説明

三次元皮膚モデルの製造方法

【課題】脂肪細胞を導入した三次元皮膚モデルの新規な製造方法の提供。
【解決手段】本発明は、三次元皮膚モデルの製造方法であって、1)支持体上に、下から順に線維芽細胞、ケラチノサイトが積層された表皮・真皮モデルを準備する工程、2)前駆脂肪細胞を培養し所望の程度に分化及び/又は増殖させる工程、3)前記表皮・真皮モデルを前記脂肪細胞上に据える工程、を含んで成る方法、を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂肪細胞を導入した三次元皮膚モデルの製造方法及び当該製造方法により得られる三次元皮膚モデルに関する。
【背景技術】
【0002】
化粧品の開発においては、ヒトの皮膚の代わりに、マウスなどの動物モデルの皮膚を人為的に対象の皮膚症状に近づけた後、直接候補薬剤を適用して評価する方法が一般的である。しかしながら、動物モデルで得られた結果は必ずしもヒトの皮膚に適用できるものでもない。また、近年、欧州では動物愛護の観点から化粧品の開発に関して動物実験を規制する動きが広がっており、動物実験の代替となるin vitro薬物評価系の確立が必要とされている。
【0003】
従来より、ヒトの皮膚を模した三次元皮膚モデルの開発が様々なグループにより進められており、中には実際に市販されているものもある。これらの公知の三次元皮膚モデルの多くは、コラーゲンゲル等の支持体上に線維芽細胞、当該線維芽細胞上にケラチノサイトが積層された構造を有している(Amano S. et al., Exp. Cell Res., Vol.271, pp.249-262, 2001やTsunenga M. et al., Matrix. Biol., Vol.17, pp.603-613, 1998)。
【0004】
ケラチノサイト及び線維芽細胞は、それぞれ表皮、真皮の主要構成細胞である。しかしながら、皮膚は、大きく分けて表皮、真皮、そして皮下組織の三層から成るため、上記三次元皮膚モデルは、主に脂肪細胞から構成されている皮下組織について対応する構造を欠いていることになる。
【0005】
実際の皮膚において、脂肪細胞から放出されるアディポネクチンは、表皮からのIL-6産生を阻害し(Ajuwon KM, AJP May, 2005, 288(5) pp.1220-5)、また、同様に脂肪細胞因子であるレプチンはコラーゲン産生を促進することが知られている(Ezure T. et al., Biofactors. 2007; 31 (3-4):pp.229-36))。また、線維芽細胞やケラチノサイトから放出されるIL-1はPPARγ(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γ)を阻害して脂肪細胞分化の進行を抑制し(Suzawa M et al., Nat Cell Biol. Mar, 2003,5(3):pp.224-30)、表皮から放出されるIL-18は、アディポネクチンの発現を抑制する(Chandrasekar B et al., February 15, 2008, J. Biol. Chem. 283(7): pp.4200-9 )。このように、脂肪細胞と線維芽細胞やケラチノサイトは互いに相関している。そのため、より皮膚に近い構成を有する三次元皮膚モデルを得るには、従来の皮膚モデルに脂肪細胞を導入することが必要と考えられる。
【0006】
Sugihara H. et al., British Journal of Dermatology, Vol. 144, pp. 244-253では、ケラチノサイト及び線維芽細胞に加え、脂肪細胞を含む三次元皮膚モデルについて開示している。しかしながら、得られた三次元皮膚モデルでは、ケラチノサイト及び線維芽細胞と脂肪細胞とが相互作用を示すことが確認されなかった。このため、同文献では脂肪細胞を皮膚モデルに導入したことの効果について明らかとされていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Amano S. et al., Exp. Cell Res., Vol.271, pp.249-262, 2001
