説明

人参を具材として含む加熱殺菌済食品

【課題】適度なかたさが保持された人参を具材として含む加熱殺菌済食品及びその製造方法を提供する。
【解決手段】人参の乾燥物と水を少なくとも含む原料混合物を容器に充填し加熱殺菌する、レトルトカレー、シチュー等の人参を具材として含む加熱殺菌済食品。該加熱殺菌済食品は、特定の条件で測定した、横断面が直径3mmの真円である円柱形プランジャーの圧縮貫入率が22〜50%の範囲において破断点が検出される人参を具材として含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、適度なかたさが保持された人参を具材として含む加熱殺菌済食品及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
レトルトカレー、レトルトシチューなどの、野菜を具材として含む加熱殺菌済食品は、製造時の加熱殺菌工程により野菜具材がダメージを受け、食感が軟化したり、煮溶けてしまい、喫食時に野菜具材の存在が確認できない状態になるという問題があった。
【0003】
この問題を解決するために、野菜類を予め、カルシウムイオンを含有する水溶液により処理(以下「カルシウム処理」ということがある)し、野菜類の組織を強化する技術が知られている(特許文献1、2等)。
【0004】
しかしながら、カルシウム処理された具材は食感(ガリガリした食感)や風味が、カルシウム処理されていない具材と比べて異質なものとなる場合があった。
【0005】
一方、人参を工業的に利用する場合、原料の供給安定性、品質の安定性(季節性)、保管性、コストなどの経済的観点から、生人参や、カルシウム処理された生人参は十分に満足できるものではない。この問題を解決するために、冷凍人参が利用されている。しかしながら、冷凍人参を加熱殺菌処理した場合、生人参を用いる場合よりも具材の軟化が顕著であるという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公平3-71102号公報
【特許文献2】特開平8-173079号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、人参を具材として含む加熱殺菌済食品(レトルトカレー、シチュー等)において、人参具材の軟化を防止するための、上記経済的観点からも望ましい手段を提供することを解決すべき課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは驚くべきことに、人参を具材として含む加熱殺菌済食品の製造において、具材原料として人参の乾燥物を用いることにより、上記課題を解決することができることを見出した。そして、この方法により得られた食品中での人参の物性が、従来の人参具材を用いて製造された加熱殺菌済食品中の人参の物性とは異なる特徴的な物性であることを見出した。
【0009】
本発明は以下の発明を包含する。
(1) 人参を具材として含む加熱殺菌済食品であって、
該人参具材が、直線運動により物質を圧縮し該物質の破断点を検出することが可能な装置を用いて、以下の条件:
プランジャー: 横断面が直径3 mmの真円である円柱形プランジャー
貫入方向: 人参の繊維方向と略直交する方向から貫入する
圧縮貫入速度: 1 mm/sec
圧縮距離: 試料の厚さの 95%
測定温度: 室温 (20℃)
により分析した場合に、圧縮貫入率が22〜50%の範囲において破断点が検出される具材である、前記加熱殺菌済食品。
【0010】
(2) 前記人参具材が、カルシウムイオンを含有する水溶液による処理が施されていない人参具材である、(1)記載の加熱殺菌済食品。
(3) 前記条件において測定した場合に破断点において観測される応力が1 x 105 N/m2以上である(1)又は(2)記載の加熱殺菌済食品。
【0011】
(4) 水と具材とを少なくとも含む原料混合物を容器に充填し、加熱殺菌することを含む、加熱殺菌済食品を製造する方法であって、前記具材が人参の乾燥物を含むことを特徴とする前記方法。
(5) 前記人参の乾燥物が、カルシウムイオンを含有する水溶液による処理が施されていない人参の乾燥物である、(4)記載の方法。
(6) 加熱殺菌処理がレトルト処理である、(4)又は(5)記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、喫食時に違和感のない食感および風味を与える人参具材を含む加熱殺菌済食品が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は試料1〜5についてのクリープメーターによる物性の測定結果を示す。圧縮貫入率(移動歪率)を横軸とし、応力を縦軸とする。
