説明

二次電子増倍電極及び光電子増倍管

【課題】 実用性の高いアルカリフリーの二次電子増倍電極及びそれを用いた光電子増倍管を提供する。
【解決手段】 バンドギャップが大きい酸化マグネシウム(MgO)にバンドギャップが小さい酸化亜鉛(ZnO)を混ぜて混晶としたMgZn(1−x)Oを二次電子増倍電極として用いることで、バンドギャップを制御して二次電子放出比特性を向上させることができ、実用性の高い二次電子増倍電極を提供することが可能になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二次電子増倍電極及び光電子増倍管に関する。
【背景技術】
【0002】
光電子増倍管(PMT)の二次電子増倍電極にはアルカリアンチモン(SbCs)系が材料として用いられることがあるが、特にダイノードが密集した構造を持つ光電子増倍管においてアルカリ金属活性に時間がかかること、アルカリの均一化が難しいこと等アルカリ金属活性時に生じる種々の問題を避けるためアルカリ金属との反応を要しない(以下、アルカリフリーと記載する)二次電子増倍電極の開発が進められている。こうした従来技術として、下記特許文献1では、SiO、MgO、Al、ZnO、CaO、SrO、LaO、MgF、CaF、LiFからなる群より選ばれたいずれか一つを二次電子増倍電極とすることとしている(同文献中請求項5等)。
【0003】
【特許文献1】特開2004−200174号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記従来技術では実用に足るアルカリフリーの二次電子増倍電極を得るに至らなかった。上記の材料の中では二次電子の放出効率の高いMgOに関してみても、バンドギャップが7.8eVとアルカリアンチモンと比べて大きいことから、二次電子を放出するために必要な励起エネルギーが大きくなり、二次電子の放出効率が悪くなるという課題があった。
【0005】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、実用性の高いアルカリフリーの二次電子増倍電極及びそれを用いた光電子増倍管を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る二次電子増倍電極は、MgZn(1−x)O(ただし、0<x<1)式にて表わされる酸化マグネシウムと酸化亜鉛との混晶層からなることを特徴とする。
【0007】
また、前記混晶層の下地としてMgOからなる下地層をさらに備えることも好ましく、またさらに、上式において、0.3<x<1を満たすことがより好ましい。
【0008】
また、本発明に係る光電子増倍管は、上記いずれかの二次電子増倍電極を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明者らの研究によれば、バンドギャップが大きい酸化マグネシウム(MgO)にバンドギャップが小さい酸化亜鉛(ZnO)を混ぜて混晶としたMgZn(1−x)O(好ましくは0.3<x<1)を二次電子増倍電極として用いることで、バンドギャップを制御して二次電子放出比特性を向上させることができ、実用性の高い二次電子増倍電極を提供することが可能になる。
【0010】
また、混晶層の下地としてMgOからなる下地層をさらに備えることで、MgZn(1−x)Oの結晶性が向上すると共に、混晶層MgZn(1−x)O(好ましくは0.3<x<1)と下地層との間にヘテロ接合による内部電界(すなわちバンドの傾斜)が発生し、二次電子放出比特性をいっそう向上させることができる。
【0011】
また、本発明に係る光電子増倍管によれば、上述の二次電子増倍電極を用いるため、実用性の高いアルカリフリーの光電子増倍管を提供することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
図1は、MgO及びZnOのバンドギャップを示す図表である。同図に示すようにMgZn(1−x)Oは、Mg組成xを調整することによりバンドギャップを3.3eVから7.8eVまで変化させることが可能であると予想できる。また、MgOとZnOのボンド長の差はわずかであるため、混晶を作製可能であることが期待できる。本発明者らはこの点に着目し、MgZn(1−x)O(ただし、0<x<1)式にて表わされる酸化マグネシウムと酸化亜鉛との混晶層からなる二次電子増倍電極を提案した。
【0013】
図2に示す断面図を参照しながら、本実施形態に係る二次電子増倍電極の作製方法について説明する。まず、MgOとZnOの粉末を所定の割合で混ぜ合わせてペレット形状に加圧成型後、大気圧中1400℃で1時間加熱してMgZn(1−x)Oの焼結体を作製する。そして、MgO下地層を有しないものでは、この焼結体を金属基板上に蒸着し、二次電子増倍電極20を作製する。また、MgO下地層を有するものでは、予め金属基板上にMgO層を蒸着した後、その上にMgZn(1−x)O焼結体を蒸着し、二次電子増倍電極30を作製する。
【0014】
