説明

乳酸エステルを光学分割する方法

【課題】乳酸エステルを光学分割する方法、乳酸発酵で得られたDL−乳酸アンモニウムから光学的に純粋なラクチドを製造する方法、及び光学的に純粋なポリ乳酸を製造する方法を提供する。
【解決手段】L−乳酸エステル及びD−乳酸エステルの混合物と、酵素触媒とを混合し、L−乳酸エステル及びD−乳酸エステルのうちのいずれか一方の乳酸エステルを前記酵素触媒の存在下で脱アルコール反応させて重合し、前記いずれか一方の乳酸エステルに由来する乳酸の重合体に変換し、前記いずれか一方の乳酸エステルに由来する乳酸の重合体、及びいずれか他方の乳酸エステルを含む反応混合物から、前記いずれか一方の乳酸エステルに由来する乳酸の重合体と、前記いずれか他方の乳酸エステルとを分離することを含む、乳酸エステルを光学分割する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳酸エステルを光学分割する方法に関する。また、本発明は、前記乳酸エステルを光学分割する方法を用いて、乳酸発酵で得られたDL−乳酸アンモニウムから光学的に純粋なラクチドを製造する方法、及び光学的に純粋なポリ乳酸を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリ乳酸は、トウモロコシ、サトウキビ、サトウ大根などのバイオマスを乳酸発酵させて生成した乳酸を化学的に重合して製造したプラスチックである。最近では、これらの所謂バイオマスだけでなく、木質を糖化したり、生ゴミを原料としたりして乳酸を製造する研究も進められている。乳酸にはL体とD体という光学異性体が存在し、L−乳酸を重合するとポリ−L−乳酸(PLLA)が得られ、D−乳酸を重合するとポリ−D−乳酸(PDLA)が得られる。
【0003】
ポリ乳酸はバイオマスを原料としていることから、石油に依存しないプラスチックとして、また自然界で分解するプラスチックとして注目されている。同時に、分解物が人体に対しても安全な乳酸であることから、骨固定用のボルト等に利用されている。このような使用は、部位の治癒と共に分解消滅するのでボルトの除去手術が不要であり、患者への負担を低減するというメリットがある。人体内の乳酸はL−乳酸であることから、このような使用においてはPLLAが特に好ましい。一方、ポリ乳酸は結晶性のポリマーであり、その結晶化度は、ポリマーを構成する乳酸ユニットの光学純度に依存する。例えば、L体の光学純度(OP)は、OP(%ee)=100×([L]−[D])/([L]+[D])で算出される。ここで、[L]及び[D]はそれぞれ任意の単位で表されたL−乳酸、及びD−乳酸の濃度である。すなわち、ポリマーを構成する乳酸ユニットの光学純度が高いほど、結晶性が高いポリ乳酸となる。
【0004】
このように、高結晶性のポリ乳酸を得るためには、原料として高い光学純度の乳酸を用いる必要がある。高い光学純度の乳酸を得るに際しての従来技術の問題を、微生物と培地という観点から、また、光学分割法という観点から説明する。
【0005】
(微生物と培地)
従来より、発酵乳酸の光学純度を向上させる努力がなされている。発酵乳酸の光学純度を向上させる方法としては、微生物が生産する乳酸の光学純度を向上させることが、まず先決である。L−乳酸を選択的に生産する微生物としては、ストレプトコッカス属、ラクトコッカス属、リゾプスやアスペルギルス等のカビ、ラクトバチルス属の一部が知られており、D−乳酸を生産する菌体としては、ラクトバチルスデルブルッキーが代表的な菌体として知られている。しかし、これらいずれの菌株も、目的とする光学的に純粋な乳酸を生産するわけではなく、多かれ少なかれ、目的とする光学異性体以外の対掌体を含んでいる。
【0006】
また、生産される乳酸の光学純度は菌株だけでなく、培地にも依存する。例えば、アプライドマイクロバイオロジーアンドバイオテクノロジー、40巻、p258−260(1993)には、ストレプトコッカスフェーカリスが産生するL−乳酸の光学純度が、培地にリン酸アンモニウムを加えることにより改善されるという結果が報告されている。
【0007】
また、生ゴミはわが国の貴重なバイオマス資源であり、その利用が図られている。例えば、Journal of Industrial Ecology, 7: 63-73, 2004 には、都市の生ゴミからL−乳酸を生産する研究が報告されている。このとき問題となるのは、生ゴミに当初から含有されている微生物がD−乳酸とL−乳酸を生産するので、発酵培地として用いると生産する乳酸の光学純度が低下することである。この問題を解決するため、特開2001−258584号公報では、生ゴミにプロピオン酸菌を作用させ、糖質を資化することなく、乳酸だけを資化させ、培地当初に混在する乳酸をリセットする方法が開示されている。
【0008】
また、コーンスティープリカーはトウモロコシからグルコースを生産する際に得られる副産物であり、たんぱく質やミネラルを豊富に含む優れた発酵培地原料であるが、生ゴミと同様の理由でラセミ乳酸を含んでいる(生物工学会誌、第79巻、第5号、142−148、2001)。
【0009】
(従来の光学分割法)
一方、一般的に光学活性な物質の分割法としては、結晶化法、酵素法、クロマトグラフィー法などがある。さらに、結晶化法には、優先晶出法、ジアステレオマー法、包接錯体法、優先富化がある。
【0010】
結晶化法は、ラセミ体に光学活性な試薬(光学分割剤)を作用させてジアステレオマーを形成させ、ジアステレオマー同士の物理的性質の差を利用して、それぞれのジアステレオマーに分割し、再び光学分割剤の部分を取り除き、光学活性体を得る方法である。例えば、ラセミ体に光学活性なアミン(塩基性光学分割剤)を作用させて分割するが、光学分割剤分子との反応を伴うため、コストアップとなり、また、結晶化プロセスは多大な冷却エネルギーの消費を伴う。クロマトグラフィー法は装置の大型化が困難であり、生成物が希釈される、カラムの再生に多量の水(または溶媒)を使用するなどの問題点がある。