【非特許文献2】Tsunenga M. et al., Matrix. Biol., Vol.17, pp.603-613, 1998
【非特許文献3】Suzawa M et al., Nat Cell Biol. Mar, 2003,5(3):pp.224-30
【非特許文献4】Chandrasekar B et al., February 15, 2008, J. Biol. Chem. 283(7): pp.4200-9
【非特許文献5】Sugihara H. et al., British Journal of Dermatology, Vol. 144, pp. 244-253
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、化粧品等の候補薬剤の効果をin vitroで評価するために、ヒトの皮膚に近い構成を有し、且つ各細胞が相互作用することのできる三次元皮膚モデルを作製する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
Sugihara H.ら(上掲)は、コラーゲンゲル溶液と脂肪細胞を混合してゲルを形成させた後、同様にコラーゲンゲル溶液と線維芽細胞とを含む混合溶液を当該ゲル上に注ぎ、形成した新たな細胞層上にケラチノサイトを播種して三次元皮膚モデルを作成する方法を採用している。本発明者が鋭意検討した結果、表皮・真皮に相当するモデルと、脂肪細胞とを別々に調製してから組み合わせることで、構成細胞同士が互いに相互作用し得る三次元皮膚モデルの作成が可能であることを見出し、本発明を完成させるに至った。
即ち、本願は下記の発明を包含する:
[1] 三次元皮膚モデルの製造方法であって、
1)支持体上に、下から順に線維芽細胞、ケラチノサイトが積層された表皮・真皮モデルを準備する工程、
2)前駆脂肪細胞を培養し所望の程度に分化及び/又は増殖させる工程、
3)前記表皮・真皮モデルを前記脂肪細胞上に据える工程、
を含んで成る方法、
[2] 前記支持体がコラーゲンとキトサンを含むゲルである、[1]に記載の三次元皮膚モデルの製造方法、
[3] 前記表皮・真皮モデルが、支持体上に線維芽細胞を播種して所定の期間培養した後、当該線維芽細胞上にケラチノサイトを播種し所定の期間培養し、空気曝露することで形成される、[1]又は[2]に記載の三次元皮膚モデルの製造方法、
[4] 前記表皮・真皮モデルと脂肪細胞との間に培地が介在している、[1]〜[3]のいずれかに記載の三次元皮膚モデルの製造方法、
[5] 表皮・真皮モデルと脂肪細胞層とを含む三次元皮膚モデルであって、
1)支持体上に、下から順に線維芽細胞、ケラチノサイトが積層された表皮・真皮モデルを準備する工程、
2)前駆脂肪細胞を培養し所望の程度に分化及び/又は増殖させる工程、
3)前記表皮・真皮モデルを前記脂肪細胞上に据える工程、
を含んで成る方法により得られる三次元皮膚モデル、
[6] 前記支持体がコラーゲンとキトサンを含むゲルである、[5]に記載の三次元皮膚モデル、
[7] 前記表皮・真皮モデルが、支持体上に線維芽細胞を播種して所定の期間培養した後、当該線維芽細胞上にケラチノサイトを播種し所定の期間培養し、空気曝露することで形成される、請求項5又は6に記載の三次元皮膚モデル。
[8] 前記表皮・真皮モデルと脂肪細胞との間に培地が介在している、[5]〜[7]のいずれかに記載の三次元皮膚モデルの製造方法、
