説明

光学反射鏡

【課題】反射鏡の局部的な熱変形を抑制し、結像画像のぼけや歪など光学特性の低下を防ぐことを目的とする。
【解決手段】反射面を有する鏡面体2と、この鏡面体2の前記反射面と反対の面に接続され、鏡面体2と同じ材質で構成された隔壁4を有し、前記隔壁4に発熱部8を備えたワッフル構造体5と、発熱部8に電力を供給する電力供給部とを備え、光学反射鏡に外部から熱供給が行なわれたときに、発熱部8を発熱させることによって、光学反射鏡全体を、最も熱入力の大きい部分の温度に合わせる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、宇宙空間あるいは地上で使用される大型望遠鏡に用いられる光学反射鏡に関するものである。
【背景技術】
【0002】
衛星軌道上で使用される地球観測衛星あるいは宇宙観測衛星は、真空の環境状態のもとでの太陽光と地球の影とによる昼夜の環境変化により、急激でかつ大きな熱入出力の変化に曝される。
【0003】
そのため、衛星に搭載されている光学反射鏡も衛星の熱入出力の変化の影響が避けられない。線膨張係数がゼロでない素材で光学反射鏡が構成されている場合は、この熱入出力の変化の影響により、光学反射鏡に熱変形が生じる。このとき光学反射鏡が受ける熱入出力の変化は、光学反射鏡全体が同じ熱入出力の変化を受けるのではなく熱入出力の変化に分布があり、その結果光学反射鏡には必ず温度分布(温度勾配)が発生する。そのため、光学反射鏡は均一に変形をせず、温度分布に応じた局所的な熱歪が発生する。したがって、この熱歪により光学反射鏡の反射面に変形が生じ、結像画像のぼけや歪など光学特性の低下が生じる。
【0004】
これを改善する方法として、反射鏡と支持体を介してこの反射鏡を保持する光学架台との間に高熱伝導接着剤を用いて熱伝導部材を接続し、反射鏡の鏡面で発生した熱を熱伝導部材を介して光学架台へすばやく伝熱して反射鏡の温度分布を小さくする方法が開示されている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
また、別の方法として、反射鏡の表面温度分布を検出する温度分布検出手段と、反射鏡の裏面を部分的に加熱または冷却するための熱線ヒータおよびファンからなる温度制御手段とを備え、検出された表面温度分布に基づき温度制御手段を動作させて反射鏡の表面温度分布を調整する方法が開示されている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−13010号公報(3頁、図1)
【特許文献2】特開平10−284390号公報(3頁、図3)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、反射鏡と光学架台との間に熱伝導部材を接続し、反射鏡の鏡面で発生した熱を熱伝導部材を介して光学架台へすばやく伝熱して反射鏡の温度分布を小さくする従来の方法においては、反射鏡を構成する部材の熱膨張係数と高熱伝導接着剤や高熱伝導部材の熱膨張係数とが異なることから、熱伝導部材が接続された部分での熱歪の発生が不可避であり、この部分での光学反射鏡の局所的な変形を防ぐことができないという問題があった。
【0008】
また、反射鏡の表面温度分布に基づき熱線ヒータおよびファンを動作させて反射鏡の表面温度分布を調整する従来の方法においても、反射鏡を構成する部材の熱膨張係数と熱線ヒータの熱膨張係数とが異なることから、熱線ヒータの接着された部分での熱歪の発生が不可避であり、この部分での光学反射鏡の局所的な変形を防ぐことができないという問題があった。
【0009】
この発明は、上述のような課題を解決するためになされたもので、反射鏡の局部的な熱変形を抑制し、結像画像のぼけや歪など光学特性の低下を防ぐことを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この発明に係る光学反射鏡は、反射面を有する鏡面体と、この鏡面体の前記反射面と反対の面に接続され、鏡面体と同じ材質で構成された隔壁を有し、前記隔壁に発熱部を備えたワッフル構造体と、発熱部に電力を供給する電力供給部とを備えたものである。
【発明の効果】
【0011】
この発明は、鏡面体と同じ材質で構成されたワッフル構造体で鏡面体の形状を維持し、このワッフル構造体の隔壁に発熱部を備えているので、反射鏡の局部的な熱変形を抑制し、結像画像のぼけや歪など光学特性の低下を防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】この発明の実施の形態1の光学反射鏡の模式図である。
【図2】この発明の実施の形態1の光学反射鏡の模式図である。
【図3】この発明の実施の形態1における光学反射鏡の発熱部の模式図である。
【図4】この発明の実施の形態2における光学反射鏡の特性を測定するための測定方法の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
実施の形態1.
