説明

光学活性マンデル酸類の製造方法

【課題】本発明は、医農薬原料、液晶材料、および光学分割剤として有用な高純度の光学活性マンデル酸類の製造方法を提供する。
【解決手段】光学活性マンデル酸類由来の二量体の結晶内への取り込みを抑制し、かつ結晶粒子を成長させながら、目的の光学活性マンデル酸類結晶を高い化学純度および高い収率で得ることができる。また、目的の光学活性マンデル酸類を高い光学純度で、かつ取扱いの容易な結晶形態として得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医農薬原料、液晶材料および光学分割剤として有用な光学活性マンデル酸類の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光学活性マンデル酸類は、光学活性マンデロニトリル類の酸加水分解によって製造できることが知られている。そして、そのように製造された光学活性マンデル酸類を単離精製する方法として、例えば、特許文献1には光学活性マンデル酸類と鉱酸とを含む水溶液中にアルカリを加えて部分中和し、光学活性マンデル酸類の二量体をアルカリ加水分解し、かつ塩析効果により単離精製する晶析方法が開示されている。さらに、特許文献2には、α−ヒドロキシカルボン酸由来の二量体の副生が抑するために、α−ヒドロキシカルボン酸水溶液を強酸によりpH1から3の範囲に調整し、次いで晶析させる方法やα−ヒドロキシカルボン酸由来の二量体をアルカリ加水分解により完全に消失させ、得られたα−ヒドロキシカルボン酸アルカリ塩水溶液をpH1から3の範囲に調整して晶析させる方法が開示されている。
【0003】
しかし、これらの方法では、二量体副生の抑制が十分とはいえず光学活性マンデル酸類結晶の化学純度および収率の面で改善の余地があったり、得られた結晶が微粉であるために、容易に飛散して環境に負荷を与えたり、容器の壁に付着して取扱いが困難となる等の問題があり工夫の余地があった。
【0004】
【特許文献1】特開2003−226666号公報
【特許文献2】特開2008−44856号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記実情に鑑み、より高い化学純度および光学純度で光学活性マンデル酸類を単離すること、さらに得られた結晶が飛散せず、取扱いが容易な結晶を得られる晶析方法の開発が求められている。そこで、本発明は、光学活性マンデル酸類を製造する際に、α−ヒドロキシ酸由来の二量体の副生を抑えさらに結晶を成長させることによって、高い化学純度および光学純度で、かつ、高収率で取扱いに優れた光学活性マンデル酸類を製造する方法を提供することを主目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、光学活性マンデル酸類水溶液のpHを所定範囲に調整し、次いで所定範囲の撹拌動力の下で晶析させることにより、光学活性マンデル酸類の二量体の副生が抑制でき、さらに取扱いが容易で、高い化学純度および光学純度の光学活性マンデル酸類の結晶が得られることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、以下の光学活性マンデル酸類の製造方法を提供するものである。
(1)光学活性マンデル酸類の水溶液を、pH1未満に調整し、かつ0.005から0.5kW/mの撹拌動力で撹拌しながら、該水溶液相からマンデル酸類を晶析させる工程を含むことを特徴とする光学活性マンデル酸類の製造方法。
(2)光学活性マンデロニトリル類を鉱酸で加水分解して得た光学活性マンデル酸類を含む水溶液をpH1未満に調整し、かつ0.005から0.5kW/m3の撹拌動力で撹拌しながら、該水溶液相からマンデル酸類を晶析させる工程を含むことを特徴とする光学活性マンデル酸類の製造方法。
(3)光学活性マンデル酸類の水溶液を、水に対して非混和性でかつ前記光学活性マンデル酸類が難溶の有機溶媒の存在下、光学活性マンデル酸類を該水溶液中から晶析させるに際し、該水溶液相のpHを1未満に調整し、次いで0.005から0.5kW/mで撹拌しながら、該水溶液中から光学活性マンデル酸類を晶析させる工程を含むことを特徴とする光学活性マンデル酸類の製造方法。
