説明

光化学的再生が可能な触媒およびそれを用いた有機化合物の還元方法

【課題】
有機化合物の還元、特にカルボニル基を含む有機化合物の選択的な還元に有用であり、かつ、光化学的に再生可能な触媒を提供すること。
【解決手段】
下記式(1)で示される光化学的再生が可能な触媒により上記課題を解決する。
【化1】


[式中、R、R、R、R、R及びRは、それぞれ、互いに独立し、同一または異なって、水素原子、C〜C10アルキル基又はC〜C10アリール基であり、
[M]は、配位子を有する遷移金属である。]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光化学的再生可能な触媒及び当該触媒を用いた有機化合物の還元方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境問題との関連で炭酸ガスの有効利用が社会的に要求されている。これまで、遷移金属錯体を用いた二酸化炭素の光還元反応は数多く報告されており、たとえば、下記式で示される二官能性錯体を用いた二酸化炭素の光還元反応が知られている(非特許文献1:Inorg. Chem. 31, 4542-4546(1992))。
【化3】

上記錯体は、一分子中に光増感サイトと二酸化炭素の還元サイトとを共存させることにより光還元反応の効率を上げることを目的としている。しかしながら、電子移動は非常に早い過程であるため、二酸化炭素の還元が起こる前に逆電子移動も速やかに起こってしまい、実際にはそれほど高い効率は得られないという問題があった。
【0003】
また、均一系の触媒としては主としてポリピリジルおよび一酸化炭素を配位子に有する遷移金属錯体が報告されており、たとえば、下記式で示される、ビピリジルを配位子として用いる錯体が知られている(非特許文献2:Bull. Chem. Soc. Jpn., 72, 725-731(1999))。
【化4】

しかし、還元サイトとなる錯体によりその還元生成物は一酸化炭素とギ酸の場合があり、多くはその混合物を与えるという問題があった。さらに、このような触媒を用いた二酸化炭素の還元の機構については明らかになっていない場合が多く、かつ、二電子還元以上の反応を行える可能性もほとんどないという問題があった。また、これまでに二酸化炭素の還元に対して良好であるとされている錯体は、他の基質、たとえばカルボニル化合物の還元に適用することができなかった。
【0004】
したがって、炭酸ガスのようなカルボニル基を含む有機化合物の還元を可能とする光化学的に再生可能な触媒であって、触媒サイトから光増感サイトへの逆電子移動の問題を解決しつつ、しかも、選択的な還元体を与えることが可能となる触媒はいまだ得られていなかった。
【非特許文献1】Inorg. Chem. 31, 4542-4546(1992)
【非特許文献2】Bull. Chem. Soc. Jpn., 72, 725-731(1999)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、有機化合物の還元、特にカルボニル基を含む有機化合物の選択的な還元に有用であり、かつ、光化学的に再生可能な触媒を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、光還元反応によってヒドリドを供給する新規な金属錯体を見出し、この錯体を用いることにより、カルボニル基を含む有機化合物を光化学的条件下で還元できることを見出して、本発明を完成させた。
【0007】
すなわち、本発明の第1態様では、下記式(1)で示される光化学的再生が可能な触媒が提供される。
【化5】


[式中、R、R、R、R、R及びRは、それぞれ、互いに独立し、同一または異なって、水素原子、C〜C10アルキル基又はC〜C10アリール基であり、[M]は、配位子を有する遷移金属である。]
【0008】
本発明の第2態様では、下記式(1)で示される光化学的再生が可能な触媒存在下で、光化学的条件下において、有機化合物を還元する還元方法が提供される。
【化6】

[式中、R、R、R、R、R及びRは、それぞれ、互いに独立し、同一または異なって、水素原子、C〜C10アルキル基又はC〜C10アリール基であり、[M]は、配位子を有する遷移金属である。]
【0009】
本発明の第1態様及び第2態様において、R、R、R、R、R及びRが、水素原子であることが好ましい。
【0010】
また、本発明の第1態様及び第2態様において、前記触媒中の遷移金属が有する配位子の少なくとも一つが、2,2’−ビピリジンであることが好ましい。
【0011】
また、本発明の第2態様において、前記有機化合物が、カルボニル基を有することが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、二酸化炭素を触媒的に還元することが可能となった。また、本発明にかかる還元方法は、二酸化炭素のみならず、アルデヒドやケトン等のカルボニル基を含む有機化合物にも適用が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の第1態様では、下記式(1)で示される光化学的再生が可能な触媒が提供される。
【化7】

