説明

中空糸膜の製造方法および中空糸膜

【課題】本発明は、安全性が高く、モジュール組み立て前のオフラインでの洗浄、およびモジュール組み立て後の洗浄が不要なことで経済性に優れた中空糸膜製造方法及び血液浄化用中空糸膜を提供することにある。
【解決手段】本発明は、ノズルから吐出された製膜原液を凝固浴に浸漬して凝固させ、続いて洗浄浴に導いて過剰の溶媒、非溶媒を洗浄した後、孔径保持材を含浸させ、さらに乾燥させて巻き取る中空糸膜の製造方法において、該洗浄浴中の洗浄液の流れと中空糸膜の走行方向が同一方向であって、かつ該洗浄浴中を走行する中空糸膜が実質的に無延伸であることを特徴とする中空糸膜の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、安全性が高く、モジュール組み立て前のオフラインでの洗浄、およびモジュール組み立て後の洗浄が不要であり、経済性に優れた中空糸膜の製造方法及び血液浄化用中空糸膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
血液浄化に用いられる中空糸膜は、強度の弱い中空糸膜であることが多く、紡糸工程中、特に、洗浄工程で洗浄水の抵抗により中空糸膜が伸びて弛みが生じることによりローラーに巻きついたり、分繊ガイドに絡んだりして糸切れが発生し易いという問題があった。
洗浄工程での弛みを抑制するためには、洗浄工程における中空糸膜の走行テンションを高めて、すなわち洗浄水に抵抗により中空糸膜に弛みが生じる以上のテンションをかけておく(1.5g/HF以上を維持する)必要があった。
具体的には、走行テンションを高く保つためには、洗浄工程に入る前に延伸をかける、あるいは洗浄工程中で延伸をかけるという手段を用いていた。洗浄工程中で延伸をかけると巻付きが低減するのは、中空糸膜の強伸度が強くなり伸びにくい中空糸膜になるとともに、中空糸膜の伸びた長さが延伸により吸収されるためであろうと考えられる。
しかし、このように高いテンションをかけられた状態で製造された中空糸膜は、逆に洗浄効率が低下し製膜原液調合時に使用した溶媒・非溶媒が中空糸膜に残存しやすいという問題があった。また、過度のテンションを受けた中空糸膜は、細孔の変形や非晶領域と結晶領域のバランスが崩れたりして溶質透過性や分離特性が低下するとか、表面状態が粗くなりファウリングを起こし易くなるなどの問題も生ずる。
【0003】
分離膜からの溶媒の除去方法としては、例えば、特許文献1には揮発性有機溶剤を流通させた後、乾燥ガスを相通して残留有機溶剤を揮発させて除去する技術が開示されている。該文献に記載の技術は揮発性の有機溶剤の除去には適しているが、不揮発性あるいは気化温度が高い溶媒に適用するのはコストアップや高温による分離膜への悪影響を考慮すると適用の範囲には制限がある。
【特許文献1】特開平04−190821号公報
【0004】
特許文献2には、逆浸透膜の製造において、該逆浸透膜を製造した後、逆浸透膜のロールまたは束を有機溶剤の水溶液中に所定時間浸漬することにより残存モノマーを除去する技術が開示されている。該技術によれば、洗浄液に逆浸透膜を浸漬する時間は1時間以上が好ましいことが記載されており、非常に長時間の洗浄時間を要している。
【特許文献2】特開平07−80262号公報
【0005】
特許文献3には、走行する高分子多孔質膜を洗浄液槽の上下複数本のローラーに懸架して洗浄を行う際に、ローラーの替わりに外面に多数の孔を設けたドラムを用い、ドラムの孔より洗浄液を噴射しながら高分子多孔質膜を洗浄する技術が開示されている。該文献記載によれば、液噴射ドラムを用いることにより高分子多孔質膜と無接触になるため、スリ傷や押し傷防止に効果があり、洗浄効率がよく残溶媒のない良品を効率よく得ることが可能となる。確かに、該文献に記載の平膜の洗浄方法として前記洗浄技術は有効と思われるが、外径1mm以下程度の中空糸膜の洗浄においてローラーと無接触で走行させることは、却って中空糸膜に弛みが生じるなど該技術を中空糸膜の製造に適用することは困難であると思われる。