次に、上記の方法により作製した本実施形態に係る二次電子増倍電極の特性を、図3〜図7を用いて説明する。まず、図3にて結晶性の測定結果を示す。図3(a)はMgO下地層を有する場合、図3(b)はMgO下地層を有さない場合のMgZn(1−x)O(x=0.5)のX線回折法(XRD)による2θ−θスペクトルを示す。MgO下地層を有さない場合(図3(b))、MgO岩塩構造(200)の他に、ZnOウルツ鉱構造(0002)のピークが見られ、一部、相分離をおこしていることがわかる。一方、MgO下地層を有する場合(図3(a))のスペクトルでは、MgO岩塩構造の(111)と(200)のピークのみがみられ、ZnOウルツ鉱構造に起因するピークはみられなかった。よって、MgOを下地層とすることでx=0.5においてMgZn(1−x)Oが相分離することなく岩塩構造を有していることが確認できた。
【0015】
続いて、図4〜図6にて利得特性の測定結果を示す。図4は、8段積層ダイノード型光電子増倍管の二次電子増倍電極として、MgZn(1−x)O(x=0.5及び0.7、MgO下地層なし)とMgO(すなわちx=1.0)とを用いた場合の利得特性の比較を示すものである。同図に示されるように、MgZn(1−x)O混晶を用いれば、従来のMgOを用いた場合と比較して、x=0.7で約2.0倍、x=0.5で約1.5倍と高い利得特性を得ることができる。図5は、さらにMgO下地層を有するMgZn(1−x)O(x=0.5及び0.7)を用いた場合との利得特性の比較を示すものである。下地層を有する場合には、下地層を有しないものと比較して、x=0.7で約1.3倍、x=0.5で約2.3倍といっそう高い利得特性を得ることができる。図6は、MgO下地層を有するMgZn(1−x)Oにおいて、x=0.4、0.5、0.6、0.7及び0.8とした場合の利得特性の比較を示すものである。同図によれば、下地層を有する場合には、x=0.5近辺で最も高い利得特性を得ることが確認できる。
【0016】
また、図7にてMgZn(1−x)O(x=0.5及び0.7)とMgO(すなわちx=1.0)との透過率の測定結果を示す。透過率の変化が最も大きくなる光子エネルギーのeV値がバンドギャップ値とおおよそ一致することが知られており、同図によればMgZn(1−x)O混晶はMgOよりもバンドギャップが小さくなっていることが確認できる。
【0017】
以上のように、MgZn(1−x)O混晶はMgOよりバンドギャップが小さくなり、このMgZn(1−x)O混晶からなる二次電子増倍電極は高い利得特性を得ることが示されたが、本発明者らはその理由を以下のように考察した。すなわち、図8に示すように、従来のMgOではバンドギャップが7.8eVと高いため、二次電子を生成するために必要な励起エネルギーが大きくなり、生成される励起電子数が少なくなる。ゆえに二次電子放出比率が小さくなり増倍効率が悪くなっていたが、MgZn(1−x)O混晶とすればバンドギャップが小さくなるため、二次電子を生成するために必要な励起エネルギーが小さくなり、荷電子帯から伝導帯に励起されて真空表面まで移動し、真空順位の電位障壁(Ea値)を乗り越えで真空帯に放出される電子が増加するため、結果、二次電子放出比率が大きくなり、増倍効率が向上したと考えられる。また、MgO下地層を有することにより、MgZn(1−x)Oの結晶性が向上すると共に、図9に示すようにMgZn(1−x)O混晶層とMgO下地層との間にヘテロ接合による内部電界(すなわちバンドの傾斜)が発生し、励起電子が真空表面により到達しやすくなり、その結果として二次電子放出比率が大きくなり、増倍効率がいっそう向上したと考えられる。
【0018】
最後に、図10に示す断面図を参照しながら、本実施形態に係る光電子増倍管(PMT)について説明する。この光電子増倍管1は、筒形状の金属製(たとえば、コバール金属製やステンレス製)の側管2を有し、この側管2の一側の開口端Aには、ガラス製(たとえば、コバールガラス製や石英ガラス製)の受光面板3が融着固定されている。この受光面板3の内表面には、光を電子に変換する光電面3aが形成され、この光電面3aは、受光面板3に予め蒸着させておいたアンチモンにアルカリ金属を反応させることで形成される。また、側管2の開口端Bには、金属製(たとえば、コバール金属製やステンレス製)のステム板4が溶接固定されている。このように、側管2と受光面板3とステム板4とによって密封容器5が構成され、この密封容器5は、高さが10mm程度の極薄タイプのものである。
【0019】
また、ステム板4の中央には金属製の排気管6が固定されている。この排気管6は、光電子増倍管1の組立て作業終了後、密封容器5の内部を真空ポンプ等によって排気して真空状態にするのに利用されると共に、光電面3aの成形時にアルカリ金属蒸気を密封容器5内に導入させる管としても利用される。
【0020】
