説明

低糖質ビール風味アルコール飲料の製造方法

【課題】醸造中の酵母の死滅率を抑制するとともに、味質・風味のバランスに優れた低糖質ビール風味アルコール飲料とその製造方法の提供。
【解決手段】単糖類と二糖類とから本質的になる糖化液を糖源として発酵前液に添加して発酵を行うことを特徴とする、ビール風味アルコール飲料の製造方法、並びにその製造方法により製造されたビール風味アルコール飲料。

【発明の詳細な説明】
【発明の分野】
【0001】
本発明は、低糖質ビール風味アルコール飲料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
メタボリックシンドロームに代表される生活習慣病に対する関心の高まりから、その予防や改善に対する食品への関心は年々高まっており、ビール風味アルコール飲料でもカロリーや糖質を抑えた商品が数多く市販されている。
【0003】
低糖質のビール風味アルコール飲料は、発酵前液中の糖源のほとんどを資化性糖質にして製造しているのが一般的である。しかし、資化性糖質でもグルコースの比率を極端に高めると発酵中の酵母の死滅率が増大してしまう現象が認められていた。
【0004】
例えば、Studies on the uptake and metabolism of wort sugars during brewing fermentations. G. G. STEWART. MBAA Technical Quarterly, vol.43 (4) p.265-269 (2006)(非特許文献1)には、発酵前液中の糖組成によって、糖消費、酵母死滅率やエステル生成が変化することが報告されている。具体的には、グルコース含量が高いと酢酸エチルや酢酸イソアミルが増加し、発酵終了後の酵母死滅率が増大すること、マルトースが多い場合は、その逆でエステル生成が少なく、酵母死滅率も小さくなること、これらの現象は、16゜P以上の高濃度醸造で顕著で、液糖を使用して醸造する場合には留意する必要があるとの指摘がなされている。
【0005】
New Enzymes for Brewing: Promozyme, a Debranching Enzyme and SP-249, a Glucanase. T. Olsen., et al. Journal of American Society of Brewing Chemists, vol.13 (2) p.85-89(1984)(非特許文献2)には、仕込工程で糖分解酵素(プルラナーゼ、グルコアミラーゼ、イソアミラーゼ)を添加して、発酵前液中の糖質のほとんどを資化性糖質に転換する方法が記載されているが、この場合には、資化性糖質の大部分はグルコースになってしまう。
【0006】
このように、低糖質のビール風味アルコール飲料では酵母の死滅率が高くなり、発酵終了後の酵母を次の発酵に再利用することが困難となる問題が生じていた。また、発酵中に酵母の代謝に異常をきたし、死滅率が高くなることは、内容物が発酵液に漏出して飲料全体の味質・風味のバランスの点では満足できるものではない。
【非特許文献1】Studies on the uptake and metabolism of wort sugars during brewing fermentations. G. G. STEWART. MBAA Technical Quarterly, vol.43 (4) p.265-269 (2006)
【非特許文献2】New Enzymes for Brewing: Promozyme, a Debranching Enzyme and SP-249, a Glucanase. T. Olsen., et al. Journal of American Society of Brewing Chemists, vol.13 (2) p.85-89(1984)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、醸造中の酵母の死滅率を抑制するとともに、味質・風味のバランスに優れた低糖質ビール風味アルコール飲料とその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、ビールや発泡酒などのビール風味アルコール飲料の製造において、グルコースやフルクトースといった資化性単糖類と、資化性二糖類であるスクロースを糖源として発酵前液に添加することにより、低糖質ビール風味アルコール飲料の製造でありながら、酵母の活性を高く保持するとともに、味質・風味のバランスが格別に優れた低糖質ビール風味アルコール飲料を安定的に製造できることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、単糖類と二糖類とから本質的になる糖化液を糖源として発酵前液に添加して発酵を行うことを特徴とする、ビール風味アルコール飲料の製造方法である。
【0009】
本発明によれば、低糖質ビール風味アルコール飲料の製造でありながら、酵母の活性を高く保持するとともに、味質・風味のバランスが優れたアルコール飲料を提供することができる。すなわち、本発明は、酵母の再利用を促進し、環境保全に貢献するとともに、健康と嗜好性を両立する食生活に貢献する点で有利である。
【発明の具体的説明】
【0010】
