一般的キナーゼアッセイ法
【課題】エネルギードナーとエネルギーアクセプターの間のエネルギー転移測定による、キナーゼまたはホスファターゼ活性を決定するためのより効率的な方法の提供。
【解決手段】三パートシステムに基づいて、キナーゼまたはホスファターゼ活性を決定する。リン酸化ペプチドに結合することができる結合パートナー(ビーズ上の金属イオン)、検出分子、および基質ペプチドを接触させる段階を含み、活性の測定は、検出分子および基質分子上に存在するエネルギードナー(Ru−発光団)ならびにエネルギーアクセプター(蛍光体)間のエネルギー転移を測定することによって達成される。
【解決手段】三パートシステムに基づいて、キナーゼまたはホスファターゼ活性を決定する。リン酸化ペプチドに結合することができる結合パートナー(ビーズ上の金属イオン)、検出分子、および基質ペプチドを接触させる段階を含み、活性の測定は、検出分子および基質分子上に存在するエネルギードナー(Ru−発光団)ならびにエネルギーアクセプター(蛍光体)間のエネルギー転移を測定することによって達成される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、結合パートナー、検出分子、および基質分子を相互作用させる段階を含む、キナーゼまたはホスファターゼ活性を決定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
分子および上分子集合体の生理的改変は、生体系の構造および調節において主要な役割を果たしている。これらの改変には、中でもリン酸化、環状化、グリコシル化、アシル化、および/または硫酸化が含まれ、改変分子には、中でもポリペプチド、核酸、および/または脂質が含まれてもよい。改変の重要性は、リン酸化および環状化のようなリン酸塩改変に関連する細胞外および細胞内物質が細胞の位置、性質、および活性に影響を及ぼす、細胞シグナル伝達経路において特に明白である。
【0003】
特異的酵素によって触媒されるリン酸化もしくは脱リン酸化、または特異的基質のリン酸化もしくは脱リン酸化を妨害することができる化合物は、それらが特異的シグナル伝達事象を妨害して、したがって、そのような経路の脱調節によって起こる疾患の治療または予防に有用である可能性があることから、興味深い。
【0004】
したがって、特異的シグナル伝達経路を調節することができる化合物をスクリーニングするために、キナーゼまたはホスファターゼ活性を決定する方法を開発することが重要である。
【0005】
特許文献1は、二つのパート、すなわち結合パートナー(BP)およびA->A*に変換される基質分子のシステムに基づいてキナーゼ活性を決定する方法を開示する。一般的に、結合パートナーは、酵素産物に結合して、それ自身、共有または非共有結合の任意の種類の相互作用によって固相、例えばビーズに結合することができる実体である。検出のためには、標識(蛍光体、発光団、アクセプター、またはクエンチャー)をAまたはBPに結合させる。検出法の一覧には、強度、偏光、およびエネルギー転移測定が含まれる。
【0006】
特許文献2は、二つのパート、すなわち好ましくは捕獲された金属イオンを有する高分子である結合パートナーと、リン酸化型から非リン酸化型ペプチドへの変換またはその逆が例えばFRETによって測定されるペプチドAのシステムに基づく基質からのもしくは基質への、基質群の付加または除去を検出する方法を開示している。
【0007】
二パートシステムの一つの欠点は、最適なエネルギー転移のために、所定のBPおよびA*比に関して、ドナーおよびアクセプターの特定の比率が必要である点である。このように、最適なFRET生成のために、BP、AおよびA*を滴定する必要がある可能性がある。
【0008】
しかしながら、BP、AおよびA*の最適な比率は一般的に、一方でA*に関するBPの結合能およびそれぞれの結合定数によって影響を受け、同様に他方で対象標的に関する酵素反応の速動性パラメータによって影響を受ける。したがって、二パートシステムにおいてFRET最適化のためにBP、A、およびA*の固定された比が必要であれば、アッセイシグナルおよび質、または酵素速動性および結果の生物学的意味のいずでにおいても損なわれる、すなわち最悪の場合、二パートシステムにおいて全ての成分にとって最適:最適な速動性のための酵素反応、変換された産物の最適な結合に関するBPおよびA*、最適なFRETに関するアクセプター−ドナーを得ることは不可能であり得る。
【0009】
特許文献1および特許文献2において開示された二パートシステムの一つの態様は、蛍光体またはアクセプターのいずれかをドープ処理したプラスチックビーズ、および標識されたA*に結合するための表面コーティングを含む。言い換えれば、ビーズの中心において光学標識を有するIMAP(商標)ビーズである。
【0010】
十分な結合能を得るために、IMAP(商標)ビーズは典型的に、直径100 nmまたはそれ以上を有する。これは、3 nm〜最大で9 nmである典型的なドナーアクセプター対のエネルギー転移距離と比較して大きい。その結果として、ドープ処理したビーズと結合ペプチドの間のエネルギー転移がかなり非効率的となり、FRETパートナーに出合っていないが、アッセイのバックグラウンドシグナルに関与する蛍光体がビーズ内に多く存在する。これによって、ダイナミックレンジが減少して感度が低下する。
【0011】
【特許文献1】欧州特許第1156329号
【特許文献2】国際公開公報第00/75167号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
したがって、本発明の目的は、エネルギードナーとエネルギーアクセプターの間のエネルギー転移測定によってキナーゼまたはホスファターゼ活性を決定するためのより効率的な方法を開発することであった。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明のアッセイ法は三パートからなる:(i)「結合パートナー」、(ii)FRET対のドナーまたはアクセプターによって標識した検出分子、(iii)酵素がタンパク質キナーゼである場合、酵素によって変換されて、それによってアミノ酸(Ser、Thr、Tyr)がリン酸化される基質分子−小分子、ペプチド、またはタンパク質。それぞれのアミノ酸が脱リン酸化されるタンパク質ホスファターゼの場合にも、同じ設定を用いることができる。このように、本発明は、結合パートナー、検出分子、および基質ペプチドを相互作用させる段階を含む、キナーゼまたはホスファターゼ活性を決定するための方法であって、該検出分子が、エネルギードナーまたはアクセプターによって標識され、検出分子がエネルギーアクセプターによって標識される場合、基質分子がエネルギードナーによって標識され、検出分子がエネルギードナーによって標識される場合、基質分子がエネルギーアクセプターによって標識され、該結合パートナーが、リン酸化された基質分子に限って結合する、以下の段階を含む方法を提供する:a)キナーゼによって該基質分子をリン酸化するか、またはホスファターゼによってリン酸化基質分子を脱リン酸化する段階;b)段階a)において得られた基質分子を該結合パートナーおよび該検出分子と相互作用させる段階;ならびにc)該結合パートナーに結合した該基質分子および該検出分子のエネルギードナーからエネルギーアクセプターへのエネルギー転移を測定することによって、キナーゼまたはホスファターゼ活性を決定する段階。好ましくは、該結合パートナーは、好ましくは固相、例えばビーズ、メンブレン、試料ホルダーに会合した金属イオンである。最も好ましい態様において、該結合パートナーは、IMAP(商標)ビーズ上の金属イオンである。IMAP(商標)ビーズはMolecular Devices Corp.から得てもよい。IMAP(商標)ビーズは、蛍光共鳴エネルギー転移(FRET)のために二つの蛍光体を互いに非常に近位に配置するための結合プラットフォームとして用いることができ、したがってキナーゼアッセイ法およびホスファターゼアッセイ法に関する万能の検出系であることが示されている。
【0014】
もう一つの好ましい態様において、基質分子はタンパク質またはペプチドである。
【0015】
本発明(1)は、結合パートナー、検出分子、および基質分子を相互作用させる段階を含む、キナーゼまたはホスファターゼ活性を決定するための方法であって、該検出分子がエネルギードナーまたはアクセプターによって標識され、検出分子がエネルギーアクセプターによって標識される場合には該基質分子がエネルギードナーによって標識され、検出分子がエネルギードナーによって標識される場合には該基質分子がエネルギーアクセプターによって標識され、該結合パートナーが、リン酸化基質分子に限って結合する、以下の段階を含む方法である:
a)キナーゼによって該基質分子をリン酸化する、またはホスファターゼによってリン酸化基質分子を脱リン酸化する段階;および
b)段階a)において得られた基質分子を、該結合パートナーおよび該検出分子と相互作用させる段階;ならびに
c)該結合パートナーに結合した該基質分子および該検出分子のエネルギードナーからエネルギーアクセプターへのエネルギー転移を測定することによってキナーゼまたはホスファターゼ活性を決定する段階。
本発明(2)は、結合パートナーがIMAP(商標)ビーズ上の金属イオンである、本発明(1)の方法である。
本発明(3)は、エネルギードナーが50マイクロ秒未満の放射寿命を有する、本発明(1)または(2)の方法である。
本発明(4)は、放射寿命が10マイクロ秒未満である、本発明(3)の方法である。
本発明(5)は、放射寿命が5マイクロ秒未満である、本発明(3)の方法である。
本発明(6)は、放射寿命が2〜3マイクロ秒である、本発明(3)の方法である。
本発明(7)は、エネルギードナーがRu-発光団である、本発明(1)〜(6)のいずれか一発明の方法である。
