説明

ロドコッカス属細菌用発現ベクター

【課題】ロドコッカス(Rhodococcus)属細菌における遺伝子の発現に有効なプロモーター及び当該プロモーターを含有する発現ベクターの提供。
【解決手段】特定の塩基配列からなるDNAの一部又は全部、あるいは当該DNAに相補的な塩基配列を含有するプロモーター、及び当該プロモーターを含有するロドコッカス属細菌用の発現ベクター。また、該発現ベクターは当該プロモーターの下流に発現標的遺伝子がハロヒドリンエポキシダーゼである遺伝子を連結する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ロドコッカス(Rhodococcus)属に属する微生物(以下、「ロドコッカス属細菌」とも称する)における遺伝子の発現に適したプロモーター及び前記プロモーターを含有するロドコッカス属細菌用の発現ベクターに関する。
【背景技術】
【0002】
ロドコッカス属細菌は、その物理的強度や酵素などを細胞内に多量蓄積する能力から、産業的に有用な微生物触媒として知られている。例えば、ロドコッカス属細菌は、ニトリル類の酵素的水和又は加水分解によるアミドもしくは酸の生産などに利用されている(特許文献1、特許文献2)。
また、ロドコッカス属細菌を、遺伝子組換えの方法により、さらに有用なものに改変する試みがなされている(特許文献3〜5)。例えば、ロドコッカス属細菌の遺伝子操作を効率的に推し進めるために、宿主−ベクター系の開発が進められており、新規なプラスミドの探索(特許文献6〜8)、ベクターの開発(特許文献9〜12、非特許文献1)などが行われている。
【0003】
本発明者は、すでにロドコッカス・エリスロポリス(Rhodococcus erythropolis)SK92株からニトリラーゼ遺伝子及びその調節遺伝子をクローン化し、複合プラスミドベクターpK4を用いてロドコッカス属細菌内でのニトリラーゼの発現を可能とした(特許文献12)。さらに、変異株SK92−B1株から変異調節因子をコードする遺伝子を取得し、この遺伝子を誘導型ニトリラーゼ産生細菌内に導入することにより、誘導物質を添加することなくニトリラーゼを得ることを可能にした(特許文献13)。
また、本発明者は、ニトリラーゼ遺伝子プロモーターを活性化する作用を有する調節因子を見出し、ロドコッカス属細菌用の発現ベクターを開発している(特許文献14)。
【0004】
しかしながら、ロドコッカス属細菌における遺伝子発現機構は未だ十分には解明されておらず、そのため、ロドコッカス属細菌用の発現ベクターによる遺伝子の発現効率はさらに改善できる余地があった。
【特許文献1】特開平2-470号公報
【特許文献2】特開平3-251192号公報
【特許文献3】特開平4-211379号公報
【特許文献4】特開平6-25296号公報
【特許文献5】特開平6-303791号公報
【特許文献6】特開平4-148685号公報
【特許文献7】特開平4-330287号公報
【特許文献8】特開平7-255484号公報
【特許文献9】特開平5-64589号公報
【特許文献10】特開平8-56669号公報
【特許文献11】米国特許第4,920,054号明細書
【特許文献12】特開平8-173169号公報
【特許文献13】特開平9-28332 号公報
【特許文献14】特開平10-248578号公報
【非特許文献1】Journal of Bacteriology 170, 638-645 (1988)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、ロドコッカス属細菌における遺伝子の発現に有用なプロモーター及び前記プロモーターを利用したロドコッカス属細菌用の発現ベクターを提供することにある。また、本発明の別の目的は、前記発現ベクターで形質転換されたロドコッカス属細菌を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を行い、ロドコッカス属細菌において遺伝子の発現に有用なプロモーター及び前記プロモータを利用したロドコッカス属細菌用の発現ベクターを見出し、本発明を完成した。
【0007】
本発明は以下の通りである。
(1)以下の(a)又は(b)のDNAの全部又は一部を含有するニトリラーゼ遺伝子プロモーターを含む、ロドコッカス属細菌用の発現ベクター。
(a) 配列番号18で示される塩基配列からなるDNA
(b) 配列番号18で示される塩基配列に相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、プロモーター活性を有するDNA
(2)以下の(a)又は(b)のDNAの全部又は一部を含有するニトリラーゼ遺伝子プロモーター、ニトリラーゼ発現調節遺伝子及びロドコッカス属細菌での複製に必要な遺伝子を含む、ロドコッカス属細菌用の発現ベクター。
(a) 配列番号18で示される塩基配列からなるDNA
(b) 配列番号18で示される塩基配列に相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、プロモーター活性を有するDNA
(3)発現標的遺伝子をさらに含む、(1)又は(2)に記載のベクター。
(4)発現標的遺伝子が、プロモーターの制御下に発現するようにプロモーターの下流に連結されたものである、(3)に記載のベクター。
(5)発現標的遺伝子がニトリルヒドラターゼ遺伝子である、(3)又は(4)に記載のベクター。
(6)発現標的遺伝子がハロヒドリンエポキシダーゼ遺伝子である、(3)又は(4)に記載のベクター。
(7)以下の地図で示されるpSJ042、pSJ080、pSJH101、pSJH102、pSJH104及びpSJH105からなる群から選択されるいずれかのベクターである、(1)〜(4)のいずれか1項に記載のベクター。

(8)(1)〜(7)のいずれか1項に記載のベクターにより形質転換されたロドコッカス属細菌。
(9)以下の(a)又は(b)のDNAの全部又は一部を含有するプロモーター。
(i) 配列番号18で示される塩基配列からなるDNA
(ii) 配列番号18で示される塩基配列に相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、プロモーター活性を有するDNA
【発明の効果】
【0008】
本発明により、ロドコッカス属細菌において機能するプロモーター及び前記プロモーターを含むロドコッカス属細菌用の発現ベクターが提供される。また、本発明により、本発明の発現ベクターで形質転換されたロドコッカス属細菌が提供される。これらを利用することにより、ロドコッカス属細菌において、ニトリルヒドラターゼ又はハロヒドリンエポキシダーゼ等の遺伝子が効率よく転写され、生産量を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下に、本発明を詳細に説明する。
1.本発明のベクター
本発明のベクターは、ニトリラーゼ遺伝子プロモーターを含有するベクターであって、ロドコッカス属細菌で発現標的として組み込んだ遺伝子を高率に発現し得るものである。本発明のベクターは、好ましくは、(i) ニトリラーゼ遺伝子プロモーター、(ii) ニトリラーゼ発現調節遺伝子、及び(iii) ロドコッカス属細菌での複製に必要な遺伝子を含むベクターである。
【0010】
また、本発明のベクターには、(iv) 発現標的遺伝子をさらに含有させてもよい。また、本発明のベクターには、(v)薬剤耐性遺伝子をさらに含有させてもよい。本発明のベクターは、好ましくは、本発明のプロモーターの制御下に発現するように発現標的遺伝子を連結させることができる。したがって、本発明のベクターは、ロドコッカス属細菌において発現標的タンパク質の生産量を向上させるのに有用であり、このような構造遺伝子を連結させた組換えベクターも、本発明のベクターに含まれる。
【0011】
(1)ニトリラーゼ遺伝子プロモーター
本発明は、ロドコッカス属細菌において機能するニトリラーゼ遺伝子プロモーター(以下、「本発明のプロモーター」とも称する)を提供する。本発明のプロモーターは、ロドコッカス属細菌において遺伝子を高率に転写させることができる。
【0012】
本明細書において、プロモーター(またはプロモーター領域)は、遺伝子の転写に影響を及ぼすヌクレオチドを意味する。また、プロモーターは、プロモーター活性を有する領域に加え、エンハンサーやサイレンサーなどの転写調節配列を含んでいてもよい。
また、本明細書において、プロモーター活性とは、遺伝子からmRNAへの転写活性を意味する。
【0013】
本発明において、プロモーター活性は、転写で生じたmRNAを公知の方法に従って定量することにより測定することができる。例えば、プロモーターの制御下に発現するようにプロモーターの下流に遺伝子を連結したDNAを細胞内へ導入し、生じたmRNAをノーザンブロットやRT-PCRによって定量する。また、in vitroの転写系を用いて生じるRNAをノーザンブロットやRT-PCRによって定量する。あるいは、in vitroで放射能標識や蛍光標識したヌクレオチドを基質として用いて転写させることにより、生じたmRNAに含まれる放射活性や蛍光を測定し、生じたmRNAを定量する。
【0014】
さらに、本発明において、プロモーター活性は、発現したタンパク質を公知の方法で定量することにより測定することもできる。例えば、発現したタンパク質をウェスタンブロット、ELISA(enzyme-linked immunosorbent assay)などの免疫化学的な方法で検出する。また、例えば、SDS-PAGE、Native-PAGEなどの電気泳動手法により検出する。また、例えば、発現したタンパク質の活性により、プロモーター活性を測定することもできる。発現目的タンパク質が酵素である場合は、酵素活性によりタンパク質の発現量を検出し、プロモーター活性を測定する。
