説明

レーダ装置

【課題】
気象レーダ装置等、広いダイナミックレンジを有するレーダ受信機出力信号を量子化したディジタル信号を汎用の通信路を以って配信する場面において,通信路には広帯域な伝送が要求される。このことは、レーダ装置の最大探知距離等のトレードオフとして現出する。
【解決手段】
本発明は、レーダ方程式における電波伝搬による電磁波電力の距離減衰則に基づき、前記広ダイナミックレンジな受信機出力を量子化した信号の特徴を維持して、ダイナミックレンジを圧縮,信号伝送に必要な帯域を節約する.

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パルス変調波を一定間隔で間欠的に空間に発射し、目標物からの反射波を受信して、パルス発射時刻に対する遅延時間を計測することにより目標物の位置を、反射波の電力と周波数と位相とを計測することにより目標の反射断面積とドップラ速度を推定するレーダ装置に関する発明である。
【背景技術】
【0002】
レーダ装置が探知対象とする目標物は、あらゆる距離及び方位に存在する。よって、目標物からの反射波のダイナミックレンジは広範に渡る。特に、レーダ装置近傍に存在する目標物からの反射波の電力はレーダ装置が発射するパルス変調波の尖頭電力に近く、レーダ装置が備える受信部の受信電力が飽和する。即ち、近距離の目標を探知することができない。
【0003】
レーダ装置近傍に存在する目標物からの反射波による前記受信部の受信電力の飽和への対策として、レーダ装置のパルス波発射時刻を始点とし、時間的に受信部の利得を制御し、受信部の受信電力の飽和を抑制するSTC(Sensitivity Time Control:感度時間制御)が実用化されている。
【0004】
STCとは、非特許文献1で示されているように、受信部最初段に可変減衰器を設け、レーダ装置のパルス変調波発射時刻を始点とし減衰量を最大化し、以後、時間に対して指数関数的に減衰量を減ずる仕組みを指す。つまり、STCによれば、対象とアンテナ間の距離により生じる受信信号の変化を平滑化することが可能になるのである。
【0005】
しかし、STCに含まれる可変減衰器は、減衰器入出力信号間での位相回転量が減衰指示量によって変化する。
【0006】
このことは、目標物からの反射波の周波数及び位相を計測し、目標物のドップラ速度を推定するレーダ装置においては、重篤な誤差要因となる。
【0007】
一方、特許文献1においては、受信部最初段に方向性結合器を設け、利得の異なる受信部に目標物からの反射波を分配し、受信部後段で合成することにより広範なダイナミックレンジを実現する方法も提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2008−215952号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】吉田 孝監修 「改訂 レーダ技術」 社団法人電気通信学会 平成11年5月25日 初版第3刷発行 p189−191
【非特許文献2】深尾昌一郎 浜津享助監修 「気象と大気のリモートセンシング 改定 第2版」 京都大学学術出版会 平成21年7月24日 改訂第2版第一刷発行 p37−48
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかるに、特許文献1にて提案する受信部は、前記の位相回転が発生しない反面、出力信号のダイナミックレンジは120dB以上の広範に渡る。本受信部出力信号を量子化する場合、20ビット以上の量子化ビット幅を要する。よって、本量子化信号を他装置に伝送する場合においては、広い伝送帯域を要する。このことは、レーダ装置の最大探知距離や分解能へのトレードオフとして現出する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記課題を解決するために、本発明は、
パルス変調波を空間に送信し、目標物によって反射された該パルス変調波を受信し、該受信信号を量子化し、通信路を介して該量子化信号を他装置に伝送するレーダ装置において、伝送元においては、前記量子化の際に前記目標物の距離が短いほど下方ビットシフト量を増加し信号を圧縮する第1のビットシフト部を持ち、伝送元から送信される信号は、前記第1のビットシフト部の出力であり、伝送先においては、前記伝送元から送信された信号を受信し前記下方ビットシフト量を上方ビットシフトし信号を復号する第2のビットシフト部を持つことを特徴とするレーダ装置とするものである。
【0012】
また本発明は、
前記ビットシフト量は、伝送元および伝送先に同内容のテーブルメモリを設け、該テーブルメモリに予め保持しておくことを特徴とするレーダ装置とするものである。
【0013】
