説明

一方向クラッチのグリース膜厚さ測定方法および測定装置

【課題】 噛み合い滑りを評価することを可能とした一方向クラッチのグリース膜厚さ測定方法および測定装置を提供する。
【解決手段】 ころの移動を変位センサで測定して、変位センサの出力波形(A+B+C)からころの変位の位相同期成分Bを減算することでころの変位の回転変動同期成分(A+C)を求め、ころが弾性変形無しで噛み合っている位置を基準とするころの変位の回転変動同期成分Aをグリース膜厚さ計算用のころの変位とし、このグリース膜厚さ計算用のころの変位をくさび角を使ってグリース膜厚さに換算する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、一方向クラッチのグリース膜厚さ測定方法および測定装置、さらに詳しくは、低温時における一方向クラッチの噛み合い滑りの解消に寄与可能な一方向クラッチのグリース膜厚さ測定方法および測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
外輪、内輪、両輪間に配された複数のころ、各ころを噛み込み方向へ付勢する付勢部材および複数のころを保持する保持器を備え、両輪間に形成されたくさび状空間に配置されたころが移動することで空転と噛み合いとが切り替わるようになされている一方向クラッチは、従来より知られている(特許文献1)。
【0003】
このようなころ式の一方向クラッチでは、その機能不具合の一つに、低温時に発生する「噛み合い滑り」がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−156075号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
「噛み合い滑り」は、低温雰囲気において、回転変動が大きいとき、一方向クラッチ噛み合い部に高粘度グリースが存在することにより発生するものと考えられる。しかしながら、従来、一方向クラッチの噛み合い滑りと関連づけ可能なグリース膜状態(厚さ)を確認するような測定方法は、知られていなかった。
【0006】
この発明の目的は、噛み合い滑りを評価することを可能とした一方向クラッチのグリース膜厚さ測定方法および測定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明による一方向クラッチのグリース膜厚さ測定方法は、外輪、内輪、両輪間に配された複数のころ、各ころを噛み込み方向へ付勢する付勢部材および複数のころを保持する保持器を備え、両輪間に形成されたくさび状空間に配置されたころが移動することで空転と噛み合いとが切り替わるようになされている一方向クラッチのころと外輪または内輪との間にあるグリース膜の厚さを測定する方法であって、ころの移動を変位センサで測定して、変位センサの出力波形から一方向クラッチにラジアルすきまが存在していることによって生じるころの変位の位相同期成分を減算することでころの変位の回転変動同期成分を求め、ころが弾性変形無しで噛み合っている位置を基準とするころの変位の回転変動同期成分をグリース膜厚さ計算用のころの変位とし、このグリース膜厚さ計算用のころの変位をくさび角を使ってグリース膜厚さに換算することを特徴とするものである。
【0008】
この発明による一方向クラッチのグリース膜厚さ測定装置は、外輪、内輪、両輪間に配された複数のころ、各ころを噛み込み方向へ付勢する付勢部材および複数のころを保持する保持器を備え、両輪間に形成されたくさび状空間に配置されたころが移動することで空転と噛み合いとが切り替わるようになされている一方向クラッチのころと外輪または内輪との間にあるグリース膜の厚さを測定する装置であって、ころの変位を測定する変位測定手段と、外輪の回転速度を検出する外輪回転速度検出手段と、内輪の回転速度を検出する内輪回転速度検出手段と、外輪または内輪の回転位相を検出する回転位相検出手段と、外輪の回転速度、内輪の回転速度および外輪または内輪の回転位相を処理してころの変位の回転変動同期成分を求め、これをグリース膜厚さに換算する処理手段とを備えていることを特徴とするものである。
【0009】