【特許文献3】特開平04−281886号公報
【0006】
特許文献4には、製膜後の中空糸束を遠心洗浄装置の回転テーブル上に放射状に配し、これを回転させながら回転中心付近に設置されたノズルより洗浄液を噴射することにより中空糸膜を洗浄する技術が開示されている。該技術は、非常に洗浄効率に優れているが、中空糸束をバッチ処理により洗浄を行うこと、および中空糸束に遠心力がかかることにより、洗浄コストアップや中空糸膜がダメージを受ける可能性がある。
【特許文献4】特開2005−334850号公報
【0007】
特許文献5には、紡糸速度が40m/分以上であり、紡糸水洗工程を走行する中空糸膜の合糸本数が2本以上20本以下、隣り合う糸条との間隔が4mm以上、かつ水洗工程における中空糸膜の延伸比率が0.1%/m以下とする中空糸膜の製造方法が開示されている。該文献には、水洗工程における中空糸膜の延伸比率を比較的抑え、かつ中空糸膜を合糸することにより中空糸膜束としての弛みを抑制しつつ、ローラーへの中空糸膜の巻きつき防止効果を得ている。該文献技術により中空糸膜の生産性は向上するが、中空糸膜を合糸していることから液更新が低下し、溶媒、非溶媒の洗浄除去性の点では疑問がある。
【特許文献5】特開2005−125131号公報
【0008】
前述した従来技術は、いずれも溶媒の除去に関するものであるが、特に非溶媒は洗浄工程において中空糸膜中での移動速度が遅いため、溶媒と比較し残存しやすいという傾向がある。
そのため、中空糸膜に残存した非溶媒を取り除き、中空糸膜の安全性を高めるためには、先述したようにモジュール組み立て前の中空糸膜束をオフライン洗浄するとか、またはモジュール組み立て後に再度洗浄を行うなどの措置がとられており、中空糸膜モジュールの製造工程が煩雑になり、また経済的にも不利であった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、安全性が高く、モジュール組み立て前のオフラインでの洗浄やモジュール組み立て後の洗浄が不要なことで経済性に優れた中空糸膜製造方法及び血液浄化用中空糸膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、ノズルから吐出された製膜原液を凝固浴に浸漬して凝固させ、続いて洗浄浴に導いて過剰の溶媒、非溶媒を洗浄した後、孔径保持材を含浸させ、さらに乾燥させて巻き取る中空糸膜の製造方法において、該洗浄浴中の洗浄液の流れと中空糸膜の走行方向が同一方向であって、かつ該洗浄浴中を走行する中空糸膜が実質的に無延伸であることを特徴とする中空糸膜の製造方法である。
また、この場合において、製膜原液がノズルから吐出されてから巻き取られるまでに中空糸膜にかかる総延伸が5%以下であることが好ましい。
また、本発明は、前記製造方法により製造された中空糸膜であって、該中空糸膜の内径基準の膜面積1m2あたりの残存非溶媒量が10mg以下であることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、ノズルから吐出された製膜原液を凝固浴に浸漬して凝固させ、続いて洗浄浴に導いて過剰の溶媒、非溶媒を洗浄した後、孔径保持材を含浸させ、さらに乾燥させて巻き取る中空糸膜の製造方法において、該洗浄浴中の洗浄液の流れと中空糸膜の走行方向が同一方向であって、かつ該洗浄浴中を走行する中空糸膜が実質的に無延伸で製造されるので、ローラーやガイドへの巻き付きや絡みがなく、中空製膜製造の歩留まりが高いといった利点がある。また、中空糸膜にかかる総延伸が5%以下に抑えられているので、中空糸膜中の非溶媒を効率よく洗浄除去できる利点がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明者らは、従来技術の抱える課題、すなわち中空糸膜の洗浄効率を高めつつ低コストで、しかも中空糸膜の生産歩留まりを高いレベルで維持するという相反する効果を両立させる方法について鋭意検討した結果、ついに本発明に到達した。
