説明

光学フィルタ

【課題】不要光の発生を低減でき、薄型化、低コスト化を実現する。
【解決手段】 透明基板2上に所望の波長領域に吸収を有する色素を樹脂バインダ中に分散させて構成した有機薄膜から成る光吸収構造体3が成膜されている。光吸収構造体3の上層には、近赤外光を反射するように複数の蒸着膜を積層して構成した無機薄膜から成る光反射構造体4aが成膜されている。透明基板2の反対の面には、同様に無機薄膜から成る光反射構造体4bが設けられている。
光反射構造体4a、4bは光の透過波長領域から透過制限波長領域に遷移する遷移波長領域を有し、光吸収構造体3の吸収波長領域の少なくとも一部は遷移波長領域と重なるようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、所定波長領域において光の透過を制限する光学フィルタに関するものである。
【背景技術】
【0002】
特定の波長や波長領域の光のみを透過させ、不必要な波長領域の光を制限するタイプの光学フィルタとして、バンドパスフィルタやエッジフィルタなどが一般に広く知られている。このようなフィルタとしては、ダイクロイックフィルタや近赤外線カットフィルタ(IRカットフィルタ)、紫外線カットフィルタ(UVカットフィルタ)、紫外赤外線カットフィルタ(UVIRカットフィルタ)、蛍光フィルタ、レーザーラインフィルタ、励起フィルタなどが挙げられる。
【0003】
これらの光学フィルタは所望の波長領域の透過を制限するために、制限領域に吸収を持つ材料を光学フィルタの基材内に練り込んだり、基材上に塗布したりする吸収タイプと、基材上に屈折率が異なる2種類以上の薄膜を積層し、薄膜の干渉を利用し反射させる反射タイプと、更には誘電体膜と金属膜や色ガラスなどの一部波長領域に吸収を持つ材料を組合わせた反射・吸収ハイブリッドタイプとに大別される。
【0004】
これらの光学フィルタは構成上、光を透過する透過波長領域、光の透過を制限する透過制限波長領域、そして透過波長領域から透過制限波長領域に、或いは透過制限波長領域から透過波長領域に遷移する遷移波長領域を有している。この遷移波長領域を理想的に0nmにすることはできないため、例えば20nm程度など或る波長領域の間で、透過率を所望の値へと変化させている。
【0005】
前述した遷移波長領域に該当する波長の光においては、一部が光学フィルタを透過してしまい、更にその一部が後方に配置された何らかの部材に反射して、再度裏面側から光学フィルタに入射されてしまう現象がある。このとき、この再入射光の一部が再度光学フィルタで反射され、この不要光がノイズとなって、画像・画質の劣化や、色再現性の低下など、様々な不具合を引き起こすことがある。
【0006】
簡易的な考え方では、各波長における(入射光の透過率)・(再入射光の反射率)が光学フィルタにおける不要光の強度となる。更に、より簡易的には(光学フィルタにおける入射光の透過率)・(入射光の反射率)が不要光の強度の目安となる。
【0007】
従って、例えば誘電体のみで作製された反射タイプの紫外赤外線カットフィルタであれば、紫外光側の半値波長付近や近赤外光側の半値波長付近において、このような不要光の強度は最大となる。
【0008】
このような不要光の影響は、例えば撮像光学系や走査光学系などの光学系の種類や、光学フィルタの配置位置などにより様々ではある。しかし、吸収タイプの光学フィルタに比べて、反射タイプの光学フィルタでは原理的により大きな影響を及ぼすこととなる。このため、反射タイプの光学フィルタが使用されているビデオやカメラ、顕微鏡、プロジェクタなど、様々な電子機器の近年における高精度化により、ノイズとなる不要光の問題が徐々に顕在化してきている。
【0009】
これを低減するために、光学フィルタを光軸に対して傾けて配置したり、曲面形状を持った基板に薄膜を堆積させたりするなどの各種の対策方法が提案されてはいる。しかし、光路上のスペースが大きくなったり、同一の光学フィルタ内の膜厚誤差が大きくなったり、生産性を著しく低減させてしまったりするなどの何らかの別の問題が生ずる。
【0010】
これらのことにより、このような不要光が問題となった場合は、吸収を持つタイプの光学フィルタを使用することがより好ましく、この吸収タイプの光学フィルタとして、各種の様々な構造のものが提案されている。
【0011】
例えば特許文献1では、特定波長の光を吸収する特性を備える染料等を樹脂中に分散させ形成する方法が提案されている。
【0012】
また特許文献2では、ガラスや樹脂などの基板中に金属錯体等を分散させ特定波長の光を吸収する方法が提案されている。