【0015】
本発明のプロモーターは、例えば、配列番号18で示される塩基配列からなるDNAの全部又は一部を含有するものである。配列番号18で示される塩基配列からなるDNAを含有するDNAとしては、例えば、pSJ042、pSJH101若しくはpSJH104のXbaI-SpeIの間に位置する約0.8 KbpのDNA(配列番号10)、又はpSJ080、pSJH102若しくはpSJH105のXbaI-SpeIの間に位置する約0.5 KbpのDNA(配列番号11)が挙げられ、これらのDNAは本発明のプロモーターに含まれる。
【0016】
配列番号18で示される塩基配列からなるDNAは、ベクターpSJ034において、ニトリルヒドラターゼ遺伝子とニトリラーゼ発現調節遺伝子(後述)との間に位置しており(図1)、プロモーター活性を有するDNAである。
【0017】
上記のpSJ034は、ロドコッカス属細菌においてニトリルヒドラターゼを発現するベクターであり、特開平10-337185号公報に示す方法でpSJ023より作製することができる。このpSJ023は、形質転換体ATCC12674/pSJ023(FERM BP-6232)として、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6)に平成9年3月4日付けで寄託されている。
pSJ034は、ロドコッカス・エリスロポリス(Rhodococcus erythropolis)SK92-B1株由来のニトリラーゼ発現調節遺伝子により組換え遺伝子を発現するベクターである。pSJ034のマルチクローニング部位に酵素遺伝子を導入すると、数残基のアミノ酸が酵素のN末端に結合した融合タンパク質が発現する。
【0018】
また、本発明のプロモータには、例えば、配列番号18で示される塩基配列に相補的な塩基配列からなるDNAにストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、プロモーター活性を有するDNAの全部又は一部も含まれる。
【0019】
配列番号18で示される塩基配列に相補的な塩基配列からなるDNAにストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAは、配列番号18で示される塩基配列からなるDNAと実質的に同一のプロモーター活性を有するDNAであることが好ましい。
本明細書において、「実質的に同一のプロモーター活性を有する」とは、遺伝子からmRNAへの転写活性(プロモーター活性)を有し、かつ、その活性の程度が配列番号18で示される塩基配列からなるDNAによる活性の50%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは90%以上であることを意味する。
【0020】
本明細書において、ストリンジェントな条件は、ハイブリダイゼーション後の洗浄時の条件として、例えば、塩濃度が300〜2000mM、温度が40〜75℃、好ましくは塩濃度が600〜900mM、温度が65℃の条件を意味する。例えば、「2×SSC、50℃」、「2×SSC、45℃」、「2×SSC、0.1%SDS、42℃」、「1×SSC、0.1%SDS、37℃」、よりストリンジェントな条件としては、例えば、「1×SSC、0.1%SDS、65℃」、「0.5×SSC、0.1%SDS、50℃」等の条件を挙げることができる。
【0021】
本明細書において、ハイブリダイゼーションは、公知の方法によって行うことができる。ハイブリダイゼーションの方法は、例えば、「Molecular Cloning, A Laboratory Manual 2nd ed.」(Cold Spring Harbor Laboratory Press (1989))、「Current Protocols in Molecular Biology」(John Wiley & Sons (1987-1997))等を参照することができる。
【0022】
さらに、本発明において、配列番号18で示される塩基配列に相補的な塩基配列からなるDNAにストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAとしては、例えば、配列番号18で表される塩基配列と少なくとも60%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%、95%、97%、98%、又は99%以上の同一性を有する塩基配列を含有するDNAが挙げられる。同一性を示す値は、BLASTなどの公知のプログラムを利用することにより算出することができる。
【0023】
また、本発明において、配列番号18で示される塩基配列に相補的な塩基配列からなるDNAにストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAとしては、例えば、配列番号18で示される塩基配列において1又は数個の核酸に欠失、置換又は付加などの変異の生じた塩基配列を含有するDNAが挙げられる。
【0024】
ここで、配列番号18で示される塩基配列に相補的な塩基配列からなるDNAにストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAは、例えば、(a) 配列番号18で示される塩基配列中の1〜10個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)の核酸が欠失した塩基配列、(b) 配列番号18で示される塩基配列中の1〜10個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)の核酸が他の核酸で置換された塩基配列、(c) 配列番号18で示される塩基配列に1〜10個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)の核酸が付加した塩基配列、及び(d) 上記(a)〜(c)の組み合わせにより変異された塩基配列からなるDNAなどが挙げられる。
【0025】
配列番号18で示される塩基配列において1又は数個の核酸に欠失、置換又は付加などの変異の生じた塩基配列を含むDNAは、「Molecular Cloning, A Laboratory Manual 2nd ed.」(Cold Spring Harbor Press (1989))、「Current Protocols in Molecular Biology」(John Wiley & Sons (1987-1997))、Kunkel (1985) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 82: 488-92、Kunkel (1988) Method. Enzymol. 85: 2763-6等に記載の部位特異的変異誘発法等の方法に従って調製することができる。
【0026】
また、DNAに変異を導入するには、Kunkel法や Gapped duplex法等の公知手法により、部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット、例えばQuikChangeTM Site-Directed Mutagenesis Kit(ストラタジーン社製)、GeneTailorTM Site-Directed Mutagenesis System(インビトロジェン社製)、TaKaRa Site-Directed Mutagenesis System(Mutan-K、Mutan-Super Express Km等:タカラバイオ社製)等を用いて行うことができる。
【0027】
また、本発明のプロモーターには、配列番号18で示される塩基配列の一部又は全部からなるDNAの遺伝子多型も含まれる。遺伝子多型は、公知のデータベース、例えば、GenBank (http://www.ncbi.nlm.nih.gov)を利用することにより、容易に知ることができる。遺伝子多型には、一塩基多型(SNP)、VNTR(variable number of tandem repeat)及びマイクロサテライト多型等がある。
【0028】
本発明のプロモーターは、上記の本発明のプロモーター(例えば、配列番号18で示される塩基配列からなるDNA)の一部をプライマーとして、公知の核酸増幅方法又はプライマーウォーキング法により取得することができる。また、本発明のプロモーターは、上記の本発明のプロモーター(例えば、配列番号18で示される塩基配列からなるDNA)の一部をプローブとして、コロニーハイブリダイゼーション、プラークハイブリダイゼーション、サザンブロットなどの公知のハイブリダイゼーション法により取得することもできる。
上記の方法には、ニトリルヒドラターゼ遺伝子のプロモーター領域を含むベクター、mRNA、total RNA、cDNA、ゲノムDNA又はそれらのライブラリーを用いることができる。これらの核酸は、ロドコッカス属に属する微生物由来であることが好ましい。また、これらの核酸は、当業者であれば、公知の方法で取得することができる。市販の核酸を用いることもできる。ライブラリーの作製方法については、「Molecular Cloning, A Laboratory Manual 2nd ed.」(Cold Spring Harbor Press (1989))を参照することができる。本発明のプロモーターを含有するベクターとしては、pSJ034が挙げられる。
【0029】