【0013】
具体的には、発明者らは洗浄効率の向上を目指し種々の試験を行った。例えば、中空糸膜を多量の洗浄液で洗浄するために洗浄浴中に深く浸漬させたり、洗浄液を塩水として塩析効果を狙ったもの、超音波にて物理的に除去する方法について試みた。
【0014】
多量の洗浄液で洗浄する方法においては、中空糸膜に対して過剰の洗浄液を用いて洗浄を行うことにより中空糸膜中の溶媒および非溶媒の洗浄効率を高めることはできるが、洗浄液中を走行する中空糸膜にかかる洗浄液の抵抗が大きくなるため、中空糸膜に伸びが生じ、紡糸が不安定になるとか、中空糸膜の性能が低下するなどの弊害があった。
また、塩析効果により洗浄効率を高める方法においては、塩を除去するための洗浄を行う必要があり経済的に不利である。
超音波洗浄においても、洗浄効率は高まるが、作業者の作業安全や中空糸膜の物理的特性が損なわれるなどの問題が生じる。
【0015】
さらに洗浄効率の向上と生産性の向上を両立する洗浄方法について検討を進めた。図1に示すような洗浄浴を用いて、中空糸膜の洗浄効率を高める(液更新を効率化する)ために洗浄液の流れと中空糸膜の走行を逆方向とする向流洗浄において、洗浄液の流量を増やしたり、洗浄距離を長くすれば洗浄効率は高まるはずだが、同時に中空糸膜に発生する弛みも大きくなる。走行中の中空糸膜に弛みが生ずるとローラーに巻きつくとか、ガイドに絡むなどして糸切れを起こし易くなるので、弛みを解消する程度の延伸をかける必要が生ずる。
【0016】
しかし、驚くべきことに、洗浄液流量を増やしたり、洗浄距離を長く取ることによる弊害である中空糸膜の弛みを解消する目的で洗浄工程での延伸を大きくしていくと、中空糸膜中の非溶媒残存量が小さくならないということがわかった。この高い延伸をかけられた状態で製造された中空糸膜の残存非溶媒が高い理由についてはよくわからないが、延伸をかけられた中空糸膜は、膜中の非溶媒の移動速度が、延伸をかけない状態と比較し、極端に低下するためであろうと推測している。本願発明においては、後述するような非溶媒を好ましく用い得るが、溶媒や水に比較して粘性が高いことや拡散速度が遅いことも洗浄性がよくない原因の一つであると考えられる。
【0017】
発明者らは、延伸をかけずに中空糸膜を洗浄することに着眼し、すなわち中空糸膜の進行方向と同一方向に洗浄水を流すことにより中空糸膜に極力延伸をかけずに洗浄を行うという発想にたどりついた。即ち、濾過等に用いられる中空糸膜の洗浄においては、膜表面での表面更新の効果よりも、膜中における溶媒の移動速度の影響が遥かに大きいということである。従来、洗浄工程では、表面更新による洗浄効率を向上させるため洗浄液は中空糸膜の進行方向と逆方向に流されているが、このため中空糸膜への洗浄液の抵抗が大きくなり、結果として中空糸膜が伸びやすくなるため過剰な延伸をかける必要があった。
【0018】
この洗浄液の抵抗をなくすことは、中空糸膜の走行と同一方向に洗浄液を流すことで達成できる。中空糸膜と逆方向に洗浄液を流す場合には、中空糸膜の走行は重力に逆らい上方に向かわなければならなかったが、同一方向に流す場合には下方に向かうことができ、更に中空糸膜の伸びを抑制することができるという副次効果もある。
これらにより、洗浄工程で洗浄液の抵抗を低減できるため中空糸膜の伸びを最小限に抑えることができ、洗浄工程で中空糸膜の伸び量を吸収する必要がなくなり、洗浄工程では実質的に無延伸とすることが可能となった。
【0019】
