説明

低酸素状態の細胞及び組織への酸素運搬に有効なヘモグロビン含有リポソーム懸濁液及びその製法

【課題】梗塞部位又はガン部位等の低酸素部位に効率よく酸素を運搬出来、しかもヘモグロビン収率が飛躍的に向上した高酸素親和性のヘモグロビン含有リポソーム懸濁液を提供する。
【解決手段】アロステリック因子を含有しないヘモグロビン溶液を内水相とするヘモグロビン含有リポソーム懸濁液において、前記リポソーム膜形成脂質がステアリン酸を含み、前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度及びリポソーム膜形成脂質濃度、ステアリン酸濃度を適切に設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は人工酸素運搬体としてのヘモグロビン含有リポソーム懸濁液に関する。詳しくは、血栓、栓塞等で血流が阻害されて低酸素状態となった細胞、組織又はガン細胞、ガン組織等の低酸素状態の部位に選択的に酸素を輸送し、供給する事が可能な前記リポソーム懸濁液に関する。
【背景技術】
【0002】
ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液を人工酸素運搬体として、梗塞部位、ガン部位など、通常の組織末端(酸素分圧:40mmHg)より、更に低酸素状態の部位に、酸素を供給し易くする為に、酸素放出能を制御したヘモグロビン含有リポソーム懸濁液を、本発明者らは鋭意検討して来た(特開2001-348341)。酸素解離曲線を左右にシフトさせ、酸素放出能を制御するファクターはアロステリック因子(0011に詳述)及び前記リポソーム内水相ヘモグロビンのpHであるが、この前記内水相ヘモグロビンのpHは、リポソーム化操作前(ヘモグロビンとリポソーム膜形成脂質を混合させる前)のヘモグロビンのpHではなく、リポソーム化後の内水相ヘモグロビンのpHである。リポソーム膜形成脂質の種類及び組成比、中和操作等により、「リポソーム化操作前のヘモグロビンのpH」と「リポソーム化後の内水相ヘモグロビンのpH」とは異なる。この内水相ヘモグロビンのpHに影響を与える因子の設定及び内水相ヘモグロビンのpHの適切な数値設定をした上で、酸素放出能を制御する検討は十分ではなかったので、本発明者らは、低酸素親和性(天然の赤血球と比較して、酸素解離曲線が右にシフト:天然の赤血球と比較して、酸素分圧100mmHgの部位と酸素分圧40mmHgの部位の間で酸素を離し易い)のヘモグロビン含有リポソーム懸濁液において、この観点より検討を行なって来た(特願2006-308816)。しかし、本発明の目的とする高酸素親和性(天然の赤血球と比較して、酸素解離曲線が左にシフト:天然の赤血球と比較して、酸素分圧40mmHg以下の部位で酸素を離し易い)のヘモグロビン含有リポソーム懸濁液においては、上記観点よりの検討は十分ではなかった。
【特許文献1】特開2001-348341号公報
【非特許文献1】人工血液2003;11(3):179-184
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ヘモグロビン含有リポソームは生理食塩水等の外水相媒体に懸濁させて、人工酸素運搬体として用いられる。このリポソーム懸濁液の単位量当たりの酸素運搬量設定に関与するファクターは次の通りである。前記リポソーム懸濁液における(1)ヘモグロビン濃度(2)内水相ヘモグロビンのpH(3)アロステリック因子濃度であり、本発明者らは、これらのファクターの最適な数値設定による酸素運搬量制御方法を鋭意検討してきた。しかながら、リポソーム化操作前のヘモグロビンのpH設定検討は行なわれていたが、酸素運搬量設定に直接関与するのは、リポソーム化操作前のヘモグロビンのpHではなく、最終的に出来上がったリポソーム内水相のヘモグロビンのpHであり、この観点よりの十分な検討は行なわれていなかった。用いるリポソーム膜形成脂質膜の種類、組成比、中和操作等により、「リポソーム化操作前のヘモグロビンのpH」と「リポソーム化後の内水相ヘモグロビンのpH」とは異なるので、この観点により、低酸素親和性のヘモグロビン含有リポソーム懸濁液において、「リポソーム化後の内水相ヘモグロビンのpH」を一定範囲に制御し、前記リポソーム懸濁液中の(1)ヘモグロビン濃度(2)アロステリック因子濃度(3)ヘモグロビンメト化率の最適な数値限定を行い、これらのファクターと組み合わせる検討を行なって来た(特願2006-308816)。
