説明

不定根形成促進剤、該不定根形成促進剤を含有する発根用培地、および、該不定根形成促進剤を用いるクローン苗の生産方法

【課題】植物からの発根を促進して、その発根率を向上させる不定根発根促進剤の有効成分として有用な化合物を提供することを目的とする。さらに、該有効成分を含有する不定根発根促進剤を利用した、挿し木法や組織培養法などによるクローン苗、特に発根能が低い植物種に属するクローン苗の生産性を向上させるための、発根方法および発根用培地を提供することを目的する。
【解決手段】アバミンを含む植物の不定根形成促進剤、前記不定根形成促進剤を含有する、植物のシュートの発根用培地、および前記不定根形成促進剤又は前記発根用培地を用いるクローン苗の生産方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、不定根形成促進剤、該不定根形成促進剤を含有する発根用培地、および、該不定根形成促進剤を用いるクローン苗の生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
挿し穂を挿し床や培地に挿し付けて発根させる挿し木法や、植物体組織を培養しシュートを採取してこれを発根させる組織培養法は、農業生産、植林、育種、その他の分野において、目的に適った形質を持つ均質な植物体(苗)を大量に生産するための植物体の大量生産手段として利用されている。これらの方法において植物組織の発根能は、クローン苗の生産性に大きな影響を与えるため、発根能の向上を図ることは重要である。
【0003】
特開2001−231355号公報(特許文献1)には、ユーカリ属植物およびアカシア属植物から選ばれた植物の採穂母樹を挿し穂として採取する前に、パクロプトラゾールにより処理すると、発根能力が促されることが記載されている。
【0004】
一方、特開2003−113148号公報(特許文献2)には、特定の構造を有する化合物が、植物におけるアブシジン酸の生合成を阻害する作用を有し、植物の成長(生長)や発達の調節に有用であることが記載されている。また、特開2006−117608号公報(特許文献3)には、前記特許文献2に記載の化合物が、単子葉植物の病害を防ぐことができることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−231355号公報
【特許文献2】特開2003−113148号公報
【特許文献3】特開2006−117608号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1に記載のパクロプトラゾールは、採穂母樹をあらかじめ処理してから数ヶ月経過しないと挿し穂を得ることができず、即効性のあるものが求められていた。
【0007】
また、特許文献1に記載の方法は、植物に対する発根能が不十分であり、中でも、もともと発根能の低い植物(例えばユーカリ属植物など)に適用した場合には、発根能の改善を見込めなかった。
【0008】
一方、特許文献2は植物の生長に関するアブシジン酸の制御を行うものであり、挿し木法のように挿し穂の発根、すなわち根組織の分化のみを促進しようとするものとは異なる。一般に挿し穂の発根を促進する条件は、植物体の生長を促進する条件とは異なり、むしろ生長を止める条件が発根を促進する場合も多い。特許文献3は、単子葉植物の病害防除、中でもイネのいもち病防除に関するものであり、挿し穂やその発根とは異なる技術である。
【0009】
本発明は、植物からの発根を促進して、その発根率を向上させる不定根発根促進剤の有効成分として有用な化合物を提供することを目的とする。さらに、該有効成分を含有する不定根発根促進剤を利用した、挿し木法や組織培養法などによるクローン苗、特に発根能が低い植物種に属するクローン苗の生産性を向上させるための、発根方法および発根用培地を提供することを目的する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、以下の〔1〕〜〔4〕を提供する。
〔1〕アバミンを含む植物の不定根形成促進剤。
〔2〕上記〔1〕に記載の不定根形成促進剤を含有する、植物のシュートの発根用培地。
〔3〕植物のシュートを上記〔1〕に記載の不定根形成促進剤の存在下栽培し、前記シュートから発根させる、クローン苗の生産方法。