【0014】
上記式中、R、R、R、R、R及びRは、それぞれ、互いに独立し、同一または異なって、水素原子、C〜C10アルキル基又はC〜C10アリール基である。
【0015】
本明細書において、「C〜C10アルキル基」は、C〜Cアルキル基であることが好ましく、C〜Cアルキル基であることが更に好ましい。アルキル基の例としては、制限するわけではないが、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、n−ブチル、sec−ブチル、tert−ブチル、ペンチル、又はヘキシル等を挙げることができる。
【0016】
本明細書において、「C〜C10アリール基」の例としては、制限するわけではないが、フェニル、1−ナフチル、2−ナフチル、又はインデニル等を挙げることができる。
【0017】
本発明の第1態様において、R、R、R、R、R及びRは、合成の簡便性および立体的要因の観点から、水素原子であることが好ましい。
【0018】
上記式(1)中、[M]は、配位子を有する遷移金属である。
本発明の第1態様において、遷移金属としては、ルテニウム、イリジウム、またはオスミウムを挙げることができ、2,2’−ビピリジンが配位可能な金属であることが好ましく、ルテニウムであることが最も好ましい。
【0019】
本発明の第1態様において、遷移金属が有する配位子としては、アミン、ハロゲン原子、ホスフィンあるいはホスファイト等の支持配位子が挙げられ、これに加えて還元反応時に脱離可能なニトリル、ケトン、水等の配位子を有していてもよい。
【0020】
アミンは、配位子としては、ピリジン、ビピリジン、テルピリジル、又はキノリン等の芳香族アミンであってもよいし、エチレンジアミンのようなアルキレンジアミン、N,N,N’,N’−テトラアルキルエチレンジアミンのようなN,N,N’,N’−四置換アルキレンジアミン、又はトリスエチレンジアミンのようなトリスアルキレンジアミン等の脂肪族アミンであってもよい。
【0021】
ニトリルは、配位子としては、シアン化アルキル、又はシアン化アリール等であってもよいが、アセトニトリルであることが好ましい。
【0022】
ケトンは、配位子としては、アセトンであることが好ましい。
【0023】
ホスフィンは、ジフェニルホスフィンのようなジアリールホスフィン、トリフェニルホスフィンのようなトリアリールホスフィン、トリエチルホスフィンのようなトリアルキルホスフィン、アルキルジアリールホスフィン、ジアルキルアリールホスフィン、1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)エタンのようなα,ω−ビス(ジアリールホスフィノ)アルカン、P,P,P’,P’,P”,P”−ヘキサフェニル−トリスエチレンテトラホスフィンのようなP,P,P’,P’,P”,P”−六置換−トリスアルキレンテトラホスフィン等であってもよい。
ホスファイトは、ホスフィンと同様である。
【0024】
本発明の第1態様において、遷移金属が有する配位子は、アミン、ニトリル、ケトン、ハロゲン原子等であることが好ましく、置換又は無置換の2,2’−ビピリジン、2,2’:6’,2”-ターピリジル、1,10?フェナントロリン、アセトン、水、アセトニトリル等であることがより好ましく、2,2’−ビピリジンであることが最も好ましい。
【0025】
本発明の第1態様にかかる触媒は、例えば、下記に示す錯体であることがより好ましい。
【化8】

【0026】
本発明の第1態様にかかる触媒は、たとえば、塩基存在下で、下記式(2)で示されるピリジン誘導体と、下記式(3)で示されるキノリン誘導体とを反応させ、反応生成物を得る第1工程と、第1工程で得られた反応生成物を、配位子を有する遷移金属[M]に配位させる第2工程とを含む製造方法により得ることができる。
【化9】