【0011】
菌体を用いる光学分割法について:
微生物の立体選択的なエステル分解活性を用いた光学分割の方法は報告されている。
例えば、S−体3−ヒドロキシブタン酸エステルの製法として、特開2003−250595号公報には、エンテロバクター(Enterobacter)属又はキトロバクター(Citrobacter) 属に属する微生物菌体あるいはその抽出物を用いて、ラセミ体のカルボン酸エステルの内のいずれか一方の光学異性体を加水分解し、菌体を遠心分離で除去した後、酢酸エチル等の溶媒により、酢酸エチル相に光学活性カルボン酸アルキルエステルを、水相に光学活性カルボン酸を分画抽出する方法が開示されている。同公報によれば、Enterobacter sp. DS-S-75株の休止菌体を用いて、ラセミ体乳酸エチルと4時間反応させ、酢酸エチルで分画抽出を行ったところ、200gのラセミ体乳酸エチルエステルより、56gのD−乳酸エチルエステルが得られた。その光学純度は98.7%eeであった。また、水中から得られた乳酸は90gであり、その光学純度は65.1%eeのS体(L−乳酸)であったと開示されている。なお、この方法では、加水分解により酸が生成し、pHの低下を招くので、炭酸カルシウムを中和剤として加えている。この方法の問題点として、微生物菌体を用いるため、遠心分離などの菌体除去工程が必要であり、また菌体から溶出する微量成分は溶媒抽出によって除去できないものも含まれる。さらに、中和により一方の光学活性体は塩となるため、当該光学活性体をポリマー原料等に利用する場合に酸に戻すという工程が必要である。
【0012】
さらに、Enzyme and Microbial Technology, 24, 13-20 (1998), T. Suzuki et al. には、Enterobacter sp. DS-S-75株の休止菌体を用いて、ラセミ体methyl-4-chloro-3-hydroxybutylate を立体選択的に脱クロル化し、R体のみを(S)-3-hydroxy-γ-butyrolactoneにすることによって光学分割する方法が開示されている。この方法の問題点は、前述したことに加え、発生した塩酸を中和又は除去する必要がある点である。
【0013】
Ehrler and Seebach, Helvetica Chimmica Acta, 72, 793-799 (1989) には、Halobacterium halobiumの休止菌体によって、ethyl acetoacetateが40−76%の光学純度のethyl(S)-3-hydroxybutanoate に還元され、さらに、Halobacterium halobiumの休止菌体によって、S体が選択的に加水分解されて、光学純度88%のethyl(R)-3-hydroxybutanoate が得られることが報告されている。
【0014】
酵素を用いる光学分割法について:
酵素は立体選択的に反応を触媒することが良く知られており、最近ではアクリルアミド等に固定化された商品が安価に出回っている。固定化された酵素を用いれば、酵素の繰り返し使用が容易であり、コスト上も有利となる。酵素を用いる光学分割は以前より研究されている。それらの例を以下に示す。
【0015】
Klibanovらにより、有機溶媒中でリパーゼ(豚膵臓由来)を用いる不斉エステル交換反応が見いだされ (A. M. Klibanov et al., J. Am. Chem. Soc. 1985, 106, 7072-7076)、2級アルコールの光学分割に利用されるようになった。
【0016】
例えば、特開昭62−166898号公報には、有機溶媒を添加せず、反応させるエステル(トリグリセリド)と2級アルコールとの溶液にリパーゼ(Pseudomomas菌由来)を加えて、不斉エステル交換反応により2級アルコールを光学分割する方法が開示されている。
【0017】
不斉エステル交換反応が平衡反応であることが問題であることから、反応させるエステルの種類としてビニルエステルを用いる方法が開発されている(B. Mainllard et al., Tetrahedron Lett., 1987, 28, 953および Gunter E. Jeromin et al., Tetrahedron Lett., 1991, 32, 7021) 。このビニルエステルを用いる反応では、不斉エステル交換で生成する物質がアセトアルデヒドであり、アセトアルデヒドは求核性が小さく逆反応が起きないため、不可逆反応となり平衡反応でなくなっている。
【0018】
J. Chem. Soc., Chem. Commun., 1998, p1459 には、種々の2級アルコールとビニルアセテートをPseudomonas sp. のエステル加水分解酵素(リパーゼ)存在下で立体選択的にアシル転移し、逆にラセミ体の酢酸エステルを立体選択的に加水分解することが示されている。そして、得られた粗生成物をSiO2 のカラムで分離し、光学的に高い純度の2級アルコールが得られることが示されている。
【0019】
特開平14−171994号公報には、光学活性テトラヒドロフラン−2−カルボン酸アルキルエステル(THFAE)あるいはその酸(THFA) の生物化学的な方法として、微生物や動物由来のエステル分解酵素をTHFAEに作用させ、立体選択的な加水分解により残存する該光学活性THFAEと生成する該光学活性THFAに分割する方法が開示されている。しかし、THFAEのアルキル側鎖の種類によってはその立体選択性が影響されると共に、その立体選択性が低く、そして得られる光学活性体の収率も低い。
【0020】
特開平11−75889号公報には、ラセミ体α−トリフルオロメチル乳酸を酵素と接触させ、立体特異的加水分解反応を利用することで、光学活性α−トリフルオロメチル乳酸を得る方法が開示されている。
【0021】