〔4〕植物のシュートを上記〔2〕に記載の発根用培地にて栽培し、前記シュートから発根させる、クローン苗の生産方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、植物からの不定根形成を促進させ、発根率を向上させることができるので、クローン苗の生産性を向上させることができる。しかも、このような効果は、発根能が低い植物種で特に顕著である。従って、本発明は、広く様々な植物種のクローン苗の大量かつ迅速な生産に寄与するものであり、特に、発根能が低い植物種であっても、クローン苗を大量かつ迅速に生産することを可能とし、その産業的利用に途を開くものである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の植物の不定根形成促進剤は、アバミンを有効成分として含む。
【0013】
アバミンは、[[3−(3,4−ジメトキシフェニル)−アリル]−(4−フルオロベンジル)−アミノ]−酢酸メチルエステルであり、下記式(1)で示される構造を有する。
【化1】

【0014】
アバミンの由来は特に限定されない。例えば、天然物由来のものや化学反応により合成されたものを用いることができる。化学反応による合成方法としては、特開2003−113148号公報などの文献に記載された方法が例示される。
【0015】
本発明の植物の不定根形成促進剤は、アバミンを含むものであればよく、必要に応じて、本発明の目的に反しない限り、他の成分(例えば、他の不定根形成促進剤、オーキシンなどの不定根形成に関する植物ホルモンの活性促進剤)をあわせて含むものであってもよい。他の成分としては、例えば、特願2010−101641号明細書に記載の不定根形成促進剤及びオーキシン活性促進剤、特願2010−101642号明細書に記載の不定根形成促進剤及び植物ホルモン活性促進剤が挙げられる。
【0016】
本発明の不定根形成促進剤は、植物を栽培する際に存在させることにより、不定根形成促進効果を発揮する。
【0017】
植物の種類は特に限定されない。植物は木本植物と草本植物とに分類されうるが、本発明の不定根形成促進剤はこれらのいずれにも適用可能であり、木本植物に適用されることが好ましく、草本植物よりも発根能が劣っている木本植物に適用されることがより好ましい。木本植物としては、ユーカリ属(Eucalyptus)植物、マツ属(Pinus)植物、スギ属(Cryptomeria)植物(スギ(Cryptomeria japonica)など)、サクラ属(Prunus)植物(サクラ(Prunus spp.)、ウメ(Prunus mume)、ユスラウメ(Prunus tomentosa)など)、アボカド属(Avocado)植物、マンゴー属(Mangifera)植物(マンゴー(Mangifera indica)など)、アカシア属(Acacia)植物、ヤマモモ属(Myrica)植物、クヌギ属(Quercus)植物(クヌギなど(Quercus acutissima))、ブドウ(Vitis)属植物、リンゴ(Malus)属植物、バラ属(Rosa)植物、ツバキ属(Camellia)植物(チャ(Camellia sinensis)など)、ジャカランダ属(Jacaranda)植物(ジャカランダ(Jacaranda mimosifolia)など)、ワニナシ属(Persea)植物(アボカド(Persea americana)など)、ナシ属(Pyrus)植物(ナシ(Pyrus serotina Rehder、Pyrus pyrifolia)など)、ビャクダン属(Santalum)植物(ビャクダン(サンダルウッド;Santalum album)など)が例示される。このうち、ユーカリ、マツ、スギ、サクラ、マンゴー、アボカド、アカシア、ヤマモモ、クヌギ、ブドウ、リンゴ、バラ、ツバキ、チャ、ウメ、ユスラウメ、ジャカランタ等に適用した場合に、より本発明の効果を発揮しうる。中でもユーカリ属植物、マツ属植物、スギ属植物、ツバキ属植物、マンゴー属植物、ワニナシ属植物が好ましく、難発根性として知られるユーカリ、マツ、スギ、チャ、マンゴー、アボカド等がより好ましく、ユーカリ、チャがさらに好ましい。
【0018】
ユーカリとしては、難発根性で知られるユーカリが好ましく、ユーカリ・グロビュラス、丸葉ユーカリなどがより好ましく、ユーカリ・グロビュラスが更に好ましい。
【0019】
また、本発明の不定根形成促進剤が適用可能な草本植物としては、アブラナ科、ナス科、イネ科、マメ科等に属する植物が挙げられるが、これらの植物に限定されるものではない。このように、本発明においては、ナス科植物等の野菜類と共に、イネ、小麦等の穀物、豆類、トウモロコシなど食糧生産性植物にも一般に適用できるので、将来的な食糧生産技術の上からも大きな期待がもてる。また、アブラナ科、ナス科、イネ科、マメ科等に属する植物のうち、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、タバコ(Nicotiana tabacum)、イネ(Oryza sativa)、ミヤコグサ(Lotus corniculatus var.japonicus)はモデル植物として広く一般に用いられていることから、研究・開発の発展に貢献できる面でも大きな期待がもてる。