[9] 表皮・真皮モデルと脂肪細胞層とを含む三次元皮膚モデルであって、持体上に、下から順に線維芽細胞、ケラチノサイトが積層された表皮・真皮モデルが、前駆脂肪細胞を培養し所望の程度に分化及び/又は増殖された脂肪細胞上に据えられており、当該表皮・真皮モデルと脂肪細胞との間に培地が介在している、三次元皮膚モデル。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法により得られた三次元皮膚モデルにおいては、脂肪細胞を導入したことで、インターロイキン−6(IL-6)の産生レベルが減少し、ケラチノサイトの分化が促進され、コラーゲン遺伝子の発現レベルが増大する等、表皮・真皮モデルの安定化が確認された。一方で、表皮・真皮モデルの存在も脂肪細胞に影響を及ぼしており、例えば脂肪細胞の分化マーカーの発現レベルが落ち着き、分化状態が安定化した可能性が示唆された。更に、当該三次元皮膚モデルは、紫外線照射された場合に、実際の皮膚に近い挙動を示すことも明らかになった。
【0011】
従って、本発明によれば、表皮・真皮モデルと脂肪細胞層とを別々に調製して組み合わせることで、構成細胞が互いに相互作用する、より実際のヒト皮膚の構成に近い三次元皮膚モデルが得られる。また、当該三次元皮膚モデルを使用することで、動物実験に依拠せずに薬剤の有効性又は毒性をin vitroで評価することが可能となる。
【0012】
更に、本発明の方法では、表皮・真皮モデルの調製と別に脂肪細胞を分化・誘導させるため、使用目的に応じて脂肪細胞と表皮・真皮モデルとを組み合わせる時期を適宜調節することができるため、得られた三次元皮膚モデルを脂肪細胞の分化・増殖段階の研究に応用することも可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は、本発明の三次元モデル皮膚の作成手順の一例を示す図である。
【図2】図2は、抗ラミニン5抗体による三次元皮膚モデルの免疫染色写真である。
【図3】図3は、抗トランスグルタミナーゼ抗体による三次元皮膚モデルの免疫染色写真である。
【図4】図4は、抗フィラグリン抗体による三次元皮膚モデルの免疫染色写真である。
【図5】図5は、表皮・真皮モデルに脂肪細胞を導入したことによるIL-6の産生レベルの変化を示すグラフである。
【図6】図6は、表皮・真皮モデルに脂肪細胞を導入したことによるコラーゲン遺伝子の発現の変化を示すグラフである。
【図7】図7は、表皮・真皮モデルに脂肪細胞を導入したことによるMMP遺伝子の発現の変化を示すグラフである。
【図8】図8は、定量RT-PCRを用いて測定した、脂肪細胞と表皮・真皮モデルとを組み合わせたことによるアディポネクチンのmRNAレベルの変化を示すグラフである。
【図9】図9は、ELISAを用いて測定した、脂肪細胞と表皮・真皮モデルとを組み合わせたことによるアディポネクチンの産生レベルの変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
表皮・真皮モデル
本発明により製造される三次元皮膚モデルは、表皮・真皮を模した表皮・真皮モデルと、脂肪細胞層とを含む。本明細書で使用する場合、用語「表皮・真皮モデル」とは、コラーゲンゲル等の支持体上に、線維芽細胞が、そして当該線維芽細胞上にケラチノサイトが積層された構造を有するものを意味する。表皮・真皮モデルと脂肪細胞層との間に培地が介在していてもよい。
【0015】
かかる表皮・真皮モデルは当業者にとって周知の方法(例えば、Amano S. et al., Exp. Cell Res., Vol.271, pp.249-262, 2001(上掲)やTsunenga M. et al., Matrix. Biol., Vol.17, pp.603-613, 1998(上掲)参照のこと)により調製することができ、例えばインサートメッシュ上において繊維芽細胞を支持体に混ぜ込んだものを播いた後、その上にケラチノサイトを播き、培養し、空気曝露することで調製したものであってよい。
【0016】
