説明

光制御素子

【課題】 本発明は、自己保持機能を有し、切り替えによる素子の劣化がほとんど生じず、高速切り替えが可能な光制御素子を提供することを課題とする。
【解決手段】 強磁性金属層と非磁性金属層とを交互に積層して構成される金属磁性人工格子を一部又は全部に用いて形成され、その金属の光学的性質とその形状とに応じた固有の振動数を持つ、表面プラズモンによる共鳴散乱を示す微小金属構造体を有する光制御素子。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光の透過や反射を制御する光制御素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
強磁性金属と非磁性金属を交互に積層し、強磁性金属層の磁化の配置により抵抗が変化する巨大磁気抵抗効果(Giant Magneto-Resistance、GMR)、及びこれを用いた磁気抵抗素子が公知である。また前記の磁気抵抗素子において、強磁性層を、外部磁場により容易に磁化の方向を制御できるフリー層と、前記の外部磁場によっては磁化の方向を変えない固定層とによって構成したスピンバルブ構造が公知である。スピンバルブ構造を用いると、磁気センサや、磁気メモリを構成することができることが知られている(特許文献1、2参照)。
【0003】
一方、金属により光の波長と同程度又はより小さい微小構造体を構成すると、微小構造体の形状や材質により特有の光学応答を示す素子を構成することができる。これは、メタマテリアル、光ナノ構造、光アンテナ等の呼称で知られている(特許文献3、4参照)。
【0004】
従来の多くの光制御素子は、光の制御を行っている間に、電場の印可や電流の注入といった継続的なエネルギーの投入が必要であった。継続的なエネルギーの投入を必要としない、自己保持機能を有する光制御素子は、機械的な可動部を有するもの(特許文献5参照)や、固体の相変化を利用するもの(特許文献6参照)などがあるが、多数回の切り替え動作によって素子が劣化するという欠点を有していた。また、これらの自己保持機能を有する光制御素子においては、切り替え速度が遅いという欠点を有していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平9−36455号公報
【特許文献2】特開平10−340430号公報
【特許文献3】特開2006−350232号公報
【特許文献4】特開2010−20136号公報
【特許文献5】特開2002−23073号公報
【特許文献6】特開2006−184345号公報
【特許文献7】特開平11−72607号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】M.Vopsaroiu, D.Bozec, J.Matthew, S.Thompson, C.Marrows, and M.Perez,"Contactless magnetoresistance studies of Co Cu multilayers/using the infrared magnetorefractive effect,"Physical Review B,vol.70,2004,pp.1-7.
【非特許文献2】R.J.Baxter, D.G.Pettifor, E.Y.Tsymbal, D.Bozec, J.a.Matthew, and S.M.Thompson,"Importance of the interband contribution to the magneto-refractive effect in Co/Cu multilayers,"Journal of Physics:Condensed Matter,vol.15,2003,pp.L695-L702.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記の問題点に鑑み、自己保持機能を有し、切り替えによる素子の劣化がほとんど生じず、高速切り替えが可能な光制御素子を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題は、以下の光制御素子によって解決される。