これらの従来の方法はいずれも、工程が複雑でありコストアップとなる。そのため、高価な医薬原料の製造に主として用いられている。より簡便な光学分割法が求められる。
【0022】
ところで、バイオマスから乳酸を発酵法によって製造する方法は次の通りである。植物から得られるグルコース等の糖質を乳酸菌や、リゾプス等のカビ等の微生物を用いて乳酸発酵させて乳酸とする。この乳酸発酵の際には、生成した乳酸によって発酵液中のpHが低下すると微生物の活性が低下するので、水酸化カルシウム、炭酸カルシウム、水酸化ナトリウム、アンモニア等の塩基で中和しながら、発酵を進める。そのため、発酵法により得られる乳酸は、乳酸のカルシウム塩、ナトリウム塩、アンモニウム塩等の乳酸塩の形態である。
【0023】
水酸化カルシウム又は炭酸カルシウムを用いて中和を行うと、発酵液中において乳酸カルシウムが得られる。乳酸カルシウムの場合には、硫酸を用いて乳酸を遊離させ粗乳酸として、粗乳酸を目的に応じてエチル又はメチルエステル化し、乳酸エステルを蒸留する。蒸留された乳酸のエチル又はメチルエステルに水を加えて加水分解して乳酸に変換し、エチル又はメチルアルコールを蒸発させる。この方法は、工程が長い上に、多量の硫酸カルシウムが副生物として生産される。硫酸カルシウムは建材などとしての用途はあるが、副生物が多量に排出されるプロセスは好ましくない。
【0024】
アンモニア水を用いて中和を行うと、発酵液中において乳酸アンモニウムが得られる。特開平6−311886号公報には、アンモニアでの中和後の反応濃縮液にn−ブタノールを加え、ブタノールを還流させながらアンモニアを蒸発させ、乳酸ブチルを合成する。続いて、乳酸ブチルを蒸留し、得られた乳酸ブチルに水を添加して加水分解し、乳酸を得ることが開示されている。この方法では、蒸発捕集したアンモニアを再度、乳酸発酵の中和剤として利用できる。
【0025】
また、国際公開公報WO02/060891には、発酵乳酸を原料とするラクチドの製造方法及びポリ乳酸の製造方法が開示されている。
【0026】
【非特許文献1】アプライドマイクロバイオロジーアンドバイオテクノロジー、40巻、p258−260(1993)
【非特許文献2】Journal of Industrial Ecology, 7: 63-73, 2004
【非特許文献3】生物工学会誌、第79巻、第5号、142−148、2001
【非特許文献4】Enzyme and Microbial Technology, 24, 13-20 (1998), T. Suzuki et al.
【非特許文献5】Ehrler and Seebach, Helvetica Chimmica Acta, 72, 793-799 (1989)
【非特許文献6】A.M. Klibanov et al., J. Am. Chem. Soc. 1985, 106, 7072-7076
【非特許文献7】B. Mainllard et al., Tetrahedron Lett., 1987, 28, 953
【非特許文献8】Gunter E. Jeromin et al., Tetrahedron Lett., 1991, 32, 7021
【非特許文献9】J. Chem. Soc., Chem. Commun., 1998, p1459
【特許文献1】特開2001−258584号公報
【特許文献2】特開2003−250595号公報
【特許文献3】特開昭62−166898号公報
【特許文献4】特開平14−171994号公報
【特許文献5】特開平11−75889号公報
【特許文献6】特開平6−311886号公報
【特許文献7】国際公開公報WO02/060891
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0027】
上述したように、乳酸発酵では光学的に純粋な乳酸を得ることはできず、より優れた乳酸の光学分割法の開発が望まれる。
【0028】
本発明の目的は、乳酸エステルを光学分割する方法を提供することにある。また、本発明の目的は、前記乳酸エステルを光学分割する方法を用いて、乳酸発酵で得られたDL−乳酸アンモニウムから光学的に純粋なラクチドを製造する方法、及び光学的に純粋なポリ乳酸を製造する方法を提供することにある。
【0029】
本発明者らは、乳酸エステルを酵素触媒の存在下で脱アルコール縮合反応させ、乳酸の重合体が得られることを見いだした。この反応は、光学選択的である。本発明者らは、さらに検討し、本発明に到達した。
【課題を解決するための手段】
【0030】
本発明には以下の発明が含まれる。
(1) L−乳酸エステル及びD−乳酸エステルの混合物と、酵素触媒とを混合し、
L−乳酸エステル及びD−乳酸エステルのうちのいずれか一方の乳酸エステルを前記酵素触媒の存在下で脱アルコール反応させて重合し、前記いずれか一方の乳酸エステルに由来する乳酸の重合体に変換し、
前記いずれか一方の乳酸エステルに由来する乳酸の重合体、及びいずれか他方の乳酸エステルを含む反応混合物から、前記いずれか一方の乳酸エステルに由来する乳酸の重合体と、前記いずれか他方の乳酸エステルとを分離する、
ことを含む、乳酸エステルを光学分割する方法。
【0031】
(2) 前記いずれか一方の乳酸エステルに由来する乳酸の重合体、及びいずれか他方の乳酸エステルを含む反応混合物から、蒸留により、前記いずれか一方の乳酸エステルに由来する乳酸の重合体と、前記いずれか他方の乳酸エステルを分離する、上記(1)に記載の乳酸エステルを光学分割する方法。
【0032】
(3) 乳酸エステルは、乳酸と炭素数が2以上のアルコールとのエステルである、上記(1)又は(2)に記載の乳酸エステルを光学分割する方法。
【0033】
(4) 乳酸エステルは、乳酸とn−ブタノールとのエステルである、上記(1)又は(2)に記載の乳酸エステルを光学分割する方法。
【0034】
(5) 脱アルコール反応を加熱条件及び/又は減圧条件で行う、上記(1)〜(4)のうちのいずれかに記載の乳酸エステルを光学分割する方法。