使用する支持体は、コラーゲン単独のゲル、あるいは、コラーゲンとキトサンを含むゲルであってもよい。既報(Black AF et al., Tissue Engineering, Vol. 11, 723-733, 2005)にあるように、基底膜構造、真皮繊維形成の観点から、コラーゲンとキトサンを含むゲルを用いることが好ましい。また、表皮・真皮モデルはゲルが縮んでいない均一な形状のものを選択することで、同程度の三次元皮膚モデルを複数作成する場合のロット間のばらつきを防ぐことができる。
【0017】
表皮・真皮モデルは、例えば繊維芽細胞を1×104〜108個/cm2、好ましくは0.1〜10×105個/cm2の量で含み、またケラチノサイトを1×102〜106個/cm2、好ましくは1.0〜10×104個/cm2、より好ましくは約4〜8×104個/cm2の量で含むものであってよい。
【0018】
表皮・真皮モデルは市販もされており、特に限定されるわけではないが、例えばTESTSKIN(登録商標)(TOYOBO)などのセルカルチャーインサートが使用できる。
【0019】
表皮・真皮モデルの培養は、例えば培養液として通常のケラチノサイト培養に用いられる培養液、例えばKG培地、EpilifeKG2(クラボウ)、Humedia−KG2(クラボウ)、アッセイ培地(TOYOBO)などを用い、約37℃で0〜14日間かけて行うことができる。培地としては、その他にDMEM培地(GIBCO)又は2−0−a−D−グルコピラノシル−L−アスコルビン酸含有KGMとDMEMを1:1混合した培地などが使用できる。培地は、表皮・真皮モデルと脂肪細胞層とを組み合わせる際に除去してもよい。別の態様において、表皮・真皮モデルと脂肪細胞層との間に表皮・真皮モデルを培養するための上記培地が介在していてもよい。
【0020】
繊維芽細胞及びケラチノサイトは同種系でも異種系であってもよく、あらゆる哺乳動物に由来してよい。更に、表皮・真皮モデルを構成する細胞は、紫外線や薬剤、あるいは遺伝子改変を受けたものであってもかまわない。しかしながら、限定するわけではないが、三次元皮膚モデルの性状をヒト皮膚のものに近づける観点から、ケラチノサイトはヒト由来であることが好ましい。また、使用する繊維芽細胞とケラチノサイトの割合も特に限定されるわけではないが、例えばケラチノサイト4〜8×104~6細胞に対して繊維芽細胞1×105~7細胞、好ましくはケラチノサイト4〜8×105細胞に対し繊維芽細胞1×106細胞とすることができる。
【0021】
脂肪細胞
真皮の下に存在する皮下組織は、その多くが脂肪細胞により構成されている。脂肪細胞の数が増大したり、あるいは脂肪細胞内の油滴が蓄積されて細胞が肥大すると、肥満や肌のたるみが生じる。従って、三次元皮膚モデルに脂肪細胞を含めることでこれらの症状についての研究が可能となる。Sugihara H.ら(上掲)が作成した三次元皮膚モデルでは、脂肪細胞は成熟した脂肪細胞が使用された。本発明の方法では、前駆脂肪細胞を使用し、当該細胞を培養して所望の程度に分化又は増殖した後、表皮・真皮モデルと組み合わされる。
【0022】
本明細書で使用する場合、「前駆脂肪細胞」とは、成熟脂肪細胞への分化能を有する細胞であって、便宜上、成熟して完全に脂肪細胞に分化していない細胞を意味する。また、「成熟脂肪細胞」とは、前駆脂肪細胞に比べて著しく増殖性が低く、かつ細胞内に油滴がかなり蓄積された状態を意味する。前駆脂肪細胞は、表皮・真皮モデルで使用する細胞と同種系でも異種系であってもよく、あらゆる哺乳動物に由来のものを使用することができるが、ヒト皮膚の性状に近似した三次元皮膚モデルを得る観点からはヒト由来であることが好ましい。また、前駆脂肪細胞は、紫外線や薬剤、あるいは遺伝子改変を受けたものであってもかまわない。
【0023】
