説明

中間生成物の単離方法及び5−ヒドロキシメチルフルフラールの製造方法

【課題】不安定である中間生成物を簡易に収率良く得ることができる中間生成物の単離方法を提供する。
【解決手段】溶媒中で出発物質から中間生成物を経て最終生成物が得られる反応において、反応系中で中間生成物と平衡状態にあり、中間生成物に比べて反応系中での量が多い第2中間生成物を吸着剤に吸着させ、その第2中間生成物を中間生成物に変換しつつ吸着剤から脱離させることにより、一般に不安定である中間生成物を簡易に収率良く得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶媒中で出発物質から中間生成物を経て最終生成物が得られる反応において中間生成物を単離するための中間生成物の単離方法、及びその方法を利用した5−ヒドロキシメチルフルフラールの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶媒中で出発物質(出発原料)から中間生成物を経て最終生成物が得られる反応において、最終生成物を反応系から単離する方法としては、メンブランリアクタを利用する方法等、数多くの方法が知られている。しかし、目的物が中間生成物である場合、中間生成物は一般に不安定であるため、収率良く中間生成物を単離することは困難である。
【0003】
一方、林産資源、水産資源、林産残渣、水産残渣、農産残渣等の生物系資源由来の廃棄物・汚泥・残渣などのバイオマス資源を、エネルギーや資源として利用することが注目されている。バイオマス資源は、生物由来の有機性の物質であり、様々なものがある。エネルギーや化学工業原料などを、環境負荷が大きく廃棄処分の困難な化石燃料からバイオマス資源への転換を図ることで、社会全体の環境負荷を下げることができることから、バイオマス資源は、化石燃料代替エネルギー、化石燃料代替原料の一つとして大きく期待されている。
【0004】
このようなバイオマス資源の中で、植物系のバイオマス資源としてヘキソース(六炭糖)がある。ヘキソースは単糖の中でも動植物界に最も広く分布し、ヘキソース及びその誘導体をバイオマス資源として化学工業原料への変換が可能であれば、化石燃料代替原料として利用することができる。
【0005】
バイオマス資源の1つであるヘキソースは、酸の存在下に容易に脱水することが知られているが、一般に糖類の反応は複雑であり、数多くの中間生成物、最終生成物が得られ、目的の生成物を収率良く得ることは困難である。特に、目的の生成物が中間生成物である場合、収率良く目的物を単離することは困難である。
【0006】
ヘキソースを出発原料とする5−ヒドロキシメチルフルフラール(以下、HMFと略す場合がある)は、各種の医薬、農薬、ポリマー等の原料や中間体として有用である。ヘキソースを出発原料とするHMFの製造方法としては、酸触媒を用いる方法、例えば、ヘキソースを加熱脱水反応する際、水溶液中で塩酸や硫酸などの強酸を触媒として用いる方法が知られている。
【0007】
また、特許文献1には、ヘキソースをゼオライト等の固体酸触媒と接触させることにより、HMFを製造する方法が記載されており、特許文献2には、希土類金属化合物を触媒として極性溶媒を含有する溶液中でヘキソースを加熱してHMFを製造する方法が記載されている。
【0008】
さらに、非特許文献1には、陽イオン交換樹脂の存在下、フルクトースの脱水反応により得られるHMFを活性炭により吸着して得る方法が記載されている。
【0009】
【特許文献1】特表平6−504272号公報
【特許文献2】特開平10−265468号公報
【非特許文献1】ビンケ(Vinke)ら、「スターチ(Starch)」、1992年、44巻、3号、pp.90−96
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記のような、溶媒中で出発物質から中間生成物を経て最終生成物が得られる反応において、一般に不安定である中間生成物を簡易に収率良く得る方法が求められている。
【0011】
一方、酸触媒を用いてHMFを製造する方法では、生成したHMFが水溶液中で分解してレブリン酸やギ酸のような副生物を生じ易いのでHMFを高収率で得ることができなかった。これを防ぐために反応を高温でしかも瞬間的に行う方法もあるが、工業的方法としては操作性や経済性の点から適当ではない。
