説明

低汚染性フッ化ビニリデン系樹脂多孔水処理膜およびその製造方法

【課題】(イ)ろ過中の膜汚れが少なく(フラックス維持率が高く)、(ロ)その低汚染性が繰り返し行われる薬品洗浄の後も維持され(高い薬洗耐久性)、且つ(ハ)良好な機械的強度を有するフッ化ビニリデン系樹脂多孔水処理膜を与える。
【解決手段】フッ化ビニリデン系樹脂からなる多孔膜であって、その外表面が選択的に親水化されている低汚染性多孔水処理膜。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、上下水等の除菌、汚濁浄化、水性薬液処理、あるいは純水製造のための精密ろ過膜等として使用されるフッ化ビニリデン系樹脂製水処理膜の耐汚染性の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
上記のような水処理膜として、従来より合成樹脂系の多孔膜が利用されている。これら水処理膜として使用される多孔膜には、除去対象微粒子の除去分離に適した適度な空孔率、孔径および孔径分布を有すること、使用時における機械的強度として充分な破断点応力、耐圧性、および破断点伸度を有すること、処理対象液に対してあるいは使用後の逆洗ならびにオゾン処理における耐薬品性などが要求される。
【0003】
フッ化ビニリデン系樹脂は耐候性、耐薬品性、耐熱性、強度等に優れているため、これら水処理膜への応用が検討されている。しかしながら、フッ化ビニリデン系樹脂は、前記した優れた特性を有する反面、疎水性樹脂であるため、ろ水運転中に、被処理水に含まれる有機物等の堆積(目詰り)により透水量が低下し、また逆洗、エアスクラビング等の物理洗浄による再生処理後も、透水量が回復し難いという問題点がある。
【0004】
これに対し、フッ化ビニリデン系樹脂系水処理膜の強度、耐候性等の利点を生かしつつ、その疎水性に伴う問題を改善するために、フッ化ビニリデン系樹脂多孔膜を親水化する提案もいくつかなされている(例えば特許文献1〜5)。
【0005】
例えば、フッ化ビニリデン系樹脂多孔膜を、アルカリ液処理すること(特許文献1)、あるいはアルカリ液処理後に更にオゾン処理すること(特許文献2)により、親水化することが提案されている。このような処理により、フッ化ビニリデン系樹脂多孔膜は確かに親水性が改善されるが、同時に強伸度等の機械的物性が著しく低下する欠点がある。
【0006】
またフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜を、ポリビニルアルコール等の親水性樹脂の溶液に浸漬し、塗膜を形成することにより(特許文献3)、あるいは親水性モノマーをグラフト重合させることにより(特許文献4)、親水化することも提案されている。しかし、このようにして形成される親水性樹脂の塗膜ないしグラフト膜は、フッ化ビニリデン系樹脂多孔膜との密着性が必ずしも良好でなく逆洗やエアスクラビング等の物理洗浄に対する耐久性が乏しいこと、耐薬品性が小さいことのために、再生処理も含めた耐久性が乏しいこと、ならびに塗膜ないしグラフト膜の形成により孔径が減少し、あるいは孔の連通性が阻害されて、透水処理容量が低下するという欠点がある。
【0007】
また、ポリビニルアルコール等の親水性樹脂をフッ化ビニリデン系樹脂に混合し、多孔膜を形成するマトリクス樹脂自体の親水化を図ることも提案されている(特許文献5)。しかし、このような疎水性樹脂であるフッ化ビニリデン系樹脂に親和性の乏しい親水性樹脂を混合したマトリクス樹脂からなる多孔膜は、機械的強度の低下が避けられず、また親水性樹脂の耐薬品性が小さいために薬品洗浄に対する耐久性(薬洗耐久性)も低下する。
【0008】
このように、従来、薬品等による再生処理も含めた耐久性および機械的特性を維持しつつ、親水化により、疎水性樹脂としての不都合性が満足に改善されたフッ化ビニリデン系樹脂製の多孔水処理膜は得られていなかったのが実情である。
【特許文献1】特公昭62−17614号公報
【特許文献2】特許第3242983号公報
【特許文献3】特開平3−178429号公報
【特許文献4】特開2003−268152号公報
【特許文献5】特許第3200095号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述の事情に鑑み、本発明の主要な目的は、(イ)ろ過運転中の膜汚れが少なく(低汚染性)、(ロ)その低汚染性が繰り返し行われる薬品洗浄の後も維持され(高い薬洗耐久性)、且つ(ハ)良好な機械的強度を有する(フッ化ビニリデン系樹脂多孔膜本来の機械的強度を良好に保持する)、フッ化ビニリデン系樹脂多孔水処理膜、ならびにその効率的な製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
すなわち、本発明の低汚染性多孔水処理膜は、フッ化ビニリデン系樹脂からなる平膜状あるいは中空糸膜状の多孔膜であって、その外表面が選択的に親水化されていることを特徴とするものである。ここで多孔膜について外表面とは、膜厚さを挟む互いに対向する主たる2表面のいずれか少なくとも一方を指すものであり、膜厚さ中に分布する微細孔の表面(内部表面)を除く趣旨である。ただし、外表面からある限られた深さまでに存在する微細孔の表面をも完全に排除するものではない。好ましい外表面親水化の選択性の程度は、後述する親水化層厚さ(好ましくは、更に濡れ指数)により規定される。
【0011】
本発明者等が上述の目的で研究して、本発明のフッ化ビニリデン系樹脂多孔水処理膜に到達した経緯について若干付言する。
【0012】
従来から、疎水性樹脂多孔膜は膜汚れ成分との電気的な反発力が小さいために膜汚れ成分が付着し易いと考えられており、疎水性樹脂多孔膜に親水性を付与することにより膜汚れ成分との電気的な反発力を強めて膜汚れを低減しようとすることが試みられている。一方、原水に含まれる膜汚れ成分には、膜の原水供給側の外表面に堆積(ケーキ層を形成)するものと、膜厚さ中に分布する微細孔の表面に付着して孔径を縮小(孔を閉塞)させるものがあり、これらはいずれもろ過抵抗の増大(透水量低下)を引き起こすと考えられる。このため低汚染性を目的とする場合であっても疎水性樹脂多孔膜への親水化処理は専ら微細孔表面を含む全表面に行なわれてきた(例えば特許文献5)。
【0013】
本発明者らは、フッ化ビニリデン系樹脂多孔膜の水処理膜としての膜汚れメカニズムを基礎的に検討した結果、ろ過特性の経時的変化(低下および再生によるろ過特性の回復など)には、多孔膜を形成する厚さ方向に分布する細孔が一様に寄与するのではなく、主として原水供給側の外表面に存在する細孔および外表面に堆積するケーキ層が支配的であることを見出した。
【0014】
さらにフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜の親水化による膜汚れ低減についても検討した結果、多孔膜を親水化することによって、堆積するケーキ層の圧密化(例えばケーキろ過理論式(Ruthの式)におけるケーキろ過抵抗係数)が顕著に低減することを見出した。ケーキ層は主に除去対象微粒子や菌類、高分子量フミン質などが外表面に捕捉され、幾重にも堆積するものであり、多孔膜の親水化が膜汚れ成分相互間の付着性にも影響するとの知見は新たな発見であった。
【0015】
しかしながら、フッ化ビニリデン系樹脂多孔膜を親水化処理すると、処理後の多孔膜の機械的強度が低下するという問題点が生じていた。
【0016】
本発明者らは、各種試験を通じて、フッ化ビニリデン系樹脂多孔膜について、その外表面および内部の微細孔表面を一様に親水化するのではなく、外表面を選択的に親水化すれば、一様な親水化に伴う機械的強度の低下などの問題を本質的に起こすことなく、親水性樹脂であるフッ化ビニリデン系樹脂製の多孔水処理膜の問題点の多くが改善可能であることを見出して本発明に到達した。
【0017】