【0013】
更に特許文献3、4では、無機膜による光反射構造体と有機膜による光吸収構造体とのハイブリッド構成が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2005−99820号公報
【特許文献2】特開平11−160529号公報
【特許文献3】特開2006−301489号公報
【特許文献4】特開2008−51985号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
しかしながら、特許文献1のように染料等を樹脂中に分散させた構成の場合に、吸収成分のみで所望する透過制限領域全域に渡り透過率を制限するためには、必要とする透過波長領域の透過率まで同時に低下させてしまうことになる。また、一般的に急激な変化が小さく、連続的な変化が望ましいとされている透過波長領域に、大きなリップルを発生させてしまう問題がある。
【0016】
また特許文献2のように、基板中に金属錯体等を分散させた構成の場合に、吸収層に相応の厚みを必要とする。特に、基板内に吸収剤を分散させたような場合には、概ね0.3〜0.5mm以上の厚みが必要となり、近年の薄型化・小型化への要望を達成することが著しく困難になったり、製品コストが高くなったりする問題がある。
【0017】
更に特許文献3、4のように、有機膜で構成された吸収層と、無機膜で構成された反射層とのハイブリッド構成であっても、透過波長領域の透過率を高くなるように構成した場合がある。この場合には、遷移波長領域特に無機膜で形成された分光特性のおける半値波長付近において、大きな吸収を得ることができず、この領域の反射を大きく低減することはできないため、不要光の強度を低減することが著しく困難となる。
【0018】
このように、遷移波長領域を持つ光学フィルタでは、遷移波長領域における光学フィルタの反射率に起因して不要光が発生し、これがノイズとなり、様々な光学系で画像の劣化などの不具合を生じさせる虞れがある。
【0019】
また、金属膜や色ガラスなどで吸収を持たせたタイプのフィルタの場合、吸収できる波長領域が極めて限られてしまい、多種多様の用途を持つ光学フィルタ全般に応用することは難しい。
【0020】
本発明の目的は、上述の問題点を解消し、不要光の発生を低減でき、薄型化、低コスト化が実現できる光学フィルタを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上記目的を達成するための本発明に係る光学フィルタは、透明基板上に、樹脂層により形成し所定の吸収波長領域を有する光吸収構造体と、複数の無機薄膜を積層した少なくとも1つの光反射構造体とを有し、前記少なくとも1つの光反射構造体は光の透過波長領域から透過制限波長領域に遷移する遷移波長領域を有し、前記光吸収構造体の前記吸収波長領域の少なくとも一部は前記遷移波長領域と重なることを特徴とする。
【発明の効果】
【0022】
本発明に係る光学フィルタによれば、透過した光の一部が裏面から再入射した場合でも、ノイズとなる不要光の光量を低減することが可能とされ、多重反射による不具合を著しく低減することができる。更に、所望の吸収特性を得るために、複数の吸収材料を組合わせる必要が少ないために、透過波長領域でのリップルを低減でき、コストを抑えることも可能である。また、光学フィルタを傾けて配置することなどが不必要なため、光学系の薄型化に対応することが可能であり、更に平面基板に作製可能なため生産性を損なうこともない。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】実施例1の光学フィルタの構成図である。
【図2】実施例1の光反射構造体の分光透過率のグラフ図である。
【図3】実施例1の光吸収構造体の分光吸収率のグラフ図である。
【図4】実施例1により作製された光学フィルタの分光透過率のグラフ図である。
【図5】従来例の光学フィルタの分光透過率のグラフ図である。
【図6】実施例2の光学フィルタの構成図である。
【図7】実施例2の光反射構造体の分光透過率のグラフ図である。
【図8】実施例2の光吸収構造体の分光吸収率のグラフ図である。
【図9】実施例2により作製された光学フィルタの分光透過率のグラフ図である。
【図10】実施例3の光学装置の構成図である。
【図11】実施例4の光学装置の構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明を図示の実施例に基づいて詳細に説明する。
【実施例1】
【0025】