【0035】
(6) 酵素として、カルボン酸エステル加水分解酵素を用いる、上記(1)〜(5)のうちのいずれかに記載の乳酸エステルを光学分割する方法。
【0036】
(7) 酵素として、リパーゼ又はクチナーゼを用いる、上記(1)〜(6)のうちのいずれかに記載の乳酸エステルを光学分割する方法。
【0037】
(8) 酵素として、固定化された酵素を用いる、上記(1)〜(7)のうちのいずれかに記載の乳酸エステルを光学分割する方法。
【0038】
(9) 乳酸発酵で得られたDL−乳酸アンモニウムとアルコールとを反応させ、DL−乳酸エステルを合成し、
得られたDL−乳酸エステルと、酵素触媒とを混合し、
L−乳酸エステル及びD−乳酸エステルのうちのいずれか一方の乳酸エステルを前記酵素触媒の存在下で脱アルコール反応させて重合し、前記いずれか一方の乳酸エステルに由来する乳酸の重合体に変換し、
前記いずれか一方の乳酸エステルに由来する乳酸の重合体、及びいずれか他方の乳酸エステルを含む反応混合物から、前記いずれか一方の乳酸エステルに由来する乳酸の重合体と、前記いずれか他方の乳酸エステルとを分離し、
分離された前記いずれか一方の乳酸エステルに由来する乳酸の重合体を環化解重合させて、前記いずれか一方の乳酸エステルに由来する光学的に純粋なラクチドを得るか、及び/又は
分離された前記いずれか他方の乳酸エステルから光学的に純粋なラクチドを得る、
ことを含む、ラクチドの製造方法。
分離された前記いずれか他方の乳酸エステルから光学的に純粋なラクチドを得るには、前記いずれか他方の乳酸エステルを重合させてオリゴマーとし、オリゴマーを環化解重合すればよい。
【0039】
(10) アルコールとしてn−ブタノールを用いる、上記(9)に記載のラクチドの製造方法。
【0040】
(11) 上記(9)又は(10)に記載のラクチドの製造方法で得られた光学的に純粋なラクチドを開環重合させて光学的に純粋なポリ乳酸を得る、ポリ乳酸の製造方法。
【発明の効果】
【0041】
本発明によれば、L−乳酸エステル及びD−乳酸エステルの混合物に酵素触媒を作用させ、用いる酵素触媒に応じて、L−乳酸エステル及びD−乳酸エステルのうちのいずれか一方の乳酸エステルを前記酵素触媒の存在下で脱アルコール反応させて重合させ、前記いずれか一方の乳酸エステルに由来する乳酸の重合体に変換する。酵素を触媒として用いるので、光学選択的に反応が起こり、前記いずれか他方の乳酸エステルは重合しない。また、反応条件は温和であり製造上好ましい。一方の乳酸の重合体と、他方の未反応の乳酸エステルとは容易に分離できる。このようにして、本発明によれば、簡便且つ温和な操作で乳酸エステルを光学分割することができる。
【0042】
本発明によれば、前記乳酸エステルを光学分割する方法を用いて、乳酸発酵で得られたDL−乳酸アンモニウムから光学的に純粋なラクチドを製造する方法、及び光学的に純粋なポリ乳酸を製造する方法が提供される。得られるポリ乳酸は、高い結晶性を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0043】
本発明において、まず、L−乳酸エステル及びD−乳酸エステルの混合物と、酵素触媒とを混合する。光学分割すべき乳酸エステルは、化学合成された乳酸を原料として合成されたものであってもよく、又はバイオマスから乳酸を発酵法によって製造する際の乳酸アンモニウムから合成されたものであってもよい。
【0044】
乳酸発酵はよく知られている。植物から得られる糖質、例えば、トウモロコシ、米、キャッサバなどのデンプンを加水分解して得られたグルコース、セルロースを硫酸や加圧熱水で加水分解して得られたグルコース; サトウキビやビートから得られたシュークロース; ヘミセルロースから得られたキシロース、アラビノース等の糖質を、乳酸菌や、リゾプス等のカビ等の微生物を用いて乳酸発酵させる。この乳酸発酵液のpHが低下すると微生物の活性が低下するので、アンモニア水又はアンモニアで中和しながら、発酵を進めると、乳酸アンモニウムが得られる。
【0045】
乳酸アンモニウムにアルコールを反応させると、乳酸とアルコールとのエステルが得られる。この際に用いるアルコールは特に限定されないが、炭素数が4以上のアルコールが好ましい。エタノールを用いると、エタノールの常圧での沸点が78℃と低いため反応温度を高くすることができず、乳酸アンモニウムとエタノールとの反応性は低く収率も低い。このため、エタノールを用いると、加圧条件下での反応が必要となる。炭素数が4以上のアルコールとしては、例えば、次の段落で挙げられているものを用いるとよい。
【0046】
本発明においては、光学分割すべき乳酸エステルとして、乳酸と炭素数が2以上のアルコールとのエステルを用いることが好ましく、乳酸と炭素数が4以上のアルコールとのエステルを用いることがより好ましい。炭素数が4以上のアルコールとの乳酸エステルは、アルコール由来部分が疎水的であり、疎水性酵素触媒存在下での脱アルコール反応が起こりやすい。乳酸エステルとして、乳酸と炭素数が4以上12以下のアルコールとのエステルがより好ましく、このようなアルコールとしては、直鎖状又は分枝状であってもよく、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、ヘプタノール、オクタノール、2−エチルヘキサノール、ノナノール、デカノール、ウンデカノール、ドデカノール等の一価アルコールが挙げられる。乳酸と炭素数が4以上6以下のアルコールとのエステル、すなわち、乳酸ブチル、乳酸ペンチル、乳酸ヘキシルがより好ましい。特に、乳酸n−ブチルが好ましい。また、1,4−ブタンジオール、1,5−ペンタンジオール、1,6−ヘキサンジオール等の二価アルコールとのジエステルの使用も考えられる。
【0047】