また、本発明者等は、上述した低汚染性多孔水処理膜の効率的な製造のためには、親水化のための接触処理液を、フッ化ビニリデン系樹脂多孔膜の外表面に選択的に作用させることが有効であることも見出した。すなわち、本発明の低汚染性多孔水処理膜の製造方法は、フッ化ビニリデン系樹脂からなる平膜状あるいは中空糸膜状の多孔膜を親水化処理液との接触により親水化するにあたって、多孔膜の外表面を選択的に親水化することを特徴とするものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明の低汚染性水処理膜は、一般に各種の製造方法により製造された疎水性のフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜の外表面を本発明法により処理することにより、製造することができる。例えば本発明による外表面選択的親水化法を、以下の方法により形成したフッ化ビニリデン系樹脂からなる平膜状あるいは中空糸膜状の多孔膜に適用することにより、本発明の低汚染性多孔水処理膜を得ることができる。
【0019】
(1)フッ化ビニリデン系樹脂にフタル酸ジエチル等の有機液状体と無機微粉体として疎水性シリカを混合し、溶融成形後に有機液状体と疎水性シリカを抽出し、抽出後に細孔を形成するフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜の製造方法(特開平3−215535号公報ほか)。
【0020】
(2)例えばジメチルスルホキシド等のフッ化ビニリデン系樹脂の溶媒であるが比較的低溶解能を示す液体を主成分とする液体中に、フッ化ビニリデン系樹脂濃度が5〜35重量%となるよう溶解した溶液を水を主成分とする凝固液中に押出して、凝固させる方法(例えば特公平7−8548号公報)。この際、好ましくは生成する多孔膜の細孔分布を制御するために、前記溶媒に少量の水、アルコール類(例えばグリセリン)等の非溶媒が添加される。
【0021】
(3)結晶特性を改善したフッ化ビニリデン系樹脂に、その可塑剤および良溶媒を加え、溶融混合ならびに製膜後、フッ化ビニリデン系樹脂を溶解しない抽出液で前記可塑剤および良溶媒を抽出して多孔化するとともに、抽出の前および/または後に延伸を行う方法(例えばWO2005/099879A1公報)。製膜時の冷却を主たる二外表面の一方から優先的に行うことにより、該一方の外表面から他方の外表面へと孔径の増大した傾斜孔径分布を生じ、また中空糸状の多孔膜を形成する際には、一般に原水供給側になる外側外表面から内側外表面へと概ね増大した孔径分布を有する中空糸多孔膜が得られる。
【0022】
上述したように、外表面の選択的親水化により、本発明の低汚染性多孔水処理膜を得るためには、選択的親水化の適用されるフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜が、厚さ方向に傾斜孔径分布を有することが好ましく、この意味で上記(3)の方法により得られたフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜を用いることが好ましい。
【0023】
傾斜的孔径分布を有することにより、除去対象微粒子を確実に除去するための小なる孔径を有し、かつ機械的強度を担保するためのある程度大なる膜厚さを有しながら、大なる透水量を達成することができる。
【0024】
傾斜孔径分布を有する多孔膜において、原水の供給面を孔径の大きい側と小さい側のいずれにするかは、原水に含まれる汚れ成分や除去対象微粒子の化学的組成や粒子径(すなわち原水水質)、あるいはろ過条件や洗浄条件(すなわち運転条件)などの要因を考慮した上で経験的あるいは実験的に任意に決定される。河川水、湖沼水、地下水、あるいは下水や工場排水、畜産排水を生物処理した原水(MBR:活性汚泥膜ろ過法による場合も含む)では孔径が小さい側から原水を供給するのが好ましい。
【0025】
外表面の選択的親水化は膜汚れが最も生じ易い部分に行うのが効果的であり、原水が供給される側の外表面あるいは孔径が小さい側の外表面に行う。傾斜孔径分布を有する多孔膜において、孔径が小さい側から原水を供給する場合には必然的に孔径が小さい側の外表面に選択的親水を行うのが効果的である。孔径が大きい側から原水を供給する場合には、孔径の大きい側と小さい側のいずれに外表面の選択的親水化を行うかは、原水水質や運転条件などの要因を考慮した上で経験的あるいは実験的に任意に決定される。好ましくは原水が供給される側の外表面を選択的に親水化する。
【0026】
上記(1)〜(3)のいずれの方法においても、平膜状あるいは中空糸膜状の多孔膜が製造可能である。平膜と中空糸膜のいずれの形態が望ましいかという点に関しては、小容量のモジュールで大容量処理を可能にするためには、一般に中空糸膜が好ましいが、汚染度が大で、毛髪やワラクズ等の繊維ゴミも含まれる下水・排水等の処理には簡単なモジュール構造でゴミの除去が容易な平膜が好ましいと云える。
【0027】
以下、上記(3)の方法によるフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜の製造法の各工程に次いで、外表面の選択的親水化を行うことにより、中空糸状の低汚染性多孔水処理膜を製造する本発明法の好ましい一態様の工程について順次説明する。
【0028】
(フッ化ビニリデン系樹脂)
本発明においては、主たる膜原料として、重量平均分子量(Mw)が20万〜60万であるフッ化ビニリデン系樹脂を用いることが好ましい。Mwが20万以下では得られる多孔膜の機械的強度が小さくなる。またMwが60万以上であるとフッ化ビニリデン系樹脂と可塑剤との相分離構造が過度に微細になり、得られた中空糸多孔膜を精密濾過膜として用いる場合の透水量が低下する。
【0029】
本発明において、フッ化ビニリデン系樹脂としては、フッ化ビニリデンの単独重合体、すなわちポリフッ化ビニリデン、フッ化ビニリデンと共重合可能な他のモノマーとの共重合体あるいはこれらの混合物が用いられる。フッ化ビニリデンと共重合可能なモノマーとしては、四フッ化エチレン、六フッ化プロピレン、三フッ化エチレン、三フッ化塩化エチレン、フッ化ビニル等の一種又は二種以上を用いることができる。フッ化ビニリデン系樹脂は、構成単位としてフッ化ビニリデンを70モル%以上含有することが好ましい。なかでも機械的強度の高さからフッ化ビニリデン100モル%からなる単独重合体を用いることが好ましい。
【0030】
上記したような比較的高分子量のフッ化ビニリデン系樹脂は、好ましくは乳化重合あるいは懸濁重合、特に好ましくは懸濁重合により得ることができる。
【0031】
本発明の中空糸多孔膜を形成するフッ化ビニリデン系樹脂は、上記したように重量平均分子量が20万〜60万と比較的大きな分子量を有することに加えて、DSC測定による樹脂本来の融点Tm2(℃)と結晶化温度Tc(℃)との差Tm2−Tcが32℃以下、好ましくは30℃以下、で代表される良好な結晶特性、すなわち冷却に際しての球状結晶成長を抑制し網状構造の形成を促進した結晶特性を有することが好ましい。
【0032】
ここで樹脂本来の融点Tm2(℃)は、入手された試料樹脂あるいは多孔膜を形成する樹脂を、そのままDSCによる昇温過程に付すことにより測定される融点Tm1(℃)とは区別されるものである。すなわち、一般に入手されたフッ化ビニリデン系樹脂は、その製造過程あるいは加熱成形過程等において受けた熱および機械的履歴により、樹脂本来の融点Tm2(℃)とは異なる融点Tm1(℃)を示すものであり、上記したフッ化ビニリデン系樹脂の融点Tm2(℃)は、入手された試料樹脂を、一旦、所定の昇降温サイクルに付して、熱および機械的履歴を除いた後に、再度DSC昇温過程で見出される融点(結晶融解に伴なう吸熱のピーク温度)として規定されるものであり、その測定法の詳細は後述実施例の記載に先立って記載する。
【0033】
本発明で好ましく用いられるフッ化ビニリデン系樹脂の結晶化温度を代表するTm2−Tc≦32℃の条件は、例えば共重合によるTm2の低下によっても達成可能であるが、この場合には、生成する多孔膜の耐薬品性が低下する傾向が認められる場合もある。従って、本発明の好ましい態様においては、重量平均分子量(Mw)が15万〜60万であるフッ化ビニリデン系樹脂70〜98重量%をマトリクス(主体)樹脂とし、これに対してMwが1.8倍以上、好ましくは2倍以上であり且つ120万以下である結晶特性改質用の高分子量フッ化ビニリデン系樹脂を2〜30重量%添加することにより得た、フッ化ビニリデン系樹脂混合物が用いられる。このような方法によればマトリクス樹脂単独の(好ましくは170〜180℃の範囲内のTm2により代表される)結晶融点を変化させることなく、有意に結晶化温度Tcを上昇させることができる。より詳しくはTcを上昇させることにより、溶融押出により形成された中空糸膜の外側面からの優先的冷却に際して、膜表面に比べて冷却の遅い膜内部から内側面にかけてのフッ化ビニリデン系樹脂の固化を早めることが可能になり、球状粒子の成長を抑制することができる。Tcは、好ましくは143℃以上である。