【0020】
植物としては、植物体の一部または全部であればよいが、不定根を形成することが期待される点で、通常は植物体の一部であり、好ましくはシュートである。
【0021】
シュートとは、発根能を有する組織全般をいう。該組織としては、枝、茎、頂芽、腋芽、不定芽、葉、子葉、胚軸、不定胚、苗条原基等が例示される。シュートの由来は特に限定されず、温室や屋外に生育している植物個体から得られたものでもよいし、組織培養法により得られた培養組織であってもよいし、天然の植物体の一部の組織であってもよい。シュートは、挿し穂の母本植物や、多芽体から効率良く取得することができる。中でも、挿し穂(母本植物から得た挿し穂)、母本植物から採取した器官を無菌的に培養することにより得た多芽体、もしくは前記器官を無菌的に育成して得た茎葉であることが好ましい。
【0022】
多芽体は、本発明を適用してクローン苗を生産しようとする植物から、頂芽や腋芽等を切取って、これを組織培養して誘導することができる。多芽体を、母本植物から採取した器官を無菌的に培養して、形成させるには、特開平8−228621号公報に記載の方法、条件に従って行い得る。その方法、条件は概ね次の通りである。まず、材料とする植物から頂芽、腋芽等の組織を採取し、採取した組織について、有効塩素量約0.5%〜約4%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液または有効塩素量約5%〜約15%の過酸化水素水溶液に約10分〜約20分間浸漬して表面殺菌を行う。次いで、これを滅菌水で洗浄し、固体培地に挿し付けて芽を開じょさせ、伸長してきた茎葉を同じ組成の培地で継代培養することにより、多芽体を形成させる。ユーカリ属やアカシア属の組織(例えば腋芽)を用いる場合には、固体培地は、ショ糖1〜5重量%、植物ホルモンとしてベンジルアデニン(以下、BAと略す。)約0.02mg/l以上約1mg/l以下、ゲランガム約0.2重量%以上約0.3重量%若しくは寒天約0.5重量%以上約1重量%以下を含有するムラシゲスクーグ(以下、MSと略す。)培地またはこのMS培地の硝酸アンモニウム成分と硝酸カリウム成分とを半減させた改変MS培地を用いるのが好ましい。こうして形成された多芽体からは活発にシュートが伸長してくる。多芽体自体は、適当に分割して多芽体形成に用いた培地と同一組成の培地で培養することにより維持し、増殖させることができる。
【0023】
一方、シュートとして挿し穂を用いてもよい。通常は挿し穂に対し、投与されることで、その効果を発揮する。挿し穂としては、植物の少なくとも一部であればよく、緑枝(当年枝)、熟枝(前年以前に伸びた枝)等の枝;頂芽や腋芽などの芽;葉、子葉;胚軸などが例示される。木本植物の場合の挿し穂は、通常は緑枝や熟枝であり、草本植物の場合の挿し穂は、通常は葉や芽であるが、これらには限定されない。
【0024】
植物を本発明の不定根形成促進剤の存在下に栽培する方法は、特に制限はなく、植物の種類、部位、状態などから適宜選択できる。具体的には、不定根形成促進剤を含む発根用培地で植物(好ましくはシュート)を培養する方法;不定根形成促進剤を含む溶液を植物(好ましくはシュート)に接触させる方法、が例示される。シュートとして、組織培養法により得られた培養組織を用いる場合には前者が好ましく、シュートとして挿し穂を用いる場合には前者、後者のいずれも好ましい。なお、上記例示した両方法の併用、すなわち、不定根形成促進剤を含む発根用培地で植物を培養しつつ、不定根形成促進剤を含む溶液を植物に接触させる方法を採用することも、もちろん可能である。
不定根形成促進剤を含む発根用培地で植物を培養する場合、発根用培地中の不定根形成促進剤の濃度は、好ましくは約0.01μM以上約100μM以下、さらに好ましくは約0.1μM以上約10μM以下、とりわけ好ましくは約0.5μM以上約5μM以下である。
【0025】
不定根形成促進剤を含む溶液(不定根形成促進剤溶液)を植物(好ましくはシュート)に接触させる場合、その接触の方法は特に限定されず、植物の種類、部位、状態、栽培方法などから適宜選択しうる。例えば、シュートへ不定根形成促進剤溶液を直接散布する方法、支持体を不定根形成促進剤溶液で浸潤させる方法が挙げられる。
【0026】
