説明

修飾炭素質膜及びその製造方法

【課題】活性種の導入量の変動ひいては有機物成分の固定量の変動が小さい修飾炭素質膜及びその製造方法を実現できるようにする。
【解決手段】修飾炭素質膜は、基材の表面に形成され、sp2結合した炭素及びsp3結合した炭素を含み、表面に水素原子と酸素原子とを含む官能基を有する炭素質膜と、炭素質膜の表面に化学的に結合された有機物成分とを備えている。炭素質膜は、レーザラマン分光法におけるDバンドのピーク強度とGバンドのピーク強度との比が0.7以上である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、修飾炭素質膜及びその製造方法に関し、特に表面が有機物成分により表面が修飾された炭素質膜及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンド様薄膜(DLC)膜等の炭素質膜は、耐摩耗性、耐蝕性、平滑性等に優れている。このため、表面の保護及び改質等を目的とするコーティング材料として種々の分野で用いられている。
【0003】
特に、医療用分野においては、医療用器具の耐久性の向上と抗血栓性等の生体適合性の向上とを両立させることができる材料として炭素質膜が注目されている。また、炭素質膜の表面を修飾することにより、さらに生体適合性を向上させることも試みられている。
【0004】
最も簡単な炭素質膜の修飾方法は、炭素質膜を溶液中に浸漬したり、炭素質膜の表面に溶液を塗布したりすることにより、炭素質膜の表面に生体適合性成分を物理的に固定する方法である。しかし、この方法では炭素質膜の表面から生体適合性成分がすぐに脱離してしまうという問題がある。
【0005】
この問題を解決する方法として、炭素質膜に生体適合性成分等の有機物成分を化学的に結合させる方法がある。本願発明者らは、これまでに炭素質膜に活性種を導入し、導入した活性種を用いて有機物成分を化学的に結合させる方法について開示している(例えば、特許文献1を参照。)
【特許文献1】国際公開第2005/097679号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、本願発明者らは従来の炭素質膜に有機物成分を化学的に結合させる方法には、炭素質膜に導入される活性種の量が変動するという問題があることを見いだした。炭素質膜に導入される活性種の量の変動により、炭素質膜への有機物成分の固定量が変動すると、修飾した炭素質膜が所定の特性を発揮しなくなる。
【0007】
本発明は、従来の問題を解決し、活性種の導入量の変動による有機物成分の固定量の変動を抑えた修飾炭素質膜及びその製造方法を実現できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記の目的を達成するため、本発明は修飾炭素質膜を、D/G比が0.7以上の炭素質膜を用いて形成する構成とする。
【0009】
具体的に、本発明に係る修飾炭素質膜は、基材の表面に形成され、sp2結合した炭素及びsp3結合した炭素を含む炭素質膜と、炭素質膜の表面に化学的に結合された有機物成分とを備え、炭素質膜は、レーザラマン分光スペクトルのDバンドのピーク強度とGバンドのピーク強度との比が0.7以上であることを特徴とする。
【0010】
本発明の修飾炭素質膜は、Dバンドのピーク強度とGバンドのピーク強度との比が0.7以上であるため、炭素質膜への活性種の導入を安定して行うことができる。従って、有機物成分の導入量の変動が小さくなり、修飾炭素質膜の特性が安定する。
【0011】
本発明の修飾炭素質膜において、有機物成分は、炭素質膜の表面にグラフト重合されたグラフト鎖であってもよい。
【0012】
本発明の修飾炭素質膜において、有機物成分は、炭素質膜の表面に共有結合により結合していても、炭素質膜の表面にイオン結合又は水素結合により結合していてもよい。
【0013】
本発明の修飾炭素質膜において、有機物成分は、エチレンオキシド基、水酸基、リン酸基、アミノ基、アミド基、ホスホリルコリン基、スルホン基及びカルボキシル基からなる群から選択された少なくとも1つの官能基を有していてもよい。
