説明

一分子蛍光分析によるsiRNAの濃度測定方法

【課題】 高い精度でsiRNAの濃度を測定することが可能な、簡便かつ安価なsiRNAの濃度測定方法を提供すること。
【解決手段】 siRNAを投与した生体試料から調製された核酸抽出物を含む被検溶液において、siRNAの二本鎖を解離させ、その後、解離した一本鎖のsiRNAに、siRNAの二本鎖の一方の鎖に相補的な配列を含む蛍光標識プローブDNAをハイブリダイズさせる第一の工程と、
第一の工程後の被検溶液に対して一分子蛍光分析を行い、分析値を取得する第二の工程と、
既知の種々の濃度のsiRNAを含む基準溶液を用いて作成された検量線に基いて、第二の工程で取得した分析値からsiRNAの濃度を算出する第三の工程と
を含む、一分子蛍光分析によるsiRNAの濃度測定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一分子蛍光分析によるsiRNAの濃度測定方法に関する。本発明の方法は、薬剤として使用されるsiRNAの薬物動態を調べる際に有用である。
【背景技術】
【0002】
siRNAの濃度を測定する方法として、以下の方法が知られている。
【0003】
1)アガロースゲル電気泳動法(AGE)(非特許文献1)
本手法では、細胞から抽出された核酸をAGEにより分離し、バンドの濃度として目的のsiRNA濃度を検出する。しかし本手法は、その定量性に大いに問題がある。また、検出に関しても、a)siRNAを蛍光ラベルして細胞に導入し、AGE後の蛍光量で測定する手法と、b)ノーザンブロット法で検出する手法の2手法があるが、a)ではsiRNAに蛍光を導入する必要があり、蛍光標識siRNAの生体内での挙動が本来のものと違う可能性が高く、またb)では操作が煩雑であることに加え、定量性がさらに低下するという問題がある。
【0004】
2)定量的PCR(QPCR)(非特許文献2)
本手法では、核酸抽出物を鋳型として、定量的PCRを行う。対象のsiRNAは20mer前後と短く、PCRプライマーの作成に困難を伴う。配列によってはプライマー設計が不可能な場合もある。また、PCRによる増幅操作が入っているため、本来の生体内濃度を正確に反映していない可能性が消し去れない。また、典型的なQPCR法であるTaqMan法では、プローブにはクエンチング反応を用いるために二種の蛍光物質を用いる必要があり、またプローブと短いRNA鎖との結合を高めるためのMGB(Minor Groove Binder)などが必要であり、高価であるだけでなく、プローブ設計にも技術的限界がある。
【非特許文献1】Biomaterials 28(2007)1434〜1442
【非特許文献2】Nucleic Acid Research Vol.133 No.18 (2005) e151
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、siRNAを標識することなく、高い精度でsiRNAの濃度を測定することが可能であり、かつ必要なサンプルが極微量ですむ、簡便かつ安価なsiRNAの濃度測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、本発明は、以下の手段を提供する。
【0007】
[1]siRNAを投与した生体試料から調製された核酸抽出物を含む被検溶液において、siRNAの二本鎖を解離させ、その後、解離した一本鎖のsiRNAに、siRNAの二本鎖の一方の鎖に相補的な配列を含む蛍光標識プローブDNAをハイブリダイズさせる第一の工程と、
第一の工程後の被検溶液に対して一分子蛍光分析を行い、分析値を取得する第二の工程と、
既知の種々の濃度のsiRNAを含む基準溶液を用いて作成された検量線に基いて、第二の工程で取得した分析値からsiRNAの濃度を算出する第三の工程と
を含む、一分子蛍光分析によるsiRNAの濃度測定方法。
【0008】
[2]前記蛍光標識プローブDNAの濃度が0.5〜10 nMである、上記[1]に記載の方法。
【0009】
[3]前記蛍光標識プローブDNAの濃度が0.5〜2 nMである、上記[2]に記載の方法。
【0010】
[4]前記一分子蛍光分析がFIDA−PO(Fluorescence Intensity Distribution Analysis-polarization)であり、前記分析値が蛍光偏光度の値である、上記[1]に記載の方法。