【0034】
高分子量フッ化ビニリデン系樹脂のMwがマトリクス樹脂のMwの1.8倍未満であると球状粒子構造の形成を十分には抑制し難く、一方、120万以上であるとマトリックス樹脂中に均一に分散させることが困難である。
【0035】
また、高分子量フッ化ビニリデン系樹脂の添加量が2重量%未満では球状粒子構造の形成を抑制する効果が十分でなく、一方、30重量%を超えるとフッ化ビニリデン系樹脂と可塑剤の相分離構造が過度に微細化して、膜の透水量が低下する傾向がある。
【0036】
本発明の好ましい態様においては、上記のフッ化ビニリデン系樹脂に、フッ化ビニリデン系樹脂の可塑剤および良溶媒を加えて膜形成用の原料組成物を形成する。
【0037】
(可塑剤)
本発明の中空糸多孔膜は、主として上記したフッ化ビニリデン系樹脂により形成されるが、その製造のためには上述したフッ化ビニリデン系樹脂に加えて、少なくともその可塑剤を孔形成剤として用いることが好ましい。可塑剤としては、一般に、二塩基酸とグリコールからなる脂肪族系ポリエステル、例えば、アジピン酸−プロピレングリコール系、アジピン酸−1,3−ブチレングリコール系等のアジピン酸系ポリエステル;セバシン酸−プロピレングリコール系、セバシン酸系ポリエステル;アゼライン酸−プロピレングリコール系、アゼライン酸−1,3−ブチレングリコール系等のアゼライン酸系ポリエステル等が用いられる。
【0038】
(良溶媒)
また、本発明の中空糸膜を比較的低粘度の溶融押出しを通じて形成するためには、上記可塑剤に加えてフッ化ビニリデン系樹脂の良溶媒を併用することが好ましい。この良溶媒としては、20〜250℃の温度範囲でフッ化ビニリデン系樹脂を溶解できる溶媒が用いられ、例えば、N−メチルピロリドン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、メチルエチルケトン、アセトン、テトラヒドロフラン、ジオキサン、酢酸エチル、プロピレンカーボネート、シクロヘキサン、メチルイソブチルケトン、ジメチルフタレート、およびこれらの混合溶媒等が挙げられる。なかでも高温での安定性からN−メチルピロリドン(NMP)が好ましい。
【0039】
(組成物)
中空糸膜形成用の原料組成物は、好ましくはフッ化ビニリデン系樹脂100重量部に対し、可塑剤とフッ化ビニリデン系樹脂の良溶媒とを、合計量で100〜300重量部、より好ましくは140〜220重量部、且つそのうち良溶媒の割合が、12.5〜35重量%、より好ましくは15.0〜32.5重量%となるように添加して、混合することにより得られる。
【0040】
可塑剤と良溶媒との合計量が少な過ぎると溶融押出時の組成物の粘度が過大となり、多過ぎると粘度が過度に低下する。いずれの場合も、均質で適度に高い空孔率、従って濾過性能(透水量)を有する多孔質中空糸を得ることが困難となる。また両者の合計量中の良溶媒の割合が12.5重量%未満であると、孔径の均一効果を得難い。また良溶媒の割合が35重量%を超えると、冷却浴中での樹脂の結晶化が不充分となり、糸つぶれが発生しやすくなり、中空糸の形成自体が困難となる。
【0041】
本発明にて用いられる、中空糸膜製造のための原料組成物においては、上記した可塑剤および良溶媒に加えて、各種安定剤および少量の粒状フィラー等の添加剤を含ませることができるが、繊維状の補強材は含まないことが好ましい。繊維状の補強材を含むと、引き続く混合・溶融押出しが不安定化することに加えて、内外径および肉厚の制御を通じて、高強力化、高透水量および精密ろ過性能の調和した中空糸多孔膜を得ることが困難となるからである。したがって、本発明により得られる中空糸多孔膜製品について、「実質的にフッ化ビニリデン系樹脂のみからなる」とは、該多孔膜が、フッ化ビニリデン系樹脂のほかに、少量あるいは検出限界前後の残留可塑剤および良溶媒に加えて、任意に加えられる安定剤あるいは少量の粒状フィラーは含み得るが、繊維状の補強材を含まないという意味である。
【0042】
(混合・溶融押出し)
溶融押出組成物は、一般に140〜270℃、好ましくは150〜200℃、の温度で、中空ノズルから押出されて膜状化される。従って、最終的に、上記温度範囲の均質組成物が得られる限りにおいて、フッ化ビニリデン系樹脂、可塑剤および良溶媒の混合並びに溶融形態は任意である。このような組成物を得るための好ましい態様の一つによれば、二軸混練押出機が用いられ、(好ましくは主体樹脂と結晶特性改質用樹脂の混合物からなる)フッ化ビニリデン系樹脂は、該押出機の上流側から供給され、可塑剤と良溶媒の混合物が、下流で供給され、押出機を通過して吐出されるまでに均質混合物とされる。この二軸押出機は、その長手軸方向に沿って、複数のブロックに分けて独立の温度制御が可能であり、それぞれの部位の通過物の内容により適切な温度調節がなされる。肉厚および断面積の大なる中空糸多孔膜を得るためには、溶融押出し引取物長さ(m)当りの原料吐出量である溶融押出し速度を大きくすることが有効である。溶融押出し速度は2.0〜10.0g/m、より好ましくは2.5〜9.0g/m、特に2.5〜6.0g/mの範囲が好ましい。2.0g/m未満であると得られる膜の耐久性が低下し、10.0g/mを超えると溶融押出し物がつぶれて中空部の形成が不可能となるおそれがある。
【0043】
次いで溶融押出された中空糸膜状物を冷却液浴中に導入して、その外側面から優先的に冷却して固化製膜させる。その際、中空糸膜状物の中空部に空気あるいは窒素等の不活性ガスを注入しつつ冷却することにより拡径された中空糸膜が得られ、長尺化しても単位膜面積当りの透水量の低下が少い中空糸多孔膜を得るのに有利である(WO2005/03700A公報)。また、このような中空部への不活性ガスの吹込みにより拡径した中空糸膜を得ることは、単に厚肉化する場合に比べて、製造される中空糸膜の大断面積化を通じて、耐屈曲性の良好な中空糸膜を得るために好ましい。溶融押出し引取り物の長さ(m)当りの供給量としての不活性ガス注入速度は、0.7〜6.8ml/m、より好ましくは1.2〜3.0ml/m、特に1.4〜2.0ml/mの範囲が好ましい。0.7ml/m未満であると中空部の内径が小さくなり、流動抵抗により透水量が低下し、6.8ml/mを超えると溶融押出し膜のパンクを起すおそれがある。
【0044】
押出後不活性液体浴に入るまでの経過時間(エアギャップ通過時間=エアギャップ/溶融押出し引取速度)は、大なる程、長手方向において糸ゆれなどにより糸径(内外径)のムラを生じやすいが、糸つぶれによる中空糸多孔膜の形成不良の抑制、および不活性ガスを吹き込みつつ緩やかに糸径および肉厚を低減させるために糸径の安定化効果などがあり、一般に2.0秒以上、特に2.0〜7.0秒の範囲が好ましい。
【0045】
冷却液としては、一般にフッ化ビニリデン系樹脂に対し不活性(すなわち非溶媒且つ非反応性)な液体、好ましくは水が用いられる。場合により、フッ化ビニリデン系樹脂の良溶媒(上記溶融押出組成物中に含まれるものと同様なもの)で、不活性液体と相溶性のもの(好ましくは水と相溶性のNMP)を冷却液中の30〜90重量%、好ましくは40〜80重量%、となるような割合で混入すると、最終的に得られる中空糸多孔膜の外表面側の孔径を増大し、エアスクラビングによる再生に有利な膜内部に最小孔径層を有する中空糸多孔膜を得ることも可能になる(特願2005−037556号明細書)。冷却後の温度は0〜120℃と、かなり広い温度範囲から選択可能であるが、好ましくは5〜100℃、特に好ましくは10〜80℃の範囲である。
【0046】
(抽出)
冷却・固化された膜状物は、次いで抽出液浴中に導入され、可塑剤および良溶媒の抽出除去を受ける。抽出液としては、ポリフッ化ビニリデン系樹脂を溶解せず、可塑剤や良溶媒を溶解できるものであれば特に限定されない。例えばアルコール類ではメタノール、イソプロピルアルコールなど、塩素化炭化水素類ではジクロロメタン、1,1,1−トリクロロエタンなど、の沸点が30〜100℃程度の極性溶媒が適当である。