【0014】
本発明の修飾炭素質膜において、有機物成分は、フッ素又はシリコンを含む分子であってもよい。
【0015】
本発明の修飾炭素質膜において、基材と炭素質膜との間に形成された中間層をさらに備えていてもよい。この場合において、中間層は、硅素及び炭素を主成分とするアモルファス膜であることが好ましい。
【0016】
本発明に係る修飾炭素質膜の製造方法は、基材の上に、sp2結合した炭素及びsp3結合した炭素を含む炭素質膜を形成する工程(a)と、炭素質膜の表面において炭素の結合を開裂させて活性種を導入する工程(b)と、工程(b)よりも後で、炭素質膜の表面に有機物成分を結合する工程(c)とを備え、工程(a)では、レーザラマン分光スペクトルのDバンドのピーク強度とGバンドのピーク強度との比が0.7以上である炭素質膜を形成することを特徴とする。
【0017】
本発明の修飾炭素質膜の製造方法は、Dバンドのピーク強度とGバンドのピーク強度との比が0.7以上である炭素質膜を形成する。このため、炭素質膜にプラズマを照射した際に、安定して活性種を導入することができる。従って、従って、有機物成分の導入量の変動が小さくなり、修飾炭素質膜の特性が安定する。
【0018】
本発明の修飾炭素質膜の製造方法において、工程(b)では、炭素質膜にプラズマを照射してもよい。
【0019】
本発明の修飾炭素質膜の製造方法において、工程(b)では、炭素質膜に活性種を導入し、工程(c)では、活性種を開始点としてグラフト鎖を重合してもよい。
【0020】
本発明の修飾炭素質膜の製造方法において、工程(b)では、炭素質膜に活性種を導入し、工程(c)では、活性種を官能基に置換した後、官能基を介在させて有機物成分を結合してもよい。
【0021】
この場合において、工程(c)では、有機物成分を共有結合により結合させてもよく、有機物成分をイオン結合又は水素結合により結合させてもよい。
【発明の効果】
【0022】
本発明に係る修飾炭素質膜及びその製造方法によれば、活性種の導入量の変動による有機物成分の固定量の変動を抑えた修飾炭素質膜及びその製造方法を実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
図1は、本発明に係る修飾炭素質膜の一例を示している。図1に示すように修飾炭素質膜は、基材11の表面を覆う炭素質膜12と、炭素質膜12の表面にグラフトされたポリマーであるグラフト鎖13とを備えている。
【0024】
基材11は特に限定されないが、ステンレス、セラミクス又は樹脂等を用いることができる。また、ステント、カテーテル、ガイドワイヤ、人工心臓弁膜又は人工関節等の医療用材料であってもよい。
【0025】
炭素質膜12は、sp2(グラファイト)結合した炭素及びsp3(ダイヤモンド)結合した炭素を含むアモルファスな膜である。グラフト鎖13は、炭素質膜の表面に形成した活性種を開始点としてグラフト重合したポリマー鎖である。
【0026】
炭素質膜12における、sp2結合した炭素とsp3結合した炭素との割合は以下のように設定されている。
【0027】
図2は炭素質膜のレーザラマンスペクトルを示している。測定には、NRS-3200型レザラマン分光光度計(日本分光社製)を用いた。測定条件は、励起波長が532nm、レーザパワーが10mW、スリット幅が0.1×6mm、露光時間が60秒とした。図2に示すように、1400cm-1付近のピークは、一般にDバンドと呼ばれるピークと、Gバンドと呼ばれるピークとに分離される。Dバンドのピーク強度とGバンドのピーク強度との比であるD/G比は、sp2結合した炭素とsp3結合した炭素との比率を表し、D/G比が小さいほどsp3結合した炭素の割合が高いことが知られている。
【0028】
