説明

傾斜型乗客コンベアの診断装置及び診断方法

【課題】センサを使用することなく、踏段の欠落による開口部の有無を自動検知する。
【解決手段】複数の踏段1が踏段チェーン2によって無端状に連結され、上下部乗降口間で走行する前記踏段1の欠落による開口部の有無を診断するエレベータEの診断装置100であって、前記踏段1の上昇運転時と下降運転時の運転状態、例えば運転速度変化、駆動トルク変化を比較し、比較結果に基づいて踏段1の欠落による開口部の有無を診断する診断手段を備えた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は傾斜型乗客コンベアの診断装置に係り、特に、複数の無端状に連結された踏段(踏板とも称される)を上下部乗降口間で走行させる傾斜型乗客コンベアの踏段の取り外しによって生じる開口部の有無を診断する傾斜型乗客コンベアの診断装置及び診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
複数の無端状に連結された踏段を上下部乗降口間で走行させる傾斜型乗客コンベアとしては、踏段として踏段を走行させるエスカレータ、及び踏段としてその連結された踏面が同一平面を形成した状態で乗客を乗せて移動する傾斜型オートラインがある。これらの傾斜型乗客コンベアでは、保守作業時に乗客が乗る踏段を一部取り外して開口を設け、この開口から各種の保守作業を行う場合がある。また、保守点検時でなくても、何らかの不具合により前記踏段の一部が落下して開口が生じてしまう場合もある。
【0003】
ところで、このように踏段が取り外され、あるいは脱落して開口が生じている状態で傾斜型乗客コンベアを昇降させると、保守員や乗客が誤って前記開口から転落し、あるいは前記開口に挟み込まれる可能性がある。そのため前述のような開口が生じた状態での運転は回避することが望ましい。
【0004】
このようなことから、例えば特許文献1記載のように、前記踏段の有無を検知するセンサを設け、このセンサによって踏段を検出しない場合に、開口部が生じたと判断して乗客コンベアの電源を遮断するものが提案されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−308308号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、上述した従来の乗客コンベアの診断装置は、踏段の有無を検知するために専用のセンサを設けて検知するように構成されている。しかし、専用のセンサは各踏段に対してそれぞれ設けられるので、装置コストが高価となる。また、センサの取り付け状態に検知精度が依存するため、定期的にセンサの取り付け状態を確認する作業コストが発生する。
【0007】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、各踏段に対して専用のセンサを使用することなく、踏段の欠落による開口部の有無を自動検知することができるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するため、第1の手段は、複数の踏段が無端状に連結され、上下部乗降口間で走行する前記踏段の欠落による開口部の有無を診断する傾斜型乗客コンベアの診断装置であって、前記踏段の上昇運転時と下降運転時の運転状態を比較し、比較結果に基づいて前記踏段の欠落による開口部の有無を診断する診断手段を備えていることを特徴とする。
【0009】
第2の手段は、複数の踏段が無端状に連結され、上下部乗降口間で走行する前記踏段の欠落による開口部の有無を診断する傾斜型乗客コンベアの診断方法であって、前記踏段の上昇運転時と下降運転時の運転状態を比較する工程と、前記比較する工程で比較した結果に基づいて前記踏段の欠落による開口部の有無を診断する工程と、を備えていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、各踏段に対して専用のセンサを使用することなく、踏段の欠落による開口部の有無を自動検知することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】一般的な乗客コンベアの駆動構成を示す正面図である。
【図2】本発明の実施形態における実施例1のエスカレータの機能ブロック図である。
【図3】実施例1におけるエスカレータの診断手順を示すフローチャートである。
【図4】実施例1で診断に使用される稼働データ(時間−速度特性)を示す図である。
【図5】本発明の実施形態における実施例2のエスカレータの機能ブロック図である。
【図6】実施例2で診断に使用される上昇運転時の稼働データ(時間−トルク特性)を示す図である。