図1は近赤外光領域の光の透過を制限する赤外線カットフィルタとして機能する実施例1の光学フィルタ1の構成図を示している。
【0026】
この光学フィルタ1においては、透明基板2上に、所望の波長領域に吸収を有する色素を樹脂バインダ中に分散させて構成した有機薄膜から成る光吸収構造体3が成膜されている。また、この光吸収構造体3の上層には、近赤外光を反射するように複数の蒸着膜を積層して構成した無機薄膜から成る光反射構造体4aが成膜されている。更に、透明基板2の反対の面には、同様に無機薄膜から成る光反射構造体4bが設けられている。
【0027】
透明基板2は合成樹脂材から成る例えば板厚0.1mmのノルボルネン系材料であるArton(JSR製、製品名)フィルムが使用されている。Artonフィルムはガラス転移温度(Tg)が高く、更に曲げ弾性率も高く、透明基板2の割れやうねりを低減できる。
【0028】
実施例1においてはArtonフィルムを使用しているが、この他にポリイミド系の樹脂フィルム等も好適な材料の1つである。更には、可視波長領域において透明性を有するものであれば、例えばPETに代表されるポリエステル系、PEN、アクリル系、アラミド系、PC(ポリカーボネート)、ポリ塩化ビニル、PVA(ポリビニルアルコール)等の使用が可能である。
【0029】
光吸収構造体3は色素を分散させた樹脂層を、例えばスピンコート法により塗工することにより形成されている。光吸収構造体3を構成する樹脂バインダにはアクリル系樹脂を用いているが、このアクリル系樹脂は透明基板2と樹脂層との密着の観点から、一部にスチレンを含有しているアクリル−スチレン共重合樹脂を選択している。
【0030】
なお樹脂はアクリル系以外にも、可視波長領域において透光性が高ければ、ポリスチレン系、ポリエステル系、ポリウレタン系、フッ素系、PC系、ポリイミド系、スチレン系、ポリオレフィン系等の使用が考えられる。これらの樹脂は単体又は2種類以上を混合して用いてもよく、また共重合体として用いることもできる。つまり、可視波長領域における吸収が小さい材料であればよく、透明基板2となる材料や、前後のプロセス、光学フィルタに要求される特性、色素との相性等の様々な要素を考慮し、最適な樹脂バインダを選択すればよい。
【0031】
樹脂バインダは透明基板2との屈折率差が小さいものがより好ましい。透明基板2と光吸収構造体3とが隣接する場合に、屈折率差を小さくすることで、透明基板2と樹脂層との界面での反射を小さくし、膜厚を薄くしても干渉効果による影響をより小さくすることが可能である。また同様の理由から、透明基板2と光吸収構造体3との間に接着層や応力緩和層等の機能膜層を挿入する場合であっても、透明基板2、機能膜層、光吸収構造体3の三者の屈折率が近いものがより好ましい。
【0032】
光吸収構造体3の樹脂層が乾燥することで発生する硬化収縮に起因する応力に関しては、光吸収構造体3の膜厚を薄くすることで低減することが可能である。この際に、所望の吸収特性を維持するために、色素の濃度調整や、例えばスピンコート法であれば回転速度等の塗工プロセスの調整が必要となる。
【0033】
有機薄膜により構成された光吸収構造体3の場合に、色素成分は水分に弱いため、樹脂バインダ中に分散させても、特に温度や湿度等の周囲環境から、樹脂が少なからず吸水してしまい、色素成分がその影響を受けて光学特性が変化してしまうことがある。このため、光吸収構造体3よりも表層側に光反射構造体4aを配置している。
【0034】
光反射構造体4a、4bはそれぞれ少なくとも2種類以上の無機薄膜を積層して成膜され、光反射構造体4a、4bは合わせて1つの薄膜積層構造体として機能し、或る波長領域の透過を制限している。
【0035】
透明基板2に合成樹脂材を使用した場合には、光反射構造体4a、4bの成膜プロセスに起因する熱の問題が発生する。ガラス透明基板と比較して、ガラス転移温度が極端に低い樹脂透明基板の場合には、透明基板2と膜との線膨張係数の差に起因する透明基板2の反りや、この反りに伴う膜面のクラックの発生等が考えられる。そこで、成膜中に発生する熱への施策が必要であり、具体的には透明基板2としてガラス転移温度の高い材料を選択したり、成膜プロセスの低温化を図ることが考えられる。
【0036】
光反射構造体4a、4bの成膜においては、成膜装置に吸熱機構を設け、放射冷却効果により成膜中に透明基板2に発生する熱を除去する手法を選択した。その際に、成膜プロセスで到達する透明基板2上の最高温度を予め測定し、その温度に耐え得る材料を選択する必要がある。実施例1では、成膜プロセスの安定性を考慮し、先に実験した到達最高温度に或る程度の許容値を加え、ガラス転移温度を適性判断のパラメータとし、約70℃以上のガラス転移温度を有する透明基板2を選択している。