ブタノールを使用すると、ブタノールと水とが二層に分かれるため、ディーンスターク型蒸留装置を用いて、縮合水を系外に除去することによって、反応を進めることができるからである。還流下にモレキュラーシーブを用いれば、二層に分離しないエタノール、メタノールとも乳酸エステルを合成することはできる。
【0048】
発酵液中には、金属やタンパクなど酵素を阻害したり失活させる物質が含まれている。従って、発酵法によって得られた乳酸アンモニウムから合成された粗乳酸エステルを通常、蒸留する。蒸留後の乳酸エステルに酵素触媒を作用させ光学分割を行う。
【0049】
触媒として用いる酵素としては、カルボン酸エステル加水分解酵素(EC3.1.1)が好ましい。カルボン酸エステル加水分解酵素(EC3.1.1)はエステラーゼ(EC3.1)の一種である。カルボン酸エステル加水分解酵素のなかでも、リパーゼ(EC3.1.1.3)が特に好適である。またクチナーゼ(EC3.1.1)も好適である。
【0050】
また、本発明において、固定化された酵素を用いてもよい。固定化酵素は、繰り返し使用できる点や、生成した乳酸重合体との分離が容易である点において好ましい。固定化担体としては、公知の各種のものを用いるとよく、例えば、ポリアクリルアミド、珪藻土、セルロース、ビーズ、セラミック等が挙げられる。その他の酵素の固定化法としては、酵素をゲルに封じ込める包括固定化法、酵素を半透明のポリマー被膜により被覆するマイクロカプセル法、酵素の表面をポリエチレングリコールや糖脂質で修飾して安定化する表面修飾法等である(川上ら、Journal of Fermentation and Bioengineering, Vol. 85, No.2, 240-242, 1998 ; 今村ら、特開平7−87974)。さらに、メソポーラスシリカに固定化することにより、リパーゼの光学分割能が向上するという報告もある(特開2002−95471号公報)。さらに本発明は、精製された酵素のみに限定されず、菌体の破砕液や無細胞抽出液を用いて行うことも可能である。
【0051】
微生物としては、カンジダ(Candida) 属、バチルス(Bacillus)属、シュードモナス(Pseudomonas )属、エンテロバクター(Enterobacter)属、キトロバクター(Citrobacter )属、リゾプス(Rhizopus)属、ムッコール(Mucor)属、およびフミコラ(Humicola)属に属する細菌またはこれらの微生物が含有する酵素が挙げられる。
【0052】
本発明においてエステル加水分解酵素としては、市販のものを使用することができる。微生物により生産される酵素としては、代表的なものとして、例えば、ノボノルディスク社製アルカラーゼ (Bacillus属由来) 、ノボノルディスク社製デュラザイム (Bacillus属由来) 、ノボノルディスク社製エスペラーゼ (Bacillus属由来) 、ノボノルディスク社製サビナーゼ (Bacillus属由来) 、ノボノルディスク社製ニュートラーゼ (Bacillus属由来) 、ノボノルディスク社製リポラーゼ (Humicola属由来) 、ノボノルディスク社製フラボザイム (Aspergillus 属由来) 、ナガセ生化学工業社製ビオプラーゼコンク (Bacillus属由来) 、ナガセ生化学工業社製デナチームAP及びAP−15(共にAspergillus 属由来)、ナガセ生化学工業社製リパーゼ2G(Pseudomonas属由来) 、天野製薬社製リパーゼP(Pseudomonas属由来) 、天野製薬社製リパーゼPS(Pseudomonas属由来) 、天野製薬社製ニューラーゼF(Rhizopus 属由来) 、天野製薬社製リパーゼMFL、天野製薬社製リパーゼM(Mucor属由来) 、天野製薬社製リパーゼAY(Candida属由来) 、天野製薬社製リパーゼA(Aspergillus属由来) 、天野製薬社製リパーゼM−AP−10、旭化成工業社製LP−015−S等の酵素等が挙げられ、動物起源のエステル加水分解酵素としては、ブタあるいはウシ由来のパンクレアチン、トリプシン等が挙げられる。
【0053】
その他、市販の固定化酵素としては、例えば、カンジダ アンタルチカ (Candida antartica)由来のリパーゼをポリアクリルアミドに固定化したノボノルディスク社のノボザイム435、ブルコルデリア セパシア(Burkholderia cepacia)由来のリパーゼをセラミックに固定化した天野エンザイム社のリパーゼPS−C「アマノ」I等が挙げられる。
また、最近では組替えにより、酵母表層にリパーゼを連結させる方法も開発されており(特開2004−194559号公報)、これを用いることもできる。
【0054】
酵素触媒を混合した後、L−乳酸エステル及びD−乳酸エステルのうちのいずれか一方の乳酸エステルを前記酵素触媒の存在下で脱アルコール縮合反応させて重合させ、前記いずれか一方の乳酸エステルに由来する乳酸の重合体に変換する。
【0055】
乳酸エステルの脱アルコール縮合反応は、適切な反応温度、適切な減圧条件にて行うとよい。反応温度は、用いる酵素の至適温度により定められる。減圧は縮合により生成したアルコールを反応系外へ除去するために行う。すなわち、減圧度は、当該温度で除去しようとするアルコールの蒸気圧以下かつ基質である乳酸エステルの蒸気圧以上とする必要があり、通常は、当該温度で除去しようとするアルコールの蒸気圧よりも低い圧力かつ基質である乳酸エステルの蒸気圧よりも高い圧力とする。具体的には、加熱温度としては、用いる酵素の至適温度を考慮して、例えば60〜90℃程度、減圧度としては、乳酸ブチルの脱ブタノール縮合反応の場合、例えば5〜80mmHg程度とするとよい。反応時間は、特に限定されることはなく、重縮合の進行を考慮して定めるとよい。例えば30分間〜72時間、2時間〜48時間。もちろん、これらよりも長い反応時間としてもよい。
【0056】
