説明

低グルテリン米の判定・定量法

【課題】 本発明は、玄米ないし精白した米が低グルテリン米であるか否かを、簡便、迅速、確実かつ高感度に判定することを課題とする。また本発明は、低グルテリン米に一般米が混入している場合に、その程度を定量することも課題とする。
【解決手段】 発明者らはこれらの問題について鋭意研究した結果、酸性または中性条件下(pH 7以下)にて米を加熱することにより米の内部からグルテリンを溶出させ、グルテリンを認識する抗体を添加して溶出させたグルテリンと反応させて、グルテリンと結合した当該抗体を検出または定量することを特徴とする、低グルテリン米を識別し判定する方法を提供することにより、上述した課題を解決することができることを示した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、米の主要なタンパク質であるグルテリンに特異的な抗体を利用して、低グルテリン米を通常米から識別する新たな検出法に関する。本発明はまた、グルテリンに対する抗体を利用した、サンプル中の低グルテリン米含有率の新たな定量法に関する。
【背景技術】
【0002】
米は約75〜78%程度のデンプン以外に、約5〜8%のタンパク質を含んでいる。グルテリンは米に含まれる主要なタンパク質であり、グルテリンはプロテインボディIIと呼ばれる顆粒に含まれ、希酸または希アルカリ溶液に溶けるが、水には溶けにくいタンパク質である(非特許文献1)。米では塩溶液に可溶性のαグロブリンも主要タンパク質を構成し、これもプロテインボディIIと呼ばれる顆粒に含まれている(非特許文献2)。また、グルテリンは塩基(遺伝子)配列の類似性からグルテリンA(GluA)とグルテリンB(GluB)に分けられ、それぞれは相同性の高い複数のアイソフォームから構成されている(非特許文献3)。
【0003】
近年、高齢化社会の進行に伴って日本でも腎臓病の患者数が増加している。2004年のデータでは、腎透析の患者が国内に24万人いる(非特許文献4)。透析に移行する可能性のある保存期慢性腎不全患者はその2倍いると推定されており、保存期慢性腎疾患の予備軍も加えると約100万人が将来透析に移行すると推定されている(非特許文献5)。特に糖尿病を原疾患として腎臓病になり透析に至る患者が糖尿病の増加と共に増えており、透析導入原因疾患の40%を占め、今後も増加することが予想されている(非特許文献6)。腎臓病の患者は、窒素代謝が腎臓に与える負荷を軽減するために、日々の食事でタンパク質の摂取を制限する必要がある。日本人は主食として米を摂取することが多い。そのため、米に含まれるグルテリンが必然的に摂取されることになる。その結果、副食から摂取できるタンパク質量、すなわち副食の数と量が制限されて食事のQuality of Life(QOL)が低下することとなる。
【0004】
この問題を解決するため、一般米と比較してグルテリンの含量を大幅に低下させた低グルテリン米が育種・開発された。品種として、例えばエルジーシー1、春陽、LGCソフトなどが育成されており、これらの低グルテリン米は、低グルテリン遺伝子Lgc1の導入によりグルテリン含量を減少させている(非特許文献7)。
【0005】
これらの品種では、一般米と比較して易消化性タンパク質が2〜3割程度減少している。また、低グルテリン遺伝子Lgc1に加えて、αグロブリンが欠失する遺伝子glb1を導入することで、グルテリンに加えてαグロブリンを欠失させたエルジーシー活やエルジーシー潤といった品種が育成されており、これらの品種では易消化性タンパク質は、4〜5割程度減少している(非特許文献8)。
【0006】
その結果、腎臓病患者の腎臓に対する負担を軽減することができることから、近年その生産が急速に拡大している。例えば平成16年度では、春陽とLGCソフトを産地品種銘柄指定米に指定している県はそれぞれ5県及び3県であったが、平成17年度にはそれぞれ14県及び8県に増加した(非特許文献9、非特許文献10)。
【0007】
しかしこれらの品種の米は、タンパク質の変化にともなう外観の変化はなく、一般米と通常、外観により区別することができない。そのため日本国内では、種籾の生産、配布および米の生産については低グルテリン米であることを証明する検査が義務づけられている。生産から販売にいたる流通段階においては、検査結果の証明書とともに流通されているが、流通業者および消費者(病院等)において独自に検査が行えるようにしたいという要望がある。
【0008】
