説明

光学活性アルコールの製造方法

【課題】 簡易な方法で多様な光学活性アルコールを製造する手段を提供する。
【解決手段】 ラセミ体アルコールを、ゲオトリクム・カンジドウム IFO 5767株及び還元剤と反応させ、光学活性アルコールを得ることを特徴とする光学活性アルコールの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラセミ体アルコールから光学活性アルコールを製造する方法に関する。この方法では、one-pot反応で、光学活性アルコールを高収率で得ることができる。
【背景技術】
【0002】
有機合成において重要なビルディングブロックとして用いられる光学活性体は、化学的及び生物学的な様々な方法によって合成されてきた。光学活性を持つ第二級アルコールの合成においては、1)アルコールの光学分割、2)ケトンの不斉還元、3)ラセミアルコールのデラセミ化、といった方法が知られている。これらの方法の中では、ラセミ体を100%光学活性体に変換できるという点で、デラセミ化法が最も有効な方法と考えられている。ラセミアルコールをデラセミ化し、光学活性を持つアルコールに変換する方法は、既に幾つか報告されている。例えば、中村らは、水溶媒下で、ラセミ体の1-アリールエタノールを酵素によりデラセミ化し、光学活性を持つ1-アリールエタノールを得る方法を報告している(非特許文献1)。また、アルカリゲネス・ブロンチセプティクス(Alcaligenes bronchisepticus)に属する微生物によって(S)-マンデル酸をベンゾイル蟻酸に酸化し、その後、ストレプトコッカス・フェカーリス(Streptococcus faecalis)に属する微生物によって還元し、(R)-マンデル酸を得る方法も知られている(非特許文献2)。更に、3-ペンチル-2-オールをノカルディア・フスカ(Nocardia fusca)に属する微生物によってデラセミ化し、R体の異性体を作り出す方法も報告されている(非特許文献3)。
【0003】
また、最近、本発明者らは、ゲオトリクム・カンジドウム(Geotrichum candidum) IFO 5767から作製した固定化細胞がイオン液体存在下でケトンを不斉還元することを報告している(非特許文献4)。
【0004】
【非特許文献1】Nakamura, K.; Fujii, M.; Ida, Y. Tetrahedron: Asymmetry 2001, 12, 3147-3153.
【非特許文献2】Tuchiya, S.; Miyamoto, K.; Ohta, H. Biotechnol. Lett. 1992, 14, 1137-1142.
【非特許文献3】Xie, S. X.; Ogawa, J.; Shimizu, S. Biosci. Biotech. Biochem. 1999, 63, 1721-1729.
【非特許文献4】Matsuda, T.; Yamagishi, Y.; Koguchi, S.; Iwai, N.; Kitazume, T. Tetrahedron lett. 2006, 47, 4619-4622.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、簡易な方法で多様な光学活性アルコールを製造する手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記課題を解決するため、鋭意検討を重ねた結果、(1)ゲオトリクム・カンジドウムIFO 5767がラセミ体の第二級アルコールの一方のエナンチオマーだけを酸化し、ケトンにすること、(2)前記反応系に適当な還元剤を添加することにより、ラセミ体アルコールをデラセミ化できること、(3)前記デラセミ化反応は、非常に広範な基質アルコールに適用可能であること、を見出した。
【0007】
上述したように、ゲオトリクム・カンジドウムIFO 5767がラセミ体ケトンの一方のエナンチオマーだけを還元し、光学活性を持つアルコールを生産することは知られていたが、その逆の反応、即ち、ラセミ体アルコールの一方のエナンチオマーだけを酸化し、光学活性を持つケトンを生産することは、本願出願時において全く知られていなかった。
本発明は、以上の知見に基づき完成されたものである。
即ち、本発明は、以下の(1)〜(10)を提供するものである。
【0008】
(1)下記、一般式(I)
【化1】