【0012】
また、特許文献1または2の方法では、高価な触媒を多量に使用するにもかかわらずHMFの収率は充分なものではなく、高温条件あるいは高圧条件が必要であり、工業的に実施するために簡易な方法が求められている。
【0013】
さらに、非特許文献1の方法では、反応系において存在する量が少ない(濃度が低い)HMFを活性炭により吸着して得ているため、HMFの収率が低いという問題がある。
【0014】
本発明は、溶媒中で出発物質から中間生成物を経て最終生成物が得られる反応において、一般に不安定である中間生成物を簡易に収率良く得ることができる中間生成物の単離方法である。
【0015】
また、本発明は、5−ヒドロキシメチルフルフラールを簡易に収率良く得ることができる5−ヒドロキシメチルフルフラールの製造方法である。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は、溶媒中で出発物質から中間生成物を経て最終生成物が得られる反応において中間生成物を単離する中間生成物の単離方法であって、反応系中で前記中間生成物との平衡状態にあり、前記中間生成物に比べて反応系中での量が多い第2中間生成物を吸着剤に吸着させる吸着工程と、前記吸着剤に吸着させた第2中間生成物を前記中間生成物に変換しつつ前記吸着剤から脱離させる脱離工程と、を含む。
【0017】
また、前記中間生成物の単離方法において、前記反応系中に吸着剤を共存させることが好ましい。
【0018】
また、前記中間生成物の単離方法において、前記吸着剤は樹脂系吸着剤であることが好ましい。
【0019】
また、前記中間生成物の単離方法において、前記出発物質は糖類であることが好ましい。
【0020】
また、本発明は、5−ヒドロキシメチルフルフラールの製造方法であって、ヘキソースの脱水反応により、5−ヒドロキシメチルフルフラールを生成させる脱水反応工程と、前記脱水反応の反応系中で前記5−ヒドロキシメチルフルフラールと平衡状態にある5−ヒドロキシメチルフルフラール二量体を吸着剤に吸着させる吸着工程と、前記吸着剤に吸着させた5−ヒドロキシメチルフルフラール二量体を5−ヒドロキシメチルフルフラールに変換しつつ前記吸着剤から脱離させる脱離工程と、を含む。
【0021】
また、前記5−ヒドロキシメチルフルフラールの製造方法の前記脱離工程において、前記5−ヒドロキシメチルフルフラール二量体が吸着された吸着剤を塩基性水溶液に接触させることが好ましい。
【0022】
また、前記5−ヒドロキシメチルフルフラールの製造方法において、前記反応系中に吸着剤を共存させることが好ましい。
【0023】
また、前記5−ヒドロキシメチルフルフラールの製造方法において、前記吸着剤は樹脂系吸着剤であることが好ましい。
【発明の効果】
【0024】
本発明では、溶媒中で出発物質から中間生成物を経て最終生成物が得られる反応において、反応系中で中間生成物と平衡状態にあり、中間生成物に比べて反応系中での量が多い第2中間生成物を吸着剤に吸着させ、その第2中間生成物を中間生成物に変換しつつ吸着剤から脱離させることにより、一般に不安定である中間生成物を簡易に収率良く得ることができる。
【0025】
また、本発明では、ヘキソースの脱水反応により、5−ヒドロキシメチルフルフラールを生成させた後、反応系中で5−ヒドロキシメチルフルフラールと平衡状態にある5−ヒドロキシメチルフルフラール二量体を吸着剤に吸着させ、その吸着させた5−ヒドロキシメチルフルフラール二量体を5−ヒドロキシメチルフルフラールに変換しつつ吸着剤から脱離させることにより、5−ヒドロキシメチルフルフラールを簡易に収率良く得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0027】
<中間生成物の単離方法>
まず、本発明の実施形態に係る中間生成物の単離方法について説明する。本実施形態では、溶媒中で出発物質から中間生成物を経て最終生成物が得られる反応において中間生成物を単離する。具体的には、反応系中で中間生成物と平衡状態にあり、中間生成物に比べて反応系中での量が多く(濃度が高い)、中間生成物に比較して吸着剤への親和性がより大きい第2中間生成物を吸着剤に吸着させる吸着工程と、吸着剤に吸着させた第2中間生成物を中間生成物に変換しつつ吸着剤から脱離させる脱離工程と、を含む。