つまり、前記目標物からの反射波を量子化し、通信路を介して他装置に伝送するレーダ装置において、伝送元は、前記目標物とレーダ装置間の距離が短いほど、前記量子化信号の下方ビットシフト量を増加し、信号を圧縮して伝送先に伝送する。一方、伝送先においては、前記伝送元が出力する信号を受信し、前記下方ビットシフト量を上方ビットシフトし信号を復号する。
【0014】
前記の非特許文献2で示されているレーダ方程式から、目標物からの反射波電力は、目標物とレーダ装置との距離の2乗若しくは4乗に反比例することが明らかである。一方、レーダ装置のパルス変調波発射時刻に対する前記反射波の遅延時間は(数1)で決定される。
(数1)目標物とレーダ装置間の距離=(遅延時間×光速)/2
【0015】
よって、前記伝送元及び伝送先における、目標物からの反射波量子化信号のビットシフト量は、レーダ装置のパルス変調波発射時刻に対する遅延時間に応じて決定する。
【0016】
前記ビットシフト量は、伝送元および伝送先にテーブルメモリを設け、同テーブルメモリに予め保持しておく。
【発明の効果】
【0017】
本手法によれば、受信部における位相回転といった弊害を防ぐ手段を取る際に問題となる信号の広帯域化に関し、該信号のダイナミックレンジを圧縮することが出来、前記量子化信号を他装置に伝送する際の、通信路に必要な帯域を低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明のレーダ装置の構成を示すブロック図である。
【図2】本発明におけるビットシフト量と電波伝搬距離による目標反射信号の減衰量の関係を示すグラフである。
【図3】アドレスカウンタが示すアドレスの格納値とビットシフト量を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0019】
本発明の最も好適な実施例について、図を参照して説明する。図1は本発明のレーダ装置の構成を示すブロック図である。
【0020】
図1の送信タイミング計時指示部1は、パルス変調波を空間に発射するタイミングを計時し、同タイミングを指示する送信トリガを生成する。
【0021】
図1の送信部2は、送信タイミング計時指示部1で生成した送信トリガの指示により目標を観測するパルス変調波を生成し、空間に発射する周波数まで周波数変換をして、電力増幅する。
【0022】
図1の空中線部3は、送信部2で周波数変換と電力増幅をしたパルス変調波を空間に発射し、目標物からの反射波を受信する。
【0023】
図1の受信部4は、空中線部3で受信した目標物からの反射波を、予め設定した中間周波数(Intermediate Frequency:IF)まで周波数変換し、電力増幅する。
【0024】
図1のA/D変換部5は、受信部4で中間周波数に変換した目標物からの反射波を標本化及び量子化する。
【0025】
図1のディジタル直交検波部6は、A/D変換部5で標本/量子化した目標物からの反射波のS/N比を向上させるために直交検波する。
【0026】
図1の第1のビットシフト量保持メモリ7は、送信トリガからの経過時間に応じたビットシフト量テーブルを格納する。本部に格納するビットシフト量と送信トリガからの経過時間の関係は図2に示す形状とする。
【0027】
ここで図2について説明する。グラフは、上軸が送信トリガから受信に至るまでの遅延時間、下軸が本装置と目標物の距離、右軸がダイナミックレンジを圧縮するためのビットシフト量でありビットシフト量テーブルの格納値、左軸が目標物によって反射され再受信した際の信号の送信電力に対する減衰量である。
【0028】
同図に示すように、本装置と目標物の距離が短いほど、目標物からの反射波の遅延時間が短い。また、本装置と目標物の距離が短い場合は電波伝搬による減衰量が小さく、距離が長い場合は減衰量が大きくなる。
【0029】
従って、ダイナミックレンジを圧縮するために、本装置と目標物の距離が短い時は大きな電力の信号を受信するためビットシフト量を大きくし、距離が長い時は小さな電力の信号を受信するためビットシフト量を小さくする。
【0030】
ビットシフト量テーブルは、このように、反射波の遅延時間に応じてビットシフト量を変化させるためのビットシフト量を格納するものである。なお、図2に示すビットシフト量は一例であり、本発明はビットシフト量に関してこの値に限定するものではない。
【0031】
次に、図1の第1のアドレスカウンタ部8は、第1のビットシフト量保持メモリ7に格納したビットシフト量テーブルを順次読み出す為のアドレスを発行する。本部は送信タイミング計時指示部1で生成した送信トリガをアドレス走査開始タイミングとして、第1のビットシフト量保持メモリ7にアドレスを発行する。
【0032】
つまり、アドレスが大きいほど小さな数値を格納することによって、送信タイミング計時指示部1が送信トリガを生成し、該送信トリガからの経過時間に応じてアドレスカウンタを増加させていけば、目標物からの反射波が到来し受信信号に対して以下に示す信号処理を実施する際に、その信号処理の時点で示しているアドレスカウンタの内容をビットシフト量として用いることが出来るのである。
