説明

低濃度の炭素含有養分及び窒素含有養分を用いる発酵方法

【課題】本発明は、糸状性細菌株を液体発酵培地において培養することを含み、炭素含有養分及び窒素含有養分が前記発酵培地において低い濃度で維持される、所望の化合物(例えば、ナタマイシン等)を製造するための発酵方法を記載する。本発明の方法は、培養培地の粘度を低下させ、それによって、所望の化合物の収量を増加させる。
【解決手段】

【発明の詳細な説明】
【発明の分野】
【0001】
本発明は、二次代謝産物、タンパク質又はペプチド等の所望の化合物の発酵製造の分野に関する。
【発明の背景】
【0002】
糸状性細菌の科である放線菌科は、発酵産業には非常に重要である。この科の多くのものが二次代謝産物又は細胞外酵素を製造することが知られており、細菌代謝のこれらの生成物のいくつかは工業的用途を有する。これらの生成物を得るために、一般的に細菌は液体培地で培養され(液中培養)、液体への生成物の分泌を導き、その液体から生成物が単離される。生成物の形成は、その生物の初期の早い成長のとき、及び/又は、成長が遅い状態若しくは成長しない状態で培養が維持される第2の期間中に生じ得る。そのようなプロセスの期間中の単位時間当たりに形成される生成物の量(生産能)は、一般的に、数多くの要因:生物の本来有する代謝活性;培養において有力な生理的条件(例えば、pH、温度及び培地組成);及び、その方法のために使用される装置中に存在する生物の量の、関数である。一般的には、発酵方法を最適化しているとき、できる限り高い細菌濃度を得ることが好ましく、これは、生物の単位量当たりの本来有する生産能が一定であることを仮定した場合、生成物の最高力価が得られるからである。しかしながら、放線菌科に属する細菌の際だった特徴の1つが、この目標を達成することを困難にしている。放線菌は、液中培養で成長する場合、糸状の形態を有し、これにより、高粘度の培養液が一般的にはもたらされる。培養物の高い粘度は、培養物への酸素移動速度を制限する。放線菌を利用する事実上すべての方法は、酸素の存在及び消費に依存しており、それ故、酸素移動における制限は、全体的なプロセス生産性にある限界を強いることになる。培養液の粘度は、培地の組成、微生物により分泌される生成物の存在及び性質、並びに(最も重要な)微生物の形態等の数多くの要因によって決定される。積極的に微生物の形態学的特徴に影響を及ぼすことができるならば(すなわち、比粘度を低下させるために)、その方法はより高い生産速度で運転することができ、又は細菌のより高い濃度を達成することができる。その方法における両方の変化は、より高い生産性をもたらす。
【発明の概要】
【0003】
本発明は、液体発酵培地において糸状性細菌株を培養することを含み、炭素含有養分及び窒素含有養分が発酵培地において低い濃度で維持される、所望の化合物を製造するための発酵方法を提供する。
【0004】
好ましくは、炭素含有養分及び窒素含有養分を含む供給物が培地に供給され、供給物中の前記養分は、炭素含有養分及び窒素含有養分の両方の低い濃度が培地中で維持されるような比率にある。
【0005】
糸状性細菌は、好ましくは放線菌科の糸状性細菌であり、より好ましくはストレプトミセス属である。
【発明の詳細な説明】
【0006】
驚くべきことに、ある種の培地組成は、所望の化合物の製造に影響することなく、糸状性細菌株を含む発酵方法で、培養粘度の低下を生じさせることが見出された。重要な因子は、培地における炭素含有養分(C)に対する窒素含有養分(N)の比率であるようである。高いN/C比(窒素化合物が相対的に過剰)は粘性の高い培養物を生じさせ、これに対して、低いN/C比は比較的粘度の低い培養液をもたらす。培地中の窒素の量が大きく制限されすぎる場合、生物の非常に悪い成長がもたらされ、少ない量の生成物が形成される。しかしながら、中間のN/C比では、生物の成長が良好であり、かつ、生成物の形成が正常であり、一方、生物の形態は、培養液の粘度が著しく低下するような様式で明らかに変化している。この発見の結果は、培地を注意深く制御することによって、あるいは、より具体的に、培地中の炭素含有養分及び窒素含有養分の比率を制御することによって、糸状性細菌株を含む方法を顕著に改善できるということである。
【0007】
放線菌科の細菌株は、二次代謝産物、タンパク質及びペプチドのような商業的用途を有する所望の化合物を産生することが知られている。その例には、ナタマイシン、ニスタチン、グルコースイソメラーゼ及びクラブラン酸がある。