【0037】
また、光反射構造体4a、4bの成膜中の温度が通常の成膜温度より低くなることから、何らかのアシストを付加したり、比較的に高エネルギで成膜されるスパッタ法など、膜密度が高くなるプロセスを選択することが強く望まれる。具体的には、スパッタ法、IAD法、イオンプレーティング法、IBS法、クラスタ蒸着法等の膜厚を比較的正確に制御でき、再現性の高い膜を得ることができる成膜法であればよい。蒸着以外の物理的又は化学的成膜方法で形成してもよいし、ゾルゲル法などのウェットプロセスでもよく、必要とされる膜の性質や、透明基板2を含めた各材料の制約条件等から最適な方法を選択すればよい。
【0038】
図2は板厚0.1mmのArtonフィルムから成る透明基板2に、光反射構造体4a、4bのみを成膜した場合の反射タイプの光学フィルタの分光透過率特性のグラフ図である。この光学フィルタは可視波長領域で透過率が高く、紫外波長領域から可視波長領域にかけての領域の波長の透過を防止する第1阻止波長領域W1、可視波長領域から近赤外波長領域にかけての波長領域に第2阻止波長領域W2を有している。更に、第2阻止波長領域W2から近赤外波長にかけての波長領域に第3阻止波長領域W3を有し、3つの阻止波長領域W1〜W3により構成されている。光反射構造体4aにより阻止波長領域W1及びW2が形成され、光反射構造体4bにより阻止波長領域W3が形成されている。
【0039】
光反射構造体4a、4bの薄膜積層構造は、IAD法により複数層の無機質から成る誘電体膜を順次に積層することにより形成している。一般に、このような多層膜においては膜応力が非常に大きくなり、光学系の薄型化の観点から透明基板2の板厚を薄くした場合には、透明基板2に反りが生ずる虞れがある。この対策として、図1に示すように透明基板2の両面に光反射構造体4a、4bをそれぞれ成膜すると、透明基板2の両面に同じ材料、膜厚、膜質で積層することになり、膜応力を低減できることになる。
【0040】
しかし、その場合には膜の構成設計が困難であり、透明基板2の片面に設計した場合と同じ積層数となるように膜設計を行うと、光学特性が大きく犠牲となる虞れがある。また、光学特性と膜応力の緩和を同時に満足させるためには、積層数が増加し、フィルタ製作の工数アップの要因となる。膜応力による透明基板2の反りが問題となる場合には、図1に示すように薄膜積層構造体を透明基板2の両面に分割して配置することが好適な手法となる。
【0041】
以上の説明では、応力バランスのために透明基板2の両面に光反射構造体4a、4bを配置したが、加えて実施例1では、光吸収構造体3と光反射構造体4a、4bとの応力バランスをとることも必要である。そのために、それぞれの応力を予め測定しておき、透明基板2の両面への配置を最適化することにより、透明基板2の両面の応力バランスをとることが好ましい。
【0042】
従って、実施例1では透明基板2上に先ず光吸収構造体3を形成し、その上層に光反射構造体4aによる29層の薄膜を成膜し、その後に透明基板2の反対の面に光反射構造体4bによる21層の薄膜を成膜している。このような光反射構造体4a、4bから成る誘電体膜の材料には、高屈折率材料にはTiO2、低屈折率材料にはSiO2を使用し、TiO2とSiO2を交互に積層した。
【0043】
この他に、成膜手法によっても異なるが、一般的に高屈折率材料にはNb25、ZrO2、Ta25等が使用され、低屈折率材用にはMgF2を使用する場合もある。設計上や成膜上の理由から、中間屈折率材料であるAl23等を一部の層で使用する場合もあるが、適宜に最適な材料の組合わせを選択すればよい。
【0044】
また、実施例1の光学フィルタ1のように、ハイブリッドタイプのフィルタの場合には、有機薄膜による吸収と無機薄膜による反射を考慮し、所望の波長が赤外光半値波長となるように、予め調整することが必要となる場合がある。
【0045】
図3は光吸収構造体3のシアニン系の色素をアクリル系の樹脂バインダ中に分散させた場合の所定の吸収波長領域を有する分光特性を示し、所望の吸収を得られるように色素の濃度及び膜厚を調整し、膜状に塗工して形成している。このように分散された色素は、光反射構造体4a、4bにより形成された近赤外光を透過する透過波長領域から透過制限波長領域に遷移する遷移波長領域の分光透過率の赤外光半値波長を含む波長近傍に吸収帯を有している。
【0046】