本発明(8)は、エネルギーアクセプターが、少なくとも10ÅのR0を生じるRu-錯体とのスペクトルオーバーラップを示す蛍光体である、本発明(1)〜(7)のいずれか一発明の方法である。
本発明(9)は、エネルギーアクセプターがAlexa Fluor 700、Atto 700、Dy701、またはAlexa Fluor 750である、本発明(8)の方法である。
本発明(10)は、エネルギーアクセプターがAlexa Fluor 700である、本発明(9)の方法である。
本発明(11)は、Ru-発光団がRu(batho)2bpyである、本発明(7)〜(10)のいずれか一発明の方法である。
本発明(12)は、試料が光学検出経路に対して移動するシステムによって行われる、本発明(1)〜(11)のいずれか一発明の方法である。
本発明(13)は、システムが実験器具スピンシステムである、本発明(1)〜(12)のいずれか一発明の方法である。
本発明(14)は、システムが微少溶液システムまたはフロースルーセルである、本発明(1)〜(12)のいずれか一発明の方法である。
本発明(15)は、結合パートナーの希釈が少なくとも500倍である、本発明(1)〜(14)のいずれか一発明の方法である。
本発明(16)は、希釈が1000倍〜10,000倍である、本発明(15)の方法である。
本発明(17)は、別々の容器に、結合パートナーおよび少なくとも一つの検出分子を含み、結合パートナーおよび検出分子の最適な量を個々に滴定することができる、本発明(1)〜(16)のいずれか一発明の方法を行うためのキットである。
本発明(18)は、基質分子をさらに含む、本発明(17)のキットである。
本発明(19)は、別々の容器に、ビーズ、一つより多い検出分子、一つより多い基質ペプチドを含み、検出分子および基質ペプチドがFRET対のセットとして提供される、本発明(1)〜(16)のいずれか一発明の方法を行うためのキットである。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、一般的キナーゼアッセイ法が提供された。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本明細書において用いられるように、「結合パートナー」は、酵素産物に結合して、共有結合または非共有結合の任意の種類の相互作用によって、それ自身固相、例えばビーズに結合することができる実体を指す。
【0018】
本明細書において用いられるように、「検出分子」は、標識、例えば蛍光標識を有し、検出分子の検出を可能にし、および結合パートナーに結合する分子を指す。
【0019】
本明細書において用いられるように、「基質分子」は、酵素反応を介して酵素によって変換される小分子、ペプチド、またはタンパク質を指す。
【0020】
本明細書において用いられるように、「エネルギードナー」は、励起されると、そのエネルギーをエネルギーアクセプターに転移させることができる蛍光標識を指す。
【0021】
本明細書において用いられるように、「エネルギーアクセプター」は、エネルギードナーからエネルギーを受け取ることができる分子を指す。
【0022】
本明細書において用いられるように、「キナーゼ活性」は、酵素(キナーゼ)による基質のリン酸化を指す。
【0023】
本明細書において用いられるように、「ホスファターゼ活性」は、酵素(ホスファターゼ)による基質の脱リン酸化を指す。
【0024】
本明細書において用いられるように、「リン酸化基質分子」は、酵素(キナーゼ)によってリン酸化された小分子、ペプチド、またはタンパク質を指す。
【0025】
本明細書において用いられるように、「放射寿命」は、励起後蛍光体が励起状態に留まっている平均時間を指す。
【0026】
蛍光偏光の読出しと比較して、読出しとしてのTR-FRETの実行は、以下の長所を提供する:
・特に基質の代謝回転が低い場合、統計パラメータz'によって表記されるアッセイシグナルの品質の増加。
・アッセイシグナル強度の増加対時間ゲートによる遅延型検出によるバックグラウンド蛍光の干渉。
・変換の必要がある基質量に関する感度の増加(FP読出しは、溶液中の全ての基質分子に関する蛍光体のシグナルの平均値を測定する;FRETは、リン酸化基質分子に結合した蛍光体の分画のみを観察する)。
・20倍より大きい試薬の消費量の減少。
【0027】
さらに、本発明の方法において用いられる三パートシステムは、たとえ先行技術が同様に(TR)-FRETによって実行されたとしても、先行技術の二パートシステムに対して以下のような長所を有する:
・基質産物の最善の結合にとって必要なビーズの量および最善のエネルギー転移シグナルのための検出分子の量を個々に滴定することができる。
・いずれもビーズ表面に結合している検出分子と基質分子との間のエネルギー転移により、より効率的なFRETシグナルが得られる。
・さらに、ビーズ(BP)、検出分子、および基質分子を個々に選択することが可能である、すなわちビーズ、検出分子、基質、およびFRET対の組のようないくつかの普遍的項目を含むアッセイツールボックスを想像することができる。このツールボックスの選択によって、異なるアッセイ応用が得られる。そのような柔軟性および普遍性は、二パートシステムではより難しく実際には不可能でさえある。
【0028】
このように、検出分子と基質分子とがFRET対のセットとして提供される、別々の容器において、ビーズ、一つより多い検出分子、一つより多い基質分子を含む、本明細書において先におよびこの後に記述する内容に従う方法を行うためのキットも同様に提供される。
【0029】
好ましくは、エネルギードナーは50マイクロ秒未満、より好ましくは10マイクロ秒未満、さらにより好ましくは5マイクロ秒未満の放射寿命を有する。最も好ましくはエネルギードナーは2〜3マイクロ秒の放射寿命を有する。
【0030】
好ましい態様において、Ru-発光団をエネルギードナーとして用いる。ランタニド(Eu、Tb、Sm)キレートおよびクリプテートと比較して、Ru-発光団はいくつかの一般的長所を有する:
・ピークを有するランタニド色素のスペクトルとは異なり、アクセプターと良好に重なり合う広い放射スペクトル。
・標識化学(同様に精製の際に、可能であればより厳しい条件)およびアッセイ(試薬による干渉がない、ランタニド色素は、EDTA、MgイオンまたはMnイオンのような典型的なキナーゼアッセイ法の重要な成分に対して感受性があることが知られている)の長所であるより高い化学的安定性。
【0031】
もう一つの好ましい態様において、Tb-発光団をエネルギードナーとして用いる。
【0032】
特定の長所は、励起状態のマイクロ秒の寿命および得られた放射によって与えられる。アッセイ条件でのRu(batho)2bpy-錯体の典型的な放射寿命は2〜3μsである。このマイクロ秒という寿命は、他のアッセイ成分および蛍光化合物からの蛍光に対する効率的なバックグラウンドの抑制を可能にする。しかしながら、光子放射時間は、ランタニドの場合より100倍速く、すなわち検出器は100倍少ないその電子的バックグラウンドシグナルを積分する。
【0033】
本発明の一つの態様において、方法は、試料が光学検出経路に対して移動するシステムによって行う。好ましくは、該システムは、実験器具スピンシステム、より好ましくはTecan lab CDまたはSpinXのシステムである。もう一つの好ましい態様において、該システムは、微少溶液システムまたはフロースルーセルである。そのような状況において、ランタニド放射は試料の移動の際に読出しを行うには遅すぎる。TR-FRET読出しを利用するために、実験器具/ディスクまたは試料の流れはそれぞれ、実際には不可能で時間がかかるスタートストップサイクルによって行わなければならないであろう。または、経路の位置を読出しのタイミングに従って調節しなければならない場合には、異なる励起/検出経路を有するように機器を改変しなければならないであろう。
【0034】
Ru錯体による「Fast-TR-FRET」および短いマイクロ秒の寿命により、大きな改変を行うことなく試料の移動の際にオンライン読出しが可能となり、特別な長所が提供される。IMAP(商標)技術は、キナーゼに関する万能アッセイ法であり、したがって、好ましく用いられる。しかしながら、FPの読出しは、先に記述した短所を有する。ランタニドTR-FRETは、そのような状況において容易に用いることができない。
【0035】
好ましい態様において、エネルギーアクセプターは、少なくとも10Å、好ましくは少なくとも20Å、より好ましくは少なくとも50ÅのR0(フェルスター半径)を生じるRu-錯体とのスペクトルオーバーラップを示す蛍光体である。R0とスペクトルオーバーラップJ(λ)との関係は以下の式によって定義される(Lakowicz, J.R., Principles of Fluorescence Spectroscopy, 2nd ed. Kluwer Academin/Plenum Publishres, p.369):
式中、
である。より好ましい態様において、エネルギーアクセプターはAlexa Fluor 700、Atto 700、Dy701、またはAlexa Fluor 750である。最も好ましい態様において、該エネルギーアクセプターはAlexa Fluor 700である。
【0036】
最も好ましい態様において、Ru-発光団は、Ru(batho)2bpyである。
【0037】
本発明において用いることができるRu錯体と蛍光体との間のそのような蛍光共鳴エネルギー転移測定のためのさらなる色素対は、国際公開公報第02/41001号に開示される。
【0038】
結合パートナーの希釈は少なくとも500倍、好ましくは少なくとも1000倍、または400倍もしくは1000倍と10,000倍の間であり、ここで希釈は2000倍〜10,000倍、または2000倍〜8000倍である。
【0039】