一方、人工酸素運搬体としてのヘモグロビン含有リポソームの平均粒子径は0.2μm前後であり、天然赤血球(7〜8μm)と比較すると、非常に小さいので、虚血により低酸素状態に陥った部位(酸素分圧が、通常の組織末端の酸素分圧40mmHgより更に低い)に対して、天然赤血球では通過困難な狭窄部位を通過して、あるいは側副血行路や周囲の毛細血管を介して、酸素を供給する事も可能である(Circulation,2004;100(Suppl-I):483、CirculationJ.,2004:68(Suppl-I):I-133)。また、癌組織においては、時として癌細胞の増殖に見合った血管新生を伴わないので、その血管網は無秩序で且つ、脆弱であり、癌組織の血流は不安定であり、一時的な血流遮断を繰り返している。この為、癌組織内部の細胞は低酸素状態にさらされている。この低酸素状態の為、癌治療の為の放射線照射に対して抵抗性を示す。人工酸素運搬体としてのヘモグロビン含有リポソーム懸濁液は、天然赤血球では到達不可能な癌組織内低酸素組織部位にまで、酸素を供給出来る可能性がある(ASAIOJ.,2004:50:164)。
本発明では、梗塞部位或いは癌組織等の低酸素部位に効率よく酸素を運搬出来る様に、高酸素親和性とする為、ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液において、酸素運搬効率に影響を与える因子である「リポソーム化後の内水相のヘモグロビンのpH」及び「アロステリック因子」について、鋭意検討を行なった。その結果、以下の事実が判明した。従来の検討において、低酸素親和性とする為、アロステリック因子を添加したヘモグロビン含有リポソーム懸濁液では、「リポソーム化後の内水相ヘモグロビンのpH」が酸素運搬効率に影響を与え、結果として酸素運搬量制御に関与する。一方、本発明において、高酸素親和性にする為、アロステリック因子を添加しないヘモグロビン含有リポソーム懸濁液では(0011に詳述)、「リポソーム化後の内水相ヘモグロビンのpH」は酸素運搬効率に殆ど影響を与えず、結果として酸素運搬量制御に実質的には関与しない。そして、アロステリック因子を含有しない場合は、ヘモグロビン収率(仕込みヘモグロビン量に対するリポソーム化されたヘモグロビン量の割合(%))が向上する。また、リポソーム膜構成脂質の成分の一つとして、ステアリン酸等の高級飽和脂肪酸が好ましく用いられるが、ステアリン酸組成比はヘモグロビン収率に関与する(0014に詳述)。以上により、本発明では、「リポソーム内水相のヘモグロビンのpH」を特定しなくても、「アロステリック因子を添加しない」事と「適切なステアリン酸組成比」を組み合わせる事により、梗塞部位又は癌組織等の低酸素状態の部位へ効率よく酸素を運搬出来、しかも、ヘモグロビン収率が飛躍的に向上した高酸素親和性のヘモグロビン含有リポソーム懸濁液が提供される。
【課題を解決するための手段】
【0004】
アロステリック因子を添加せず、ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度及びリポソーム膜形成脂質濃度、ステアリン酸濃度を適切に設定する事により、梗塞部位又は癌組織等の低酸素状態の部位に効率よく酸素を運搬出来、しかもヘモグロビン収率が飛躍的に向上した高酸素親和性のヘモグロビン含有リポソーム懸濁液が以下のごとく、提供される。
【0005】
(1) アロステリック因子を含有しないヘモグロビン溶液を内水相とするリポソーム懸濁液であって、前記リポソーム膜形成脂質がステアリン酸を含み、前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度が5.6〜6.7w/v%であり、リポソーム膜形成脂質の濃度が3.05〜5.10w/v%であり、ステアリン酸濃度が0.45〜0.73w/v%である事を特徴とする前記リポソーム懸濁液。

【0006】
(2) 前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビンメト化率が10%以下である事を特徴とする請求項1に記載の前記リポソーム懸濁液。
【発明の効果】
【0007】
以上、詳述した様に、本発明はヘモグロビン含有リポソーム懸濁液において、(1)アロステリック因子を添加しない(2)ヘモグロビン濃度(3)リポソーム膜形成脂質濃度及びステアリン酸濃度を適切に設定する事により、梗塞部位或いは癌組織等の様な低酸素状態の部位に、効率よく酸素を提供出来、しかもヘモグロビン収率が飛躍的に向上した高酸素親和性のヘモグロビン含有リポソーム懸濁液及びその製法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明を、より具体的に説明する。
