説明

人工受精用組成物

【課題】感染の懸念のない安全で品質が一定で安定した人工受精用組成物を提供する。
【解決手段】セリシンを含有することを特徴とする人工受精用組成物を用いて、胚、精子及び卵子の培養及び保存を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生殖補助技術ART(assisted reproductive technology)において、人工受精用組成物、特に体外受精時における胚の培養又は保存、精子や卵子の処理に使用する組成物及び当該組成物を用いた胚の培養・保存方法及び精子及び卵子の処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生殖補助技術ART(assisted reproductive technology)において、卵子や胚の培養、またそれらの凍結保存には、一般に5〜20%(V/V)のヒト血清(HS)又はヒト血清アルブミン(HSA)を添加した培地が用いられている。血清は、必須因子である蛋白質、炭水化物、脂質、ビタミン及びミネラルの五大栄養素のほかに成長因子等も含有しているため動物由来細胞の培養に際しては添加されることが多い。しかしながらHS又はHSAは、ウイルス等に汚染されるリスクを常に有し、これらのリスクを排除することは困難である。またロットにより生物活性が異なるので、優良なロットの選定に多大な労力を要している(非特許文献1、2、3、4)。
【0003】
一方市販されている人工血清には、未知の成分が多く含まれている。また同様にロットにより生物活性が異なるので、優良なロットの選定に多大な労力を要する。例えば、無血清培地に汎用されているPolyvinylpyrrolidone (PVP)は、高分子化合物であり、胚に対する毒性が不明なため、ARTの分野において使用する上での障害となっている(非特許文献5)。
【0004】
さらに、体外培養胚由来のウシ胎児では、生体内胚に由来する胎児に比べて過大になる傾向があり、この原因として培地に添加する血清である可能性が指摘されている(非特許文献6)。
【0005】
カイコ繭由来の蛋白質であるセリシンは、セリン、スレオニン等の親水性アミノ酸を豊富に含み、哺乳動物由来ではないので、ウイルス等が混入することによる感染のリスクが極めて少ないことが予測される。
セリシンは、細胞増殖促進作用や細胞死抑制作用を有し、動物細胞培養用培地添加剤として使用しうることが知られている(特許文献1、非特許文献7、8)。またセリシンを含有する細胞凍結保存用組成物が良好な細胞生存率を有することが知られている(特許文献2、非特許文献9)。
【0006】
人工受精、特に体外受精に際しては、何よりも「感染の懸念のない安全で」「品質が一定で安定した」等の条件を満たす胚の培養液、凍結液又は融解液が期待されている。しかしながら体外受精等のARTに、前述の条件を満たす血清等に代わる有効な物質は知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2002/086133号パンフレット
【特許文献2】特開2006−115837号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】加治和彦、他「無血清細胞培養マニュアル」(大野忠夫、村上浩紀編)p1-45、講談社サイエンティフィク、1989
【非特許文献2】鈴木秋悦著「ARTラボラトリー 不妊治療の新しい展開のために」メジカルビュー社 2000年7月1日 第一版 p76-79
【非特許文献3】許南浩「細胞培養 なるほど」羊土社 2004年1月1日 p92-96
【非特許文献4】Fertil Steril. 1996 Mar; 65 (3): p614-619, Setting standards for the levels of endotoxin in the embryo culture media of human in vitro fertilization and embryo transfer.(Nagata Y, Shirakawa K.)
【非特許文献5】Theriogenology, 72: p624-635, 2009, Kato Y and Nagao Y, Effect of PVP on sperm capacitation status and embryonic development in cattle.
【非特許文献6】Biol. Reprod., 67: p765-775, 2002, Lazzari G et al., Cellular and molecular deviations in bovine in-vitro produced embryos are related to the large offspring syndrome.