当該技術分野において、低グルテリン米であることを証明する主要な方法は、尿素を含む溶液で難溶性のグルテリンを可溶化し、さらにSDS-PAGE電気泳動によってタンパク質を分離・染色して、グルテリンのバンドが消失・減少していることを確認する手法である(非特許文献11)。しかしこの方法では検査に1〜2日を要し、また現在国内でこの検査を受託している機関が2カ所(新潟県環境衛生研究所、株式会社サタケ)しかないこと、検査に要する費用が高く検査結果を受け取るまでに通常数週間待たされるなど問題が多い。またこの方法では専用の試験装置と専門的な技術が必要とされるため、生産農家や流通業者、さらには病院や患者自身が低グルテリン米であることを判定する方法としては適していない。このように、低グルテリン米であることを簡便かつ確実に判定できる技術がないことが、低グルテリン米の市場拡大の大きな障害となっている。
【非特許文献1】田中國介 イネ貯蔵タンパク質の集積機構 遺伝 39 (7):57-62 (1985)
【非特許文献2】Hari B.Krishnan, Jerry A. White and Steven G. Pueppke. Characterization and loaclization of rice (Oryza sativaL.) seed globulins. Plant Science 81:1-11 (1992)
【非特許文献3】Takaiwa F, Oono K. Genomic DNA sequences of two new genes for new storage protein glutelin in rice. Jpn J Genet 66 (2): 161-171 (1991)
【非特許文献4】日本透析医学会webページ http://www.jsdt.or.jp/overview/pdf2005/p03.pdf
【非特許文献5】腎臓病食品市場の実態と将来展望 −参入企業の実績と販売動向−株式会社シードプランニング ISBN4-87980-398-7 C3034 30p
【非特許文献6】腎疾患の生活指導・食事療法ガイドライン 社団法人日本腎臓学会編 東京医学社 39p
【非特許文献7】飯田修一 低グルテリン米の開発と利用拡大に向けた取り組み Techno Innovation 13 (3): 31-36 (2005)
【非特許文献8】西村実 低グルテリン・26kDaグロブリン欠失の水稲新品種「エルジーシー活」および「エルジーシー潤」 農業技術 59 (9): 385-388 (2004)
【非特許文献9】官報 平成16年3月31日付(号外第68号) 農産物検査法施行規則の一部を改正する省令 119p
【非特許文献10】官報 平成17年 3月31日付(号外第72号)農産物検査法施行規則の一部を改正する省令 37p
【非特許文献11】S.Iida, E.Amano, T.Nisho A rice (Oryza sativa L.) mutant having a low content of glutelin and a high content of prolamine Theor Appl Genet 8: 374-378 (1993)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、玄米ないし精白した米が低グルテリン米であるか否かを、簡便、迅速、確実かつ高感度に判定することを課題とする。また本発明は、低グルテリン米に一般米が混入している場合に、その程度を定量することも課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者らはこれらの問題について鋭意研究した結果、酸性または中性条件下(pH 7以下)にて米を加熱することにより米の内部からグルテリンを溶出させ、グルテリンを認識する抗体を添加して溶出させたグルテリンと反応させて、グルテリンと結合した当該抗体を検出または定量することを特徴とする、低グルテリン米を識別し判定する方法を提供することにより、上述した課題を解決することができることを示した。
【0011】
すなわち、本発明の第一の態様において、グルテリンのすべてのアイソフォームを認識する抗体を用いて低グルテリン米を判定する方法を提供する。この抗体を使用することにより、従来種の米において内部のタンパク質の約8割を占めるグルテリンが、どの程度の割合で減少しているのか、を知ることができる。
【0012】
本発明の第二の態様において、グルテリンの特定のアイソフォームを認識する抗体を用いて低グルテリン米を判定する方法を提供する。より具体的には、グルテリンB4を認識する抗体(抗GluB4抗体)を用いて低グルテリン米を判定する方法を提供する。
【0013】
本発明の第三の態様において、上述した方法を用いてグルテリンを認識する抗体を使用して、低グルテリン米に一般米が一定割合以上に混入した場合、これを判定・定量する方法もまた、提供する。
【0014】