〔式中、波線はラセミ体であることを示し、RとRは互いに異なる基を表す。〕
で表されるラセミ体アルコールを、アルコール酸化酵素を持つゲオトリクム・カンジドウムに属する菌株及び還元剤と反応させ、下記、一般式(II)
【化2】

〔式中、R及びRは、前記と同意義を示す。〕
で表される光学活性アルコールを得ることを特徴とする光学活性アルコールの製造方法。
【0009】
(2)アルコール酸化酵素を持つゲオトリクム・カンジドウムに属する菌株が、ゲオトリクム・カンジドウム IFO 5767株であることを特徴とする(1)に記載の光学活性アルコールの製造方法。
(3)反応を緩衝液の存在下で行うことを特徴とする(1)又は(2)に記載の光学活性アルコールの製造方法。
(4)緩衝液が、2-モルホリノエタンスルホン酸を含む緩衝液であることを特徴とする(3)に記載の光学活性アルコールの製造方法。
【0010】
(5)反応をイオン液体の存在下で行うことを特徴とする(1)乃至(4)のいずれかに記載の光学活性アルコールの製造方法。
(6)イオン液体が、1-エチル-3-メチルイミダゾリウム テトラフルオロボレートであることを特徴とする(5)に記載の光学活性アルコールの製造方法。
(7)還元剤が、NaBH4であることを特徴とする(1)乃至(6)のいずれかに記載の光学活性アルコールの製造方法。
(8)一般式(I)及び(II)におけるRが、炭素数1〜3のアルキル基であることを特徴とする(1)乃至(7)のいずれかに記載の光学活性アルコールの製造方法。
【0011】
(9)一般式(I)及び(II)におけるRが、メチル基であることを特徴とする(1)乃至(7)のいずれかに記載の光学活性アルコールの製造方法。
(10)一般式(I)及び(II)におけるRが、炭素数2〜10の直鎖状若しくは分岐鎖状のアルキル基、炭素数2〜10の直鎖状若しくは分岐鎖状のアルケニル基、炭素数2〜10の直鎖状若しくは分岐鎖状のアルキニル基、炭素数2〜10の直鎖状若しくは分岐鎖状のアルキル基を持つフェニルアルキル基、炭素数2〜10の直鎖状若しくは分岐鎖状のアルケニル基を持つフェニルアルケニル基、炭素数2〜10の直鎖状若しくは分岐鎖状のアルキニル基を持つフェニルアルキニル基、フェニル基、ナフチル基、フリル基、又はチエニル基(これらの基は、メチル基、又はハロゲン原子で置換されていてもよい。)であることを特徴とする(1)乃至(9)のいずれかに記載の光学活性アルコールの製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、新規な光学活性アルコールの製造方法を提供する。この方法により、簡易かつ高収率で光学活性アルコールを製造できるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の光学活性アルコールの製造方法は、ラセミ体アルコールを、微生物及び還元剤と反応させ、光学活性アルコールを得ることを特徴とするものである。
微生物としては、ゲオトリクム・カンジドウム IFO 5767株を用いることができるが、この株以外でも、ゲオトリクム・カンジドウムに属し、アルコール酸化酵素を持つ菌株であれば使用することができる。使用する微生物の量は特に限定されないが、基質1mmolに対し、wet cell重量で1〜100gとするのが好ましく、10〜50gとするのが更に好ましい。
【0014】
還元剤としては、NaBH4を用いるのが好ましいが、NaBH3CNなどの還元剤を用いてもよい。使用する還元剤の量は特に限定されないが、基質に対し1〜50 eq.とするのが好ましく、3〜18 eq.とするのが更に好ましい。
基質と微生物及び還元剤との反応は、光学活性アルコールを得られる条件であれば特に限定されないが、緩衝液及び/又はイオン液体の存在下で行うことが好ましい。
【0015】
緩衝液としては、2-モルホリノエタンスルホン酸を含む緩衝液(MES緩衝液)を用いるのが好ましいが、酢酸、リン酸、クエン酸、ホウ酸、酒石酸、トリスなどの緩衝液を用いてもよい。使用する緩衝液の量は特に限定されないが、基質1mmolに対し、5〜100mlとするのが好ましく、10〜50mlとするのが更に好ましい。
【0016】
イオン液体としては、1-エチル-3-メチルイミダゾリウム テトラフルオロボレート([emim][BF4])を用いるのが好ましいが、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウム ヘキサフルオロホスファート([bmim][PF6])、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウム テトラフルオロボレート([bmim][BF4])、1-エチル-3-メチルイミダゾリウム ヘキサフルオロホスファート([emim][PF6])、1-オクチル-3-メチルイミダゾリウム ヘキサフルオロホスファート([octmim][PF6])、などのイオン液体を用いてもよい。使用するイオン液体の量は特に限定されないが、基質1mmolに対し、5〜100mlとするのが好ましく、10〜50mlとするのが更に好ましい。
【0017】
反応温度は特に限定されないが、15〜50℃とするのが好ましく、20〜30℃とするのが更に好ましい。
反応時間も特に限定されないが、24〜168時間とするのが好ましく、24〜48時間とするのが更に好ましい。
【0018】
基質とするラセミ体アルコールは、下記、一般式(I)
【化3】