【0047】
(延伸)
上記可塑剤の抽出の前および/または後に、中空糸膜の延伸を行って、空孔率および孔径の増大並びに強伸度の改善をすることが好ましい。中空糸膜の延伸は、一般に、周速度の異なるローラ対等による中空糸膜の長手方向への一軸延伸として行うことが好ましい。これは、本発明のフッ化ビニリデン系樹脂中空糸多孔膜の空孔率と強伸度を調和させるためには、延伸方向に沿って延伸フィブリル(繊維)部と未延伸ノード(節)部が交互に現われる微細構造が好ましいことが知見されているからである。また延伸は、本発明に従い大断面積中空糸膜を得るに際して肉厚調節の有力手段であり、且つ高強力中空糸膜を得るためにも有効である。延伸倍率は、1.2〜4.0倍、特に1.4〜3.0倍程度が適当である。延伸倍率が低過ぎると、緩和倍率も大きくできず、緩和に伴う透水量向上効果が得難い。また延伸倍率を過大にすると、中空糸膜の破断の傾向が大となる。延伸温度は25〜90℃、特に45〜80℃、が好ましい。延伸温度が低過ぎると延伸が不均一になり、中空糸膜の破断が生じ易くなる。他方、延伸温度が高過ぎると、延伸倍率を上げても開孔が進まず、緩和しても透水量の向上効果が得難い。延伸操作性の向上のために、予め80〜160℃、好ましくは100〜140℃の範囲の温度で1秒〜18000秒、好ましくは3秒〜3600秒、熱処理して、結晶化度を増大させることも好ましい。
【0048】
(緩和処理)
延伸処理後の中空糸膜については緩和処理を行うことが好ましい。緩和は、好ましくはフッ化ビニリデン系樹脂に対し非湿潤性の雰囲気で少なくとも二段階に行うことが好ましい(特願2005−266279号明細書)。非湿潤性の雰囲気は、室温付近でフッ化ビニリデン系樹脂の濡れ張力よりも大きな表面張力(JIS K6768)を有する非湿潤性の液体、代表的には水、あるいは空気をはじめとするほぼ全ての気体、特に室温付近で非凝縮性の気体、もしくは上記非湿潤性液体の蒸気により構成される。比較的低温、短時間の処理で大なる緩和効果を発現するためには、熱容量および熱伝達係数の大なる非湿潤性液体による処理(湿熱処理)が好ましく用いられるが、緩和処理温度を上げれば加熱気体(または蒸気)中での処理(乾熱処理)も好ましく用いられる。大なる緩和率を通じた透水量向上効果、良好な作業環境、を与えるという点で、25〜100℃、特に50〜100℃の水中での湿熱処理および/または80〜160℃の空気(または水蒸気)による乾熱処理が好ましく用いられる。特に第1段緩和を水中での湿熱処理、第2段緩和を水中での湿熱処理または空気(または水蒸気)中での乾熱処理とした二段緩和処理が好ましく用いられる。
【0049】
各段階における緩和処理は、周速が次第に低減する上流ローラと下流ローラの間に配置された上記した非湿潤性の好ましくは加熱された雰囲気中を、先に得られた延伸された中空糸多孔膜を送通することにより得られる。(1−(下流ローラ周速/上流ローラ周速))×100(%)で定まる緩和率は、各段階で2〜20%、合計緩和率として4〜30%程度が好ましい。各段階での緩和率が2%未満では、多段緩和の意味が乏しく、所望の透水量向上効果を得難い。これは合計緩和率が4%未満の場合も同様である。他方、20%を超える各段緩和率、あるいは30%を超える合計緩和率は、前工程での延伸倍率にもよるが、実現し難いか、あるいは実現しても透水量向上効果が飽和するか、あるいは却って低下するため好ましくない。
【0050】
各段における緩和処理時間は、所望の緩和率が得られる限り、短時間でも、長時間でもよい。一般には5秒〜1分程度であるが、この範囲内である必要はない。
【0051】
上記した多段緩和処理による効果は、得られる中空糸多孔膜の透水量が増大することが顕著な効果であるが、孔径分布は余り変らず、空孔率はやや低下する傾向を示す。中空糸膜の肉厚はやや増加し、また内径および外径は増大傾向を示す。
【0052】
本発明による多段緩和処理後に、緩和率0%の熱処理、すなわち熱固定処理を行ってもよい。
【0053】
(外表面の選択的親水化)
上述のようにして得られたフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜(上記においては中空糸膜についての製造法を詳述したが平膜でも勿論よい)の外表面の選択的親水化(すなわち、多孔膜の外表面と内部細孔表面のうち、外表面に対する優先的親水化)を行う。
【0054】
外表面の選択的親水化は、所望の効果が得られる限り基本的には任意の方法により達成可能であり、例えば外表面の表面酸化あるいは紫外線もしくは電子線等外表面照射等が考えられるが、外表面により高度の親水性を付与するためには、本発明法に従い、多孔膜の外表面に親水化処理液を選択的に作用させる方法が好ましい。
【0055】
親水化処理液としては、低ケン化度ポリビニルアルコールなどの非水溶性親水性樹脂の有機溶媒溶液、あるいはヒドロキシプロピルアクリレートなどの親水性モノマーを含む有機溶媒系グラフト反応液等も考えられるが、好ましくは特許文献1および2に採用されているようなアルカリ水溶液等の水性親水化処理液単独、より好ましくはアルカリ水溶液等の水性親水化処理液と酸化剤との遂次処理が採用される。但し、疎水性のフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜にアルカリ水溶液等の水性親水化処理液を接触させて親水化を行うためには、フッ化ビニリデン系樹脂多孔膜に水性親水化処理液に対する湿潤性を付与しておく必要性がある。特許文献1および2では、このためにアルカリ水溶液処理に先立って、フッ化ビニリデン系樹脂多孔膜をアルカリ水溶液湿潤性とするエタノール等の水混和性液中への浸漬処理を行っているが、これではフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜の内表面(すなわち内部細孔表面)まで親水化処理液に湿潤性となり、本発明の目的とする外表面の選択的親水化は達成できない。
【0056】
このため、本発明法においては、フッ化ビニリデン系樹脂多孔膜の親水化処理液との接触に先立って、多孔膜の外表面に、親水化処理液による湿潤性の改善処理を行う。その具体的方法としては、前記したフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜外表面の選択的酸化;紫外線あるいは電子線等の電離放射線の照射;エタノール、N−メチルピロリドン(NMP)等のフッ化ビニリデン系樹脂を濡らす水混和性液の多孔膜外表面への選択的塗布も採用可能である。しかし、フッ化ビニリデン系樹脂多孔膜の外表面への選択的塗布性を与えるために、表面張力が25〜45mN/mである湿潤性改善液の塗布(浸漬による場合を含む)が好ましい。表面張力が25mN/m未満であるとPVDF多孔膜への浸透速度が速すぎるため外表面に選択的に湿潤性改善液を塗布することが難しい場合があり、表面張力が45mN/mを越えると外表面ではじかれてしまう(PVDF多孔膜への濡れ性あるいは浸透性が不十分である)ために外表面に均一に湿潤性改善液を塗布することが難しい場合がある。
【0057】
特に湿潤性改善液として、界面活性剤を水に添加して得られる界面活性剤液(すなわち界面活性剤の水溶液ないし水性均質分散液)の使用が好ましい。界面活性剤の種類は特に限定されず、アニオン系界面活性剤では、脂肪族モノカルボン酸塩などのカルボン酸塩型、アルキルベンゼンスルホン酸塩などのスルホン酸型、硫酸アルキル塩などの硫酸エステル型、リン酸アルキル塩などのリン酸エステル型;カチオン系界面活性剤では、アルキルアミン塩などのアミン塩型、アルキルトリメチルアンモニウム塩などの第四級アンモニウム塩型;非イオン系界面活性剤では、グリセリン脂肪酸エステルなどのエステル型、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルなどのエーテル型、ポリエチレングリコール脂肪酸エステルなどのエステルエーテル型;両性界面活性剤では、N,N−ジメチル−N−アルキルアミノ酢酸ベタインなどのカルボキシベタイン型、2−アルキル−1−ヒドロキシエチル−カルボキシメチルイミダゾリニウムベタインなどのグリシン型などが挙げられる。