本発明の第四の態様において、グルテリンを認識する抗体を含む、低グルテリン米を判定・定量するためのキットもまた、提供する。
【0015】
米からグルテリンを溶出するためには、酸性または中性条件下(pH 7以下)で加熱することが必要である。酸性条件(pH 7未満)を作り出すために使用することができる物質に関して特に限定はなく、例えば、酢酸、クエン酸、リンゴ酸などの弱酸の他、塩酸、硫酸などの強酸を使用することもできる。また、ここに示した酸を複数組み合わせて使用することもできる。使用する際の簡便性、安全性を考慮すると、本発明の実施の際には、酢酸、クエン酸、リンゴ酸などのいずれかの弱酸、またはこれらの組み合わせを使用することが好ましい。
【0016】
米からより効率よくグルテリンを溶出するため、本発明においては、酸性または中性条件下(pH 7以下)で加熱する前に、水中で加熱する工程を行ってもよい。また、米を砕いて細かくしてから加熱を行ってもよい。
【0017】
上述した本発明の方法は、上述したように可溶化させたグルテリンを、抗体を利用して抗原を検出・定量するための当該技術分野において既知の一般的な方法を使用して検出することができる。具体的には、本発明においては、上述したように米から溶出させたグルテリンを、「グルテリンを認識する抗体」と接触させて、結合させ、次いで、サンプル中でグルテリンと結合した「グルテリンを認識する抗体」を、抗体を検出・定量するための当該技術分野において既知の一般的な方法を使用して検出する。
【0018】
本発明において、「グルテリンを認識する抗体」という場合、
・グルテリンのアイソフォームに関わらず、すべてのグルテリンアイソフォームを認識することができる抗体、
・グルテリンのA群アイソフォームのみを認識する抗体、
・グルテリンのB群アイソフォームのみを認識する抗体、
・特定のアイソフォームのみを認識する抗体、または
・これらの抗体のいずれかの組み合わせ、
などが含まれる。本発明においては、好ましくは、グルテリンのB群アイソフォームのみを認識する抗体、さらに好ましくはB群アイソフォームの特定のものいずれかのみを認識する抗体、最も好ましくはB群アイソフォームB4のみを認識する抗体を使用する。
【0019】
「グルテリンを認識する抗体」として「グルテリンのアイソフォームに関わらず、すべてのグルテリンアイソフォームを認識することができる抗体」を所望する場合には、例えば、グルテリンのアイソフォーム間に高い相同性があり、遺伝子配列が非常に類似していることを利用して、すべてのグルテリンアイソフォームを認識することができる抗体を作製することができる。
【0020】
また一方で、「グルテリンを認識する抗体」として「グルテリンのA群アイソフォームのみを認識する抗体」、「グルテリンのB群アイソフォームのみを認識する抗体」、あるいは「特定のアイソフォームのみを認識する抗体」を所望する場合には、相同性が低いかまたは存在しない、特定のアイソフォームに特異的な部位を免疫原として使用することにより、所望の抗体を作製することができる。
【0021】
さらに具体的な例を挙げるとすれば、グルテリンBのアイソフォームの遺伝子配列を比較し、グルテリンB4アイソフォーム(以下、GluB4と呼ぶ)の特定の部位を選択して抗体を作製するための免疫原として使用することができる。この抗体を使用することにより、現在市場に流通している低グルテリン米(エルジーシー1、春陽、LGCソフト、エルジーシー活やエルジーシー潤)で顕著に減少しているグルテリンアイソフォームGluB4を検出・定量し、上記の課題を解決することができる。このGluB4は、例えばLgc1遺伝子を用いて育成された現在日本国内において一般的に栽培されている低グルテリン米ならば必ず顕著な減少を生じることが確認されている。
【0022】
このような「グルテリンを認識する抗体」は、モノクローナル抗体であっても、ポリクローナル抗体であってもよい。「グルテリンを認識する抗体」は、グルテリンまたはグルテリン由来のペプチド断片をマウスやウサギなどの動物に対して免疫化することにより調製することができる。モノクローナル抗体およびポリクローナル抗体の製造方法は、当該技術分野においては周知である。
【0023】
本発明において、「グルテリンを認識する抗体」の検出には、ELISA法、ウェスタンブロット法、イムノクロマト法、プロテインチップ法、固相免疫測定法(サンドイッチ型)(96穴等のプラスチックタイタープレートを使わない方法)、吸光度(透過光)を検出する免疫比濁法、散乱光を検出する免疫比濁法等の、当該技術分野において公知の種々の一般的な方法を使用することができる。本発明において好ましくは、ELISA法、ウェスタンブロット法、イムノクロマト法、プロテインチップ法を使用する。
【0024】