この際に、樹脂バインダにメチルエチルケトン(MEK)やトルエン、メチルイソブチルケトン(MIBK)等の溶剤を添加し、塗工後に乾燥工程を経て揮発させることが一般的であるが、色素や樹脂バインダ、塗工法等の関係から最適な溶剤を適宜に選択すればよい。例えば、溶媒はケトン系に限らず、シクロヘキサン、トルエン等の炭化水素系、酢酸メチル、酢酸エチル等のエステル系、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン等のエーテル系、メタノール、エタノール等のアルコール系、ジメチルホルムアミド等のアミン系の溶媒や水を、色素・樹脂バインダの溶解性や揮発性等を考慮し、単体又は2種類以上の混合物として最適な組合わせになるように選択すればよい。本実施例1では、メチルエチルケトン(MEK)とメチルイソブチルケトン(MIBK)を1:9(重量比)の割合で混合した溶媒を使用し、この塗布溶液をスピンコート法により、所望の分光を得られる厚さに成膜し、乾燥炉で乾燥・硬化させた。
【0047】
また、光吸収構造体3に酸化防止剤を添加することで、色素の劣化を低減することができる場合もある。酸化防止剤としては、フェノール系、ビンダードフェノール系、アミン系、ビンダードアミン系、硫黄系、リン酸系、亜リン酸系等が挙げられる。
【0048】
図4は上述の方法により製作された光学フィルタ1の分光透過率特性のグラフ図を示し、図2に示す光反射構造体4a、4b、図3に示す光吸収構造体3の分光特性を合成したものとなる。赤外線カットフィルタにおける不要光の強度は、簡易的には(赤外線カットフィルタの分光透過率)・(赤外線カットフィルタの分光反射率)で計算された値が目安となる。光学フィルタを無機薄膜のみで構成した場合に、不要光の強度は赤外光半値波長で最大となり、透過率50%、反射率50%と仮定すると、その値は概ね25%程度となる。
【0049】
実用的には、不要光の強度は少なくとも15〜16%程度までは低減する必要がある。従って、例えば強度を16%以下にまで低減するには、光吸収構造体3を組合わせた場合に、少なくとも透過率40%、反射率40%となるように、光吸収構造体3の前記した赤外光半値波長での吸収率は20%程度以上が必要となる。
【0050】
簡易的な計算では、光反射構造体4a、4bのみでの不要光の最大強度が上述の25%程度であるのに対し、実施例1で作製した光学フィルタ1の遷移波長領域での不要光の最大強度は8%以下となる。不要光に関しては、撮像素子の感度特性、遷移波長領域から透過制限波長領域において発生する不要光の合計値などによってもその影響は異なる。しかし、実施例1で作製された光学フィルタ1は、遷移波長領域での最大強度を3割以上低減しており、多くの光学系で不要光を低減することができる。
【0051】
透明基板2の全面に上述した光吸収構造体3、光反射構造体4a、4bを成膜した後に、所望の形状に打ち抜くことで光学フィルタ1を10mmの正方形状に加工する。なお、成膜時に透明基板2上にマスクを施すことで、所望の範囲を部分的に成膜し、成膜後にそれぞれを切り抜く方法でも、同様の光学フィルタ1を作製することができる。
【0052】
図5は比較のために、特許文献4を基に作製した比較例の光学フィルタの分光透過率のグラフ図である。図5(a)は有機薄膜層によるグラフ図、図5(b)は基板の両面に分割し配置した2つの無機薄膜層によるグラフ図、図5(c)はこれらの有機薄膜層と無機薄膜層とにより作製されたグラフ図を示している。
【0053】
図5(b)から無機薄膜層で形成される赤外光半値波長は、650nm付近の波長であることが分かる。また、図5(c)から有機薄膜層と無機薄膜層を構成した場合であっても、赤外光半値波長は650nm付近であり、図5(b)とほぼ同様の波長となっていることが分かる。また、図5(a)に示された有機薄膜層の特性から、特許文献4で提示されている有機薄膜層の遷移波長領域での吸収率、特に赤外光半値波長における吸収率は、最大でも10%程度と極めて小さい値となっていることが予測される。
【0054】
透過波長領域、透過制限波長領域においては、透過率又は反射率の何れかが0に近付くため、上述のように簡易的には不要光の強度は遷移波長領域での透過率と反射率とを乗じた値が支配的となる。従って、この遷移波長領域に十分な吸収を得ることができない場合には、透過率が低いと反射率が高くなり、反射率が低いと透過率が高くなるため、不要光の強度を低減することは極めて困難である。
【0055】
撮像素子の感度特性やフィルタの配置位置等、光学系全体での構成によっても不要光の影響は微妙に異なるが、特許文献4で得られる図5(a)のような光学特性では、不要光を十分に低減することは困難である。
【実施例2】
【0056】