【0033】
図1の第1のビットシフト部9は、第1のアドレスカウンタ部8が発行するアドレスに応じて第1のビットシフト量保持メモリ7が出力するビットシフト量に従って、ディジタル直交検波部出力信号を下方にビットシフトする。
【0034】
図1のビット列取り出し部10は、第1のビットシフト部9が出力する信号から、他装置への信号伝送に用いる通信路仕様が定めるバイト境界に合致するビット列を取り出す。
【0035】
図1のパケット加工部11は、ビット列取り出し部10が出力する信号を、他装置への信号伝送に用いる通信路仕様が定めるパケットのデータ部に格納し、同通信路に出力する。
【0036】
図1の通信路12は、通信路出力部が出力する信号を他装置に伝送する。図1において、通信路の端点は1対1として記したが、1対Nの同報通信でも良い。
【0037】
図1のパケット復号部13は、前記パケット加工部11と、通信路を経て伝送された信号を受信し、パケットのデータ部から直交検波信号を取り出す。
【0038】
図1の第2のビットシフト量保持メモリ14は、前記第1のビットシフト量保持メモリ7と同一の内容を保持する。
【0039】
図1の第2のアドレスカウンタ部15は、第2のビットシフト量保持メモリ14に格納したビットシフト量テーブルを順次読み出す為のアドレスを発行する。本部は送信タイミング計時指示部1で生成した送信トリガ、または、前記パケット複合部で取り出した直交検波信号の先頭パケットをアドレス走査開始タイミングとして、第2のビットシフト量保持メモリ14にアドレスを発行する。
【0040】
従って、送信タイミング計時指示部1の出力は、第1のアドレスカウンタ部8と第2のアドレスカウンタ部15の両方に入力される。また、前記のように1対Nの同報通信であれば、送信タイミング計時指示部1の出力は全ての同報対象に入力される。
【0041】
図1の第2のビットシフト部16は、第2のアドレスカウンタ部15が発行するアドレスに応じて第2のビットシフト量保持メモリ14が出力するビットシフト量に従って、パケット復号部13が出力するディジタル直交検波部出力信号を上方にビットシフトする。
【0042】
動作の概念図を図3に示す。アドレスカウンタが示すアドレスの格納値が、アドレスの増加に応じて減少する値であるならば、目標物からの反射波の遅延時間に応じてアドレスカウンタを増加させれば、その遅延時間に応じた格納値で圧縮および伸張をすることによって、通信路におけるダイナミックレンジの増大による障害を取り除くことができ、良好な信号処理を実施することが出来るのである。
【0043】
以上の動作を以って、レーダ装置受信部が出力する広ダイナミックレンジな目標物の反射信号のダイナミックレンジを圧縮し、且つ、特徴を維持しつつ、他装置へ信号を伝送する。
【0044】
なお、本発明においては、送信部2における送信信号の発生方法や、パケット加工部11から通信路12における伝送信号の通信方式や、あるいはパケット復号部13におけるパケット復号方法に関しては、なんらこれを限定するものではない。
【符号の説明】
【0045】
1 送信タイミング計時指示部
2 送信部
3 空中線部
4 受信部
5 A/D変換部
6 直交検波部
7 第1のビットシフト量保持メモリ
8 第1のアドレスカウンタ部
9 ビットシフト
10 ビット列取り出し部
11 パケット加工部
12 通信路
13 パケット復号部
14 第2のビットシフト量保持メモリ
15 第2のアドレスカウンタ部
16 第2のビットシフト部



【特許請求の範囲】
【請求項1】
パルス変調波を空間に送信し、目標物によって反射された該パルス変調波を受信し、該受信信号を量子化し、通信路を介して該量子化信号を他装置に伝送するレーダ装置において、伝送元においては、前記量子化の際に前記目標物の距離が短いほど下方ビットシフト量を増加し信号を圧縮する第1のビットシフト部を持ち、伝送元から送信される信号は、前記第1のビットシフト部の出力であり、伝送先においては、前記伝送元から送信された信号を受信し前記下方ビットシフト量を上方ビットシフトし信号を復号する第2のビットシフト部を持つことを特徴とするレーダ装置。
【請求項2】
前記上方あるいは下方ビットシフト量は、伝送元および伝送先に同内容のテーブルメモリを設け、該テーブルメモリに予め保持しておくことを特徴とする請求項1に記載のレーダ装置。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−163809(P2011−163809A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−24271(P2010−24271)
【出願日】平成22年2月5日(2010.2.5)
【出願人】(000004330)日本無線株式会社 (1,186)
【Fターム(参考)】