〔式中、波線はラセミ体であることを示し、RとRは互いに異なる基を表す。〕
で表されるものであれば特に限定されないが、一般式(I)におけるRは、炭素数1〜3のアルキル基であることが好ましく、メチル基であることが更に好ましく、一般式(I)におけるRは、炭素数2〜10の直鎖状若しくは分岐鎖状のアルキル基、炭素数2〜10の直鎖状若しくは分岐鎖状のアルケニル基、炭素数2〜10の直鎖状若しくは分岐鎖状のアルキニル基、炭素数2〜10の直鎖状若しくは分岐鎖状のアルキル基を持つフェニルアルキル基、炭素数2〜10の直鎖状若しくは分岐鎖状のアルケニル基を持つフェニルアルケニル基、炭素数2〜10の直鎖状若しくは分岐鎖状のアルキニル基を持つフェニルアルキニル基、フェニル基、ナフチル基、フリル基、又はチエニル基(これらの基は、メチル基、又はハロゲン原子で置換されていてもよい。)であることが好ましい。
【実施例】
【0019】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。
【0020】
〔参考例〕 不斉酸化の反応条件の検討
菌体(Geotrichum candidum IFO 5767)を吸水性ポリマーで固定化し、この固定化菌体を[emim][BF4] (3 ml)に懸濁させた。懸濁液に基質となるアルコールを加えた後、30℃で24時間攪拌し、その後、有機物をジエチルエーテル (5 ml x 4)で抽出した。抽出液を乾燥したのち、溶媒を留去しガスクロマトグラフを用いて残渣を測定し、光学純度(enantiomeric excess)と収率を定量した。キラルカラム (Chirasil-DEX CB あるいは CP-Cyclodextrin-B-2,3,6-M-19)を用い、内部標準としてドデカンを用いて収率と光学純度を測定した。この結果を表1に示す。
【表1】

【0021】
〔実施例1〕 デラセミ化の反応条件の検討
イオン液体の種類、還元剤の種類及び量、緩衝液の量等を変え、デラセミ化反応の条件を検討した。
菌体(Geotrichum candidum IFO 5767)を培養し、集菌した後、イオン液体 (3 ml)に懸濁させた。懸濁液にMES緩衝液(3 ml)、1-フェニルエタノール (0.041 mmol)と還元剤を加えた後、30℃で24時間又は48時間攪拌し、その後、有機物をジエチルエーテル (5 ml x 4)で抽出した。抽出液を乾燥したのち、溶媒を留去しガスクロマトグラフを用いて残渣を測定し、光学純度と収率を定量した。この結果を表2に示す。なお、光学純度と収率の定量は参考例1と同様に行った。
【表2】