【0011】
[5]前記一分子蛍光分析がFIDA−POであり、前記分析値が蛍光偏光度の値である、上記[2]または[3]に記載の方法。
【0012】
[6]前記第一の工程が、
(1)被検溶液を95〜100℃で2〜10分の条件に置くことにより、siRNAの二本鎖を解離させること、その後
(2)95〜100℃から出発して、以下の(i)〜(iii)により被検溶液の温度を段階的に低下させ:
(i)一秒あたり0.05〜0.2℃の温度低下による計5〜10℃の温度低下、
(ii)前記(i)で低下させた温度で5〜10分の静置、
(iii)前記(i)と(ii)の7〜19サイクルの繰返し、
最終的に被検溶液を4〜25℃にすることより、解離した一本鎖のsiRNAと蛍光標識プローブDNAとをハイブリダイズさせること
により行われる、上記[1]〜[5]の何れかに記載の方法。
【0013】
[7]前記第一の工程が、
(1)被検溶液を95℃で5分の条件に置くことにより、siRNAの二本鎖を解離させること、その後
(2)95℃から出発して、以下の(i)〜(v)により被検溶液の温度を段階的に低下させ:
(i)一秒あたり0.1℃の温度低下による計5℃の温度低下、
(ii)前記(i)で低下させた温度で5分の静置、
(iii)前記(i)で低下させた温度から一秒あたり0.1℃の温度低下による計10℃の温度低下、
(iv)前記(iii)で低下させた温度で10分の静置、
(v)前記(iii)と(iv)の7サイクルの繰返し、
最終的に被検溶液を20℃にすることより、解離した一本鎖のsiRNAと蛍光標識プローブDNAとをハイブリダイズさせること
により行われる、上記[1]〜[5]の何れかに記載の方法。
【0014】
[8]前記蛍光標識プローブDNAが、siRNAの二本鎖の一方の鎖に相補的な配列から成る、上記[1]〜[7]の何れかに記載の方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、siRNAを標識することなく、高い精度でsiRNAの濃度を測定することが可能な、簡便かつ安価なsiRNAの濃度測定方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の一分子蛍光分析によるsiRNAの濃度測定方法は、以下の工程を含む:
siRNAを投与した生体試料から調製された核酸抽出物を含む被検溶液において、siRNAの二本鎖を解離させ、その後、解離した一本鎖のsiRNAに、siRNAの二本鎖の一方の鎖に相補的な配列を含む蛍光標識プローブDNAをハイブリダイズさせる第一の工程;
第一の工程後の被検溶液に対して一分子蛍光分析を行い、分析値を取得する第二の工程;および
既知の種々の濃度のsiRNAを含む基準溶液を用いて作成された検量線に基いて、第二の工程で取得した分析値からsiRNAの濃度を算出する第三の工程。
【0017】
以下、本発明の方法を詳細に説明する。
【0018】
本発明において「siRNA」は、RNAi(RNA interference)で使用される任意のsmall interfering RNAであり、破壊したい標的遺伝子の塩基配列に基いて設計される、一般的には19〜23塩基、より一般的には21〜23塩基の二本鎖RNAである。なお、siRNAは、後述の実施例に記載されるとおり、センス鎖の3’端およびアンチセンス鎖の3’端に、RISC(RNA-induced silencing complex)への取り込み効率上昇のためにデオキシリボヌクレオチド(たとえばデオキシチミジン5’リン酸(dT))が二塩基付加されていてもよい。なお、ここで付加されるデオキシヌクレオチド(以下、オーバーハングともいう)は、dTに限定されず、任意の他の塩基のものであってもよい。また、siRNAの両鎖の3’末端に2塩基のオーバーハングを有しておらず、siRNAの両末端が平滑なものも本発明の範囲に包含される。
【0019】
本発明において投与される「siRNA」は、特定の配列からなる1種類のsiRNAが好ましいが、種々の配列から構成されるsiRNAの混合物であってもよい。
【0020】
本発明において「siRNAを投与した生体試料」は、siRNAが投与された生物に由来する任意の生体試料であり、たとえば、1〜10nMの濃度のsiRNAが、培地中への添加、生体への注射などにより投与された、哺乳動物(とりわけヒト)の培養細胞、血液、肝臓や腎臓などの組織;植物の培養細胞、組織;線虫や昆虫などが挙げられる。本発明で投与されるsiRNAの濃度の上限は、好ましくは10 nMである。