(4)光学活性マンデロニトリル類を鉱酸で加水分解して得た光学活性マンデル酸類を含む水溶液を、水に対して非混和性でかつ前記マンデル酸類が難溶の有機溶媒の存在下、前記水溶液相から光学活性マンデル酸類を晶析させるに際し、該水溶液相のpHを1未満に調整し、次いで0.005から0.5kW/mで撹拌しながら、該水溶液中から光学活性マンデル酸類を晶析させる工程を含むことを特徴とする光学活性マンデル酸類の製造方法。
(4)前記有機溶媒として、水への溶解度が20℃で1重量%未満であり且つ、前記マンデル酸類の溶解度が20℃で2重量%未満である有機溶媒を用いる前記(3)又は(4)記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、光学活性マンデル酸類由来の二量体の生成を抑制し、かつ結晶粒子を成長させながら、目的の光学活性マンデル酸類結晶を高い化学純度、高い収率、かつ取扱いの容易な結晶形態として得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明を具体的に説明する。
本発明においては、マンデル酸類を水に溶かしてマンデル酸類の水溶液を調整する。この時、マンデル酸類が完全に溶解するように水を適宜温めながら行なってもよい。また、アルカリを加えて溶解することもできる。また、マンデル酸類の水溶液としては、例えば、マンデル酸類を対応するマンデロニトリル類の加水分解反応により得た場合、生成した粗マンデル酸類を反応終了後の溶液から単離することなく、反応終了溶液に適当な量の水を加えたものを用いてもよい。例えば、鉱酸(例えば、塩酸、硫酸、硝酸、ホウ酸、リン酸、過塩素酸等)を用いてマンデロニトリル類の酸加水分解反応を行い、加水分解終了後の水溶液をそのまま用いることができる。
【0010】
本発明においては、前記方法で得られた光学活性マンデル酸類を含む水溶液のpHを1未満に調整し、続いて0.005から0.5kW/mで撹拌しながら、該水溶液中からマンデル酸類を晶析させる。必要に応じ水に対して非混和性であって、かつ前記マンデル酸類が難溶の有機溶媒の存在下、該水溶液中からマンデル酸類を晶析させる。
【0011】
本発明において、光学活性マンデル酸類は、マンデル酸の他にその誘導体、例えば、マンデル酸のベンゼン環上に置換基を有するもの等が挙げられる。前記置換基の具体例としては、例えば、メチル基、エチル基等の炭素数1〜6の直鎖状又は分岐状アルキル基、フェニル基、塩素、臭素、フッ素等のハロゲン、シアノ基等が挙げられる。上記のような置換基を有するマンデル酸誘導体の具体例としては、例えば、マンデル酸(2−ヒドロキシ−2−フェニル酢酸)、3−フェノキシマンデル酸(2−ヒドロキシ−2−(3−フェノキシフェニル)酢酸)、4−メチルマンデル酸(2−ヒドロキシ−2−(p−トリル)酢酸)、2−クロロマンデル酸(2−(2−クロロフェニル)−2−ヒドロキシ酢酸)、3−クロロマンデル酸(2−(3−クロロフェニル)−2−ヒドロキシ酢酸)、4−クロロマンデル酸(2−(4−クロロフェニル)−2−ヒドロキシ酢酸)、3−ニトロマンデル酸(2−ヒドロキシ−2−(3−ニトロフェニル)酢酸)、3,4−メチレンジオキシマンデル酸(2−ヒドロキシ−2−(3,4−メチレンジオキシフェニル)酢酸)、2,3−メチレンジオキシマンデル酸(2−ヒドロキシ−2−(2,3−メチレンジオキシフェニル)酢酸)などが挙げられる。好ましくは、マンデル酸、2−クロロマンデル酸、3−クロロマンデル酸、4−クロロマンデル酸などが挙げられる。なお、本発明で用いられる光学活性マンデル酸類はR体、S体のどちらでも用いることができる。マンデル酸類は、対応するマンデロニトリル類を酸加水分解することによって得ることができる。
【0012】
本発明において、光学活性マンデロニトリル類を加水分解する際に用いる鉱酸としては、例えば、塩酸、硫酸、硝酸、ホウ酸、リン酸、過塩素酸などであり、好ましくは塩酸および硫酸である。鉱酸の使用量はマンデロニトリルに対して1から10等量である。好ましくは1.5から6等量である。
【0013】
本発明において、光学活性マンデロニトリル類を鉱酸などで行なう加水分解は、反応溶液の温度を40から90℃で行なうことが良く、50から80℃であることが好ましく、55から75℃であることがさらに好ましい。反応温度が90℃を超えると、副生成物や着色の増加により目的の光学活性マンデル酸類の純度が低下する。また反応温度が40℃以下の場合には反応が十分に進行せず収率の低下を招く。反応時間は、1から40時間とすることが好ましく、2から12時間とすることがさらに好ましい。