【図7】実施例2で診断に使用される下降運転時の稼働データ(時間−トルク特性)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、踏段の取り外しによって生じる開口部の有無を上昇運転時と下降運転時の運転状態の差に基づいて診断することを特徴とする。
【0013】
以下、図面を参照し、本発明の実施形態について説明する。
【0014】
図1は、本発明の実施形態に係る乗客コンベアとしてのエスカレータの駆動構成を示す正面図である。同図において、エスカレータEは、踏段1、踏段チェーン2、上部及び下部スプロケット3,4、駆動モータ5並びにトルク制御装置6から基本的に構成されている。エスカレータEの上部には上部乗降口1aが、下部には下部乗降口1bが設けられ、乗客は上部乗降口1aあるいは下部乗降口1bのいずれか一方から踏段1に乗り、他方から降りるようになっている。
【0015】
踏段1は、無端状に連結された踏段チェーン2に軸支されている。踏段チェーン2は上部スプロケット3と下部スプロケット4に巻きかけられ、上部スプロケット3は駆動モータ5の駆動力によって回転駆動される。これにより、駆動モータ5が駆動されると、上部スプロケット3が回転し、この駆動力を踏段チェーン2が受けて回転する。踏段1はこの踏段チェーン2の回転と一体となって回転し、走行する。駆動トルク制御装置6は駆動モータ5の加速度、速度、トルクなどを制御する。したがって、踏段1の走行制御は駆動トルク制御装置6によって実行される。
【実施例1】
【0016】
図2は、本発明の実施形態における実施例1に係るエスカレータの診断装置を示す機能ブロック図である。エスカレータの駆動構成自体は図1と同一である。
【0017】
図2に示すように、本実施例1におけるエスカレータの診断装置100は、運転指令検出部8、運転可否診断部9及び報知装置10を備えている。運転指令検出部8と運転可否診断部9は図示しないCPU、ROM、RAM、EPROMなどを含む制御部に設定されている。CPUは中央制御装置であり、ROMに格納されたプログラムコードを読み込み、RAMに展開し、RAMをワークエリアとして使用しながらプログラムを実行し、各部を制御する。RAMはまたデータバッファとしても使用され、EPROMはCPUが制御に使用するデータを記憶する。
【0018】
運転指令検出部8は、駆動トルク制御装置6と接続され、駆動トルク制御装置6の状態を検出するとともに、図示しない操作部から入力された操作者7による運転指令を検出する。運転可否診断部9は、運転指令検出部8の指令入力に応じて指令通り運転を開始して良いかを診断し、その結果を駆動トルク制御装置6に反映し、また、報知装置10を介して診断結果を操作者7へ報知する。
【0019】
図3はエスカレータの診断手順を示すフローチャート、図4は診断に使用される稼動データを示す図である。診断はCPUによって実行される。稼働データは例えばRAMあるいはEPROMに記憶され、診断時に使用される。
【0020】
本実施例1においては、まず、運転指令の有無を判定し(ステップS1)、運転指令を検出した場合(ステップS1:Yes)、前回停止してからの経過時間がT分以上であるか否かを判定する(ステップS2)。T分未満の場合は、ステップS9に進んで操作指令通りの運転を開始して診断を終了する。この時間Tは、踏段1を取り外すために要する最低時間であり、おおよそ1分程度が目安となる。時間Tはこの目安となる時間であるが、この診断処理を行う前に予め設定される。
【0021】
ステップS2において、前回停止してからの時間がT分以上と判定した場合は、診断が必要と判断して診断運転を開始する(ステップS3)。診断運転では、最初に瞬時上昇・停止運転を行う(ステップS4)。ここでの瞬時は、定格速度のおおよそ10%以下の速度範囲で、かつ、おおよそ1秒以内で完了させるものである。
【0022】
次に、上昇停止時の慣性によって踏段1が速度ゼロになるまでに進む停止距離X1を算出する(ステップS5)。そして、停止距離X1の算出が完了したら(ステップS5:Yes)、瞬時下降・停止運転を行い(ステップS6)、停止距離X2を算出する(ステップS7)。瞬時上昇時の停止距離X1は、図4の稼働データに示すように、速度+V1から速度ゼロになるまでに要した時間T1に基づいて
X1=(V×T1)÷2
により算用する。
【0023】
同じく、瞬時下降時の停止距離X2は、速度−V1から速度ゼロになるまでに要した時間T2に基づいて
X2=(V×T2)÷2
により算出する。
【0024】