図6は可視波長領域の一部の領域のみ光を透過し、その近郊の波長領域の透過を制限する蛍光フィルタとして機能する実施例2の光学フィルタ11の構成図を示している。
【0057】
この光学フィルタ11においては、透明基板12上に、所望の波長領域に吸収を有する色素を樹脂バインダ中に分散させて構成した有機薄膜から成る光吸収構造体13が成膜されている。また、この光吸収構造体13上には、複数の蒸着膜を積層し構成した無機薄膜から成る光反射構造体14aが成膜されている。更に、透明基板12の反対の面には、同様に無機薄膜から成る光反射構造体14bが成膜されている。
【0058】
透明基板12は例えば板厚0.5mmのBK7が使用されている。透明基板12においては、所望の波長領域において透明性を有するものであれば合成樹脂基板でもよく、実施例1で挙げた樹脂フィルムの使用が可能である。
【0059】
光吸収構造体13は色素を分散させた樹脂層を、例えばスピンコート法により塗工することにより形成されている。光吸収構造体13を構成する樹脂バインダにはアクリル系樹脂を用いたが、他にも実施例1で挙げた樹脂が使用できる。
【0060】
実施例1と同様の理由から、光吸収構造体13よりも表層側に光反射構造体14aを配置している。光反射構造体14a、14bはそれぞれ少なくとも2種類以上の無機薄膜を積層して成膜され、光反射構造体14a、14bは合わせて1つの薄膜積層構造体として機能し、或る波長領域の透過を制限している。
【0061】
透明基板12に合成樹脂材を使用した場合には、実施例1と同様にガラス転移温度の高い材料を選択したり、成膜プロセスの低温化を図ったりするなど、成膜中に発生する熱への施策が必要である。
【0062】
図7は透明基板12に光反射構造体14a、14bのみを成膜した場合の反射タイプの光学フィルタの分光透過率特性のグラフ図である。この光学フィルタは所望の可視波長領域で透過率が高く、紫外波長領域から透過波長領域にかけて透過を制限する第1阻止波長領域W11、第2阻止波長領域W12、第3阻止波長領域W13を有し、3つの阻止波長領域W11〜W13により構成されている。光反射構造体14aにより阻止波長領域W13が形成され、光反射構造体14bにより阻止波長領域W11及びW12が形成されている。
【0063】
光反射構造体14a、14bの薄膜積層構造は、スパッタ法により複数層の無機質から成る誘電体膜を順次に積層することにより形成している。
【0064】
実施例2では、透明基板12上に先ず光吸収構造体13を形成し、その上層に光反射構造体14aによる20層の薄膜を成膜し、その後に透明基板12の反対の面に光反射構造体14bによる25層の薄膜を成膜している。
【0065】
図8は光吸収構造体13のフタロシアニン系の色素を、アクリル系の樹脂バインダ中に分散させた場合の所定の吸収波長領域を有する分光特性を示し、所望の吸収を得られるように色素の濃度及び膜厚を調整し、膜状に塗工して形成している。このように分散された色素は、光反射構造体14a、14bにより形成された遷移波長領域の分光透過率の半値波長を含む波長近傍に吸収帯を有している。
【0066】
図9は上述の方法により製作された光学フィルタ11の分光透過率特性のグラフ図を示し、図7に示す光反射構造体14a、14b、図8に示す光吸収構造体13の分光特性を合成したものとなる。
【0067】
蛍光は微弱な光なので、少しの不要光が生じても画質の劣化を引き起こしてしまう。従って、少しでも不要光を低減することが重要であり、これによりノイズとしての影響は低減される。
【0068】
簡易的な計算では、光反射構造体14a、14bのみでの不要光の最大強度が上述の25%程度であるのに対し、例えば、実施例2で作製した光学フィルタ11の遷移波長領域での不要光の最大強度は8.3%程度となる。不要光に関しては、撮像素子の感度特性、遷移波長領域から透過制限波長領域において発生する合計値などによってもその影響は異なる。しかし、実施例2で作製された光学フィルタ11は遷移波長領域での最大強度を3割程度低減しており、光学フィルタ11では、透過波長領域で高透過率を維持しながら、ノイズの影響も低減することができる。
【0069】
ここで、実施例1、2においては光吸収構造体の塗工はスピンコート法を用いたが、これに限らず、ディップコート法、グラビアコート法、スプレーコート法、キスコート法、ダイコート法、ナイフコート法、ブレードコート法、バーコータ法等であっても、同様の膜を形成することができる。つまり、所望の分光を満足する膜厚や、形状、生産性等を考慮して、最適な成膜方法を選択すればよい。
【0070】