【0028】
最終生成物を反応系から単離する方法としては数多くの方法が知られているが、目的物が中間生成物である場合、中間生成物を反応系から単離する方法としてはこれまであまり知られていない。これは、中間生成物は一般に不安定であるため、反応系中では最終生成物への反応速度が速く、収率良く中間生成物を単離することは困難であるためである。このような中間生成物を得るためには、一般に、反応温度、反応時間、反応圧力、反応溶媒、反応触媒等の反応条件を制御し、最適な条件を選択することが必要であり、多大な労力が必要である。しかし、本実施形態に係る方法を用いれば、簡易に収率良く目的の中間生成物を得ることができる。
【0029】
(吸着工程)
まず吸着工程においては、反応系中で中間生成物と平衡状態にあり、中間生成物に比べて反応系中での量が多く、中間生成物に比較して吸着剤への親和性がより大きい第2中間生成物を吸着剤に吸着させる。ここで、出発物質Aから中間生成物Bを経て最終生成物Cが得られる反応において、中間生成物Bと第2中間生成物B’とが平衡状態にある場合を以下の反応式で表す。
【0030】
【化1】

【0031】
本実施形態では、反応系中で中間生成物Bと平衡状態にあり、中間生成物Bに比べて反応系中での量が多い第2中間生成物B’を吸着剤に吸着させ、吸着剤に吸着させた第2中間生成物B’を中間生成物Bに変換しつつ吸着剤から脱離させる。このように平衡状態において量が多い第2中間生成物B’を吸着剤に吸着させることにより、量が少ない中間生成物Bを吸着剤に吸着させる場合に比べて効率が良く、目的物の収率を向上させることができる。なお、中間生成物B及び第2中間生成物B’のうち、目的物が第2中間生成物B’であり、中間生成物B’の方が反応系中で量が多い場合には、当該中間生成物B’を吸着剤に吸着させればよい。また、中間生成物B及び第2中間生成物B’のうち、目的物が第2中間生成物B’であり、中間生成物Bの方が反応系中で量が多い場合には、当該中間生成物Bを吸着剤に吸着させて、吸着剤に吸着させた中間生成物Bを第2中間生成物B’に変換しつつ吸着剤から脱離させればよい。
【0032】
吸着剤により中間生成物を吸着させることにより、吸着された中間生成物は安定化され、最終生成物への反応が抑制される。これは吸着剤を本反応に対する負触媒として利用していることによる。
【0033】
本実施形態に係る中間生成物の単離方法を利用することができる反応としては、中間生成物を経る反応であり、その中間生成物と少なくとも第2中間生成物との平衡状態が存在する反応であれば、特に制限なく利用することができる。上記反応式では、中間生成物は第2中間生成物との平衡状態をとる例について説明したが、複数の中間生成物との平衡状態をとるものであってもよい。例えば、中間生成物が第2中間生成物及び第3中間生成物と平衡状態をとる反応である場合は、中間生成物、第2中間生成物及び第3中間生成物のうち最も量が多く存在するものを吸着剤により吸着してやればよい。
【0034】
出発物質Aとしては、例えば、ヘキソース(六炭糖)等の糖類、及び加水分解により容易にヘキソース類を与えるセロビオース等のオリゴマー、またはでんぷん、セルロース等のポリマー(多糖類)等が挙げられ、糖類であることが好ましい。一般に糖類の反応は複雑であり、数多くの中間生成物、最終生成物が得られ、目的の中間生成物を収率良く単離することは困難であるが、本実施形態に係る方法を利用すれば、中間生成物を簡易に収率良く得ることができる。
【0035】
吸着剤としては、平衡状態において中間生成物よりも量が多い第2中間生成物に対する吸着選択性が高いものであればよく、特に制限はない。具体的には、活性炭、樹脂系吸着剤等の有機系吸着剤(炭素質吸着剤)や、シリカ、アルミナ、ゼオライト等の無機系吸着剤等が挙げられる。これらの中では、有機系吸着剤が好ましく、樹脂系吸着剤がより好ましい。特に、樹脂系吸着材は、吸着対象となる吸着物に応じて設計することが可能であること、吸着物の脱離が容易に起こること、耐摩耗性が良好であること、空気中での安定性に優れていること、所望の形状に加工し易いこと等の利点がある。これに比べて活性炭の場合は樹脂系吸着剤に比べて、吸着物に対する吸着力が強く吸着物の脱離が困難であり、空気中で酸化されやすく、耐摩耗性に劣るため使用中に微粉になりやすく取り扱い性に劣る。