以下の章において、実施例に開示した非制限的な態様を考察する。
【0040】
試験システムとして、リン酸化および非リン酸化基質ペプチドをエネルギーアクセプターとしてAlexa Fluor 700によって標識し、リン酸化基質ペプチドをエネルギードナーとしてRu(batho)2bpyによって標識した。Alexa標識キナーゼ基質ペプチドは酵素によってリン酸化される。検出のために、リン酸化Ru(batho)2bpy検出ペプチドおよびIMAP(商標)ビーズを反応混合物に加える。リン酸化基質と検出ペプチドはいずれもビーズに結合し、このように蛍光共鳴エネルギー転移(FRET)が起こりうるように非常に近位に存在する(図1)。
【0041】
FRET対として、寿命の長い金属-リガンド錯体Ru(batho)2bpy(τ=3μs)をエネルギードナーとして用い、Alexa Fluor 700をエネルギーアクセプターとして用いた。Ru標識ペプチドのIMAP(商標)ビーズへの結合は、蛍光体としてのAlexa Fluor 700の蛍光偏光測定に影響を及ぼさなかった。双方の読出し技術(FPおよびFRET)を比較すると、FRETはより感受性の高い方法であることが判明した。10%のリン酸化で既に0.5より大きいz'因子を生じる。さらに、FRET測定では、FPと比較して必要なIMAP(商標)ビーズは少なくとも10倍少ない。このように、高価な試薬を節約するために典型的に行われるが、アッセイ法の取り扱いを複雑にし、それによって不安定で再現性の不良な処理が起こる、液体の取り扱い量および読出しを縮小する必要なく、試薬消費量の有意な減少が達成される。
【0042】
要約した、本明細書に開示のFast-TR-FRETキナーゼIMAP(商標)アッセイ法は、強固で感度がよく、要求の少ないIMAP(商標)ビーズであり、時間ゲート検出のために低いバックグラウンド蛍光を有する。
【0043】
FP実験から公知であるように、ビーズ上の遊離の結合部位が、リン酸化ペプチドの結合を妨害するATPによって占有されることから、シグナルはATPによって影響を受ける。ATPとは対照的に、EDTAはFRETシグナルに対して影響を及ぼさなかった。ATPの影響は、本明細書に記載の三パートシステムのアッセイ成分の滴定後、無視することができる。
【0044】
原則として双方の蛍光体を基質の標識として用いることができる。Ru錯体の基質標識としての長所は、Alexa Fluor 700と比較して高い化学的安定性、標識プロセスの柔軟性を増強するNHSエステルおよびマレイミドとしてのその利用性である。
【0045】
Alexa Fluor 700の代用は、同等の励起および放射スペクトルを有し、NHSエステルおよびマレイミドとして利用できるAtto 700であってもよい。そのより小さい吸収係数(ε=120000 M-1cm-1)のために、R0は、FRET対Ru-Atto 700ではRu-Alexa Fluor 700(ε=192000 M-1cm-1、R0=62 Å)と比較して〜5Å減少する。Ru錯体(またはAlexa Fluor 700もしくはAtto 700)によって標識されるホスホチロシン、他のリン酸化アミノ酸、またはホスフェート基を有する他の小分子を、「万能」検出分子として用いてもよい。
【実施例】
【0046】
実施例1:IMAPビーズへの結合によるFRETの観察
材料
・Alexa Fluor 700によって標識したBiosyntanからの基質ペプチド(YHGHSMSAPGVSTAC)
・Alexa Fluor 700およびRu(batho)2bpyによって標識したBiosyntanからのリン酸化基質ペプチド(YHGHS(H2SO4)MSAPGVSTAC)
・キナーゼ酵素:PDHK2(標準的な方法によって発現された組換え型ピルビン酸デヒドロゲナーゼキナーゼ2)
・Molecular Devices(IMAP(商標)Explorerキット(IPP)製品番号R8062)からのIMAP(商標)ビーズ
・緩衝液:dest.H2O+0.05%BSAによって1:5倍希釈したIMAP(商標)結合緩衝液
【0047】
器具
・Zeissプレート:ビジョンリーダー
・プレート:Costar 384、UV-NBS
・励起波長:355 nm
・放射フィルター:730(30)nm、615(10)nm
【0048】
第一の実験において、1:800倍希釈したIMAP(商標)ビーズ(FP測定に関して推奨される希釈 1:400)を、Alexa Fluor 700によって標識した15 nM(最終濃度)リン酸化または非リン酸化基質ペプチド(以降、(リン酸化)Alexa-ペプチド)と、Ru(batho)2bpyによって標識した100 nMおよび300 nM(最終濃度)リン酸化基質ペプチド(以降、リン酸化Ru-ペプチド)の混合物にそれぞれ加えた。次に、反応混合物をIMAP(商標)ビーズおよびリン酸化Ru-ペプチドに関する読出しのために50倍希釈した。図2aは、この測定の未加工データを示す。FRETシグナル(黒色)のみがRu錯体単独(白色)のバックグラウンドシグナルを超えた。非リン酸化Alexa-ペプチドのビーズに対する非特異的結合によりFRETは認められなかった(灰色)。バックグラウンド補正FRETシグナル(図2b)は、リン酸化Ru-ペプチド濃度が増加すれば増加し、このことは、100 nMリン酸化Ru-ペプチドおよび15 nMリン酸化Alexa-ペプチドによってIMAP(商標)ビーズが飽和されなかったことを示している。
【0049】
実施例2:基質としてのAlexa-ペプチドおよびRu-ペプチドの比較
1:4000倍希釈したIMAP(商標)ビーズと共に20 nMリン酸化Ru-ペプチドおよび100 nMリン酸化Alexa-ペプチドを用いて、実験を同様に行った。図3は、基質としてRu-ペプチド(白色)またはAlexa-ペプチド(黒色)のいずれかを用いた実験の未加工データを比較する。異なる測定パラメータを二つの実験に用いたために、直接比較できたのは、FRETシグナル対Ruバックグラウンドの比のみであった。FRETシグナルは、Alexa標識基質を用いた場合、Ruバックグラウンドの2倍であったが、この比は、Ru標識基質を用いた場合には6倍に増加した。いずれの実験においても、Alexa Fluor 700は、FRETシグナルの時間ゲート検出のためにバックグラウンドに寄与しなかった(遅延100 ns)。
【0050】
実施例3:IMAP(商標)ビーズの滴定
読出しの最適な条件を決定するために、20 nMリン酸化Alexa-ペプチドおよび100 nMリン酸化Ru-ペプチドによって異なるIMAP(商標)希釈を試験した(図4)。FRETシグナルは、1:400倍希釈と比較してIMAP(商標)ビーズを1:2000倍希釈した場合には、3倍増加した。さらに希釈すると、シグナルは再度減少して、1:10,000倍希釈では1:400倍希釈と同じシグナルに達した。先に述べたように、1:400倍希釈では、IMAP(商標)ビーズは飽和されなかった。さらに希釈すると、IMAP(商標)ビーズあたりより多くのリン酸化Ru-ペプチドが得られ、FRETシグナルの増加が起こった。1:2000倍より大きい希釈では、IMAP(商標)ビーズあたりのリン酸化Ru-ペプチドの数は再度減少した。
【0051】
実施例4:FRETシグナルに及ぼすATPおよびEDTAの影響
FP実験から、ATPがビーズに結合して、このようにリン酸化キナーゼ基質の結合を防止することから、ATPの添加によって偏光ウインドウが減少することが示された。したがって、ATPは、FRETシグナルに同様に影響を及ぼすと予想された。キナーゼ反応は典型的に100 μM ATPおよび1μM基質によって行われた。FRET読出しに関してIMAP(商標)ビーズを加える前に、反応混合物を50倍希釈してATPの最終濃度2μMを得た。図5は、ATP濃度が増加するとFRETシグナルが減少することを示す。FRETシグナルは、2μM ATPによって2倍減少した。
【0052】
図6は、FRETシグナルが、キナーゼ反応を停止させるために用いられるEDTAの添加によって影響を受けなかったことを示している。EDTAはリン酸化基質のIMAP(商標)ビーズに対する結合に影響を及ぼさず、ルテニウム錯体にも全く影響を及ぼさなかった。調べたEDTA濃度(64 μMまで)はまた、IMAP(商標)ビーズに対して測定可能な影響を及ぼさなかった。より高い濃度では、ビーズ上のM3+と錯体を形成して、このようにリン酸化ペプチドの結合に影響を及ぼす可能性がある。
【0053】
実施例5:キナーゼアッセイ法
Fast-TR FRETキナーゼIMAP(商標)アッセイ法の感度を調べるため、およびこれを確立されたFP IMAP(商標)アッセイ法と比較するために、キナーゼアッセイ法のシミュレーションを行った。20 nM Alexa-ペプチドのリン酸化のレベルを、非リン酸化およびリン酸化Alexa-ペプチドを混合することによって0%〜100%まで増加させた。二つのIMAP希釈を用い、すなわちFP測定に関して推奨される希釈である1:400倍と、100%リン酸化Alexa-ペプチドによってなおも良好なFRETシグナルを示す1:4000倍希釈(図4)を用いた。FRETシグナルは、いずれのIMAP(商標)希釈に関してもリン酸化の増加と共に増加した(図7(a)および(c))。予想されたように、FRETシグナルは、1:400倍希釈と比較して1:4000倍希釈ではより高く、z'因子(白い菱形)は、10%〜100%リン酸化で0.5より大きかった。FP測定の場合、1:400倍希釈のIMAP(商標)の検出ウィンドウは200 mPであり、20%〜100%リン酸化で0.5またはそれより良好なz'因子をもたらした(図7(b))。IMAP(商標)ビーズの1:4000倍希釈は、ウィンドウを70 mPに劇的に減少させ(図7(d))、FP実験の感度を低下させた。
【0054】
実施例6:キナーゼ反応の速動性