不定根形成促進剤溶液は、不定根形成促進剤を、適当な溶媒(例えば、水など)に溶解させて調整され得る。水としては、脱イオン水、蒸留水、逆浸透水、水道水などが例示され、いずれも利用可能である。不定根形成促進剤溶液における不定根形成促進剤の濃度は、約0.01μM以上約100μM以下であることが好ましく、約0.1μM以上約10μM以下であることがより好ましく、約0.5μM以上約5μM以下であることがさらにより好ましい。
【0027】
不定根形成促進剤溶液を植物(好ましくは、シュート)に直接散布する場合は、不定根形成促進剤溶液を、スプレーなどを用いて霧状に、植物の一部または全体に散布すればよい。不定根形成促進剤溶液の散布量は、不定根形成促進剤溶液中の不定根形成促進剤の濃度などにもより、一概には規定できないが、一般には1つのシュートあたり約0.5ml以上約5.0ml以下が好ましく、約1.0ml以上約3.0ml以下がより好ましい。散布回数は、1回でも2回以上であってもよいが、少なくとも栽培開始時に散布することが好ましい。さらに栽培条件に応じて、栽培期間中に適宜(例えば数日(2日〜3日)おき)追加で散布を行ってもよい。
【0028】
支持体を不定根形成促進剤溶液で湿潤させる場合は、不定根形成促進剤溶液を支持体上部から散水する方法、不定根形成促進剤溶液を満たした容器内に支持体を置床し底面から潅水させる方法などが例示される。支持体上部から散水する場合、上部からの散水量としては、1つの植物(好ましくは、シュート)あたり約1.0ml以上約10ml以下が好ましく、約3.0ml以上約5.0ml以下がより好ましい。底面から潅水させる場合は、不定根形成促進剤溶液が支持体に、実質的に均一に湿潤されればよい。支持体を不定根形成促進剤溶液で湿潤させる場合、不定根形成促進剤溶液のほかに別途発根用培地を用意し、両者で支持体を湿潤させてもよく、このことは前述したとおりである。
【0029】
本発明において発根用培地とは、植物(好ましくはシュート)から発根させるために用いられる培地を意味する。発根用培地は、銀イオンおよび/または抗酸化剤を含有することが好ましく、銀イオンおよび抗酸化剤の両方を含有することがより好ましい。銀イオンは、チオ硫酸銀(STS、AgS46)や硝酸銀等の銀化合物(銀イオン源)として培地中に添加すればよい。中でもSTSは、培地に添加してシュートを培養すると、健全な根の発根・伸長が促進されるので、本発明で用いる銀イオン源として好ましい。これは、このSTSに由来する銀イオンが、培地中で、チオ硫酸銀イオンの形態を取り、マイナスに帯電しているためと考えられる。発根用培地中に添加する銀イオンの濃度は、銀イオン源の種類その他の培養条件などにもよるが、銀イオン源の濃度として約0.5μM以上約6μM以下が好ましく、約2μM以上約6μM以下がより好ましい。
【0030】
一方、抗酸化剤としては、例えば、アスコルビン酸や亜硫酸塩等、公知のものを用いることができる。中でもアスコルビン酸は、培地への残留性が低いので、本発明で用いる抗酸化剤として好ましい。発根用培地中に添加する抗酸化剤の濃度は、約5mg/l以上約200mg/l以下が好ましく、約20mg/l以上約100mg/l以下がより好ましい。
【0031】
本発明で用いる発根用培地は、上記成分に加え、無機成分、炭素源、ビタミン類、アミノ酸類および植物ホルモン類等を含み得る。
【0032】
無機成分としては、窒素、リン、カリウム、硫黄、カルシウム、マグネシウム、鉄、マンガン、亜鉛、ホウ素、モリブデン、塩素、ヨウ素、コバルト等の元素や、これらを含む無機塩が例示される。該無機塩としては例えば、硝酸カリウム、硝酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸ナトリウム、リン酸1水素カリウム、リン酸2水素ナトリウム、塩化カリウム、硫酸マグネシウム、硫酸第1鉄、硫酸第2鉄、硫酸マンガン、硫酸亜鉛、硫酸銅、硫酸ナトリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、ホウ酸、三酸化モリブデン、モリブデン酸ナトリウム、ヨウ化カリウム、塩化コバルト等やこれらの水和物が挙げられる。無機成分として、上具体例の中から1種を選択して、或いは2種以上を組み合わせて用いうる。
【0033】
本発明で用いられる発根用培地においては、窒素、リン、カリウムが必須元素として含まれることが好ましい。よって、これら無機成分の具体例のうち、窒素、リン、カリウム、窒素を含む無機塩、リンを含む無機塩、およびカリウムを含む無機塩が好ましく、窒素、リン、カリウム、窒素を含む無機塩がより好ましい。無機成分は、発根用培地中の濃度が、1種の場合は約0.1μM以上約100mM以下となるように添加することが好ましく、約1μM以上約100mM以下となるように添加することがより好ましい。2種以上の組み合わせの場合はそれぞれ約0.1μM以上約100mM以下となるよう添加することが好ましく、約1μM以上約100mM以下となるように添加することがより好ましい。