【0008】
例えば、放線菌株のストレプトミセス・ナタレンシス(Streptomyces natalensis)又はストレプトミセス・シルボスポレンス(Streptomyces silvosporens)は、抗真菌性化合物としての用途をいくつか有する抗真菌性化合物ナタマイシンを産生する。そのような糸状性細菌を含む発酵方法は、一般的には2つの段階によって特徴づけられる。通常、その方法は、成長のための条件が好ましくなくなるまで、例えば、成長を支える養分の1つが培地から枯渇するまで、微生物の成長が起こる段階で開始される。この初期(回分)段階の後に、微生物が生存可能な状態で維持される段階が続くことがある。多くの場合、目的とする生成物のほとんどがこの第2段階で形成される。この第2段階では、より多くの養分を、新しい養分の単回若しくは反復した投入として断続的に、又は1つ若しくは複数の養分含有液を発酵槽に供給することによって連続的に、培養物に供給することができる。この発酵様式は流加発酵と呼ばれる。好ましくは、発酵方法は、例えば、養分含有液を供給することの結果として、発酵槽が完全に満たされた場合に、発酵マッシュの一部を取り除くことによってさらに長くすることができる。この方法の形態は拡大発酵又は反復回分発酵(反復流加発酵)と呼ばれる。
【0009】
初期(回分)段階は、養分の1つが枯渇したときに終了する。この段階は、初期段階の終了に近づくにつれて低下する酸素取込みを測定することによって追跡することができる。一般的に、初期段階は6時間〜48時間を要する。第2段階は、養分の供給が開始されたときに始まる。養分を供給することは、単純な回分発酵方法において可能であるよりも長い期間にわたる発酵方法の継続を可能にする。
【0010】
一般的に、それぞれの製造方法にとっての最適な炭素含有養分及び窒素含有養分の比率は、生物及び生成物の元素組成、生物の生理に対するN/C比の影響、及び、より具体的には生物の生成物形成能力に依存して、当業者によって決定することができる。炭素過剰又は窒素過剰はいずれも所望の結果をもたらさないことが見出された。最適な状況では、利用可能な炭素及び窒素の両方が、回分方法の終了時、及び/又は長期間にわたる流加型発酵の方法の実施中に培地からほとんど枯渇する。第2段階の期間中における培地中の窒素含有養分の濃度は、(1リットル当たりの窒素のグラムとして表される場合に)好ましくは0.5g/L未満であり、より好ましくは0.25g/L未満で、最も好ましくは0.1g/L未満である。炭素含有養分の濃度は、(1リットル当たりの炭素のグラムとして表される場合に)好ましくは5g/L未満であり、より好ましくは2.5g/L未満で、最も好ましくは1g/L未満である。供給物は、すべての養分を含有する1つの供給物としてあるいは、好ましくは、それぞれの供給物が、窒素含有養分、炭素含有養分、又は窒素含有養分及び炭素含有養分の組合せのいずれかを含む2つ以上の部分供給物(subfeed)として、供給することができる。
【0011】
供給物はまた、酸素の量が空気飽和の20%〜70%の間にあるような方法で制御され、好ましくは、空気飽和の30%〜60%の間にあるような方法で制御される。
【0012】
酸素は、典型的には空気の形態であるが、一般的に発酵装置の底部又はその近くに導入される。複数のノズルの1つは、空気又は(精製された)酸素のような酸素含有気体を導入するために設置されている。
【0013】
場合により、撹拌装置が、酸素取込みを刺激するために反応装置に存在する。さらに、撹拌装置は、発酵装置内で生じる供給物又は部分供給物の濃度勾配を防止する。
【実施例】
【0014】
(実施例1)
ストレプトミセス・ナタレンシスATCC27448株を、下記の組成を有する500mLの成長培地を含有する2000mLの振とう用の三角フラスコで培養した:
【0015】
g/L
グルコース.1HO 30
カゼイン加水分解物 15
酵母抽出物(乾燥物) 10
消泡剤Basildon 0.4
【0016】
pHを、NaOH/HSOを添加することによって7.0に調節し、培地をオートクレーブ処理(120℃で20分)によって滅菌した。十分に成長させた振とうフラスコの内容物を、下記の組成を有する6Lの培地を含有する発酵槽に接種するために使用した:
【0017】
g/L
ダイズ粉 25
ダイズ油 8
コーンスティープ(乾燥物) 1
KHPO 0.45