次に、停止距離X1とX2の差を判定する(ステップS8)。停止距離X1とX2が同等であれば、踏段1は取り外されていないと判断する(ステップS8:Yes)。乗客コンベアの踏段1は、表に現れている重量と裏に隠れている重量が概ね等しくなるので、上昇と下降の停止時慣性も等しくなる。計測誤差を考慮して、概ね±5%程度の差であれば同等と判断できる。停止距離X1とX2が同等と判断した場合は、ステップSに進んで操作指令通りの運転を開始して診断を終了する。
【0025】
ステップS8で同等ではないと判断した場合は、保守専用運転モードによる操作指令であるか否かを判定する(ステップS10)。通常、乗客コンベアは、点検作業時の安全を保つため、操作キーが押されているときだけ運転し、操作キーを放すと運転を停止するようにした保守専用運転モードを備えている。保守専用運転モードでの操作指令であった場合は、ステップS11に進み、「踏段が外れています」といった注意アナウンスを行った後、通常より緩やかな加速で操作指令通りの運転を行って診断を終了する。このときの加速度は、定格速度に到達するまでの時間を5秒〜10秒に設定するのが概ね適当である。
【0026】
ステップS10で保守専用運転モードではないと判定した場合は、ステップS12で「踏段が外れているので連続運転はできません」といったアナウンスを報知装置10から行い、診断を終了する。また、この際、乗客コンベアの主電源を落として乗客コンベアの運転を不可とする。
【0027】
なお、図4の稼働データは、横軸に時間Tを、縦軸に踏段速度Vをとって瞬時上昇・停止運転及び瞬時下降・停止運転時の速度変化をとったもので、このように構成した実施例1では、ステップS1からステップS11までの処理を診断装置100が自動的に実行し、踏段1が取り外されて開口部が存在するときの点検作業において開口部がある場合に、診断結果に応じて注意喚起、低速運転、運転停止などの処理を自動的に行うので、作業者が誤って開口部に落下したり、挟まれたりする事故を防止することが可能になる。これにより、点検作業時の安全性の向上を図ることができる。
【実施例2】
【0028】
図5は、本発明の実施形態における実施例2に係るエスカレータの診断装置を示す機能ブロック図である。エスカレータの駆動構成自体は図1と同一である。
【0029】
実施例2に係る診断装置200は、実施例1に係る診断装置100の運転可否診断部9の後段に駆動トルク検出部11を設けたものである。その他の各部は、実施例1と同等である。本実施例2における駆動トルク検出部11は、運転可と判断されて運転を開始した後、駆動モータ5の駆動トルクを常時計測し、その計測結果を制御に反映する。
【0030】
図6は時間Tをパラメータとして定格速度で上昇運転しているときの駆動モータの駆動トルクをとったものであり、図7は時間Tをパラメータとして定格速度で下降運転しているときの駆動モータの駆動トルクをとったものである。ともに、時間Tが横軸、駆動トルクが縦軸となっている。
【0031】
実施例2における診断方法は、以下のようにして行われる。
【0032】
踏段1の一部が取り外され、開口部が生じた状態で上昇運転を継続すると、図6に示すように、開口部が作業者には見えない裏側を走行しているときの駆動トルクが作業者に見える表側を走行しているときより大きくなる。また、下降運転のときは、図7に示すように上昇運転とは逆となる。この駆動トルクの変位点A,Bを監視し、開口部が裏側から表側に現れる手前において、操作者7へ「開口部が近づいています」といったアナウンスを報知装置10から行い、注意を喚起する。
【0033】
このように構成した実施例2では、踏段1が取り外されて開口部が存在するときの保守専用運転モードで連続運転する際の点検作業において、自動的に開口部の状態を検出し、診断結果に応じて注意を自動的に喚起するので、作業者が誤って開口部に落下したり、挟まれたりする事故を防止することが可能になる。これにより、点検作業時の安全性の向上を図ることができる。
【0034】
以上のように、本実施形態によれば、上昇運転と下降運転との運転状態の際、例えば停止距離の差、駆動トルクの差を検出し、その検出結果に基づいて踏段の欠落による開口部の有無を自動的に検出するので、踏段の欠落を検出するため専用のセンサを必要とすることなく、精度よく容易に踏段の取り外しによる開ロ部の有無を検知することができる。その結果、低コストで点検作業時の安全性の向上を図ることができる。
【0035】
なお、特許請求の範囲における上下乗降口は本実施形態では、上部乗降口1a及び下部乗降口1bに、踏段は符号1に、傾斜型乗客コンベアはエスカレータEに、診断装置は符号100,200に、駆動源は駆動モータ6に、報知手段は報知装置10に、それぞれ対応する。
【0036】