[式中、R、R、R、R、R、R及び[M]は、上記の意味を有する。]
【0027】
上記製造方法の第1工程で使用される塩基としては、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、およびこれらをアルコールに溶解することによって生成するアルコキシド等の塩基触媒を挙げることができ、アルコキシドを用いることが好ましい。
【0028】
上記製造方法の第1工程では、上記式(2)で示されるピリジン誘導体1モルに対して、上記式(3)で示されるキノリン誘導体を0.1モル〜10モル用いることが好ましく、0.5モル〜5モル用いることがより好ましく、0.8モル〜2モル用いることがさらに好ましく、約1モル用いることが特に好ましい。
【0029】
上記製造方法の第1工程では、典型的には、上記式(2)で示されるピリジン誘導体と上記式(3)で示されるキノリン誘導体の溶液に塩基を滴下して放置し、析出してくる固体を精製して反応生成物を得る。
【0030】
上記製造方法の第1工程では、塩基存在下で下記式(2)で示されるピリジン誘導体と、下記式(3)で示されるキノリン誘導体とを反応させることにより、カップリング反応が起こり、下記式で示されるベンゾナフチリジン誘導体が反応生成物として得られると考えられる。
【化10】

[式中、R、R、R、R、R及びRは、上記の意味を有する。]
例えば、R、R、R、R、R及びRがすべて水素原子であり、塩基としてエトキシドを用いた場合には、下記反応機構が提案される。もっとも、この反応機構は仮説に過ぎず、本発明はこの反応機構に限定されるものではない。
【化11】

【0031】
上記製造方法の第1工程では、反応は、好ましくは−100℃〜100℃の温度範囲で行われ、より−50℃〜50℃の温度範囲で行われ、更に好ましくは20℃〜30℃の温度範囲で行われる。
上記製造方法の第1工程では、圧力は、常圧であることが好ましい。
【0032】
上記製造方法の第1工程では、溶媒としては、上記式(2)で示されるピリジン誘導体と上記式(3)で示されるキノリン誘導体を溶解することができる溶媒が好ましい。溶媒は、脂肪族又は芳香族の有機溶媒が用いられる。メタノール又はエタノールのようなアルコール系溶媒;テトラヒドロフラン又はジエチルエーテルのようなエーテル系溶媒;塩化メチレンのようなハロゲン化炭化水素;o−ジクロロベンゼンのようなハロゲン化芳香族炭化水素;N,N−ジメチルホルムアミド等のアミド;ジメチルスルホキシド等のスルホキシド;ベンゼン、トルエン等の芳香族炭化水素が用いられる。塩基がアルコキシドであることが好ましいという観点から、アルコール系溶媒を用いることが好ましい。
【0033】
上記製造方法の第1工程では、反応時間は、8時間〜7日であることが好ましく、24時間〜5日であることがより好ましく、2日〜4日であることがさらに好ましく、約3日であることが特に好ましい。
【0034】
上記製造方法では、続いて、第1工程で得られた反応生成物を、配位子を有する遷移金属[M]に配位させる(第2工程)。
【0035】
上記製造方法の第2工程では、典型的には、遷移金属を含む金属錯体の溶液に、金属錯体にハロゲン原子を含む場合はハロゲンを除去するために銀化合物の溶液を加え、攪拌する。析出してくる銀塩を除去した後、第1工程で得られた反応生成物を加えて攪拌することにより、配位子を有する遷移金属[M]に第1工程で得られた反応生成物を配位させることができる。
【0036】