本発明のプロモーターの塩基配列の確認は、慣用の方法により配列決定することにより行うことができる。例えば、ジデオキシヌクレオチドチェーンターミネーション法(Sanger et al. (1977) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 74: 5463)等により行うことができる。また、適当なDNAシークエンサーを利用して配列を解析することもできる。
【0030】
また、本明細書において、(a) 配列番号18で示される塩基配列からなるDNAの一部、又は(b) 配列番号18で示される塩基配列に相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、プロモーター活性を有するDNAの一部とは、前記DNAの一部であって、連続した領域からなるDNAを意味する。例えば、前記DNAの90%以上、好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上、より好ましくは98%以上の核酸長を有するDNAを挙げることができる。
【0031】
(2)ニトリラーゼ発現調節遺伝子
本発明のベクターには、ニトリラーゼ発現調節遺伝子が含有される。
本明細書において、発現調節遺伝子は、他の遺伝子の発現を調節するタンパク質をコードし、リプレッサー、アクチベーター等の活性を有する遺伝子である。
本発明におけるニトリラーゼ発現調節遺伝子は、ロドコッカス属細菌においてニトリラーゼ遺伝子の発現を調節するタンパク質をコードする遺伝子を意味する。
本発明のベクターには、ニトリラーゼ発現調節遺伝子として、regulator gene及びsensor geneの両方が含有される。regulator gene及びsensor geneは二成分制御系という発現調節に使用されるレギュレータータンパク質、センサータンパク質をコードする遺伝子である。センサータンパク質は、誘導物質の存在などの環境因子をセンサー部位で感知し、自身の特定のヒスチジン残基をリン酸化し、レギュレータータンパク質はセンサータンパク質からリン酸基を特定のアスパラギン酸残基に受け取ることで活性化され、特定の遺伝子の発現を制御する。
本発明におけるニトリラーゼ発現調節遺伝子としては、例えば、前述のpSJ034に含有される発現調節遺伝子1:regulator gene(276-1010)及び発現調節遺伝子2:sensor gene(1007-2611)が挙げられる(特開平8-173169号公報、特開平9-28382号公報)。
【0032】
(3)ロドコッカス(Rhodococcus)属細菌での複製に必要な遺伝子
本発明のベクターは、ロドコッカス属細菌用の発現ベクターであるため、ロドコッカス属細菌での自律複製に必要な遺伝子(以下、「複製領域」とも称する)を組み込む必要がある。
また、本発明のベクターが、複数の宿主細胞に適合させるためのシャトルベクターである場合には、それぞれの宿主での自律複製に必要なそれぞれの遺伝子をベクターに組み込んでおくことが必要である。例えば、ロドコッカス属細菌だけでなく、大腸菌にも導入可能なベクターを構築する場合には、ロドコッカス属細菌及び大腸菌に対するそれぞれの複製領域を、ベクターに組み込むことが必要である。
【0033】
ロドコッカス属細菌中での複製に必要な遺伝子としては、例えば、プラスミドpAN12、pNC903、pFAJ2600、pRC10、pRC20、pRC001、pRC002、pRC003又はpRC004等に含まれる複製領域が挙げられ、好ましくは、プラスミドpRC001、pRC002、pRC003又はpRC004に含まれる複製領域が挙げられる。
プラスミドpRC001、pRC002、pRC003及びpRC004は、各々ロドコッカス・ロドクロウス(Rhodococcus rhodochrous)ATCC 4276、ATCC 14349、ATCC 14348、IFO 3338株由来のプラスミドであり、特開平2-84198号公報、特開平4-148685号公報、特開平5-64589号公報及び特開平5-68566号公報に記載されている。
また、ロドコッカス属細菌中での複製に必要な遺伝子としては、RepA及びRepB遺伝子を挙げることができる。
RepA及びRepBは、プラスミドpRC001、pRC002、pRC003及びpRC004に含まれる遺伝子である。RepA又はRepBを同定するには、まず、単離したプラスミドの全DNA配列を決定し、ホモロジー検索によってRepA又はRepBの存在を推定する。最終的には、推定した遺伝子が複製に必要な遺伝子であることを、実験的に確認する。
【0034】
ロドコッカス属細菌中での複製に必要な遺伝子を含むベクターとしては、pSJ023及びpSJ034等が挙げられ、好ましくは、pSJ034が挙げられる。
【0035】
また、大腸菌中での自律複製に必要な遺伝子としては、例えば、ColE1配列、p15A、pSC101をあげることができる。これらの遺伝子は、既存の大腸菌用ベクターから、公知の方法により取得することができる。ベクターに大腸菌での複製領域を組み込むことにより、ベクターの製造に大腸菌を利用することができる。
【0036】
(4)発現標的遺伝子
本発明において、発現標的遺伝子とは、本発明のベクターを用いてロドコッカス属細菌において発現させようとする標的タンパク質(以下、「発現標的タンパク質」とも称する)をコードする構造遺伝子を意味する。本発明のベクターに組み込まれる発現標的遺伝子は、ロドコッカス属細菌で高発現させることが困難であるか、又はロドコッカス属細菌で高発現させることが望まれるタンパク質をコードする遺伝子が好ましい。このようなタンパク質としては、例えば、ニトリルヒドラターゼ、アミダーゼ、ニトリラーゼ、オキシニトリラーゼ及びハロヒドリンエポキシダーゼを挙げることができる。
【0037】
発現標的遺伝子は、GenBankなどの既存のデータベースに登録されている塩基配列又はアミノ酸配列の情報から設計したプライマー又はプローブを利用して、PCR法又はハイブリダイゼーション法などの公知の方法により取得することができる。
【0038】
本発明において、発現標的遺伝子は、本発明のプロモーターの制御下で転写されるように、プロモーターの下流にマルチクローニング部位を含ませておき、その部位に組込ませることができる。
ベクターに発現標的遺伝子を挿入するには、当該遺伝子が本発明のプロモーターの制御を受けて適切に転写されるように挿入し連結すればよい。より具体的には、本発明のプロモーターの下流に存在する適当な制限酵素切断部位に、発現標的遺伝子が正しく転写される方向に組み込めばよい。または、発現標的遺伝子の上流に存在する適切な制限酵素切断部位に、本発明のプロモーターが正しく機能する方向に組み込めばよい。
【0039】
発現標的タンパク質としては、例えば、ハロヒドリンエポキシダーゼを挙げることができる。ハロヒドリンエポキシダーゼとは、1,3−ジハロ−2−プロパノールをエピハロヒドリンに変換する活性及びその逆反応を触媒する活性を有する酵素(EC number: 4.5.1.-)である。この酵素を産生する微生物としては、コリネバクテリウム・エスピー(Corynebacterium sp.)N−1074(FERM BP-2643)、ミクロバクテリウム・エスピー(Microbacterium sp.)N−4701(FERM BP-2644)、アグロバクテリウム・ラジオバクター(Agrobacteriu radiobacter)AD1、マイコバクテリウム・エスピー(Mycobacterium sp.)GP1及びアースロバクター・エスピー(Arthrobacter sp.)AD2等が挙げられる。特に好ましい微生物は、コリネバクテリウム・エスピー(Corynebacterium sp.)N−1074(FERM BP-2643)である。
【0040】
N−1074株は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1-1-1中央第6)に昭和63年11月10日付で寄託されており、その受託番号はFERM BP-2643である。
N−4701株は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1-1-1中央第6)に平成1年4月19日付で寄託されており、その受託番号はFERM BP-2644である。
【0041】
ハロヒドリンエポキシダーゼは、例えば、GenBankに公表されており、コリネバクテリウム・エスピー(Corynebacterium sp.)N−1074由来のハロヒドリンエポキシダーゼ遺伝子(hheB)のAccession番号はD90350である。そのアミノ酸配列は配列番号19で表され、塩基配列は配列番号20で表される。
【0042】
(5)ベクター
本発明のベクターは、ロドコッカス属細菌で高率に遺伝子を発現させ得る限り、基本となるベクターの由来は特に限定されず、例えば、ロドコッカス属細菌、大腸菌、枯草菌由来のプラスミド、バクテリオファージ、レトロウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、ワクシニアウイルス、バキュロウイルスなどの昆虫ウイルスを使用することができる。また、例えば、ロドコッカス属細菌で使用されるベクターとしてpSJ023、pTipベクター(特開2004-73032)、pNitベクター(特開2004-321013)、pMVS301、pAN12などの公知のベクターを利用することができる。
【0043】
本発明のベクターは、ロドコッカス属細菌で高率に遺伝子を発現させ得る限り、上記(1)〜(4)に記載のDNAのほかに、ターミネーター、薬剤耐性遺伝子(選択マーカー)、マルチクローニングサイト、エンハンサー、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、リボソーム結合配列(SD配列)などを含有させてもよい。さらに、必要に応じてリンカーの付加を行ってもよい。