【図2】図2は試料1の4つの試料片それぞれについてのクリープメーターによる物性の測定結果を示す。圧縮貫入率(移動歪率)を横軸とし、応力を縦軸とする。矢印は破断点を示す。
【図3】図3は試料2の4つの試料片それぞれについてのクリープメーターによる物性の測定結果を示す。圧縮貫入率(移動歪率)を横軸とし、応力を縦軸とする。破断点は観測されなかった。
【図4】図4は試料3の4つの試料片それぞれについてのクリープメーターによる物性の測定結果を示す。圧縮貫入率(移動歪率)を横軸とし、応力を縦軸とする。矢印は破断点を示す。
【図5】図5は試料4の4つの試料片それぞれについてのクリープメーターによる物性の測定結果を示す。圧縮貫入率(移動歪率)を横軸とし、応力を縦軸とする。矢印は破断点を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
具材として用いられる人参の乾燥物は、人参を熱風乾燥、減圧乾燥、凍結乾燥、油揚乾燥等の種々の方法により乾燥した乾燥物である。熱風乾燥及び減圧乾燥により乾燥した人参の乾燥物が特に好適である。人参の乾燥物は、原料の供給安定性、品質の安定性(季節性)、保管性、コストなどの観点からも好適な材料である。
【0015】
なお本発明において「人参」とは通常喫食される根の部分を指す。
具材原料として用いられる人参は、カルシウムイオンを含有する水溶液(カルシウム塩水溶液)による処理が施されていない人参であることが好ましい。
【0016】
本発明において「人参の乾燥物」とは乾燥処理を受けた人参の具材を指し、乾燥状態のものだけでなく、再吸水された状態のものも包含する。人参の乾燥物は、加熱処理する際に再吸水(水戻し)された状態であることが好ましい。再吸水は、人参の乾燥物の再吸水後の重量が、乾燥前の生の状態の人参の重量に対して30〜60%の重量になるまで行うことが好ましい。再吸水処理は、原料混合物に配合する前に、乾燥状態の人参具材を予め水に浸漬することにより行ってもよいし、水等の他の原料成分と乾燥状態の具材とを混合し水分を具材に吸収させることにより行ってもよいが、好ましくは前者である。要するに、加熱殺菌処理する前に人参の乾燥物が前記の再吸水(水戻し)された状態であればよい。
【0017】
人参の乾燥物の寸法は具材として喫食するために適度な寸法であれば特に限定されないが、加熱殺菌済食品に含まれる場合の大きさとして、好ましくは目開き2800μmの篩にオンする大きさもの、より好ましくは目開き3350μmの篩にオンする大きさものである。なお、「目開き2800μmの篩」とは、JIS規格Z8801-1:2800の公称目開き2800μmでかつ線径1110μmの篩を指す。「目開き3350μmの篩」とは、JIS規格Z8801-1:3350の公称目開き3350μmでかつ線径1270μmの篩を指す。
【0018】
加熱殺菌済食品中に含まれる人参の乾燥物の寸法の測定は以下の手順により行うことができる。
(1)常温の加熱殺菌済食品を所定の目開きの篩に通す。
(2)当該篩にオンした具材に冷水を静かに掛けて、前記食品の具材以外の部分を取り除く。冷水の量は粘性食品1食当り500ml程度とする。
(3)上記により篩に残った具材を当該篩にオンする大きさものと判定する。
【0019】
具材の寸法の上限は特に限定されないが、好ましくは最長径が5cm以下となる寸法である。
【0020】
人参を具材として本発明の含む加熱殺菌済食品の種類は特に限定されないが、典型的には、カレーソース、シチューソース、ハヤシソース、パスタソース、ベシャメルソース、ホワイトソースなどの各種ソース、ポタージュなどの各種スープなどの形態や、パンのための詰め物(フィリング)、クリーム系などのスプレッドの形態などである。
【0021】
加熱殺菌済食品の製造は、常法により行うことができ、通常は、水と具材とを少なくとも含む原料混合物を容器に充填し、加熱殺菌することを含む。
【0022】
水の含有量は特に限定されないが、通常は、原料混合物全量に対して、60〜90重量%とすることができる。人参の乾燥物の含有量もまた特に限定されないが、通常は、原料混合物全量(湿重量)に対して、0.1〜5重量%(乾燥重量換算)とすることができる。
【0023】
原料混合物には、適宜他の材料が配合される。他の材料には澱粉、油脂、調味成分、香辛料等の通常の食品材料が包含される。
【0024】