本発明において、洗浄工程における中空糸膜の延伸は実質的に無延伸であることが好ましい。ここでいう実質的に無延伸とは洗浄工程中の巻き取りローラーの表面速度比が1以下であることを意味する。一般的な中空糸膜の製造工程において、ノズルから吐出された製膜原液は、凝固、洗浄、グリセリン付与工程、乾燥工程を通って巻き取られるが、この時、中空糸膜を各工程に導くために回転する駆動ローラーを使用する。中空糸膜の性能を調節するために工程中で延伸を意図的に与えることもあるが、それ以外の場合でも走行する中空糸膜がたるんでローラーに巻きつかないように、工程中あるいは工程間で若干の延伸を加えることがある。中空糸膜の場合、形成した細孔形状を保持するため、性能調節以外の延伸は極力抑える事が望ましい。特に、洗浄工程では、中空糸膜が液中を走行するときに中空糸膜と洗浄液が接触することによる通過抵抗が大きくなり、洗浄工程中では延伸を与えることが多い。洗浄工程における中空糸膜の表面速度比が1を超えると、溶媒、非溶媒の洗浄性が低下するだけでなく中空糸膜のダメージ(すなわち、形成した細孔形状の破壊)が大きくなり、膜の透過性の低下を引き起こすことがある。洗浄工程中の延伸比率は低いほど中空糸膜中の溶媒、非溶媒の洗浄性が高まり、また中空糸膜へのダメージが抑制されるので好ましく、無延伸すなわち、駆動ローラー速度が全て同じであることがより好ましい。
【0020】
洗浄工程での抵抗が低減したことにより、強伸度を小さくすることが可能となるため、洗浄工程に入る前の延伸の低下が可能となり洗浄効率がさらに向上する結果となった。
このようにして製造された中空糸膜は、モジュール作製前などに再度の洗浄を施す必要がないため、作業工数や洗浄コストを抑えることができるという利点がある。本願発明の方法で製造された中空糸膜は、残留非溶媒が1m2あたり10mg以下という信じられない結果をもたらすこととなった。
残留非溶媒量を10mg以下に維持することにより、透析時におけるプライミング処理を短時間で簡潔に行うのみで安全性を損なうことなく使用可能となる。このような理由から残留非溶媒量は少ない方が好ましく、7mg以下がより好ましく、5mg以下がさらに好ましく、3mg以下がさらにより好ましい。
【0021】
例えば、非溶媒としてトリエチレングリコールを使用する場合、トリエチレングリコールの急性毒性の強さの尺度として用いられる半数致死用量LD50はラット静注で11.7mg/kg、ウサギ静注で1.9mg/kg、モルモット静注で10.6mg/kgである。ここで、一般的な血液浄化用モジュールの膜面積は0.1〜2m2であり、そうするとモジュール1本あたりの残留非溶媒量は最大で10mg×2m2=20mg程度となる。この程度であれば、仮にモジュール1本に残留する非溶媒が全て透析患者の血液中に溶出したとしても、十分な安全性を確保することが可能と言える。
【0022】
本発明の中空糸膜の材質は特に限定されるものではなく、例えばセルロース系ポリマー、ポリスルホン系ポリマー等を用いることができる。これらのポリマーの例として、セルロース系ポリマーの場合は、酢酸セルロース、三酢酸セルロースが挙げられ、ポリスルホン系ポリマーの場合は、ポリスルホン、ポリエーテルスルホンを用いるのが好ましい。
【0023】
本発明において、中空糸膜の平均膜厚は10μm以上50μm以下が好ましい。平均膜厚が大きすぎると、本願発明の洗浄方法において十分に洗浄できない可能性がある。また、血液浄化器の設計上、膜面積を大きくする際に膜厚が大きいと、血液浄化器の大きさが大きくなってしまい適切ではない。膜厚は薄い方が洗浄性や物質透過性が高まるため好ましく、45μm以下がより好ましく、40μm以下がさらに好ましい。平均膜厚が薄すぎると、血液浄化器に必要な最低限の膜強度を維持するのが困難になることがある。したがって、平均膜厚は12μm以上がより好ましく、14μm以上がさらに好ましい。ここでいう平均膜厚とは、ランダムにサンプリングした中空糸膜5本を測定したときの平均値である。この時、それぞれの値と平均値との差が、平均値の2割を超えないこととする。
【0024】
また、中空糸膜の内径は100〜300μmであることが好ましい。内径が小さすぎると、中空糸膜の中空部を流れる流体の圧力損失が大きくなるため、溶血の恐れがある。また、内径が大きすぎると、中空糸膜の中空部を流れる血液のせん断速度が小さくなるため、血液中のタンパク質が経時的に膜の内面に堆積しやすくなる。中空糸膜内部を流れる血液の圧力損失やせん断速度が適度な範囲となる内径は150〜250μmである。
【0025】