【0021】
siRNAを投与した生体試料からの核酸抽出物の調製は、当該技術分野で公知の手法に従って、たとえば後述の実施例に記載されるとおり行うことが可能である。薬剤としてのsiRNAの薬物動態を調べる際には、siRNA投与から所定時間(たとえば1分〜120時間)経過後の生体試料から、核酸抽出物の調製を行う。
【0022】
一方、本発明において「蛍光標識プローブDNA」は、投与された二本鎖siRNAの一方の鎖に相補的な配列を含む一本鎖DNAである。「蛍光標識プローブDNA」は、siRNAのセンス鎖およびアンチセンス鎖のいずれの鎖に相補的な配列を含むものであってもよい。ここで「相補的な配列」とは、相補的でない塩基を含んでいない配列、すなわちミスマッチ配列を含んでいない配列を意味する。「蛍光標識プローブDNA」は、投与された二本鎖siRNAの一方の鎖に相補的な配列を含む。また、siRNAに多用される3’末端のオーバーハング配列に相補的な配列を5’端および/または3’端に含んでいてもよく、たとえば後述の実施例においては、プローブの3’端に二個の塩基(TT)が付加されている。あるいは、「蛍光標識プローブDNA」は、その5’端および/または3’端に塩基が付加されておらず、siRNAの二本鎖の一方の鎖に相補的な配列から成るものであってもよい。蛍光標識は、TAMRA、Rhodamine Green、Alexaなど任意の蛍光物質を、プローブDNAの任意の位置に付与することにより為される。
【0023】
本発明において「蛍光標識プローブDNA」は、特定の配列からなる1種類のプローブDNAであり、種々の配列から構成されるプローブDNAの混合物を意図しない。このように、本発明において、「siRNA」および「蛍光標識プローブDNA」ともに、特定の配列からなる1種類のものを使用した場合(すなわち、種々の配列から構成される混合物を使用しなかった場合)、測定対象となる一本鎖siRNAとプローブDNAとのハイブリッドは、1分子種のみ形成される。この短鎖RNA/DNAハイブリッドは、立体構造に可変性が少なく、溶液中の挙動の同一性が高いため、一分子蛍光分析で測定するのに適しているという利点を有する。
【0024】
本発明の方法において「蛍光標識プローブDNA」の濃度は、好ましくは0.5〜10 nMであり、より好ましくは0.5 nM〜2 nMである。本発明では、「蛍光標識プローブDNA」を一本鎖のsiRNAとハイブリダイズさせて、二本鎖を形成し、この蛍光を発する二本鎖を一分子蛍光分析で捉える。このため、siRNAの濃度を高い精度で測定するためには、一本鎖のsiRNAを、プローブDNAとのハイブリダイズにより二本鎖に変換することが必要であり、このためには、「蛍光標識プローブDNA」の濃度は、測定すべきsiRNAの濃度より高くしておくことが望ましいと考えられる。上述のとおり、投与されるsiRNAの濃度の上限は好ましくは10 nMであるため、「蛍光標識プローブDNA」の濃度は10 nMより高く設定することが望ましいと考えられる。しかし、本発明では、後述の実施例で実証されるとおり、100 nMまでのsiRNAの濃度を測定するには、「蛍光標識プローブDNA」の濃度は、0.5〜10 nMで十分であり、更に0.5 nM〜2 nMが望ましいという結果が得られている(実施例の例1参照)。
【0025】
siRNAを含む核酸抽出物と蛍光標識プローブDNAとを反応させる条件は、siRNAの二本鎖を解離し、その後、解離した一本鎖のsiRNAと蛍光標識プローブDNAとのハイブリダイゼーションを起こすことが可能な反応条件である。
【0026】
具体的には、適切な反応溶液中、たとえば100mM NaClを含むTEバッファー中に、siRNAを含む核酸抽出物を95〜100℃で2〜10分の条件に置くことにより、siRNAの二本鎖を解離させることができる。siRNAの二本鎖を解離させる反応を行う際に、反応溶液中に「蛍光標識プローブDNA」が予め含まれていてもよい。
【0027】
その後、95〜100℃から出発して、以下の(i)〜(iii)により被検溶液(一本鎖のsiRNAと蛍光標識プローブDNAを含む)の温度を段階的に低下させ:
(i)一秒あたり0.05〜0.2℃の温度低下による計5〜10℃の温度低下、
(ii)前記(i)で低下させた温度で5〜10分の静置、