PDHK2酵素1μlをキナーゼ緩衝液(25 mM Hepes pH 7.4、150 mM NaCl、18.7 mM MgCl2、0.4 mM NH4Ac、0.025%Triton X-100、1.87 mM DTT)11μlにおいて希釈した。次に、5μM Alexa標識基質ペプチドの基質緩衝液(25 mM Hepes pH 7.4、150 mM NaCl、0.01%Triton X-100)溶液3μlを酵素に加えた。陽性対照として、基質溶液は500 μM ATPを含み、陰性対照ではATPは反応物に存在しなかった。これによって、反応に対する最終濃度は1μM基質および100 μM ATPとなった。30℃で2、3、4、および5時間インキュベートした後、反応混合物1μlを採取して、200 nMリン酸化Ru-ペプチド24μlおよびIMAP結合緩衝液におけるIMAPビーズ25μlを加えることによって、反応を停止させ、リン酸化Ru-ペプチドの最終濃度は100 nMとなった。IMAP(商標)ビーズに関して異なる3つの希釈、すなわち1:2000、1:4000、および1:8000倍を用いた。ビーズをRTで60分間インキュベートした。読出しに関して、基質の最終濃度は、20 nM(リン酸化)Alexa-ペプチドであり、ATPの最終濃度が2μMであれば、FRETシグナルは容易に検出できるはずである(図5)。図8は、三つのIMAP希釈(青色1:2000倍、赤色1:4000倍、緑色1:6000倍)に関する陽性および陰性対照に関するキナーゼ反応の速動性を示す。認められたFRETシグナルは、三つ全ての希釈に関して十分に強かった。
【0055】
実施例7:キナーゼ反応のATP依存性
ATPに関する用量反応曲線(図9)から、アッセイ法において用いたATP(100 μM)がEC50 3.6μMより十分上であったことを示している。これらはキナーゼ反応における濃度であり、読出しではそれらは50倍少ないことに注目されたい。過剰量のATPはATP結合部位に関する競合的阻害剤の発見を妨害し、阻害剤が存在しない場合の最大のリン酸化を仮定した。シグナルは32 μM ATPで最大に達した。より高いATP濃度では、シグナルは、IMAP(商標)ビーズに結合した読出し混合物における遊離のATPのために再度減少し、このようにIMAP(商標)ビーズの結合能が減少した。IMAP(商標)ビーズの結合能に関するこの問題は周知であり、アッセイ試薬の適切な滴定によってアッセイにおいて調節する必要がある。
【0056】
本明細書において測定されたATP濃度の増加によるFRETシグナルの減少(最大シグナルから1.6および1.9倍の減少(32μM(読出しでは0.64μM)〜128μM(読出しでは2.56μM)および256μM(読出しでは5.12μM))は、ATPの滴定と非常によく対照し(図5)、これらのATP濃度では1.6倍および2.1倍の減少が起こった。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】Fast-TR-FRET読出しに関するIMAP(商標)ビーズを用いたキナーゼ反応の略図を示す。
【図2】15 nMリン酸化Alexaペプチドならびに100 nMおよび300 nMリン酸化Ru-ペプチドに関して、IMAP(商標)希釈1:800倍でそれぞれ認められたFRETシグナル(黒色)を示す。灰色:15 nM Alexaペプチドおよびリン酸化Ru-ペプチドおよびIMAP(商標)ビーズ、白色:リン酸化Ru-ペプチドおよびIMAP(商標)ビーズ。ビーズをRTで30分インキュベートした。読出し:730(30)nm、遅延100 ns、ゲート100 ns、曝露時間4秒。左のパート(a)は、未加工データを示し、右のパート(b)は有効なFRETシグナルを示す。
【図3】20 nMリン酸化Ru-ペプチドおよび100 nMリン酸化Alexa-ペプチド(IMAP(商標)希釈1:4000倍)(白色)ならびに15 nMリン酸化Alexa-ペプチドおよび100 nM Phos-PDHK-Ru(IMAP(商標)希釈1:800倍)(黒色)の未加工データを示す。読出し:730(30)nm、遅延100 ns、ゲート100 ns、曝露時間10 s(白色)および4 s(黒色)。
【図4】20 nMリン酸化Alexa-ペプチドおよび100 nMリン酸化Ru-ペプチド、RTで60分間のインキュベーション、読出し:730(30)nm、遅延100 ns、ゲート100 ns、曝露時間5 sを用いた異なるIMAP(商標)希釈によるFRETシグナルを示す。
【図5】FRETシグナルに及ぼすATPの影響を示す。20 nMリン酸化Alexa-ペプチド、100 nMリン酸化Ru-ペプチド、RTで60分間のインキュベーション、読出し:730(39)nm、遅延100 ns、ゲート100 ns、曝露時間8 s。
【図6】FRETシグナルに及ぼすEDTAの影響を示す。20 nMリン酸化Alexa-ペプチド、100 nMリン酸化Ru-ペプチド、RTで60分間のインキュベーション、読出し:730(30)nm、遅延100 ns、ゲート100 ns、曝露時間8 s。
【図7】20 nM(リン酸化)Alexa-ペプチドおよび100 nMリン酸化Ru-ペプチド、IMAP(商標)希釈1:400倍((a)および(b))、ならびに1:4000倍((c)および(d))によるキナーゼアッセイ法のシミュレーションを示す。RTで60分間のインキュベーション。読出し:FRET:730(30)nm、遅延100 ns、ゲート100 ns、曝露時間10 s、FP:励起655(50)nm、放射710(40)nm。
【図8】キナーゼアッセイ法の速動性を示す。読出し:730(30)nm、遅延100 ns、ゲート100 ns、曝露時間7 s。
【図9】キナーゼ反応に関して1μM Alexa-ペプチドを用いたATPの用量反応曲線を示す。読出しにおける最終濃度は:20 nM(リン酸化)Alexa-ペプチド、100 nMリン酸化Ru-ペプチド、1:4000倍希釈IMAP(商標)ビーズであった。読出し:730(30)nm、遅延100 ns、ゲート100 ns、曝露時間10 s。
【技術分野】
【0001】
本発明は、結合パートナー、検出分子、および基質分子を相互作用させる段階を含む、キナーゼまたはホスファターゼ活性を決定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
分子および上分子集合体の生理的改変は、生体系の構造および調節において主要な役割を果たしている。これらの改変には、中でもリン酸化、環状化、グリコシル化、アシル化、および/または硫酸化が含まれ、改変分子には、中でもポリペプチド、核酸、および/または脂質が含まれてもよい。改変の重要性は、リン酸化および環状化のようなリン酸塩改変に関連する細胞外および細胞内物質が細胞の位置、性質、および活性に影響を及ぼす、細胞シグナル伝達経路において特に明白である。
【0003】
特異的酵素によって触媒されるリン酸化もしくは脱リン酸化、または特異的基質のリン酸化もしくは脱リン酸化を妨害することができる化合物は、それらが特異的シグナル伝達事象を妨害して、したがって、そのような経路の脱調節によって起こる疾患の治療または予防に有用である可能性があることから、興味深い。
【0004】
したがって、特異的シグナル伝達経路を調節することができる化合物をスクリーニングするために、キナーゼまたはホスファターゼ活性を決定する方法を開発することが重要である。
【0005】
特許文献1は、二つのパート、すなわち結合パートナー(BP)およびA->A*に変換される基質分子のシステムに基づいてキナーゼ活性を決定する方法を開示する。一般的に、結合パートナーは、酵素産物に結合して、それ自身、共有または非共有結合の任意の種類の相互作用によって固相、例えばビーズに結合することができる実体である。検出のためには、標識(蛍光体、発光団、アクセプター、またはクエンチャー)をAまたはBPに結合させる。検出法の一覧には、強度、偏光、およびエネルギー転移測定が含まれる。
【0006】
特許文献2は、二つのパート、すなわち好ましくは捕獲された金属イオンを有する高分子である結合パートナーと、リン酸化型から非リン酸化型ペプチドへの変換またはその逆が例えばFRETによって測定されるペプチドAのシステムに基づく基質からのもしくは基質への、基質群の付加または除去を検出する方法を開示している。
【0007】
二パートシステムの一つの欠点は、最適なエネルギー転移のために、所定のBPおよびA*比に関して、ドナーおよびアクセプターの特定の比率が必要である点である。このように、最適なFRET生成のために、BP、AおよびA*を滴定する必要がある可能性がある。
【0008】
しかしながら、BP、AおよびA*の最適な比率は一般的に、一方でA*に関するBPの結合能およびそれぞれの結合定数によって影響を受け、同様に他方で対象標的に関する酵素反応の速動性パラメータによって影響を受ける。したがって、二パートシステムにおいてFRET最適化のためにBP、A、およびA*の固定された比が必要であれば、アッセイシグナルおよび質、または酵素速動性および結果の生物学的意味のいずでにおいても損なわれる、すなわち最悪の場合、二パートシステムにおいて全ての成分にとって最適:最適な速動性のための酵素反応、変換された産物の最適な結合に関するBPおよびA*、最適なFRETに関するアクセプター−ドナーを得ることは不可能であり得る。
【0009】
特許文献1および特許文献2において開示された二パートシステムの一つの態様は、蛍光体またはアクセプターのいずれかをドープ処理したプラスチックビーズ、および標識されたA*に結合するための表面コーティングを含む。言い換えれば、ビーズの中心において光学標識を有するIMAP(商標)ビーズである。
【0010】