本発明の第四の態様において、グルテリンを認識する抗体を含む低グルテリン米を判定・定量するためのキットを提供する場合、例えば、抗グルテリン抗体を結合させたイムノクロマト用フィルターを含むキット、抗グルテリン抗体を含むサンドイッチ型ELISAキット、抗グルテリン抗体を含む競合的反応型ELISAキット、固相免疫測定法(サンドイッチ型)(96穴等のプラスチックタイタープレートを使わない方法)、吸光度(透過光)を検出する免疫比濁法、散乱光を検出する免疫比濁法等の種々のキットを提供することができる。本発明においては、操作の簡便性を考慮する場合は、イムノクロマト用フィルターを含むキットを使用することが好ましい。
【0025】
このようなキットには、前述したグルテリンを認識する抗体の他、本発明の方法を実施する上で必要な構成成分、例えばグルテリン溶解用溶液、米を加熱する際に使用する容器、の他、このキットを使用して本発明の方法を実施するための手順や注意事項を記載した指示書が含まれていてもよい。
【発明の効果】
【0026】
本発明により、抗グルテリン抗体を用いて低グルテリン米を簡便、迅速かつ高精度で判定・定量することができる。さらに、これらの方法を実施するために使用されるグルテリンを認識する抗体、並びにグルテリンを認識する抗体を含む、低グルテリン米を判定・定量するためのキットもまた、提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明の発明者らは、本発明の態様を実現するため、グルテリンを認識する抗体として、まずグルテリンアイソフォーム、例えばGluB4に対してアイソフォーム特異的に結合する抗体を作製する。本発明において使用することができる抗体は、ポリクローナル抗体であってもモノクローナル抗体であってもよい。
【0028】
抗体を作製するためには例えば、GluB4の部分アミノ酸配列[B4(No.1)、GPNVNPWHN(SEQ ID NO: 1);B4(No.2)、EQQMYGRSIE(SEQ ID NO: 2);B4(No.3)、KLLRPAFA(SEQ ID NO: 3);B4(No.4)、SEEQQPSTRC(SEQ ID NO: 4)]、またはこれらの配列の一部か全体を含む配列を合成し、例えばこれをキーホールリンペットヘモシアニン(KLH)などのタンパク質に常法にて結合させる。これを常法に従って、免疫動物(たとえばポリクローナル抗体の場合にはヒツジ、ヤギ、ウサギ、マウス、ラットなど、また、モノクローナル抗体の場合にはマウス、ラットなど)に投与し、体内において抗体を産生させる。ポリクローナル抗体の場合には、免疫動物の血清、または血清から精製した免疫グロブリンを使用できる。本発明においては、B4(No.1)、B4(No.2)、B4(No.3)、およびB4(No.4)のそれぞれを免疫原として、GluB4に対する抗体、抗B4(No.1)抗体、抗B4(No.2)抗体、抗B4(No.3)抗体、および抗B4(No.4)抗体を作製し、使用した。
【0029】
一方、モノクローナル抗体の場合には、前記のGluB4ペプチドで免疫したマウスやラットなどの脾臓由来のプラズマ細胞をミエローマ細胞と融合させてハイブリドーマ細胞を作製し、そのなかからGluB4と反応する抗体を生産するクローンを選択して得ることができる。通常は、このようにして調製したハイブリドーマをマウス腹腔に注射し、腹水中に蓄積されたモノクローナル抗体を精製することにより、モノクローナル抗体を得ることができる。またハイブリドーマ細胞を無血清培地で培養し、その培養上清から精製することも可能である。またファージ等を利用して作製する方法も利用することができる。
【0030】
本発明において、低グルテリン米の判定・定量を行うサンプルは精米の程度を問わない。例えば、サンプルとしては、玄米または種々の程度に精白した米、およびこれらを粉砕したサンプルを使用することができるが、これらには限定されない。
【0031】
サンプル米中の低グルテリン米を判定・定量するための方法としては、抗原-抗体反応を使用して抗原の検出・定量を行うための、当該技術分野において既知の方法であればいずれの方法であっても使用することができ、例えばウェスタンブロット法、イムノクロマト法、競合的反応型ELISA法やサンドイッチ型ELISA法などのELISA法、プロテインチップ法、固相免疫測定法(サンドイッチ型)(96穴等のプラスチックタイタープレートを使わない方法)、吸光度(透過光)を検出する免疫比濁法、散乱光を検出する免疫比濁法などを使用することができる。
【0032】