(1)強磁性金属層と非磁性金属層とを交互に積層して構成される金属磁性人工格子を一部又は全部に用いて形成され、その金属の光学的性質とその形状とに応じた固有の振動数を持つ、表面プラズモンによる共鳴散乱を示す微小金属構造体を有する光制御素子。
(2)上記金属磁性人工格子がスピンバルブ構造をとることを特徴とする(1)に記載の光制御素子。
(3)上記微小金属構造体は柱状構造を持ち、上記金属磁性人工格子の積層方向が該柱状構造の長さ方向と平行であることを特徴とする(1)に記載の光制御素子。
(4)上記微小金属構造体は、スプリットリング共振器構造をとることを特徴とする(1)に記載の光制御素子。
(5)上記微小金属構造体が複数個配置されていることを特徴とする(1)ないし(4)のいずれかに記載の光制御素子。
【発明の効果】
【0009】
本発明の光制御素子は、金属磁性人工格子における強磁性金属層の磁化配置を変化させることにより光の切り替えを行う。このため、光制御状態の自己保持が可能であり、そのため低消費電力である。
また、強磁性体の磁化の反転は、材料の劣化をほとんど伴わないため、耐久性に優れる。
また、磁化の反転に要する時間は、原理的には数十ナノ秒と、自己保持機能を有する光制御素子としては高速応答である。
また、半導体工業の分野で確立された製造技術を用いた作製が可能であり、このため、従来の半導体との親和性も高く、平面光回路等への集積も可能である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の光制御素子の第1の実施形態を示す概略構成図である。
【図2】本発明の第1の実施形態における金属磁性人工格子の構成を示す概略図である。
【図3】本発明の第1の実施形態における透過率及び反射率の変化を示すグラフである。
【図4】本発明の光制御素子の第2の実施形態を示す概略構成図である。
【図5】本発明の第2の実施形態における透過率及び反射率の変化を示すグラフである。
【図6】本発明に係る微小金属構造体の他の形態を示す概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明に係る光制御素子は、強磁性金属層と非磁性金属層とを交互に積層して構成される金属磁性人工格子を一部又は全部に用いて形成され、その金属の光学的性質とその形状とに応じた固有の振動数を持つ、表面プラズモンによる共鳴散乱を示す微小金属構造体を有することを特徴とする。
本発明における微小金属構造体の大きさとしては、100ナノメートル〜10マイクロメートル程度である。
以下実施形態を例示して本発明に係る光制御素子を説明する。
【0012】
(第1の実施形態)
図1に本発明の第1の実施形態となる光制御素子の構成要素である柱状微小金属構造体1を示す。光制御素子の全体は、柱状微小金属構造体1を一個又は複数個配置することによって構成される。柱状微小金属構造体1は、長さ方向に積層された金属磁性人工格子2によって構成される。前記柱状金属構造体1に対し、入射光3が入射する。図には示さない外部磁場印可装置により、外部磁場4が印可される。また説明の便宜のため、座標軸5を用いる。図1における、金属磁性人工格子2の格子間隔と、柱状微小金属構造体1の大きさとの比は、説明の便宜のためのものであり、実際のこれらの比を必ずしも反映したものではない。
【0013】
図2は、金属磁性人工格子2の一部を示したものである。金属磁性人工格子は、強磁性金属層21と非磁性金属層22とを交互に積層したものである。それぞれの厚さは、特に限定されるものではないが、数原子層から数十原子層であることが望ましい。また、強磁性金属層21は、外部磁場4の印可により容易に磁化方向を反転するフリー層21aと、外部磁場4の印可によっては磁化反転を起こさない固定層21bとからなり、非磁性層22をはさんで交互に積層されている。固定層21bの磁化はあらかじめ何らかの方法で同じ方向を向かせておく。外部磁場4の印可によって、フリー層21aの磁化のみを反転させることにより、強磁性層21の磁化配置を、図2(a)に示す平行配置と図2(b)に示す反平行配置の間で切り替えることができる。
【0014】