十分な結合能を得るために、IMAP(商標)ビーズは典型的に、直径100 nmまたはそれ以上を有する。これは、3 nm〜最大で9 nmである典型的なドナーアクセプター対のエネルギー転移距離と比較して大きい。その結果として、ドープ処理したビーズと結合ペプチドの間のエネルギー転移がかなり非効率的となり、FRETパートナーに出合っていないが、アッセイのバックグラウンドシグナルに関与する蛍光体がビーズ内に多く存在する。これによって、ダイナミックレンジが減少して感度が低下する。
【0011】
【特許文献1】欧州特許第1156329号
【特許文献2】国際公開公報第00/75167号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
したがって、本発明の目的は、エネルギードナーとエネルギーアクセプターの間のエネルギー転移測定によってキナーゼまたはホスファターゼ活性を決定するためのより効率的な方法を開発することであった。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明のアッセイ法は三パートからなる:(i)「結合パートナー」、(ii)FRET対のドナーまたはアクセプターによって標識した検出分子、(iii)酵素がタンパク質キナーゼである場合、酵素によって変換されて、それによってアミノ酸(Ser、Thr、Tyr)がリン酸化される基質分子−小分子、ペプチド、またはタンパク質。それぞれのアミノ酸が脱リン酸化されるタンパク質ホスファターゼの場合にも、同じ設定を用いることができる。このように、本発明は、結合パートナー、検出分子、および基質ペプチドを相互作用させる段階を含む、キナーゼまたはホスファターゼ活性を決定するための方法であって、該検出分子が、エネルギードナーまたはアクセプターによって標識され、検出分子がエネルギーアクセプターによって標識される場合、基質分子がエネルギードナーによって標識され、検出分子がエネルギードナーによって標識される場合、基質分子がエネルギーアクセプターによって標識され、該結合パートナーが、リン酸化された基質分子に限って結合する、以下の段階を含む方法を提供する:a)キナーゼによって該基質分子をリン酸化するか、またはホスファターゼによってリン酸化基質分子を脱リン酸化する段階;b)段階a)において得られた基質分子を該結合パートナーおよび該検出分子と相互作用させる段階;ならびにc)該結合パートナーに結合した該基質分子および該検出分子のエネルギードナーからエネルギーアクセプターへのエネルギー転移を測定することによって、キナーゼまたはホスファターゼ活性を決定する段階。好ましくは、該結合パートナーは、好ましくは固相、例えばビーズ、メンブレン、試料ホルダーに会合した金属イオンである。最も好ましい態様において、該結合パートナーは、IMAP(商標)ビーズ上の金属イオンである。IMAP(商標)ビーズはMolecular Devices Corp.から得てもよい。IMAP(商標)ビーズは、蛍光共鳴エネルギー転移(FRET)のために二つの蛍光体を互いに非常に近位に配置するための結合プラットフォームとして用いることができ、したがってキナーゼアッセイ法およびホスファターゼアッセイ法に関する万能の検出系であることが示されている。
【0014】
もう一つの好ましい態様において、基質分子はタンパク質またはペプチドである。
【0015】
本発明(1)は、結合パートナー、検出分子、および基質分子を相互作用させる段階を含む、キナーゼまたはホスファターゼ活性を決定するための方法であって、該検出分子がエネルギードナーまたはアクセプターによって標識され、検出分子がエネルギーアクセプターによって標識される場合には該基質分子がエネルギードナーによって標識され、検出分子がエネルギードナーによって標識される場合には該基質分子がエネルギーアクセプターによって標識され、該結合パートナーが、リン酸化基質分子に限って結合する、以下の段階を含む方法である:
a)キナーゼによって該基質分子をリン酸化する、またはホスファターゼによってリン酸化基質分子を脱リン酸化する段階;および
b)段階a)において得られた基質分子を、該結合パートナーおよび該検出分子と相互作用させる段階;ならびに
c)該結合パートナーに結合した該基質分子および該検出分子のエネルギードナーからエネルギーアクセプターへのエネルギー転移を測定することによってキナーゼまたはホスファターゼ活性を決定する段階。
本発明(2)は、結合パートナーがIMAP(商標)ビーズ上の金属イオンである、本発明(1)の方法である。
本発明(3)は、エネルギードナーが50マイクロ秒未満の放射寿命を有する、本発明(1)または(2)の方法である。
本発明(4)は、放射寿命が10マイクロ秒未満である、本発明(3)の方法である。
本発明(5)は、放射寿命が5マイクロ秒未満である、本発明(3)の方法である。
本発明(6)は、放射寿命が2〜3マイクロ秒である、本発明(3)の方法である。
本発明(7)は、エネルギードナーがRu-発光団である、本発明(1)〜(6)のいずれか一発明の方法である。
本発明(8)は、エネルギーアクセプターが、少なくとも10ÅのR0を生じるRu-錯体とのスペクトルオーバーラップを示す蛍光体である、本発明(1)〜(7)のいずれか一発明の方法である。
本発明(9)は、エネルギーアクセプターがAlexa Fluor 700、Atto 700、Dy701、またはAlexa Fluor 750である、本発明(8)の方法である。
本発明(10)は、エネルギーアクセプターがAlexa Fluor 700である、本発明(9)の方法である。
本発明(11)は、Ru-発光団がRu(batho)2bpyである、本発明(7)〜(10)のいずれか一発明の方法である。
本発明(12)は、試料が光学検出経路に対して移動するシステムによって行われる、本発明(1)〜(11)のいずれか一発明の方法である。
本発明(13)は、システムが実験器具スピンシステムである、本発明(1)〜(12)のいずれか一発明の方法である。
本発明(14)は、システムが微少溶液システムまたはフロースルーセルである、本発明(1)〜(12)のいずれか一発明の方法である。
本発明(15)は、結合パートナーの希釈が少なくとも500倍である、本発明(1)〜(14)のいずれか一発明の方法である。
本発明(16)は、希釈が1000倍〜10,000倍である、本発明(15)の方法である。
本発明(17)は、別々の容器に、結合パートナーおよび少なくとも一つの検出分子を含み、結合パートナーおよび検出分子の最適な量を個々に滴定することができる、本発明(1)〜(16)のいずれか一発明の方法を行うためのキットである。
本発明(18)は、基質分子をさらに含む、本発明(17)のキットである。
本発明(19)は、別々の容器に、ビーズ、一つより多い検出分子、一つより多い基質ペプチドを含み、検出分子および基質ペプチドがFRET対のセットとして提供される、本発明(1)〜(16)のいずれか一発明の方法を行うためのキットである。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、一般的キナーゼアッセイ法が提供された。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本明細書において用いられるように、「結合パートナー」は、酵素産物に結合して、共有結合または非共有結合の任意の種類の相互作用によって、それ自身固相、例えばビーズに結合することができる実体を指す。
【0018】
本明細書において用いられるように、「検出分子」は、標識、例えば蛍光標識を有し、検出分子の検出を可能にし、および結合パートナーに結合する分子を指す。
【0019】
本明細書において用いられるように、「基質分子」は、酵素反応を介して酵素によって変換される小分子、ペプチド、またはタンパク質を指す。
【0020】
本明細書において用いられるように、「エネルギードナー」は、励起されると、そのエネルギーをエネルギーアクセプターに転移させることができる蛍光標識を指す。
【0021】
本明細書において用いられるように、「エネルギーアクセプター」は、エネルギードナーからエネルギーを受け取ることができる分子を指す。
【0022】
本明細書において用いられるように、「キナーゼ活性」は、酵素(キナーゼ)による基質のリン酸化を指す。
【0023】
本明細書において用いられるように、「ホスファターゼ活性」は、酵素(ホスファターゼ)による基質の脱リン酸化を指す。
【0024】
本明細書において用いられるように、「リン酸化基質分子」は、酵素(キナーゼ)によってリン酸化された小分子、ペプチド、またはタンパク質を指す。
【0025】
本明細書において用いられるように、「放射寿命」は、励起後蛍光体が励起状態に留まっている平均時間を指す。
【0026】
蛍光偏光の読出しと比較して、読出しとしてのTR-FRETの実行は、以下の長所を提供する:
・特に基質の代謝回転が低い場合、統計パラメータz'によって表記されるアッセイシグナルの品質の増加。
・アッセイシグナル強度の増加対時間ゲートによる遅延型検出によるバックグラウンド蛍光の干渉。
・変換の必要がある基質量に関する感度の増加(FP読出しは、溶液中の全ての基質分子に関する蛍光体のシグナルの平均値を測定する;FRETは、リン酸化基質分子に結合した蛍光体の分画のみを観察する)。
・20倍より大きい試薬の消費量の減少。
【0027】
さらに、本発明の方法において用いられる三パートシステムは、たとえ先行技術が同様に(TR)-FRETによって実行されたとしても、先行技術の二パートシステムに対して以下のような長所を有する:
・基質産物の最善の結合にとって必要なビーズの量および最善のエネルギー転移シグナルのための検出分子の量を個々に滴定することができる。
・いずれもビーズ表面に結合している検出分子と基質分子との間のエネルギー転移により、より効率的なFRETシグナルが得られる。