【0014】
なお、酸加水分解反応終了後の水溶液は加水分解反応により生成した光学活性マンデル酸類及び鉱酸を含んでいるため酸性を示す。本発明ではこのような光学活性マンデル酸類及び鉱酸を含む水溶液にアルカリを添加して部分中和した後に晶析させる。本明細書でいう「部分中和」とは、加水分解後の水溶液中に存在する鉱酸の当量よりも少ない当量のアルカリを用いて中和することをいう。アルカリとしては、例えば水酸化カリウム、水酸化ナトリウム等が挙げられ、水溶液を使用することが好ましい。また、アルカリの添加量は、水溶液中の鉱酸に対して通常0.1〜0.99当量である。
【0015】
光学活性マンデル酸類は、ヒドロキシ基とカルボキシル基を持つため、光学活性マンデル酸類の水溶液が強酸性条件下または40℃以上の高温に長時間さらされた場合、分子間でエステル結合を形成して光学活性マンデル酸類の二分子からなる二量体を一部形成する傾向がある。
【0016】
本発明者らは、上述のような部分中和処理を行なうことにより、光学活性マンデル酸類結晶の回収率及び純度を向上させることができることを見出した。これは、明らかではないが、(1)マンデル酸類等の二量体の分解、及び(2)塩濃度の効果などによるものと考えられる。上記二量体等は塩基性の水溶液中では容易に分解されて解離し、マンデル酸類の単量体になる。しかしながら、晶析させる水溶液全体を塩基性にしてしまうとマンデル酸類は塩を形成し、その結果溶解度が高くなりすぎて晶析が困難になり回収率が低下する。
【0017】
また、このような部分中和を行なうことにより、水溶液中の鉱酸とアルカリとの反応により無機塩が形成される。例えば、鉱酸として塩酸を含む水溶液に水酸化ナトリウムを添加すると塩化ナトリウムが生成する。アルカリの添加により無機塩が生成すると水溶液中の塩濃度が上昇するためマンデル酸類の溶解度が低下し、その結果、晶析時のマンデル酸類の回収率を向上させることができることがわかった。
【0018】
さらには、上記のようにして調整したマンデル酸類の水溶液、又はマンデル酸類と鉱酸とを含む水溶液に水に対して非混和性で、かつ前記マンデル酸類が難溶の有機溶媒を加えてマンデル酸類を晶析させてもよい。
【0019】
本明細書でいう「水に対して非混和性」の有機溶媒とは、水相と相分離しうる有機溶媒のことをいい、水に対する溶解度が20℃で1重量%未満であることが好ましい。また、本明細書でいう「マンデル酸類が難溶」の有機溶媒とは、例えばマンデル酸類の有機溶媒への溶解度が20℃で2重量%未満、好ましくは20℃で0.5重量%未満であるような有機溶媒をいう。
【0020】
このような有機溶媒の存在下、晶析を行なうことにより、マンデロニトリル類の加水分解反応で生成する二量体を含む副生物等が有機溶媒相に抽出され、水溶液のみから晶析させる場合と比較して、より高純度でかつ着色の少ない光学活性マンデル酸類の結晶を得ることができる。また、水溶液のみから晶析させた場合は通常サイズが小さい微粉末の結晶しか得られないのに対して、有機溶媒の存在下、晶析させると粒径の大きい取り扱いやすい結晶が得られる。さらには収率も向上できる。
【0021】
上記した水に対して非混和性で、前記マンデル酸類が難溶の有機溶媒の例としては、例えば、炭化水素溶媒が挙げられる。そのような炭化水素溶媒としては、直鎖状又は分岐状の鎖式炭化水素、側鎖のない又は側鎖のある環式炭化水素、あるいは、前記の環式炭化水素基が置換した鎖式炭化水素のいずれをも含む。また、これらの炭化水素は分子内に不飽和結合を有していてもよい。以下に、前記炭化水素溶媒の代表的なものについて例示する。
【0022】
直鎖状又は分岐状の鎖式炭化水素溶媒としては、例えば、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン等、及びそれらの構造異性体、例えば2−メチルペンタン、3−メチルペンタン等の炭素数5から16の鎖式炭化水素が挙げられる。側鎖のない又は側鎖のある環式炭化水素としては、シクロペンタン、シクロヘキサン等、及びそれらの構造異性体、例えばメチルシクロペンタン、メチルシクロヘキサン等の炭素数6から16の飽和単環式炭化水素、並びにベンゼン、トルエン、トリメチルベンゼン、o−キシレン、m−キシレン、p−キシレン、若しくは異性体混合物からなるキシレン等の芳香族炭化水素が挙げられる。これらの炭化水素溶媒のうちベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素溶媒が好ましく、トルエンおよびキシレンが更に好ましい。また、本発明では二種以上の溶媒を組合せた混合溶媒を用いてもよい。