この発明の光学反射鏡に用いる材料としては、以下に示す条件を満たすものが望ましい。
(1)比強度、比剛性が高く、破壊靱性値が高い素材であること。
(2)抵抗発熱体としての導電特性を有すること。
(3)熱膨張係数が小さく、熱伝導率の高い物性を有すること。
(4)製造プロセスが簡単で、形状製造性が優れていること。
(5)汎用設備による製造が可能で、素材の加工性が優れていること。
(6)単一素材で、構成部材の全ての形状が製造可能であり、かつ、一体化(組み合わせが)可能であること。
【0014】
実施の形態1においては、上記の要求特性を満たす材料として、炭素繊維強化炭化ケイ素複合材料(以下、C/SiCと略して記載する)を用いて光学反射鏡を作製したものである。
【0015】
図1は、本実施の形態における光学反射鏡1の模式図である。鏡面体2は、外形約500mm、内径約130mm、厚さ約50mmの凹面鏡形状であり、焦点距離は約1572.5mmである。この鏡面体2は、C/SiCの塊から切削加工により、所定の形状としたものである。鏡面体2の反射面3には、光反射のためにアルミニウムの薄膜が、例えばスパッタ成膜により形成されている。
【0016】
図2は、本実施の形態における光学反射鏡1を反射面の裏側から見たときの模式図である。図2において、光学反射鏡1の裏面には、切削加工により隔壁4が形成されている。この隔壁4は、隔壁の厚さが約4mmで一辺が約75mmの正三角形に配置され、全体としてワッフル構造体5を構成している。このワッフル構造体5は、図1に示したように、支持部材6で光学架台7に固定されている。
【0017】
図3は、本実施の形態における隔壁4の拡大模式図である。隔壁4には、この隔壁4の他の部分より断面積が小さい発熱部8が形成されている。発熱部8は、隔壁4をスリット状に加工したもので、この発熱部8の断面積は、同じ隔壁4の他の部分より断面積を小さくして、電気抵抗が高くなるように設定されている。このスリット部の先端部8aとスリット部の基部8bとの間には電力供給部(図示せず)が接続されている。この電力供給部から電力を供給してスリット状の発熱部8を発熱させることができる。
【0018】
このように構成された光学反射鏡においては、鏡面体の反射面および裏面のワッフル構造体が同じC/SiCで構成されている。また、ワッフル構造体の隔壁形成された発熱部も同じC/SiCで構成されている。光学反射鏡が衛星軌道上で用いられる場合、光学反射鏡は太陽光の照射による熱入力以外は、常に熱出力の状態に置かれている。光学反射鏡の反射面に太陽光が照射される場合、反射面全体に均一に照射されるのではなく、通常は不均一に照射される。このとき、光学反射鏡の反射面に不均一な熱入力が行なわれるが、熱入力の少ない反射面の位置に対応する発熱部を発熱させることにより、光学反射鏡全体を、最も太陽からの熱入力の大きい部分の温度に合わせることができる。
【0019】
また、支持部材が直接鏡面体の反射面を支持するのではなく、ワッフル構造体を介して支持しており、鏡面体の反射面および裏面のワッフル構造体を同じC/SiCで構成しているので、光学反射鏡の局部的な熱変形を最小限に抑制することができる。
【0020】
このように、本実施の形態における光学反射鏡においては、鏡面体の反射面、裏面のワッフル構造体およびワッフル構造体の隔壁形成された発熱部を同じC/SiCで構成し、熱入力の少ない反射面の位置に対応する発熱部を発熱させることにより、光学反射鏡全体の温度を最も太陽からの熱入力の大きい部分の温度に合わせているので、反射鏡の局部的な熱変形を抑制し、結像画像のぼけや歪など光学特性の低下を防ぐことができる。
【0021】
なお、本実施の形態においては、ワッフル構造体として隔壁を正三角形に並べる構造としたが、四角形や六角形などの構造を採用することもできる。また、図2に示すように、本実施の形態においては、隔壁の全てに発熱部を形成したが、隔壁の間隔が小さい場合や、熱分布の許容度に応じて発熱部を形成しない障壁があってもよい。
【0022】
また、本実施の形態においては、隔壁をスリット状に加工して発熱部を構成しているが、必ずしも隔壁と同じ材料で発熱部を構成する必要はない。発熱部は、線膨張係数が隔壁を構成する材料の線熱膨張係数と近い材料、もしくは剛性の低い柔らかい材料で構成することもできる。
【0023】
また、本実施の形態においては、光学反射鏡に用いる材料に要求される特性を満たす材料としてC/SiCを採用したが、それ以外に、ベリリウムなどの材料を用いることもできる。
【0024】
なお、ワッフル構造体は、支持部材で光学架台に固定されているが、さらにワッフル構造体と光学架台との間に、高熱伝導接着剤を用いて熱伝導部材を接続してもよい。このような熱伝導部材を設けることで、鏡面体全体の温度上昇を抑制することができる。
【0025】
実施の形態2.