金属磁性人工格子2の積層方向は、特に限定されるものではないが、柱状微小金属構造体1の長さ方向に積層されるのが効果的であると考えられる。また、柱状微小金属構造体1の大きさは、特に限定されるものではないが、例えば、長さ100ナノメートルから10マイクロメートル程度が望ましい。また、太さは、10ナノメートルから1マイクロメートル程度の大きさを持つことが望ましい。また、入射光3の入射方向は、特に限定されるものではないが、y方向に主たる電場成分を持つ場合に、より大きな効果が期待できる。
【0015】
強磁性金属と非磁性金属からなる金属磁性人工格子は、隣り合う強磁性層の磁化が平行であるか反平行であるかによりその電気抵抗が変化する。この現象は、巨大磁気抵抗効果(GMR)とよばれ、広く知られている。このような金属磁性人工格子においては、強磁性層の磁化配置が平行か反平行かにより、直流抵抗のみならず、赤外領域から可視領域にかけての光学応答も変化を生ずる。この現象は、マグネトリフラクティブ効果(Magneto-refractive Effect、MRE)とも呼ばれる(非特許文献1、2参照)。
【0016】
本発明に係る柱状微小金属構造体は、表面プラズモンによる共鳴現象により、その金属の光学的性質とその形状とに応じ、固有の共鳴振動数をもつ共鳴散乱を示す。
【0017】
図3は、柱状微小金属構造体1として、長さ(y方向)300ナノメートル、幅(x方向)60ナノメートル、奥行き(z方向)40ナノメートルとしたものを、xy面内に500ナノメートル間隔で正方格子状に配置し、y方向に電場成分を持ちz方向に伝播する平面波を入射させた場合の、透過スペクトル及び反射スペクトルを時間領域差分法によって求めたものである。
柱状微小金属構造体1を構成する金属磁性人工格子2としては、強磁性層21としてコバルト原子8原子層、非磁性金属層22として銅原子4原子層とによって構成される金属磁性人工格子とし、LCAO(Linear Combination of Atomic Orbital)法によって求めた光学スペクトルを計算に用いた。
【0018】
ただし、この金属磁性人工格子の構成は、光学伝導度スペクトルの変化を説明するためのものであり、この構成によって上述のような、フリー層21aと固定層21bの性質を得ることができるものではない。金属磁性人工格子2は、y方向に積層したものとした。
図3から、この柱状微小金属構造体1は、光子エネルギー1.0eV付近に共鳴を持ち、光子エネルギー約0.5eV〜1.5eVの領域にわたって、透過率及び反射率が変化していることが分かる。
【0019】
したがって、金属磁性人工格子2によって構成される柱状微小金属構造体1は、強磁性層の磁化配置が平行か反平行かにより、その透過率や反射率が変化する。このため本実施形態は、光制御素子として機能する。フリー層の磁化の向きは外部磁場を印可しない状態でも保持されるため、本実施形態の光制御素子は、自己保持機能を有する。
また、金属磁性人工格子によるスピンバルブ構造を有する本実施形態の光制御素子は、フリー層の磁化の反転による劣化がほとんどないため、耐久性が高い。
【0020】
本実施形態の光制御素子の作製に際しては、公知の磁気抵抗素子及び光ナノ構造の作製プロセスを適用できる。
作製方法は特に限定されるものではないが、例えば、基板上にスパッタリング法を用いて金属磁性人工格子の膜を作製し、集束イオンビーム法により、柱状微小構造体を形成する方法により、作製が可能である。
また、図1では、柱状微小金属構造体として、角柱状の微小金属構造体を示したが、断面の形状は、円形、楕円形、多角形などの任意の形状とすることができる。
【0021】
(第2の実施形態)
図4に本発明の第2の実施形態となる光制御素子の構成要素であるU字型微小金属構造体6を示す。光制御素子は、U字型微小構造体6を1個又は複数個配置することにより構成される。U字型微小金属構造体6の腕の部分は、長さ方向(z方向)に積層された金属磁性人工格子2によって構成され、それ以外の部分は非磁性金属7からなる。これに対し、入射光3が入射する。図には示さない外部磁場印可装置により、外部磁場4が印可される。また便宜のため、座標軸5を用いる。
【0022】
図4における、金属磁性人工格子2の格子間隔と、U字型微小金属構造体6の大きさとの比は、説明の便宜のためのものであり、実際のこれらの比を必ずしも反映したものではない。このような形状の構造体は、スプリットリング共振器(Split-Ring Resonator、SRR)を構成しており、リング中を磁場が通るような入射光の配置において、共鳴を持つ。