修飾炭素質膜に用いる炭素質膜のD/G比は、0.7以上とすることが好ましい。これにより、後で述べるように安定して表面修飾を行うことが可能となる。D/G比の上限は特に限定されない。しかし、あまりに大きくなるとsp2結合した炭素とsp3結合した炭素とによるアモルファスな膜としての性質が失われ単なるグラファイト膜となってしまう。従って、D/G比は10程度以下とすることが好ましい。
【0029】
炭素質膜は、D/G比が所定の値であれば、どのような方法により形成したものであってもよい。例えば、イオン化蒸着、プラズマ化学気相堆積(CVD)法又はレーザアブレーション法等により形成すればよい。また、炭素質膜は基材の上に直接形成してもよく、中間層を介在させて基材の上に形成してもよい。
【0030】
炭素質膜への活性種の導入は、プラズマ照射により行えばよい。プラズマはどのようなものであってもよいが、アルゴン、酸素、窒素又は水素等の無機ガスのプラズマであっても、アセチレン等の有機ガスのプラズマであってもよい。また、炭素質膜表面の炭素−炭素結合を開裂されられればよく、プラズマに代えて、紫外線、オゾン、電子線又は放射線等を照射してもよい。
【0031】
グラフト鎖13は、炭素質膜に導入した活性種を開始点としてグラフト重合により形成すればよい。重合するモノマーは、修飾炭素質膜に要求される特性に応じて適宜選択すればよい。例えば、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)、2-アクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、1-メチル-2-メタクリロイルアミドエチルホスホリルコリン、メタクリル酸2-グルコキシルオキシエチル、硫酸化メタクリル酸2-グルコシルオキシエチル、p-N-ビニルベンジル-D-ラクトトンアミド、p-N-ビニルベンジル-D-プロピオンアミド、p-N-ビニルベンジル-D-マルトトリオンアミド、o-メタクリロイル-L-セリン、o-メタクリロイル-L-トレオニン、o-メタクリロイル-L-チロシン、o-メタクリロイル-L-ヒドロキシプロリン、2-メトキシエチルメタクリルアミド、2-メトキシエチルアクリルアミド、アクリル酸2-ヒドロキシエチル、メタクリル酸2-ヒドロキシエチル、N-2-ヒドロキシプロピルメタクリルアミド、N-イソプロピルアクリルアミド、N-ビニルピロリドン、ビニルフェノール、N-2-ヒドロキシアクリルアミド、アクリルアミド誘導体モノマー、メタクリルアミド誘導体モノマー、リン脂質類似ビニルモノマー又はポリエチレンオキシドのマクロモノマー等を重合すれば、生体適合性を向上させることができる。また、フッ素又はシリコン等を含むモノマーであってもよい。また、複数種類のモノマーを共重合してコポリマーとしたり、分子量が1000以下のオリゴマーとすることもできる。
【0032】
また、グラフト重合に代えて、炭素質膜表面に導入した活性種を官能基に置換し、置換した官能基を用いてポリマー等を固定してもよい。
【0033】
以下に、本発明の修飾炭素質膜及びその製造方法について実施例によりさらに詳細に説明する。
【0034】
(第1の実施例)
以下に、本発明の第1の実施例について説明する。本実施例において基材には、12mm角で厚さ5mmのアルミニウムを用いた。
【0035】
図3は、本実施例において用いたイオン化蒸着装置を模式的に示したものであり、真空チャンバーの内部に設けられた直流アーク放電プラズマ発生器2に、炭素源であるベンゼン(C66)ガスを導入することにより発生させたプラズマを、負電圧にバイアスしたコーティング対象である基材11に衝突させることにより基材11の上に固体化し成膜する、通常のイオン化蒸着装置である。
【0036】
基材を図3に示すイオン化蒸着装置のチャンバ内にセットし、チャンバーにアルゴンガス(Ar)を圧力が10-1Pa〜10-3Pa(10-3Torr〜10-5Torr)となるように導入した後、放電を行うことによりArイオン発生させ、発生したArイオンを基材の表面に衝突させるボンバードクリーニングを約30分間行った。
【0037】
続いて、チャンバにテトラメチルシラン(Si(CH34)を3分間導入し、シリコン(Si)及び炭素(C)を主成分とするアモルファス状で膜厚が20nmの中間層を形成した。