【非特許文献7】Cytotechnology 40: p3-12, 2002
【非特許文献8】J Hepatobiliary Pancreat Surg (2009) 16: p223-228
【非特許文献9】Biotechnol. Appl. Biochem. (2005) 42: p183-188
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ARTにおいて、卵子や精子の処理、胚の培養、卵子、精子及び胚の保存に使用される人工受精用組成物であって、感染の懸念のない安全で、品質が一定で安定した人工受精用組成物を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者らは鋭意検討することにより、受精胚の培養及び保存において、血清等の哺乳動物由来成分を使用することなく、セリシンを使用することにより、胚が順調に発育し、凍結保存後に融解した胚も発育することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち本発明は、以下の通りである。
[1]セリシンを含有することを特徴とする人工受精用組成物。
[2]血清を含有しない[1]に記載の組成物。
[3]セリシンの濃度が0.001〜10%(w/v)である[1]又は[2]に記載の組成物。
[4]人工受精が体外受精である[1]〜[3]のいずれかに記載の組成物。
[5]胚の培養に使用される[1]〜[4]のいずれかに記載の組成物。
[6]胚の保存に使用される[1]〜[4]のいずれかに記載の組成物。
[7]胚の保存が胚の凍結及び/又は融解である[6]に記載の組成物。
[8]精子及び/又は卵子の処理又は保存に使用される[1]〜[4]のいずれかに記載の組成物。
[9][1]〜[4]のいずれかに記載の組成物を含む、胚の保存用キット。
[10]セリシンを用いることを特徴とする胚の培養方法。
[11]セリシンを用いることを特徴とする胚の凍結及び/又は融解方法。
[12]セリシンを用いることを特徴とする精子の処理方法。
[13]卵子、精子及び胚の凍結時に使用される凍害防御剤である[1]に記載の組成物。
【発明の効果】
【0012】
本発明の人工受精用組成物は、哺乳動物由来の成分を含まないためウイルスの混入等のリスクを低減できる。
セリシンは高圧及び高温に耐性があるため、本発明の人工受精用組成物は、乾熱滅菌及びオートクレーブ滅菌処理ができ感染のリスクを極めて低くできる。
またセリシンは経年劣化が低く品質が一定であることから、本発明の人工受精用組成物は、安定した一定の品質を保持できる。
またセリシンは、セリン、スレオニン等の親水性アミノ酸を豊富に含み、容易に溶解することができるため、本発明の人工受精用組成物は簡便に調製することができる。
さらにセリシンは高分子物質なので血清、血清アルブミンと同じく細胞の浸透圧を維持することができる。
これらの有利な効果により、胚の発育促進及び質的安定化を図ることができ、さらに胚、精子及び卵子の長期の保存が可能になり安全で安定した人工受精が簡便に行える。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】BSA、PVP又はセリシンを添加した培地で発生した胚盤胞期体外受精胚の形態。
【図2】BSA又はセリシンを添加した培地で発生した胚盤胞のレシピエントへの移植により誕生した新生児マウス。
【図3】凍結した2細胞期胚をHSA又はセリシンを添加した融解液で融解し、72時間培養した後の胚の形態。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、セリシンを含有することを特徴とする人工受精用組成物である(以下本発明の組成物ということもある)。
本明細書における、「人工受精」とは、人工授精及び体外受精を包含する授精のための技術をいう。
【0015】
本発明において使用されるセリシンは、天然物由来のものであっても、慣用の化学的及び/又は遺伝子工学的手法により合成されたものであってもよい。また、セリシンは、酸、アルカリ又は酵素等により加水分解したセリシンの加水分解物であってもよい。
天然物由来のセリシンは、慣用の抽出方法により繭又は生糸等から抽出して得ることができる。具体的には、例えば、セリシンは、繭、生糸、又は絹織物を原料として、これを熱水、又は酸、アルカリ、酵素等によって部分的に加水分解し抽出する方法等によって得ることができ、さらに高純度に精製されたものが品質が一定で安定した培養や保存状態を得るためには好ましい。
更にセリシンは、粉体や顆粒状の固体であっても、水や緩衝液に溶解または懸濁させた液体であってもよい。