(iii)前記(i)と(ii)の7〜19サイクルの繰返し、
最終的に被検溶液を4〜25℃にすることより、一本鎖のsiRNAと蛍光標識プローブDNAとをハイブリダイズさせることができる。
【0028】
このように、被検溶液の温度を制御しながら段階的に低下させることは、被検溶液を室温に放置して温度を低下させるより、一本鎖のsiRNAと蛍光標識プローブDNAとのハイブリダイゼーションの機会を増大させることができるため、望ましい。
【0029】
ハイブリダイゼーションの反応を終えた被検溶液に対し、公知の手法に従って一分子蛍光分析を行い、分析値を取得する。たとえば、一分子蛍光分析システムMF20(オリンパス)を用いて、FCS(蛍光相関分光法:Fluorescence Correlation Spectroscopy)、FIDA(蛍光強度分布解析Fluorescence Intensity Distribution Analysis)、またはFIDA−PO(蛍光偏光解析法:FIDA-polarization)の何れかの計測を行い、それぞれの計測から並進拡散時間、一分子あたりの蛍光強度、または蛍光偏光度の分析値を取得することができる。
【0030】
ここで得られた分析値は、既知の種々の濃度のsiRNA基準溶液を用いて作成された検量線に基いて、siRNAの濃度の値に変換される。
【0031】
一分子蛍光分析のなかでもFIDA−POが、siRNAの濃度を高い精度で測定するのに特に適していることが本発明で見出されている(後述の実施例の例1参照)。図3に示されるとおり、FIDA−POにより得られる分析値は、siRNAの濃度に依存的であり、とりわけ精度が高く、本発明の方法ではFIDA−POの使用が特に好ましい。
【0032】
以下に、本発明のsiRNA濃度測定方法の利点を記す。
【0033】
・測定の際に核酸抽出物と蛍光標識プローブDNAを混合し、所定の反応(2本鎖の解離とハイブリダイゼーション)を行うだけなので簡便である。
【0034】
・一分子蛍光分析を利用する本発明の方法は、フルオートで行うことが可能であり、共焦点光学系を用いるためにサンプルボリュームは微量であり、その結果サンプルの絶対量が少量で測定が可能であり、短時間の測定が可能である。
【0035】
・ダイナミックレンジが3桁であり、かつ投与されるsiRNAの濃度の好ましい上限(10 nM)が、ダイナミックレンジ内に納まっている。
【0036】
・測定対象物のsiRNAを蛍光標識したり、PCRで増幅したり化学的操作を行わないため、原理的に再現性や精度が高い。
【0037】
・測定に際し、蛍光標識オリゴヌクレオチドを微量用いるだけなので安価な測定方法である。
【0038】
・多色蛍光標識を行えば、同時に多検体のデータを得ることができる。
【実施例】
【0039】
例1
<目的>in vitroでsiRNAの濃度測定が可能かどうかの検討
<方法>
以下の2本鎖siRNA(配列番号1および2)を測定対象として使用し、以下の蛍光標識1本鎖DNA(配列番号3)をプローブとして使用した。2本鎖siRNAと蛍光標識1本鎖DNAを100 mM NaCl を含むTEバッファ中で混合した。それぞれの濃度の組み合わせを表1に示す。
【0040】
siRNAセンス鎖
5'-CUUACGCUGAGUACUUCGAdTdT-3'(配列番号1)
siRNAアンチセンス鎖
5'-UCGAAGUACUCAGCGUAAGdTdT-3'(配列番号2)
蛍光標識DNA
5'-TAMRA-AACTTACGCTGAGTACTTCGATT-3'(配列番号3)。
【表1】

【0041】
混合溶液に以下のような温度変化を与えて、2本鎖siRNAの1本鎖への解離とハイブリダイゼーションを行なった。温度変化はMJ Research社のPTC-200を用いて行なった。
【0042】
95℃5分
↓0.1℃/秒
90℃5分
↓0.1℃/秒
80℃10分
↓0.1℃/秒
70℃10分
↓0.1℃/秒
60℃10分
↓0.1℃/秒
50℃10分
↓0.1℃/秒
40℃10分
↓0.1℃/秒
30℃10分
↓0.1℃/秒
20℃ ∞。
【0043】
反応後、一分子蛍光分析システムMF20(オリンパス)でFCS、FIDA、FIDA-PO計測を行った。反応条件は全て543nm、100μWで15秒5回である。ビームスキャナは使用しなかった。
【0044】
<結果>