【0038】
中間層を形成した後、ベンゼン(C66)ガスをチャンバ内に導入し、ガス圧を10-1Paとした。C66を30mL/minの速度で連続的に導入しながら放電を行うことによりC66をイオン化し、イオン化蒸着を約2分間行った。これにより、厚さが30nmの炭素質膜を基材の表面に形成した。
【0039】
炭素質膜を形成する際の基板電圧は1.5kV、基板電流は50mA、フィラメント電圧は14V、フィラメント電流は30A、アノード電圧は50V、アノード電流は0.6A、リフレクタ電圧は50V、リフレクタ電流は6mAとした。
【0040】
なお、中間層は基材と炭素質膜との密着性を向上させるために設けており、基材と炭素質膜との密着性を十分に確保できる場合には省略してもよい。
【0041】
また、本実施例においては炭素源としてC66の単独ガスを用いたが、他の炭化水素原料を用いてもよい。さらに、C66等の炭化水素原料とCF4等のフロンガスとの混合ガスを用いて、フッ素を含むDLC膜を基材の表面に形成してもよい。
【0042】
本実施例においては、炭素質膜を形成する際の基材の温度を300℃とすることにより、D/G比が0.84の炭素質膜を得た。また、比較例として基材の温度を160℃とすることによりD/G比が0.66の炭素質膜を得た。
【0043】
次に、基材の表面に形成した炭素質膜にプラズマを照射することにより、その表面に活性種を導入した。図4には、本実施例において使用したプラズマ照射装置を模式的に示している。
【0044】
図4に示すように、プラズマ照射装置は、真空ポンプ22が接続されガス置換が可能なセパラブルフラスコからなるチャンバー21の底面及び胴部に電極23及び24を設け、その電極にマッチングネットワーク25を通して高周波電源26から高周波を印加することによりチャンバー21の内部にプラズマを発生させる一般的なプラズマ照射装置である。
【0045】
まず、炭素質膜を形成した基材11をプラズマ照射装置のチャンバー21の内部にセットし、Arガスを流してチャンバー21の内圧を1.3Paとした。続いて、高周波電源26(日本電子製、JRF−300型;周波数13.56MHz)を用いて高周波を電極23及び24に印加して、チャンバー21の内部にプラズマを発生させた。これにより炭素質膜にプラズマが照射され、炭素質膜の表面に活性種であるラジカルが発生する。
【0046】
発生した活性種の量は以下のようにして測定した。プラズマを照射した炭素質膜を約1分間空気と接触させた後、1,1-Diphenyl-2-picrylhydrazyl(DPPH)のベンゼン溶液(DPPH濃度は、1.0×10-4molL-1)3mLとともにガラス製容器に入れ、ラバーセプタムで蓋をした。液体窒素浴中で凍結−脱気−窒素置換を繰り返して溶存酸素を除去した条件において、プラズマ照射した炭素質膜とDPPHとを70℃で20時間反応させた。反応後、DPPHのベンゼン溶液の吸収極大520nm(ε=10020)における吸光度を紫外可視分光光度計(島津製作所製UV-160A)により測定し、溶液中に残存するDPPH量を求め、消費DPPH量を算出した。
【0047】
図5及び図6は、炭素質膜へのプラズマ照射時間とDPPHの消費量との関係を示している。図5は高周波出力が10Wの場合であり、図6は高周波出力が20Wの場合である。縦軸の活性種量は炭素質膜1cm2あたりの消費DPPH量としている。
【0048】
図5に示すように、高周波出力が10Wの場合には、D/G比が0.84の炭素質膜の場合には、10秒程度のプラズマ照射によりDPPHの消費量が増大しており、活性種が導入されていることが明らかである。一方、D/G比が0.66の炭素質膜の場合には、プラズマ照射によるDPPHの消費量の増大が僅かであり、D/G比が0.84の炭素質膜と比べて活性種の導入効率が低いことを示している。
【0049】