【0044】
例えば、ターミネーターはベクターに組み込まれた標的タンパク質をコードする遺伝子の転写を終結させるのに必要であれば、本発明のベクターに組み込むことが好ましい。ターミネータは、例えば、oligo d(T)配列などのPol III用ターミネーターが挙げられる。
【0045】
薬剤耐性遺伝子は、本発明のベクターが導入された形質転換体を選択するために使用することができる。また、薬剤耐性遺伝子は、形質転換体に本発明のベクターが含有されていることを確認するため等に使用することがでいる。薬剤耐性遺伝子(選択マーカー)としては、例えば、ネオマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子などの薬剤耐性遺伝子、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、などが挙げられる。また、目的遺伝子の発現を確認するための選択マーカーとしては、GFP(green fluorescence protein)、EGFP(enhanced GFP)などが挙げられる。
【0046】
ベクターに各領域を挿入するには、リガーゼ反応を利用することができる。例えば、精製されたDNAを適当な制限酵素で切断し、得られたDNA断片をベクター中の適当な制限酵素部位又はマルチクローニングサイトに挿入することでベクターに連結する方法などが採用される。
【0047】
また、本発明のベクターは、以下のように作製することもできる。まず、ニトリラーゼ遺伝子プロモーター領域を含有するベクターから、配列番号18の配列情報を基に設計したプライマーを用いて、本発明のプロモーターをPCR法により増幅させる。続いて、このPCR産物と前記ベクターを所定の制限酵素で処理し、得られたDNA断片をベクターに挿入することで、ニトリラーゼ遺伝子プロモーター領域を組換えた本発明のベクターを作製することができる。
【0048】
実施例において製造されたベクターpSJ042、pSJ080、pSJH101、pSJH102、pSJH104及びpSJH105は本発明のベクターに含まれる。
pSJ042は、11.27 kbpのベクターであって、プロモーターとして約0.8 kbpのSpeI−XbaI領域を有するベクターである(図1)。
pSJ080は、11.01 kbpのベクターであって、プロモーターとして約0.5 kbpのSpeI−XbaI領域を有するベクターである(図1)。
pSJH101は、10.33 kbpのベクターであって、プロモーターとして約0.8 kbpのSpeI−XbaI領域を有するベクターである(図5)。
pSJH102は、10.07 kbpのベクターであって、プロモーターとして約0.5 kbpのSpeI−XbaI領域を有するベクターである(図5)。
pSJH104は、9.94 kbpのベクターであって、プロモーターとして約0.8 kbpのSpeI−XbaI領域を有するベクターである(図4)。
pSJH105は、9.68 kbpのベクターであって、プロモーターとして約0.5 kbpのSpeI−XbaI領域を有するベクターである(図4)。
また、pSJ042、pSJ080、pSJH101、pSJH102、pSJH104及びpSJH105は、ニトリラーゼ遺伝子プロモーター、ニトリラーゼ発現調節遺伝子(regulator gene及びsensor gene)及びロドコッカス属細菌での複製に必要な遺伝子(RepA及びRepB)を含むベクターである。
さらに、pSJ080及びpSJ042は、発現標的遺伝子としてニトリルヒドラターゼ遺伝子を含有するベクターである。pSJH101、pSJH102、pSJH104及びpSJH105は、発現標的遺伝子としてハロヒドリンエポキシダーゼ遺伝子を含有するベクターである。
【0049】
2.形質転換体
次に、上述の本発明のベクターを宿主に導入することで、形質転換体を作製することができる。当該形質転換体も本発明の範囲に含まれる。本発明において使用される宿主は、ロドコッカス属細菌が好ましい。
【0050】
本発明のベクターは、ロドコッカス属細菌に導入することができる。
ロドコッカス属細菌としては、例えば、ロドコッカス・ロドクロウス(Rhodococcus rhodochrous) ATCC999株、ATCC12674株、ATCC17895株、ATCC15998株、ATCC33275株、ATCC184、ATCC4001株、ATCC4273株、ATCC4276株、ATCC9356株、ATCC12483株、ATCC14341株、ATCC14347株、ATCC14350株、ATCC15905株、ATCC15998株、ATCC17041株、ATCC19149株、ATCC19150株、ATCC21243株、 ATCC29670株、ATCC29672株、ATCC29675株、ATCC33258株、ATCC13808株、ATCC17043株、ATCC19067株、ATCC21999株、ATCC21291株、ATCC21785株、ATCC21924株、IFO14894株、IFO3338株、NCIMB11215株、NCIMB11216株、JCM3202株、ロドコッカス・ロドクロウス(Rhodococcus rhodochrous)J1株(FERM BP-1478)、ロドコッカス・グロベルルス(Rhodococcus globerulus)IFO14531株、ロドコッカス・ルテウス(Rhodococcus luteus)JCM6162株、JCM6164株、ロドコッカス・エリスロポリス(Rhodococcus erythropolis)IFO12538株、IFO12320株、ロドコッカス・エクイ(Rhodococcus equi)IFO3730株、JCM1313株が挙げられる。好ましくはロドコッカス・ロドクロウス J1株、ATCC 12674株、ATCC17895株、ATCC15998株等が、特に好ましくはロドコッカス・ロドクロウス J1株、ATCC12674株が挙げられる。
【0051】
上記ATCC株は、アメリカンタイプカルチャーコレクションから入手可能である。IFO株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジー本部生物遺伝資源部門(NBRC)から入手可能である。JCM株は、独立行政法人 理化学研究所 バイオリソースセンター 微生物材料開発室から入手可能である。
【0052】
また、本発明のベクターは所定の宿主で複製可能な遺伝子を有していれば、ロドコッカス属細菌以外の宿主に導入することができる。本発明において使用される宿主は、特に限定されるものではないが、例えば、大腸菌、枯草菌、コリネバクテリウム属細菌、ブレビバクテリウム属細菌、酵母、カビ、動物細胞、植物細胞、昆虫細胞などが挙げられる。
【0053】
大腸菌としては、例えば、大腸菌K12株やB株、あるいはそれら野生株由来の派生株であるJM109株、XL1-Blue株、C600株などを挙げることができる。これら菌株は、例えば、アメリカン・タイプカルチャー・コレクション(ATCC)などから容易に入手することができる。枯草菌としては、例えば、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)などが挙げられる。
【0054】
宿主へのベクターの導入方法としては、特に限定されるものではないが、宿主にDNAを導入する方法であればよい。例えば、エレクトロポレーション法、カルシウムイオンを用いる方法、リポフェクション法、DEAE デキストラン法、スフェロプラスト法、酢酸リチウム法等の公知の方法があげられる。
【0055】
形質転換に用いる宿主には、所定の処理を行ったコンピテントセルを用いることが好ましい。
【0056】
また、本発明のベクターが導入された形質転換体を選択するために、必要に応じて薬剤耐性遺伝子を利用することもできる。つまり、培養中の形質転換体に所定の薬剤を接触させると、薬剤耐性遺伝子を含有するベクターが導入された形質転換体のみが生存可能になり、本発明のベクターが導入された形質転換体を選択することができる。
【0057】
次に、ロドコッカス属細菌からの発現標的タンパク質の製造方法に関して説明する。
本発明において発現標的タンパク質は、上述の方法で調製されたベクターを含有する形質転換体を培養し、その培養物から採取することにより得ることができる。
ここで、「培養物」とは、培養上清、培養菌体、培養細胞、又は培養菌体若しくは培養細胞の破砕物等を意味するものである。
【0058】
本発明の形質転換体を培養する方法は、通常の方法に従って行われる。
形質転換体を培養する培地としては、微生物が資化し得る炭素源、窒素源、無機塩類等を含有し、形質転換体の培養を効率的に行うことができる培地であれば、天然培地、合成培地のいずれを用いてもよい。炭素源としては、グルコース、フラクトース、スクロース、デンプン等の炭水化物、酢酸、プロピオン酸等の有機酸、エタノール、プロパノール等のアルコール類が挙げられる。窒素源としては、アンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機酸若しくは有機酸のアンモニウム塩又はその他の含窒素化合物のほか、ペプトン、肉エキス、コーンスティープリカー等が挙げられる。無機物としては、リン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、リン酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マンガン、硫酸銅若しくは炭酸カルシウム等が挙げられる。
【0059】