用いる酵素の量は特に限定されるものではないが、乳酸エステルの100質量部に対して、例えば5〜200質量部、好ましくは10〜120質量部程度とするとよい。用いる酵素の触媒活性や、乳酸エステル中のアルキル基の長さ等を考慮して、適宜定めるとよい。
【0057】
乳酸エステルの脱アルコール縮合反応における酵素の触媒作用については、次のように考えられる。酵素中に含まれているセリン残基(Ser) の−OH基、又はトレオニン残基(Thr) の−OH基が、乳酸エステルのカルボニル基に求核付加し、脱アルコールによりアシル中間体(acyl intermediate) が生成する。このアシル中間体は活性エステル様であり、このアシルカルボニル基は、別の乳酸エステルの−OH基の求核付加を受けやすく、酵素が脱離して、乳酸エステル2分子から脱アルコール縮合した乳酸の二量体モノエステルが生成する。さらに、この反応が繰り返されることにより、乳酸の多量体モノエステルが得られる。リパーゼのような疎水性酵素との親和性を考慮すると、乳酸エステルは、炭素数が4以上の疎水的なアルコールとの乳酸エステルであることが有利である。反応スキームを示す。
【0058】
【化1】

【0059】
酵素の触媒作用の特徴として、基質特異性が挙げられる。すなわち、用いる酵素に応じて、乳酸エステルの特定の光学異性体(D体又はL体)のみが基質となり得る。そのため、ラセミ体の乳酸エステルを用いた場合であっても、L−乳酸エステル及びD−乳酸エステルのうちのいずれか一方の乳酸エステルのみが、酵素触媒作用により脱アルコール縮合反応して重合する。前記いずれか他方の乳酸エステルは、未反応のまま存在している。このような光学選択的な乳酸の重合反応は、化学触媒では得られない利点である。
【0060】
次に、前記いずれか一方の乳酸エステルに由来する乳酸の重合体、及びいずれか他方の乳酸エステルを含む反応混合物から、前記いずれか一方の乳酸エステルに由来する乳酸の重合体と、前記いずれか他方の乳酸エステルとを分離する。一方の乳酸の重合体と他方の未反応の乳酸エステルとは、分子量等の種々の特性が異なるので容易に分離できる。例えば、沸点の差を利用して、蒸留により分離することができる。
【0061】
このようにして、本発明によれば、簡便且つ温和な操作で乳酸エステルを光学分割することができる。
【0062】
本発明の方法で光学分割された乳酸エステル、あるいは乳酸の重合体(オリゴマーないしはポリマー)の光学純度は非常に高い。従って、光学純度の高い乳酸エステル、あるいは乳酸の重合体(オリゴマーないしはポリマー)を用いて、光学純度の高いラクチドを製造することができ、さらに、光学純度の高いラクチドを用いて光学純度の高いポリ乳酸を製造することができる。得られるポリ乳酸は、高い結晶性を有する。
【0063】
本発明によれば、前記乳酸エステルを光学分割する方法を用いて、乳酸発酵で得られたDL−乳酸アンモニウムから光学純度の高いラクチドを一貫的に製造する方法、及び光学純度の高いポリ乳酸を一貫的に製造する方法が提供される。
【実施例】
【0064】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0065】
[実験例1:光学選択性]
1.D−乳酸ブチルの重縮合
D−乳酸(PURAC社製)180gとn−ブタノール(関東化学製、特級)148gを混合し、110℃に加熱してエステル化させ、生成した水を反応系外へ除去した。その後、真空ポンプを用いて反応系を減圧し、乳酸ブチルを減圧蒸留した。このようにして、D−乳酸n−ブチルを調製した。
【0066】
試験管中において、得られたD−乳酸n−ブチル2.0gに、リパーゼ (Novozyme 435R 、ノボノルディスク社製)0.2gを加え、80℃に加熱し、攪拌子にて反応液を攪拌しながら、24時間反応させた。反応後、反応物10mgのサンプリングを行い、このサンプルを500MHz 1HNMR装置(Bruker ARX)により測定(CDCl3 、TMS:テトラメチルシラン)した。
【0067】
図1にD−乳酸ブチルの重縮合における500MHz 1HNMRチャートを示す。各プロトンピークの帰属は図中に示した通りである。
I(0.95ppm)、H(1.42ppm)、G(1.40ppm)、F(1.65ppm)、E(2.81ppm)、D(4.19ppm)、B(4.26ppm);
i(0.93ppm)、h,h’(1.50〜1.61ppm)、g(1.37ppm)、f(1.65ppm)、e(2.85ppm)、d(4.14ppm)、b(4.36ppm)、a(5.13〜5.25ppm)
【0068】
すなわち、乳酸ブチルのメチン基プロトンのピークBは4.26ppmであるが、重縮合により、OH末端のメチン基プロトンのピークbは4.36ppmにシフトし、それ以外のメチン基プロトンのピークaは5.2ppm付近(5.13〜5.25ppm)にシフトする。
【0069】
オリゴマーの5.2ppm付近(5.13〜5.25ppm)のメチン基に帰属するプロトンピークa、OH末端のメチン基プロトンのピークb(4.36ppm)、及び乳酸ブチルのメチン基プロトンのピークB(4.26ppm)の強度より、次のようにして、平均重合度(Degree of polymerization)と転換率(Conversion)を求めた。
【0070】
平均重合度:ピークbの積分値Hb を1とした時のピークaの積分値Ha を求め、ピークaの積分値Ha に1を加えた値である。すなわち、
平均重合度=(Ha +Hb )/Hb =(Ha /Hb )+1
転換率(%)=[(Ha +Hb )/(Ha +Hb +HB )]×100
ここで、HB は、ピークBの積分値を表す。
【0071】
1HNMR測定結果から、Ha =1.4、Hb =1.0、HB =2.7となり、平均重合度:2.4、転換率:47%であった。
【0072】
2.D,L−乳酸ブチルの重縮合