図6に示すように、高周波出力を20Wとした場合には、D/G比が0.84の炭素質膜及びD/G比が0.66の炭素質膜のいずれにおいても、プラズマ照射によりDPPHの消費量が増大している。しかし、D/G比が0.66の炭素質膜の場合には、プラズマの照射時間が長くなると、一旦上昇したDPPHの消費量が再び低下する現象が認められる。このように、D/G比が0.7未満の炭素質膜においては、活性種の導入量が少ないだけでなく、プラズマの照射時間の影響を大きく受けるため、プラズマ照射時間を正確に制御しなければならなくなる。
【0050】
このように、D/G比が0.7未満の炭素質膜において、一旦上昇した活性種の導入量が再び低下する理由は明確ではない。しかし、D/G比が小さくsp3結合した炭素が多い炭素質膜においては、炭素−水素結合の弱いアリル型水素等が少ないため,フリーラジカルが生成しにくいのではないかと考えられる。また,sp2結合の量が少ないことは同時にπ共役系が短かく、プラズマ照射後の生成フリーラジカルの寿命も短いため、空気中の酸素との反応が進行しにくいのではないかと推測される。
【0051】
図7は、DPPH消費量とD/G比との関係を示している。なお、プラズマ照射時間は10秒、高周波出力は20Wとした。図7に示すように、D/G比が大きくなるに従い、DPPH消費量が増大するが、D/G比が1を越えるとDPPH消費量の増大は小さくなり、D/G比が2.5程度でほぼ飽和する。
【0052】
以上の結果から、活性種を安定して導入するために、炭素質膜のD/G比を0.7以上とすることが好ましい。D/G比が大きいほど活性種の導入量を増大させることができるが、D/G比が大きくなると炭素質膜がもろくなる。このため、炭素質膜の物性の面からはD/G比を10以下とすることが好ましく、8以下とすることがさらに好ましい。また、D/G比を2.5以上としても、あまり活性種の導入量が増加しないことから、特に安定な膜質の炭素質膜を得たいときには、D/G比を2.5以下とすればよく、好ましくは1.0以下とすればよい。
【0053】
なお、炭素質膜を形成する際の基材の温度を変えることにより、炭素質膜のD/G比は容易に制御することができる。
【0054】
(第2の実施例)
以下に、本発明の第2の実施例について説明する。第2の実施例においては、D/G比が0.84の炭素質膜の表面に有機物成分として血液適合性のポリマーをグラフト重合した。基材の上に炭素質膜を形成し、形成した炭素質膜の表面に活性種を導入する工程までは、第1の実施例と同一であるため説明を省略する。なお、本実施例においてプラズマの照射時間は10秒間とし、高周波出力は20Wとした。
【0055】
プラズマを照射した炭素質膜を1分間空気と接触させた後、モノマー及び開始剤を溶解させたリン酸緩衝液2mLと共にガラス容器に入れた。溶存酸素を除去した後、70℃で20時間重合を行った後、炭素質膜を純水により洗浄した。これにより、抗血栓性のポリマーにより表面が修飾された修飾炭素質膜を得た。
【0056】
モノマーには、N-α-(メタ)アクリルアミド-L-リシン(α−LysMA)及びN-α-アクリルアミド-L-リシン(α−LysAA)を用いた。(α−LysMA)及び(α−LysAA)が重合されたポリ(α−LysMA)及びポリ(α−LysAA)は、線溶促進機能を有していることが知られている。
【0057】
【化1】

【0058】
【化2】

【0059】
開始剤には、アンモニウムパーオキサイドスルフェート(APS)を用いた。モノマー及びAPSは、濃度がそれぞれ0.1M及び0.001Mとなるように、pH7.4のリン酸緩衝液に溶解させた。
【0060】
得られた修飾炭素質膜について、まず接触角と、プラスミノーゲン及びフィブリノーゲンの選択的な結合性について評価した。
【0061】
接触角は、Erma社製ゴニオメーター式接触角測定機G−I型を用いて測定した。炭素質膜の表面上に15μLの水滴を置き、50秒後に左の接触角、70秒後に右の接触角を測定した。なお、測定値は10点の平均値である。
【0062】