<リポソーム膜形成脂質>
本発明におけるリポソーム膜形成脂質は天然又は合成の脂質が使用可能である。特にリン脂質が好適に使用され、これらを常法に従って水素添加したものがあげられる。更にリポソーム膜形成脂質には所望によりステロール等の膜強化剤や荷電物質として高級飽和脂肪酸が添加される。リン脂質として水素添加大豆リン脂質、膜強化剤としてコレステロール、荷電物質としてステアリン酸が好適に使用される。
【0009】
<リポソーム内水相に含有されるヘモグロビン>
本発明のリポソーム内水相に含有されるヘモグロビンは、公知の方法によりヒト期限切れ濃厚赤血球製剤より白血球、血小板、血漿及び赤血球膜を除去した後、溶血、精製、濃縮したヒト由来濃厚ヘモグロビンが得られる。
【0010】
<リポソーム表面修飾剤>
リポソーム表面への蛋白吸着抑制又はリポソーム凝集抑制の防止、リポソームの血管内投与後の血中での安定性向上等を目的として、一端に疎水性部を有し、且つ、他端に親水性高分子を有する化合物がリポソームの表面修飾に用いられる。ポリエチレングリコールとリン脂質が共有結合したポリエチレングリコール結合リン脂質が好適に用いられる。
【0011】
<アロステリック因子と酸素解離曲線>
本発明に記載されるアロステリック因子とは、酸素解離曲線(ヘモグロビンの酸素飽和度と酸素分圧の関係を示す曲線。ヒト赤血球の酸素解離曲線は図1参照)に影響を与える因子である。アロステリック因子は酸素解離曲線を右にシフトさせ、その結果として酸素運搬効率を高くする。天然赤血球における酸素運搬効率とは、通常の肺の酸素分圧である100mmHgと酸素供給先の組織末端の酸素分圧40mmHgとの間のヘモグロビンの酸素飽和度の差を示す。図1が示す様に、ヒト天然血液では肺(酸素分圧100mmHg)で酸素飽和度約100%であり、静脈(組織末端、酸素分圧40mmHg)では酸素飽和度約75%なので、肺と組織末端との間で、酸素飽和量の約25%を組織に供給する。人工酸素運搬体としてのヘモグロビン含有リポソーム懸濁液において、ヒト血液を原料とする場合、赤血球からヘモグロビンを取り出す工程において、ヒト赤血球に元々存在するアロステリック因子の2,3-DPG(酸素親和性調節に働く燐酸化合物)が失われる。その結果として、酸素解離曲線は左にシフトし、正常状態の組織への酸素運搬効率は低くなってしまう問題があった。この現象に対する対策として、予めヘモグロビン溶液にアロステリック因子を溶解させ、これをリポソーム化する事により、この問題点を解決する方法を鋭意検討して来た(特公平4-66456)。しかし、梗塞部位或いは癌組織等の様に低酸素状態の部位では通常の組織末端の酸素分圧(=静脈の酸素分圧)40mmHgよりも更に低い酸素分圧となる。これらの領域への酸素供給を目的とする場合においては、酸素分圧40mmHg以下の低酸素領域へ運搬可能な酸素運搬量が重要であり、酸素解離曲線は赤血球に比較して、左にシフトさせた方が有利である。低酸素領域へ運搬可能な酸素運搬量を増加させるには、酸素解離曲線を右にシフトさせる作用のあるアロステリック因子添加量は少なくするか、又は添加しない方が有利である。また、ヘモグロビンにアロステリック因子を添加すると、リポソーム化の際に、ヘモグロン収率が低下する傾向にあることを見出しており、低酸素組織への酸素供給目的とした高酸素親和性のヘモグロビン含有リポソーム懸濁液においては、酸素運搬量及びヘモグロビン収率の面から、アロステリック因子は添加しない方が良い事を見出した。
【0012】
<ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液の酸素運搬量>
本発明に係わる人工酸素運搬体は、ヒト天然赤血球から赤血球膜を除去したヘモグロビをリポソーム化する事により得られる。本発明においては、アロステリック因子を含有しないヘモグロビン溶液を内水相とするリポソーム懸濁液1mLが酸素分圧40mmHg以下の低酸素領域に運搬可能な酸素量は(1)前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度(ヘモグロビンが酸素運搬の主役である)(2)前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビンメト化率(ヘモグロビンが酸化されてメトヘモグロビンとなると酸素運搬能を失う)(3)前記リポソーム懸濁液の酸素運搬効率から理論的に算出する。