FCS、FIDA、FIDA-PO計測の結果を、それぞれ図1、2、3に示す。なお、図1〜3は、対数グラフであるため、siRNAが0 nMの場合のデータを、グラフ上0.001 nMとしてプロットした。
【0045】
計測の結果、全ての計測メソッドで濃度依存的な計測値変化を検出することができた。どのメソッドでも0.1nM〜50nMの範囲がとりわけ定量に向いている範囲であった。検量線として、最も感度が高かったのは、FIDA-POであった。プローブ濃度に関しては0.5nMの一番薄いものが低濃度のsiRNAでも検出しやすいように見えた。
【0046】
例2
<目的>培養細胞からの核酸抽出物で、siRNAの濃度測定が可能かどうかの検討
<方法>
(1)培養細胞に対するsiRNAのtransfectionと抽出
培養細胞 A549(ヒト肺がん由来)に対して20nM(25pmol)もしくは40nM(50pmol)のsiRNA(GL3)を導入後、24時間、48時間、72時間後ごとに細胞を回収した。回収した細胞はグアニジン-βMEに溶解後、シュレッダーを使いDNAを短鎖化、更に水飽和フェノール抽出をすることで、タンパク質とDNAを除去し、エタノール添加により沈殿を形成させた。同時にネガティブコントロールとして未処理の培養細胞からも抽出を行い、エタノール沈殿を形成させた。
【0047】
(2)エタノール沈殿からの再溶解とMF20による定量
エタノール沈殿を15000rpm、30分の遠心処理をした。エタノールを除去後、再度70%エタノールで沈殿を洗浄した。室温で数時間置いて風乾させた後、30μlのRNase-free水に再溶解した。再溶解した溶液中に含まれるsiRNAを蛍光標識1本鎖DNAとハイブリダイゼーションさせて、並進拡散時間や蛍光偏光度の変化を測定した。同時にsiRNAを蛍光標識1本鎖DNAとハイブリダイゼーションさせて検量線を作成し、再溶解した抽出液中のsiRNAの検量を行なった。
【0048】
細胞への導入および検量線の作成に用いたsiRNA、および蛍光標識1本鎖DNAを以下に記す。
【0049】
siRNAセンス鎖
5'-CUUACGCUGAGUACUUCGAdTdT-3'(配列番号1)
siRNAアンチセンス鎖
5'-UCGAAGUACUCAGCGUAAGdTdT-3'(配列番号2)
蛍光標識DNA
5'-TAMRA-AACTTACGCTGAGTACTTCGATT-3'(配列番号3)。
【0050】
検量線作成用には、以下のような濃度系列のsiRNAを含む溶液を準備した。
【表2】

【0051】
再溶解した溶液中のsiRNAの検出には、混合溶液30μlに対して6μlの再溶解した溶液が含まれるように混合した。どちらの反応系でもハイブリダイゼーション用のバッファは100mM NaCl/TEである。温度変化はMJ Research社のPTC-200を用いて行なった。
【0052】
95℃5分
↓0.1℃/秒
90℃5分
↓0.1℃/秒
80℃10分
↓0.1℃/秒
70℃10分
↓0.1℃/秒
60℃10分
↓0.1℃/秒
50℃10分
↓0.1℃/秒
40℃10分
↓0.1℃/秒
30℃10分
↓0.1℃/秒
20℃ ∞。
【0053】
反応後に一分子蛍光分析システムMF20(オリンパス)でFIDA-PO計測を行った。反応条件は全て543nm、100μWで15秒5回である。ビームスキャナは使用しなかった。
【0054】
<結果>
表3は、検量線用に作成したsiRNAの濃度と各計測値の関係を示す。なお、対数グラフ作成の都合上、siRNA濃度0 nMの点は、0.001 nMと表記した。
【表3】

【0055】
例1の結果と同様に計測した濃度の範囲内で、siRNAの濃度増加依存的に蛍光偏光度が増加していることが分かる。
【0056】
この計測データを元に、検量線を作成した。検量線は以下のように作成した。
【0057】
1.ハイブリダイゼーションの反応を次のような平衡反応であると仮定した。
【数1】

【0058】
2.Kd値、bottom値、top値を定数として、以下の式が成立すると考えフィッティングを行なった。
【数2】

【0059】
図4は、フィッティング結果を示す。図4において、各点は計測値を示し、曲線は、フィッティングによって得られた検量線を示す。図4に示したように計測値をフィッティング曲線に近似させることができた。Kd = 5.27±1.48nMであった。この曲線を検量線として、再溶解した抽出液中のsiRNAの濃度を計算した。