前駆脂肪細胞は、細胞密度の高い100%コンフルエントな状態にした後に、脂肪細胞への分化を誘導する因子であるインスリン、インドメタシン、デキサメタゾン等を含む培地(以下、「分化用培地」と称する)中で培養することで成熟脂肪細胞へと分化する。分化用培地は市販されており、ヒト前駆脂肪細胞基本培地-2(PBM-2)(CMW社)等が使用されうる。脂肪細胞への分化の程度は、脂肪細胞の形態的特徴、油滴の蓄積、分化マーカーの遺伝子発現を指標として確認することができる。例えば、前駆脂肪細胞は分化するにつれ細胞内に油滴を蓄積していくため、オイルレッド染色により確認された油滴形成を分化の指標としてもよい。分化マーカーとしてはアディポネクチンやPPARγを使用することができる。
【0024】
脂肪細胞への分化がある程度進んだ後は、分化用培地を、分化誘導因子を含まない増殖用培地や三次元皮膚モデル用培地に置換することができる。事実、分化誘導7日目の脂肪細胞を分化誘導因子の非存在下で培養すると、分化速度は遅くなるものの分化が停止することはないことが確認された(結果は示さない)。あるいは、分化用培地と増殖用培地を混合したものを更なる分化過程に使用することもできる。例えば、大半の細胞の分化を誘導しつつ、一部の細胞を増殖させて維持するために、限定しないが、分化用培地:増殖用培地の1:1混合物を利用してもよい。本明細書で使用する場合、「三次元皮膚モデル用培地」とはEGFを除く、ケラチノサイト用無血清培地とDulbecco’s Modified Eagles minimal essential mediumに10%牛胎児血清を添加したものとを1:1で混合したものである。
【0025】
所望の程度に分化した前駆脂肪細胞は、所定の培養条件下で培養して増殖させてもよい。100%コンフルエントに達したものを表皮・真皮モデルと組み合わせることもできる。尚、コンフルエントに至る培養日数は使用する前駆脂肪細胞や増殖条件によって変動する。
【0026】
表皮・真皮モデルと組み合わせる前に前駆脂肪細胞をどの程度分化・増殖させるかは、三次元皮膚モデルの用途によって決定される。例えば、皮膚への外用塗布薬剤が、皮下の脂肪細胞の分化状態に与える影響を検討する場合には、脂肪細胞を未分化な状態で表皮・真皮と組み合わせ、脂肪細胞から出る因子が皮膚に及ぼす影響を検討する場合には、分化させた状態で組み合わせる。
【0027】
三次元皮膚モデル
続いて、適宜分化・増殖した脂肪細胞上に前記表皮・真皮モデルを配置することで三次元皮膚モデルを作成することができる。本発明の製法の一例を図1に示す。脂肪細胞と表皮・真皮モデルは培地を介して間接的に組み合わせてもよいし、培地を介さずに物理的に直接組み合わせてもよい。実際の皮膚の構成により近づける観点からは、表皮・真皮モデルと脂肪細胞との間に培地が介在していないほうが好ましい。また、同程度の三次元皮膚モデルを複数作成する場合、ロット間のばらつきを防ぐために、表皮・真皮モデルはゲルが縮んでいない均一な形状のものを選択するのが好ましい。
【0028】
本発明により得られる三次元皮膚モデルは、脂肪細胞が導入されたことで実際の皮膚に近い挙動を示すようになる。例えば、表皮・真皮モデルに由来する炎症性サイトカインIL-6の産生レベルは低下し、また、I型、III型コラーゲン遺伝子の発現レベルも増加することから、脂肪細胞の存在により表皮・真皮モデルが安定化していると考えられる。更に、当該三次元皮膚モデルでは、生体内と同様の紫外線刺激応答が観察され得る。
【0029】
次に、本願発明を以下の実施例により更に具体的に説明する。
【実施例】
【0030】
1)表皮・真皮モデルの調製