【0058】
界面活性剤はHLB(親水性親油性バランス)が8以上のものが好ましい。HLBが8未満であると、界面活性剤が水に細かく分散せず、結果的に均一な湿潤性改善および親水化処理が困難になる。特に好ましく用いられる界面活性剤として、HLBが8〜20、さらには10〜18の非イオン系界面活性剤あるいはイオン系(アニオン系、カチオン系および両性)界面活性剤が挙げられ、なかでも非イオン系界面活性剤が好ましい。
【0059】
多くの場合において、多孔膜外表面への湿潤性改善液(および後述する親水化処理液)の塗布は、多孔膜のバッチ的あるいは連続的な浸漬によることが好ましい。この浸漬処理は、平膜に対しては両面塗布処理、中空糸膜に対しては片面塗布処理になる。平膜のバッチ浸漬処理は適当な大きさに裁断したものを重ねて浸漬することにより、中空糸膜のバッチ浸漬処理は、ボビン巻きあるいはカセ巻きにより束ねられた中空糸膜の浸漬により行われる。連続処理は、平膜の場合も、中空糸膜の場合も、長尺の多孔膜を連続的に処理液中に送通浸漬することにより行われる。平膜の片面のみに選択的に塗布する場合には、処理液の散布も好ましく用いられる。
【0060】
湿潤性改善液の粘度に特に制約はないが、湿潤性改善液の塗布方法に応じて、湿潤性改善液を高粘度にすることにより浸透速度を適度に遅くすること、あるいは低粘度にして浸透速度を速くすることが可能である。
【0061】
湿潤性改善液の温度に特に制約はないが、湿潤性改善液の塗布方法に応じて、湿潤性改善液を低温度にすることにより浸透速度を適度に遅くすること、あるいは高温度にして浸透速度を速くすることが可能である。このように湿潤性改善液の粘度と温度は互いに逆方向に作用するものであり、湿潤性改善液の浸透速度の調整のために補完的に制御することができる。
【0062】
次いで、外表面について親水化処理液による湿潤性が選択的に改善された多孔膜に対して、親水化処理液による接触(塗布または浸漬)処理を行う。
【0063】
前述したように親水化処理液としては、好ましくはアルカリ水溶液(好ましくはpH9〜13、特にpH11〜13)の単独使用、あるいは、より好ましくはアルカリ水溶液と酸化剤とによる遂次処理による併用が行われる。アルカリとしては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリ金属水酸化物;水酸化マグネシウム、水酸化カルシウムなどのアルカリ土類金属水酸化物;あるいはアルカリ金属またはアルカリ土類金属のアルコキシド類;トリメチルアミン、トリエチルアミンなどの有機アミン類が挙げられる。酸化剤としては、過マンガン酸カリウム(KMnO)、次亜塩素酸ナトリウム(NaClO)、過ギ酸(HCOOH)、および濃硫酸(HSO)等の水溶液が挙げられる。たとえば、過マンガン酸カリウムでは0.1〜5重量%、次亜塩素酸ナトリウムでは有効塩素濃度が1〜12重量%、濃硫酸では20〜97重量%の範囲の水溶液で処理することが好ましい。過ギ酸の場合は、例えば97重量%濃度のギ酸と30重量%濃度の過酸化水素水を、ギ酸20〜80重量%および過酸化水素水80〜20重量%の割合で混合して、反応により生成した過ギ酸水溶液を用いることができる。
【0064】
これら親水化処理液は、適宜5〜80℃の範囲で温度を変えることにより親水化処理効果、特に後述の親水化層濡れ指数を変化させることができる。また温度を上げることにより、所望の親水化処理効果を得るための処理時間(接触時間)を短縮することができる。すなわち親水化処理液の濃度と温度は、いずれも上昇することにより親水化速度を増大する効果を有し、補完的に制御することができる。
【0065】
本発明の多孔膜における外表面が選択的に親水化された状態は、親水化層厚さおよび濡れ指数の2つのパラメータにより定量的に表現される。まず、これらのパラメータの測定方法を説明する。
【0066】
(親水化層厚さ)
水90重量%:エタノール10重量%の割合で混合した水/エタノール混合液100重量部に対して0.1重量部の赤色染料(紀和化学工業(株)製「カチオンレッド」)を溶解した染料溶液を調製した。この染料溶液に、長さ10mmに裁断した中空糸多孔膜(あるいは長さ10mm×幅5mmに裁断した平多孔膜)を1分間浸漬し後、多孔膜を取り出し、直ちに外表面に付着した染料溶液をろ紙でふき取り、次いで長さのほぼ中央の位置で長さと直行する方向に試料を切断し、露出した試料断面を観察して、外表面から染料溶液が浸入した距離を顕微鏡を通して測定した。円周方向に等分する4箇所(あるいは幅方向を5等分する4箇所)についての浸入距離の測定を行い、その平均値を親水化層厚さとした。
【0067】
(親水化層濡れ指数)
水100重量%:エタノール0重量%から水90重量%:エタノール10重量%まで水の混合割合を2.5重量%刻みで減じて5種の水/エタノール混合液を用意し、それぞれの混合液100重量部に対して0.1重量部の赤色染料(紀和化学工業(株)製「カチオンレッド」)を溶解した染料溶液を調製した。水の混合割合が100重量%の染料溶液から順に用いて、前記親水化層厚さの測定方法と同様にして多孔膜を浸漬し、染料溶液の浸入距離を測定した。そして、浸入距離が初めて親水化層厚さの50%以上となったときの水の混合割合(すなわち親水化層の外表面から半分以上の厚さを濡らすことのできる水の最大濃度(重量%))を親水化層濡れ指数として測定した。なお水の混合割合が80重量%以下であると、親水化処理を行っていないPVDF多孔膜にも浸透するため、親水化の程度を測る試液としては適さない。
【0068】
上記の親水化層厚さ測定によれば、本発明のフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜は、親水化層厚さが、外表面から、SEM観察による外表面平均孔径の2倍以上、好ましくは5倍以上、更に好ましくは10倍以上、且つ膜厚さの1/2以下、好ましくは1/3以下、更に好ましくは1/4であることで特徴付けられる。親水化層厚さが外表面孔径の2倍未満であると低汚染性が十分に発現せず、他方、膜厚さの1/2を超えると、膜の機械的強度が低下する。親水化層の絶対的厚さとしては、0.5〜200μm、より好ましくは1〜100μm、さらには2〜60μmが好ましい。表面親水化効果を安定させ、且つ表面親水化に伴う機械的強度の低下を可及的に低減するために親水化層厚さを5〜15μmの範囲とすることが特に好ましい。このような最適親水化層厚さを安定的に与えるためには、親水化処理液の接触に先立つ、湿潤性改善液の塗布において、湿潤性改善液の多孔膜表面層への浸漬深さの浸漬時間依存性を低減することが好ましい。この目的のためには、表面張力が34〜45mN/mの湿潤性改善液を用いることが特に好ましい。この湿潤性改善液の最適表面張力範囲は、湿潤性改善液を塗布すべき多孔膜外表面の平均孔径(SEM法)が0.20μm近傍のときの値であり、平均孔径の増大、減少に対応して、それぞれ若干増大あるいは減少させるべきである。
【0069】
また上記の親水化層濡れ指数測定によれば、本発明の多孔膜の親水化層濡れ指数は、好ましくは90重量%以上、より好ましくは95重量%以上、最も好ましくは100重量%である。親水化層濡れ指数が90重量%未満であると、低汚染性が充分に発現しない場合がある。
【0070】
上記のようにして、好ましくはアルカリ水溶液、更に好ましくはアルカリ水溶液および酸化剤溶液からなる親水化処理液との接触による、親水化後のフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜は、更に水洗、乾燥することにより、本発明の低汚染性多孔水処理膜が得られる。
【0071】
(フッ化ビニリデン系樹脂多孔膜)