・さらに、ビーズ(BP)、検出分子、および基質分子を個々に選択することが可能である、すなわちビーズ、検出分子、基質、およびFRET対の組のようないくつかの普遍的項目を含むアッセイツールボックスを想像することができる。このツールボックスの選択によって、異なるアッセイ応用が得られる。そのような柔軟性および普遍性は、二パートシステムではより難しく実際には不可能でさえある。
【0028】
このように、検出分子と基質分子とがFRET対のセットとして提供される、別々の容器において、ビーズ、一つより多い検出分子、一つより多い基質分子を含む、本明細書において先におよびこの後に記述する内容に従う方法を行うためのキットも同様に提供される。
【0029】
好ましくは、エネルギードナーは50マイクロ秒未満、より好ましくは10マイクロ秒未満、さらにより好ましくは5マイクロ秒未満の放射寿命を有する。最も好ましくはエネルギードナーは2〜3マイクロ秒の放射寿命を有する。
【0030】
好ましい態様において、Ru-発光団をエネルギードナーとして用いる。ランタニド(Eu、Tb、Sm)キレートおよびクリプテートと比較して、Ru-発光団はいくつかの一般的長所を有する:
・ピークを有するランタニド色素のスペクトルとは異なり、アクセプターと良好に重なり合う広い放射スペクトル。
・標識化学(同様に精製の際に、可能であればより厳しい条件)およびアッセイ(試薬による干渉がない、ランタニド色素は、EDTA、MgイオンまたはMnイオンのような典型的なキナーゼアッセイ法の重要な成分に対して感受性があることが知られている)の長所であるより高い化学的安定性。
【0031】
もう一つの好ましい態様において、Tb-発光団をエネルギードナーとして用いる。
【0032】
特定の長所は、励起状態のマイクロ秒の寿命および得られた放射によって与えられる。アッセイ条件でのRu(batho)2bpy-錯体の典型的な放射寿命は2〜3μsである。このマイクロ秒という寿命は、他のアッセイ成分および蛍光化合物からの蛍光に対する効率的なバックグラウンドの抑制を可能にする。しかしながら、光子放射時間は、ランタニドの場合より100倍速く、すなわち検出器は100倍少ないその電子的バックグラウンドシグナルを積分する。
【0033】
本発明の一つの態様において、方法は、試料が光学検出経路に対して移動するシステムによって行う。好ましくは、該システムは、実験器具スピンシステム、より好ましくはTecan lab CDまたはSpinXのシステムである。もう一つの好ましい態様において、該システムは、微少溶液システムまたはフロースルーセルである。そのような状況において、ランタニド放射は試料の移動の際に読出しを行うには遅すぎる。TR-FRET読出しを利用するために、実験器具/ディスクまたは試料の流れはそれぞれ、実際には不可能で時間がかかるスタートストップサイクルによって行わなければならないであろう。または、経路の位置を読出しのタイミングに従って調節しなければならない場合には、異なる励起/検出経路を有するように機器を改変しなければならないであろう。
【0034】
Ru錯体による「Fast-TR-FRET」および短いマイクロ秒の寿命により、大きな改変を行うことなく試料の移動の際にオンライン読出しが可能となり、特別な長所が提供される。IMAP(商標)技術は、キナーゼに関する万能アッセイ法であり、したがって、好ましく用いられる。しかしながら、FPの読出しは、先に記述した短所を有する。ランタニドTR-FRETは、そのような状況において容易に用いることができない。
【0035】
好ましい態様において、エネルギーアクセプターは、少なくとも10Å、好ましくは少なくとも20Å、より好ましくは少なくとも50ÅのR0(フェルスター半径)を生じるRu-錯体とのスペクトルオーバーラップを示す蛍光体である。R0とスペクトルオーバーラップJ(λ)との関係は以下の式によって定義される(Lakowicz, J.R., Principles of Fluorescence Spectroscopy, 2nd ed. Kluwer Academin/Plenum Publishres, p.369):
式中、
である。より好ましい態様において、エネルギーアクセプターはAlexa Fluor 700、Atto 700、Dy701、またはAlexa Fluor 750である。最も好ましい態様において、該エネルギーアクセプターはAlexa Fluor 700である。
【0036】
最も好ましい態様において、Ru-発光団は、Ru(batho)2bpyである。
【0037】
本発明において用いることができるRu錯体と蛍光体との間のそのような蛍光共鳴エネルギー転移測定のためのさらなる色素対は、国際公開公報第02/41001号に開示される。
【0038】
結合パートナーの希釈は少なくとも500倍、好ましくは少なくとも1000倍、または400倍もしくは1000倍と10,000倍の間であり、ここで希釈は2000倍〜10,000倍、または2000倍〜8000倍である。
【0039】
以下の章において、実施例に開示した非制限的な態様を考察する。
【0040】
試験システムとして、リン酸化および非リン酸化基質ペプチドをエネルギーアクセプターとしてAlexa Fluor 700によって標識し、リン酸化基質ペプチドをエネルギードナーとしてRu(batho)2bpyによって標識した。Alexa標識キナーゼ基質ペプチドは酵素によってリン酸化される。検出のために、リン酸化Ru(batho)2bpy検出ペプチドおよびIMAP(商標)ビーズを反応混合物に加える。リン酸化基質と検出ペプチドはいずれもビーズに結合し、このように蛍光共鳴エネルギー転移(FRET)が起こりうるように非常に近位に存在する(図1)。
【0041】
FRET対として、寿命の長い金属-リガンド錯体Ru(batho)2bpy(τ=3μs)をエネルギードナーとして用い、Alexa Fluor 700をエネルギーアクセプターとして用いた。Ru標識ペプチドのIMAP(商標)ビーズへの結合は、蛍光体としてのAlexa Fluor 700の蛍光偏光測定に影響を及ぼさなかった。双方の読出し技術(FPおよびFRET)を比較すると、FRETはより感受性の高い方法であることが判明した。10%のリン酸化で既に0.5より大きいz'因子を生じる。さらに、FRET測定では、FPと比較して必要なIMAP(商標)ビーズは少なくとも10倍少ない。このように、高価な試薬を節約するために典型的に行われるが、アッセイ法の取り扱いを複雑にし、それによって不安定で再現性の不良な処理が起こる、液体の取り扱い量および読出しを縮小する必要なく、試薬消費量の有意な減少が達成される。
【0042】
要約した、本明細書に開示のFast-TR-FRETキナーゼIMAP(商標)アッセイ法は、強固で感度がよく、要求の少ないIMAP(商標)ビーズであり、時間ゲート検出のために低いバックグラウンド蛍光を有する。
【0043】
FP実験から公知であるように、ビーズ上の遊離の結合部位が、リン酸化ペプチドの結合を妨害するATPによって占有されることから、シグナルはATPによって影響を受ける。ATPとは対照的に、EDTAはFRETシグナルに対して影響を及ぼさなかった。ATPの影響は、本明細書に記載の三パートシステムのアッセイ成分の滴定後、無視することができる。
【0044】
原則として双方の蛍光体を基質の標識として用いることができる。Ru錯体の基質標識としての長所は、Alexa Fluor 700と比較して高い化学的安定性、標識プロセスの柔軟性を増強するNHSエステルおよびマレイミドとしてのその利用性である。
【0045】
Alexa Fluor 700の代用は、同等の励起および放射スペクトルを有し、NHSエステルおよびマレイミドとして利用できるAtto 700であってもよい。そのより小さい吸収係数(ε=120000 M-1cm-1)のために、R0は、FRET対Ru-Atto 700ではRu-Alexa Fluor 700(ε=192000 M-1cm-1、R0=62 Å)と比較して〜5Å減少する。Ru錯体(またはAlexa Fluor 700もしくはAtto 700)によって標識されるホスホチロシン、他のリン酸化アミノ酸、またはホスフェート基を有する他の小分子を、「万能」検出分子として用いてもよい。
【実施例】
【0046】
実施例1:IMAPビーズへの結合によるFRETの観察
材料
・Alexa Fluor 700によって標識したBiosyntanからの基質ペプチド(YHGHSMSAPGVSTAC)
・Alexa Fluor 700およびRu(batho)2bpyによって標識したBiosyntanからのリン酸化基質ペプチド(YHGHS(H2SO4)MSAPGVSTAC)
・キナーゼ酵素:PDHK2(標準的な方法によって発現された組換え型ピルビン酸デヒドロゲナーゼキナーゼ2)
・Molecular Devices(IMAP(商標)Explorerキット(IPP)製品番号R8062)からのIMAP(商標)ビーズ
・緩衝液:dest.H2O+0.05%BSAによって1:5倍希釈したIMAP(商標)結合緩衝液
【0047】
器具
・Zeissプレート:ビジョンリーダー
・プレート:Costar 384、UV-NBS
・励起波長:355 nm
・放射フィルター:730(30)nm、615(10)nm
【0048】
第一の実験において、1:800倍希釈したIMAP(商標)ビーズ(FP測定に関して推奨される希釈 1:400)を、Alexa Fluor 700によって標識した15 nM(最終濃度)リン酸化または非リン酸化基質ペプチド(以降、(リン酸化)Alexa-ペプチド)と、Ru(batho)2bpyによって標識した100 nMおよび300 nM(最終濃度)リン酸化基質ペプチド(以降、リン酸化Ru-ペプチド)の混合物にそれぞれ加えた。次に、反応混合物をIMAP(商標)ビーズおよびリン酸化Ru-ペプチドに関する読出しのために50倍希釈した。図2aは、この測定の未加工データを示す。FRETシグナル(黒色)のみがRu錯体単独(白色)のバックグラウンドシグナルを超えた。非リン酸化Alexa-ペプチドのビーズに対する非特異的結合によりFRETは認められなかった(灰色)。バックグラウンド補正FRETシグナル(図2b)は、リン酸化Ru-ペプチド濃度が増加すれば増加し、このことは、100 nMリン酸化Ru-ペプチドおよび15 nMリン酸化Alexa-ペプチドによってIMAP(商標)ビーズが飽和されなかったことを示している。