本発明における酸素運搬効率とは酸素分圧40mmHg以下の低酸素領域への酸素運搬について述べるもので、本発明のアロステリック因子を含有しないヘモグロビンを内水相とするリポソーム懸濁液の酸素解離曲線において、酸素分圧40mmHgと酸素分圧0mmHgとの間のヘモグロビンの酸素飽和度の差として示される。本発明における酸素運搬効率は酸素解離曲線が左にシフトする程、高くなる。低酸素親和性のヘモグロビン含有リポソーム懸濁液では、酸素運搬効率(低酸素親和性設定:酸素分圧100mmHgと40mmHgの間で設定)に内水相ヘモグロビンのpHが関与するが、本発明における高酸素親和性のヘモグロビン含有リポソーム懸濁液では、内水相ヘモグロビンのpHは酸素運搬効率(高酸素親和性設定:酸素分圧40mmHgと0mmHgの間で設定)に影響を与えない事が判明した。従って、内水相ヘモグロビンpHに影響を与える因子であるステアリン酸組成比は、ヘモグロビン収率を向上させる観点のみより選択される。前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度:Aw/v%、前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビンメト化率:B%、前記リポソーム懸濁液の酸素運搬効率(本発明においては酸素分圧40mmHgと酸素分圧0mmHgにおける酸素飽和度の差):C%とすると、前記リポソーム懸濁液1mLが酸素分圧40mmHgの部位から酸素分圧0mmHgの部位の間で運搬可能な酸素運搬量DmL(37℃、1気圧)は以下の様に理論的に計算される。
リポソーム懸濁液1mL中のヘモグロビンに結合可能な酸素分子数(moL)は、ヘモグロビンに結合可能な酸素分子が4つである事から、
{A(1-B/100)×4/64500}/100 → (1)となる。
更に、酸素運搬効率がC%である事から、リポソーム懸濁液1mLが放出可能な酸素分子数(moL)は、(1)×(C/100)→ (2)となる。
また、気体の状態方程式PV=nRT・R(atm・1/K・moL)・=0.082より、
D(mL)= (2) ×0.082×(37+273) ×1000 → (3) となる。
【0013】
<リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度>
本発明における人工赤血球としてのリポソーム懸濁液の酸素運搬の主役はヘモグロビンである。前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度が高過ぎると、ヘモグロビンをリポソーム化する為のリポソーム形成脂質濃度が必然的に高くなり、生体に投与される総脂質濃度が高くなって安全性の面で懸念がある。また、前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度が低過ぎると、酸素運搬の主役であるヘモグロビンの絶対量が不足して、酸素運搬量設定に不利となる。従って前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度は5.6〜6.7w/v%であり、より好ましくは5.7〜6.6w/v%である。
【0014】
<リポソーム懸濁液中のリポソーム膜形成脂質濃度>
リポソーム懸濁液中のリポソーム膜形成脂質の濃度が高過ぎると、リポソーム懸濁液の粘度が高くなり、血管中に投与した場合、循環器系に負担をかける事になり、また投与される総資質量が多くなるので安全性の面で懸念がある。一方、リポソーム膜形成脂質の濃度が低過ぎると、必然的に含有される薬剤又は生理活性物質の濃度も低くなるので、用途に対する効果が期待出来なくなる。従って、本発明において設定されたリポソーム懸濁液中のリポソーム膜形成脂質の濃度の適正値は3.05〜5.10w/v%であり、好ましくは3.25〜4.87w/v%である。
【0015】
<リポソーム懸濁液中のステアリン酸濃度>