本発明で使用するグルテリンを認識する抗体を検出する方法としては、当該技術分野において既知である、抗体を検出する方法であればいずれの方法であっても使用することができる。例えば、グルテリンを認識する抗体をペルオキシダーゼ(例えばホースラディッシュペルオキシダーゼ;HRP)などの検出可能な分子で標識しておき発色基剤を発色させることにより検出する方法、グルテリンを認識する抗体をビオチン標識しておき、このビオチンを、アビジンを使用した検出系により検出する方法、あるいはグルテリンを認識する抗体を認識する標識二次抗体(例えばグルテリンを認識する抗体がマウス由来のIgG抗体であれば抗マウスIgG抗体)を使用し、この二次抗体を上述したHRP系またはビオチン-アビジン系等を用いて検出する方法、等のいずれの方法であっても、本発明において使用することができる。
【0033】
定量は、例えばELISA法、ウェスタンブロット法を使用して行うことができる。ELISA法により定量する場合、例えば可溶化したグルテリンを固定化した測定プレートに、グルテリンを認識する一次抗体を添加して、固相上に固定化されたグルテリンとグルテリンを認識する抗体を反応させることにより行う。測定プレートを洗浄したのちに、上述したいずれかの方法で標識した、グルテリンを認識する抗体に対する二次抗体を反応させる。測定プレートを洗浄したのち、発色試薬を添加して、酵素反応によって発色した反応液の吸光度を測定し、固定化されたグルテリンアイソフォームを算出する。グルテリンを認識する抗体は固定化されたグルテリンアイソフォームと反応するので、サンプルの米中のグルテリンアイソフォームが多いほど固定化されたグルテリンアイソフォームと反応するグルテリンを認識する抗体の量は増大し、同時にグルテリンを認識する抗体に結合する標識した二次抗体も増大する。つまり、サンプル中のグルテリンアイソフォーム濃度が高いほど、発色が多いことになる。
【0034】
また、ウェスタンブロット法を用いて定量する場合、常法にしたがってウェスタンブロットを行ったメンブレンを、イメージアナライザーなどで解析することにより、定量することができる。
【0035】
本発明はさらに、低グルテリン米を判定・定量するための、グルテリンを認識する抗体を含むキットにも関する。例えば、グルテリンを認識する抗体を結合させたイムノクロマト用フィルターを含むキット、グルテリンを認識する抗体を含むELISAキット、グルテリンを認識する抗体を含むサンドイッチ型ELISAキット、グルテリンを認識する抗体を含む競合的反応型ELISAキット、固相免疫測定法(サンドイッチ型)(96穴等のプラスチックタイタープレートを使わない方法)、吸光度(透過光)を検出する免疫比濁法、散乱光を検出する免疫比濁法等の種々のキット等を提供することができる。
【実施例】
【0036】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。但し、本発明は、これら実施例により限定されるものではない。
【0037】
実施例1:グルテリンアイソフォームGluB4に特異的な抗体の作製
本実施例においては、まず、グルテリンを認識する抗体としてGluB4に結合するポリクローナル抗体を作製した。
【0038】
抗原の作製
グルテリンアイソフォームGluB4のアミノ酸配列を常法に従って解析し、親水性が高く、二次構造がターン構造と予想され、リン酸化や糖鎖付加の修飾を受ける可能性の少ない部位を選定した。さらに、他のグルテリンアイソフォームとのアミノ酸配列比較から保存性が低い部位すなわち特異性が高い部位を免疫原として5つ選定した。このうち、できるだけペプチド合成の容易な4つの配列{B4(No.1)、GPNVNPWHN;B4(No.2)、EQQMYGRSIE;B4(No.3)、KLLRPAFA;B4(No.4)、SEEQQPSTRC}をエピトープ配列とした。なお、B4(No.1)、B4(No.2)、B4(No.3)の抗原用合成ペプチドについては、キャリアタンパク質と結合させるためのCys残基をペプチドN末端に付加した。合成したペプチドはキーホールリンペットヘモシアニン(KLH)キャリアタンパク質にMBS法(m-マレイミドベンゾイル-N-ヒドロキシスクシンイミドエステル)でコンジュゲーションし抗原とした。
【0039】
免疫
調製した抗原(免疫原)は、常法によりそれぞれマウス5匹に投与した。すなわち、予備採血後、抗原20μgをフロイント完全アジュバント(FCA)とともに投与し、その後約1週間おきに10μgずつの抗原をフロイント不完全アジュバント(FIA)とともに計5回追加投与した。
【0040】
血清の採取
第4回目の追加免疫後に一部採血して十分な抗体価が得られていることを確認した。その後、第5回目の追加免疫をした一週間後に全採血をした。
【0041】
ウェスタンブロット法による特異性の確認