試験管中において、D,L−乳酸n−ブチル(関東化学製)2.0gに、リパーゼ (Novozyme 435R 、ノボノルディスク社製)0.2gを加え、80℃に加熱し、攪拌子にて反応液を攪拌しながら、24時間反応させた。反応後、反応物10mgのサンプリングを行い、このサンプルを500MHz 1HNMR装置(Bruker ARX)により測定(CDCl3 、TMS:テトラメチルシラン)した。
【0073】
図2にD,L−乳酸ブチルの重縮合における500MHz 1HNMRチャートを示す。 1HNMR測定結果から、Ha =1.1、Hb =1.0、HB =3.3となり、平均重合度:2.1、転換率:39%であった。
【0074】
3.L−乳酸ブチルの重縮合
試験管中において、L−乳酸n−ブチル(アルドリッチ社製)2.0gに、リパーゼ (Novozyme 435R 、ノボノルディスク社製)0.2gを加え、80℃に加熱し、攪拌子にて反応液を攪拌しながら、24時間反応させた。反応後、反応物10mgのサンプリングを行い、このサンプルを500MHz 1HNMR装置(Bruker ARX)により測定(CDCl3 、TMS:テトラメチルシラン)した。その結果、5.2ppm付近のメチン基に帰属するプロトンピークは確認されず、すなわち、重合は認められなかった。
【0075】
以上のように、 1HNMR測定により、D−乳酸ブチルを用いた場合、D,L−乳酸ブチルを用いた場合には、5.2ppm付近にメチン基に帰属するピークaが確認され、重合反応が進行したことが確認された。また、D−乳酸ブチルを用いた場合の重合度は、D,L−乳酸ブチルを用いた場合の重合度よりも高いことが分かった。
一方、L−乳酸ブチルを用いた場合には、5.2ppm付近にメチン基に帰属するピークaは見られず、重合反応は進行しなかった。
【0076】
[実験例2:各種乳酸エステルの重縮合]
この実験例においては、表1に示す7種のD−乳酸エステル、及び表2に示す7種のL−乳酸エステルの重縮合をそれぞれ行った。
【0077】
(原料の乳酸エステル)
L−乳酸エチル、L−乳酸n−ブチルについては、市販の試薬を用いた。
それ以外の乳酸エステルについては、市販のL−乳酸又はD−乳酸と、対応するアルコールとを硫酸触媒下に反応させることにより合成したものを用いた。
【0078】
(各種乳酸エステルの重縮合)
各乳酸エステル2.0gを試験管中に入れ、固定化リパーゼ (Novozyme 435R 、ノボノルディスク社製)0.2gを加え、攪拌子にて反応液を攪拌しながら、80℃に加熱し、表1及び表2に示す各圧力下で24時間反応させた。
【0079】
ここで、表1及び表2に示す各圧力は、各乳酸エステルの酵素触媒反応における適切な減圧条件とされている。ただし、メチルエステルについては、常圧条件である。すなわち、上記の各圧力は、反応温度80℃において、原料の乳酸エステルはガス化しないが、縮合反応で脱離したアルコールはガス化し反応系外へ除去される圧力条件とされている。
【0080】
反応後、得られた反応物10mgのサンプリングを行い、このサンプルを500MHz 1HNMR装置(Bruker ARX)により測定(CDCl3 、TMS:テトラメチルシラン)した。
【0081】
実験例1と同様にして、オリゴマーの5.2ppm付近のメチン基に帰属するプロトンピークaの積分値Ha 、OH末端のメチン基プロトンのピークb(4.36ppm)の積分値Hb 、及び乳酸エステルのメチン基プロトンのピークB(4.26ppm)の積分値HB より、平均重合度(Degree of polymerization)と転換率(Conversion)を求めた。
【0082】
さらに、得られた反応物の試料をESI−TOF−MSで質量分析し、反応物に含まれている重合物の分子量を測定した。重合物の最大分子量と、その重合度を求めた。
【0083】
この際のESI−TOF−MS測定はBrucker製の装置を用いて行った。反応物の試料2μlを溶離液2mlで溶解させ、この溶解液を親水性フィルターを通過させ測定した。溶離液としては、メタノール/水(50/50,v/v%)を脱気したものを用いた。
【0084】
ESI−TOF−MS測定結果の一例として、D−乳酸ブチル重合物についての結果を図3に示す。以上の結果を表1及び表2に示す。
【0085】
【表1】

【0086】
【表2】

【0087】
以上から、D−乳酸との各種エステルは、リパーゼ触媒により重合が認められ、これらの中でも、n−ブタノール及び iso−ブタノールとのエステルの重合性が最も高いことが分かった。一方、L−乳酸との各種エステルでは、リパーゼ触媒による重合は認められなかった。このように、リパーゼ触媒を用いた場合の乳酸エステルの光学選択性が明らかとなった。また、リパーゼ触媒を用いた場合に、種々のD−乳酸エステルを原料として使用できることが明らかとなった。
【0088】
[実施例1〜3:光学分割]
(光学分割すべき乳酸エステル)
乳酸n−ブチル(L体含有量:90.04モル%、D体含有量:9.96モル%)を用いた。上記特定のL体及びD体含有量の乳酸n−ブチルは、次のL−乳酸n−ブチルとD−乳酸n−ブチルとを所定割合で混合して得た。なお、この程度のD体混入量のものは、通常、L−乳酸n−ブチルと称されていることが多い。
【0089】
L−乳酸n−ブチル:
Butyl(S)-(-)lactate (Aldrich Chemical Co.製、純度98%)
D−乳酸n−ブチル:
D−乳酸 (PULAC 製、90wt%水溶液)、
1−ブタノール (関東化学製、純度99.0%)、
硫酸 (関東化学製、純度97.0〜98.0%)
を用いて、ディーンスターク装置を用いて合成したもの。
【0090】
(乳酸エステルの重縮合)
上記乳酸n−ブチル2.0gを試験管中に入れ、固定化リパーゼ (Novozyme 435R 、ノボノルディスク社製)0.2gを加え、攪拌子にて反応液を攪拌しながら、80℃に加熱し、70mmHgの圧力下で24時間反応させて、実施例1の反応混合物を得た。
また、反応時間を48時間(実施例2)又は72時間(実施例3)として、実施例2及び実施例3の反応混合物をそれぞれ得た。