【0036】
吸着剤の性状、例えば、表面性状、比表面積、平均粒径、平均細孔径、空隙率等は吸着対象である第2中間生成物の種類、性状等に応じて選択すればよい。また、樹脂系吸着剤における架橋度等も吸着対象である第2中間生成物の種類、性状等に応じて選択すればよい。
【0037】
反応に使用される溶媒は特に制限はなく、水や一般的な有機溶媒を使用することができる。水としては、特に制限はなく、例えば、水道水、地下水、イオン交換水等の純水、超純水等が挙げられるが、反応収率を向上させるためには不純物が少ない方がよく、通常はイオン交換水等の純水、超純水が用いられる。有機溶媒としては、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等のアルコール系溶媒等を用いることができる。この中で、適用範囲が広いことから水、アルコール系溶媒が好ましく、水がより好ましい。
【0038】
吸着工程において前記第2中間生成物を吸着剤に吸着させる方法としては、例えば、反応系中に吸着剤を共存させる方法、吸着剤を充填したカラム等に反応液を通過させる方法、吸着剤を移動もしくは流動化させながら吸着させる方法等が挙げられる。このうち、反応装置を簡略化でき、製造コストを低減することができる点等から、反応系中に吸着剤を共存させる方法が好ましい。また、反応系中に吸着剤を共存させる方法においては、反応系中に粒状等の吸着剤を添加して撹拌する方法、網状等の容器に粒状等の吸着剤を入れて反応系中に存在させる方法等があるが、吸着効率の点から反応系中に粒状等の吸着剤を添加して撹拌する方法が好ましい。このような反応系中に粒状等の吸着剤を添加して撹拌する方法においては、耐摩耗性に優れ、粒状等の所定の形状が壊れにくい樹脂系吸着剤を使用することが好ましい。
【0039】
(分離工程)
本実施形態に係る中間生成物の単離方法において、反応系中に粒状等の吸着剤を添加して撹拌する方法等を使用する場合は、吸着工程後に、第2中間生成物が吸着された吸着剤を反応系から分離する分離工程を含んでも良い。
【0040】
吸着剤を反応系から分離する方法としては、ろ過等が挙げられる。また、ろ過工程後に、所定の溶媒により吸着剤を洗浄しても良い。
【0041】
(脱離工程)
脱離工程においては、吸着剤に吸着させた第2中間生成物を中間生成物に変換しつつ吸着剤から脱離させる。このように吸着剤に吸着させた第2中間生成物B’を中間生成物Bに変換する工程と、吸着剤から脱離させる工程とを同一工程で行うことにより、反応工程を簡略化することができる。なお、「吸着剤に吸着させた第2中間生成物を中間生成物に変換しつつ吸着剤から脱離させる」とは、吸着剤に吸着させた第2中間生成物B’を中間生成物Bに変換する工程と、吸着剤から脱離させる工程とを同一工程で行うことができればよく、一工程において変換と脱離が同時に起こっても、変換が先に起こり脱離が後に起こっても、脱離が先に起こり変換が後に起こっても良い。
【0042】
吸着剤に吸着させた第2中間生成物を中間生成物に変換しつつ吸着剤から脱離させる方法としては、特に制限はなく、変換・脱離時に使用する溶媒の種類、変換・脱離時の温度、pH等を制御して変換工程と脱離工程を同一工程で行えばよい。
【0043】
<5−ヒドロキシメチルフルフラールの製造方法>
次に、上記中間生成物の単離方法を応用した5−ヒドロキシメチルフルフラール(HMF)の製造方法について説明する。
【0044】
本実施形態に係る5−ヒドロキシメチルフルフラールの製造方法は、ヘキソースの脱水反応により5−ヒドロキシメチルフルフラールを生成させる脱水反応工程と、脱水反応の反応系中で5−ヒドロキシメチルフルフラールと平衡状態にある5−ヒドロキシメチルフルフラール二量体を吸着剤に吸着させる吸着工程と、吸着剤に吸着させた5−ヒドロキシメチルフルフラール二量体を5−ヒドロキシメチルフルフラールに変換しつつ吸着剤から脱離させる脱離工程と、を含む。
【0045】
(脱水反応工程)