【0034】
炭素源としては、ショ糖等の炭水化物とその誘導体;脂肪酸等の有機酸;エタノール等の1級アルコール、などの化合物を使用することができる。炭素源として、上記具体例の中から1種を選択して、或いは2種以上を組み合わせて用いうる。炭素源は、発根用培地中に約1g/l以上約100g/l以下となるよう添加することが好ましく、約10g/l以上約100g/l以下となるように添加することがより好ましい。しかし、培養を炭酸ガスを供給しながら行う場合には、培地は炭素源を含む必要は無く、含まないことが好ましい。ショ糖等の炭素源となりうる有機化合物は微生物の炭素源ともなるので、これらを添加した培地を用いる場合には、無菌環境下で培養を行う必要があるが、炭素源を含まない培地を用いることにより、非無菌環境下での培養が可能となる。
【0035】
ビタミン類としては、例えば、ビオチン、チアミン(ビタミンB1)、ピリドキシン(ビタミンB4)、ピリドキサール、ピリドキサミン、パントテン酸カルシウム、イノシトール、ニコチン酸、ニコチン酸アミドおよび/またはリボフラビン(ビタミンB2)等を使用することができる。ビタミン類として、上記具体例の中から1種を選択して、或いは2種以上を組み合わせて用いうる。ビタミン類は、発根用培地中の濃度が、1種の場合は発根用培地中に約0.01mg/l以上約200mg/l以下となるように添加することが好ましく、約0.02mg/l以上約100mg/l以下となるように添加することがより好ましい。2種以上の組み合わせの場合はそれぞれ、発根用培地中に約0.01mg/l以上約150mg/l以下となるよう添加することが好ましく、約0.02mg/l以上約100mg/l以下となるように添加することがより好ましい。
【0036】
アミノ酸類としては、例えば、グリシン、アラニン、グルタミン酸、システイン、フェニルアラニンおよび/またはリジン等を使用することができる。アミノ酸類として、上記具体例の中から1種を選択して、或いは2種以上を組み合わせて用いうる。アミノ酸類は、発根用培地中の濃度が、1種の場合は発根用培地中に約0.1mg/l以上約1000mg/l以下となるように添加することが好ましく、2種以上の組み合わせの場合は、それぞれ発根用培地中に約0.2mg/l以上約1000mg/l以下となるよう添加することが好ましい。
【0037】
また、植物ホルモン類としては、例えば、オーキシン類および/またはサイトカイニン類を使用することができる。オーキシン類としては、ナフタレン酢酸(NAA)、インドール酢酸(IAA)、p−クロロフェノキシ酢酸、2,4−ジクロロフェノキシ酢酸(2,4D)、インドール酪酸(IBA)およびこれらの誘導体等が例示され、これらから選択される1種以上または2種以上を組み合わせて用い得る。また、サイトカイニン類としてはベンジルアデニン(BA)、カイネチン、ゼアチンおよびこれらの誘導体等が例示され、これらから選択される1種以上または2種以上を組み合わせて用い得る。植物ホルモン類としては、オーキシン類のみ、サイトカイニン類のみ、或いはオーキシン類とサイトカイニン類の両方を組み合わせて用いうる。植物ホルモン類は、1種を用いる場合には発根用培地中に約0.01mg/l以上約10mg/l以下となるように添加することが好ましく、約0.02mg/l以上約10mg/l以下となるように添加することがより好ましい。2種以上の場合にはそれぞれ、発根用培地中に約0.01mg/l以上約10mg/l以下となるよう添加することが好ましく、約0.02mg/l以上約10mg/l以下となるように添加することがより好ましい。
【0038】
なお、本発明においては、植物組織培養用培地として公知の培地に、必要に応じて不定根形成促進剤を添加するほか、さらに銀イオンおよび/または抗酸化剤を添加し、さらにまた、炭素源、植物ホルモン類を適宜添加等して、発根用培地として用いてもよい。かかる植物組織培養用培地としては、例えば、MS培地、リンスマイヤースクーグ培地、ホワイト培地、ガンボーグのB−5培地、ニッチニッチ培地等を挙げることができる。中でも、MS培地およびガンボーグのB−5培地が好ましい。これらの培地は、必要に応じて適宜希釈等して用いることができる。
【0039】