さらに、本発明は前述した実施形態に限定されず、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の変形が可能であり、特許請求の範囲に記載された技術思想に含まれる技術的事項の全てが本発明の対象となる。前記実施例は、好適な例を示したものであるが、当業者ならば、本明細書に開示の内容から、各種の代替例、修正例、変形例あるいは改良例を実現することができ、これらは添付の特許請求の範囲に記載された技術的範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0037】
1 踏段
1a 上部乗降口
1b 下部乗降口
2 踏段チェーン
5 駆動モータ
8 運転指令検出部
9 運転可否診断部
10 報知装置
11 駆動トルク検出部
100,200 診断装置
E エスカレータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の踏段が無端状に連結され、上下部乗降口間で走行する前記踏段の欠落による開口部の有無を診断する傾斜型乗客コンベアの診断装置であって、
前記踏段の上昇運転時と下降運転時の運転状態を比較し、比較結果に基づいて前記踏段の欠落による開口部の有無を診断する診断手段を備えていること
を特徴とする傾斜型乗客コンベアの診断装置。
【請求項2】
請求項1記載の傾斜型乗客コンベアであって、
前記上昇運転時と下降運転時の運転状態が、それぞれの停止距離であり、
比較結果が上昇運転時と下降運転時の前記停止距離の差であり、
前記差が所定値以上である場合に前記踏段の欠落による開口部があると診断すること
を特徴とする傾斜型乗客コンベアの診断装置。
【請求項3】
請求項1記載の傾斜型乗客コンベアであって、
前記上昇運転時と下降運転時の運転状態が、前記踏段を走行させる駆動源の駆動トルクであり、
比較結果が上昇運転時と下降運転時の前記駆動トルクの差であり、
前記差が所定値以上である場合に前記踏段の欠落による開口部があると診断すること
を特徴とする傾斜型乗客コンベアの診断装置。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載の傾斜型乗客コンベアの診断装置であって、
前記上昇運転及び下降運転は寸動運転で行うこと
を特徴とする傾斜型乗客コンベアの診断装置。
【請求項5】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載の傾斜型乗客コンベアの診断装置であって、
前記診断手段によって前記踏段の欠落による開口部があると診断されたとき、その診断結果を報知する報知手段を備えていること
を特徴とする傾斜型乗客コンベアの診断装置。
【請求項6】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載の傾斜型乗客コンベアの診断装置であって、
前記診断手段によって前記踏段の欠落による開口部があると診断されたとき、その診断結果を報知する報知手段を備え、
前記診断手段は、前記踏段の欠落による開口部があると診断されたとき、通常運転モードであれば前記踏段が欠落して運転不可であることを前記報知手段によって報知して運転休止とし、保守運転モードであれば前記踏段が欠落していることを前記報知手段で報知して保守運転を行うこと
を特徴とする傾斜型乗客コンベアの診断装置。
【請求項7】
複数の踏段が無端状に連結され、上下部乗降口間で走行する前記踏段の欠落による開口部の有無を診断する傾斜型乗客コンベアの診断方法であって、
前記踏段の上昇運転時と下降運転時の運転状態を比較する工程と、
前記比較する工程で比較した結果に基づいて前記踏段の欠落による開口部の有無を診断する工程と、
を備えていることを特徴とする傾斜型乗客コンベアの診断方法。

【図3】
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【図6】
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【図7】
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【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−40013(P2013−40013A)
【公開日】平成25年2月28日(2013.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−178072(P2011−178072)
【出願日】平成23年8月16日(2011.8.16)
【出願人】(000232955)株式会社日立ビルシステム (895)
【Fターム(参考)】