この発明が対象とするころ式の一方向クラッチでは、潤滑はグリースによって行われており、その粘度や厚さによって、噛み合い性能が変化することが知られている。一方向クラッチでは、空転時には、グリース膜厚さ大の状態となっており、グリース巻き込みが起きており、相対速度がゼロとなる前すなわち噛み合い直前には、グリース膜厚さが減少し、グリースの供給が停止している。そして、この後に噛み合った場合、グリース膜が切れることになるが、グリース膜が残った場合には、噛み合い滑りが生じる。しかしながら、従来、このようなグリース膜の存在の有無(グリース膜厚さ)を測定する方法は知られておらず、噛み合い滑りの対策が困難となっている。
【0010】
この発明は、ころの移動を変位センサで測定し、得られたころの変位をグリース膜厚さに換算することにより、グリース膜厚さを測定可能とするものである。グリース膜厚さを求めるに際し、変位センサ(またはギャップセンサ)で測定できるのは、グリース膜厚さ方向の距離ではなく、付勢部材の付勢方向のころの変位となる。したがって、ころの基準位置(噛み合い位置)からの変位をK、くさび角をθとして、Y=Ksinθによって、グリース膜厚さYを求めることにする。変位センサで検出されるころの変位には、グリース膜厚さ計算用として必要な変位(回転変動同期成分)以外に、一方向クラッチにラジアルすきまが存在していることによって生じるころの変位(位相同期成分)が含まれるので、この位相同期成分を例えば無負荷で一方向クラッチを回転させることで求め、変位センサの出力波形からころの変位の位相同期成分を減算することでころの変位の回転変動同期成分を求めるものとする。こうして得られたころの変位の回転変動同期成分には、噛み合い位置においてころが弾性変形する分も含まれるので、ころが弾性変形無しで噛み合っている位置を基準とするころの変位の回転変動同期成分をグリース膜厚さ計算用のころの変位とし、このグリース膜厚さ計算用のころの変位をくさび角を使ってグリース膜厚さに換算することでグリース膜厚さを得ることができる。
【0011】
ころの移動を変位センサで測定するに際しては、一方向クラッチでの使用条件(例えば、プーリの速度が変動するなど)を模した条件が付与される。測定に使用される一方向クラッチは、例えば保持器に変位センサを埋め込んだ専用のものとされる。変位測定手段としての変位センサは、例えば渦電流式のものとされるが、これに限定されるものではない。外輪の回転速度を検出する外輪回転速度検出手段、内輪の回転速度を検出する内輪回転速度検出手段および外輪または内輪の回転位相を検出する回転位相検出手段は、例えば、パルス検出ギヤおよびこのパルスを検出する電磁ピックアップなどからなるものとされるが、これに限定されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、この発明による一方向クラッチのグリース膜厚さ測定方法および測定装置が対象とする一方向クラッチの1例の一部を示す横断面図である。
【図2】図2は、一方向クラッチの空転と噛み合いとの切り替わりを説明する図である。
【図3】図3は、一方向クラッチの空転と噛み合いとの切り替わりとグリース膜状態との関係を説明する図である。
【図4】図4は、この発明による一方向クラッチのグリース膜厚さ測定方法および測定装置の変位センサ設置位置を示す図である。
【図5】図5は、一方向クラッチのくさび角、ころの変位およびグリース膜厚さの関係を示す図である。
【図6】図6は、この発明による一方向クラッチのグリース膜厚さ測定装置を示す図である。
【図7】図7は、この発明による一方向クラッチのグリース膜厚さ測定方法を説明するフローチャートである。
【図8】図8は、この発明による一方向クラッチのグリース膜厚さ測定方法および測定装置によって得られる変位センサの出力を示す図である。
【図9】図9は、この発明による一方向クラッチのグリース膜厚さ測定方法および測定装置で求められるころの変位のうちの位相同期成分を示す図である。
【図10】図10は、この発明による一方向クラッチのグリース膜厚さ測定方法および測定装置で求められるころの変位のうちの回転変動同期成分を示す図である。
【図11】図11は、この発明による一方向クラッチのグリース膜厚さ測定方法および測定装置で求められるころの変位と噛み合い滑りとの関係を示す図で、正常時のものである。
【図12】図12は、この発明による一方向クラッチのグリース膜厚さ測定方法および測定装置で求められるころの変位と噛み合い滑りとの関係を示す図で、噛み合い滑り発生時のものである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照して、この発明の実施形態について説明する。