培養条件は、特に限定されないが、10℃〜45℃、好ましくは、10℃〜40℃の温度下で、5〜120時間、好ましくは5〜100時間程度行うことができる。また、場合により、本培養に先立ち、少量の前培養を行うこともできる。
ロドコッカス属細菌の形質転換体の培養は、振盪培養又は通気攪拌培養などの好気的条件下、30〜40℃で行うことが好ましい。培養は、無機又は有機酸、アルカリ溶液等を用いて適時pH調整を行うことが好ましい。
【0060】
また、培養中に形質転換体からベクターの脱落を防ぐために、必要に応じて薬剤選択マーカーによる選択圧をかけた状態で培養してもよい。例えば、アンピシリン耐性遺伝子を含むベクターで形質転換した形質転換体を培養する場合、培養中に必要に応じてアンピシリンを培地に添加してもよい。
【0061】
本発明のベクターを導入した形質転換体を培養し、得られる培養物から本発明のベクターを採取することができる。
【0062】
本発明の培養物の処理方法としては、上述の培養から得られる培養物に界面活性剤が終濃度0.01%〜10%になるように加え、製造されるタンパク質が失活しない温度で攪拌することもできる。
【0063】
製造されるタンパク質がハロヒドリンエポキシダーゼの場合は、界面活性剤の終濃度は、0.001 %〜1 %とすることが好ましく、0.01 %〜0.5 %とすることが特に好ましい。処理温度は、0 ℃〜40 ℃とすることが好ましく、4 ℃〜20 ℃とすることが特に好ましい。処理時間は菌体処理の効果が認められる時間内であればよく、15分〜24時間とすることが好ましく、30分〜2時間とすることが特に好ましい。
【0064】
培養物の処理に用いる界面活性剤としては、陰イオン性界面活性剤、陽イオン性界面活性剤又はノニオン性界面活性剤を用いることができる。陰イオン性界面活性剤としては、例えば、ドデシル硫酸ナトリウム等を用いることができる。陽イオン性界面活性剤としては、例えば、塩化ベンゼトニウム等を用いることができる。ノニオン性界面活性剤としては、例えば、トリトンX100等を用いることができる。
界面活性剤で処理した菌は、バッファーで洗浄して用いても良いし、洗浄せずそのまま次の工程に用いても良い。
【0065】
培養物又はその処理物を遠心処理により回収し、得られた培養物からアルカリ法により本発明のベクターを採取することができる。形質転換体からベクターを採取するには、市販のキット(QIAGEN)を利用してもよい。「処理物」とは、菌体の破砕物、薬剤処理した菌体、固定化した菌体、粗酵素・精製酵素等の菌体抽出物を意味するものである。
【0066】
本発明のベクターにより、ロドコッカス属細菌において発現標的タンパク質を発現させることができる。ロドコッカス属細菌におけるタンパク質の発現は、公知の方法で確認することができる。例えば、標的タンパク質のmRNAの発現をノーザンブロット、in situハイブリダイゼーション、RT-PCR、定量的PCRなどの公知の方法によって測定することができる。
また、標的タンパク質の発現は、ウエスタンブロット、免疫細胞化学法、免疫組織化学法、ELISA、RIAなどの免疫化学的方法、質量分析法などの公知の方法によって測定することができる。
【0067】
発現標的タンパク質の採取方法は、タンパク質が形質転換体内に産生される場合は、まず、リゾチーム等の酵素を用いた溶解処理、超音波破砕処理、磨砕処理等により形質転換体を破壊する。次いで、濾過又は遠心分離等を用いて不溶物を除去し、粗タンパク質溶液を得る。この粗溶液から、塩析、各種クロマトグラフィー(例えばゲル濾過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等)、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動等を単独で又は適宜組み合わせて標的タンパク質を取得する。
【0068】
また、発現標的タンパク質が形質転換体外に産生される場合には、培養液をそのまま使用するか、遠心分離等により形質転換体を除去する。その後、酵素の単離精製に用いられる一般的な生化学的方法、例えば硫酸アンモニウム沈殿、ゲルクロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等を単独で又は適宜組み合わせて用いることにより、前記培養物中から標的タンパク質を取得することができる。
【0069】
発現対象遺伝子がニトリルヒドラターゼの場合、上述の方法で調製した形質転換体を培養して得られる培養物又はその処理物は次に示すアクリルニトリルのアクリルアミドへの変換反応に供することができる。
本変換反応は、アクリロニトリルを上述の培養物又はその処理物と変換させることにより行う。変換反応に用いる基質濃度は、0.1〜10% (W/V)が好ましく、5% (W/V)が特に好ましい。反応は、pH6〜8の緩衝液又は水中で行うことが好ましく、例えば、50 mM リン酸緩衝液(pH 7.7)中で行うことができる。
【0070】
反応で精製したアクリルアミドは、ガスクロマトグラフィーなどの公知の方法を用いて定量することができる。そして、アクリルアミドの産生量からニトリルヒドラターゼ活性を換算することができる。
【0071】
また、発現対象遺伝子がハロヒドリンエポキシダーゼ遺伝子の場合、上述の方法で調製した形質転換体を培養して得られる培養物又はその処理物は次の(1)〜(3)に示す反応に供することができる。
(1)1,3−ジハロ−2−プロパノールのエピハロヒドリンへの変換
本変換反応は、1,3−ジハロ−2−プロパノールを上述の培養物又はその処理物と接触させることにより行う。基質である1,3−ジハロ−2−プロパノールは、以下の式(1)で示される化合物である。
【化1】

(式(1)中、X1及びX2はハロゲン原子を示す)
ハロゲン原子としては、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素が好ましく、塩素、臭素が特に好ましい。
【0072】
式(1)で示される化合物は、例えば、1,3−ジフルオロ−2−プロパノール、1,3−ジクロロ−2−プロパノール、1,3−ジブロモ−2−プロパノール、1,3−ジヨード−2−プロパノール等が挙げられ、好ましくは、1,3−ジクロロ−2−プロパノール、1,3−ジブロモ−2−プロパノールである。
【0073】
変換反応液中の基質濃度は、酵素安定性の観点から0.01〜15 (W/V)%が好ましく、0.01〜10 %が特に好ましい。基質は反応液に一括添加あるいは分割添加することができる。分割添加により基質濃度を一定にすることが生成物の蓄積性の高まる点で望ましい。
【0074】
反応液の溶媒としては、酵素活性の最適pH4〜10の付近である水又は緩衝液が好ましく、特に水が好ましい。緩衝液としては、例えば、リン酸、ホウ酸、クエン酸、グルタル酸、リンゴ酸、マロン酸、o-フタル酸、コハク酸又は酢酸等の塩等によって構成される緩衝液、Tris緩衝液あるいはグッド緩衝液等が好ましい。
反応温度は5〜50℃、より好ましくは10〜40℃である。反応pHは4〜10の範囲で行うことが好ましく、より好ましくはpH6〜9である。反応時間は基質等の濃度、菌体濃度あるいはその他の反応条件等によって適時選択するが、1〜120時間で終了するように条件を設定するのが好ましい。なお、本反応においては、反応の進行に伴い生成する塩素イオンを反応系内から取り除くことにより、光学純度をより一層向上させることができる。この塩素イオンの除去は、硝酸銀等の添加によって行うことが好ましい。
【0075】
反応液中に生成、蓄積したエピハロヒドリンは公知の方法を用いて採取及び精製することができる。例えば、反応液から遠心分離等の方法を用いて菌体を除いた後、酢酸エチルなどの溶媒で抽出を行い、減圧下に溶媒を除去することによりエピハロヒドリンのシロップを得ることができる。また、これらのシロップを減圧下に蒸留することによりさらに精製することもできる。
【0076】
(2)1,3−ジハロ−2−プロパノールの4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルへの変換
本変換反応は、1,3−ジハロ−2−プロパノールをシアン化合物及び上述の培養物又はその処理物と接触させることにより行う。
基質である1,3−ジハロ−2−プロパノールは、式(1)に示される化合物であり、好ましくは1,3−ジクロロ−2−プロパノール、1,3−ジブロモ−2−プロパノール等である。
【0077】
また、シアン化合物としては、シアン化水素、シアン化カリウム、シアン化ナトリウム、シアン酸又はアセトンシアンヒドリン等の反応液中に添加した際にシアンイオン(CN−)又はシアン化水素を生じる化合物又はその溶液を用いることができる。
【0078】
反応液中の基質濃度は、酵素安定性の観点から0.01〜15(W/V) %が好ましく、0.01〜10 %が特に好ましい。
また、シアン化合物の使用量は、酵素安定性の観点から基質の1〜3倍量(モル)が好ましい。
反応条件は、上記(1)と同様に行うことができる。
【0079】
反応液中に生成、蓄積した4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルは公知の方法を用いて採取及び精製することができる。例えば、反応液から遠心分離等の方法を用いて菌体を除いた後、酢酸エチルなどの溶媒で抽出を行い、減圧下に溶媒を除去することにより4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルのシロップを得ることができる。また、これらのシロップを減圧下に蒸留することによりさらに精製することもできる。
【0080】
(3)エピハロヒドリンの4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルへの変換