密封容器5内には、ブロック状で積層型の電子増倍器7が設けられ、この電子増倍器7は、本実施形態に係る二次電子増倍電極からなる板状のダイノード8を積層させた電子増倍部9を有している。電子増倍器7は、ステム板4を貫通するように設けられたコバール金属製のステムピン10によって密封容器5内で支持され、各ステムピン10の先端は各ダイノード8と電気的に接続されている。また、ステム板4には、各ステムピン10を貫通させるためのピン孔4aが設けられ、各ピン孔4aには、コバールガラス製のハーメチックシールとして利用されるタブレット11が充填されている。各ステムピン10は、このタブレット11を介してステム板4に固定される。なお、各ステムピン10には、ダイノード用のものとアノード用のものとがある。
【0021】
電子増倍器7には、電子増倍部9の下方に位置してステムピン10の上端に固定したアノード12が並設されている。また、電子増倍器7の最上段において、光電面3aと電子増倍部9との間には平板状の集束電極板13が配置されている。この集束電極板13には、スリット状の開口部13aが複数本形成され、各開口部13aは全て同一方向に延在した配列をなす。同様に、電子増倍部9の各ダイノード8には、電子を増倍させるためのスリット状電子増倍孔14が複数本形成されることにより配列されている。
【0022】
各ダイノード8の各電子増倍孔14を段方向にそれぞれ配列してなる各電子増倍経路Lと、集束電極板13の各開口部13aとを一対一で対応させることによって、電子増倍器7には、複数のチャンネルが形成されることになる。また、電子増倍器7に設けられた各アノード12は所定数のチャンネル毎に対応するように8列設けられ、各アノード12を各ステムピン10にそれぞれ接続させることで、各ステムピン10を介して外部に個別的な出力を取り出す構造となっている。
【0023】
本実施形態に係る光電子増倍管のように、ダイノードが複数段に積層された光電子増倍管において、積層された各ダイノードにアルカリアンチモンからなる二次電子放出面を形成する場合、特に積層されたダイノードの中段域では、アルカリ金属蒸気を入り込ませることによってアルカリ金属活性を行うため、時間がかかるうえに、アルカリの均一化が難しい。対し、本発明に係る二次電子増倍電極からなる板状のダイノードを積層させた構成とすれば、これらアルカリ活性時の問題を生じることなく、実用に足る増倍特性を有する光電子増倍管を得ることができる。
【0024】
なお、本発明に係る二次電子増倍電極及び光電子増倍管は、上記実施形態に記載の態様に限定されず、様々な態様を採ることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】MgO及びZnOのバンドギャップを示す図表である。
【図2】本実施形態に係る二次電子増倍電極の断面図である。
【図3】結晶性の測定結果を示す図表である。
【図4】利得特性の測定結果を示す図表である。
【図5】利得特性の測定結果を示す図表である。
【図6】利得特性の測定結果を示す図表である。
【図7】透過率の測定結果を示す図表である。
【図8】バンドギャップの比較を説明する図表である。
【図9】内部電界による効果を説明する図表である。
【図10】本実施形態に係る光電子増倍管の断面図である。
【符号の説明】
【0026】
1…光電子増倍管、2…側管、3…受光面板、4…ステム板、5…密封容器、6…排気管、7…電子増倍器、8…ダイノード、9…電子増倍部、10…ステムピン、11…タブレット、12…アノード、13…集束電極板、14…スリット状電子増倍孔、20…二次電子増倍電極、30…二次電子増倍電極。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
MgZn(1−x)O(ただし、0<x<1)・・・(1)
上記組成式(1)にて表わされる酸化マグネシウムと酸化亜鉛との混晶層からなる二次電子増倍電極。
【請求項2】
前記混晶層の下地としてMgOからなる下地層をさらに備えることを特徴とする請求項1に記載の二次電子増倍電極。
【請求項3】
前記組成式(1)において、0.3<x<1を満たすことを特徴とする請求項1または2に記載の二次電子増倍電極。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の二次電子増倍電極を有することを特徴とする光電子増倍管。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−12308(P2007−12308A)
【公開日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−188431(P2005−188431)
【出願日】平成17年6月28日(2005.6.28)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度、文部科学省、科学技術試験研究委託費、光技術を融合した生体機能計測技術の研究開発、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000236436)浜松ホトニクス株式会社 (1,479)