原料混合物は容器中に収容され、加熱殺菌されるか、加熱殺菌して容器中に収容される。加熱殺菌処理の方法としては、レトルト処理、高温殺菌(UHT、HTST)、無菌充填処理、チルド向けの低温加熱殺菌処理、ホットパックが挙げられる。加熱殺菌処理は、好ましくはレトルト処理である。加熱殺菌処理を施すことにより、保存性を付与された加熱殺菌済食品が提供される。用いられる容器は、密封可能であり、且つ、密封された状態で加熱処理を施すことが可能な容器であれば特に限定されないが、典型的には、合成樹脂製などのパウチ、缶、ビン、ペットボトル等である。
【0025】
加熱殺菌処理の条件は目的とする最終的な食品の形態に応じて適宜決定することができるが、好ましくは、110〜130℃の温度における、8〜60分間の処理である。
【0026】
本発明の加熱殺菌済食品では、人参具材が、プランジャーの長手方向に沿った直線運動により物質を圧縮し、圧縮貫入率(移動歪率)と応力との関係を測定し、該関係に基づいて該物質の破断点を検出することが可能な装置を用いて、以下の条件:
プランジャー: 横断面が直径3 mmの真円である円柱形プランジャー
貫入方向: 人参の繊維方向と略直交する方向から貫入する
圧縮貫入速度: 1 mm/sec
圧縮距離: 試料の厚さの 95%
測定温度: 室温 (20℃)
により分析した場合に、圧縮貫入率が22〜50%の範囲において破断点が検出される具材であることが好ましい。破断点において観測される応力の大きさは特に限定されないが、好ましくは、前記条件において測定した場合に破断点において観測される応力が1 x 105 N/m2以上である。破断点とは、圧縮貫入率(移動歪率)を横軸とし、応力を縦軸とする座標上に上記の測定結果に基づきグラフを描画した場合の、応力の極大値を示す点である。なお、分析にかける人参具材(試料)は、前記の人参の乾燥物の寸法の測定方法に準じた方法で加熱殺菌済食品より取出した任意の大きさのもの、望ましくは前記のプランジャーの直径よりも大径のものを用いるとよい。
【0027】
上記分析試験に用いるための具材試料片は、略立方体の形状(例えば一辺が約1cm程度の略立方体の形状)であることが好ましい。
【0028】
上記の特性を満たす人参具材は、全体的に硬さと弾力が保持されており、喫食時に適度な歯応えを与える。
【0029】
以下、本発明の実施形態を実施例に基づいて説明するが、本発明の範囲は実施例の範囲には限定されない。
【実施例】
【0030】
<具材>
人参(1cm×1cm×1cmの角形のもの)を熱風乾燥したものを、50℃湯に2時間浸漬したのち、90℃で10分間加熱し、水戻しした。生人参の約51〜53%の重量まで戻った。
【0031】
比較のために、水戻しした熱風乾燥人参とほぼ同じ大きさの生人参、冷凍人参、カルシウム(Ca)処理人参を用意した。冷凍人参は流水で10分間解凍し、水切りをして余計な水分が入らないようにした。Ca処理人参は人参を重量でその2倍量の1.75%塩化カルシウム水溶液(60℃)に30分間浸漬して水切りしたものを用いた。
【0032】
実施例1
<レトルトカレー食品の充填・殺菌>
小麦粉、油脂、調味成分、香辛料及び水を用いて常法によってカレーソースを調製した。上記のカレーソースを165 g、具材として前記の水戻しした熱風乾燥人参を乾燥重量換算で約1.8g、生換算で約35 gレトルトパウチに充填密封し、121℃, 23分間蒸気式レトルト殺菌機で加圧加熱殺菌した。このレトルトカレー食品のカレーソースの部分は、澱粉4.8重量%及び水分82重量%を含有した。このレトルトカレー食品に含まれる人参を試料1とした。
【0033】
比較例1
水戻しした乾燥人参に代えて前記の冷凍人参約35 gを用いた以外は、実施例1と同様にしてレトルトカレー食品を製造した。このレトルトカレー食品に含まれる人参を試料2とした。
【0034】
比較例2
水戻しした乾燥人参に代えて前記の生人参約35 gを用いた以外は、実施例1と同様にしてレトルトカレー食品を製造した。このレトルトカレー食品に含まれる人参を試料3とした。
【0035】
比較例3
水戻しした乾燥人参に代えて前記のカルシウム(Ca)処理人参約35 gを用いた以外は、実施例1と同様にしてレトルトカレー食品を製造した。このレトルトカレー食品に含まれる人参を試料4とした。
【0036】
参考例
参考例として市販の固形カレールウを用い、具材として前記の生人参を用いて市販の固形カレールウの調理法にしたがってカレーを調製した。このカレーに含まれる人参を試料5とした。
【0037】
<具材の物性評価>
1. 試料
試料1: レトルト加熱殺菌したレトルトカレー中の「熱風乾燥(AD)人参」(実施例)
試料2: レトルト加熱殺菌したレトルトカレー中の「冷凍人参」(比較例1)