プラスミノーゲンの結合性は、抗体試験により測定した。抗体試験は、まず、340μg/mLのプラスミノーゲン及び2mg/mLのフィブリノーゲンを含むpH7.4の0.1Mトリス緩衝液に被検試料を浸漬し、4℃で16時間静置した後、被検試料をトリス緩衝液で数回洗浄した。次に、被検試料を、プラスミノーゲン又はフィブリノーゲンに特異的な抗体の溶液10mLに浸漬し、4℃で4時間反応した後、被検試料をトリス緩衝液で数回洗浄した。さらに、蛍光標識した抗体の溶液10mLに浸漬し、室温で3時間反応した後、トリス緩衝液で数回洗浄した。最後に、発色基質を被検試料表面に100μL塗布して、遮光下で10分間反応した後、ルミノ・イメージアナライザー(フジフィルム製LAS−1000−C29)を用いて表面からの発光強度を計測して吸着量を見積もった。
【0063】
表1に得られた修飾炭素質膜の特性を示す。未修飾の炭素質膜では65°であった接触角が、ポリ(α−LysMA)をグラフトした場合には14°、ポリ(α−LysAA)をグラフトした場合には21°と大きく低下し、表面が親水性となった。これは、カルボキシル基を有する親水性のポリ(α−LysMA)及びポリ(α−LysAA)が炭素質膜の表面に固定されたことを示している。
【0064】
【表1】

【0065】
修飾炭素質膜についてX線光電子分光(XPS)測定を行ったところ、未修飾の炭素質膜には認められない−CO−NH−及び−C−NH−に由来するピークが認められた。このことからも、ポリ(α−LysMA)及びポリ(α−LysAA)が炭素質膜の表面に固定されたことが明らかである。
【0066】
図8(a)〜(c)は、炭素質膜の表面を走査型プローブ顕微鏡(SPM)により測定した結果であり、(a)は未修飾の炭素質膜、(b)はポリ(α−LysMA)をグラフトした場合、(c)はポリ(α−LysAA)をグラフトした場合の結果をそれぞれ示している。。図8に示すように、修飾炭素質膜の表面状態は未修飾の炭素質膜の表面状態から大きく変化している。このことからも、ポリ(α−LysMA)及びポリ(α−LysAA)が炭素質膜の表面に固定されたことが明らかである。
【0067】
なお、走査型プローブ顕微鏡には島津製作所製SPM−9500J3を用い、位相検出モードで500nm×500nmの走査範囲について測定を行った。カンチレバーにはBS-TAP300Al(Budgest Sensors社製300kHz,40N/m)を用いた。
【0068】
また、表1に示すように修飾炭素質膜は、プラスミノーゲンの結合量が未修飾の炭素質膜と比べて大きく増加した。一方、フィブリノーゲンの結合量はほとんど増加しなかった。これは、フィブリノーゲンが結合しにくく、プラスミノーゲンが結合しやすいというポリ(α−LysMA)及びポリ(α−LysAA)の機能が失われることなく、修飾炭素質膜に固定されていることを示している。
【0069】
次に、得られた修飾炭素質膜の血液適合性(線溶活性)をフィブリン平板法により評価した。まず、得られた修飾炭素質膜の表面にフィブリンを形成し、フィブリン平板を作成した。フィブリン平板の作成は以下のように行った。修飾炭素質膜を35mmのシャーレの中央部に配置した後、シャーレにフィブリノーゲン溶液、トロンビン溶液及び塩化カルシウム溶液との混合溶液を加えることによりフィブリンを凝固させた。なお、フィブリノーゲン溶液には、プラスミノーゲンを0.17%、ウシ血清フィブリノーゲンを72.1%含むpH7.4のリン酸緩衝溶液を用いた。
【0070】
次に、フィブリン平板中に置かれた修飾炭素質膜の中心部に400単位/mLの組織プラスミノーゲンアクチベータ含有トリス緩衝液(pH7.4)10μLを滴下し、37℃で反応させた。所定時間毎に、白濁フィブリンが溶解して透明になった部分の面積を測定した。
【0071】