リポソーム膜形成脂質の成分の一つとして、荷電物質であるステアリン酸が好ましく使用される。リポソーム膜形成脂質中のステアリン酸組成比が高くなると(ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のステアリン酸濃度が高くなる)、ヘモグロビン収率が向上する傾向があるが、一方リポソームからのヘモグロビン漏れ出しが認められる様になる。また、リポソーム膜形成脂質中のステアリン酸組成比が低くなると(ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中のステアリン酸濃度が低くなる)、ヘモグロビン収率が低下するだけでなく、ステアリン酸以外のリポソーム膜構成脂質の一つであるホスファチジルコリンの組成比を上げる事となる。ホスファチジルコリンは高価であるので、コストアップに繋がる。以上によりヘモグロビン含有リポソーム懸濁液中の適切なステアリン酸濃度は0.45〜0.73w/v%であり、より好ましくは0.47〜0.71w/v%である。
【0016】
<リポソーム懸濁液中のヘモグロビンメト化率>
ヘモグロビンは酸化されて、メトヘモグロビンとなると酸素運搬能を失うので、人工酸素運搬体としてのヘモグロビン含有リポソームにおいては、ヘモグロビンの酸化防止(ヘモグロビンメト化防止)は、重要な課題の一つである。ヘモグロビンのpHが過度に低下すると、ヘモグロビンの酸化が促進するので、製造工程では、低温条件を保つと同時に、ヘモグロビンのpH制御を行い、公知の方法(特開2006-104069)により、脱酸素化剤使用による脱酸素化及び脱酸素化状態のまま製剤バッグに無菌充填した後、脱酸素化状態を維持出来る様に外包装を行う。前記リポソーム懸濁液製造直後及び有効保存期間中のヘモグロビンメト化率は10%以下である。ヘモグロビンメト化率がこれより高くなると、前記リポソーム懸濁液の酸素運搬効率の面で不利となる。
【実施例】
【0017】
次に本発明の実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、前記リポソーム懸濁液の製造工程は無菌環境下での操作とした。
【0018】
アロステリック因子を添加せず、酸素解離曲線を天然赤血球と比較して、より左にシフトさせた例(高酸素親和性)
水素添加大豆ホスファチジルコリン182g、コレステロール89g、ステアリン酸46gからなる均一混合脂質に水317gを加えて、85℃で30分間加熱して水和膨潤均一混合脂質を調整した。期限切れ濃厚赤血球製剤からヘモグロビンを精製、濃縮し、ヘモグロビン濃度42.0w/w%の濃厚ヘモグロビンを調整した。前記水和膨潤均一混合脂質634gに前記濃厚ヘモグロビン溶液2264gを添加し、水和膨潤均一混合脂質中のステアリン酸を中和する量の水酸化ナトリウムを添加しつつ、均一に攪拌し、前乳化を行った。前記前乳化後に更に強力な攪拌により、本乳化を行った。前記本乳化後の混合液を生理食塩水により希釈して、0.45μm膜を用いて、循環濾過により粒子径の制御を行った。次に10mg/mL濃度の亜硫酸ナトリウム生理食塩水溶液を使用し、亜硫酸ナトリウムによる脱酸素化を行った後、分画分子量30万の限外濾過膜を用いて、0.5mg/mL濃度の亜硫酸ナトリウム生理食塩水溶液による加水濾過濃縮で、リポソーム化されなかったヘモグロビンを除去し、ヒト由来濃厚ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液を作成した。前記リポソーム懸濁液に、PEG結合リン脂質として、DSPE-PEG5000(日本油脂製)を生理食塩水に溶解させたPEG結合リン脂質生理食塩水溶液を添加した。前記リポソーム及びPEG結合リン脂質を含有した前記リポソーム懸濁液中のリポソーム膜形成脂質濃度が4.05w/v%であり、PEG結合リン脂質濃度が0.31w/v%である様に調整した後、37℃、24時間処理し、PEG結合リン脂質をリポソーム表面に固定化した前記リポソーム懸濁液8000mLを得た。
前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度は6.3w/v%、ステアリン酸濃度は0.58w/v%であり、ヘモグロビン収率53.0%であった。製造直後の前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビンメト化率は4.0%であった。前記リポソーム懸濁液の酸素解離曲線(37℃)から求めた酸素運搬効率(低酸素組織用に設定。酸素分圧40mmHgと酸素分圧0mmHgの間の酸素飽和度の差)は97%であった。前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度:6.3w/v%、ヘモグロビンメト化率:4.0%、前記リポソーム懸濁液の酸素運搬効率:97%を前述0015に記載の(3)式に当てはめると、前記リポソーム懸濁液1mLが酸素分圧40mmHg〜0mmHgの間で運び得る酸素運搬量(37℃、1気圧)は0.092mLと算出された。