本発明の中空糸膜の製造方法は特に限定されるものではなく、通常の製造方法によって得ることができる。一例として、図1に示されるようなノズルから吐出された製膜原液が、凝固、洗浄、グリセリン付与工程、乾燥工程を経て巻取られる方法において、洗浄工程を図3に示すような方法をとるのが好ましい。紡糸原液は、ポリマーあるいは複数のポリマーの組合せと溶媒、非溶媒の3元素以上の組合せからなる。紡糸原液中での組成としては、総ポリマー重量分率は15〜35質量%が適切であり、15質量%未満では紡糸原液の粘度が低くなるため可紡性が低く、35質量%超では相分離が速くなりすぎ所期の膜性能を得ることができない可能性がある。総溶媒分率は30〜70質量%、総非溶媒分率は5〜50質量%が好ましい。上記の紡糸原液を室温〜190℃に加熱して均一に溶解させた後、脱泡、濾過した後に、二重環紡糸口の外側から押し出し、中央からは中空保持材を供給する。ここで中空保持剤としては、凝固能を持たせる場合には水または水溶液を、凝固能を持たせない場合には流動パラフィンまたは不活性な気体が用いられる。
【0026】
ノズルより押し出された紡糸原液は40〜60mmの一定距離空中を走行させた後、5〜60℃の凝固性液体中を通って凝固され、膜構造が形成される。得られた中空糸膜を洗浄工程にて脱溶媒、脱非溶媒した後、膜構造を保持させるため30〜60質量%のグリセリン水溶液中を通過させグリセリンを含浸させた後、乾燥機にて乾燥させ、巻き取る。
上記の溶媒としては、いわゆる非プロトン性の極性溶媒、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、γ−ブチロラクトン、N−メチルピロリドン(NMP)などを単独または混合して用いる。
非溶媒としては、無機塩やアルコール類などが挙げられるが、グリセリン、エチレングリコール、トリエチレングリコール(TEG)、ポリエチレングリコールなどのグリコール類を単独または混合して用いることが好ましい。
凝固性液体としては水、または水と紡糸原液で用いた溶媒並びに非溶媒の混合水溶液が使用できる。
【0027】
凝固浴で凝固された中空糸膜は洗浄工程にて溶媒などの不要な成分を洗い流す。このときに用いる洗浄液は水が好ましく、温度は20℃〜80℃が洗浄効果が高くなるため好ましい。洗浄温度が低すぎると洗浄効率が悪く、洗浄温度が高すぎると中空糸膜への負担が大きく、保存安定性や性能に影響を与えることがある。また、膜は凝固浴工程後も活きており、洗浄浴中で外部から力を加えると膜構造や表面形状、孔形状が変形してしまうことがあるので、洗浄浴を走行する中空糸膜になるべく抵抗がかからないような工夫を施すのが好ましい。中空糸膜から溶媒や添加剤等の不要な成分を除去するためには、液更新を高めるのが好ましく、従来は、例えば洗浄液のシャワーの中を中空糸膜を走行させるとか、洗浄液の流れと中空糸膜の走行を向流にするなどして洗浄効率を高めていた。しかし、このような洗浄方法を採用すると中空糸膜の走行抵抗が大きくなるため、中空糸膜に延伸をかけて弛んだり縺れたりすることを防ぐ必要があった。
【0028】
洗浄工程の具体的な態様としては、例えば、図3に示すような洗浄浴に傾きをつけ中空糸膜がその傾斜を下っていくような設備がよい。具体的には、浴の傾斜は1〜3度が好ましい。浴の傾斜が大きすぎると洗浄液の流速が早くなりすぎ中空糸膜の走行抵抗を抑えることができないことがある。浴の傾斜が小さすぎると、洗浄液の滞留による中空糸膜の洗浄不良が発生することがある。このように洗浄浴での中空糸膜への抵抗を抑制することで、洗浄浴入口の中空糸膜の走行速度と出口の走行速度をほぼ同じにすることができる。また、洗浄効率をより高めるために、洗浄浴は多段に配置されるのが好ましい。段数については洗浄性との兼合いにより適宜設定する必要があり、例えば、本発明に使用される溶媒、非溶媒等の除去を目的とするのであれば、3〜30段程度あれば足りる。
【0029】
本発明において、紡糸原液がノズルから吐出されてから巻き取られるまでに中空糸膜にかかる総延伸が5%以下であることが好ましい。ここで、総延伸とは第1凝固浴入口のローラー速度とワインダーでの巻き取り速度を用いて下記式により求めることができる。