上記製造方法の第2工程で用いられる金属錯体としては、ルテニウム錯体であることが好ましい。この場合、配位子としては、アミン、ニトリル、ハロゲン原子、水、ケトン、ホスフィン、ホスファイト等を挙げることができる。
上記製造方法の第2工程で用いられる金属錯体としては、好ましくは、ジクロロビス(2,2’-ビピリジル)ルテニウム、トリクロロ(2,2’:6’,2”-ターピリジル)ルテニウムなどを挙げることができる。
【0037】
上記製造方法の第2工程では、第1工程で得られる反応生成物1モルに対して、遷移金属を含む金属錯体を0.1モル〜10モル用いることが好ましく、0.5モル〜5モル用いることがより好ましく、0.8モル〜2モル用いることがさらに好ましく、約1モル用いることが特に好ましい。
【0038】
上記製造方法の第2工程では、ハロゲン化物イオンの除去の観点から好ましくは銀化合物が用いられる。
銀化合物としては、ヘキサフルオロリン酸銀、テトラフルオロホウ酸銀、トリフルオロメタンスルホン酸銀などを好ましく挙げることができる。
【0039】
上記製造方法の第2工程では、第1工程で得られる反応生成物中のハロゲン1モルに対して、銀化合物は、0.1モル〜10モル用いることが好ましく、0.5モル〜5モル用いることがより好ましく、0.8モル〜2モル用いることがさらに好ましく、約1モル用いることが特に好ましい。
【0040】
上記製造方法の第2工程では、反応は、好ましくは0℃〜100℃の温度範囲で行われ、より30℃〜90℃の温度範囲で行われ、更に好ましくは50℃〜80℃の温度範囲で、特に好ましくは約70℃で行われる。
上記製造方法の第2工程では、圧力は、常圧であることが好ましい。
【0041】
上記製造方法の第2工程で用いられる溶媒としては、遷移金属Mを含む金属錯体、及び銀化合物を用いる場合は銀化合物を溶解することができる溶媒が好ましい。溶媒は、脂肪族又は芳香族の有機溶媒が用いられる。2−メトキシエタノールのようなアルコキシアルコール系溶媒;テトラヒドロフラン又はジエチルエーテルのようなエーテル系溶媒;塩化メチレンのようなハロゲン化炭化水素;o−ジクロロベンゼンのようなハロゲン化芳香族炭化水素;N,N−ジメチルホルムアミド等のアミド;ジメチルスルホキシド等のスルホキシド;ベンゼン、トルエン等の芳香族炭化水素が用いられる。
【0042】
上記製造方法の第2工程では、銀化合物を用いる場合は、遷移金属を含む金属錯体と銀化合物との反応時間は、30分〜10時間であることが好ましく、1時間〜5時間であることがより好ましく、1時間〜3時間であることがさらに好ましく、約2時間であることが特に好ましい。
上記製造方法の第2工程では、その後、第1工程で得られた反応混合物を加えて反応させる際の反応時間は、1時間〜1日であることが好ましく、5時間〜20時間であることがより好ましく、10時間〜14時間であることがさらに好ましく、約12時間であることが特に好ましい。
【0043】
本発明の第2態様では、本発明の第1態様にかかる触媒を用いた有機化合物を還元する方法、すなわち、上記式(1)で示される光化学的再生が可能な触媒存在下で、光化学的条件下において、有機化合物を還元する還元方法が提供される。
【0044】
本発明の第2態様において、本発明の第1態様にかかる触媒(酸化型)は、電子を放出し自らは酸化される犠牲試薬の存在下で光照射すると、下記式(1’)で示される還元体へと変換される。ここで、本発明の第1態様にかかる触媒は、光励起による電子移動が起こるとすぐにN−R結合が生成するため、逆電子移動が抑制される。したがって、光還元反応の効率を上げることが可能となる。
【化12】