実施の形態2においては、実施の形態1で作製した光学反射鏡の熱変形を測定したものである。
【0026】
図4は、本実施の形態における光学反射鏡の熱変形を測定するための測定方法の概略図である。図4において、光学反射鏡1の反射面3に対向して光学干渉計10が配置されている。この光学干渉計10は、反射面3の鏡面精度を測定することができる。また、反射面3の斜め前方にハロゲンランプ11が配置されている。さらに、反射面3と光学干渉計10との間にハーフミラー12が配置されており、このハーフミラー12を介して反射面3の温度分布を測定するための温度測定器13が配置されている。光学干渉計10としては、例えばザイゴ社製のGPI−XPレーザ干渉計式形状測定器を用いることができる。
【0027】
始めに、室温23.4℃の環境のもとで反射面3の温度分布を測定した。また、同時に反射面3の鏡面精度(波面収差)を測定した。その結果、反射面3の温度分布は、23.4℃±0.1℃であり、波面収差は、0.254λ(rms)であった。ここで、波面収差とは、光学系を通過した同心球面波面の乱れのことであり、本実施の形態においては、光学反射鏡で収束した同心球面波面と理想波面との偏差の標準偏差の二乗平均平方根(rms:root mean square)で定義される。また、λは光学干渉計10のレーザ光源の波長であり、例えば光学干渉計10の光源がHe−Neレーザであれば、λ=632.8nmである。波面収差がレイリー限界(1/4λ)以下であれば、理想的な反射面の鏡面精度と大きな差がないと判断される。
【0028】
次に、ハロゲンランプ11を点灯し、光学反射鏡1の反射面3を照射し、反射面3に外部からの熱供給を行なった。ハロゲンランプ11の照射を60分継続したのち、反射面3の温度分布を計測した結果、ハロゲンランプ11に近い反射面3の上方では28.9℃、ハロゲンランプ11から遠い反射面3の下方では24.6℃となり、反射面3の上下で4.3℃の温度差が確認された。また、このときの波面収差は0.327λ(rms)となり、波面収差の変形量は、0.327−0.254=0.037λ(rms)となった。
【0029】
次に、上述のハロゲンランプの継続照射による反射面3の温度分布の測定結果に基づいて、反射面全体の温度が均一になるように発熱部に電力供給部から電力を供給し、光学反射鏡の温度制御を行った。具体的には、光学反射鏡の反射面3の全体の温度を、ハロゲンランプ11に近い反射面3の上方で測定された28.9℃より若干高い温度となるように温度制御を行った。その結果、反射面3の温度分布は、29.2℃±0.2℃となり、波面収差は、0.254λ(rms)となり、波面収差の変形量は、0.254−0.254=0.000λ(rms)と、変形はみられなかった。
【0030】
以上の結果から、発熱部で発熱させて光学反射鏡の反射面の温度を均一にする制御を行うことにより、制御を行わない場合と比較して、反射面の温度分布の幅を4.3℃から0.4℃に、波面収差の変化量を0.037λ(rms)から0.000λ(rms)へと大幅に改善することができる。
【0031】
上述のように、光学反射鏡に外部から熱供給が行なわれたときに、反射面の裏側に配置されたワッフル構造体の隔壁に形成された発熱部を発熱させることによって、光学反射鏡全体を、最も熱入力の大きい部分の温度に合わせることができる。その結果、熱歪による波面精度の劣化がなく、安定した光学性能が維持することができる。
【符号の説明】
【0032】
1 光学反射鏡
2 鏡面体
3 反射面
4 隔壁
5 ワッフル構造体
6 支持部材
7 光学架台
8 発熱部
8a 先端部
8b 基部
10 光学干渉計
11 ハロゲンランプ
12 ハーフミラー
13 温度測定器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
反射面を有する鏡面体と、
この鏡面体の前記反射面と反対の面に接続され、前記鏡面体と同じ材質で構成された隔壁を有し、前記隔壁に発熱部を備えたワッフル構造体と、
前記発熱部に電力を供給する電力供給部と
を備えたことを特徴とする光学反射鏡。
【請求項2】
発熱部は、断面積が隔壁の他の部分の断面積より小さいスリット状の構造を有することを特徴とする請求項1記載の光学反射鏡。
【請求項3】
鏡面体およびワッフル構造体は、炭素繊維強化複合材料で構成されたことを特徴とする請求項1記載の光学反射鏡。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2011−118042(P2011−118042A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−273568(P2009−273568)
【出願日】平成21年12月1日(2009.12.1)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】