総延伸(%)=(ワインダー巻き取り速度−第1凝固浴ローラー速度)/ワインダー
巻き取り速度×100
紡糸工程中での総延伸が高すぎると、中空糸膜中の残溶媒量および残非溶媒量を小さくできないか、または残存(非)溶媒量を小さくするための洗浄コストが増大する以外にも、細孔の変形やポリマー鎖の絡み合いの低下による中空糸膜性能の低下や強伸度の低下を引き起こすことがある。また、総延伸が低すぎて問題となることはほとんどないが、素材特性や膜構造により紡糸工程中で収縮が起こることがあり、第1凝固浴入口のローラー速度よりもワインダー巻取り速度が遅いことはあり得る。したがって、総延伸は−5%以上5%以下がより好ましい。
【実施例】
【0030】
以下、本発明の有効性を実施例を挙げて説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、以下の実施例における物性の評価方法は以下の通りである。
【0031】
(透水性の測定)
血液浄化器の血液出口部回路(圧力測定点よりも出口側)を鉗子で挟んで封止した。37℃に保温した純水を加圧タンクに入れ、レギュレーターにより圧力を制御しながら、37℃恒温槽で保温した血液浄化器の血液流路側へ純水を送り、透析液側から流出した濾液量を測定した。膜間圧力差(TMP)は
TMP=(Pi+Po)/2
とする。ここでPiは透析器入り口側圧力、Poは透析器出口側圧力である。TMPを4点変化させ濾過流量を測定し、それらの関係の傾きから透水性(mL/hr/mmHg)を算出した。このときTMPと濾過流量の相関係数は0.999以上でなくてはならない。また回路による圧力損失誤差を少なくするために、TMPは100mmHg以下の範囲で測定する。中空糸膜の透水性は膜面積と血液浄化器の透水性から算出する。
UFR(H)=UFR(D)/A
ここでUFR(H)は中空糸膜の透水性(mL/m2/hr/mmHg)、UFR(D)は血液浄化器の透水性(mL/hr/mmHg)、Aは血液浄化器の膜面積(m2)である。
【0032】
(膜面積の計算)
血液浄化器の膜面積は中空糸膜の内径基準として求める。
A=n×π×d×L
ここで、nは血液浄化器内の中空糸膜本数、πは円周率、dは中空糸膜の内径(m)、Lは血液浄化器内の中空糸膜の有効長(m)である。
【0033】
(残存溶媒量の測定 −中空糸膜に残存しているNMP量の測定方法−)
中空糸膜90mを100mlの純水に浸漬し、70℃水浴中、1hr静置して溶出液を得る。この溶出液をHPLC(液体クロマトグラフィー)で分析し溶出液中のNMP量を測定する。HPLC測定条件は、カラム:ガードカラムSCR(H)(Shim-pack 島津)、溶媒:蒸留水、流速:1ml/min、検出器:210nm、インジェクションボリューム:50μlである。測定された溶出液の濃度から、中空糸膜の内表面積2.1m2あたりのNMP量を算出する。
【0034】
(残存非溶媒量の測定 −中空糸膜に残存しているTEG量の測定方法−)
中空糸膜90mを100mlの純水に浸漬し、70℃水浴中、1hr静置して溶出液を得る。この溶出液をGC(ガスクロマトグラフィー)で分析し溶出液中のTEG量を測定する。GC測定条件は、キャピラリーカラム:DB-5 30m×0.53mm(J&W Scientific)、キャリアガス:ヘリウム、ガス流量:20ml/min、検出器:WFID、カラムオーブン:150℃、インジェクションボリューム:1μlである。測定された溶出液の濃度から、中空糸膜の内表面積2.1m2あたりのTEG量を算出する。
【0035】
(走行テンションの測定)
1本に分割されて走行している中空糸膜をローラーから洗浄槽間の空走部分の中間地点で、市販のテンションメーター(フルスケール20g程度)を用いて測定する。
【0036】
(中空糸膜の内径、外径、膜厚の測定)