試料3: レトルト加熱殺菌したレトルトカレー中の「人参」(比較例2)
試料4: レトルト加熱殺菌したレトルトカレー中の「Ca処理人参」(比較例3)
試料5: カレールウより調理したカレー中の「生人参」(参考例)
各試料は、常温のレトルトカレーを目開き2800μmの篩に通し、篩にオンした人参に冷水を静かに掛けて、人参以外の部分を取り除いて、篩に残った人参を用いた。
【0038】
2. 測定条件
装置:クリープメーター RE2-33005B (株式会社山電)
使用プランジャー: 横断面が直径3 mmの真円である円柱形プランジャー
圧縮貫入速度: 1 mm/sec
圧縮距離: 試料厚さの95% (クリアランス: 試料厚さの5%)
試料温度: 室温 (20℃)
手順:具材試料片を試料台に人参の繊維方向が試料台平面に対して略水平になるように載置した。人参の繊維方向と略直交する方向からプランジャーにより具材試料片を上記速度により圧縮した。この間にプランジャーが受ける応力 (N/m2) を測定した。各試料について4つの具材試料片を測定した (N=4)。
【0039】
3. 結果
クリープメーターによる物性の測定結果を、圧縮貫入率(移動歪率)を横軸とし、応力を縦軸として図に示す。
【0040】
図1は試料1〜5それぞれについての4つの内任意の試料片の測定値を示す。グラフの最初のピーク(各図に矢印で示す)を破断点と判断した。試料1〜5の破断点の応力(破断応力)は以下の通りであった。
【0041】
【表1】

【0042】
図2〜5は、それぞれ、試料1〜4の4つの試料片についてのクリープメーターによる物性の測定結果を示す。試料2については破断点が観測されなかった。
【0043】
図1〜5において「移動歪率」は「圧縮貫入率」(0〜100%)を示し、「AD人参」は熱風乾燥人参(Air Dry人参)を示す。
【0044】
4. 考察
試料4 (Ca処理人参、レトルト処理)及び試料5 (生人参、通常調理、参考例) は、同等の圧縮貫入率(20%未満)において破断点が観察され、破断応力(かたさ)が同等であり、同等のかたさ特性を示すことが確認された。
【0045】
試料3 (生人参、レトルト処理)は試料4、5とほぼ同等の圧縮貫入率において破断点が観察されたが、破断応力(かたさ)は試料4、5よりも小さいことから、生人参はレトルト処理により軟化することが示唆された。
【0046】
試料2 (冷凍人参、レトルト処理)は破断点が観察されない。このことはレトルト処理された冷凍人参が所謂煮溶けた状態となって歯応えのない食感を呈することを反映している。
【0047】
試料1 (AD人参、レトルト処理、本発明実施例)では他の試料に比べて圧縮貫入率が22〜50%の時点において破断点が観察された。試料1は他の試料と異なり全体的に硬さと弾力が保持されていることが示唆された。試料1 (AD人参、レトルト処理、本発明実施例)は、試料4及び5とは異なる傾向を示し、適度な歯応えがある違和感のない食感を喫食時に与えることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
人参を具材として含む加熱殺菌済食品であって、
該人参具材が、直線運動により物質を圧縮し該物質の破断点を検出することが可能な装置を用いて、以下の条件:
プランジャー: 横断面が直径3 mmの真円である円柱形プランジャー
貫入方向: 人参の繊維方向と略直交する方向から貫入する
圧縮貫入速度: 1 mm/sec
圧縮距離: 試料の厚さの 95%
測定温度: 室温 (20℃)
により分析した場合に、圧縮貫入率が22〜50%の範囲において破断点が検出される具材である、前記加熱殺菌済食品。
【請求項2】
前記人参具材が、カルシウムイオンを含有する水溶液による処理が施されていない人参具材である、請求項1記載の加熱殺菌済食品。
【請求項3】
前記条件において測定した場合に破断点において観測される応力が1 x 105N/m2以上である請求項1又は2記載の加熱殺菌済食品。
【請求項4】
水と具材とを少なくとも含む原料混合物を容器に充填し、加熱殺菌することを含む、加熱殺菌済食品を製造する方法であって、前記具材が人参の乾燥物を含むことを特徴とする前記方法。
【請求項5】
前記人参の乾燥物が、カルシウムイオンを含有する水溶液による処理が施されていない人参の乾燥物である、請求項4記載の方法。
【請求項6】
加熱殺菌処理がレトルト処理である、請求項4又は5記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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