【0023】
U字型微小金属構造体6の大きさは、特に限定されるものではないが、全体の大きさが100ナノメートルから10マイクロメートル程度であり、太さが10ナノメートルから100ナノメートル程度の大きさを持つことが望ましい。
非磁性金属7の材料としては、特に限定されないが、金、銀、銅、アルミニウム等の金属が適用できる。
また、U字型微小金属構造体は、金属磁性人工格子2と非磁性金属7から構成されているが、全体を金属磁性人工格子で形成してもよいし、図示した以外の部分に金属磁性人工格子2や非磁性金属7を用いて形成してもよい。
入射光3の入射方向は特に限定されないが、主たる電場成分をy方向に、主たる磁場成分をx方向に持ち、z方向に伝播する場合に、効果的である。
【0024】
U字型微小金属構造体6の各部の大きさを図5(a)に示すようにとり、これをxy面内に500ナノメートル間隔で正方格子状に配置し、x方向に磁場成分、y方向に電場成分を持ちz方向に伝播する平面波を入射させた場合の透過スペクトル及び反射スペクトルを、計算によって求めたものを図5(b)に示す。
【0025】
図3の計算結果を求める際に用いたものと同じ金属磁性人工格子のパラメータを用いて計算を行った。光子エネルギー0.5eV、1.4eV、及び1.9eV付近で共鳴構造を示し、その近傍において透過率及び反射率が、強磁性金属層21の磁化の配置により大きく変化していることが分かる。したがって、本実施形態は、これらの波長域で光制御素子として機能する。
【0026】
微小金属構造体の形状は、実施形態1及び2に示した形状のものに限定されるものではない。
図6に、他の微小金属構造体の主要な形状をまとめて例示する。
(a)に示す柱状微小金属構造体1は、実施形態1の変形であり、柱状微小金属構造体1の一部にのみ金属磁性人工格子2を用いて形成され、その他の部分を非磁性金属7によって形成したものである。
(b)に示す柱状微小金属構造体1は、実施形態1の変形であり、金属磁性人工格子2の積層方向を、柱状微小金属構造体1の長さ方向に垂直な方向としたものである。
(c)に示すU字型微小金属構造体6は、実施形態2の変形であり、金属磁性人工格子2を、U字型微小金属構造体6の中間部分のみに用いて形成したものである。
(d)に示すC字型微小金属構造体は、実施形態2の変形であり、金属磁性人工格子2を全体に用い、その積層方向をC字型微小金属構造体の面に垂直な方向として形成したものである。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明は、光通信における光伝送経路の切り替え等の用途に利用可能である。また、ディスプレイ等の、光制御を必要とする様々な用途に利用可能である。
【符号の説明】
【0028】
1 柱状微小金属構造体
2 金属磁性人工格子
21 強磁性金属層
21a フリー層
21b 固定層
22 非磁性金属層
3 入射光
4 外部磁場
5 座標軸
6 U字型微小金属構造体
7 非磁性金属



【特許請求の範囲】
【請求項1】
強磁性金属層と非磁性金属層とを交互に積層して構成される金属磁性人工格子を一部又は全部に用いて形成され、その金属の光学的性質とその形状とに応じた固有の振動数を持つ、表面プラズモンによる共鳴散乱を示す微小金属構造体を有する光制御素子。
【請求項2】
上記金属磁性人工格子がスピンバルブ構造をとることを特徴とする請求項1に記載の光制御素子。
【請求項3】
上記微小金属構造体は柱状構造を持ち、上記金属磁性人工格子の積層方向が該柱状構造の長さ方向と平行であることを特徴とする請求項1に記載の光制御素子。
【請求項4】
上記微小金属構造体は、スプリットリング共振器構造をとることを特徴とする請求項1に記載の光制御素子。
【請求項5】
上記微小金属構造体が複数個配置されていることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1項に記載の光制御素子。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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