図9は、線溶活性を測定した結果を示している。図9において縦軸は、測定開始2時間後の溶解面積を100として規格化した値を示している。図9に示すように、本実施例の修飾炭素質膜は、表面修飾していない炭素質膜と比べて時間経過に伴い溶解面積が大きく増大している。これは、修飾炭素質膜に固定されたポリ(α−LysMA)又はポリ(α−LysAA)にプラスミノーゲンが結合し、結合したプラスミノーゲンがプラスミノーゲンアクチベータにより活性化され、プラスミンが生じたことを示している。従って、ポリ(α−LysMA)又はポリ(α−LysAA)を固定した修飾炭素質膜をステント等の医療用器具の表面に適用することにより、優れた線溶亢進機能を発揮し、血栓が生じにくい医療用器具を実現できると期待される。
【0072】
図10は、D/G比が0.66の炭素質膜を用いて形成した修飾炭素質膜について同様の線溶活性を評価した結果を示す。本実施例においては、プラズマの照射時間は10秒であり、D/G比が0.7未満の炭素質膜を用いた場合においても、線溶亢進機能を示すことが期待される。図10に示すように表面修飾した方が溶解面積が大きくなった。しかし、D/G比が0.7以上の炭素質膜の場合のような大きな線溶亢進の向上は認められなかった。
【0073】
第1の実施例及び第2の実施例において、炭素質膜に活性種を導入するプラズマ照射においてアルゴンのプラズマを用いたが、他の不活性ガス、窒素、酸素、水素又はフッ素系ガス等のプラズマを用いてもよい。また、プラズマ照射に代えて、紫外線、オゾン、電子線又は放射線等の照射を用いてもよい。
【0074】
グラフト鎖とする有機物成分については、修飾炭素質膜に要求される性質に応じて適宜選択すればよい。また、第2の実施例においては、炭素質膜の表面に導入した活性種(ラジカル)を開始点としてモノマーをグラフト重合し、グラフト鎖を形成する例を示した。しかし、活性種を官能基に変換し、官能基を用いて有機物成分を固定してもよい。例えば、活性種をカルボキシル基等に変換し、変換したカルボキシル基を用いてポリマー等を結合させればよい。ポリマーの結合には、共有結合、イオン結合又は水素結合等を用いればよい。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明に係る修飾炭素質膜及び炭素質膜の修飾方法は、活性種の導入量の変動ひいては有機物成分の固定量の変動が小さい修飾炭素質膜及びその製造方法を実現でき、表面が有機物成分により修飾された炭素質膜及びその製造方法等として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】本発明に係る修飾炭素質膜の一例を示す断面図である。
【図2】炭素質膜のラマン分光分析による測定結果の一例を示すスペクトルである。
【図3】本発明に係る修飾炭素質膜の製造に用いるイオン化蒸着装置の一例を示す模式図である。
【図4】本発明に係る修飾炭素質膜の製造に用いるプラズマ照射装置の一例を示す模式図である。
【図5】炭素質膜へのプラズマ照射時間と活性種の導入量との関係を示すグラフである。
【図6】炭素質膜へのプラズマ照射時間と活性種の導入量との関係を示すグラフである。
【図7】D/G比と活性種の導入量との関係を示すグラフである。
【図8】(a)〜(c)は炭素質膜の表面を走査型プローブ顕微鏡により測定した結果を示し、(a)は未修飾の炭素質膜であり、(b)はポリ(α−LysMA)をグラフトした修飾炭素質膜であり、(c)はポリ(α−LysAA)をグラフトした修飾炭素質膜である。
【図9】第2の実施例に係る修飾炭素質膜について線溶活性を測定した結果を示すグラフである。
【図10】D/G比が0.7未満の炭素質膜を用いた修飾炭素質膜について線溶活性を測定した結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0077】
11 基材
12 炭素質膜
13 グラフト鎖
21 チャンバー
22 真空ポンプ
23 電極
25 マッチングネットワーク
26 高周波電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面に形成され、sp2結合した炭素及びsp3結合した炭素を含む炭素質膜と、
前記炭素質膜の表面に化学的に結合された有機物成分とを備え、
前記炭素質膜は、レーザラマン分光スペクトルのDバンドのピーク強度とGバンドのピーク強度との比が0.7以上であることを特徴とする修飾炭素質膜。