微量元素溶液 17
消泡剤Basildon 0.4
【0018】
微量元素溶液の組成は下記の通りであった:
g/L
クエン酸.1HO 175
FeSO.7HO 5.5
MgSO.7HO 100
BO 0.06
CuSO.5HO 0.13
ZnSO.7HO 1.3
CoSO.7HO 0.14
【0019】
培地の温度及びpHをそれぞれ25℃及び7.0で制御した。溶存酸素濃度は、空気飽和の30%以上に保ち、必要な場合には、空気流量及び/又は撹拌装置の速度を増加させた。約24時間の回分培養での予備成長の後、培養は発酵の第2段階に入った。第2段階の期間中、成長及び生成物形成を、純粋なダイズ油を供給することによって継続させた。第2の供給ラインを装着して、アンモニアを供給した。ダイズ油の平均供給率は3g/hであった。アンモニアをダイズ油供給率に比例して供給した。一連の発酵を、ダイズ油供給率を一定に保ちながら、異なるアンモニア供給率を適用して行った。この菌株の場合、NH3対油の比が30mg〜40mg NH3/g油の範囲にある場合に、炭素源及び窒素源が完全に消費された。このC−N二重制限の条件は、比粘度が最も低い培養物をもたらした。窒素過剰(40mg/gを超えるNH3/油比)は培養物の粘度のかなりの増加をもたらした。炭素過剰(30mg/g未満のNH3/油比)は同様の効果をもたらした。また、油の蓄積は培養物生存性に対して負の影響を有した。炭素含有養分に対する窒素含有養分の比率の範囲は、菌株並びに窒素源及び炭素源の性質に依存する。したがって、すべての新しい方法について、最適な範囲を本手順によって決定することができる。
【0020】
2つの実験を上記の方法に従って行った。1つの実験は、窒素過剰の条件に達することを目的とした(すなわち、培養は、その後、ダイズ油供給率によって純粋に制限される)。もう1つの実験では、発酵槽における両方の養分(ダイズ油及びアンモニア)の濃度をとても低い条件に到達するために、ダイズ油の供給率に比例してアンモニアの供給率を低下させた。選ばれた条件下におけるこの試験生物(ストレプトミセス・ナタレンシス)の場合、油供給率に対するアンモニア供給率の比は、1gの油当たりおよそ35mgのNHでなければならない。アンモニア過剰実験は、1gの油当たり45mgのNHの比で行った。
【0021】
炭素・窒素二重制限の効果は、図1にはっきりと示されている。窒素過剰条件の下では、粘度は通常の高い値に達する。炭素及び窒素を同時に制限する条件の下では、粘度がはるかにより低い値に低下し、これにより、より良好な通気条件を生じさせる。良好な製造のためには、溶存酸素濃度を空気飽和の30%のレベルで維持することが好ましい。図2は、培養が窒素・炭素二重制限の条件下で行われる場合において、この溶存酸素濃度を維持するために、はるかにより少ない撹拌力(エネルギー)が必要とされることを示している。
【0022】
(実施例2)
別の発酵実験は、ストレプトミセス・ナタレンシスの菌株を使用した実施例1で記載した手順と同じ手順を使って行った。この菌株は、抗真菌性化合物ナタマイシンの産生菌である。この実験では2つの発酵を行った。1つの実験は、炭素制限及び窒素過剰の条件下であった(油供給段階の期間中、NHレベルを150mg/L〜200mg/Lで保った)。第2の実験は、32mg/gのNH/油比を用いて、油供給段階の期間中、窒素・炭素二重制限下で行った。一部の結果を図3及び図4に示す。粘度の非常に顕著な違いが2つの発酵様式の間で観測されたことが明らかである。低い粘度は、効率的に方法を操作する上で非常に有益である。しかしながら、不良な生成物形成能力と結びついた低い粘度は好ましくない。この実験では、生成物の形成が、低い粘度をもたらす条件によって全く影響されなかった(図3)。窒素・炭素二重制限実験における生成物形成速度は、わずかに開始が遅くなったにもかかわらず、発酵の第2の部分で速くなっている。
【0023】
(実施例3)