【0014】
図1は、この発明による一方向クラッチのグリース膜厚さ測定方法およびグリース膜厚さ測定装置が対象とする一方向クラッチの一部を示しており、一方向クラッチ(1)は、円筒形のプーリ(外輪)(11)と、多角形状に形成されてこの部分がカム面(13)とされた中空状のシャフト(内輪)(12)と、カム面(13)とプーリ(11)の内周面とで形成されたくさび状空間(14)に配置されたころ(15)と、ころ(15)を保持する環状の保持器(16)と、ころ(15)をくさび状空間(14)の狭い側(ロック側)へ付勢するコイルばね(付勢部材)(17)とを備えている。コイルばね(17)は、くさび状空間(14)方向に突出するように保持器(16)に設けられた突起(18)に装着されている。
【0015】
一方向クラッチ(1)は、例えば自動車などのエンジンのクランクシャフトからベルトを介して駆動されるエンジン補機に装備するプーリユニットなどに内蔵される。エンジン補機としては、例えば、自動車のエアコンディショナ用圧縮機,ウォーターポンプ,オルタネータ,冷却ファン,クランクプーリなどがある。例えば、オルタネータでは、プーリがエンジンのクランクシャフトによりベルトを介して回転駆動されるため、クランクシャフトの回転数が低下するとオルタネータの発電効率が低下するが、一方向クラッチ(1)を内蔵したものとすることにより、図2に示すように、プーリ(11)の回転速度が低下した場合には、一方向クラッチ(1)が空転状態となって、シャフト(12)に固定されているオルタネータのロータ軸は、プーリ(11)とは結合されていない状態で回転を続け、この後、プーリ回転速度が増加し、シャフト回転速度を超えた場合には、オルタネータが一方向クラッチ(1)を介してプーリ(11)と結合して、プーリ回転速度がオルタネータの回転速度になる。こうして、プーリ(11)の回転数が低下するときにオルタネータのロータ軸を自身の慣性力によって回転数を高域に維持させるように一方向クラッチ(1)を機能させることができるので、発電効率の向上に貢献できるようになる。また、クランクシャフトからの回転変動とオルタネータのロータ軸の慣性力とにより、ベルトにストレスがかかってベルト寿命が低下したり、スリップによる騒音が発生したりすることを防止できる。
【0016】
図2に示すように、一方向クラッチ(1)では、シャフト(11)の回転速度がプーリ(11)の回転速度よりも大きい空転時(相対速度が異なる)と、プーリ(11)の回転速度がシャフト(11)の回転速度に一致する噛み合い時と、これらの切り替わりの境界となる噛み合い直前(相対速度ゼロ前)との3状態がある。これに対応し、空転時には、図3(a)に示すように、ころ(15)がプーリ(11)から離れており、ころ(15)とプーリ(11)との間にグリース(G)が巻き込まれて、ころ(15)とプーリ(11)との間のグリース膜厚さが大となっている。噛み合い直前では、図3(b)に示すように、グリース(G)の巻き込みが無くなり、ころ(15)とプーリ(11)との間のグリース膜厚さが減少した状態となる。噛み合い時には、図3(d)に示すように、ころ(15)がプーリ(11)に当接し、グリース膜が切れることになる。ここで、グリース膜が切れれば、問題がないが、ばね力が弱いことおよび低温のためグリース(G)の粘度が高いことなどにより、図3(c)に示すように、グリース巻き込み(G')が残って、グリース膜を十分に切ることができない場合には、噛み合い滑りが生じることになる。
【0017】
そこで、図4に示すように、変位センサ(22)を使用して、ころ(15)の移動を測定し、ころ(15)の変位を求め、図5に示す関係を用いて、ころ(15)の変位をグリース膜厚さに換算すれば、グリース膜厚さを求めることができることになる。図5において、グリース膜厚さは、ころ(15)の変位(噛み合い位置にあるころ(15)を基準とした変位)と関係があり、これに着目すると、ころ(15)の変位をK、くさび角をθとして、Y=Ksinθによって、グリース膜厚さYを求めることができることが分かる。
【0018】
ただし、ころ(15)の変位を変位センサ(ギャップセンサ)(22)で測定する場合、変位センサ(22)の出力には、一方向クラッチ(1)が回転することによって生じる変位の位相同期成分が含まれる。また、噛み合い位置にあるころ(15)を基準とした変位を求めるには、噛み合い位置にあるころ(15)が弾性変形している分を考慮して、弾性変形していない噛み合い位置を基準にする必要がある。