【0060】
図5は、再溶解した抽出液を用いてFIDA-PO計測を行った時の結果を示す。siRNA処理した全てのサンプルで未処理(NT)の抽出物に対して、蛍光偏光度の増加が検出された。蛍光偏光度の増加は20nM、40nMのどちらでも処理後24時間と48時間の方が72時間よりも高い値を示した。
【0061】
次に計測サンプルに対して、検量線を元に濃度計算を行った。以下の表4に示したようにsiRNAの濃度が計算された。未処理のサンプルよりもsiRNAをtransfectionしたサンプルで高い濃度として計算された。siRNAをtransfectionしたサンプルでは、1nM〜10nMの間の値を示した。
【表4】

【0062】
例3
<目的>特異的な対象siRNAの濃度測定が可能かどうかの検討
(1)試験管内のサンプルを用いた定量実験
<方法>
実験に用いたsiRNA(GL3およびNS)、および各siRNAの濃度を測定するための蛍光標識1本鎖DNAを以下に示す。
【0063】
siRNA(GL3)センス鎖
5'-CUUACGCUGAGUACUUCGAdTdT-3'(GL3)(配列番号1)
siRNA(GL3)アンチセンス鎖
5'-UCGAAGUACUCAGCGUAAGdTdT-3'(GL3)(配列番号2)
蛍光標識DNA(GL3用)
5'-TAMRA-AACTTACGCTGAGTACTTCGATT-3'(GL3)(配列番号3)
siRNA(NS)センス鎖
5'-UUCUCCGAACGUGUCACGUdTdT-3'(NS)(配列番号4)
siRNA(NS)アンチセンス鎖
5'-ACGUGACACGUUCGGAGAAdTdT-3'(NS)(配列番号5)
蛍光標識DNA(NS用)
5'-TAMRA-AATTCTCCGAACGTGTCACGTTT-3'(NS)(配列番号6)。
【0064】
GL3とNSの2種類のsiRNAに対してそれぞれに相補的な配列を持つ蛍光標識1本鎖DNAプローブを用いて、試験管内で定量可能かどうかを検討した。また、プローブとsiRNAの配列が異なる組み合わせを用いて(GL3プローブとNS siRNAの組合せ、およびNSプローブとGL3 siRNAの組合せを用いて)特異性を検証した。プローブの配列、siRNAの配列は上述の通りである。2nMのプローブと幾つかの濃度系列のsiRNAを100mM NaCl を含むTEバッファ中(ハイブリダイゼーション用バッファ)で混合した。混合後、MJ Research社のPTC-200を用いて温度変化を与えた。温度変化と時間は例1および2と同様である。その後、一分子蛍光分析システムMF20(オリンパス)を用いてFIDA-PO計測を行った。計測条件は全て543nm、100μWで15秒5回である。以後の実験でも全て同様の温度変化と計測条件を採用している。
【0065】
<結果>
図6に示したようにそれぞれのプローブに対して同じ配列を持つsiRNAを混合した時には、siRNAの添加濃度依存的に蛍光偏光度が増加しているのが分かる。それに対して、プローブと異なる配列のsiRNAを混合した時には蛍光偏光度が変化していなかった。すなわち、GL3プローブに対してGL3 siRNAを混合した時には、GL3 siRNAの添加濃度依存的に蛍光偏光度が増加しているのが分かる。それに対して、GL3プローブに対してNS siRNAを混合した時には蛍光偏光度は変化していない。同様にNSプローブに対してNS siRNAを混合した時にはNS siRNAの添加濃度依存的に蛍光偏光度が増加しており、GL3 siRNAを混合した時には蛍光偏光度は変化していない。このことから両方のプローブ共に特異的にそれぞれのsiRNAを検出できることが分かった。
【0066】
(2)培養細胞に対するsiRNAの導入と抽出
<方法>
培養細胞 A549(ヒト肺がん由来)に対して40nM(25pmol)のsiRNA(GL3もしくはNS)を導入(コントロールとして未処理(NT)サンプルもあり)後、6時間、12時間、24時間、48時間、72時間後ごとに細胞を回収した。回収した細胞はグアニジン-βMEに溶解後、シュレッダーを使いDNAを短鎖化(比較実験としてシュレッダーを使っていないサンプルもあり)、さらに水飽和フェノール抽出をすることで、タンパク質とDNAを除去し、エタノール添加により沈殿を形成させた。
【0067】
サンプルの種類を、以下の表5に示す。
【表5】

【0068】