【0023】
上記有機溶媒を加える場合、水溶液と有機溶媒との比率は重量比で1:0.01から1:1とすることが好ましい。1:0.01より少ないと、有機溶媒による副生物の抽出効果および取り扱いやすい結晶が得られない。また、1:1より多いと、溶媒相は比重が小さいため分離しやすく、混合する為に大きな撹拌動力を必要とするばかりか、不経済である。
【0024】
前記光学活性マンデル酸類の水溶液に有機溶媒を混合し、その後、光学活性マンデル酸類を晶析させる工程を含む方法も実施形態の一つであり、該有機溶媒は光学活性マンデル酸類を含む水溶液を部分中和した後に加えても良いし、部分中和の前に加えてもよい。有機溶媒を部分中和の前に加える形態は、マンデロニトリル類の鉱酸による加水分解後に添加する方法または該有機溶媒の存在下鉱酸により加水分解する方法があり、いずれも好ましい形態である。
【0025】
具体的には、該有機溶媒を混合した光学活性マンデル酸類の水溶液を十分に撹拌、混合したものを静置すると、有機溶媒相、マンデル酸類の低濃度水溶液相と高濃度水溶液相の3相に分離する。マンデル酸類の二量体のほとんどは高濃度水溶液相に分配するため、この高濃度水溶液相を一度分離し、アルカリを添加すると、マンデル酸類の二量体を有効に解離させることができる。この高濃度相の溶液はアルカリ性を示すが、これを別にとっておいた低濃度の水溶液相と再び一緒にすると溶液全体は酸性となり、有効な部分中和処理を行なうことができる。
【0026】
上記有機溶媒相および高濃度水溶液相の二量体を解離させるアルカリ処理のためのアルカリの使用量は、アルカリを加えた後のマンデル酸類水溶液のpHで制御することが望ましく、該水溶液のpHを10以上のアルカリ性にすることが好ましい。この範囲のpHであると、上記二量体を短時間に消失させることができ、また、必要に応じ50から80℃の範囲、好ましくは55から75℃の範囲に加熱すると二量体の消失が短時間でできるので好ましい。
【0027】
本発明では、晶析の際にマンデル酸類を含む水溶液のpHが1未満であればよい。部分中和後の水溶液のpHを1未満に調整することにより、酸析と塩析の相乗効果により高い収率で光学活性マンデル酸類を得ることができる。pHの調整は、鉱酸またはアルカリを使用するが、好ましい形態としては、<1>部分中和を行なった後にpHが1未満になるように、あらかじめ光学活性マンデロニトリル類の加水分解に用いる鉱酸の量および部分中和に使用するアルカリの量を調整する形態や、<2>部分中和を行なった際にpHが1を超える場合は、pHが1未満になるように鉱酸を添加する形態を採用することができる。
【0028】
pHを1未満に調整する酸またはアルカリの添加は、マンデル酸類が水溶液中に結晶を析出しない温度で行なうことが好ましい。結晶が完全に溶解するように水溶液を適宜加温しながら行なっても良い。例えば、マンデル酸類の水溶液の温度は40から70℃であることが好ましく、50から60℃であることがより好ましい。温度が一定範囲内に維持されるように、攪拌しながら、徐々に滴下することが好ましい。
【0029】
pH調整後の光学活性マンデル酸類の水溶液は、光学活性マンデル酸類が完全に溶解した状態であることが好ましいが、必ずしも完全に溶解している必要はなく、一部結晶として析出していても良い。
【0030】
本発明において、晶析前のマンデル酸類の水溶液は、マンデル酸類の濃度を1から30質量%の範囲に維持することが好ましい。この範囲内とすることにより、マンデル酸類の二量体の再生成が抑制され、かつ、生産性が向上する。この濃度は10から30質量%の範囲とすることがより好ましい。該水溶液の濃度は、鉱酸添加後、晶析前に水を適量加えるなどによって調整することができる。
【0031】