標準的なジャポニカ種であるコシヒカリ、およびGluB4が欠失した系統Type1、GluA2が欠失した系統Type2、GluA1が欠失した系統Type3、GluB4・GluA2・GluA1が欠失した系統a-123less、GluBの蓄積量が著しく減少した低グルテリン米エルジーシー1のそれぞれよりグルテリンを抽出し、常法のSDS-PAGE法を含むウェスタンブロット法により抗血清のアイソフォーム特異性を調べた。
【0042】
その結果、B4(No.1)、B4(No.2)、B4(No.3)、B4(No.4)のいずれの抗原に対する抗血清もGluB4と強く反応することが明らかとなった。なお、B4(No.1)抗原(SEQ ID NO: 1)に対する抗血清(抗B4(No.1)抗体)はGluB1、GluB2と推察されるバンドとも弱く反応し、B4(No.2)抗原(SEQ ID NO: 2)、B4(No.3)抗原(SEQ ID NO: 3)に対する抗血清(それぞれ、抗B4(No.2)抗体および抗B4(No.3)抗体)はGluB4の限定分解物と推察されるバンドとも弱く反応した。B4(No.4)抗原(SEQ ID NO: 4)に対する抗血清(抗B4(No.4)抗体)ではインタクトなGluB4のバンド以外に反応するバンドは認められなかった(図1)。
【0043】
この結果、Lgc1遺伝子をもつ低グルテリン米はGluB1、GluB2、GluB4をほとんど含まないことから、作製した抗血清はいずれも低グルテリン米を識別するのに有用であることが明らかになった。
【0044】
実施例2:グルテリンの可溶化
本実施例においては、酸性または中性溶液(pH 7以下)での加熱に先立って、水中で加熱することが、グルテリンの溶出効率に対してどのような作用を有するかを調べることを目的とした。
【0045】
玄米または精白米10粒を15 mlチューブにいれた。実験群I群は蒸留水1 mlを添加し、電子レンジで1分間加熱し、米を割り箸で粉砕した後、酸性または中性(pH 7以下)溶液(例えば2 M酢酸)を1 ml添加(最終濃度1 M)して電子レンジで30秒2回加熱した。また、実験群II群は、蒸留水中での加熱をすることなく、生の米を粉砕した後、酸性または中性(pH 7以下)溶液(例えば1 M酢酸)を2 ml添加して電子レンジで30秒間2回加熱した。
【0046】
I群およびII群とも、酸性または中性(pH 7以下)溶液を用いた加熱が完了した後軽く遠心を行い、上清を新しいチューブに移し、0.05 M炭酸バッファー(pH 9.6)を等量加え、NaOHで約pH 11に調整してグルテリン抽出溶液とし、ELISA法のためのプレートに吸着させた。
【0047】
酸性または中性(pH 7以下)溶液として酢酸を使用した場合、I群のグルテリンサンプルおよびII群のグルテリンサンプルの両方とも、同様にグルテリンが溶出されることが明らかになった。さらに、II群のサンプルでは、加熱時に突沸しやすいという欠点を有していたが、I群のサンプルではそのような欠点が存在しないこともまた、明らかになった。
【0048】
実施例3:抗B4抗体を使用したGluB4のELISA解析(1)
本実施例では、実施例1により調製されたマウスの抗B4抗体を使用して、実施例2で調製したグルテリン中のGluB4を特異的に検出することができるかどうかを確認するため、常法によりELISA法を行った。
【0049】
低グルテリン米玄米(エルジーシー1、LGCソフト、春陽)および低グルテリン米精白米(LGCソフト)、ならびに対照としてのコシヒカリ玄米および精白米について、実施例2のII群のサンプルの調製法に基づいて、酸性または中性(pH 7以下)溶液として1 M酢酸を用いてグルテリンを調製した。ELISA用プレートにグルテリンの抽出溶液100μlを加えて室温で30分保温した。ウエル中のグルテリン抽出溶液を廃棄し、ブロッキング溶液(1%BSA / Tween TBS)で10,000倍に希釈した一次抗体(マウスのポリクローナル抗体)100μlを加えて、室温で30分保温した。ウエル中のブロッキング溶液を廃棄した後、Tween TBS溶液を150μl添加して4回洗浄した。Tween TBSで10,000倍に希釈した酵素標識二次抗体(HRP標識ヤギIgG抗マウスIgG、プロメガ社)を100μlずつ添加して室温で30分保温した後、二次抗体溶液を廃棄し、Tween TBS溶液を150μl添加して4回洗浄した。ELISA用発色試薬TMB One Solution(プロメガ社)を100μl加えて5分間発色させ、0.6 N HClを添加して反応を停止し、プレートリーダーを用いて測定波長450 nmにて吸光度を測定した。各測定はウエル2個にて行い、その平均値をデータとした。
【0050】