中空糸膜断面のサンプルは以下のようにして得ることができる。測定には中空形成材を洗浄、除去した後、中空糸膜を乾燥させた形態で観察することが好ましい。乾燥方法は問わないが、乾燥により著しく形態が変化する場合には中空形成材を洗浄、除去したのち、純水で完全に置換した後、湿潤状態で形態を観察することが好ましい。中空糸膜の内径、外径および膜厚は、中空糸膜をスライドグラスの中央に開けられたφ3mmの孔に中空糸膜が抜け落ちない程度に適当本数通し、スライドグラスの上下面でカミソリによりカットし、中空糸膜断面サンプルを得た後、投影機Nikon-V-12Aを用いて中空糸膜断面の短径、長径を測定することにより得られる。中空糸膜断面1個につき2方向の短径、長径を測定し、それぞれの算術平均値を中空糸膜断面1個の内径および外径とし、膜厚は(外径−内径)/2で算出した。5断面について同様に測定を行い、平均値を内径、膜厚とした。
【0037】
(実施例1)
セルローストリアセテート(CTA、ダイセル化学社製)17質量%、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)およびトリエチレングリコール(TEG)を7対3の割合で均一に溶解し、製膜溶液の脱泡を行った。得られた製膜溶液を105℃に加温したチューブインオリフィスノズルから中空形成剤として流動パラフィンとともに吐出し、50mmの乾式部を通過後、30℃の20質量%NMP/TEG(7/3)水溶液中で凝固させ、50℃の洗浄槽を経た後、50℃、60質量%のグリセリン浴に通過させ、ドライヤーで乾燥し、紡糸速度75m/minで巻き上げた。洗浄槽は、図3に示すような洗浄槽を用い、傾きを2.5度とし、洗浄水が緩やかに下っていくように調整し、洗浄水を中空糸膜と同じ方向に流れる並流に流した。洗浄水の流速は、0.35m/minに調節、洗浄槽は9段とした。洗浄槽での延伸は0%であった。凝固浴入り口から巻き上げまでの総延伸は4%であった。得られた中空糸膜の内径は200.1μm、膜厚は16.2μmであり、残留溶媒、残留非溶媒を測定した。
得られた中空糸膜を用いて膜面積が1.5m2となるように血液浄化器を組み立てた。血液浄化器に充填された中空糸膜の有効長は、それぞれ22.5cmとし、透水性を測定した。
【0038】
(実施例2)
ポリエーテルスルホン(PES、住化ケムテックス社製スミカエクセル(登録商標)4800P)42質量%、ポリビニルピロリドン(BASF社製コリドン(登録商標)K-90)3.5質量%、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)およびトリエチレングリコール(TEG)を7対3の割合で均一に溶解し、製膜溶液の脱泡を行った。得られた製膜溶液を135℃に加温したチューブインオリフィスノズルから中空形成剤として流動パラフィンとともに同時に吐出し、50mmの乾式部を通過後、5℃の60質量%NMP/TEG(7/3)水溶液中で凝固させ、50℃の洗浄槽を経た後、65℃、60質量%のグリセリン浴に通過させ、ドライヤーで乾燥し、紡糸速度75m/minで巻き上げた。図3に示すような洗浄槽を用い、傾きを2.5度とし、洗浄水が緩やかに下っていくように調整し、水を中空糸膜と同じ方向に流れる並流に流した。洗浄水の流速は、0.35m/minに調節、洗浄浴は9段とした。洗浄槽での延伸は0%であった。凝固浴入り口から巻き上げまでの総延伸は4%であった。得られた中空糸膜の内径は198.2μm、膜厚は15.2μmであった。
【0039】
(実施例3)
実施例2の凝固浴入り口から巻き上げまでの総延伸を8%とした。得られた中空糸膜の内径は200.5μm、膜厚は16.1μmであった。総延伸が大きいためか、残非溶媒が高めであった。
【0040】
(比較例1)
実施例1の洗浄槽を通過する中空糸膜の延伸を0.2%とした。凝固浴入口から巻き上げまでの延伸比は4%であった。得られた中空糸膜の内径は199.9μm、膜厚は15.1μmであった。
【0041】
(比較例2)