【0016】
本発明において、セリシンの平均分子量は、特に限定されないが、好ましくは、5,000〜100,000であり、より好ましくは10,000〜50,000である。
【0017】
本発明の組成物においては、血清の使用は少ないほうが好ましく、含有しない組成物(本発明の無血清組成物ともいう)がより好ましい。
本発明において、血清は、ヒト、牛等の血清及びそれらの血清アルブミン等の血清由来因子を意味し、本発明の無血清組成物は、実質的に血清を含まない態様であればよく微量の混入を排除するものではない。
本発明の無血清組成物は、感染の可能性を完全に除去することが困難である血清を使用しないので、ウイルスの感染等のリスクを回避することができる。
また本発明の無血清組成物は、セリシンが高温および高圧処理により活性を失わないため、乾熱滅菌及びオートクレーブ滅菌処理ができウイルスや細菌の汚染を防ぐことができる。
【0018】
本発明の組成物においては、組成物全体に対して、セリシンの濃度は通常0.001〜10%(w/v)、好ましくは0.01〜1.0%(w/v)、より好ましくは0.06〜0.8%(w/v)、特に好ましくは0.1〜0.3%(w/v)である。上記範囲の濃度では安定な人工受精が行えるが、10%(w/v)を超えると細胞の生存する可能性が低くなり、0.001%(w/v)を下回ると所望の効果が得られない。
【0019】
本発明においてセリシンの濃度とは、最終的なセリシンの濃度を意味し、最終的なセリシンの濃度とは、後述するように、培地、凍結液や融解液、洗浄液等の最終形態中の濃度を意味する。粉末等の固体であって液体を含まない組成物の場合には、実際に使用する形態で上記濃度になるように配合されていることを意味する。
【0020】
本発明の組成物においては、セリシンを含有していればその他の成分は、人工受精に使用され安全な成分であれば特に限定されない。
例えば、アミノ酸、糖質、電解質、ビタミン類、微量金属元素、ホルモン、細胞成長因子、脂質又はその構成成分、担体蛋白質、細胞外基質成分(接着因子)、還元物質、緩衝剤等が挙げられる。
【0021】
アミノ酸としては、L−フェニルアラニン、L−トリプトファン、L−リジン、L−スレオニン、L−バリン、L−メチオニン、L−イソロイシン、L−ロイシン、L−プロリン、グリシン、L−アラニン、L−チロシン、L−ヒスチジン、L−アルギニン、タウリン、L−アスパラギン酸、L−セリン、L−グルタミン酸、L−シスチン、L−グルタミン、L−ヒドロキシプロリン、L−アスパラギン及びそれらの塩が挙げられる。好ましくは、所望の目的に合うように単独または適宜組み合わせたアミノ酸が挙げられる。
本発明の組成物においては、組成物全体に対して、最終的なアミノ酸の合計濃度は通常0.005〜10mM、好ましくは0.01〜3mM、より好ましくは0.02〜1mMである。
【0022】
糖質としては、グルコース、マルトース、スクロース、フルクトース、キシリトール、ソルビトール、トレハロース等が挙げられる。好ましくは、所望の目的に合うように単独または適宜組み合わせた糖質が挙げられる。
本発明の組成物においては、組成物全体に対して、最終的な糖質の濃度は通常0.1〜5mM、好ましくは0.1〜3mM、より好ましくは0.2〜2.78mMである。
【0023】
電解質としては、塩化ナトリウム、酢酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、グルコン酸カルシウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、リン酸二水素カリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二カリウム、炭酸水素ナトリウム、ピルビン酸ナトリウム、乳酸ナトリウム、乳酸カルシウム又はそれらの水和物や無機塩等が挙げられる。
【0024】
ビタミン類としては、ビタミンA、ビタミンB類、ビタミンC、ビタミンD類、ビタミンE、ニコチン酸、ビオチン、葉酸等が挙げられる。
微量金属元素としては、亜鉛、鉄、マンガン、銅、ヨウ素、セレン、コバルト等が挙げられる。
【0025】
ホルモンとしては、インスリン、ハイドロコーチゾン、デキサメサゾン、トリヨードサイロニン等が挙げられる。
細胞成長因子としては、上皮成長因子、線維芽細胞成長因子、血小板由来成長因子、インスリン様成長因子、成長ホルモン等が挙げられる。
【0026】
脂質又はその構成成分としては、ミネラルオイル、オレイン酸、リノール酸又はリノレン酸等の必須不飽和脂肪酸、コレステロール、エタノールアミン、コリン、卵黄等が挙げられる。
担体蛋白質としては、血清アルブミン、トランスフェリン等が挙げられる。