【0019】
以下に、オルタネータ用で使用される一方向クラッチ(1)に適用するグリース膜厚さ測定方法およびこれを行うための測定装置を示す。
【0020】
図6は、上記の考えに基づいてグリース膜厚さを求めるための測定装置であり、グリース膜厚さ測定装置(21)は、駆動プーリ(図示略)にベルト(35)を介して結合された一方向クラッチ(1)と、一方向クラッチ(1)に設けられた変位センサ(変位測定手段)(22)と、一方向クラッチ(1)のプーリ(11)に取り付けられたプーリ(外輪)回転検出用パルス検出ギヤ(23)と、一方向クラッチ(1)のシャフト(12)に取り付けられたシャフト(内輪)回転検出用パルス検出ギヤ(24)と、一方向クラッチ(1)のシャフト(12)に取り付けられた回転位相パルス検出用パルス検出ギヤ(25)と、プーリ回転検出用パルス検出ギヤ(23)のパルスを検出するプーリ回転検出用電磁ピックアップ(26)と、シャフト回転検出用パルス検出ギヤ(24)のパルスを検出するシャフト回転検出用電磁ピックアップ(27)と、回転位相パルス検出用パルス検出ギヤ(25)のパルスを検出する回転位相パルス検出用電磁ピックアップ(28)と、変位センサ(22)の出力を電圧に変換する変位センサ変換器(29)と、プーリ回転検出用電磁ピックアップ(26)の出力を電圧に変換するFV変換器(30)と、シャフト回転検出用電磁ピックアップ(27)の出力を電圧に変換するFV変換器(31)と、変位センサ変換器(29)および各FV変換器(30)(31)から入力された波形を処理する波形測定器(32)と、解析用のパソコン(33)とを備えている。
【0021】
この測定装置(21)によると、変位センサ(22)によってころ(15)の変位が求められ、プーリ(11)に取り付けられた位相検出ギヤ(23)に臨まされた電磁ピックアップ(26)によってプーリ回転速度が求められ、シャフト(12)に取り付けられた位相検出ギヤ(24)に臨まされた電磁ピックアップ(27)によってシャフト回転速度が求められ、回転位相パルス検出用パルス検出ギヤ(25)に臨まされた電磁ピックアップ(28)によって回転位相パルスが求められる。
【0022】
変位センサ(22)は、ころ(15)の外周面に対して空隙を介した状態で保持器(16)に埋め込まれて、コイルばね(17)の付勢方向のころ(15)の変位を検出する。変位センサ(22)の出力は、スリップリング(36)を介して変位センサ変換器(29)に出力されている。変位センサ(22)は、ころ(15)の外周面を検出して、これを変位センサ変換器(29)を介して波形測定器(32)に出力する。プーリ回転検出用電磁ピックアップ(26)は、プーリ(11)の回転に応じて生成されるパルス信号をFV変換器(30)を介して波形測定器(32)に出力する。シャフト回転検出用電磁ピックアップ(27)は、シャフト(12)の回転に応じて生成されるパルス信号をFV変換器(31)を介して波形測定器(32)に出力する。回転位相パルス検出用パルス検出ギヤ(25)は、シャフト(12)の1回転に付き1つのパルス信号を出力するようになっており、回転位相パルス検出用電磁ピックアップ(28)は、シャフト(12)の1回転に付き1つのパルス信号を波形測定器(32)に出力する。
【0023】
波形測定器(32)は、各変換器(29)(30)(31)の出力波形を表示するとともに、これをデジタル値に変換してパソコン(33)に出力する。波形測定器(32)およびパソコン(33)は、処理手段を構成し、パソコン(33)は、波形測定器(32)から得られるデータに基づいて、ころ(15)の変位を求めて、これをグリース膜厚さに換算する。
【0024】
上記測定装置(21)を使用してグリース膜厚さを求めるには、図7に示すステップにしたがって行えばよい。
【0025】