本変換反応は、エピハロヒドリンをシアン化合物及び上述の培養物又はその処理物と接触させることにより行う。
基質であるエピハロヒドリンは、以下の式(2)に示される化合物である。
【化2】

(式(2)中、X1はハロゲン原子を示す)
ハロゲン原子としては、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素が好ましく、塩素、臭素が特に好ましい。
【0081】
式(2)で示される化合物は、例えば、エピフルオロヒドリン、エピクロロヒドリン、エピブロモヒドリン、エピヨードヒドリン等が挙げられ、特に好ましくはエピクロロヒドリン、エピブロモヒドリンである。
【0082】
また、シアン化合物はシアン化水素、シアン化カリウム、シアン化ナトリウム、シアン酸又はアセトンシアンヒドリン等の反応液中に添加した際にシアンイオン(CN-)又はシアン化水素を生じる化合物又はその溶液を用いることができる。
反応条件、採取及び精製方法は、上記(2)と同様に行うことができる。
【0083】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0084】
〔実施例1〕ベクターのDNA配列決定
使用したpSJ034は、ロドコッカス(Rhodococcus)属細菌においてニトリルヒドラターゼを発現するベクターであり、特開平10-337185号公報に示す方法でpSJ023より作製した。なお、pSJ023は形質転換体ATCC12674/pSJ023(FERM BP-6232)として独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6)に平成9年3月4日付けで寄託されている。
【0085】
pSJ034のニトリラーゼ発現調節配列の下流域(図1pSJ034の□で囲んだEcoRI〜□で囲んだXba1)のDNA配列を、プライマーウォーキング法を用いて決定した。決定したDNA配列を配列番号1に示す。配列番号1で示される遺伝子は、SK92-B1由来のニトリラーゼ遺伝子プロモーター領域を示す。また、発現調節遺伝子1(regulator gene 276-1010)のアミノ酸配列を配列番号2に示し、塩基配列を配列番号3に示す。発現調節遺伝子2(sensor gene 1007-2611)のアミノ酸配列を配列番号4に示し、塩基配列を配列番号5に示す。
なお、SK-92B1は、ニトリラーゼを保有する菌株として単離されたRhodococcus erythropolis SK-92株に変異処理を行い、構成的にニトリラーゼを生産する変異株である。
【0086】
〔実施例2〕ベクターの改良
pSJ034からpSJ041を作製し、pSJ041からpSJ042、pSJ080及びpSJ081を以下に示すように作製した。図1にベクターpSJ041、pSJ042、pSJ080、pSJ081の構築図を示す。また、図2に、pSJ034の塩基配列の一部と、実施例で使用したプライマーNR-14、NR-15及びNR-16の位置とを示す。
なお、図2中、「-10」は転写開始位置より10塩基上流にある-10領域を示し、「-35」は転写開始位置(+1)より35塩基上流にある-35領域を示す。この2つの領域は、原核生物で機能するプロモーター配列に保存されており、代表的な配列はそれぞれTATAAT及びTTGACAである。
【0087】
(1)pSJ041の作製
pSJ034をEcoRIで切断し、DNA Bluntinng Kit(タカラバイオ)を用いて平滑化し、SpeIリンカー(GACTAGTC)を挿入した。作製したベクターをpSJ041とした。
【0088】
(2)pSJ042、pSJ080、pSJ081の作製
pSJ034を鋳型として使用し、以下に示す反応液組成及びプライマーを用いてPCRを行った。
(反応液組成)
pSJ034(1/100希釈) 1μl
10×Pfu Buffer(Sratagene) 10μl
プライマー NLR-09(配列番号6) 1μl
プライマーNR-14(配列番号7) 1μl
2.5mM dNTP 8μl
滅菌水 78μl
Pfu turbo DNAポリメラーゼ(Sratagene) 1μl
総量 100μl
(プライマー)
NLR-09: ggtctagagctccttgatgtgtggagtgatgc (配列番号6)
NR-14: ggactagtcgcggcacatccctggtcgtg (配列番号7)
【0089】
反応液を調製した後、1サイクルが93℃:30秒、55℃:30秒及び72℃:1分である反応を、30サイクル行った。反応液を電気泳動し、約0.8 KbのDNA断片(配列番号10)を確認した。
次いで、反応液をGFX PCR DNA band and GelBand Purification kit(アマシャムバイオサイエンス社製)で精製し、制限酵素XbaIとSpeIで制限酵素処理を行い、PCR産物を切断した。制限酵素処理を行ったPCR産物を、0.7%アガロースゲルにおける電気泳動に供し、0.8 Kb付近のバンドを回収した。回収したPCR産物を、Ligation Kit(宝酒造社製)を用いてベクターpSJ041のXbaI-SpeI部位に連結し、ベクター:pSJ042を作製した。
【0090】
同様の手法を用い、PCRのプライマーにNLR-09とNR-15(配列番号8)を使用して約0.5KbのDNA断片(配列番号11)を増幅し、これをベクターpSJ041のXbaI-SpeI部位に連結してベクター:pSJ080を作製した。
さらに、PCRのプライマーにNLR-09とNR-16(配列番号9)を使用して約0.3KbのDNA断片(配列番号12)を増幅し、これをベクターpSJ041のXbaI-SpeI部位に連結しベクターpSJ081を作製した。
(プライマー)
NR-15 cgactagtgcactccgctgcgacatgtatcg (配列番号8)
NR-16 ggactaGTCATTGGTTGATCTGCCGTTGAGAG (配列番号9)
【0091】
〔実施例3〕ニトリルヒドラターゼ遺伝子を有するロドコッカス(Rhodococcus)属細菌形質転換体の作製
(1)コンピテントセルの作製
ロドコッカス・ロドクロウス(Rhodococcus rhodochrous)ATCC 12674株の対数増殖期の細胞を遠心分離器により集菌し、氷冷した滅菌水にて3回洗浄し、滅菌水に懸濁し、コンピテントセルを作製した。
【0092】
(2)形質転換体の作製
実施例2で調製したベクター(pSJ042、pSJ080、pSJ081)各1μlと(1)で作製したコンピテントセルの菌体懸濁液各10μlとを混合し、各々氷冷した。キュベットに各混合液を入れ、遺伝子導入装置 Gene Pulser(BIO RAD)により20 KV/cm、200 OHMSで電気パルス処理を行った。電気パルス処理液を氷冷下10分静置し、37℃で10分間ヒートショックを行った。その後、キュベットにMYK培地(0.5 %ポリペプトン、0.3 %バクトイーストエキス、0.3 %バクトモルトエキス、0. 2% K2HPO4 、0.2 % KH2PO4)500μlを加え、30 ℃、5時間静置した後、50μg/mlカナマイシン入りMYK寒天培地に塗布し、30 ℃、3日間培養した。
得られたコロニーに含まれるベクターを確認し、3種の形質転換体(ロドコッカス・ロドクロウス(Rhodococcus rhodochrous)ATCC12674/pSJ042、ATCC12674/pSJ080、ATCC12674/pSJ081)を得た。
また、比較対照としてATCC12674/pSJ034を作製した。
【0093】
(3)形質転換体の培養
(2)で得られたコロニーをMYK培地(50μg/mlカナマイシン含有)10 mlに接種し、30 ℃で72時間、前培養した。前培養後、MYK培地(50μg/mlカナマイシン及び10μg/ml塩化コバルトを含有)100mlに前培養液を1%接種し、30℃で96時間本培養した。本培養後、培養物を遠心分離し、菌体を集菌した。得られた菌体を100 mMリン酸緩衝液(pH8.0)で洗浄し、最後に少量の緩衝液に懸濁した。
【0094】
〔実施例4〕ニトリルヒドラターゼ活性の測定
実施例3で調製した菌体を含む培養液のニトリルヒドラターゼ活性の測定は、以下の方法に従って行った。
まず、実施例3(3)の本培養後に得られた培養液1 mlと50 mMリン酸緩衝液(pH7.7)4 mlとを混合し、さらに5.0 %(w/v)のアクリロニトリルを含む50 mMリン酸緩衝液(pH7.7)5 mlを混合液に加えて、10 ℃で10分間反応させた。次いで、菌体を濾別して、ガスクロマトグラフィーを用いて、生成したアクリルアミドの量を定量し、アクリルアミドの量からニトリルヒドラターゼ活性を換算した。ニトリルヒドラターゼ活性は、乾燥菌体重量当たりの活性(U/mgDC)で示した。なお、分析条件は、以下に示す通りであった。
(分析条件)
分析機器 ガスクロマトグラフGC-14B(島津製作所製)
検出器 FID(200℃にて検出)
カラム ポラパックPS(ウォーターズ社製カラム充填剤)を充填した
1mガラスカラム
カラム温度 190℃
【0095】
結果
【表1】

以上の結果より、改良ベクターを用いたpSJ042、及びpSJ080は、比較例のベクターを用いた場合より高いニトリルヒドラターゼ活性が認められた。
したがって、本発明のプロモーターを含有するベクターは、ロドコッカス属細菌における遺伝子発現を促進可能であることが示された。
【0096】