[式中、R、R、R、R、R、R及び[M]は、上記の意味を有する。
は、水素原子又はC〜C10アルキル基であり、水素原子であることが好ましい。]
【0045】
上記式(1’)で示される還元体は、ヒドリドHを放出する機能を有しているため、発生したヒドリドHを基質である有機化合物上に移動させることで、これを還元することができる。他方、ヒドリドHを放出した還元体(1’)は、酸化型、すなわち、本発明の第1態様にかかる触媒(1)に戻ることになる。
【0046】
本発明の第2態様において、犠牲試薬としては、メタノール、エタノール、トリエタノールアミン等のアミンなどを使用することができる。
【0047】
本発明の第2態様において、照射する光としては、200nm〜1300nmであることが好ましく、300nm〜800nmであることがより好ましく、400nm以上であることがもっとも好ましい。
【0048】
本発明の第2態様において、光照射時間は、5分〜5時間であることが好ましく、10分〜3時間であることがより好ましく、10分〜30分であることがさらに好ましい。
【0049】
本発明の第2態様において、還元される有機化合物はカルボニル基を有することが好ましく、例えば、下記反応式に従って有機化合物が選択的に還元される。
【化13】

【0050】
本発明の第2態様において、上記式中、A及びAが単一の酸素原子であってもよい。すなわち、上記式(7)で示される化合物が二酸化炭素であり、上記式(7’)で示される化合物がギ酸であってもよい。
あるいは、上記式中、A及びAは、それぞれ、互いに独立し、同一または異なって、置換基を有していてもよいC〜C10アルキル基、又は置換基を有していてもよいC〜C10アリール基であってもよい。
【0051】
本発明の第2態様において、A及びAで示される「C〜C10アルキル基」、「C〜C10アリール基」には、置換基が導入されていてもよい。この置換基としては、例えば、C〜C10アルキル基(例えば、メチル、エチル、プロピル、ブチル等)、C〜C10アルコキシ基(例えば、メトキシ、エトキシ、プロポキシ、ブトキシ等)、C〜C10アリールオキシ基(例えば、フェニルオキシ、ナフチルオキシ、ビフェニルオキシ等)、アミノ基、水酸基、ハロゲン原子(例えば、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素)又はシリル基などを挙げることができる。この場合、置換基は、置換可能な位置に1個以上導入されていてもよく、置換基数が2個以上である場合、各置換基は同一であっても異なっていてもよい。
【0052】
本発明の第2態様において、A及びAは単一の酸素原子であることが好ましい。あるいは、A及びAが、それぞれ互いに独立し、同一または異なって、C〜C10アルキル基、ハロゲン原子を有するC〜C10アルキル基、又はフェニル基であることが好ましく、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デカニル基、トリフルオロメチル基、又はフェニル基であることがより好ましい。
【0053】
本発明の第2態様にかかる還元方法で使用される溶媒としては、上記式(1)で示される触媒を溶解することができる溶媒が好ましい。溶媒は、脂肪族又は芳香族の有機溶媒が用いられる。メタノール又はエタノールのようなアルコール系溶媒;テトラヒドロフラン又はジエチルエーテルのようなエーテル系溶媒;塩化メチレンのようなハロゲン化炭化水素;o−ジクロロベンゼンのようなハロゲン化芳香族炭化水素;N,N−ジメチルホルムアミド等のアミド;ジメチルスルホキシド等のスルホキシド;ベンゼン、トルエン等の芳香族炭化水素が用いられる。
【0054】
本発明の第2態様において、溶媒と犠牲試薬の割合は、体積比で9:1〜1:1であることが好ましく、約4:約1であることがより好ましい。
【0055】
本発明の第2態様にかかる還元方法の反応メカニズムを、触媒中の遷移金属がルテニウムの場合を例にとって図1に示す。
【0056】
本発明の第2態様にかかる還元方法によれば、図1から明らかなように、錯体上でヒドリド種を生成し、これを基質である二酸化炭素上へ移動させるものであり、既存の二酸化炭素の光還元反応とは全く異なった反応機構を有するものである。
このヒドリドの発生および移動を利用した触媒的還元反応は、二酸化炭素のみならず、アルデヒドやケトンなどにも適用することができるため、画期的な還元方法といえる。
【実施例】
【0057】
以下、本発明を実施例に基づいて説明する。ただし、本発明は、下記の実施例に制限されるものではない。
【0058】
すべての反応は、特に言及しない限り、窒素雰囲気下のもとで行われた。
実施例で用いた各試薬の入手先を下記に示す。
塩化ルテニウム フルヤ金属
2-メトキシエタノール ナカライテスク
AgPF6 Aldrich
NH4PF6 和光純薬
N,N-ジメチルホルムアミド(∞pure) 和光純薬
トリエタノールアミン 東京化成
DMF-d7 Aldrich
【0059】
実施例1(触媒[Ru(pbn)(bpy)2](PF6)2の合成)
【化14】