実施例1及び実施例2に記載された実験で得られた情報は、工業的規模(100m規模)でのナタマイシンの実際の製造プロセスを改良するために使用した。低下した粘度は、主要な養分のダイズ油をより速く供給することによって方法の増強を可能にする。NH3の供給率は、実施例1及び実施例2に記載されたように油の供給に比例しており、これにより、(発酵槽への接種後約24時間で始まる)供給段階の期間中の炭素・窒素二重制限がもたらされた。その方法の条件及び培地組成は、実施例1及び実施例2に記載された小規模な実験と同様であった。小さな増加と共に開始して、最小限の溶存酸素圧力でまさに維持され得る方法強度に達するまで、油供給率を操作毎に階段的に増加させた。図5は、油供給率をより高めることから得られる生成物の生産量の改善がかなり実質的であることを示している。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】窒素過剰培養(●)及び窒素・炭素二重制限培養(◆)の粘度の発生を示す図である。
【図2】30%空気飽和で溶存酸素濃度を制御するために必要とされる撹拌力を示す図である。窒素過剰培養(●)及び窒素・炭素二重制限培養(◆)の両方の培養は、それ以外の条件については同様の方法条件で操作した。
【図3】窒素過剰培養(●)及び窒素・炭素二重制限培養(◆)の粘度の発生を示す図である。
【図4】窒素過剰培養(●)及び窒素・炭素二重制限培養(◆)における生成物の蓄積を示す図である。
【図5】ナタマイシンを製造するためのストレプトミセス・ナタレンシスのフルスケール発酵を示す図である。初期プロセス(●)ではダイズ油の制限された供給を使用し、その間、NH3濃度を非制限レベルで保った。改善されたプロセス(◆)では、NH3濃度を、油供給率に比例したNH3溶液の連続供給によって低い値で保った。低下した培養粘度は油のより速い供給を可能にした。生成物形成の増加は油供給率の増加にほぼ比例していた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体発酵培地で糸状性細菌株を培養することを含む、所望の化合物を製造するための発酵方法であって、
炭素含有養分及び窒素含有養分が、前記発酵培地において低い濃度で維持される発酵方法。
【請求項2】
前記培地中の前記窒素含有養分の濃度が、(1リットル当たりの窒素のグラムとして表される場合に)0.5g/L未満である、請求項1記載の発酵方法。
【請求項3】
前記培地中の前記炭素含有養分の濃度が、(1リットル当たりの炭素のグラムとして表される場合に)5g/L未満である、請求項1又は2記載の発酵方法。
【請求項4】
炭素含有養分と窒素含有養分とを含む供給物が、前記培地に供給され、
前記供給物中の前記養分は、前記培地中で、炭素含有養分濃度と窒素含有養分濃度との両方が低濃度で維持されるような比率にある、
請求項1〜3のいずれか一項記載の発酵方法。
【請求項5】
前記供給物が、2以上の部分供給物を介して前記培地に供給され、
各部分供給物が、窒素含有養分、炭素含有養分、又は、窒素含有養分及び炭素含有養分の組合せを含む、
請求項1〜4のいずれか一項記載の発酵方法。
【請求項6】
前記培地中の酸素の量が、空気飽和の20%から70%の間である、請求項1〜4のいずれか一項記載の発酵方法。
【請求項7】
前記培地中の酸素の量が、空気飽和の30%から60%の間である、請求項6記載の発酵方法。
【請求項8】
前記細菌が放線菌科の細菌である、請求項1〜7のいずれか一項記載の方法。
【請求項9】
前記細菌がストレプトミセス属細菌である、請求項8記載の方法。
【請求項10】
前記細菌が、ストレプトミセス・ナタレンシス(Streptomyces natalensis)又はストレプトミセス・ギルボスポレウス(Streptomyces gilvosporeus)であり、
前記所望の化合物がナタマイシンである、
請求項9記載の方法。
【請求項11】
前記炭素含有養分が、(炭素のグラムとして計算される場合に)50%を超えるダイズ油であり、
前記窒素含有養分が、(窒素のグラムとして計算される場合に)50%を超えるアンモニアである、
請求項1〜10のいずれか一項記載の発酵方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公表番号】特表2006−521801(P2006−521801A)
【公表日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−505021(P2006−505021)
【出願日】平成16年4月1日(2004.4.1)
【国際出願番号】PCT/EP2004/003662
【国際公開番号】WO2004/087934
【国際公開日】平成16年10月14日(2004.10.14)
【出願人】(505220217)デーエスエム アイピー アセッツ ベー. ヴェー. (29)
【Fターム(参考)】