説明

三塩化シランの精製方法

【課題】多結晶シリコンの原料となる三塩化シランについて、ホウ素等の不純物を効果的に分離除去し、かつ不純物除去剤による汚染の問題を生じる虞もない精製効果に優れた精製方法を提供する。
【手段】 金属シリコンに塩酸ガスを反応させて生成した三塩化シランを精製する工程において、該三塩化シランを含む混合流体を蒸留装置に導いて塩化シラン系ポリマーと接触させ、三塩化シランを蒸留させて精製する一方、上記混合流体に含まれる低沸点不純物を上記ポリマーに取り込ませて蒸留残として三塩化シランから分離し、上記ポリマーと共に系外に除去することを特徴とする三塩化シランの精製方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体用多結晶シリコンを製造するための原料として用いられる三塩化シランの精製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体デバイス用の多結晶シリコンは、シーメンス法に代表されるように、主に高温下でのクロルシランの水素還元あるいは熱分解によって製造されている。この半導体デバイス用多結晶シリコンは非常に高純度であることが要求されている。現状の製造工程での不純物の分離は、多結晶シリコン融液からの単結晶引き上げ、あるいは多結晶シリコンの原料であるクロロシランの精密蒸留によって行われている。しかし不純物の中でもホウ素はシリコンに近い分配係数を有するため、単結晶シリコンの引き上げでの除去は難しく、原料のクロロシランガスについて多段蒸留塔を用いた精密蒸留に依存している。
【0003】
従来、この多段蒸留塔を用いた精密蒸留において、ホウ素やアルミニウム等の不純物を分離する手段として、これらの高沸点錯体を形成させて分離する方法が数多く提案されている。例えば、(イ)少量の水や水蒸気を導入する方法(特許文献1、2)、(ロ)フェノール類、チッソ含有化合物などを導入する方法(特許文献3,4,5)、(ハ)シロキサン結合を有する化合物を導入する方法(特許文献6)などが知られている。
【特許文献1】西独特許出願公告第1028543号公報
【特許文献2】西独特許出願公告第1074560号公報
【特許文献3】米国特許第3403003号公報
【特許文献4】米国特許第3126248号公報
【特許文献5】米国特許第3041141号公報
【特許文献6】特開昭57−135712号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の上記(イ)の方法は、副生する塩酸によって蒸留装置が腐食し、その腐食によって蒸留装置の鋼から溶出したリン等による汚染の問題があり、上記(ロ)(ハ)の方法は有機物を含むため、かえってその有機物による汚染の問題がある。また、上記何れの方法においても高沸点錯体を形成するために過剰量を必要とし、そのため、それらの未反応物による汚染を招く問題がある。
【0005】
具体的には、粗三塩化シランに含まれる不純物のホウ素は主に三塩化ホウ素(BCl3、沸点12.4℃)として存在し、これは二塩化シラン(沸点8℃)と沸点が近いため、多段蒸留塔において二塩化シランと共に三塩化シラン(沸点31.8℃)含みで分離されている。このホウ素を含む二塩化シランを主成分とする留出物は、半導体級二塩化シランを必要とする場合は、さらなる超精密蒸留にて精製しており、通常はこれを加水分解により二酸化珪素に変えることで無害化する。しかし、この方法ではシリコンおよび塩素の損失となるうえ、発火性の高い危険物である二塩化シランや三塩化シランを密閉系外で取り扱うことは、安全上の問題がある。また、加水分解によって副生する塩酸は装置の腐食を招き、またこれを廃棄するには環境汚染防止のため中和処理が必要である。また、二酸化珪素を分離回収する必要があり処理コストが嵩む問題がある。
【0006】
本発明は、従来の精製方法における上記問題を解決したものであり、多結晶シリコンの原料となる三塩化シランについて、ホウ素等の不純物の分離効果に優れ、かつ不純物除去剤による汚染の問題を生じる虞もなく、精製効果に優れた精製方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明によれば以下の精製方法等が提供される。
(1)金属シリコンに塩酸ガスを反応させて生成した三塩化シランを精製する工程において、該三塩化シランを含む混合流体を蒸留装置に導いて塩化シラン系ポリマーと接触させ、三塩化シランを蒸留させて精製する一方、上記混合流体に含まれる低沸点不純物を上記ポリマーに取り込ませて蒸留残として三塩化シランから分離し、上記ポリマーと共に系外に除去することを特徴とする三塩化シランの精製方法。