0.3%コラーゲン溶液18mLに5mLの0.7%キトサン溶液(0.084M酢酸)を添加し、さらに、2mLの2.5%のコンドロイチン硫酸溶液を添加した。混合液400μLを12穴のカルチャーインサートに注ぎ、凍結乾燥した。続いて、70%エタノール・乾燥によって殺菌し、1mLの燐酸緩衝液(PBS)で膨潤させた後、PBSを取り除いて、初代培養真皮繊維芽細胞6x105個を200μLのDMEM+10%牛胎児血清(培地)に浮遊させたものをインサートに注いだ。ウエル中には、1mLの培地を注いだ。週3回培地交換しながら、2〜3週間37℃、5%CO2環境で培養した後、培地を取り除き、インサート内に5x106個の初代培養表皮ケラチノサイトを播種した。2〜3日間ケラチノサイト用無血清培地(KG-2;クラボウ)で培養した後、上層の培地を取り除き、インサート外には、EGFを除いたKG-2とDMEM+10%牛胎児血清を1対1で混合したものに250μMのアスコルビン酸を添加した皮膚モデル用培地(三次元皮膚モデル用培地)を加えた。これを週3回培地交換しながら2週間培養(空気曝露)したものを表皮・真皮モデルとした。
【0031】
2)脂肪細胞の分化・増殖
正常ヒト前駆脂肪細胞を増殖用培地(L-glutamine、GA-1000、FBS 添加PBM-2、CMW社)で培養し、12穴プレートにそれぞれ1x105 cellsずつ播種した。約24時間後に100%コンフルエント状態であることを顕微鏡で確認後、分化用培地(h-INSULIN、INDOMETHACIN、DEXAMETHASONE、IBMX添加PBM-2:CMW社)に置換し、その後6日間培養を行った。その間、2日に1回の頻度で培地交換を行った。分化用培地に交換後7日目に分化用培地と増殖用培地を1:1に混合した培地(混合培地)に置換し、その後5日間培養した。混合培地に置換後6日目に三次元皮膚モデル用培地(EGFを除いたKG-2とDMEM+10%牛胎児血清を1対1で混合したもの)に置換した。24時間後、脂肪細胞内に多量の油滴が蓄積したことを確認し、三次元皮膚モデル用培地を除去せず、インサートに作成された表皮・真皮モデルを脂肪細胞上に乗せて三次元皮膚モデルを完成させた。
【0032】
3)脂肪細胞が表皮・真皮モデルに及ぼす影響
表皮・真皮モデルからは、ラミニン5、トランスグルタミナーゼ、フィラグリン、IL-6、コラーゲン、MMP等、種々の因子が放出される。脂肪細胞が表皮・真皮モデルに及ぼす影響を検討するために、上記三次元皮膚モデルを組織学的解析にかけた。
【0033】
イ)組織学的解析
基底膜成分であるラミニン5および、表皮細胞分化のマーカーであるトランスグルタミナーゼ、フィラグリンを免疫染色によって解析した。皮膚モデルをアセトンで固定し、パラフィン切片を作製した。通常の蛍光免疫染色法によって染色した切片を、蛍光顕微鏡下で観察し、写真撮影を行った(図2、図3、図4)。
【0034】
ラミニン5の染色像を図2に示す。矢印で示される線がラミニン5を含む基底膜であり、脂肪細胞がある場合には、ない場合に比べ、その線が明瞭で連続しており、基底膜がより良好に形成されていることがわかる。
【0035】
トランスグルタミナーゼ(図3)および、フィラグリン(図4)はいずれも表皮の分化マーカーである。脂肪細胞がある場合には、ない場合よりも両者の染色像が明瞭であり、表皮細胞が良好に分化して、正常に近い角層を形成していることがわかる。
【0036】
ロ)IL-6産生レベルの評価
形成された皮膚モデルの培養上清中のIL-6を市販のELISAキットを用いて定量した(図5)。皮膚モデル単独の場合に比べ、脂肪細胞が組み込まれた場合には、炎症性サイトカインであるIL-6の量が低下し、皮膚モデルが安定していることがわかる。
【0037】
ハ)表皮・真皮モデルにおけるコラーゲン遺伝子の発現解析
形成された皮膚モデルからRNAを抽出し、RT-PCR法によって各種コラーゲン遺伝子の発現を定量した。皮膚モデルに脂肪細胞を組み込むと、I型およびIII型コラーゲン遺伝子の発現が亢進する結果が得られ、脂肪細胞が真皮線維芽細胞を活性化していることがわかる(図6)。
【0038】
ニ)表皮・真皮モデルにおけるMMP遺伝子の発現解析
形成された皮膚モデルからRNAを抽出し、RT-PCR法によって各種MMP遺伝子の発現を定量した。皮膚モデルに脂肪細胞を組み込むと、真皮の細胞外マトリックスを分解するMMP1遺伝子の発現が低下する結果が得られ、脂肪細胞が真皮層のマトリックスを増加させていることがわかる(図7)。