本発明において、光学活性マンデル酸類の晶析方法は、例えば、冷却晶析、濃縮晶析または塩析効果を利用した晶析方法などが挙げられる。本発明においては、これらの中でも、工業的生産を考えた場合、冷却晶析が好ましい。
【0032】
冷却晶析を用いる場合は、該水溶液の冷却操作を行い、光学活性マンデル酸類を結晶として析出させる。光学活性マンデル酸類の二量体の再生成を防ぐ点から冷却速度は、1℃/時間以上とすることが好ましく、2℃/時間以上とすることがより好ましい。冷却速度の上限は特に制限されないが、通常は15℃/時間以下とすることが好ましく、実製造を考慮すると、12℃/時間以下とすることがより好ましい。前記冷却速度にて、該水溶液の温度が3℃から25℃の範囲になるまで冷却し、必要に応じ同温度で0.5から12時間保持し、結晶を析出させることが好ましい。結晶を析出させる際の温度は、化学純度や収率を考慮して設定する必要がある。すなわち、温度が高いと収率が低下し、温度が低すぎると結晶の中に不純物が取り込まれ純度が低下する。冷却時間があまりに長時間にわたると不純物を析出することがあるので、冷却時間は、48時間以内であることが好ましく、24時間以内であることがより好ましく、12時間以内であることが更に好ましい。
【0033】
本発明においては、所定範囲の撹拌動力下で晶析を行なうことにより、粒子径が成長するだけでなく、結晶に取り込まれる二量体が抑制される。光学活性マンデル酸類の水溶液から、結晶粒子を成長させながら光学活性マンデル酸類を晶析させるため、取扱いに優れた結晶形態を有し、高い化学純度および光学純度の光学活性マンデル酸類を得ることができる。なお、光学活性マンデル酸類の二量体の含有量は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)などの通常の分析方法により測定することができる。
【0034】
本発明において、結晶を析出させる際の撹拌条件は重要な要件であり、所定の範囲の撹拌動力で晶析を行なうことにより、結晶が成長して、高い純度でかつ取扱い易い形態の結晶が得られる。前記撹拌動力は、0.005から0.5kW/mであることが好ましく、より好ましくは0.01から0.4kW/mであり、さらに好ましくは0.03から0.3kW/mである。この範囲であると、高い化学純度および光学純度を保ったまま、取り扱いやすい結晶を得ることができる。0.005kW/mより動力が小さいと有機溶媒が分離したまま、水相から結晶が析出してしまい、結晶が成長しないため細かくなる。0.5kW/mより大きいと、全体が乳化してしまい、溶媒に含まれている副生物が結晶に付着し純度が低下するばかりか、結晶の成長も阻害されるため、取り扱いにくい細かい結晶となる。
【0035】
前記撹拌動力は、反応容器の形状、反応液の容量、撹拌翼のサイズおよび撹拌翼の回転数などから従来公知の式を用いて算出できる。具体的には撹拌翼の回転数で調整することが好ましい。
【0036】
固液分離の方法は、特に制限されないが、加圧ろ過、自然ろ過、加熱ろ過、または遠心分離による方法などが挙げられる。固液分離操作は、不活性ガス雰囲気下または大気中で行なうことができる。着色を防止する点から不活性ガス雰囲気下で実施することが好ましく、窒素雰囲気下が特に好ましい。また、固液分離は、常圧下、加圧下、または減圧下のいずれの条件でも行なうことができる。
【0037】
固液分離して得られた光学活性マンデル酸類の結晶は、必要に応じて溶媒などで洗浄しても良い。洗浄する場合は、光学活性マンデル酸類の結晶を1〜5回洗浄し、同様の固液分離操作を繰り返し行なうこともできる。
【0038】
以上のようにして、光学活性マンデル酸類を得ることができる。
【0039】
本発明によれば、簡便な方法で光学活性マンデル酸類の二量体の結晶内への取り込みを抑制しながら目的の光学活性マンデル酸類を高い化学純度および高い収率で得ることができる。また、本発明によれば、目的の光学活性マンデル酸類を高い光学純度で、かつ取扱いの容易な結晶形態として得ることができる。
【実施例】
【0040】
本発明の効果を、以下の実施例および比較例を用いて説明する。ただし、本発明の技術的範囲が以下の実施例のみに制限されるわけではない。
【0041】
なお、マンデル酸類の化学純度、マンデル酸類の二量体含有割合、および光学純度は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用い、下記により測定した。