脱水反応工程において、ヘキソースは塩酸等の酸存在下、5−ヒドロキシメチルフルフラールを生成する。出発物質としてヘキソースを使用するが、ヘキソースを含む糖類を使用してもよい。
【0046】
原料として用いられるヘキソース、すなわち、炭素数6の単糖(六炭糖)としては、グルコース、フルクトース、ガラクトース、マンノース、プシコース、タガトース、ソルボース、ソルビトース等が挙げられる。また、これらの単糖類の混合物、例えば、ぶどう糖/果糖液糖(異性化糖:グルコースの約半分がフルクトースに異性化されたもの)を用いてもよい。この中でも、フルクトース、フルクトース含有液、例えば、異性化糖液、スクロースの加水分解液から分離したフルクトース、または高濃度のフルクトース等である。
【0047】
その他、ヘキソースに加水分解する加水分解性の各種のオリゴ糖や多糖類を原料として使用してもよい。オリゴ糖としては、例えば、スクロース、マルトース、イソマルトース、セロビオース等が挙げられる。多糖類としては、例えば、デンプン、セルロース、ユリ科の根に含有されているイヌリン、こんにゃく類に含まれるマンナン、ガラクタン、デキストリン等が挙げられる。
【0048】
反応に用いる酸としては、塩酸、硫酸等の強酸を使用することができる。
【0049】
反応に用いる溶媒としては、水道水、イオン交換水、純水等の水等を使用することができる。
【0050】
反応温度としては、通常10℃〜30℃の範囲である。反応温度が10℃未満では、反応が進行しにくい場合がある。
【0051】
反応時間は、使用するヘキソースの反応性、酸触媒の濃度、反応温度等に応じて設定すればよく特に制限されない。また、反応時間は必要以上に長くする必要はない。
【0052】
ヘキソースの脱水反応は以下の式のように進行すると考えられている。すなわち、出発物質Aであるヘキソース(1)は脱水反応により、中間生成物Bとして5−ヒドロキシメチルフルフラール((2):HMF)を生成する。生成したHMFは不安定なため、第2中間生成物B’であるHMFの平衡反応物、すなわち5−ヒドロキシメチルフルフラール二量体((3):HMF二量体)となるか、あるいは加水分解により化合物(4)となる。化合物(4)は、その脱水生成物の互変異性体である化合物(5)を経由して分解され、最終生成物Cであるレブリン酸(6)及びギ酸(7)となる。
【0053】
【化2】

【0054】
このように複数の中間生成物、最終生成物が得られるヘキソースの脱水反応(本反応では、出発物質を含めて少なくとも7種類もの化合物が存在する)において、反応温度、反応時間、反応圧力、反応溶媒、反応触媒等の一般的な反応条件を制御しても、中間生成物BであるHMFを収率良く得ることは困難である。しかし、本実施形態に係る方法を用いれば、簡易に収率良く目的の中間生成物B(HMF)を得ることができる。
【0055】
(吸着工程)
吸着工程では、脱水反応の反応系中でHMFと平衡状態にあるHMF二量体を吸着剤に吸着させる。すなわち、本実施形態では、反応系中でHMF(中間生成物B)と平衡状態にあり、HMFに比べて反応系中での量が多く、吸着剤に対する親和性がHMFに比較して大きなHMF二量体(第2中間生成物B’)を吸着剤に吸着させる。このように平衡状態において量が多いHMF二量体を吸着剤に吸着させることにより、量が少ないHMFを吸着剤に吸着させる場合に比べて効率が良く、目的物(HMF)の収率を向上させることができる。
【0056】
吸着剤によりHMF二量体を吸着させることにより、吸着されたHMF二量体は安定化され、最終生成物Cであるレブリン酸(6)及びギ酸(7)等への反応が抑制される。
【0057】
吸着剤としては、HMF二量体を選択的に吸着する吸着剤を選択すればよく特に制限はない。具体的には、上述した活性炭、樹脂系吸着剤等の有機系吸着剤(炭素質吸着剤)や、シリカ、アルミナ、ゼオライト等の無機系吸着剤等が挙げられる。これらの中では、有機系吸着剤が好ましく、樹脂系吸着剤がより好ましい。
【0058】
樹脂性吸着剤としては、例えば、下記構造のスチレン/ジビニルベンゼン系共重合体等の芳香環を含む樹脂性吸着剤が挙げられるが、HMF二量体に対する吸着選択性が高い等の点から、スチレン/ジビニルベンゼン系共重合体が好ましい。また、アクリロニトリル/ジビニルベンゼン系共重合体、アクリル酸/ジビニルベンゼン系共重合体、メタアクリロニトリル系樹脂等の樹脂性吸着剤は、HMFに対する吸着選択性が高いため、平衡反応がHMF側に偏り、反応系中のHMFの濃度が高い場合には、これらを使用してもよい。