図2には、それぞれの米サンプルから調製したグルテリンについて、一次抗体としてB4(No.1)に対する抗血清(抗B4(No.1)抗体)を使用して、それとの反応を定量した結果を示す。抗体なしでは一般米、低グルテリン米のいずれでも反応は低かった。一方、抗B4(No.1)抗体では、玄米および精米したコシヒカリで高い反応を示したが、低グルテリン米では玄米、精米ともに反応は抗体なしと同レベルであり、一般米とは明瞭に識別された。抗B4(No.1)抗体の代わりにB4のNo.2、No.3、No.4に対する抗体、抗B4(No.2)抗体、抗B4(No.3)抗体、および抗B4(No.4)抗体を使用した場合についても、同様に識別が可能であった。
【0051】
また、実施例2のI群のサンプルの調製法に基づいて調製したグルテリンについても、同様に識別が可能であった。
【0052】
実施例4:抗B4抗体を使用したGluB4のELISA解析(2)
本実施例では、グルテリンを可溶化するための酸性溶液の種類について検討するため、実施例3で使用した1 M酢酸のかわりに、同じ濃度のクエン酸ないしリンゴ酸で抽出を行い、実施例3に準じて検出した。
【0053】
図3は低グルテリン米玄米(エルジーシー1、LGCソフト、春陽)および低グルテリン米精白米(LGCソフト)、ならびに対照としてのコシヒカリ玄米および精白米について、実施例2のII群のサンプルの調製法に基づいて、酸性または中性(pH 7以下)溶液として1 M酢酸、1 Mクエン酸、または1 Mリンゴ酸を用いて調製したグルテリンについてB4のNo.3に対する抗体である抗B4(No.3)抗体で検出した結果を示す。各測定はウエル2個にて行い、その平均値をデータとした。いずれの有機酸溶液でも、玄米及び精米コシヒカリで高い反応がみられ、低グルテリン米が明瞭に識別された(図3)。
【0054】
実施例5:抗B4抗体を使用したGluB4のELISA解析(3)
本実施例においては、コシヒカリ以外の一般米での反応性を確認するため、実施例2のII群のサンプルの調製法に基づいて、酸性または中性(pH 7以下)溶液として1 M酢酸を用いてココノエモチ、モチミノリ、日本晴、キヌヒカリ、あきたこまち、ひとめぼれ、ヒノヒカリから調製したグルテリンについて、実施例3に準じて測定を行った。
【0055】
各測定はウエル2個にて行い、その平均値をデータとした。その結果、精米を粉砕して、または無粉砕のままで、実施例3に準じて抗B4(No.3)抗体で反応させたところ、いずれの一般米でも、コシヒカリと同様に高い吸光度が得られ、低グルテリン米の吸光度が0.1程度であるのとは明確に識別された(図4)。
【0056】
実施例6:グルテリンの可溶化に対するpHの影響(1)
本実施例は、グルテリンの可溶化に対するアルカリ性pHの影響を調べることを目的として行った。
【0057】
玄米コシヒカリ及び玄米春陽10粒を15 mlチューブにいれ、蒸留水1 mlを添加し、電子レンジで1分間加熱し、米を割り箸で粉砕した後、2 Mマロン酸、または2 M〜0.25 MのNaOH溶液1 ml添加して電子レンジで30秒2回加熱・可溶化を行った。これを1 N HClで約pH 11に調整したサンプルをELISAプレートに吸着させ、抗B4(No.1)抗体で検出した。各測定はウエル2個にて行い、その平均値をデータとした。
【0058】
その結果、2 Mマロン酸ではコシヒカリと春陽で明確な差がみられたが、2〜0.25 M NaOHでは両者に差がなく、アルカリ性での処理では、本抗体と反応できる状態のグルテリン及びグルテリンの部分配列は可溶化されないことが明らかとなった(図5)。
【0059】
実施例7:グルテリンの可溶化に対するpHの影響(2)
本実施例は、グルテリンの可溶化に対する酸性および中性pHの影響を調べることを目的として行った。
【0060】
コシヒカリまたは春陽10粒を15 mlチューブにいれ、蒸留水1 mlを添加し、電子レンジで1分間加熱し、2 Mクエン酸溶液(pH 1.4)に2 N NaOHを加えてpHを1.7、2、3、4、5、6、7、8に調整した溶液1 mlを加えて割り箸で粉砕したのち、電子レンジで60秒加熱した。これに5 N NaOHを加えて約pH 11に調整したのち、ELISA用プレートに吸着させ、抗B4(No.1)抗体および抗B4(No.3)抗体を使用して、実施例3に準じて反応させた。各測定はウエル2個にて行い、その平均値をデータとした。その結果、pH 8では反応はみられなかったが、pH 7以下では反応がみられたことから、pH 7以下の酸性または中性溶液で、本抗体と反応できる状態のグルテリンまたはグルテリンの部分配列が可溶化されることが明らかとなった(図6)。
【0061】
実施例8:低グルテリン米への一般米の混入率の定量
本実施例は、本発明の方法が、低グルテリン米への一般米の混入率を定量的に測定できるかどうかを明らかにするために行った。