ジクロロビス(2,2’-ビピリジル)ルテニウム([RuCl2(bpy)2]) (53 mg, 0.109 mmol)を20 mLの2-メトキシエタノールに溶解し、AgPF6 (60 mg, 0.237 mmol)の2-メトキシエタノール溶液(5 mL)を加え、70℃で2時間攪拌した。析出してくるAgClをセライト濾過で除去した後、6-(2-ピリジル)ベンゾ[b]-1,5-ナフチリジン(pbn) (28 mg, 0.109 mmol)を加え、70 ℃で12時間攪拌した。室温まで冷却後、溶液を1 mLまで濃縮し、NH4PF6水溶液に注いだ。析出してきた固体を濾取し、乾燥した。収量92 mg (88%)。
【0060】
実施例2(紫外可視スペクトル)
(1)サンプル溶液の調製
実施例1で得られた[Ru(pbn)(bpy)2](PF6)22.70 mgを、窒素でバブリングさせたDMF/TEOA(N,N-ジメチルホルムアミド/トリエタノールアミン)混合溶液(4:1 v/v) 100mLに溶解した。濃度:2.81×10-5M(以下のUV-Visスペクトルはこの溶液を用いて測定した)。
【0061】
(2)[Ru(pbn)(bpy)2](PF6)2の光化学還元
(1)で得られたサンプル溶液を石英セル(4×1×1cm)に充填し、Xeランプで照射した。ランプとサンプル溶液の距離は、20cmであった。電子スペクトルを、Shimadzu UV-Vis-NIR scanning spectrometer UV-3100PCにより記録した。照射前後のスペクトルの変化の様子を図2(a)に示す。照射後のサンプル溶液のスペクトルと、DMF中の還元型錯体のスペクトル(図2(b))とを比較することにより、照射によって、触媒が還元体へと変換されていることがわかる。
【0062】
(3)フィルターの効果
次に、光源と(1)で得られたサンプル溶液の間に各種色ガラスフィルター(東芝硝子又は旭テクノグラス社製)を置き、波長を制限した光を用いて照射を行った。照射時間はそれぞれ5分間で、その後UV-Visスペクトルの測定を行った。波長ごとのスペクトルの変化の様子を図3に示す。420nmよりも長波長側の光を照射した場合には還元反応が起こることがわかる。これに対し、450nm以下をカットした光を照射した場合には還元反応がほとんど起こらないことがわかった。
【0063】
(4)NMRスペクトル
実施例1で得られた[Ru(pbn)(bpy)2](PF6)2をDMF-d7/TEOA 混合溶液(4:1 v/v, 0.5 mL)に溶解し、NMR管にチャージした。Xe ランプで1時間照射後(条件は上記(2)の場合と同様)、NMRの測定を行った。測定は JEOL GX-500 spectrometerを用いた。測定結果を図4に示す。光照射後には、3.2および4.2ppm付近に新たなピークが出現し、芳香族領域のピークもそれぞれシフトしている。これらのピークは電解還元によって合成した[Ru(pbnH2)(bpy)2](PF6)2のものとよい一致を示していることより、光照射によって、錯体が還元体へと変換されていることがわかった。
(5)CO2還元
J-Youngバルブ付5φNMR管に、実施例1で得られた[Ru(pbn)(bpy)2](PF6)2のDMF-d7/TEOA溶液(4:1 v/v, 0.5 mL)をチャージし、13CO2を15分間バブリングし、次いで、Xeランプで照射を行った(条件は上記(2)の場合と同様)。経時変化を13C-NMRの測定により追跡し、H13CO2Hの生成を確認した。その様子を図5に示す。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】本発明にかかる有機化合物の還元方法の概念図を示す。
【図2(a)】本発明にかかる触媒の光照射前後における電子スペクトルを示す図である。
【図2(b)】N,N-ジメチルホルムアミド中の還元型触媒の電子スペクトルを示す図である。
【図3】本発明にかかる触媒の光照射前の電子スペクトルおよび各種フィルターを使用して照射した後の電子スペクトルを示す図である。
【図4】本発明にかかる触媒の光照射前後におけるNMRスペクトルを示す図である。
【図5】本発明にかかる還元方法により二酸化炭素を還元した際のNMRスペクトルの経時変化を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で示される光化学的再生が可能な触媒。
【化1】

[式中、R、R、R、R、R及びRは、それぞれ、互いに独立し、同一または異なって、水素原子、C〜C10アルキル基又はC〜C10アリール基であり、
[M]は、配位子を有する遷移金属である。]
【請求項2】
、R、R、R、R及びRが、水素原子である、請求項1に記載の触媒。
【請求項3】
前記触媒中の遷移金属が有する配位子の少なくとも一つが、2,2’−ビピリジンである、請求項1又は2に記載の触媒。
【請求項4】
下記式(1)で示される光化学的再生が可能な触媒存在下で、光化学的条件下において、有機化合物を還元する還元方法。
【化2】

[式中、R、R、R、R、R及びRは、それぞれ、互いに独立し、同一または異なって、水素原子、C〜C10アルキル基又はC〜C10アリール基であり、
[M]は、配位子を有する遷移金属である。]
【請求項5】
前記有機化合物が、カルボニル基を有する、請求項4に記載の還元方法。
【請求項6】
、R、R、R、R及びRが、水素原子である、請求項4又は5に記載の還元方法。
【請求項7】
前記触媒中の遷移金属が有する配位子の少なくとも一つが、2,2’−ビピリジンである、請求項4〜6のいずれかに記載の還元方法。

【図1】
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【図2(a)】
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【図2(b)】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−346639(P2006−346639A)
【公開日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−178800(P2005−178800)
【出願日】平成17年6月20日(2005.6.20)
【出願人】(504261077)大学共同利用機関法人自然科学研究機構 (156)
【Fターム(参考)】