【0059】
【化3】

【0060】
吸着剤の性状、例えば、表面性状、比表面積、平均粒径、平均細孔径、空隙率等はHMF二量体の吸着選択率が高くなるように選択すればよい。また、樹脂系吸着剤における架橋度等もHMF二量体の吸着選択率が高くなるように選択すればよい。
【0061】
吸着剤の表面性状としては、親水性を保ちつつ、疎水性を示す部分が多いことが好ましい。
【0062】
吸着剤の比表面積は、強度が保たれれば大きいほど好ましい。
【0063】
吸着剤の平均粒径は、0.3mm〜2mmの範囲であることが好ましい。吸着剤の平均粒径が0.3mm未満であると、粒外境膜における拡散抵抗が増大して吸着速度が低下する場合があり、2mmを越えると、粒子内での拡散距離が大きくなり平衡到達までの時間が増す場合がある。
【0064】
吸着剤の平均細孔径は、1nm〜5nmの範囲であることが好ましい。吸着剤の平均細孔径が1nm未満であると、分子篩作用により吸着されにくい場合があり、5nmを越えると、細孔空間を満たすことがなくなり、吸着量の低下が見られる場合がある。
【0065】
吸着剤の空隙率は、0.3〜0.7の範囲であることが好ましい。吸着剤の空隙率が0.3未満であると、吸着量の低下が見られる場合があり、0.7を越えると、吸着剤の強度が低下する場合がある。
【0066】
樹脂系吸着剤としてスチレン/ジビニルベンゼン系共重合体を使用する場合、当該共重合体の架橋度が高いほどHMF2量体の吸着選択率が高くなる傾向にあり、20重量%〜100重量%の範囲であることが好ましく、40重量%〜100重量%の範囲であることがより好ましく、70重量%〜100重量%の範囲であることがさらに好ましい。架橋度が20重量%未満であると、HMF二量体の吸着性が低下する場合がある。これは、HMF二量体の樹脂のベンゼン環部分への吸着性が高いためと考えられる。
【0067】
吸着工程においてHMF二量体を吸着剤に吸着させる方法としては、例えば、反応系中に吸着剤を共存させる方法、吸着剤を充填したカラム等に反応液を通過させる方法等が挙げられる。このうち、反応装置を簡略化でき、製造コストを低減することができる点等から、反応系中に吸着剤を共存させる方法が好ましい。また、反応系中に吸着剤を共存させる方法においては、反応系中に粒状等の吸着剤を添加して撹拌する方法、網状等の容器に粒状等の吸着剤を入れて反応系中に存在させる方法等があるが、吸着効率の点から反応系中に粒状等の吸着剤を添加して撹拌する方法が好ましい。このような反応系中に粒状等の吸着剤を添加して撹拌する方法においては、耐摩耗性に優れ、粒状等の所定の形状が壊れにくい樹脂系吸着剤を使用することが好ましい。
【0068】
(分離工程)
本実施形態に係るHMFの製造方法において、反応系中に粒状等の吸着剤を添加して撹拌する方法等を使用する場合は、吸着工程後に、HMF二量体が吸着された吸着剤を反応系から分離する分離工程を含んでも良い。
【0069】
吸着剤を反応系から分離する方法としては、ろ過等が挙げられる。また、ろ過工程後に、水等により吸着剤を洗浄しても良い。
【0070】
(脱離工程)
脱離工程においては、吸着剤に吸着させたHMF二量体をHMFに変換しつつ吸着剤から脱離させる。このように吸着剤に吸着させたHMF二量体をHMFに変換する工程と、吸着剤から脱離させる工程とを同一工程で行うことにより、反応工程を簡略化することができる。
【0071】
吸着剤に吸着させたHMF二量体をHMFに変換しつつ吸着剤から脱離させる方法としては、HMF二量体が吸着された吸着剤を水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、炭酸ナトリウム水溶液、炭酸カリウム水溶液、炭酸カルシウム水溶液、炭酸水素ナトリウム水溶液、アンモニア水等の塩基性(アルカリ性)水溶液に接触させる方法が好ましい。
【0072】