各サンプル中のsiRNA濃度を、上記GL3プローブ(配列番号3)およびNSプローブ(配列番号6)のそれぞれを用いて、上述のとおり測定した。
【0069】
<結果>
図7は、siRNA抽出液に対しFIDA-PO計測を行った結果を示す。図7(a)は、GL3プローブを用いて行った測定の結果を示し、図7(b)は、NSプローブを用いて行った測定の結果を示す。図7に示されるとおり、GL3 siRNAを投与した細胞サンプルでは、GL3プローブを用いてGL3 siRNAの存在が検出され、NS siRNAを投与した細胞サンプルでは、NSプローブを用いてNS siRNAの存在が検出された。これら計測結果に対して、検量線を元にsiRNAの濃度計算を行った。その結果を図8に示す。図8(a)は、図7(a)の測定結果に対するsiRNAの濃度計算結果であり、図8(b)は、図7(b)の測定結果に対するsiRNAの濃度計算結果である。図8に示したように、細胞内のsiRNAの濃度が計算された。
【0070】
シュレッダーの有無によるsiRNA量や総核酸量にはほとんど差がなかった。このことからどちらの実験ステップでもsiRNAの定量には問題がないと考えられる。
【0071】
例4
<目的>測定範囲の上限値の検討
<方法>
例1の図3、例2の表3、および例3の図6に示される結果から、siRNAの添加濃度に応じて蛍光偏光度が増加していることが分かる。しかしながら、最大添加量でも値が飽和しているかどうかは不明である。蛍光偏光度の最大値を知ることは検量線作成の上でも注意をする必要がある。ここで確認のために、200nM(図6での最大添加濃度)以上の添加量で蛍光偏光度がどのように変化するかを調べた。
【0072】
<結果>
図9に示したように、それぞれの蛍光標識DNAプローブに対して同じ配列を持つsiRNAを添加した場合、siRNAの濃度が100nM以上では蛍光偏光度に大きな増加は見られなかった。このことから例1の図3、例2の表3、および例3の図6に示される結果では、最大添加量である100nM〜200nMにおいて蛍光偏光度の値が飽和していたことが分かった。
【0073】
例5
これまでの検討では、1対1結合のみを考慮に入れたフィッティングにより検量線を作成した。そこで対数グラフを元にした線形フィッティングと前回のフィッティングを同時に行ない比較した。1対1結合のみを考慮にいれた反応式と添加濃度と並進拡散時間(もしくは蛍光偏光度)の関係式は以下の通りである。
【数3】

【0074】
比較に使ったデータは、例3の図6(a)のグラフを作成したときのデータである。線形フィッティングではsiRNAの添加濃度が0.05nM〜200nMの範囲内のもののみを考慮にいれた。
【0075】
図10(a)のグラフは、1対1結合のみを考慮に入れたフィッティングの結果、作成した検量線を示し、図10(b)のグラフは、線形フィッティングの結果、作成した検量線を示す。定量に使う検量線は対数グラフを線形フィッティングすることでも精度良く行なえることが分かった。線形フィッティングは、フィッティング自体がExcelで行なうことができ簡便である。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】種々の濃度のsiRNAを用いてFCS計測を行った結果を示すグラフ。
【図2】種々の濃度のsiRNAを用いてFIDA計測を行った結果を示すグラフ。
【図3】種々の濃度のsiRNAを用いてFIDA-PO計測を行った結果を示すグラフ。
【図4】FIDA-PO計測データを基に作成した検量線を示すグラフ。
【図5】siRNAを投与した細胞サンプルについてFIDA-PO計測を行った結果を示すグラフ。
【図6】蛍光標識プローブDNA(GL3用)を用いてGL3 siRNAまたはNS siRNAの蛍光偏光度を測定した結果を示すグラフ(a)、および蛍光標識プローブDNA(NS用)を用いてNS siRNAまたはGL3 siRNAの蛍光偏光度を測定した結果を示すグラフ(b)。
【図7】蛍光標識プローブDNA(GL3用)を用いて細胞サンプル中のsiRNAの蛍光偏光度を測定した結果を示すグラフ(a)、および蛍光標識プローブDNA(NS用)を用いて細胞サンプル中のsiRNAの蛍光偏光度を測定した結果を示すグラフ(b)。
【図8】図7(a)の測定結果に対して、検量線を元にsiRNAの濃度計算を行った結果を示すグラフ(a)、および図7(b)の測定結果に対して、検量線を元にsiRNAの濃度計算を行った結果を示すグラフ(b)。