(2)上記(1)の精製方法において、金属シリコンに塩酸ガスを反応させて生成した三塩化シランを含む混合ガスを凝縮して蒸留装置に導き、この蒸留装置で塩化シラン系ポリマーと接触させて三塩化シランを蒸留精製する一方、低沸点不純物を上記ポリマーに取り込ませて分離し、該蒸留装置を経由した三塩化シランをさらに精密蒸留装置に導いて三塩化シランを精密蒸留する三塩化シランの精製方法。
(3)上記(1)または(2)の精製方法において、三塩化シラン混合流体中の低沸点不純物が三塩化ホウ素を含むものであり、上記混合流体を塩化シラン系ポリマーに接触させて上記三塩化ホウ素を高沸点錯体に変性させ、これを上記ポリマーと共に系外に除去する三塩化シランの精製方法。
(4)上記(1)〜(3)の何れかに記載する精製方法において、精製した三塩化シランガスを水素と共に赤熱したシリコン棒に接触させて水素還元または熱分解によって多結晶シリコンを析出させる反応炉の排出ガスから回収した液体を塩化シラン系ポリマーとして用いる三塩化シランの精製方法。
(5)上記(1)〜(4)の何れかに記載する精製方法において、精製後の三塩化シランに含まれるホウ素濃度が1ppm以下である三塩化シランの精製方法。
(6)上記(1)〜(5)の何れかの方法によって精製された三塩化シランを原料として製造されたホウ素濃度0.02ppba以下の多結晶シリコン。
【0008】
〔具体的な説明〕
以下、本発明を具体的に説明する。なお、以下の説明において三塩化シランをTCSと云い、四塩化ケイ素をSTCと云う場合がある。
本発明の精製方法は、金属シリコンに塩酸ガスを反応させて生成した三塩化シランを精製する工程において、該三塩化シランを含む混合流体を蒸留装置に導いて塩化シラン系ポリマーと接触させ、三塩化シランを蒸留させて精製する一方、上記混合流体に含まれる低沸点不純物を上記ポリマーに取り込ませて蒸留残として三塩化シランから分離し、上記ポリマーと共に系外に除去することを特徴とする三塩化シランの精製方法である。
【0009】
本発明は、多結晶シリコン生成反応において副生する塩化シラン系ポリマーを、三塩化シランを含有する塩化シラン混合流体に含まれる不純物を除去する除去剤として利用する。この塩化シラン系ポリマーとは、Si−Si結合あるいはSi−Si−Si結合等のポリシラン結合を有するものを云う。なお、この塩化シラン系ポリマーをポリシランと云う場合がある。ポリシランは、例えば、精製した三塩化シランガスを水素と共に赤熱したシリコン棒に接触させて水素還元または熱分解によって多結晶シリコンを析出させる反応炉から排出された排液を用いることができる。
【0010】
ポリシラン結合はシロキサン結合(Si-O−Si結合)よりも格段に配位能力が高く、二塩化シラン、三塩化シラン、四塩化珪素等のクロロシランにポリシランを添加すると、これらに含まれている三塩化ホウ素などのホウ素化合物と反応して容易に錯体を形成し、この錯体は三塩化シランよりも沸点がかなり高いので、三塩化シランから効果的に分離することができる。
【0011】
具体的には、上記反応炉から排出された塩化シラン系ポリマー排液を蒸留装置に導入し、該蒸留装置において三塩化シランを含む塩化シラン混合ガスと混合して十分に気液接触させると、ホウ素が上記ポリマーに捕捉されて高沸点物を形成し、蒸留残となるので蒸留する塩化シランと分離することができる。具体的には、例えば蒸留前の三塩化シラン含有混合流体中のホウ素濃度が0.1%レベルであるものを、蒸留後には1ppm以下のレベルまで低減することができる。
【0012】
本発明の精製方法の一例を、図1の工程図に基づき、塩化反応装置における粗三塩化シランの生成、その精製工程、シリコン析出反応工程に従って具体的に説明する。図中、10は三塩化シランを生成する塩化炉、11は生成した塩化シラン混合ガスを凝縮する凝縮装置、12は上記混合ガスに含まれる低沸点不純物を除去する蒸発装置、13は蒸発した粗三塩化シランを溜めるタンク、14はこの粗三塩化シランを精製する精密蒸留装置、15は精密蒸留で得た半導体級純度の三塩化シランを溜めるタンク、16は多結晶シリコンの析出反応炉、17は排ガスから水素を回収し精製する工程、18は反応炉から排出された排出物から三塩化シランを分離回収する蒸留装置、19は上記排出物から四塩化ケイ素を蒸発させて塩化シラン系ポリマーを分離する装置である。各装置は図示するように管路で連通されている。
【0013】