光吸収構造体13には、実施例1ではシアニン系、実施例2においてはフタロシアニン系の色素を用いたが、これに限定されることはない。例えば、アゾ系やフタロシアニン系、ナフタロシアニン系、ジイモニウム系、ポリメチン系、アンスラキノン系、ナフトキノン系、トリフェニルメタン系、アミニウム系、ピリリウム系、スクワリリウム系等の色素を単体又は混合して用いることができる。ただし、透過波長領域における吸収が小さく、透過波長領域における透過率が平坦又は連続的に変化する色素が好ましい。
【0071】
また実施例1、2では、光吸収構造体3、13の成膜後の硬化方法として熱硬化法を用いているが、他の活性エネルギ線、例えば可視光線、電子線、プラズマ、赤外線、紫外線等を用いてもよい。活性エネルギ線の照射量は樹脂組成物の硬化が進行するエネルギ量であればよく、必要に応じて光重合開始剤や酸化防止剤を添加すればよい。
【0072】
光重合開始剤としては、例えばベンゾフェノン、ベンジル、4,4−ジメチルアミノベンゾフェノン、2−クロロチオキサントン、2,4−ジエチルチオキサントン、ベンゾインエチルエーテル、ジエトキシアセトフェノン、ベンジルジメチルケタール、2−ヒドロキシ−2−メチルプロピオフェノン、1−ヒドロキシシクヘキシルフェニルケトン、テトラメチルチウラムモノスルフィド、テトラメチルチウラムジスルフィド、ヒドラゾン、α−アシロキシムエステル等が挙げられるが、これらに限定されるものでなく、単独又は複数で用いてもよい。
【0073】
電子線硬化開始剤としては、ベンゾフェノン、2−エチルアントラキノン、2,4−ジエチルチオキサントン、メチルオルソベンゾイルベンゾエート、イソプロピルチオキサントン、ジエトキシアセトフェノン、ベンジルジメチルケタール、1−ヒドロキシシクロヘキシル−フェニルケトン、ベンゾインメチルエーテル、ベンゾインエチルエーテル、ベンゾインイソプロピルエーテル、ベンゾインイソブチルエーテル、2,4,6−トリメチルベンゾイルジフェニルホスフィンオキサイド、ビス−フェニルホスフィンオキサイド、メチルベンゾイルホルメート、1,7−ビスアクリジニルヘプタン、9−フェニルアクリジン等が挙げられるが、これらに限定されるものでなく、単独又は複数で用いてもよい。
【0074】
熱重合開始剤としては、過酸化ベンゾイル、t−ブチルパーベンゾエイト、クメンヒドロパーオキサイド、ジイソプロピルパーオキシジカーボネート、ジ−n−プロピルパーオキシジカーボネート、ジ(2−エトキシエチル)パーオキシジカーボネート、t−ブチルパーオキシネオデカノエート、t−ブチルパーオキシビバレート、(3,5,5−トリメチルヘキサノイル)パーオキシド、ジプロピオニルパーオキシド、ジアセチルパーオキシド、2,2−アゾビスイソブチロニトリル、2,2−アゾビス(2−メチルブチロニトリル)、1,1−アゾビス(シクロヘキサン−1−カルボニル)、2,2’−アゾビス(2,4−ジメチルバレロニトリル)、2,2−アゾビス(2,4−ジメチル−4−メトキシバレロニトリル)、ジメチル2,2−アゾビス(2−メチルプロピオネート)、4,4−アゾビス(4−シアノバレリック酸)等が挙げられるが、これらに限定されるものでなく、単独又は複数で用いてもよい。
【実施例3】
【0075】
図10は実施例1で作製された光学フィルタ1を、ビデオカメラ等に使用する実施例3の撮像装置の簡易的な構成図である。光路に沿って対物レンズ21、絞り羽根22を有する光量絞り部23、レンズ24〜26、光学フィルタ部27、CCDやCMOSセンサから成る固体撮像素子28が配列されている。
【0076】
対物レンズ21、光量絞り部23、レンズ24〜26から成る撮像光学系29を透過した被写界光を、光学フィルタ部27で固体撮像素子28の特性に合わせて制限し、適正な画像を得るようになっている。
【0077】
例えば、光学フィルタ1を光学フィルタ部27に配置し、撮像装置に組み込んで使用することにより、紫外線、赤外線を遮蔽すると共に、ノイズとなり悪影響を及ぼす不要光が低減され、画像の高精度化を実現できる。また、光学フィルタ1を光学フィルタ部27に配置する際に、光学フィルタ1の反射による不要光をより低減できるように、光反射構造体4aに対し光吸収構造体3の位置が固体撮像素子28に近い側になるようにすることが好ましい。
【0078】
具体的には、撮像光学系29を透過して固体撮像素子28に結像した光量を判断して、駆動部材により光学フィルタ部27を駆動する。被写界の光量が通常の撮影に十分な量であるときは、固体撮像素子28を覆うように光学フィルタ部27を移動させ、光量が不十分なときは固体撮像素子28にかからないように光学フィルタ部27を光路外に退避させる。