上記発根用培地は、液体培地、固体培地のいずれであってもよいが、液体培地の方が作業効率および移植時に根を傷つけることが少ない点で好ましい。液体培地の場合には培地組成を混合し調製してそのまま用い得る。また固体培地の場合には液体培地と同様に培地組成を混合し調製すると同時に、或いは調整後に、寒天またはゲランガム等の固化剤で固化させて使用しうる。固化剤の培地への添加量は、固化剤の種類や培地の組成によっても異なる。固化剤が寒天の場合0.5重量%以上1重量%以下であることが好ましい。固化剤がゲランガムの場合0.2重量%以上0.3重量%以下であることが好ましい。
【0040】
発根用培地への植物(好ましくは、シュート)の挿し付け方法は、培地の種類、培養条件等により適宜選択しうる。発根用培地が固体培地の場合は、発根用培地に直接シュートの基部を挿し付けて培養すればよい。一方発根用培地が液体培地の場合は、例えば、後述の支持体を発根用培地で湿潤させたものにシュートの基部を挿し付けて培養すればよい。なお、発根用培地に挿し付ける時にシュートの基部に傷をつけるといった物理的刺激を加えることも、発根率の向上のために好ましい。シュートの基部とは、シュートの一端であって根が形成される領域(葉の形成される端部に対し反対側)を意味する。シュートとして多芽体を用いる場合の基部は、多芽体を分割する際の切断面を有する領域である。シュートの基部への傷のサイズ(大きさ、形状など)は特に限定されない。例えば、シュートとして多芽体を用いる場合、シュートの基部(上述の切断面)を正面方向から見た際に十字型となるような傷を付けることが好ましい。傷を付ける際には、ハサミやナイフなどを用いることができる。
【0041】
本発明において支持体とは、植物(好ましくは、シュート)を支持するための支持体である。発根用培地(特に固体培地)を用いる場合などには、支持体は不要の場合があるが、それ以外の場合には通常支持体が利用される。
【0042】
支持体は、栽培の期間中シュートを指しつけた状態で保持できるものが好ましい。また、栽培にあたり液状の発根用培地を用いる場合には、通常、支持体に浸潤させて用いられる。よって支持体は液体で浸潤され得るものが好ましく、中でも、不定根形成促進剤溶液、或いは不定根形成促進剤を含む液体培地により実質的に均一に湿潤され得るものが好ましい。発根用培地として、液体培地を用いる場合には、液体培地(不定根形成促進剤溶液を含まない)と不定根形成促進剤溶液とを別個に支持体に添加してもよいし、予め調製した不定根形成促進剤を含む液体培地を支持体に添加してもよい。支持体としては、従来慣用の支持体を用いることができ、特に限定されない。支持体としては例えば、砂、赤玉土等の自然土壌;籾殻燻炭、ココナッツ繊維、バーミキュライト、パーライト、ピートモス、ガラスビーズ等の人工土壌;発泡フェノール樹脂、ロックウール等の多孔性成形品などを挙げることができる。かかる支持体を培養容器内に入れ、不定根形成促進剤溶液、或いは不定根形成促進剤を含む液体培地にて湿潤させることにより発根床が調製され得る。なお、発根用培地が固体培地の場合には、固体培地を直接培養容器に入れることで、発根床が調製され得る。
【0043】
本発明においては、発根用培地または支持体を納めるための培養容器を用い得る。培養容器としては、従来慣用の培養容器を用いることができ、特に限定されない。例えば、育苗ポット、プラグトレーなどが例示される。培養容器は密閉型でもよいし開放型でもよいが、密閉型のものが好ましい。密閉型の培養容器を用いることにより、散布された不定根形成促進剤溶液を保持することができる。また、シュートやこれから形成されるクローン苗を取り巻く環境の湿度維持が容易となる。
【0044】
シュートとして枝を用いる場合には、培養容器として密閉型の培養容器を用いることが好ましい。これによりシュートを高湿度下に置くことが容易となるので枝についた葉の蒸散作用が抑制され、従来行われていた葉の一部切除処理を省略することができる。
【0045】
培養容器は、容器内への炭酸ガス供給が可能な容器であることがより好ましい。このような培養容器としては、二酸化炭素透過性の膜で蔽われた開口部を有する容器が例示される。このような容器を用いることにより、培養環境の湿度をも容易に調整しうる。開口部の形状は特に問わない。二酸化炭素透過性の膜の材料は特に限定されず、ポリテトラフルオロエチレンなどが例示される。また、膜の孔径も特に限定されず、約0.1μm以上約1μm以下のものなどが例示される。
【0046】
植物を栽培する際の栽培条件としては、植物から発根させ得る条件である限り特に限定されない。栽培条件は、植物の種類、部位、状態、発根用培地の種類などにより一概に規定することは難しいが、例えば、温度は、約23℃以上約28℃以下であることがより好ましい。光強度は、光合成有効光量子束密度として表され、約10μmol/m2/s以上約1000μmol/m2/s以下であることが好ましく、約50μmol/m2/s以上約500μmol/m2/s以下であることがより好ましい。いずれの場合でも、通常は約2週間以上約5週間以内で、シュートからの発根が観察されるようになる。