【0039】
4)表皮・真皮モデルが脂肪細胞に及ぼす影響
脂肪細胞は、表皮・真皮モデルとは異なる固有の因子、例えばトリグリセリド、レプチン、PPARγ、アディポネクチンを放出する。表皮・真皮モデルが脂肪細胞に及ぼす影響について検討した。
【0040】
ロ)脂肪細胞中のアディポネクチンの測定
皮膚モデルと共培養した、あるいは単独で培養した脂肪細胞からRNAを抽出し、RT-PCR法によって、脂肪細胞分化因子であるアディポネクチン遺伝子の発現を定量した(図8)。皮膚モデルと組み合わせることにより、アディポネクチン遺伝子の発現が低下していた。さらに、培養上清中のアディポネクチン蛋白を市販のELISAキットを用いて測定した(図9)。皮膚モデルと合わせて培養した脂肪細胞からのアディポネクチンの発現が低かった。
【0041】
これらの結果は、皮膚モデルと培養することにより、脂肪細胞の分化状態が安定することを示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
三次元皮膚モデルの製造方法であって、
1)支持体上に、下から順に線維芽細胞、ケラチノサイトが積層された表皮・真皮モデルを準備する工程、
2)前駆脂肪細胞を培養し所望の程度に分化及び/又は増殖させる工程、
3)前記表皮・真皮モデルを前記脂肪細胞上に据える工程、
を含んで成る方法。
【請求項2】
前記支持体がコラーゲンとキトサンを含むゲルである、請求項1に記載の三次元皮膚モデルの製造方法。
【請求項3】
前記表皮・真皮モデルが、支持体上に線維芽細胞を播種して所定の期間培養した後、当該線維芽細胞上にケラチノサイトを播種し所定の期間培養し、空気曝露することで形成される、請求項1又は2に記載の三次元皮膚モデルの製造方法。
【請求項4】
前記表皮・真皮モデルと脂肪細胞との間に培地が介在している、請求項1〜3のいずれか1項に記載の三次元皮膚モデルの製造方法。
【請求項5】
表皮・真皮モデルと脂肪細胞層とを含む三次元皮膚モデルであって、
1)支持体上に、下から順に線維芽細胞、ケラチノサイトが積層された表皮・真皮モデルを準備する工程、
2)前駆脂肪細胞を培養し所望の程度に分化及び/又は増殖させる工程、
3)前記表皮・真皮モデルを前記脂肪細胞上に据える工程、
を含んで成る方法により得られる三次元皮膚モデル。
【請求項6】
前記支持体がコラーゲンとキトサンを含むゲルである、請求項5に記載の三次元皮膚モデル。
【請求項7】
前記表皮・真皮モデルが、支持体上に線維芽細胞を播種して所定の期間培養した後、当該線維芽細胞上にケラチノサイトを播種し所定の期間培養し、空気曝露することで形成される、請求項5又は6に記載の三次元皮膚モデル。
【請求項8】
前記表皮・真皮モデルと脂肪細胞との間に培地が介在している、請求項5〜7のいずれか1項に記載の三次元皮膚モデルの製造方法。
【請求項9】
表皮・真皮モデルと脂肪細胞層とを含む三次元皮膚モデルであって、持体上に、下から順に線維芽細胞、ケラチノサイトが積層された表皮・真皮モデルが、前駆脂肪細胞を培養し所望の程度に分化及び/又は増殖された脂肪細胞上に据えられており、当該表皮・真皮モデルと脂肪細胞との間に培地が介在している、三次元皮膚モデル。

【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−235921(P2012−235921A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−107328(P2011−107328)
【出願日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【出願人】(000001959)株式会社 資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】