【請求項2】
前記有機物成分は、前記炭素質膜の表面にグラフト重合されたグラフト鎖であることを特徴とする請求項1に記載の修飾炭素質膜。
【請求項3】
前記有機物成分は、前記炭素質膜の表面に共有結合により結合していることを特徴とする請求項1に記載の修飾炭素質膜。
【請求項4】
前記有機物成分は、前記炭素質膜の表面にイオン結合又は水素結合により結合していることを特徴とする請求項1に記載の修飾炭素質膜。
【請求項5】
前記有機物成分は、エチレンオキシド基、水酸基、リン酸基、アミノ基、アミド基、ホスホリルコリン基、スルホン基及びカルボキシル基からなる群から選択された少なくとも1つの官能基を有していることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の修飾炭素質膜。
【請求項6】
前記有機物成分は、フッ素又はシリコンを含む分子であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の修飾炭素質膜。
【請求項7】
前記基材と前記炭素質膜との間に形成された中間層をさらに備えていることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の修飾炭素質膜。
【請求項8】
前記中間層は、硅素及び炭素を主成分とするアモルファス膜であることを特徴とする請求項7に記載の修飾炭素質膜。
【請求項9】
基材の上に、sp2結合した炭素及びsp3結合した炭素を含む炭素質膜を形成する工程(a)と、
前記炭素質膜において炭素の結合を一部開裂させて活性種を導入する工程(b)と、
前記工程(b)よりも後で、前記炭素質膜の表面に有機物成分を結合する工程(c)とを備え、
前記工程(a)では、レーザラマン分光スペクトルのDバンドのピーク強度とGバンドのピーク強度との比が0.7以上である炭素質膜を形成することを特徴とする修飾炭素質膜の製造方法。
【請求項10】
前記工程(b)では、前記炭素質膜にプラズマを照射することを特徴とする請求項9に記載の修飾炭素質膜の製造方法。
【請求項11】
前記工程(b)では、前記炭素質膜に活性種を導入し、
前記工程(c)では、前記活性種を開始点としてグラフト鎖を重合することを特徴とする請求項9又は10に記載の修飾炭素質膜の製造方法。
【請求項12】
前記工程(b)では、前記炭素質膜に活性種を導入し、
前記工程(c)では、前記活性種を官能基に置換した後、前記官能基を介在させて前記有機物成分を結合することを特徴とする請求項9又は10に記載の修飾炭素質膜の製造方法。
【請求項13】
前記工程(c)では、前記有機物成分を共有結合により結合させることを特徴とする請求項12に記載の修飾炭素質膜の製造方法。
【請求項14】
前記工程(c)では、前記有機物成分をイオン結合又は水素結合により結合させることを特徴とする請求項12に記載の修飾炭素質膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図9】
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【図10】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−61725(P2009−61725A)
【公開日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−233022(P2007−233022)
【出願日】平成19年9月7日(2007.9.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行日 平成19年5月10日 刊行物名 高分子学会年次大会予稿集56巻1号
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【出願人】(391003668)トーヨーエイテック株式会社 (145)
【Fターム(参考)】