【0049】
実施例2:基質としてのAlexa-ペプチドおよびRu-ペプチドの比較
1:4000倍希釈したIMAP(商標)ビーズと共に20 nMリン酸化Ru-ペプチドおよび100 nMリン酸化Alexa-ペプチドを用いて、実験を同様に行った。図3は、基質としてRu-ペプチド(白色)またはAlexa-ペプチド(黒色)のいずれかを用いた実験の未加工データを比較する。異なる測定パラメータを二つの実験に用いたために、直接比較できたのは、FRETシグナル対Ruバックグラウンドの比のみであった。FRETシグナルは、Alexa標識基質を用いた場合、Ruバックグラウンドの2倍であったが、この比は、Ru標識基質を用いた場合には6倍に増加した。いずれの実験においても、Alexa Fluor 700は、FRETシグナルの時間ゲート検出のためにバックグラウンドに寄与しなかった(遅延100 ns)。
【0050】
実施例3:IMAP(商標)ビーズの滴定
読出しの最適な条件を決定するために、20 nMリン酸化Alexa-ペプチドおよび100 nMリン酸化Ru-ペプチドによって異なるIMAP(商標)希釈を試験した(図4)。FRETシグナルは、1:400倍希釈と比較してIMAP(商標)ビーズを1:2000倍希釈した場合には、3倍増加した。さらに希釈すると、シグナルは再度減少して、1:10,000倍希釈では1:400倍希釈と同じシグナルに達した。先に述べたように、1:400倍希釈では、IMAP(商標)ビーズは飽和されなかった。さらに希釈すると、IMAP(商標)ビーズあたりより多くのリン酸化Ru-ペプチドが得られ、FRETシグナルの増加が起こった。1:2000倍より大きい希釈では、IMAP(商標)ビーズあたりのリン酸化Ru-ペプチドの数は再度減少した。
【0051】
実施例4:FRETシグナルに及ぼすATPおよびEDTAの影響
FP実験から、ATPがビーズに結合して、このようにリン酸化キナーゼ基質の結合を防止することから、ATPの添加によって偏光ウインドウが減少することが示された。したがって、ATPは、FRETシグナルに同様に影響を及ぼすと予想された。キナーゼ反応は典型的に100 μM ATPおよび1μM基質によって行われた。FRET読出しに関してIMAP(商標)ビーズを加える前に、反応混合物を50倍希釈してATPの最終濃度2μMを得た。図5は、ATP濃度が増加するとFRETシグナルが減少することを示す。FRETシグナルは、2μM ATPによって2倍減少した。
【0052】
図6は、FRETシグナルが、キナーゼ反応を停止させるために用いられるEDTAの添加によって影響を受けなかったことを示している。EDTAはリン酸化基質のIMAP(商標)ビーズに対する結合に影響を及ぼさず、ルテニウム錯体にも全く影響を及ぼさなかった。調べたEDTA濃度(64 μMまで)はまた、IMAP(商標)ビーズに対して測定可能な影響を及ぼさなかった。より高い濃度では、ビーズ上のM3+と錯体を形成して、このようにリン酸化ペプチドの結合に影響を及ぼす可能性がある。
【0053】
実施例5:キナーゼアッセイ法
Fast-TR FRETキナーゼIMAP(商標)アッセイ法の感度を調べるため、およびこれを確立されたFP IMAP(商標)アッセイ法と比較するために、キナーゼアッセイ法のシミュレーションを行った。20 nM Alexa-ペプチドのリン酸化のレベルを、非リン酸化およびリン酸化Alexa-ペプチドを混合することによって0%〜100%まで増加させた。二つのIMAP希釈を用い、すなわちFP測定に関して推奨される希釈である1:400倍と、100%リン酸化Alexa-ペプチドによってなおも良好なFRETシグナルを示す1:4000倍希釈(図4)を用いた。FRETシグナルは、いずれのIMAP(商標)希釈に関してもリン酸化の増加と共に増加した(図7(a)および(c))。予想されたように、FRETシグナルは、1:400倍希釈と比較して1:4000倍希釈ではより高く、z'因子(白い菱形)は、10%〜100%リン酸化で0.5より大きかった。FP測定の場合、1:400倍希釈のIMAP(商標)の検出ウィンドウは200 mPであり、20%〜100%リン酸化で0.5またはそれより良好なz'因子をもたらした(図7(b))。IMAP(商標)ビーズの1:4000倍希釈は、ウィンドウを70 mPに劇的に減少させ(図7(d))、FP実験の感度を低下させた。
【0054】
実施例6:キナーゼ反応の速動性
PDHK2酵素1μlをキナーゼ緩衝液(25 mM Hepes pH 7.4、150 mM NaCl、18.7 mM MgCl2、0.4 mM NH4Ac、0.025%Triton X-100、1.87 mM DTT)11μlにおいて希釈した。次に、5μM Alexa標識基質ペプチドの基質緩衝液(25 mM Hepes pH 7.4、150 mM NaCl、0.01%Triton X-100)溶液3μlを酵素に加えた。陽性対照として、基質溶液は500 μM ATPを含み、陰性対照ではATPは反応物に存在しなかった。これによって、反応に対する最終濃度は1μM基質および100 μM ATPとなった。30℃で2、3、4、および5時間インキュベートした後、反応混合物1μlを採取して、200 nMリン酸化Ru-ペプチド24μlおよびIMAP結合緩衝液におけるIMAPビーズ25μlを加えることによって、反応を停止させ、リン酸化Ru-ペプチドの最終濃度は100 nMとなった。IMAP(商標)ビーズに関して異なる3つの希釈、すなわち1:2000、1:4000、および1:8000倍を用いた。ビーズをRTで60分間インキュベートした。読出しに関して、基質の最終濃度は、20 nM(リン酸化)Alexa-ペプチドであり、ATPの最終濃度が2μMであれば、FRETシグナルは容易に検出できるはずである(図5)。図8は、三つのIMAP希釈(青色1:2000倍、赤色1:4000倍、緑色1:6000倍)に関する陽性および陰性対照に関するキナーゼ反応の速動性を示す。認められたFRETシグナルは、三つ全ての希釈に関して十分に強かった。
【0055】
実施例7:キナーゼ反応のATP依存性
ATPに関する用量反応曲線(図9)から、アッセイ法において用いたATP(100 μM)がEC50 3.6μMより十分上であったことを示している。これらはキナーゼ反応における濃度であり、読出しではそれらは50倍少ないことに注目されたい。過剰量のATPはATP結合部位に関する競合的阻害剤の発見を妨害し、阻害剤が存在しない場合の最大のリン酸化を仮定した。シグナルは32 μM ATPで最大に達した。より高いATP濃度では、シグナルは、IMAP(商標)ビーズに結合した読出し混合物における遊離のATPのために再度減少し、このようにIMAP(商標)ビーズの結合能が減少した。IMAP(商標)ビーズの結合能に関するこの問題は周知であり、アッセイ試薬の適切な滴定によってアッセイにおいて調節する必要がある。
【0056】
本明細書において測定されたATP濃度の増加によるFRETシグナルの減少(最大シグナルから1.6および1.9倍の減少(32μM(読出しでは0.64μM)〜128μM(読出しでは2.56μM)および256μM(読出しでは5.12μM))は、ATPの滴定と非常によく対照し(図5)、これらのATP濃度では1.6倍および2.1倍の減少が起こった。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】Fast-TR-FRET読出しに関するIMAP(商標)ビーズを用いたキナーゼ反応の略図を示す。
【図2】15 nMリン酸化Alexaペプチドならびに100 nMおよび300 nMリン酸化Ru-ペプチドに関して、IMAP(商標)希釈1:800倍でそれぞれ認められたFRETシグナル(黒色)を示す。灰色:15 nM Alexaペプチドおよびリン酸化Ru-ペプチドおよびIMAP(商標)ビーズ、白色:リン酸化Ru-ペプチドおよびIMAP(商標)ビーズ。ビーズをRTで30分インキュベートした。読出し:730(30)nm、遅延100 ns、ゲート100 ns、曝露時間4秒。左のパート(a)は、未加工データを示し、右のパート(b)は有効なFRETシグナルを示す。
【図3】20 nMリン酸化Ru-ペプチドおよび100 nMリン酸化Alexa-ペプチド(IMAP(商標)希釈1:4000倍)(白色)ならびに15 nMリン酸化Alexa-ペプチドおよび100 nM Phos-PDHK-Ru(IMAP(商標)希釈1:800倍)(黒色)の未加工データを示す。読出し:730(30)nm、遅延100 ns、ゲート100 ns、曝露時間10 s(白色)および4 s(黒色)。
【図4】20 nMリン酸化Alexa-ペプチドおよび100 nMリン酸化Ru-ペプチド、RTで60分間のインキュベーション、読出し:730(30)nm、遅延100 ns、ゲート100 ns、曝露時間5 sを用いた異なるIMAP(商標)希釈によるFRETシグナルを示す。
【図5】FRETシグナルに及ぼすATPの影響を示す。20 nMリン酸化Alexa-ペプチド、100 nMリン酸化Ru-ペプチド、RTで60分間のインキュベーション、読出し:730(39)nm、遅延100 ns、ゲート100 ns、曝露時間8 s。
【図6】FRETシグナルに及ぼすEDTAの影響を示す。20 nMリン酸化Alexa-ペプチド、100 nMリン酸化Ru-ペプチド、RTで60分間のインキュベーション、読出し:730(30)nm、遅延100 ns、ゲート100 ns、曝露時間8 s。