本発明の低汚染性フッ化ビニリデン系樹脂多孔水処理膜の外表面選択的親水性以外の代表的な物理的特性を列挙すると、膜厚さが0.05〜1.5mm、好ましくは、0.1〜1mm、より好ましくは0.15〜0.5mm(中空糸膜の場合、外径が0.3〜4mm、好ましくは0.6〜3.5mm、より好ましくは1〜3mm)、空孔率(v)が50〜90%、好ましくは60〜85%、より好ましくは65〜80%、引張強度が7MPa以上、好ましくは8MPa以上、破断伸度が20%以上、好ましくは30%以上、平均孔径が0.01〜1μm、好ましくは0.05〜0.5μm、より好ましくは0.1〜0.2μm、最大孔径が0.02〜3μm、好ましくは0.1〜1μm、より好ましくは0.15〜0.5μm、純水フラックス(透水量)(試長L=800mm、ろ水差圧=100kPa)が30m/day以上、好ましくは35m/day以上、より好ましくは40m/day以上、傾斜孔径分布膜における原水供給側外表面孔径/対向外表面側孔径比が好ましくは1/20〜1/1.5、より好ましくは1/10〜1/2、等である。
【0072】
[実施例]
以下、実施例、比較例により、本発明を更に具体的に説明する。以下の記載を含め、本明細書に記載の特性のうち、上記した親水化層厚さおよび濡れ指数以外のものは、主として以下の方法による測定値に基くものである。
【0073】
(重量平均分子量(Mw))
日本分光社製のGPC装置「GPC−900」を用い、カラムに昭和電工社製の「Shodex KD−806M」、プレカラムに「Shodex KD−G」、溶媒にNMPを使用し、温度40℃、流量10mL/分にて、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)法によりポリスチレン換算分子量として測定した。
【0074】
(結晶融点Tm1,Tm2および結晶化温度Tc)
パーキンエルマー社製の示差走査熱量計DSC7を用いて、試料樹脂10mgを測定セルにセットし、窒素ガス雰囲気中で、温度30℃から10℃/分の昇温速度で250℃まで一旦昇温し、ついで250℃で1分間保持した後、250℃から10℃/分の降温速度で30℃まで降温してDSC曲線を求めた。このDSC曲線における昇温過程における吸熱ピーク速度を融点Tm1(℃)とし、降温過程における発熱ピーク温度を結晶化温度Tc(℃)とした。引き続いて、温度30℃で1分間保持した後、再び30℃から10℃/分の昇温速度で250℃まで昇温してDSC曲線を測定した。この再昇温DSC曲線における吸熱ピーク温度を本発明のフッ化ビニリデン系樹脂の結晶特性を規定する本来の樹脂融点Tm2(℃)とした。
【0075】
(空孔率)
多孔膜の見掛け体積V(cm)を算出し、更に多孔膜の重量W(g)を測定して次式より空孔率を求めた。
[数1]
空孔率(%)=(1−W/(V×ρ))×100
ρ:PVDFの比重(=1.78g/cm
【0076】
(最大孔径(Pmax)、平均孔径(Pm)および最小孔径(Pmin))
バブルポイント/ハーフドライ法(ASTM・F316−86およびASTM・E1294−86に定められる多孔膜、特に中空糸多孔膜に適した最大孔径Pmaxおよび孔径分布の測定法)により求めた。より具体的には、バブルポイント法では、試液中に浸漬した中空糸多孔膜試料中に、徐々に増大する圧力の加圧空気を送り込み、試液からの最初のバブルの発生点(バブルポイント)の空気圧力から試料膜の最大孔径Pmax(μm)を求める。ハーフドライ法では、中空糸多孔膜試料を試液で濡らした状態での濡れ流量曲線(WET FLOW CURVE)と乾いた状態での乾き流量曲線(DRY FLOW CURVE)の1/2の傾きの曲線(HALF DRY CURVE)とが交わる点の空気圧力から試料膜の平均孔径Pm(μm)を求める。また、濡れ流量曲線と乾き流量曲線の一致点の空気圧力から求めた孔径を最小孔径Pmin(μm)として求めた。本明細書の記載値は、測定器としてPorous Materials, Inc社製「パームポロメータCFP−2000AEX」を用い、また試液としてはパーフルオロポリエステル(商品名「Galwick」)を用いて試長が10mmの中空糸膜試料について測定した結果に基づく。
【0077】
(SEM観察による外表面平均孔径測定)
走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて中空糸多孔膜の外側および内側外表面を、観察倍率5000倍で写真撮影した。得られたSEM写真(観察範囲は約19μm四方)を画像処理装置「(株)ネクサス製「nexus New Qube Version4.01」を用いて二値化処理し、これにより、重合体相と空隙部の区分けを行い、観察範囲内における、前記ハーフドライ法により求めた最小孔径Pmin以上のすべての空隙部の円相当径D(その面積を円で与えると仮定したときの該円の直径)およびその個数nを計測し、それらの数平均値(=ΣnD/Σn)をそれぞれの外表面の平均孔径とした。ハーフドライ法による最小孔径Pmin未満のDを有する空隙部を除外するのは、これらは連通孔を形成しているろ過に有効な空隙部ではない(例えば樹脂相の凹凸)と考えられるからである。
【0078】
(引張強度および破断伸度)
引張試験機(東洋ボールドウィン社製「RTM−100」)を使用して、温度23℃、相対湿度50%の雰囲気中で初期試料長100mm、クロスヘッド速度200mm/分の条件下で測定した。
【0079】
(純水フラックス(透水量))
試長L(図1参照)=800mmの試料中空糸多孔膜をエタノールに15分間浸漬し、次いで純水に15分間浸漬して湿潤した後、水温25℃、差圧100kPaで測定した1日当りの透水量(m/day)を、中空糸多孔膜の膜面積(m)(=外径×π×試長L、として計算)で除して得た。単位はm/day(=m/m・day)で表わす。
【0080】
(フラックス(透水量)維持率)
茨城県石岡市内で採取した恋瀬川河川水に凝集剤としてポリ塩化アルミニウムを濃度100ppmで添加して攪拌し、次いで6時間静置した後、その上澄み液を供給水としてろ過試験を行い、目詰まりによる透水量の低下への耐久性を評価した。供給水の濁度は1.2N.T.U.(nephelometric turbidity unit;カオリン濃度約0.72(=1.2×0.6)mg/Lを含む水の濁度に相当)、色度は5.7度(色度標準液5.7mL(1mL中に白金1mgおよびコバルト0.5mg含む)を加えた1Lの水の色度に相当)であった。
【0081】
はじめに、試料中空糸多孔膜をエタノールに15分間浸漬し、次いで純水に15分間浸漬して湿潤した後、図1に示した装置を用いて試長Lが400mmになるように多孔質中空糸を取り付け、両端は引き出し部として圧力容器の外に取り出した。引き出し部(ろ過が行われない部分であり、圧力容器との接合部を含む)の長さは両端それぞれ50mmとした。多孔質中空糸が測定終了時まで純水に十分に浸かるように耐圧容器内に純水(水温25℃)を満たした後、耐圧容器内の圧力を50kPaに維持しながらろ過を行った。ろ過開始後、最初の1分間に両端から流れ出たろ過水の重量(g)を初期透水量とした。
【0082】
次いで、純水の代わりに供給水(水温25℃)を、多孔質中空糸が測定終了時まで供給水に十分に浸かるように耐圧容器内に満たした後、耐圧容器内を圧力50kPaに維持しながら、単位膜面積当りのろ過量が0.3m/mになるまでろ過を行なった。そして単位膜面積当りのろ過量が0.3m/mになった時点で、1分間に両端(の引き出し部)から流れ出た水の重量を0.3m/m時の透水量とし、次式によりフラックス(透水量)維持率を算出した。
[数2]
フラックス維持率(%)
=(0.3m/m時の透水量(g))/(初期透水量(g))×100
【0083】
(薬洗耐久性)
<耐次亜塩素酸ナトリウム+水酸化ナトリウム混合水溶液>
試料中空糸多孔膜をエタノールに15分間浸漬し、次いで純水に15分間浸漬して湿潤した後、次亜塩素酸ナトリウム(NaClO)を有効塩素濃度として5000ppmで含み、更に水酸化ナトリウム(NaOH)を濃度1重量%で含む水溶液に96時間浸漬し、次いで流水で12時間水洗した。この中空糸多孔膜のフラックス維持率を、上記フラックス維持率の測定と同様にして測定し、上記混合液による浸漬後も親水化処理効果が維持されるか、否かを評価した。
【0084】
<耐クエン酸水溶液>
試料中空糸多孔膜をエタノールに15分間浸漬し、次いで純水に15分間浸漬して湿潤した後、クエン酸を濃度3重量%で含む水溶液に96時間浸漬し、次いで流水で12時間水洗した。この中空糸多孔膜のフラックス維持率を、上記フラックス維持率の測定と同様にして測定し、上記クエン酸水溶液による浸漬後も親水化処理効果が維持されるか、否かを評価した。
【0085】