【0047】
栽培は、約650nm以上約670nm以下の波長成分と約450nm以上約470nm以下の波長成分とを9:1〜7:3の割合で含む光の照射下で行うことが好ましく、これらの波長成分を9:1〜8:2の割合で含む光の照射下で行うことがより好ましい。かかる波長成分を含む光を照射して栽培を行うことで、植物(好ましくは、シュート)からの発根がより促進され得る。
【0048】
さらに、炭酸ガスを栽培環境中に、通常は300ppm以上2000ppm以下、好ましくは800ppm以上1500ppm以下となるように供給することが好ましい。炭酸ガスの供給量の制御は、人工気象器等の設備や、二酸化炭素透過性の膜を開口部に有する培養容器などを利用して行われうる。
【0049】
湿度は植物の種類等栽培条件に応じて調整することができる。通常は、50%以上、好ましくは60%以上である。また、ユーカリ属植物の場合、80%以上であることが好ましく、85%以上であることがより好ましい。この湿度であることにより、植物からの発根を促進することができる。また上限については特に制限はない。
【0050】
一方、シュートとして挿し穂を用いる場合には、遮光を行うことが好ましい。遮光率は、30%以上70%以下が好ましく、40%以上60%以下がより好ましい。
【0051】
以上のようにして、本発明の不定根発根促進剤を用いて、植物から不定根を発根させることができる。不定根が発根した状態のものは、通常、クローン苗と呼ばれる。本発明の不定根発根促進剤を用いて一定期間栽培(植物の種類、部位、状態などにもよるが、例えばユーカリの場合には10日以上90日以下程度)を続け、根を充実させてから、これを育苗容器、苗畑等に移植して育成し、植林等の所定の目的に使用可能な苗とすることができる。この間の用土や、苗を育成する際の温度・光強度等の条件は、その植物に適するように適宜設定すればよい。なお、不定芽や苗条原基等、培養組織由来のシュートを発根させた場合には、通常、育苗容器等への移植の前に、順化の過程を経る必要がある。
【0052】
[作用]
本発明では、植物のシュートを、不定根形成促進剤の存在下栽培することにより、前記シュートから発根させることができる。その理由は不明であるが、以下比較例として示すように、アバミンSGでは、アバミンと構造が近似するにもかかわらず発根作用が認められないことから、不定根形成促進剤による発根促進作用は、アバミンとアバミンSGの共通の作用であるアブシジン酸合成阻害作用ではなく、他の作用によるものと推察される。
【実施例】
【0053】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。
【0054】
[実施例1及び比較例1]
挿し穂の材料として、ユーカリプタス・グロビュラス(Eucalyptus globulus、以下、単にE.グロビュラスと略記する。)の難発根系統であるユーカリクローンA(G−004)を用いた。すなわち採穂母樹から、5〜20cmの長さ、節が1〜3節、葉が2〜6葉程度に伸長した穂木を切り出し、挿し穂を調製した。
【0055】
得られた挿し穂の基部を、アバミン及びアバミンSG(特開2003−113148号公報の例1〜3に記載された方法に準じて合成した)をそれぞれ1μM、銀イオン源としてSTS(AgS46)5μM、抗酸化剤としてアスコルビン酸50mg/l、および植物ホルモンとしてIBA2mg/lを添加した、4倍希釈MS培地(組成:硝酸アンモニウム 412.5mg/l、硝酸カリウム 475mg/l、リン酸2水素カリウム 42.52mg/l、ヨウ化カリウム 0.21mg/l、なお、本培地に炭素源は添加されていない。)にて湿潤した発泡フェノール樹脂製多孔性支持体(スミザーズオアシス社製、商品名:オアシス)に挿し付け、炭酸ガス濃度1000ppm、温度25℃、650〜670nmの波長成分と450〜470nmの波長成分とを8.2:1.8の割合で含む、光合成有効光量子束密度51.3μmol/m2/Sの赤色光照射下で2ヶ月間培養を行った。なお、このとき培養容器としては、最大寸法が縦10〜11.5cm×横10〜11.5cm×高さ10.0cm程度の、胴部がやや張出した形状の立方体のものを用いた。この培養容器の頂面には、孔径0.45μmのポリテトラフルオロエチレン製膜(ミリポア社製、商品名:ミリシール)を貼り付けた円形開口部1個が設けられている。培養容器内の炭酸ガスの濃度は、培養容器外の炭酸ガスが培養容器の開口部の炭酸ガス透過性の膜より透過するため、培養容器の開口部の膜より透過した濃度(約1000ppm)であった。赤色光照射の培養容器への照射は、光照射装置として商品名:CCFL光源ユニット、メーカー名:日本医化器械製作所を用いて行った。また、培養容器をパラフィルムで封鎖する事により培養容器内の湿度を85%以上となるように調整した。