細胞外基質成分(接着因子)としては、フィブロネクチン、コラーゲン、ゼラチン等が挙げられる。
還元物質としては、2−メルカプトエタノール(ME)、ジチオトレイトール、還元型グルタチオン等が挙げられる。
【0027】
緩衝剤としては、リン酸系(例えばPBS)、BES、TES、アセトアミドグリシン、グリシンアミド、グリシルグリシン、TRICINE、トリス、トリスエタノールアミン、ベロナール、およびHEPES等が挙げられる。
【0028】
また、ペニシリン、ストレプトマイシン、カナマイシン、ゲンタマイシン、エリスロマイシン等の抗生物質、アンホテリシンB、ナイスタチン等の抗かび剤、メタロプロテアーゼインヒビター、シクロホスファミド、カゼインペプチド等の受精促進剤を適宜添加してもよい。
【0029】
また本発明の組成物は、特に体外受精に好適に用いられる。
体外受精の対象は、哺乳類であれば特に限定されないが、ヒト、サル、牛、馬、マウス、その他の哺乳動物等が挙げられる。中でもヒト、マウス等が好ましく、ヒトが特に好ましい。
【0030】
本発明の組成物は、胚の培養に使用することができる。胚の培養に使用することができる組成物とは、人工受精で得られた胚の培養培地として使用することができる人工受精用培地組成物を意味する。
【0031】
本発明の組成物は、あらゆる哺乳類の胚の培養に使用できる。好ましくはヒト、サル、牛、マウス、ラット等の胚の培養に適しており、より好ましくはヒト、マウスに適している。
【0032】
本発明において胚は、前核期胚、初期胚、胚盤胞等のいずれのステージの胚であってもよい。なかでも、初期胚、胚盤胞が好ましい。
また前記培地は、胚のステージによって、組成は変わってもよいし、オールステージにわたり同じ組成の培地で培養することもできる。
【0033】
人工受精用培地組成物とは、セリシンを含有し、体内人工授精により採取あるいは体外受精により作出した胚を培養できる培地等である。なお卵細胞を培養できる培地及び体外における卵細胞の受精に用いることができる培地も当該組成物に含まれる。
本発明においてセリシンを添加する培地としては、HTF培地、m−HTF培地、ハム培地、ハムF−10培地、MEM培地、199培地、BME培地、CMRL1066培地、マッコイ−5A培地、ウェイマウス培地、トロウェルT−8培地、ライボビッツL−15培地、NCTC培地、ウィリアムス−E培地、ケイン・アンド・フット(Kane and Foote)培地、MCDB104培地、ブリンスター(Brinster)培地、m−タイロード培地、BWW培地、ウィッテン(Whitten)培地、TYH培地、ホップス・アンド・ピット(Hoppes & Pitts)培地、m−KRB培地、BO培地、T6培地、GPM培地、合成卵管液(SOF)、Charles Ronsenkrans培地、K−SOM培地又はこれらの修正培地等が挙げられる。中でも、好ましくは、HTF培地、m-HTF培地、ハム培地、ハムF−10培地及びMEM培地等である。
【0034】
前記培地には、必要に応じて上述したようなアミノ酸、糖質、電解質、ビタミン類、微量金属元素、ホルモン、細胞成長因子、脂質又はその構成成分、担体蛋白質、細胞外基質成分(接着因子)、還元物質、抗生物質、抗かび剤、緩衝剤等を添加してもよい。
【0035】
前記培地は、常法によって構成成分を配合することで製造することができ、液状培地、固体培地又は半固体培地であってよい。好ましくは、本発明の培地は、常法により無菌の溶液、用時希釈型の無菌濃縮液又は用時溶解型の無菌の凍結乾燥剤の形態で使用される。この際、必要に応じて公知の方法により、pH調整剤、安定化剤、賦形剤等の製剤学的添加剤を使用してもよい。pH調整剤としては、塩酸、酢酸、水酸化ナトリウム等が、安定化剤としてはHEPES(N−2−ヒドロキシエチルピペラジン−N'−2−エタンスルホン酸)、亜硫酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、ピロ亜硫酸ナトリウム等が例示され、賦形剤は慣用のものを使用することができる。また、フェノールレッド等のpH指示薬を添加してもよい。
【0036】
構成成分の相互作用による配合変化を避けるために、配合成分の一部を別の容器に充填したキット形態の培地も本願の一態様である。
またセリシンが培養時に培地に存在すればその形態は問わず、例えば使用時にセリシンを培地に添加する形態も本願の一態様である。
【0037】
本発明の組成物においては、組成物全体に対して、セリシンの濃度は通常0.001〜10%(w/v)、好ましくは0.01〜1.0%(w/v)、より好ましくは0.06〜0.8%(w/v)、特に好ましくは0.1〜0.3%(w/v)である。上記範囲のセリシン濃度は、胚が順調に発育するため好ましい。