【図9】0〜2000 nMの濃度のGL3 siRNAの蛍光偏光度を測定した結果を示すグラフ(a)、および0〜2000 nMの濃度のNS siRNAの蛍光偏光度を測定した結果を示すグラフ(b)。
【図10】1対1結合のみを考慮に入れたフィッティングの結作成した検量線を示すグラフ(a)、および線形フィッティングの結果作成した検量線を示すグラフ(b)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
siRNAを投与した生体試料から調製された核酸抽出物を含む被検溶液において、siRNAの二本鎖を解離させ、その後、解離した一本鎖のsiRNAに、siRNAの二本鎖の一方の鎖に相補的な配列を含む蛍光標識プローブDNAをハイブリダイズさせる第一の工程と、
第一の工程後の被検溶液に対して一分子蛍光分析を行い、分析値を取得する第二の工程と、
既知の種々の濃度のsiRNAを含む基準溶液を用いて作成された検量線に基いて、第二の工程で取得した分析値からsiRNAの濃度を算出する第三の工程と
を含む、一分子蛍光分析によるsiRNAの濃度測定方法。
【請求項2】
前記蛍光標識プローブDNAの濃度が0.5〜10 nMである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記蛍光標識プローブDNAの濃度が0.5〜2 nMである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記一分子蛍光分析がFIDA−PO(Fluorescence Intensity Distribution Analysis-polarization)であり、前記分析値が蛍光偏光度の値である、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記一分子蛍光分析がFIDA−POであり、前記分析値が蛍光偏光度の値である、請求項2または3に記載の方法。
【請求項6】
前記第一の工程が、
(1)被検溶液を95〜100℃で2〜10分の条件に置くことにより、siRNAの二本鎖を解離させること、その後
(2)95〜100℃から出発して、以下の(i)〜(iii)により被検溶液の温度を段階的に低下させ:
(i)一秒あたり0.05〜0.2℃の温度低下による計5〜10℃の温度低下、
(ii)前記(i)で低下させた温度で5〜10分の静置、
(iii)前記(i)と(ii)の7〜19サイクルの繰返し、
最終的に被検溶液を4〜25℃にすることより、解離した一本鎖のsiRNAと蛍光標識プローブDNAとをハイブリダイズさせること
により行われる、請求項1〜5の何れか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記第一の工程が、
(1)被検溶液を95℃で5分の条件に置くことにより、siRNAの二本鎖を解離させること、その後
(2)95℃から出発して、以下の(i)〜(v)により被検溶液の温度を段階的に低下させ:
(i)一秒あたり0.1℃の温度低下による計5℃の温度低下、
(ii)前記(i)で低下させた温度で5分の静置、
(iii)前記(i)で低下させた温度から一秒あたり0.1℃の温度低下による計10℃の温度低下、
(iv)前記(iii)で低下させた温度で10分の静置、
(v)前記(iii)と(iv)の7サイクルの繰返し、
最終的に被検溶液を20℃にすることより、解離した一本鎖のsiRNAと蛍光標識プローブDNAとをハイブリダイズさせること
により行われる、請求項1〜5の何れか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記蛍光標識プローブDNAが、siRNAの二本鎖の一方の鎖に相補的な配列から成る、請求項1〜7の何れか1項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−256011(P2010−256011A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−218770(P2007−218770)
【出願日】平成19年8月24日(2007.8.24)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】