実施例1の洗浄槽を、図2に示すような洗浄槽に変え、傾きを2.5度とし、洗浄水が緩やかに下っていくように調整し、水を中空糸膜と対向方向に流れる向流に流した。洗浄水の流速は、0.35m/minに調節、洗浄浴は15段とした。洗浄槽での延伸は0.2%であった。凝固浴入り口から巻き上げまでの総延伸は10%であった。得られた中空糸膜の内径は199.9μm、膜厚は15.1μmであった。
【0042】
(比較例3)
比較例2で用いたのと同様の洗浄槽を用い、傾きを2.5度とし、洗浄水が緩やかに下っていくように調整し、洗浄水を中空糸膜と対向方向に流れる向流に流した。洗浄水の流速は、0.35m/minに調節、洗浄槽は15段とした。洗浄槽での延伸は0%であった。凝固浴入り口から巻き上げまでの延伸比を4%としたところ、中空糸膜に弛みが発生し易くなり洗浄槽のローラーでの捲き付きが多発し、中空糸膜を得ることができなかった。
【0043】
(比較例4)
実施例1の洗浄槽を、図2の洗浄槽に変え、傾きを2.5度とし、洗浄水が緩やかに下っていくように調整し、水を中空糸膜と対向方向に流れる向流に流した。洗浄水の流速は、0.35m/minに調節、洗浄浴は15段とした。洗浄槽での延伸比は0.3%であった。凝固浴入り口から巻き上げまでの延伸比は10%とした。得られた中空糸膜の内径は200.5μm、膜厚は16.1μmであった。
【0044】
【表1】

【0045】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明は、ノズルから吐出された製膜原液を凝固浴に浸漬して凝固させ、続いて洗浄浴に導いて過剰の溶媒、非溶媒を洗浄した後、孔径保持材を含浸させ、さらに乾燥させて巻き取る中空糸膜の製造方法において、該洗浄浴中の洗浄液の流れと中空糸膜の走行方向が同一方向であって、かつ該洗浄浴中を走行する中空糸膜が実質的に無延伸とする中空糸膜の製造方法をとること、また製膜原液がノズルから吐出されてから巻き取られるまでに中空糸膜にかかる総延伸を5%以下とすることにより、中空糸膜製造工程においてローラーへの中空糸膜の巻き付きやガイドへの絡みなどを効果的に抑制でき、かつ特に非溶媒の洗浄効率を高めることができるので、高性能で安全性の高い中空糸膜を安価に製造することが可能となる。従って、産業界に寄与することが大である。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】一般的な中空糸膜の製造工程の一例を示す模式図である。
【図2】ノズルから洗浄工程に至る従来技術の一例を示す模式図である。
【図3】ノズルから洗浄工程に至る本願発明の一例を示す模式図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ノズルから吐出された製膜原液を凝固浴に浸漬して凝固させ、続いて洗浄浴に導いて過剰の溶媒、非溶媒を洗浄した後、孔径保持材を含浸させ、さらに乾燥させて巻き取る中空糸膜の製造方法において、該洗浄浴中の洗浄液の流れと中空糸膜の走行方向が同一方向であって、かつ該洗浄浴中を走行する中空糸膜が実質的に無延伸であることを特徴とする中空糸膜の製造方法。
【請求項2】
製膜原液がノズルから吐出されてから巻き取られるまでに中空糸膜にかかる総延伸が5%以下であることを特徴とする請求項1に記載の中空糸膜の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の製造方法により得られた中空糸膜の内径基準の膜面積1m2あたりの残存非溶媒量が10mg以下であることを特徴とする中空糸膜。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−237987(P2008−237987A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−79367(P2007−79367)
【出願日】平成19年3月26日(2007.3.26)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】