【0038】
前記培地に含まれるアミノ酸量の合計量としては、胚の生育の観点から、培地全体に対して、通常は0.005〜10mM、好ましくは0.01〜3mM、より好ましくは0.02〜1mMである。
【0039】
本発明の組成物を体外受精用培地として使用する際には、セリシンの濃度に応じて、アミノ酸の濃度を、上記の合計量の1/3〜2/3程度、好ましくは1/2程度にすることが胚の生育に効果的である。
【0040】
本発明の組成物は、胚の保存に使用することができる。
胚の保存は、胚の凍結及び融解等を含む。
胚の凍結とは、胚を単に凍結するだけでなく、胚を平衡処理後凍結することも含み、凍結することにより胚の分裂を停止させその機能を維持できる。
胚は、前核期胚、初期胚、胚盤胞等のどのステージの胚であってもよい。なかでも、2細胞期胚等の初期胚、胚盤胞等が好ましい。
凍結方法としては、緩慢法、ガラス化法等が挙げられる。
【0041】
胚の融解とは、凍結した胚を解凍し融解するだけでなく、分割を再開させるために最適な培養液に供する等の処置も包含する。
【0042】
胚の凍結に使用する本発明の組成物としては、胚の種類や凍結方法によって組成が異なっていてもよい。
通常は、HTF培地、mHTF培地等の慣用の培地に、必要に応じてアミノ酸、糖質、電解質、ビタミン類、微量金属元素、ホルモン、細胞成長因子、脂質又はその構成成分、担体蛋白質、細胞外基質成分(接着因子)、還元物質、多価アルコール、密度勾配遠心用担体、緩衝剤等を添加する。
【0043】
多価アルコールとしては、エチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン等が挙げられる。
密度勾配遠心用担体としては、各種Ficoll等が挙げられる。
その他成分の具体例は上述した通りである。
【0044】
本発明の組成物を胚の凍結又は融解に使用する際には、セリシンの最終的濃度は、組成物全体の重量に対して、通常0.001〜10%(w/v)、好ましくは0.01〜1.0%(w/v)、より好ましくは0.06〜0.8%(w/v)、特に好ましくは0.3〜0.5%(w/v)である。上記範囲のセリシン濃度では、胚の生存率が高いが、10%(w/v)を超えると胚の生存率が低くなり、0.001%(w/v)を下回ると所望の効果が得られない。
【0045】
胚の融解に使用する本発明の組成物としては、胚の種類や凍結方法によって組成が異なっていてもよい。
通常は、mHTF培地等の慣用の培地に、必要に応じてアミノ酸、糖質、電解質、ビタミン類、微量金属元素、ホルモン、細胞成長因子、脂質又はその構成成分、担体蛋白質、細胞外基質成分(接着因子)、還元物質、多価アルコール、密度勾配遠心用担体、緩衝剤等を添加する。具体例は上述した通りである。
【0046】
上記組成物の例としては、初期胚をガラス化法により急速凍結・融解する場合には、セリシンを含んでいれば特に限定されないが、mHTF培地、多価アルコール、密度勾配遠心用担体、糖質等を含有する凍結液や融解液等が挙げられる。
【0047】
また初期胚を緩慢法により凍結・融解する場合は、セリシンを含んでいれば特に限定されないが、mHTF培地、多価アルコール及び糖質等を含有する凍結・融解液等が挙げられる。
【0048】
さらに初期胚から胚盤胞までの各ステージの胚をガラス化法により急速凍結・融解する場合には、セリシンを含んでいれば特に限定されないが、mHTF培地、DMSO(dimethyl sulfoxide)や多価アルコール、糖質等を含んだ凍結・融解液等が挙げられる。
【0049】
本発明の組成物を含む、胚の保存用キットも本発明に包含される。
胚の保存用キットは、胚の凍結に使用するための組成物及び胚の融解のための組成物からなる。
胚の凍結に使用するための組成物及び胚の融解のための組成物は、それぞれ上述した組成を有し、常法により無菌の溶液、用時希釈型の無菌濃縮液又は用時溶解型の無菌の凍結乾燥剤の形態で使用される。
【0050】
本発明の組成物は、精子及び卵子の処理及び保存に使用することができる。
精子の処理とは、採精や媒精時に精子を処理又は前処置することである。精子の処理としては、取得した精子の調製、洗浄等が挙げられ、精子の前処置としては、精子の運動量の促進及び精子の受精能獲得を促進するための処置等が挙げられる。
【0051】
卵子の処理とは、卵子を処理又は前処置することである。卵子の処理としては、採卵、採卵後の洗浄等が挙げられ、卵子の前処置としては、媒精前の培養等が挙げられる。
【0052】