すなわち、まず、一方向クラッチ(1)の使用条件を模した条件を付与してころ(15)の変位(第1のセンサ出力)を変位センサ(22)によって求める(S1)。この第1のセンサ出力は、3波形が混成したもの(A波形+B波形+C波形)となっている。次いで、変位センサ(22)によって無負荷条件でのころ(15)の変位(第2のセンサ出力)を求める(S2)。この第2のセンサ出力は、3波形が混成したもの(A波形+B波形+C波形)のうちB波形(位相同期成分)に対応するものとなっている。次いで、ころ(15)の変位を第1のセンサ出力の周期に合うように置換してB’波形を求める(S3)。次いで、第1のセンサ出力(A波形+B波形+C波形)からB’波形を減算することで、(A波形+C波形)を求める(S4)。(A波形+C波形)は、回転変動同期成分となっている。次いで、(A波形+C波形)をころ(15)の基準位置よりプラス側(A波形)とマイナス側(C波形)とに分ける(S5)。C波形は、噛み合いによる弾性変形に基づく変位であり、A波形がグリース膜厚さ計算用の変位である。次いで、このA波形を使用してグリース膜厚さに換算する(S6)。グリース膜厚さを求めるには、図5に示したように、くさび角を使用してA波形をグリース膜厚さに換算すればよい。
【0026】
一方向クラッチ(1)の使用条件を模した条件は、例えば、表1に示したようなものとされる。
【表1】

【0027】
図8に、実際の測定結果の1例を示す。ここで得られるころ(15)の変位波形には、上記のように、A、BおよびCで示す3つの変位が含まれている。Aは、グリース巻き込み(グリース膜形成)+ばね力による(グリース膜切れ)動きによるもので、これが求めたいグリース膜厚さ計算用変位である。Bは、ラジアルすきまによるベルト負荷圏・非負荷圏での動きによるもので、Cは、噛み合いによる弾性変形である。AおよびCは、回転変動同期成分(プーリ回転=エンジン回転変動に同期する成分)で、Bは、位相同期成分である。したがって、変位センサ(22)の出力であるA+B+Cの波形からBの波形を減算することで、A+Cの波形を得ることができ、このA+Cの波形に、噛み合いによる弾性変位がゼロとなる線を設定することで、Aの波形とCの波形とを分離することができる。
【0028】
そこで、Bの波形を求めることが必要となる。これには、回転速度一定で一方向クラッチ(1)(オルタネータ)が無負荷状態という条件で、ころ(15)の変位を測定する。この測定結果は、例えば、図9の下側に示したものとなる。ここで、この測定におけるBの波形の周期と求めたいAが含まれているA+B+Cの波形の周期とは、通常、一致していないので、A+B+Cの波形からBの波形を減算するに際しては、Bの波形の周期をA+B+Cの波形の周期に合わせる必要がある。そこで、Bの波形は、図9の上側に示すように、A+B+Cの波形の周期と同じになるB’波形に置換される。そして、こうして得られた図9の上側のB’波形を図8の波形から減算することで、変位センサ(22)の出力から位相同期成分が減算されて、図10に示す回転変動同期成分A+Cだけの波形となる。
【0029】
なお、上記図9の上側の波形(B’波形)は、式y=a・sin(Δ(ωt)+Φ)と表すことができる。a:片振幅、ω:シャフト回転速度(rad/s)、t:サンプリング時間、Φ:位相調整であり、また、ω=(2π・n)/60、n:シャフト回転速度(r/min)、Φ=Max.Δ(ωt)−π/2である。
【0030】
上記の測定原理に従って行った実測定の結果を図11および図12に示す。図11は、正常に噛み合いが行われたもの、図12は、噛み合い滑りが発生したものである。
【0031】
図11(a)および図12(a)において、「OWCころの挙動」(OWC=一方向クラッチ)として示されているのがA+B+Cの波形であり、また、変位センサ出力0.2mm位置に記されている横軸がA波形とC波形とを分ける線である。図11(b)および図12(b)においては、OWC(一方向クラッチ)のころの挙動から得られたCの波形が「グリース厚さ」として示されている。
【0032】
図11(a)では、プーリ回転速度が周期的に変動し、一方向クラッチが適切に機能することで、シャフト回転速度は、プーリ回転速度と同じ速度の時とこれよりも速い速度の時とが繰り返されるようになっている。ころの変位もプーリ回転速度の変動に対応して変動している。図11(a)に対応する図11(b)では、そのグリース厚さ(グリース膜厚さ)を示す線によって、グリース巻き込み(グリース膜形成)とばね力によるグリース膜切れが繰り返されていることが示されている。
【0033】