【0079】
光学フィルタ部27の光学フィルタ1の有無により、結像する光線に光路差が発生し、画像が劣化してしまうことがあるが、このような場合には光学フィルタ1の透明基板2と同じ材質の透明基板2をダミーとして挿入することにより、画像劣化を低減できる。
【0080】
また、従来においては、このような不要光を低減するために、光路に対して光学フィルタを傾けて配置することがあったが、本実施例3では光学フィルタ1により不要光が低減するので、傾けた配置が不要となり、撮影光学系の小型化に対応することが可能である。
【実施例4】
【0081】
図11は実施例2で作製された蛍光フィルタである光学フィルタ11を蛍光顕微鏡装置に搭載した実施例4の観察装置の簡易的な構成図である。
【0082】
蛍光物質は特定波長の励起光を吸収し、それにより励起された状態から基底状態に戻る際に、光としてエネルギを放出する特性を持っている。蛍光物質は目的に応じて様々な種類のものが開発されており、波長帯域も紫外光から近赤外光まで広範囲に渡っている。そして、蛍光顕微鏡装置はこのような特性を持つ蛍光物質を観察するためのものである。
【0083】
図11において、光源31の出射方向の光路に沿って、バンドパスフィルタである励起フィルタ32、ダイクロイックミラー33が配置され、ダイクロイックミラー33は光源31の光路に対し斜め方向を向けて配置されている。ダイクロイックミラー33の反射方向には蛍光物質から成る測定試料Sが配置され、測定試料Sのダイクロイックミラー33の反対側には蛍光フィルタとして機能する光学フィルタ11が設けられている。
【0084】
光源41からの発光は励起フィルタ32により蛍光物質の励起に必要な光のみを抽出され、ダイクロイックミラー33に進む。ダイクロイックミラー33は特定の波長の光のみを反射し、それ以外の波長の光を透過する。ダイクロイックミラー33により励起光は測定試料Sの方向に反射され、測定試料Sから発した蛍光はダイクロイックミラー33を透過し、光学フィルタ11に進む。
【0085】
光学フィルタ11は測定試料Sから発せられた蛍光を、それ以外の不要光を除去することで効率良く透過させる。光学系からの散乱光や励起光の漏れは不要光となり、ノイズとなって画像に表れるため、より鮮明な画像を得るためには、光学フィルタ11による不要光の更なる低減が必要となる。
【符号の説明】
【0086】
1、11 光学フィルタ
2、12 透明基板
3、13 光吸収構造体
4a、4b、14a、14b 光反射構造体
21 対物レンズ
22 絞り羽根
23 光量絞り部
27 光学フィルタ部
28 固体撮像素子
29 撮像光学系
31 光源
32 励起フィルタ
33 ダイクロイックミラー
S 測定試料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明基板上に、樹脂層により形成し所定の吸収波長領域を有する光吸収構造体と、
複数の無機薄膜を積層した少なくとも1つの光反射構造体とを有し、
前記少なくとも1つの光反射構造体は光の透過波長領域から透過制限波長領域に遷移する遷移波長領域を有し、前記光吸収構造体の前記吸収波長領域の少なくとも一部は前記遷移波長領域と重なることを特徴とする光学フィルタ。
【請求項2】
前記光吸収構造体は近赤外波長領域の波長の一部に前記吸収波長領域を有する色素を分散した樹脂層により形成したことを特徴とする請求項1に記載の光学フィルタ。
【請求項3】
前記透明基板の両面に前記光反射構造体を積層したことを特徴とする請求項1又は2に記載の光学フィルタ。
【請求項4】
前記光吸収構造体の上層に前記光反射構造体を構成したことを特徴とする請求項1〜3の何れか1つの請求項に記載の光学フィルタ。
【請求項5】
請求項1〜4に記載の光学フィルタを搭載した光学装置。
【請求項6】
前記光学フィルタを固体撮像素子の前方に配置するに際して、前記光学フィルタの光吸収構造体を前記光反射構造体よりも前記固体撮像素子側に位置させたことを特徴とする請求項5に記載の光学フィルタを搭載した光学装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−137645(P2012−137645A)
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−290426(P2010−290426)
【出願日】平成22年12月27日(2010.12.27)
【出願人】(000104652)キヤノン電子株式会社 (876)
【Fターム(参考)】