(化学純度)
カラム: Discovery HS−PEG(スペルコ製)
キャリアー: 1%リン酸水溶液:メタノール=50:50
カラム温度: 25℃
流速: 1mL/min
波長: 210nm
マンデル酸類の化学純度は、市販の試薬を標準物質として、HPLCの定量値(検量線法)より算出した。マンデル酸類の二量体の含有割合は、HPLC分析より得られた吸収ピークの面積百分率よりマンデル酸類とその二量体の面積値を合わせた値を100面積%として算出した。
(光学純度)
カラム: CHIRALCEL OJ−H(ダイセル化学工業(株)製)
キャリアー: ヘキサン:イソプロパノール:トリフルオロ酢酸=930:70:1
カラム温度: 25℃
流速: 1mL/min
波長: 210nm
光学純度はエナンチオマー過剰率(%ee)で示した。マンデル酸類の光学純度は、HPLC分析より得られた吸収ピークのS体およびR体の面積値より算出した。
【0042】
(実施例1)
500mLフラスコ中に35%塩酸81gを仕込み70℃に昇温した。そこに光学純度92%eeの(R)−2−クロロマンデロニトリルを52.3gを含むキシレン溶液116.2gを添加し、加水分解反応を行なった。この溶液を静置したところ3相に分離した。上相のキシレン相を分取して、10wt%水酸化ナトリウム水溶液を加え、pH13に調整した。次に下相の(R)−2−クロロマンデル酸の高濃度の水溶液相を分取し、20wt%水酸化ナトリウム水溶液を加え、pH13に調整した。これらアルカリ処理した上相と下相を残りの中相((R)−2−クロロマンデル酸の低濃度水溶液相)に混合した。水相部をpHメーターで測定したところpH0.1以下であった。この混合溶液を60℃に昇温後、撹拌動力0.2kW/mで撹拌しながら一定の冷却速度で15℃まで冷却し、(R)−2−クロロマンデル酸の結晶を析出させた。濾別し、得られた(R)−2−クロロマンデル酸結晶の湿潤物を60℃で減圧乾燥して乾燥(R)−2−クロロマンデル酸結晶52.3gを得た(収率93.6%)、HPLC分析の結果、光学純度は99.9%ee以上、二量体は0.14%であった。
【0043】
(実施例2)
500mLフラスコ中に35%塩酸81gを仕込み70℃に昇温した。そこに光学純度92%eeの(R)−2−クロロマンデロニトリルを52.3gを含むキシレン溶液116.2gを添加し、加水分解反応を行なった。この溶液を静置したところ3相に分離した。上相のキシレン相を分取して、10wt%水酸化ナトリウム水溶液を加え、pH13に調整した。次に最下相の(R)−2−クロロマンデル酸の高濃度の水溶液相を分取し、25wt%水酸化ナトリウム水溶液を加え、pH13に調整した。これらアルカリ処理した上相と下相を残りの中相((R)−2−クロロマンデル酸の低濃度水溶液相)に混合した。水相部をpHメーターで測定したところpH0.9であった。この混合溶液を60℃に昇温し、撹拌動力0.15kW/mで撹拌しながら一定の冷却速度で10℃まで冷却し、(R)−2−クロロマンデル酸の結晶を析出させた。濾別し、得られた(R)−2−クロロマンデル酸結晶の湿潤物を60℃で減圧乾燥して乾燥(R)−2−クロロマンデル酸結晶51.8gを得た(収率92.7%)、HPLC分析の結果、光学純度は99.9%ee以上、二量体は0.12%であった。
【0044】
(比較例1)
500mLフラスコ中に35%塩酸81gを仕込み70℃に昇温した。そこに光学純度92%eeの(R)−2−クロロマンデロニトリルを52.3gを含むキシレン溶液116.2gを添加し、加水分解反応を行なった。この溶液を静置したところ3相に分離した。上相のキシレン相を分取して、15wt%水酸化ナトリウム水溶液を加え、pH13に調整した。次に最下相の(R)−2−クロロマンデル酸の高濃度の水溶液相を分取し、30wt%水酸化ナトリウム水溶液を加え、pH13に調整した。これらアルカリ処理した上相と下相を残りの中相((R)−2−クロロマンデル酸の低濃度水溶液相)に混合した。水相部をpHメーターで測定したところpH2.2であった。この混合溶液を60℃に昇温し、撹拌動力0.15kW/mで撹拌しながら一定の冷却速度で15℃まで冷却し(R)−2−クロロマンデル酸の結晶を析出させた。濾別し、得られた(R)−2−クロロマンデル酸結晶の湿潤物を60℃で減圧乾燥して乾燥(R)−2−クロロマンデル酸結晶41.8gを得た(収率74.9%)、HPLC分析の結果、光学純度は99.9%ee以上、二量体は0.13%であった。