表2に示すように、還元剤を加えない場合(条件1〜4)、及び菌体を固定化した場合(条件6及び7)は光学純度が低かった。また、還元剤としてNaBH3CNを用いた場合(条件10及び11)はアルコールの収率があまり高くなかった。
【0022】
〔実施例2〕 基質の検討
菌体(Geotrichum candidum IFO 5767)を培養し、集菌した後、[emim][BF4] (3 ml)に懸濁させた。懸濁液にMES緩衝液(3 ml)、基質となるアルコール (0.041 mmol)とNaBH4を加えた後、30℃で24時間攪拌し、その後、有機物をジエチルエーテル (5 ml x 4)で抽出した。抽出液を乾燥したのち、溶媒を留去しガスクロマトグラフを用いて残渣を測定し、光学純度と収率を定量した。この結果を表3に示す。なお、光学純度と収率の定量は参考例1と同様に行った。
【表3】

表3に示すように、二重結合を持つ化合物(条件5〜7)、フェニル基を持つ化合物(条件1〜4)、ナフチル基を持つ化合物(条件15)、フリル基を持つ化合物(条件12、13)、チエニル基を持つ化合物(条件14)など非常に広範な化合物について、デラセミ化が可能であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記、一般式(I)
【化1】

〔式中、波線はラセミ体であることを示し、RとRは互いに異なる基を表す。〕
で表されるラセミ体アルコールを、アルコール酸化酵素を持つゲオトリクム・カンジドウムに属する菌株及び還元剤と反応させ、下記、一般式(II)
【化2】

〔式中、R及びRは、前記と同意義を示す。〕
で表される光学活性アルコールを得ることを特徴とする光学活性アルコールの製造方法。
【請求項2】
アルコール酸化酵素を持つゲオトリクム・カンジドウムに属する菌株が、ゲオトリクム・カンジドウム IFO 5767株であることを特徴とする請求項1に記載の光学活性アルコールの製造方法。
【請求項3】
反応を緩衝液の存在下で行うことを特徴とする請求項1又は2に記載の光学活性アルコールの製造方法。
【請求項4】
緩衝液が、2-モルホリノエタンスルホン酸を含む緩衝液であることを特徴とする請求項3に記載の光学活性アルコールの製造方法。
【請求項5】
反応をイオン液体の存在下で行うことを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載の光学活性アルコールの製造方法。
【請求項6】
イオン液体が、1-エチル-3-メチルイミダゾリウム テトラフルオロボレートであることを特徴とする請求項5に記載の光学活性アルコールの製造方法。
【請求項7】
還元剤が、NaBH4であることを特徴とする請求項1乃至6のいずれか一項に記載の光学活性アルコールの製造方法。
【請求項8】
一般式(I)及び(II)におけるRが、炭素数1〜3のアルキル基であることを特徴とする請求項1乃至7のいずれか一項に記載の光学活性アルコールの製造方法。
【請求項9】
一般式(I)及び(II)におけるRが、メチル基であることを特徴とする請求項1乃至7のいずれか一項に記載の光学活性アルコールの製造方法。
【請求項10】
一般式(I)及び(II)におけるRが、炭素数2〜10の直鎖状若しくは分岐鎖状のアルキル基、炭素数2〜10の直鎖状若しくは分岐鎖状のアルケニル基、炭素数2〜10の直鎖状若しくは分岐鎖状のアルキニル基、炭素数2〜10の直鎖状若しくは分岐鎖状のアルキル基を持つフェニルアルキル基、炭素数2〜10の直鎖状若しくは分岐鎖状のアルケニル基を持つフェニルアルケニル基、炭素数2〜10の直鎖状若しくは分岐鎖状のアルキニル基を持つフェニルアルキニル基、フェニル基、ナフチル基、フリル基、又はチエニル基(これらの基は、メチル基、又はハロゲン原子で置換されていてもよい。)であることを特徴とする請求項1乃至9のいずれか一項に記載の光学活性アルコールの製造方法。