【図7】20 nM(リン酸化)Alexa-ペプチドおよび100 nMリン酸化Ru-ペプチド、IMAP(商標)希釈1:400倍((a)および(b))、ならびに1:4000倍((c)および(d))によるキナーゼアッセイ法のシミュレーションを示す。RTで60分間のインキュベーション。読出し:FRET:730(30)nm、遅延100 ns、ゲート100 ns、曝露時間10 s、FP:励起655(50)nm、放射710(40)nm。
【図8】キナーゼアッセイ法の速動性を示す。読出し:730(30)nm、遅延100 ns、ゲート100 ns、曝露時間7 s。
【図9】キナーゼ反応に関して1μM Alexa-ペプチドを用いたATPの用量反応曲線を示す。読出しにおける最終濃度は:20 nM(リン酸化)Alexa-ペプチド、100 nMリン酸化Ru-ペプチド、1:4000倍希釈IMAP(商標)ビーズであった。読出し:730(30)nm、遅延100 ns、ゲート100 ns、曝露時間10 s。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
結合パートナー、検出分子、および基質分子を相互作用させる段階を含む、キナーゼまたはホスファターゼ活性を決定するための方法であって、該検出分子がエネルギードナーまたはアクセプターによって標識され、検出分子がエネルギーアクセプターによって標識される場合には該基質分子がエネルギードナーによって標識され、検出分子がエネルギードナーによって標識される場合には該基質分子がエネルギーアクセプターによって標識され、該結合パートナーが、リン酸化基質分子に限って結合する、以下の段階を含む方法:
a)キナーゼによって該基質分子をリン酸化する、またはホスファターゼによってリン酸化基質分子を脱リン酸化する段階;および
b)段階a)において得られた基質分子を、該結合パートナーおよび該検出分子と相互作用させる段階;ならびに
c)該結合パートナーに結合した該基質分子および該検出分子のエネルギードナーからエネルギーアクセプターへのエネルギー転移を測定することによってキナーゼまたはホスファターゼ活性を決定する段階。
【請求項2】
結合パートナーがIMAP(商標)ビーズ上の金属イオンである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
エネルギードナーが50マイクロ秒未満の放射寿命を有する、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
放射寿命が10マイクロ秒未満である、請求項3記載の方法。
【請求項5】
放射寿命が5マイクロ秒未満である、請求項3記載の方法。
【請求項6】
放射寿命が2〜3マイクロ秒である、請求項3記載の方法。
【請求項7】
エネルギードナーがRu-発光団である、請求項1〜6のいずれか一項記載の方法。
【請求項8】
エネルギーアクセプターが、少なくとも10ÅのR0を生じるRu-錯体とのスペクトルオーバーラップを示す蛍光体である、請求項1〜7のいずれか一項記載の方法。
【請求項9】
エネルギーアクセプターがAlexa Fluor 700、Atto 700、Dy701、またはAlexa Fluor 750である、請求項8記載の方法。
【請求項10】
エネルギーアクセプターがAlexa Fluor 700である、請求項9記載の方法。
【請求項11】
Ru-発光団がRu(batho)2bpyである、請求項7〜10のいずれか一項記載の方法。
【請求項12】
試料が光学検出経路に対して移動するシステムによって行われる、請求項1〜11のいずれか一項記載の方法。
【請求項13】
システムが実験器具スピンシステムである、請求項1〜12のいずれか一項記載の方法、
【請求項14】
システムが微少溶液システムまたはフロースルーセルである、請求項1〜12のいずれか一項記載の方法。
【請求項15】
結合パートナーの希釈が少なくとも500倍である、請求項1〜14のいずれか一項記載の方法。
【請求項16】
希釈が1000倍〜10,000倍である、請求項15記載の方法。
【請求項17】
別々の容器に、結合パートナーおよび少なくとも一つの検出分子を含み、結合パートナーおよび検出分子の最適な量を個々に滴定することができる、請求項1〜16のいずれか一項記載の方法を行うためのキット。
【請求項18】
基質分子をさらに含む、請求項17記載のキット。
【請求項19】
別々の容器に、ビーズ、一つより多い検出分子、一つより多い基質ペプチドを含み、検出分子および基質ペプチドがFRET対のセットとして提供される、請求項1〜16のいずれか一項記載の方法を行うためのキット。
【請求項1】
結合パートナー、検出分子、および基質分子を相互作用させる段階を含む、キナーゼまたはホスファターゼ活性を決定するための方法であって、該検出分子がエネルギードナーまたはアクセプターによって標識され、検出分子がエネルギーアクセプターによって標識される場合には該基質分子がエネルギードナーによって標識され、検出分子がエネルギードナーによって標識される場合には該基質分子がエネルギーアクセプターによって標識され、該結合パートナーが、リン酸化基質分子に限って結合する、以下の段階を含む方法:
a)キナーゼによって該基質分子をリン酸化する、またはホスファターゼによってリン酸化基質分子を脱リン酸化する段階;および
b)段階a)において得られた基質分子を、該結合パートナーおよび該検出分子と相互作用させる段階;ならびに
c)該結合パートナーに結合した該基質分子および該検出分子のエネルギードナーからエネルギーアクセプターへのエネルギー転移を測定することによってキナーゼまたはホスファターゼ活性を決定する段階。
【請求項2】
結合パートナーがIMAP(商標)ビーズ上の金属イオンである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
エネルギードナーが50マイクロ秒未満の放射寿命を有する、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
放射寿命が10マイクロ秒未満である、請求項3記載の方法。
【請求項5】
放射寿命が5マイクロ秒未満である、請求項3記載の方法。
【請求項6】
放射寿命が2〜3マイクロ秒である、請求項3記載の方法。
【請求項7】
エネルギードナーがRu-発光団である、請求項1〜6のいずれか一項記載の方法。
【請求項8】
エネルギーアクセプターが、少なくとも10ÅのR0を生じるRu-錯体とのスペクトルオーバーラップを示す蛍光体である、請求項1〜7のいずれか一項記載の方法。
【請求項9】
エネルギーアクセプターがAlexa Fluor 700、Atto 700、Dy701、またはAlexa Fluor 750である、請求項8記載の方法。
【請求項10】
エネルギーアクセプターがAlexa Fluor 700である、請求項9記載の方法。
【請求項11】
Ru-発光団がRu(batho)2bpyである、請求項7〜10のいずれか一項記載の方法。
【請求項12】
試料が光学検出経路に対して移動するシステムによって行われる、請求項1〜11のいずれか一項記載の方法。
【請求項13】
システムが実験器具スピンシステムである、請求項1〜12のいずれか一項記載の方法、
【請求項14】
システムが微少溶液システムまたはフロースルーセルである、請求項1〜12のいずれか一項記載の方法。
【請求項15】
結合パートナーの希釈が少なくとも500倍である、請求項1〜14のいずれか一項記載の方法。
【請求項16】
希釈が1000倍〜10,000倍である、請求項15記載の方法。
【請求項17】
別々の容器に、結合パートナーおよび少なくとも一つの検出分子を含み、結合パートナーおよび検出分子の最適な量を個々に滴定することができる、請求項1〜16のいずれか一項記載の方法を行うためのキット。
【請求項18】
基質分子をさらに含む、請求項17記載のキット。
【請求項19】
別々の容器に、ビーズ、一つより多い検出分子、一つより多い基質ペプチドを含み、検出分子および基質ペプチドがFRET対のセットとして提供される、請求項1〜16のいずれか一項記載の方法を行うためのキット。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7a】
【図7b】
【図7c】
【図7d】
【図8】
【図9】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7a】
【図7b】
【図7c】
【図7d】
【図8】
【図9】
【公開番号】特開2007−37546(P2007−37546A)
【公開日】平成19年2月15日(2007.2.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−207285(P2006−207285)
【出願日】平成18年7月31日(2006.7.31)
【出願人】(591003013)エフ.ホフマン−ラ ロシュ アーゲー (1,754)
【氏名又は名称原語表記】F. HOFFMANN−LA ROCHE AKTIENGESELLSCHAFT
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年2月15日(2007.2.15)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年7月31日(2006.7.31)
【出願人】(591003013)エフ.ホフマン−ラ ロシュ アーゲー (1,754)
【氏名又は名称原語表記】F. HOFFMANN−LA ROCHE AKTIENGESELLSCHAFT
【Fターム(参考)】
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