【0045】
(比較例2)
500mLフラスコ中に35%塩酸81gを仕込み70℃に昇温した。そこに光学純度92%eeの(R)−2−クロロマンデロニトリルを52.3gを含むキシレン溶液116.2gを2時間かけて添加し、同温度で4時間撹拌して加水分解反応を行なった。この溶液を静置したところ3相に分離した。上相のキシレン相を分取して、10wt%水酸化ナトリウム水溶液を加え、pH13に調整した。次に最下相の(R)−2−クロロマンデル酸の高濃度の水溶液相を分取し、20wt%水酸化ナトリウム水溶液を加え、pH13に調整した。これらアルカリ処理した上相と下相を残りの中相((R)−2−クロロマンデル酸の低濃度水溶液相)に混合した。水相部をpHメーターで測定したところpH13に調整した。この混合溶液を60℃に昇温し、撹拌動力を0.6kW/mで撹拌しながら一定の冷却速度で15℃まで冷却し、(R)−2−クロロマンデル酸の結晶を析出させた。濾別し、得られた(R)−2−クロロマンデル酸結晶の湿潤物を60℃で減圧乾燥して乾燥(R)−2−クロロマンデル酸結晶52.4gを得た(収率93.7%)、HPLC分析の結果、光学純度は99.8%ee、二量体は0.34%であった。得られた結晶は細かく飛散しやすい形態であった。
【0046】
(比較例3)
500mLフラスコ中に35%塩酸81gを仕込み70℃に昇温した。そこに光学純度92%eeの(R)−2−クロロマンデロニトリルを52.3gを含むキシレン溶液116.2gを添加し、加水分解反応を行なった。この溶液を静置したところ3相に分離した。上相のキシレン相を分取して、10wt%水酸化ナトリウム水溶液を加え、pH13に調整した。次に最下相の(R)−2−クロロマンデル酸の高濃度の水溶液相を分取し、20wt%水酸化ナトリウム水溶液を加え、pH13に調整した。これらアルカリ処理した上相と下相を残りの中相((R)−2−クロロマンデル酸の低濃度水溶液相)に混合した。水相部をpHメーターで測定したところpH0.1以下であった。この混合溶液を60℃に昇温し、撹拌動力0.003kW/mで撹拌しながら一定の冷却速度で15℃まで冷却し、(R)−2−クロロマンデル酸の結晶を析出させた。得られた結晶は細かく濾別に時間がかかった。(R)−2−クロロマンデル酸結晶の湿潤物を60℃で減圧乾燥して乾燥(R)−2−クロロマンデル酸結晶51.8gを得た(収率92.6%)、HPLC分析の結果、光学純度は99.8%ee、二量体は0.38%であった。得られた結晶は細かく飛散しやすい形態であった。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明によれば、簡便な方法で光学活性マンデル酸類を高い化学純度および高い収率で得ることができる。また、本発明によれば、取扱いに優れた高い光学純度のマンデル酸類を得ることができる。得られた光学活性マンデル酸類は、医農薬の原料、液晶材料、および光学分割剤などとして幅広く用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学活性マンデル酸類を含む水溶液を、pH1未満に調整し、かつ0.005から0.5kW/mの撹拌動力で撹拌しながら、該水溶液からマンデル酸類を晶析させる工程を含むことを特徴とする光学活性マンデル酸類の製造方法。
【請求項2】
光学活性マンデル酸類を含む水溶液が光学活性マンデロニトリルを鉱酸で加水分解したものであることを特徴とする請求項1記載の光学活性マンデル酸類の製造方法
【請求項3】
光学活性マンデル酸類を含む水溶液を、水に対して非混和性で、かつ前記マンデル酸類が難溶解性の有機溶媒の存在下、晶析することを特徴とする請求項1または2記載の光学活性マンデル酸類の製造方法

【公開番号】特開2010−83811(P2010−83811A)
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−255287(P2008−255287)
【出願日】平成20年9月30日(2008.9.30)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】