(界面活性剤分散粒径の測定方法)
粒度分布測定装置(Beckman Coulter 社製「N4 plus」)を使用して、温度23℃、散乱角90度、測定時間100秒/回、繰返し回数10回、分析モードは単分散モード、の条件にて界面活性剤液中の界面活性剤粒径分布(範囲:3nm〜3000nm)を測定し、その平均粒径を界面活性剤分散粒径とした。
【0086】
(表面張力測定)
デュヌイ表面張力試験器を用いてJIS−K3362に従って輪環法により、温度25℃での湿潤処理液の表面張力を測定した。
【0087】
(フッ化ビニリデン系樹脂中空糸多孔膜の製造例1)
重量平均分子量(Mw)が4.12×10の主体ポリフッ化ビニリデン(PVDF)(粉体)とMwが9.36×10の結晶特性改質用ポリフッ化ビニリデン(PVDF)(粉体)を、それぞれ95重量%および5重量%となる割合で、ヘンシェルミキサーを用いて混合して、Mwが4.38×10であるPVDF混合物を得た。
【0088】
脂肪族系ポリエステルとしてアジピン酸系ポリエステル可塑剤(旭電化工業株式会社製「PN−150」)と、溶媒としてN−メチルピロリドン(NMP)とを、82.5重量%/17.5重量%の割合で、常温にて撹拌混合して、液剤(可塑剤・溶媒)混合物を得た。
【0089】
同方向回転噛み合い型二軸押出機(プラスチック工学研究所社製「BT−30」、スクリュー直径30mm、L/D=48)を使用し、シリンダ最上流部から80mmの位置に設けられた粉体供給部からPVDF混合物を供給し、シリンダ最上流部から480mmの位置に設けられた液体供給部から温度160℃に加熱された液剤(可塑剤+溶媒)混合物を、PVDF混合物/液剤混合物=35.7/64.3(重量%)の割合で供給して、バレル温度220℃で混練し、混練物を外径7mm、内径5mmの円形スリットを有するノズルから吐出量16.6g/分で中空糸状に押し出した。この際、ノズル中心部に設けた通気孔から空気を流量12.4mL/分で糸の中空部に注入した。
【0090】
押し出された混合物を溶融状態のまま、40℃の温度に維持され且つノズルから280mm離れた位置に水面を有する(すなわちエアギャップが280mmの)水冷却浴中に導き冷却・固化させ(冷却浴中の滞留時間:約2.7秒)、11m/分の引取速度で引き取った後、これを周長約1mのカセに巻き取って第1中間成形体を得た。
【0091】
次に、この第1中間成形体をジクロロメタン中に振動を与えながら室温で30分間浸漬し、次いでジクロロメタンを新しいものに取り替えて再び同条件にて浸漬して、可塑剤と溶媒を抽出し、次いで温度120℃のオーブン内で1時間加熱してジクロロメタンを除去するとともに熱処理を行い第2中間成形体を得た。
【0092】
次に、この第2中間成形体を、第一のロール速度を20.0m/分にして、60℃の水浴中を通過させ、第二のロール速度を37.0m/分にすることで長手方向に1.85倍に延伸した。次いで温度90℃に制御した温水浴中を通過させ、第三のロール速度を34.0m/分まで落とすことで、温水中で8%緩和処理を行った。さらに空間温度140℃に制御した乾熱槽(2.0m長さ)を通過させ、第四のロール速度を32.7m/分まで落とすことにより乾熱槽中で4%緩和処理を行った。これを巻き取ってPVDF中空糸多孔膜(第3成形体)を得た。得られたPVDF中空糸多孔膜を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察したところ、外側外表面およびその近傍の孔径に比べて、内部から内側外表面およびその近傍にかけての孔径が大きい傾斜孔径分布が確認された。
【0093】
(フッ化ビニリデン系樹脂中空糸多孔膜の製造例2)
上記製造例1と同一の原料(樹脂、可塑剤及び溶媒)を用い、下記のように、溶融押出物の引取速度を低下する等の条件変更を行い、製造例1に比べて、外径および肉厚の大なるフッ化ビニリデン系樹脂中空糸多孔膜を製造した。
【0094】
すなわち、製造例1と同じ同方向回転噛み合い型二軸押出機を用い、製造例1と同じPVDF混合物および液剤(可塑剤+溶媒)混合物を供給し、製造例1と同様に、但し、ノズルからの溶融押出物の引取速度を4.8m/分に低下して中空糸状に押し出した。この際、ノズル中心部に設けた通気孔から空気を流量8.0mL/分で糸の中空部に注入した。
【0095】
押し出された混合物を溶融状態のまま、40℃の温度に維持され且つノズルから280mm離れた位置に水面を有する(すなわちエアギャップが280mmの)水冷却浴中に導き冷却・固化させ(冷却浴に入るまでの経過時間:3.5秒、冷却浴中の滞留時間:約6秒)、4.8m/分の引取速度で引き取った後、これを周長約1mのカセに巻き取って第1中間成形体を得た。
【0096】
次に、この第1中間成形体をジクロロメタン中に振動を与えながら室温で30分間浸漬し、次いでジクロロメタンを新しいものに取り替えて再び同条件にて浸漬して、可塑剤と溶媒を抽出し、次いで温度120℃のオーブン内で1時間加熱してジクロロメタンを除去するとともに熱処理を行い第2中間成形体を得た。
【0097】
次に、この第2中間成形体を第一のロール速度を20.0m/分にして、60℃の水浴中を通過させ、第二のロール速度を37.0m/分にすることで長手方向に1.85倍に延伸した。次いで温度90℃に制御した温水浴中を通過させ、第三のロール速度を34.0m/分まで落とすことで、温水中で8%緩和処理を行った。さらに空間温度140℃に制御した乾熱槽(2.0m長さ)を通過させ、第四のロール速度を32.7m/分まで落とすことで乾熱槽中で4%緩和処理を行った。これを巻き取ってポリフッ化ビニリデン系中空糸多孔膜(第3成形体)を得た。得られたPVDF中空糸多孔膜を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察したところ、外側外表面およびその近傍の孔径に比べて、内部から内側外表面およびその近傍にかけての孔径が大きい傾斜孔径分布が確認された。
【0098】
上記製造例1および2で得られたPVDF中空糸多孔膜に、以下のようにして、本発明法に従う外表面選択的親水化処理を行うことにより、本発明の低汚染性多孔水処理膜を得、また比較のための多孔水処理膜を得、それぞれ物性、ろ水性能、フラックス維持率等の評価を行った。親水化処理の概要および物性測定・評価結果は、まとめて後記表2(実施例)および表3(比較例)に記す。
【0099】
(実施例1)
製造例1で得た中空糸膜を長さ2mに裁断して周長約220mmのカセ状に巻き、 界面活性剤としてグリセリン脂肪酸エステル(阪本薬品工業(株)製「SYグリスター ML−310」、HLB=10.3)を濃度0.5重量%で純水に溶解したエマルジョン水溶液200ml(表面張力30.9mN/m)に温度25℃で30分間浸漬した後、直ちに水酸化ナトリウムを濃度5重量%で純水に溶解したアルカリ水溶液200mlに温度70℃で12時間浸漬し、次いで取り出した中空糸膜を流水にて1時間水洗した。次に蟻酸(97%)と過酸化水素水(30%)を70:30の重量比で常温で混合した混合液(=過蟻酸(HCOOOH)水溶液)200mlに浸漬し、4時間浸漬した。このときの混合液の温度は反応発熱により60℃まで上昇した。取り出した中空糸膜を流水にて1時間水洗し、次いで温度40℃に維持された真空乾燥器内で12時間乾燥させて外表面が選択的に親水化されたPVDF中空糸膜を得た。
【0100】
(実施例2)
濃度を0.1重量%に低下した界面活性剤水溶液(表面張力32.7mN/m)を用いる以外は実施例1と同様にして外表面が選択的に親水化されたPVDF中空糸膜を得た。
【0101】
(実施例3)
アルカリ水溶液への浸漬時間を2時間に短縮した以外は実施例1と同様にして外表面が選択的に親水化されたPVDF中空糸膜を得た。
【0102】
(実施例4)
アルカリ水溶液への浸漬時間を2時間に短縮した以外は実施例2と同様にして外表面が選択的に親水化されたPVDF中空糸膜を得た。
【0103】
(実施例5)
製造例2で得た中空糸膜を用いた以外は実施例1と同様にして外表面が選択的に親水化されたPVDF中空糸膜を得た。
【0104】
(実施例6)
アルカリ水溶液への浸漬時間を30分間に短縮した以外は実施例5と同様にして外表面が選択的に親水化されたPVDF中空糸膜を得た。