一方、図12(a)では、プーリ回転速度が周期的に変動しているのに対応して、初めのうちは、一方向クラッチが適切に機能することで、シャフト回転速度は、プーリ回転速度と同じ速度の時とこれよりも速い速度の時とが繰り返されているが、その後半部分では、シャフト回転速度は、プーリ回転速度が速くなっても、これに対応することなく、さらに、低下を続けていることが分かる。ころの変位もプーリ回転速度の変動に対応せずに、ほとんど動いていないことが分かる。図12(a)に対応する図12(b)では、そのグリース厚さ(グリース膜厚さ)を示す線によって、本来、ばね力によるグリース膜切れとなるべき時に、グリースが残留しており、これにより、噛み合い滑りが発生するときにグリースが残留していることが示されている。
【0034】
このことから、この発明による一方向クラッチのグリース膜厚さ測定装置および測定方法によると、グリース膜切れとグリース膜残留とが区別できるようになって、グリース膜厚さと噛み合い滑りの発生との関係が確かめられ、これにより、特に低温時に生じやすい一方向クラッチの噛み合い滑りの解消に寄与することができる。
【0035】
なお、上記において、一方向クラッチ(1)については、オルタネータ用のものとして説明したが、一方向クラッチ(1)の用途および構成は、上記のものに限定されるものではない。
【符号の説明】
【0036】
(1) 一方向クラッチ
(11) プーリ(外輪)
(12) シャフト(内輪)
(14) くさび状空間
(15) ころ
(16) 保持器
(17) コイルばね(付勢部材)
(21) グリース膜厚さ測定装置
(22) 変位センサ(変位測定手段)
(23) プーリ回転検出用パルス検出ギヤ(外輪回転速度検出手段)
(24) シャフト回転検出用パルス検出ギヤ(内輪回転速度検出手段)
(25) 回転位相パルス検出用パルス検出ギヤ(回転位相検出手段)
(26) プーリ回転検出用電磁ピックアップ(外輪回転速度検出手段)
(27) シャフト回転検出用電磁ピックアップ(内輪回転速度検出手段)
(28) 回転位相パルス検出用電磁ピックアップ(回転位相検出手段)
(32) 波形測定器(処理手段)
(33) パソコン(処理手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外輪、内輪、両輪間に配された複数のころ、各ころを噛み込み方向へ付勢する付勢部材および複数のころを保持する保持器を備え、両輪間に形成されたくさび状空間に配置されたころが移動することで空転と噛み合いとが切り替わるようになされている一方向クラッチのころと外輪または内輪との間にあるグリース膜の厚さを測定する方法であって、
ころの移動を変位センサで測定して、変位センサの出力波形からころの変位の位相同期成分を減算することでころの変位の回転変動同期成分を求め、ころが弾性変形無しで噛み合っている位置を基準とするころの変位の回転変動同期成分をグリース膜厚さ計算用のころの変位とし、このグリース膜厚さ計算用のころの変位をくさび角を使ってグリース膜厚さに換算することを特徴とする一方向クラッチのグリース膜厚さ測定方法。
【請求項2】
ころの変位の位相同期成分を無負荷状態で一方向クラッチを一定速度で回転させることによって得られる変位センサの出力として求めることを特徴とする請求項1の一方向クラッチのグリース膜厚さ測定方法。
【請求項3】
外輪、内輪、両輪間に配された複数のころ、各ころを噛み込み方向へ付勢する付勢部材および複数のころを保持する保持器を備え、両輪間に形成されたくさび状空間に配置されたころが移動することで空転と噛み合いとが切り替わるようになされている一方向クラッチのころと外輪または内輪との間にあるグリース膜の厚さを測定する装置であって、
ころの変位を測定する変位測定手段と、外輪の回転速度を検出する外輪回転速度検出手段と、内輪の回転速度を検出する内輪回転速度検出手段と、外輪または内輪の回転位相を検出する回転位相検出手段と、外輪の回転速度、内輪の回転速度および外輪または内輪の回転位相を処理してころの変位の回転変動同期成分を求め、これをグリース膜厚さに換算する処理手段とを備えていることを特徴とする一方向クラッチのグリース膜厚さ測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2011−236952(P2011−236952A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−107896(P2010−107896)
【出願日】平成22年5月10日(2010.5.10)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】