また、菌体破砕液上清を用いたSDS-PAGEの結果を図3に示す。菌体破砕液は1レーンあたり1μgタンパク質をロードした。分子量約22KDa(矢印「αサブユニット」)と26KDa(矢印「βサブユニット」)の位置のバンドが、ニトリルヒドラターゼを示す。SDS-PAGEの結果から、改良型ベクターを使用したpSJ042、pSJH080は酵素生産量が向上していることが示された。
【0097】
〔実施例5〕ハロヒドリンエポキシダーゼ活性を有するロドコッカス(Rhodococcus)属細菌形質転換体の作製
(1)ベクターの作製
(i) ハロヒドリンエポキシダーゼ遺伝子を含むベクター
コリネバクテリウム(Corynebacterium)sp.N−1074(FERM BP-2643)を、MYKG培地(0.5 %ポリペプトン、0.3 %バクトイーストエキス、0.3 %バクトモルトエキス、1 %グルコース、0.2 % K2HPO4及び0.2 % KH2PO4、pH7.0)100 ml中、30 ℃で72時間振盪培養した。
培養後、菌体を集菌し、Saline−EDTA溶液(0.1 M EDTA及び0.15 M NaCl(pH8.0))4 mlに懸濁した。次いで、懸濁液にリゾチーム8 mgを加えて、37 ℃で1〜2時間振盪した後、-20 ℃で凍結した。
【0098】
次に、凍結した懸濁液を解凍し、そこにTris-SDS液(1%SDS、0.1M NaCl及び0.1M Tris-HCl(pH9.0))10 mlを穏やかに振盪しながら加え、さらにプロテイナーゼK(メルク社)(最終濃度0.1 mg)を加えて37 ℃で1時間振盪し、混合液を得た。
次いで、混合液に等量のTE飽和フェノール(TE:10 mM Tris-HCl及び1 mM EDTA(pH 8.0))を加えて撹拌した後、遠心した。遠心後、上層を回収し、2倍量のエタノールを加え、析出したDNAをガラス棒で巻きとり、90 %、80 %、70 %のエタノールの順にすすぎ、残存するフェノールを取り除いた。
【0099】
得られたDNAをTE緩衝液3mlに溶解させた。次いで、溶液にリボヌクレアーゼA溶液(100℃、15分間の加熱処理済)を10μg/mlになるよう加え、37 ℃で30分間振盪した。その後、プロテイナーゼKを加え、37 ℃で30分間振盪した後、等量のTE飽和フェノールを加えて遠心し、上層と下層とに分離させた。
得られた上層に等量のTE飽和フェノールを加えてから上層と下層とに分離させるまでの操作を2回繰り返した後、得られた上層に等量のクロロホルム(4 %イソアミルアルコール含有)を加えて遠心し、上層と下層とに分離させた(以下、上記操作を「フェノール処理」ともいう)。その後、上層に2倍量のエタノールを加え、ガラス棒でDNAを巻き取り、回収し、染色体DNAを得た。
【0100】
得られた染色体DNAを鋳型として使用し、以下に示す反応液組成及びプライマーを用いてPCRを行った。
(反応液組成)
染色体DNA(1/20希釈) 10μl
10×PCR Buffer(タカラバイオ) 10μl
プライマーDH-04(配列番号13) 1μl
プライマーDH-07(配列番号14) 1μl
2.5mM dNTP 8μl
滅菌水 69μl
ExTaq DNAポリメラーゼ(タカラバイオ) 1μl
総量 100μl
(プライマー)
DH-04: ggtctagaatggctaacggaagactggcaggc (配列番号13)
DH-07: cgcctgcaggctacaacgacgacgagcgcctg (配列番号14)
【0101】
反応液を調製した後、1サイクルが93℃:30秒、55℃:30秒及び72℃:1分である反応を、30サイクル行った。電気泳動でハロヒドリンエポキシダーゼ遺伝子をコードする約0.7KbのDNA断片(配列番号16)を確認した。
【0102】
次いで、反応液をGFX PCR DNA band and GelBand Purification kit(アマシャムバイオサイエンス社製)で精製し、制限酵素XbaIとSse8387Iとで制限酵素処理を行い、PCR産物を切断した。制限酵素処理を行ったPCR産物を、0.7%アガロースゲルにおける電気泳動に供し、0.7 Kb付近のバンドを回収した。回収したPCR産物を、Ligation Kit(宝酒造社製)を用いてベクターpSJ034のXbaI-Sse8387I部位に連結し、ベクター:pJHB047を作製した。このpJHB047はハロヒドリンエポキシダーゼのN末端に14残基のニトリラーゼタンパク質が結合した融合タンパク質としてロドコッカス(Rhodococcus)属細菌内で発現する。図4は、ベクターpJHB047の構造を示す模式図である。
【0103】
同様に、プライマーDH-05とDH-07を使用してPCRを行い、増幅した1.1KbのPCR断片(配列番号17)を使用してベクターpJHB057を構築した。以下に示す反応液組成及びプライマーを用いてPCRを行った。
(反応液組成)
染色体DNA(1/20希釈) 10μl
10×PCR Buffer(タカラバイオ) 10μl
プライマー DH-05(配列番号15) 1μl
プライマーDH-07(配列番号14) 1μl
2.5mM dNTP 8μl
滅菌水 69μl
ExTaq DNAポリメラーゼ(タカラバイオ) 1μl
総量 100μl
(プライマー)
DH-05: ggtctagaccgattactactccaacttcacca (配列番号15)
DH-07: cgcctgcaggctacaacgacgacgagcgcctg (配列番号14)
このベクターをpJHB057と名付けた。図5はpJHB057の構造を示す模式図である。
【0104】
(ii) ベクターの作製
次に、pJHB057を制限酵素XbaI及びSse8387Iで切断し、電気泳動で約1.1 Kbのハロヒドリンエポキシダーゼ遺伝子を含むDNA断片(配列番号17)を回収した。次いで、反応液をGFX PCR DNA band and GelBand Purification kit(アマシャムバイオサイエンス社製)で精製し、回収したDNA断片を、Ligation Kit(宝酒造社製)を用いてベクターpSJ042のXbaI-Sse8387I部位に連結し、ベクター:pSJH101を作製した。同様にベクターpSJ080、pSJ081のXbaI-Sse8387I部位に連結し、ベクター:pSJH102、pSJH103も作製した。
【0105】
また、同様の手法でベクターpJHB047から約0.7 Kbのハロヒドリンエポキシダーゼ遺伝子を含むDNA断片(配列番号16)を回収し、ベクターpSJ042、pSJ080、pSJ081のXbaI-Sse8387I部位に連結し、ベクター:pSJH104、pSJH105、pSJH106も作製した。
【0106】
表2に、ハロヒドリンエポキシダーゼ遺伝子(以下、「HheB」又は「H-Lyase」とも称する)の由来するベクターと、HheB遺伝子を組み込んだベクターとの組み合わせを示す。
【表2】

【0107】
(2)ATCC12674組換え菌の作製とベクターの回収
実施例3(1)及び(2)と同様の手法を用いて、上記で得られた6種のベクターの形質転換体(ロドコッカス・ロドクロウス(Rhodococcus rhodochrous)ATCC12674/pSJH101、ATCC12674/pSJH102、ATCC12674/pSJH103、ATCC12674/pSJH104、ATCC12674/pSJH105、ATCC12674/pSJH106)を得た。
【0108】
次に、作製したATCC12674組換え菌からベクターを調製するために培養を行った。100 mlのMY培地(0.5 %ポリペプトン、0.3 %バクトイーストエキス、0.3 %バクトモルトエキス、1 %グルコース、50μg/mlカナマイシン)に植菌し、24時間後に終濃度2%となるように滅菌した20 %グリシン溶液を添加し、さらに24時間培養した。培養後、遠心分離により菌体を回収し、菌体を40 ml TES緩衝液(10 mM Tris-HCl(pH8)、10 mM NaCl、1 mM EDTA)で洗浄後、11 mlのリゾチーム溶液(50 mM Tris-HCl(pH8)、12.5 %シュークロース、100 mM NaCl、1 mg/mlリゾチーム)に懸濁し、37℃にて3時間振盪した。これに1 mlの10 % SDSを加え室温で穏やかに1時間振盪し、さらに1 mlの5 M酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.2)を添加し、氷中で1時間静置した。その後、4℃にて10,000×g、1時間遠心し、上清を得た。ここに5倍量のエタノールを加え、−20℃で30分静置した後、10,000×g、20分間遠心した。沈澱物を30 mlの70%エタノールで洗浄した後、100μlのTE緩衝液に溶解してDNA溶液を得た。得られたDNA溶液はQIAprep Spin Miniprep Kit(キアゲン)を用い、以下の方法でさらに精製を行った。DNA溶液をBuffer P1と混合し、その後の操作はマニュアルに従い、最後に50μlの滅菌水で回収した。
【0109】
(3)J-1菌コンピテントセルの調製
ロドコッカスロドクロウスJ-1菌は、Rhodococcus rhodocrouse J-1(FERM BP-1478)として独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6)に寄託されている。
10 mlのMYKG培地(0.5 %ポリペプトン、0.3 %バクトイーストエキス、0.3 %バクトモルトエキス、0.2% KH2PO4、0.2% K2HPO4、1%グルコース)にJ-1菌を植菌し、30℃で培養した。17時間後、終濃度2%となるように滅菌した20 %グリシン溶液を添加し、さらに24時間培養した。この培養液を1%グリシンを含有した10 mlのMYKG培地に2%植菌し、さらに30℃で48時間培養を行った。この培養液を滅菌水で3回洗浄し、最後に滅菌水500μlに再懸濁した。得られた菌をコンピテントセルとして用いた。