本発明において「ビール風味アルコール飲料」とは、炭素源、窒素源、および水などを原料として酵母により発酵させた飲料であって、ビール風味を有するアルコール飲料を意味する。「ビール風味アルコール飲料」としては、原料として麦芽を使用しないビール風発酵飲料(例えば、酒税法上、「その他の醸造酒(発泡性)(1)」に分類される飲料)や、原料として麦芽を使用するビール、発泡酒、リキュール(例えば、酒税法上、「リキュール(発泡性)(1)」に分類される飲料)が挙げられる。
【0011】
本発明によるビール風味アルコール飲料の製造方法は、発酵前液に添加される糖化液が、単糖類と二糖類とから本質的になるものであることを特徴とする。本発明による製造方法は、発酵前液に添加される糖化液が上記特徴を備えている限り、いずれのビール風味アルコール飲料の製造にも用いることができる。
【0012】
本発明において、「単糖類と二糖類とから本質的になる」とは、単糖類と二糖類が主成分として糖化液を構成していることを意味する。すなわち、微量(例えば、約4%以下)の他の糖類(例えば、グルコオリゴ糖)が原料に不可避的に含まれている場合であっても、糖化液の主成分が単糖類と二糖類である限り、糖化液が単糖類と二糖類から構成されていることを意味する。例えば、酵母資化性単糖類であるグルコース原料には原料製造工程でグルコオリゴ糖等の不純物が約4%以下の割合で含まれていることがあるが、このようなグルコース原料と、酵母資化性二糖類であるスクロース原料とから構成される糖化液を使用する限りは「単糖類と二糖類とから本質的になる糖化液」に該当する。
【0013】
本発明では、糖化液を構成する単糖類として酵母資化性単糖類を使用することができ、好ましくは、グルコースおよび/またはフルクトース、より好ましくはグルコースを使用することができる。
【0014】
本発明では、糖化液を構成する二糖類として酵母資化性二糖類を使用することができ、好ましくは、スクロースを使用することができる。
【0015】
糖化液中の単糖類と二糖類の含有比率は、残糖質、酵母死滅率、味質・風味のバランス、液糖のハンドリング性などの観点から、約7:3〜約3:7とすることができ、好ましくは約5:5〜約3:7とすることができる。
【0016】
本発明において発酵前液に添加される糖化液は、固形分比率約50〜約80%のものを使用することができるが、微生物汚染の回避および保管コストの低減化の観点から、その固形分比率が少なくとも約65%のものを使用することが好ましく、より好ましくは、少なくとも約75%のものである。なお、本発明においては、単糖類および二糖類を固体の状態で発酵前液に投入してもよく、このような態様も「糖化液を糖源として発酵前液に添加」することに該当する。
【0017】
本発明では、発酵前液に添加される糖源のすべて(100重量%)を糖化液とすることができる。本発明ではまた、糖源として、糖化液以外の成分(例えば、麦芽あるいは麦芽以外の麦、米、トウモロコシ、サトウキビ、テンサイなどの穀物や穀物由来の原料)を発酵前液に添加してもよい。糖化液以外の糖源を添加する場合には、発酵前液中の糖源の少なくとも約75重量%、好ましくは、少なくとも約90重量%を糖化液とし、残りを糖化液以外の糖源とすることができる。
【0018】
本発明による製造方法では、炭素源(糖源)、窒素源(例えば、タンパク質分解物、酵母エキス)、および水に、ホップ、香料、色素、起泡・泡持ち向上剤、水質調整剤などを加えて発酵前液を作製し、発酵前液を煮沸した後、発酵用ビール酵母を添加して発酵を行い、ビール風味アルコール飲料を醸成させることができる。得られたビール風味アルコール飲料はろ過工程により酵母を除去した後、低温にて貯蔵することができる。
【0019】
本発明において糖源として糖化液以外の成分を使用した場合には、発酵前液調製過程において、必要に応じてアミラーゼ、プルラナーゼ、イソアミラーゼ等の分解酵素を添加して糖化を行ってもよい。この場合には、まず糖化液以外の糖源(例えば、麦芽やコーンスターチのような穀物や穀物由来の原料)を発酵前液に添加し、糖分解酵素を作用させて穀物等の糖質のほとんどすべてを酵母資化性単糖類であるグルコースに転換した後、スクロースを添加して発酵前液としてもよい。
【0020】
糖化液あるいは糖化液として固体の状態で投入される糖質の添加のタイミングは、糖化スタート時、糖化終了時、煮沸スタート時、仕込み工程中のいずれであってもよい。
【0021】
本発明による製造方法により得られたビール風味アルコール飲料は、低糖質(発酵後に残存する糖質が約1.2g/100ml以下)であるにも関わらず、味質・風味のバランスが優れている。また、本発明による製造方法により得られたビール風味アルコール飲料は、優れたボディ感を有しており、本発明によるビール風味アルコール飲料のアルコール度数が約2〜約3%であっても、通常のビール類のアルコール度数(約4〜約5%)の場合と同等あるいはそれ以上の十分なボディ感を得ることができる。
【実施例】
【0022】
本発明を下記実施例により具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により限定されるものではない。
【0023】
実施例1:糖組成を変えた発酵前液を用いた、麦芽を使用していないビール風味アルコール飲料の製造
表1に記載された組成に従って発酵前液を準備し、次いで10〜18℃で10日間主発酵(下面発酵)を行い、得られた発酵液からろ過で酵母を取り除いて、麦芽を使用していないビール風味アルコール飲料を製造した。
【表1】