【0062】
コシヒカリとLGCソフトをそれぞれ、1粒と9粒、2粒と8粒、3粒と7粒、4粒と6粒、5粒と5粒、6粒と4粒、7粒と3粒、8粒と2粒、9粒と1粒とした合計10粒、またはコシヒカリ10粒かLGCソフト10粒を、抗B4(No.3)抗体を使用して実施例3に準じて処理して吸光度を測定した。各サンプルは96穴プレートのウエル3個ずつを計測し、その平均値±標準偏差で表示した。
【0063】
その結果、LGCソフト10粒と、LGCソフト9粒+コシヒカリ1粒との間には有意な差があり(p<0.05)、コシヒカリが10%混入した場合でもこれを検出できることが明らかとなった(図7)。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明により、抗グルテリン抗体を用いて低グルテリン米を簡便、迅速かつ高精度で判定・定量することができる。さらに、これらの方法を実施するために使用される抗グルテリン抗体を含む、低グルテリン米を判定・定量するためのキットもまた、提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】図1は、種々のコメ品種について、4種の抗B4抗体(No.1〜No.4)を一次抗体として用いた、ウェスタンブロット法による抗体の解析結果を示す図である。
【図2】図2は、酢酸抽出により得られたGluB4の、抗B4(No.1)抗体を使用したELISA解析の結果を示す図である。
【図3】図3は、種々の有機酸(酢酸、クエン酸、リンゴ酸)抽出により得られたGluB4の、抗B4(No.3)抗体を使用したELISA解析の結果を示す図である。
【図4】図4は、一般米を粉砕してからまたは無粉砕のまま酢酸抽出に供し、得られたGluB4の、抗B4(No.3)抗体を使用したELISA解析の結果を示す図である。
【図5】図5は、蒸留水1 mlを添加し、電子レンジで1分間加熱した後、2 Mマロン酸、または2 M〜0.25 MのNaOH溶液で加熱・可溶化を行うことによる、グルテリンの可溶化に対するアルカリ性pHの影響を示す図である。
【図6】図6は、pHを1.7、2、3、4、5、6、7、8で加熱・可溶化を行うことによる、グルテリンの可溶化に対する酸性および中性pHの影響を示す図である。
【図7】図7は、本発明の方法により、低グルテリン米への一般米の混入率を定量的に検出することができることを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コメを酸性または中性条件下(pH 7以下)にて加熱してグルテリンを溶出させる工程;
グルテリンを認識する抗体を添加して、溶出させたグルテリンと反応させる工程;
グルテリンと結合した当該抗体を検出または定量する工程;
を含む、低グルテリン米を判定する方法。
【請求項2】
コメを酸性または中性条件下(pH 7以下)にて加熱する前に、水中で加熱する工程をさらに含む、請求項1に記載の判定方法。
【請求項3】
コメからグルテリンを溶出させる工程において、弱酸を用いてpHを調節することを特徴とする、請求項1または2に記載の低グルテリン米の判定方法。
【請求項4】
弱酸が酢酸またはクエン酸またはリンゴ酸のいずれか、あるいは二つ以上の組み合わせであることを特徴とする、請求項3に記載の低グルテリン米の判定方法。
【請求項5】
グルテリンを認識する抗体が、グルテリンのアイソフォームB4を認識する抗体である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の判定方法。
【請求項6】
検出を、ELISA法、ウェスタンブロット法、イムノクロマト法、またはプロテインチップ法を用いて行う、請求項1〜5のいずれか1項に記載の判定方法。
【請求項7】
グルテリンを認識する抗体、指示書を含む、低グルテリン米を判定・定量するためのキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−170923(P2007−170923A)
【公開日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−367024(P2005−367024)
【出願日】平成17年12月20日(2005.12.20)
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【出願人】(504150461)国立大学法人鳥取大学 (271)
【出願人】(501167644)独立行政法人農業生物資源研究所 (200)
【出願人】(000135151)株式会社ニッピ (18)
【出願人】(399032282)株式会社 免疫生物研究所 (14)
【Fターム(参考)】