金属シリコン(純度98wt%以上)、塩酸ガス、その他の工程で発生するシラン系ガス等を塩化反応装置(塩化炉10)に投入し、金属シリコンの塩化反応によって、三塩化シランを主成分とする塩化シラン混合ガスを得る。この混合ガスに含まれる金属シリコンダストの大部分を除去した後に、この混合ガスを凝縮装置11に導入して液化し、蒸発装置12に導入する。
【0014】
蒸発装置12には液化された上記混合流体が導入されると共にシリコン析出反応炉16から排出された塩化シラン系ポリマーが導入され、この蒸発装置12において粗塩化シランを含む上記混合流体と塩化シラン系ポリマーが混合され接触される。この蒸発装置12は例えば、密閉攪拌槽に蒸発手段を設けた構造であり、槽内は三塩化シランの沸点以上に加熱され、蒸発した粗三塩化シランガスは冷却して液化し、タンク13に導入され一時的に貯留される。
【0015】
一方、蒸発装置12において、上記混合流体に含まれている三塩化ホウ素などは塩化シラン系ポリマーに捕捉されて高沸点錯体を形成し、蒸発せずに残留する。これを上記ポリマーと共に系外に抜き出す。
【0016】
タンク13の粗三塩化シランは精密蒸留装置14に導入される。精密蒸留装置14は例えば蒸留塔を多段に設置した構造を有ししており、蒸留を繰り返すことによって、半導体級の超純度精製三塩化シランが得られる。この半導体級純度の三塩化シランは一時的にタンク15に貯留された後に、多結晶シリコンの原料ガスとして反応炉16に導入される。
【0017】
反応炉16には原料の三塩化シランと共に水素が導入される。炉内には多結晶シリコンによって形成された多数のシリコン棒が立設しており、これに通電して炉内がおよそ800〜1200℃に加熱される。この赤熱したシリコン棒に三塩化シランガスと水素ガスが接触し、水素還元ないし熱分解によって多結晶シリコンがシリコン棒表面に析出し、次第にシリコン棒が成長する。一方、この析出反応の過程で、二塩化シランなどの低沸点シラン、四塩化珪素、塩化シラン系ポリマーが副生し、反応後に未反応の水素ガスや三塩化シランガスと共に反応炉16から炉外に排出される。
【0018】
この排出ガスは水素回収工程17に導入され、ここで排出ガスに含まれる水素ガスが分離され、分離回収された水素は精製されて再び反応炉16に導入される。
【0019】
水素を分離した排出ガスは蒸留装置18に導入され、ここで排出ガスに含まれている半導体級純度の三塩化シランが蒸留分離される。この回収した三塩化シランガスは、精密蒸留から導入された三塩化シランと共に一時的にタンク15に貯留された後に、原料ガスとして再び反応炉16に導入される。蒸留装置18は通常の蒸留塔を用いることができる。
【0020】
一方、塩化シラン系ポリマーと四塩化ケイ素を含む高沸点物は蒸留せずに残留する。この残留物を蒸留装置18から抜き出して分離装置19に導入する。
【0021】
分離装置19において、塩化シラン系ポリマーは濃縮されて液状になり、この塩化シラン系ポリマー液が上記蒸発装置12に導入され、先に述べたように粗塩化シランを含む混合流体と混合され、この混合流体に含まれている三塩化ホウ素がこの塩化シラン系ポリマーに捕捉されて高沸点錯体が形成され、粗三塩化シランから分離される。
【発明の効果】
【0022】
本発明の精製方法によれば、塩化炉によって生成した粗三塩化シランガスに含まれるホウ素等の不純物を効率よく精製分離することができる。具体的には、三塩化シランガス中のホウ素濃度を1ppm以下、好ましくは0.06ppbレベルに低減することができる。また、不純物除去剤であるポリシランとして、多結晶シリコン析出反応炉から排出されたポリマー液を用いることによって、塩化炉による三塩化シランの生成工程から、その精製工程、および多結晶シリコン析出工程に至る一連の製造工程において生じる副生物を他の工程において利用することができ、一連の製造工程の効率を高めることができる。
【0023】
さらに、本発明の精製方法は、例えば多段蒸留精製工程において、任意の精製塔から抜き出した三塩化シランガスについて適用することができるので、精製条件に対応して容易に実施することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明の実施例を示す。
〔実施例1〕
所定の温度範囲に制御された塩化反応装置により、二塩化シラン0.5wt%、三塩化シラン88.0wt%、四塩化珪素11.5wt%の平均組成からなる粗三塩化シランを得た。この粗三塩化シランに含まれるホウ素濃度は3,000〜6,000wtppbであった。
次に、この粗三塩化シラン100重量部に対して、分離濃縮した塩化シラン系ポリマーを0.2重量部〜1.1重量部の範囲で蒸発装置に添加した。蒸発装置に添加した塩化シラン系ポリマーの平均組成は、四塩化珪素54.3wt%、その他5.2wt%であり、Si−Si結合を有する塩化シラン系ポリマーの合計含有量は40.5wt%であった。