【0024】
組成1の発酵前液は対照であり、所定の糖組成を持つ液糖を添加した。組成2〜6の発酵前液はそれぞれ、グルコース(資化性単糖)、フルクトース(資化性単糖)、スクロース(資化性二糖)、マルトース(資化性二糖)、マルトトリオース(資化性三糖)を添加した。
【0025】
得られたビール風発酵アルコール飲料の分析結果と官能評価結果を表2に示す。
【表2】

【0026】
グルコース、フルクトース、スクロース、あるいはマルトースを添加した発酵前液の残糖質はそれぞれ1.2g/100ml以下であったが、マルトトリオースを添加した発酵前液の残糖質は1.2g/100mlを超えていた。酵母の死滅率はグルコースあるいはフルクトースを添加した発酵前液で高くなり、非特許文献1に記載されている通りの結果を得た。一方で、スクロース、マルトース、あるいはマルトトリオースといった資化性の二糖・三糖を添加した場合は死滅率が低くなった。
【0027】
ところで、残糖質を低くすると、風味やボディー感に欠け、味質のバランスを欠いた、いわゆる「まずい」アルコール飲料になる。それを補うにはエステルや有機酸の増強が考えられる。グルコースやフルクトースを添加した場合は酢酸イソアミルに代表されるエステルや酢酸に代表される有機酸を増強する効果があること、スクロースを添加した場合にもグルコース同様の働きがあることが判明した。すなわち、スクロースは酵母の死滅率を低減する働きと、エステルや有機酸を増強する働きを併せ持つことが明らかになった。官能評価でもスクロースは、味質・風味のバランスを大幅に改善することがわかった。
【0028】
ここで、スクロースの発酵中の挙動を調査した結果を図1に示す。スクロースは、発酵初期に二糖として存在するが、早い段階で酵母のインベルターゼ活性や酸分解により、グルコースとフルクトースに分解し、速やかに酵母に資化されることが判明した。この特性が、酵母の死滅率を低く抑え、エステルや酢酸に代表される有機酸を増強する所以であると考えられる。
【0029】
資化性単糖と資化性二糖の糖消費スピードを調査した結果を図2に示す。同じ二糖であるマルトースに比べ、スクロースは糖消費スピードが速く、効率的な低糖質ビール風味アルコール飲料の製造に適していることが判明した。
【0030】
実施例2:グルコースとスクロース比率を変えた発酵前液を用いた、麦芽を使用していないビール風味アルコール飲料の製造
表3に記載された組成に従って発酵前液を準備し、次いで10〜18℃で10日間主発酵(下面発酵)を行い、得られた発酵液からろ過で酵母を取り除いて、麦芽を使用していないビール風味アルコール飲料を製造した。
【表3】