HMF二量体が吸着された吸着剤を塩基性水溶液に接触させる方法としては、HMF二量体が吸着された吸着剤を塩基性水溶液中に添加して撹拌する方法、HMF二量体が吸着された吸着剤を充填したカラムやロート等に塩基性水溶液を通過させる方法等が挙げられる。
【0073】
塩基性水溶液中のアルカリ濃度としては、塩基性水溶液全重量に対して5重量%〜20重量%の範囲が好ましく、5重量%〜10重量%の範囲がより好ましい。塩基性水溶液中のアルカリ濃度が5重量%未満であると、HMF二量体のHMFへの変換及びHMF二量体及びHMFの吸着剤からの脱離が充分に行われない場合がある。
【0074】
脱離工程の後は、必要に応じて塩酸等の酸で中和後、公知の方法で溶媒からHMFを分離すればよい。例えば、反応溶液を貧溶媒で希釈して、HMFを析出させた後、減圧ろ過、加圧ろ過、自然ろ過等のろ過;遠心分離等の方法で分離することができる。また、反応溶液を貧溶媒で希釈してもHMFが析出しない場合には、蒸留、エバポレータ等による溶媒除去等の方法で分離することができる。さらに、反応溶液を貧溶媒で希釈せずにそのまま蒸留、エバポレータ等による溶媒除去等の方法で分離してもよい。
【0075】
HMFを溶媒から分離した後は、水道水、イオン交換水、純水等の水や、メタノール、エタノール等のアルコール等により洗浄を行ってもよい。また、HMFを溶媒から分離した後、更にメタノール、エタノール、イソプロパノール等のアルコール類、もしくは酢酸エチル、酢酸メチル、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル等の有機溶媒で抽出後、エバポレータ等により濃縮してもよい。
【0076】
HMFを溶媒から分離した後、または必要に応じてHMFを溶媒から分離して水等による洗浄や抽出を行った後、HMFを公知の方法により精製してもよい。精製は、再結晶、再沈殿、蒸留等により精製することができる。また、カラムクロマトグラフィ、分取用の液体クロマトグラフィ(LC)、薄層クロマトグラフィ等のクロマトグラフィにより精製を行ってもよい。
【0077】
このようにして得られたHMFは、公知の方法により乾燥することができる。乾燥は、例えば、減圧乾燥、送風乾燥、加熱乾燥、自然乾燥等により行うことができる。
【0078】
このように、本実施形態に係る5−ヒドロキシメチルフルフラールの製造方法により、医薬、農薬、ポリマー等の原料や中間体として有用であるHMFを簡易に収率良く得ることができる。HMF製造の出発原料であるヘキソースは、天然に大量に存在する素材である糖類を原料とするため、化石燃料代替原料の一つとして環境負荷の低減に寄与することができる。
【実施例】
【0079】
以下、実施例を挙げ、本発明をより具体的に詳細に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0080】
(実施例1)
スチレン/ジビニルベンゼン系共重合体の樹脂性吸着剤であるXAD−2000(ローム・アンド・ハース・ジャパン社製、架橋度(スチレンに対するジビニルベンゼン重量%):40重量%、比表面積:6.2×10/kg、平均粒径:1.3×10−4m、平均細孔径:4.5×10−9m、空隙率:0.434)5重量部をガラス製反応容器中の11N塩酸水(純正化学製)10重量部中に添加し、20℃で10分間超音波処理を行った。その後、そこにD−フルクトース(国産化学製)0.18重量部を添加し、20℃で20時間撹拌した。反応後、ろ紙(No.2)を使用して樹脂性吸着剤をろ別し、樹脂性吸着剤をイオン交換水で洗浄した。ろ別した樹脂性吸着剤をカラムに充填し、10%水酸化ナトリウム水溶液を流し、流出液を回収した。回収した流出液を塩酸で中和後、水溶液をエバポレータにより濃縮し、さらにイソプロパノールで抽出後、濃縮して目的物である5−ヒドロキシメチルフルフラールを0.064重量部を得た(収率40%)。
【0081】
得られたHMFの構造は、NMR測定装置によりNMRスペクトルを測定して確認した。
【0082】