精子及び卵子の保存とは、人工授精または体外受精に供するまで保存することである。保存期間は限られないが、長期保存の場合には、凍結保存が好ましい。また凍結保存後、融解することも本発明に包含される。
【0053】
上記の、精子及び卵子の処理及び保存に使用する組成物には、上述のセリシン濃度が適用され、培地及びその他の必要な成分は適宜添加される。
例えば、公知の培地等に適宜必要な成分を添加し、セリシンを通常0.001〜10%(w/v)、好ましくは0.01〜1.0%(w/v)、より好ましくは0.06〜0.8%(w/v)、特に好ましくは0.1〜0.3%(w/v)添加した、精子及び卵子の洗浄液、保存液、凍結保存液、融解液等が挙げられる。具体的には、mHTF培地やmHTF培地からリン酸及び/又はGlucoseを除いた培養液にセリシンを0.1〜0.3%(w/v)添加した卵子や精子の洗浄液が挙げられる。
【0054】
セリシンを用いることを特徴とする胚の培養方法も本発明に含まれる。
【0055】
本発明における、特に体外受精後の胚の培養において、セリシンを用いることを特徴とする胚の培養方法は、以下のように行う。
採取された未成熟卵子はセリシン添加または無添加培地に加え、卵細胞の培養を行う。次いで、一般に37℃、5%(v/v)炭酸ガス/95%(v/v)空気中あるいは5%(v/v)炭酸ガス/5%(v/v)酸素/90%(v/v)窒素中、加湿環境中で、精子を添加し受精を行い(媒精)、前記培地中で約6〜10hr培養する。体外受精によって得られた受精卵を、セリシンを含有する培地中で培養する。セリシンの好適濃度や培地の組成は上述した通りである。2〜3日毎に培地を交換する。培地は交換不要のものを用いてもよい。また上記の培養は通常37℃にて、5%(v/v)炭酸ガス/5%(v/v)酸素/90%(v/v)窒素中、加湿環境で行なわれる。通常受精から96hrの培養の後、受精卵は胚盤胞に達する。
セリシン、胚等の定義は前記と同義である。
【0056】
セリシンを用いることを特徴とする胚の凍結及び/又は融解方法も本発明に含まれる。
本発明における、体外受精後の胚の凍結及び/又は融解方法は、以下のように行う。
【0057】
具体的には、2細胞期胚をセリシンを含有する凍結液で凍結する場合には、セリシン、培養液、スクロース、エチレングリコールやFicoll等を含有する凍結液で、各成分の濃度や成分等が異なる凍結液で順次平衡処理を行う。その後ストローに注入し液体窒素の液面付近で急速冷却後、液体窒素に投入し保存する。保存は、−196℃で行う。
あるいはストローに注入後、プログラムフリーザーを使用して緩慢凍結を行ってもよい。
【0058】
凍結胚の融解は、液体窒素からストローを取り出し、30℃の温水で5〜10秒加温し融解する。その後セリシンを含有する融解液、例えば培養液やスクロース等を含有する融解液で順次希釈し、胚を培養する培地に移す。
セリシン、胚及び凍結方法等の定義は前記と同義である。
【0059】
セリシンを用いることを特徴とする精子の処理方法も本発明に含まれる。
精子の処理は上述した通りである。
具体的には、精液を採取後、室温に加温したパーコール等に精液を積層し、遠心分離することにより、精液中の死滅精子、白血球や変形細胞等を除去する。回収した精子はセリシンを含有する洗浄液で処理する。さらに精子を保存する際には、セリシン、グリセロール、HEPES等を含有する凍結液に精子を添加し、ストロー又はクライオチューブに入れ、2〜5℃で冷却後液体窒素に投入する。
【0060】
セリシンを含有することを特徴とする人工受精用組成物は、卵子、精子及び胚の凍結時に凍害防御剤として使用される。
本発明における凍害防御剤は、セリシン単独であってもよく、その他の成分を含んでいてもよい。本発明における凍害防御剤は、凍結や融解の際に、凍結液や融解液に添加して、卵子、精子及び胚の細胞膜の破壊を防ぎ、細胞の形態や機能を保ったままで長期間冷凍保存をすることができる。
【0061】
本発明の組成物は、ART研究用試薬又は試験用組織培養試薬等の試薬として使用することができる。
【0062】
次に、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。
【実施例1】
【0063】
実験材料
動物:MCH(ICR)雄性マウス8〜12週齢(1匹)、雌性マウス10週齢以上(10匹)
試薬:
1.培養液:Only-One Medium(株式会社日本医化器械製作所)、HTF medium(株式会社日本医化器械製作所)
2.セリシン(Pure Sericin、和光純薬工業株式会社)、BSA(bovine serum albumin; Sigma Inc.)、PVP(Polyvinylpyrrolidone(MW.40,000)、Sigma Inc.)