【0056】
アバミンSGは、[[3−(3,4−ジメトキシフェニル)−アリル]−(4−フルオロベンジル)−アミノ]−酪酸メチルエステルであり、以下の式(2)で表される構造を有する。
【0057】
【化2】

【0058】
挿し穂は、この培養容器1個当たり16本を挿し付けた。挿し穂の供試数と、2ヶ月間培養後に発根したシュートの数(発根数)から、発根率を算出した。結果を表1に示す。
【0059】
[比較例2]
不定根形成促進剤を添加しない培地を用いた以外は実施例1と同様にして培養を行った。結果を表1に示す。
【0060】
【表1】

【0061】
表1から明らかなように、アバミンを用いた場合には、無添加の場合と比較してユーカリの発根率が顕著に高まった。一方、アバミンSGを用いた場合には、無添加より若干高い程度の発根率しか得られなかった。
【0062】
[実施例2及び比較例3]
挿し穂の材料として、E.グロビュラスの超難発根系統であるユーカリクローンB(WA−002)を用いた以外は実施例1及び比較例1と同様にして培養を行った。結果を表2に示す。
【0063】
[比較例4]
不定根形成促進剤を添加しない培地を用いた以外は実施例2と同様にして培養を行った。結果を表2に示す。
【0064】
【表2】

【0065】
表2から明らかなように、アバミンを用いた場合には、無添加の場合と比較してユーカリの発根率が顕著に高まった。一方、アバミンSGを用いた場合には、全く発根が観察されなかった。
【0066】
[実施例3]
材料として、チャ(Camellia sinensis)の一品種を用いた。チャの採穂母樹から、5〜20cmの長さ、節が1〜3節、葉が2〜6葉程度に伸張した穂木を切り出し、挿し穂を調製した。
【0067】
得られた挿し穂の基部を、アバミン1μM、植物ホルモンとしてIBA10mg/lを添加した4倍希釈MS培地にて湿潤した支持体に挿し付けた。ここで支持体としては、バーミキュライトとピートモスの混合土を縦4cm×横4cm×高さ15cmの四角錘のポットが連なった育苗トレイ(縦6列×横11列)に詰めたものを用い、1ポットあたり1本の挿し穂を、計66本挿し付けて実験に供した。挿し付け後の挿し穂は、炭酸ガス濃度1000ppm、温度25℃、湿度60%、650〜670nmの波長成分と450〜470nmの波長成分とを8.2:1.8の割合で含む光合成有効光量子束密度51.3μmol/m2/Sの赤色光照射下、2ヶ月間培養を行った。なお、赤色光照射の照射は、光照射装置として商品名:CCFL光源ユニット、メーカー名:日本医化機器製作所を用いて行った。
【0068】
2ヵ月後、挿し穂の供試数と、発根したシュートの数(発根数)から、発根率を計算した。結果を表3に示す。
【0069】
[比較例5]
不定根形成促進剤を添加しない培地を用いた以外は実施例3と同様にして培養を行った。結果を表3に示す。
【0070】
【表3】

【0071】
表3から明らかなように、アバミンを用いた場合には、無添加の場合と比較してチャの発根率が顕著に高まった。
【0072】
以上のことから、本発明の不定根発根促進剤は、植物種にかかわらず、特に、超難発根の系統においても、優れた発根効果を発揮することが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アバミンを含む植物の不定根形成促進剤。
【請求項2】
請求項1に記載の不定根形成促進剤を含有する、植物のシュートの発根用培地。
【請求項3】
植物のシュートを請求項1に記載の不定根形成促進剤の存在下栽培し、前記シュートから発根させる、クローン苗の生産方法。
【請求項4】
植物のシュートを請求項2に記載の発根用培地にて栽培し、前記シュートから発根させる、クローン苗の生産方法。

【公開番号】特開2012−232907(P2012−232907A)
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−101264(P2011−101264)
【出願日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【出願人】(000183484)日本製紙株式会社 (981)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】