴とする請求項4に記載の基板。
【請求項7】
上記表面の修飾は、ウンデシレン酸を該表面に吸着させたものであることを特徴とする請求項6に記載の基板。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−225394(P2007−225394A)
【公開日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−45691(P2006−45691)
【出願日】平成18年2月22日(2006.2.22)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年9月15日、日本分析化学会第54会において発表
【出願人】(305027401)公立大学法人首都大学東京 (385)
【Fターム(参考)】