【0110】
(4)形質転換
(2)で調製した各ベクター1μlと(3)で調製したJ-1菌コンピテントセル10μlを混合し、30分間氷冷した。キュベットにDNAと菌体との懸濁液を入れ、遺伝子導入装置 Gene Pulser(BIO RAD)により20 KV/cm、100 OHMSで電気パルス処理を行った。電気パルス処理液を氷冷下10分静置し、37℃で10分間ヒートショックを行い、MYK培地(0.5 %ポリペプトン、0.3 %バクトイーストエキス、0.3 %バクトモルトエキス、0.2 % K2HPO4 、0.2% KH2PO4)500μl を加え30℃、24時間静置した。その後、10μg/mlカナマイシン入りMYK寒天培地に塗布し、30℃、3日間培養した。
得られたコロニーのベクターを確認し、6種の形質転換体(ロドコッカス・ロドクロウス(Rhodococcus rhodochrous) J1/pSJH101、J1/pSJH102、J1/pSJH103、J1/pSJH104、J1/pSJH105、J1/pSJH106)を得た。また、比較対照として、J1/pSJHB057及びJ1/pSJHB047も作製した。
【0111】
〔実施例6〕ハロヒドリンエポキシダーゼの活性測定
実施例5(4)で得られたロドコッカス・ロドクロウス(Rhodococcus rhodochrous)J1/pSJH101、J1/pSJH102、J1/pSJH103、J1/pSJH104、J1/pSJH105、J1/pSJH106をGGPK培地(1.5%グルコース、1%グルタミン酸ナトリウム、0.1%バクトイーストエキス、0.05 % K2HPO4、0.05 % KH2PO4、0.05 % MgSO4・7H2O、カナマイシン 50μg/ml、pH7.2)100 mlに植菌し、30℃で72時間振盪培養した。培養菌体を50 mM トリス−硫酸緩衝液(pH 8.0)で洗浄し、氷中で超音波破砕器により破砕した。破砕した菌体の遠心分離上清を酵素溶液として用いてハロヒドリンエポキシダーゼの活性測定を行った。各酵素溶液中のタンパク質濃度は、タンパク定量キット(BioRad社製)を用いて、一定量に調製した。
【0112】
この酵素溶液(タンパク濃度:30 mg/ml)1 mlを50 mlの300 mMのトリス−硫酸緩衝液(pH 8.0)に加え、さらに1%(W/V)(=77.5 mM)となるように1,3−ジクロロ−2−プロパノールを添加し、20 ℃で1時間反応した。活性は、ガスクロマトグラフィーで1,3−ジクロロ−2−プロパノール及び生成エピクロルヒドリンの濃度を測定した。分析条件を以下に示す。
【0113】
試料調製方法 : 試料を等量の酢酸エチルに溶解
装置 : カラムオーブン 島津製作所社製 GC-17A
インテグレータ 島津製作所社製 C-R5A
カラム : ULBON HR−1701 信和化工株式会社製
キャリヤー : He 純度 99.995%以上
メイクアップガス : He 純度 99.995%以上
検出器ガス : 水素 純度 99.995%以上
カラム温度 : 50℃から10℃ずつ昇温して、250℃で5分保持
インジェクション温度: 250℃
デテクタ温度 : 250℃
線速度 : 35 cm/s
リテンションタイム : 1,3−ジクロロ−2−プロパノール 10min
エピクロルヒドリン 5min
【0114】
ハロヒドリンエポキシダーゼの活性測定を行った結果を表3に示す。
【表3】

【0115】
また、菌体破砕液上清を用いたSDS-PAGEの結果を図6に示す。菌体破砕液は1レーンあたり1μgタンパク質をロードした。表3の各菌体の左に記した数字は、図6のSDS-PAGEのレーンの番号を示す。分子量約32KDaと35KDaの位置のバンドが、ハロヒドリンエポキシダーゼを示す(図6矢印)。SDS-PAGEの結果から、改良型ベクターを使用したpSJH101、pSJH102、pSJH104及びpSJH105は酵素生産量が向上していることが示された。
【0116】
以上のように、改良型ベクターを用いたpSJH101、104(以上pSJ042由来)、102、105(以上pSJ080由来)は、pSJH103、106(以上pSJ081由来)及び比較例のベクターを用いた場合より高いハロヒドリンエポキシダーゼ活性が認められた。
したがって、pSJ080とpSJ081に含まれるニトリラーゼ遺伝子プロモーターの違いを考慮すると、例えば、配列番号18で示される塩基配列又は配列番号18で示される塩基配列に相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、プロモーター活性を有するタンパク質をコードするDNAの全部又は一部を含む本発明のプロモーターは、ロドコッカス属細菌において機能し得ることが明らかとなった。そして、本発明のプロモーターを有するベクターは、ロドコッカス属細菌において、本プロモーターの制御下に組み込んだ遺伝子の発現に有用であることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0117】
【図1】ベクターpSJ042、pSJ080、及びpSJ081の構築図である。
【図2】pSJ034の塩基配列の一部(配列番号21)とプライマーの位置を示す図である。
【図3】菌体破砕液上清を用いたSDS-PAGEの結果を示す図である。
【図4】ベクターpJHB047、pSJH104及びpSJH105の構造を示す図である。
【図5】ベクターpJHB057、pSJH101及びpSJH102の構造を示す図である。
【図6】菌体破砕液上清を用いたSDS-PAGEの結果を示す図である。
【配列表フリーテキスト】
【0118】
配列番号1:SK92-B1由来のニトリラーゼ遺伝子プロモーター領域
配列番号2:発現調節遺伝子1のアミノ酸配列
配列番号3:発現調節遺伝子1の塩基配列
配列番号4:発現調節遺伝子2のアミノ酸配列
配列番号5:発現調節遺伝子2の塩基配列
配列番号6:プライマー NLR-09
配列番号7:プライマー NR-14
配列番号8:プライマー NR-15
配列番号9:プライマー NR-16
配列番号10:PCR断片 約0.8 kb
配列番号11:PCR断片 約0.5 kb
配列番号12:PCR断片 約0.3 kb
配列番号13:プライマー DH-04
配列番号14:プライマー DH-07
配列番号15:プライマー DH-05
配列番号16:PCR断片 約0.7 Kb
配列番号17:PCR断片 約1.1 Kb
配列番号18:本発明のニトリラーゼ遺伝子プロモーター
配列番号19:ハロヒドリンエポキシダーゼのアミノ酸配列
配列番号20:ハロヒドリンエポキシダーゼの塩基配列
配列番号21:pSJ034の塩基配列の一部(図2)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)又は(b)のDNAの全部又は一部を含有するニトリラーゼ遺伝子プロモーターを含む、ロドコッカス属細菌用の発現ベクター。
(a) 配列番号18で示される塩基配列からなるDNA
(b) 配列番号18で示される塩基配列に相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、プロモーター活性を有するDNA
【請求項2】
以下の(a)又は(b)のDNAの全部又は一部を含有するニトリラーゼ遺伝子プロモーター、ニトリラーゼ発現調節遺伝子及びロドコッカス属細菌での複製に必要な遺伝子を含む、ロドコッカス属細菌用の発現ベクター。
(a) 配列番号18で示される塩基配列からなるDNA
(b) 配列番号18で示される塩基配列に相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、プロモーター活性を有するDNA
【請求項3】
発現標的遺伝子をさらに含む、請求項1又は2に記載のベクター。
【請求項4】
発現標的遺伝子が、プロモーターの制御下に発現するようにプロモーターの下流に連結されたものである、請求項3に記載のベクター。
【請求項5】
発現標的遺伝子がニトリルヒドラターゼ遺伝子である、請求項3又は4に記載のベクター。
【請求項6】
発現標的遺伝子がハロヒドリンエポキシダーゼ遺伝子である、請求項3又は4に記載のベクター。
【請求項7】
以下の地図で示されるpSJ042、pSJ080、pSJH101、pSJH102、pSJH104及びpSJH105からなる群から選択されるいずれかのベクターである、請求項1〜4のいずれか1項に記載のベクター。

【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載のベクターにより形質転換されたロドコッカス属細菌。
【請求項9】
以下の(a)又は(b)のDNAの全部又は一部を含有するプロモーター。
(i) 配列番号18で示される塩基配列からなるDNA
(ii) 配列番号18で示される塩基配列に相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、プロモーター活性を有するDNA

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2008−154552(P2008−154552A)
【公開日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−349353(P2006−349353)
【出願日】平成18年12月26日(2006.12.26)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】