【0105】
(実施例7)
アルカリ水溶液の濃度を30重量%に上昇した以外は実施例6と同様にして外表面が選択的に親水化されたPVDF中空糸膜を得た。
【0106】
(実施例8)
製造例1で得た中空糸膜をライン速度0.10m/分で送り出し、界面活性剤((株)ライオン製「チャーミーVクイック」、アルキルエーテル硫酸エステルナトリウムなどの主としてアニオン系の界面活性剤成分を36%含む。)を濃度0.5重量%で純水に溶解した界面活性剤液中を通過(滞浴時間25分間)させ、次いで温度85℃に維持された濃度5%の水酸化ナトリウム水溶液中を通過(滞浴時間25分間)させ、次いで水洗浴中を通過(滞浴時間100分間)させ、カセに巻き取った。巻き取ったカセ巻きの中空糸膜を蟻酸(97%)と過酸化水素水(30%)を70:30の重量比で常温で混合した混合液(=過蟻酸水溶液)に浸漬し、2時間浸漬した。このときの混合液の温度は反応発熱により60℃まで上昇した。取り出した中空糸膜を流水にて1時間水洗し、次いで温度40℃に維持された真空乾燥器内で12時間乾燥させて外表面が選択的に親水化されたPVDF中空糸膜を得た。なお上記界面活性剤液の表面張力は28.9mN/m、界面活性剤液は透明な水溶液であり、界面活性剤分散粒径は測定限界(3nm)以下であった。
【0107】
(実施例9)
界面活性剤溶液の滞浴時間を1分間、水酸化ナトリウム水溶液濃度を20%変更した以外は実施例8と同様にして外表面が選択的に親水化されたPVDF中空糸膜を得た。
【0108】
(実施例10)
ライン速度を0.86m/分、界面活性剤溶液の滞浴時間を3分間、水酸化ナトリウム水溶液濃度を40%、水酸化ナトリウム水溶液の滞浴時間を3分間、水洗浴の滞浴時間を12分間にした以外は実施例8と同様にして外表面が選択的に親水化されたPVDF中空糸膜を得た。
【0109】
(実施例11)
製造例2で得た中空糸膜をライン速度0.86m/分で送り出し、界面活性剤(阪本薬品工業(株)製「SYグリスター MO−3S」、HLB=8.8)を濃度0.5重量%で純水に溶解したエマルジョン水溶液中を通過(滞浴時間2.9分間)させ、次いで温度85℃に維持された濃度40重量%の水酸化ナトリウム水溶液中を通過(滞浴時間2.9分間)させ、次いで水洗浴中を通過(滞浴時間11.6分間)させ、ボビンに巻き取った。巻き取ったボビン巻きの中空糸膜を濃度12重量%の次亜塩素酸ソーダ水溶液に常温で浸漬し、24時間浸漬した。取り出した中空糸膜を流水にて24時間水洗し、次いで温度40℃に維持された真空乾燥器内で12時間乾燥させて外表面が選択的に親水化されたPVDF中空糸膜を得た。なお、上記界面活性剤液の表面張力は34.9mN/m、界面活性剤液は白濁したエマルジョン様の水溶液であった。
【0110】
(実施例12)
界面活性剤として阪本薬品工業(株)製「SYグリスター MO−7S」を用いた以外は実施例11と同様にして外表面が選択的に親水化されたPVDF中空糸膜を得た。なお、界面活性剤のHLB値は12.9であり、界面活性剤液の表面張力は36.2mN/m、界面活性剤液は白濁したエマルジョン様の水溶液であった。
【0111】
上記実施例11および12で用いた界面活性剤液への中空糸膜の浸漬時間と最終的に得られた中空糸膜における親水化層厚さの関係は次表1に示す通りであり、外表面近傍を薄く均一に親水化処理するための湿潤性改善液として、これら界面活性剤液が優れていることがわかる。
【表1】

【0112】
(比較例1および2)
上記製造例1および2で得られたPVDF中空糸膜をそのまま評価した。
【0113】
(比較例3)
実施例1において、界面活性剤エマルジョン水溶液に変えてエタノール(表面張力22.0mN/m)に15分間浸漬したこと以外は実施例1と同様の処理を行った。これにより全層が親水化処理されたPVDF多孔膜を得た。
【0114】
(比較例4)
実施例3において、界面活性剤エマルジョン水溶液に代えてエタノールに15分間浸漬したこと、および水酸化ナトリウム水溶液の濃度を5重量%から1重量%に変更したこと以外は実施例3と同様の処理を行った。これにより全層が親水化処理されたPVDF多孔膜を得た。
【0115】
上記実施例および比較例による親水化処理条件および得られた多孔水処理膜の評価結果をまとめて次表2および3に記す。
【表2】

【0116】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0117】
上記表2(実施例)および表3(比較例)の結果からも分るように、本発明によれば、フッ化ビニリデン系樹脂多孔膜の外表面を選択的に親水化処理することにより、(イ)ろ過中の膜汚れが少なく(フラックス維持率が高く)、(ロ)その低汚染性が繰り返し行われる薬品洗浄の後も維持され(高い薬洗耐久性)、且つ(ハ)良好な機械的強度を有する(フッ化ビニリデン系樹脂多孔膜本来の機械的強度を良好に保持する)フッ化ビニリデン系樹脂多孔水処理膜ならびにその効率的な製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0118】
【図1】実施例および比較例で得られた中空糸多孔膜の水処理性能を評価するために用いた透水量測定装置の概略説明図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ化ビニリデン系樹脂からなる多孔膜であって、その外表面が選択的に親水化されている低汚染性多孔水処理膜。
【請求項2】
多孔膜が中空糸形状を有する請求項1に記載の水処理膜。
【請求項3】
厚さを挟む主たる二外表面のうち、原水が供給される側の外表面が選択的に親水化されている請求項1または2に記載の水処理膜。
【請求項4】
外表面から、外表面平均孔径の2倍以上且つ膜厚さの1/2以下の深さまで親水化されている請求項1〜3のいずれかに記載の水処理膜。
【請求項5】
外表面から5〜15μmの深さまで親水化されている請求項4に記載の水処理膜。
【請求項6】
多孔膜がその厚さ方向に亘って傾斜孔径分布を有する請求項1〜5のいずれかに記載の水処理膜。
【請求項7】
厚さを挟む主たる二外表面のうち、原水供給側の外表面の平均孔径が対向外表面の平均孔径より小である請求項6に記載の水処理膜。
【請求項8】
純水透過速度が30m/day以上、引張り強度が7MPa以上、破断伸度が20%以上である請求項1〜7のいずれかに記載の水処理膜。
【請求項9】
フッ化ビニリデン系樹脂からなる多孔膜を親水化処理液との接触により親水化するにあたって、多孔膜の外表面を選択的に親水化する低汚染性多孔水処理膜の製造方法。
【請求項10】
親水化処理液が水性液であり、多孔膜の親水化処理に先立って、多孔膜の外表面に、選択的に、親水化処理液による湿潤性の改善処理を行う請求項9に記載の製造方法。
【請求項11】
湿潤性の改善処理が、湿潤性改善液の多孔膜外表面への選択的塗布である請求項10に記載の製造方法。
【請求項12】
湿潤性改善液の表面張力(JIS K3362)が25〜45mN/mである請求項11に記載の製造方法。
【請求項13】
湿潤性改善液の表面張力が34〜45mN/mである請求項11に記載の製造方法。
【請求項14】
湿潤性改善液が界面活性剤水溶液である請求項11〜13のいずれかに記載の製造方法。
【請求項15】
界面活性剤がイオン系界面活性剤あるいはHLB(親水性親油性バランス)が8〜20の非イオン系界面活性剤である請求項14に記載の製造方法。
【請求項16】
界面活性剤がHLBが8〜20の非イオン系界面活性剤である請求項14に記載の製造方法。
【請求項17】
親水化処理液がアルカリ水溶液である請求項9〜16のいずれかに記載の製造方法。
【請求項18】
アルカリ水溶液の接触処理後の多孔膜外表面に酸化剤との接触処理を行う請求項17に記載の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−313491(P2007−313491A)
【公開日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−184079(P2006−184079)
【出願日】平成18年7月4日(2006.7.4)
【出願人】(000001100)株式会社クレハ (477)
【Fターム(参考)】