なお、上記と同様にして脱水反応を行い、樹脂性吸着剤をろ別した後、塩基性水溶液での処理は行わずに、樹脂性吸着剤をイソプロパノール50重量部に添加し、20℃で60分撹拌した。その後、樹脂性吸着剤をろ別し、ろ液をエバポレータにより濃縮し、酢酸エチルで抽出を行った。得られた酢酸エチル溶液の溶媒をエバポレータにより濃縮し、残留物をアセトンで希釈し、薄層クロマトグラフィ(TLC)で分離後、分離物のNMRスペクトルを確認したところ、5−ヒドロキシメチルフルフラール二量体が得られたことがわかった。すなわち樹脂性吸着剤に吸着された物質は主にHMF二量体であり、塩基性水溶液との接触により、HMF二量体のHMFへの変換と吸着剤からの脱離が起こったことがわかった。
【0083】
(実施例2〜6)
樹脂性吸着剤の架橋度を20重量%、55重量%、70重量%、80重量%、98重量%とした以外は、実施例1と同様にして、D−フルクトースからHMFを製造した。HMFの収率は、それぞれ3%、43%、52%、55%、49%であった。樹脂性吸着剤の架橋度とHMFの収率との関係を図1に示す。
【0084】
このように、実施例1〜6において、D−フルクトースからHMFを簡易な方法で得ることができた。また、樹脂性吸着剤の架橋度が40〜100重量%、特に70〜100重量%の時にHMFが高収率で得られた。
【図面の簡単な説明】
【0085】
【図1】本発明の実施例1〜6における、樹脂性吸着剤の架橋度とHMFの収率との関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶媒中で出発物質から中間生成物を経て最終生成物が得られる反応において中間生成物を単離する中間生成物の単離方法であって、
反応系中で前記中間生成物との平衡状態にあり、前記中間生成物に比べて反応系中での量が多い第2中間生成物を吸着剤に吸着させる吸着工程と、
前記吸着剤に吸着させた第2中間生成物を前記中間生成物に変換しつつ前記吸着剤から脱離させる脱離工程と、
を含むことを特徴とする中間生成物の単離方法。
【請求項2】
請求項1に記載の中間生成物の単離方法であって、
前記反応系中に吸着剤を共存させることを特徴とする中間生成物の単離方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の中間生成物の単離方法であって、
前記吸着剤は樹脂系吸着剤であることを特徴とする中間生成物の単離方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の中間生成物の単離方法であって、
前記出発物質は糖類であることを特徴とする中間生成物の単離方法。
【請求項5】
5−ヒドロキシメチルフルフラールの製造方法であって、
ヘキソースの脱水反応により、5−ヒドロキシメチルフルフラールを生成させる脱水反応工程と、
前記脱水反応の反応系中で前記5−ヒドロキシメチルフルフラールと平衡状態にある5−ヒドロキシメチルフルフラール二量体を吸着剤に吸着させる吸着工程と、
前記吸着剤に吸着させた5−ヒドロキシメチルフルフラール二量体を5−ヒドロキシメチルフルフラールに変換しつつ前記吸着剤から脱離させる脱離工程と、
を含むことを特徴とする5−ヒドロキシメチルフルフラールの製造方法。
【請求項6】
請求項5に記載の5−ヒドロキシメチルフルフラールの製造方法であって、
前記脱離工程において、前記5−ヒドロキシメチルフルフラール二量体が吸着された吸着剤を塩基性水溶液に接触させることを特徴とする5−ヒドロキシメチルフルフラールの製造方法。
【請求項7】
請求項5または6に記載の5−ヒドロキシメチルフルフラールの製造方法であって、
前記反応系中に吸着剤を共存させることを特徴とする5−ヒドロキシメチルフルフラールの製造方法。
【請求項8】
請求項5〜7のいずれか1項に記載の5−ヒドロキシメチルフルフラールの製造方法であって、
前記吸着剤は樹脂系吸着剤であることを特徴とする5−ヒドロキシメチルフルフラールの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−277198(P2007−277198A)
【公開日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−107864(P2006−107864)
【出願日】平成18年4月10日(2006.4.10)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(598014814)株式会社コンポン研究所 (24)
【Fターム(参考)】