3.ミネラルオイル (株式会社日本医化器械製作所)
4.Vitrification Freezing & Thawing Medium Kit (株式会社日本医化器械製作所)
【0064】
1.無血清培養液におけるセリシンの有効性の検討
実験方法
(1)培養液の平衡:
採精用と媒精用の無血清HTF(0.1%(w/v)セリシン含有)培地の200μlのドロップを、ミネラルオイルで被い、5%(v/v)炭酸ガス、95%(v/v)空気、37℃に設定したインキュベーターにて一晩平衡化させた。
【0065】
(2)卵子の調製:
過排卵処理として、雌性マウスの腹腔内に7.5 IU/匹のPMSG(妊馬血清性腺刺激ホルモン:セロトロピン、あすか製薬)を投与し、その48時間後に、hCG(ヒト絨毛性腺刺激ホルモン:ゴナトロピン、あすか製薬)を7.5 IU/匹、腹腔内投与した。hCG 投与14〜16時間後に卵管から排卵卵子を採取し、体外受精(IVF:in vitro fertilization)に用いた。
【0066】
(3)精子懸濁液の調製:
1匹の雄性マウス精巣上体から採精し、得られた精液200μlを、前述のように平衡化した無血清HTF(0.1%(w/v)セリシン含有)の培養液ドロップに入れ、37℃、1〜2時間前培養することによって、IVF用精液を調製した。
【0067】
(4)媒精と培養:
前述の方法で、前日に平衡化した媒精用無血清HTF(0.1%(w/v)セリシン含有)培養液200μlドロップに、約70〜110個の卵子を加え、さらに、上記の方法で調製した精液0.9 μl(実験例)を添加して媒精(最終精子濃度:5×105/ml)を行った。
6〜10時間後、顕微鏡下で前核の形成を観察することによって受精卵を確認した。
確認した受精卵をランダムにグループ化し、0.1%(w/v)PVP、0.1%(w/v)セリシン又は0.3%(w/v)BSAをそれぞれ添加した3種類のOnly-One Mediumの50μlドロップへ移し、96時間培養し、前核期から胚盤胞期まで胚の発生率を調べた。
【0068】
(5)胚の移植:
雌性マウスを精管結紮した雄と交配させ、レシピエントとした。
上記(4)の方法で得られた体外受精卵を、0.1%(w/v)セリシン添加Only-One Medium及び対照として0.3%(w/v)BSA添加Only-One Medium(アミノ酸不含)培地を使用して、前核期から胚盤胞期まで培養し、得られた胚盤胞期胚を、偽妊娠5日目のレシピエントマウスの子宮に全身麻酔下で移植した。
食殺防止のため、偽妊娠16日目に帝王切開を行い、胎仔の着床痕を確認した。新生児マウスはその後、予め準備した里親マウスに哺育、育成させた。
【0069】
培養液組成
(1)HTF medium +0.1% (w/v)セリシン
(2)Only-one medium + 0.1% (w/v)セリシン
【0070】
【表1】

【0071】
統計処理
検定はX二乗独立検定法により行い、P<0.05をもって統計学的に有意と判定した。
【0072】
実験結果
(1)受精率の評価
0.1%(w/v)セリシンをHTF培地(HTF medium;採精用・媒精用)に添加し、比較対照として0.3%(w/v)BSAをHTF培地に添加した。6〜10時間媒精後、前核形成卵を顕微鏡にて確認し、媒精した卵子あたりの前核形成卵子の割合から受精率を算出した。表2に示すように、0.1%(w/v)セリシン添加HTF培地での受精率は、0.3%(w/v)BSA添加HTF培地と変わらない高い値を示した。
【0073】
【表2】

【0074】
(2)胚盤胞への胚発生率の評価
3種類の培地、(1)0.1%(w/v)PVP添加Only-One Medium、(2)0.1%(w/v)セリシン添加Only-One Medium、(3)0.3%(w/v)BSA添加Only-One Mediumで培養した受精卵が、胚盤胞まで発生した率を、胚発生率として算出した(同じ実験を3回繰り返し行った)。
表3に示すように、セリシン添加培地での胚発生率は、PVPあるいはBSA添加培地と差異がなく非常に高い値を示した。
顕微鏡下で胚の形態を観察した(×200)。セリシン添加培地は、BSAあるいはPVP添加培地と同じく形態的に正常な胚盤胞期胚が確認された(図1)。
【0075】
【表3】

【0076】
(3)胚移植の評価
0.1%(w/v)セリシン添加Only-One Mediumあるいは対照として0.3%(w/v)BSA添加Only-One Medium(アミノ酸不含)で発生した胚盤胞期胚のレシピエントへの移植により得られた産仔数及び産率に有意差は認められなかった(表4)。
【0077】
【表4】

【0078】
セリシンを添加した無血清培養液を、BSA、PVPを添加したものと比較した結果、まず媒精から胚盤胞期までの胚発生率は、いずれの培地でも90%以上であり、有意差は見られなかった(表3)。
顕微鏡下で胚盤胞の形態を観察したところ、内部細胞塊、栄養外胚葉及び胞胚腔を確認し、異常は認められなかった(図1)。
体外受精後の初期発生において、セリシンを用いた無血清培養液は有効であることが認められた。