この塩化シラン系ポリマーを粗三塩化シランに添加して蒸発処理したことによって、ホウ素系不純物がSi−Si結合を含むポリマーに捕捉されて高沸点錯体を形成し、これが系外へ排出された結果、精密蒸留装置へ導入される粗三塩化シラン中のホウ素濃度が200ppba以下まで低減した。さらに、この粗三塩化シラン液を精密蒸留装置に導入して精製した三塩化シランは、ホウ素濃度が0.005〜0.010ppbaであり、安定的に半導体級の三塩化シランを得ることができた。また、この半導体級三塩化シランを原料として得られた多結晶シリコン中のホウ素濃度も0.005〜0.015ppbaで極めて安定した高純度多結晶シリコンを得ることができた。この結果を表1に示した。
【0025】
〔比較例〕
一方、蒸発装置へ塩化シラン系ポリマーを添加しなかった以外は実施例と同様にして三塩化シランを精製したところ、蒸発装置を経た粗三塩化シラン中のホウ素濃度は蒸発装置導入前の粗三塩化シラン中のホウ素濃度とほほ同じ3000〜6000wtppbであった。この粗三塩化シラン液を精密蒸留装置に導入し、実施例と同じ蒸留条件によって三塩化シランを精製したところ、精製後の三塩化シラン中のホウ素濃度は0.025〜0.050ppbaであり、本発明の実施例の約5倍であった。また、この三塩化シランを原料として得られた多結晶シリコン中のホウ素濃度は0.025〜0.060ppbaであり、本発明の実施例の約5倍であった。この結果を表1に示した。
【0026】
以上のように、本発明の精製方法は、Si−Si結合を含む塩化シラン系ポリマーを、粗三塩化シランに添加して蒸留処理を行うことによって、蒸留前の粗三塩化シランに含まれるホウ素濃度を従来の30分の1以下に低減することができ、次工程の精密蒸留におけるホウ素系不純物除去の負荷を大幅に軽減することができた。また、精製された半導体級三塩化シランに含まれるホウ素濃度を安定して低く抑えることができ、その結果、極めて品質の安定した超高純度多結晶シリコンを生産することができた。
【0027】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】は本発明の精製方法の具体例を示す工程図
【符号の説明】
【0029】
10−塩化炉、11−凝縮装置、12−蒸発装置、13−タンク、14−精密蒸留装置、15−タンク、16−反応炉、17−水素回収精製工程、18−蒸留装置、19−塩化シラン系ポリマーの分離装置。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属シリコンに塩酸ガスを反応させて生成した三塩化シランを精製する工程において、該三塩化シランを含む混合流体を蒸留装置に導いて塩化シラン系ポリマーと接触させ、三塩化シランを蒸留させて精製する一方、上記混合流体に含まれる低沸点不純物を上記ポリマーに取り込ませて蒸留残として三塩化シランから分離し、上記ポリマーと共に系外に除去することを特徴とする三塩化シランの精製方法。
【請求項2】
請求項1の精製方法において、金属シリコンに塩酸ガスを反応させて生成した三塩化シランを含む混合ガスを凝縮して蒸留装置に導き、この蒸留装置で塩化シラン系ポリマーと接触させて三塩化シランを蒸留精製する一方、低沸点不純物を上記ポリマーに取り込ませて分離し、該蒸留装置を経由した三塩化シランをさらに精密蒸留装置に導いて三塩化シランを精密蒸留する三塩化シランの精製方法。
【請求項3】
請求項1または2の精製方法において、三塩化シラン混合流体中の低沸点不純物が三塩化ホウ素を含むものであり、上記混合流体を塩化シラン系ポリマーに接触させて上記三塩化ホウ素を高沸点錯体に変性させ、これを上記ポリマーと共に系外に除去する三塩化シランの精製方法。
【請求項4】
請求項1〜3の何れかに記載する精製方法において、精製した三塩化シランガスを水素と共に赤熱したシリコン棒に接触させて水素還元または熱分解によって多結晶シリコンを析出させる反応炉の排出ガスから回収した三塩化シラン、四塩化珪素より高沸点の液体を塩化シラン系ポリマーとして用いる三塩化シランの精製方法。
【請求項5】
請求項1〜4の何れかに記載する精製方法において、精製後の三塩化シランに含まれるホウ素濃度が1ppm以下である三塩化シランの精製方法。
【請求項6】
請求項1〜5の何れかの方法によって精製された三塩化シランを原料として製造されたホウ素濃度0.02ppba以下の多結晶シリコン。



【図1】
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