【0091】
(蒸留による分離)
得られた各反応混合物(D−乳酸n−ブチルの重合体と、未反応のL−乳酸n−ブチルとを含んでいる)を、110℃に加熱、30mmHgに減圧し、さらに30mmHgから徐々に減圧し、最終的には1mmHgまで減圧した。留出物をガスクロマトグラフで分析し、留出物中のL体純度(L体含有量)を求めた。
【0092】
ここで、化学量論的考察を容易にするため、
L体純度(%)=100×[L]/([L]+[D])
を用いている。通常用いられる光学純度(%ee)とは異なっている。
【0093】
ガスクロマトグラフの分析条件:
装置 GC−2010(島津製作所製)
試料の調製 留出物10mgをアセトン10mlに溶解させた。
分析条件
カラム温度 80.0℃(恒温)
インジェクション温度 200.0℃
検出器温度 200.0℃
【0094】
結果を示す。
実施例1:反応時間24時間 L体純度95.20%
実施例2:反応時間48時間 L体純度98.26%
実施例3:反応時間72時間 L体純度98.61%
【0095】
このように、DL−乳酸エステルから、光学分割することができることが明らかとなった。
【0096】
上記の乳酸エステルの光学分割法を用いて、乳酸発酵で得られたDL−乳酸アンモニウムから光学純度の高いラクチドを一貫的に製造することができ、さらに、光学純度の高いポリ乳酸を一貫的に製造することができる。図4に、本発明のラクチド製造方法又はポリ乳酸製造方法の工程の概略を示す。図4においては、DL−乳酸エステルから、酵素反応により、D−乳酸エステルが重合体を形成する例が示されている。国際公開公報WO02/060891に開示の方法に対して、本発明の方法では、光学純度の高いラクチド又はポリ乳酸が得られることが大きな利点である。
【図面の簡単な説明】
【0097】
【図1】実験例1において、D−乳酸ブチルの重縮合における500MHz 1HNMRチャートである。
【図2】実験例1において、D,L−乳酸ブチルの重縮合における500MHz 1HNMRチャートである。
【図3】実験例2において、D−乳酸ブチル重合物についてのESI−TOF−MS測定チャートである。
【図4】ラクチド製造方法又はポリ乳酸製造方法の工程の概略を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
L−乳酸エステル及びD−乳酸エステルの混合物と、酵素触媒とを混合し、
L−乳酸エステル及びD−乳酸エステルのうちのいずれか一方の乳酸エステルを前記酵素触媒の存在下で脱アルコール反応させて重合し、前記いずれか一方の乳酸エステルに由来する乳酸の重合体に変換し、
前記いずれか一方の乳酸エステルに由来する乳酸の重合体、及びいずれか他方の乳酸エステルを含む反応混合物から、前記いずれか一方の乳酸エステルに由来する乳酸の重合体と、前記いずれか他方の乳酸エステルとを分離する、
ことを含む、乳酸エステルを光学分割する方法。
【請求項2】
前記いずれか一方の乳酸エステルに由来する乳酸の重合体、及びいずれか他方の乳酸エステルを含む反応混合物から、蒸留により、前記いずれか一方の乳酸エステルに由来する乳酸の重合体と、前記いずれか他方の乳酸エステルを分離する、請求項1に記載の乳酸エステルを光学分割する方法。
【請求項3】
乳酸エステルは、乳酸と炭素数が2以上のアルコールとのエステルである、請求項1又は2に記載の乳酸エステルを光学分割する方法。
【請求項4】
乳酸エステルは、乳酸とn−ブタノールとのエステルである、請求項1又は2に記載の乳酸エステルを光学分割する方法。
【請求項5】
脱アルコール反応を加熱条件及び/又は減圧条件で行う、請求項1〜4のうちのいずれか1項に記載の乳酸エステルを光学分割する方法。
【請求項6】
酵素として、カルボン酸エステル加水分解酵素を用いる、請求項1〜5のうちのいずれか1項に記載の乳酸エステルを光学分割する方法。
【請求項7】
酵素として、リパーゼ又はクチナーゼを用いる、請求項1〜6のうちのいずれか1項に記載の乳酸エステルを光学分割する方法。
【請求項8】
酵素として、固定化された酵素を用いる、請求項1〜7のうちのいずれか1項に記載の乳酸エステルを光学分割する方法。
【請求項9】
乳酸発酵で得られたDL−乳酸アンモニウムとアルコールとを反応させ、DL−乳酸エステルを合成し、
得られたDL−乳酸エステルと、酵素触媒とを混合し、
L−乳酸エステル及びD−乳酸エステルのうちのいずれか一方の乳酸エステルを前記酵素触媒の存在下で脱アルコール反応させて重合し、前記いずれか一方の乳酸エステルに由来する乳酸の重合体に変換し、
前記いずれか一方の乳酸エステルに由来する乳酸の重合体、及びいずれか他方の乳酸エステルを含む反応混合物から、前記いずれか一方の乳酸エステルに由来する乳酸の重合体と、前記いずれか他方の乳酸エステルとを分離し、
分離された前記いずれか一方の乳酸エステルに由来する乳酸の重合体を環化解重合させて、前記いずれか一方の乳酸エステルに由来する光学的に純粋なラクチドを得るか、及び/又は
分離された前記いずれか他方の乳酸エステルから光学的に純粋なラクチドを得る、
ことを含む、ラクチドの製造方法。
【請求項10】
アルコールとしてn−ブタノールを用いる、請求項9に記載のラクチドの製造方法。
【請求項11】
請求項9又は10に記載のラクチドの製造方法で得られた光学的に純粋なラクチドを開環重合させて光学的に純粋なポリ乳酸を得る、ポリ乳酸の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−195149(P2009−195149A)
【公開日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−39448(P2008−39448)
【出願日】平成20年2月20日(2008.2.20)
【出願人】(000108993)ダイソー株式会社 (229)
【Fターム(参考)】