【0079】
一方、無血清セリシン培養液を使用して胚盤胞期まで発生したマウス胚を、子宮内に移植した場合は、従来のBSAを添加した培養液(対照)にて発育させた胚と比較しても、着床と産仔の効率は変わらなかった(表4)。さらに帝王切開で出生した仔マウスはすべて正常に発育した(図2)。したがって、セリシン添加培地による培養は安全であることが示された。
従来、無血清で使用されてきたPVPは、高分子化合物であり、胚に対する毒性が不明なため、ARTの分野において使用する上での障害となっていた。セリシンを用いることにより、この問題を克服できるものと期待できる。
【0080】
2.無血清ガラス化凍結液及び融解液によるマウス2細胞期胚のガラス化凍結におけるセリシンの有効性の検討
実験方法(ガラス化凍結方法)
(1)凍結方法
2細胞期胚を、急速凍結キット(表5)のSol.B、Sol.A、Sol.C、Sol.Dで順次に平衡化し、その後胚の凍結を行った。
また、Sol.AからDの組成のうち、0.3%(w/v)ヒト血清アルブミン(HSA)に換えて0.3%(w/v)セリシンを添加した溶液をそれぞれ調製し、これらを用いて同様に2細胞期胚の平衡化及び凍結を行った。
【0081】
(2)融解方法
凍結した2細胞期胚を、HSAあるいはセリシンを含有するSol.AとSol.Bを順次に用いて融解し、融解直後2細胞期胚の生存数を確認し、その後、前述のセリシン添加培養液で胚盤胞期まで培養した。胚盤胞期への発生率を上記と同様に観察した。
【0082】
凍結、融解キット組成(HSA含有)
【0083】
【表5】

【0084】
実験結果
セリシンを含むVitrification Freezing&Thawing Medium Kit(株式会社日本医化器械製作所製、Cat. No. 2002-030)を用いて2細胞期胚を凍結、融解した場合、融解直後の生存率は、HSAを含有する凍結、融解キットと同等で100%であった。HSAあるいはセリシンを含有した融解液で融解した2細胞期胚を5%(v/v)炭酸ガス/95%(v/v)空気中、37℃にて胚盤胞期まで培養したところ、いずれの融解胚も胚盤胞期への発生率は80%以上と非常に高い値を示した(表6)。また、顕微鏡下で観察したところ(×200)、いずれの胚盤胞も正常な形態を示した(図3)。
【0085】
【表6】

【0086】
以上より、セリシンを含む無血清凍結、融解液は、従来の血清アルブミンを含有する凍結、融解液と同等の胚の融解後の生存率、胚盤胞胚数及び胚盤胞期まで胚の発生率を示した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セリシンを含有することを特徴とする人工受精用組成物。
【請求項2】
血清を含有しない請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
セリシンの濃度が0.001〜10%(w/v)である請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
人工受精が体外受精である請求項1〜3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項5】
胚の培養に使用される請求項1〜4のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項6】
胚の保存に使用される請求項1〜4のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項7】
胚の保存が胚の凍結及び/又は融解である請求項6に記載の組成物。
【請求項8】
精子及び/又は卵子の処理又は保存に使用される請求項1〜4のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項9】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の組成物を含む、胚の保存用キット。
【請求項10】
セリシンを用いることを特徴とする胚の培養方法。
【請求項11】
セリシンを用いることを特徴とする胚の凍結及び/又は融解方法。
【請求項12】
セリシンを用いることを特徴とする精子の処理方法。
【請求項13】
卵子、精子及び胚の凍結時に使用される凍害防御剤である請求項1に記載の組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−105585(P2012−105585A)
【公開日】平成24年6月7日(2012.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−256835(P2010−256835)
【出願日】平成22年11月17日(2010.11.17)
【出願人】(591221134)株式会社日本医化器械製作所 (9)
【出願人】(504145320)国立大学法人福井大学 (287)
【出願人】(000107907)セーレン株式会社 (462)
【Fターム(参考)】