(比較例)
【0019】
アロステリック因子を添加して、酸素解離曲線を天然赤血球と比較して、より右にシフトさせた例(低酸素親和性)
水素添加大豆ホスファチジルコリン182g、コレステロール89g、ステアリン酸46gからなる均一混合脂質に水317gを加えて、85℃で30分間加熱して水和膨潤均一混合脂質を調整した。期限切れ濃厚赤血球製剤からヘモグロビンを精製、濃縮し、アロステリック因子として、フィチン酸12ナトリウムをヘモグロビンに対して等モル添加したヘモグロビン濃度42.6w/w%の濃厚ヘモグロビンを調整した。前記水和膨潤均一混合脂質634gに前記フイチン酸12ナトリウム添加濃厚ヘモグロビン溶液2264gを添加し、水和膨潤均一混合脂質中のステアリン酸を中和する量の水酸化ナトリウムを添加しつつ、均一に攪拌し、前乳化を行った。前記前乳化後に更に強力な攪拌により、本乳化を行った。前記本乳化後の混合液を生理食塩水により希釈して、0.45μm膜を用いて、循環濾過により粒子径の制御を行った。次に10mg/mL濃度の亜硫酸ナトリウム生理食塩水溶液を使用し、亜硫酸ナトリウムによる脱酸素化を行った後、文画分子量30万の限外濾過膜を用いて、0.5mg/mL濃度の亜硫酸ナトリウム生理食塩水溶液による加水濾過濃縮で、リポソーム化されなかったヘモグロビン及びフイチン酸12ナトリウムを除去し、ヒト由来濃厚ヘモグロビン及びアロステリック因子含有リポソーム懸濁液を作成した。前記リポソーム懸濁液に、PEG結合リン脂質として、DSPE-PEG5000(日本油脂製)を生理食塩水に溶解させたPEG結合リン脂質水溶液を添加した。前記リポソーム及びPEG結合リン脂質を含有した前記リポソーム懸濁液中のリポソーム膜構成脂質濃度が4.04%であり、PEG結合リン脂質濃度が0.33w/v%である様に調整した後、37℃、24時間処理し、PEG結合リン脂質をリポソーム表面に固定化した前記リポソーム懸濁液1991mLを得た。
前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度は6.2w/v%、ステアリン酸濃度は0.60w/v%であり、ヘモグロビン収率は12.8%であった。製造直後の前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビンメト化率は4.5%であった。前記リポソーム懸濁液の酸素解離曲線(37℃)から求めた酸素運搬効率(低酸素組織用に設定。酸素分圧40mmHgと酸素分圧0mmHgの間の酸素飽和度の差)は41%であった。前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度6.2%、ヘモグロビンメト化率4.5%、前記リポソーム懸濁液の酸素運搬効率41%を前述0016に記載の(3)式に当てはめると、前記リポソーム懸濁液1mLが酸素分圧40mmHg〜0mmHgの間で運び得る酸素運搬量(37℃、1気圧)は0.038mLと算出され、実施例の1/2以下の量であった。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】ヒト天然血液の酸素解離曲線を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アロステリック因子を含有しないヘモグロビン溶液を内水相とするリポソーム懸濁液であって、前記リポソーム膜形成脂質がステアリン酸を含み、前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度が5.6〜6.7w/v%であり、リポソーム膜形成脂質の濃度が3.05〜5.10w/v%であり、ステアリン酸濃度が0.45〜0.73w/v%である事を特徴とする前記リポソーム懸濁液。
【請求項2】
前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビンメト化率が10%以下である事を特徴とする請求項1に記載の前記リポソーム懸濁液。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2009−234929(P2009−234929A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−79396(P2008−79396)
【出願日】平成20年3月26日(2008.3.26)
【出願人】(000109543)テルモ株式会社 (2,232)
【Fターム(参考)】