【0031】
組成1の発酵前液は対照であり、所定の糖組成を持つ液糖を添加した。組成7〜11の発酵前液はそれぞれ、グルコースとスクロースの含有比率を変えた液糖を添加した。組成12の発酵前液は、グルコースとフルクトースを一定割合で混合した液糖を添加した。
【0032】
得られたビール風味アルコール飲料の分析結果と官能評価結果を表4に示す。
【表4】

【0033】
酵母の死滅率は、グルコースとスクロースの比率を10:0、7:3、5:5、3:7、0:10にした場合、それぞれ、17%、7%、5%、6%、7%となり、スクロースの比率が高いほど酵母の死滅率が低減し、味質・風味のバランスも良くなることが判明した。
【0034】
組成5の発酵前液と組成7の発酵前液との結果を比較すると、両者において液糖の結晶化が防止されるとともに、スクロースを使用した方が、酵母の死滅率が改善し、味質・風味のバランスも良いことが判明した。
【0035】
また、組成7および組成11に使用した液糖は、30℃、10日間の保管で完全に結晶化してしまった。通常の醸造プロセスでは保管している液糖を適宜使用して発酵前液を調製するが、保管中に結晶化した液糖は発酵前液として使用することはできない。従って、液糖の結晶化を回避する観点から、グルコースとスクロースの混合比は約3:7〜約7:3の範囲内に調整することが好ましい。
【0036】
なお、液糖は一般的に濃度を低くすることで結晶化を防止できるが、液糖の濃度を低くして保管すると液糖が微生物により汚染される可能性が高くなり、液糖を低濃度に調製するとその分容積が嵩むため保管コストが余計にかかることになる。また、液糖は、固体の糖質と比較して、運搬、計量、混合等において取り扱いが容易である。すなわち、微生物汚染の回避、保管コストの低減化、および取り扱いの容易さの観点から、高濃度で保管できる液糖は極めて有利である。
【0037】
実施例3:グルコースとスクロースの比率を変えた、麦芽を使用するビール風味アルコール飲料(発泡酒)の製造
表5に記載された組成に従って発酵前液(麦芽比率が全原料のうち10%の割合)を準備し、次いで10〜18℃で10日間主発酵(下面発酵)を行い、得られた発酵液からろ過で酵母を取り除いて、麦芽を使用するビール風味アルコール飲料を製造した。得られたビール風味アルコール飲料の分析結果と官能評価結果は表5に記載される通りであった。
【表5】

【0038】
表5に記載の通り、フルクトースのみの液糖に比べてスクロースを5:5の割合で混在させた液糖を使用することで、残糖質を減らしつつも、発酵後の酵母の死滅率を低減させ、味質・風味のバランスも大幅に改善できることが判明した。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】スクロースを添加した発酵前液を使用して発酵を行った場合のスクロースの資化状況を示した図である。
【図2】資化性単糖と資化性二糖の酵母による糖消化スピードを示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
単糖類と二糖類とから本質的になる糖化液を糖源として発酵前液に添加して発酵を行うことを特徴とする、ビール風味アルコール飲料の製造方法。
【請求項2】
単糖類が酵母資化性単糖類であり、二糖類が酵母資化性二糖類である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
単糖類がグルコースおよび/またはフルクトースであり、二糖類がスクロースである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
単糖類がグルコースであり、二糖類がスクロースである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項5】
糖化液中の単糖類と二糖類の含有比率が約7:3〜約3:7である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
発酵後に残存する糖質が約1.2g/100ml以下である、請求項5に記載の製造方法。
【請求項7】
発酵前液に添加される糖源が糖化液のみからなる、請求項1〜6のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項8】
発酵前液に添加される糖源のうち少なくとも約90重量%が糖化液である、請求項1〜6のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか一項に記載の製造方法により製造された、ビール風味アルコール飲料。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−131202(P2009−131202A)
【公開日】平成21年6月18日(2009.6.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−310250(P2007−310250)
【出願日】平成19年11月30日(2007.11.30)
【特許番号】特許第4260207号(P4260207)
【特許公報発行日】平成21年4月30日(2009.4.30)
【出願人】(307027577)麒麟麦酒株式会社 (350)
【出願人】(000231453)日本食品化工株式会社 (68)
【出願人】(000005979)三菱商事株式会社 (56)
【Fターム(参考)】