説明

光学活性2−アルキル−D−システイン又はその塩の製造方法

【課題】
各種工業薬品、農薬及び医薬品の製造原料として広範な活用が期待され、産業上、重要な化合物である光学活性2−アルキル−D−システイン又はその塩を得るための、効率的に優れた製造方法を提供する。
【解決手段】
DL体の混合物である2−アルキルシステインアミドのアミド結合を立体選択的に加水分解する活性を有する微生物の菌体又は菌体処理物を作用させて、反応生成物である2−アルキル−L−システインと、未反応物である光学活性2−アルキル−D−システインアミドの混合物となし、この混合物から光学活性2−アルキル−D−システインアミドを分取した後、アミド結合を加水分解して光学活性2−アルキル−D−システイン又はその塩を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、DL体の混合物である一般式(1)で示される2−アルキルシステインアミドから、一般式(4)で示される光学活性2−アルキル−D−システイン又はその塩を製造する方法に関する。詳しくは、一般式(1)で示される2−アルキルシステインアミドに、2−アルキル−L−システインアミドのアミド結合を立体選択的に加水分解する活性を有する微生物の菌体又は菌体処理物を作用させて、反応生成物である一般式(2)で示される2−アルキル−L−システインと、未反応物である一般式(3)で示される光学活性2−アルキル−D−システインアミドの混合物となし、この混合物から光学活性2−アルキル−D−システインアミドを分取した後、そのアミド結合を加水分解して一般式(4)で示される光学活性2−アルキル−D−システイン又はその塩を製造する方法に関する。光学活性2−アルキル−D−システイン又はその塩(以下、単に光学活性2−アルキル−D−システインと記すことがある)は、各種工業薬品、農薬、及び医薬品の製造中間体として重要な物質である。
【化1】

‥‥(1)
【化2】

‥‥(2)
【化3】

‥‥(3)
【化4】

‥‥(4)
(一般式(1)、(2)、(3)、及び(4)中のRは炭素数1〜4の低級アルキル基である。)
【背景技術】
【0002】
従来、光学活性2−アルキルシステインの製造方法としては、光学活性なL−システインメチルエステルを出発原料として、ピバルアルデヒドで環化、ホルムアルデヒドで保護し、リチウム試薬とヨウ化メチルでメチル化した後、塩酸で開環、脱保護して2−メチル−L−システインを塩酸塩として得る方法が知られている(例えば、特許文献1、非特許文献1参照)。しかし、この方法は出発原料が光学活性体であり、工程数が多く煩雑であり、高価な試薬を必要とするため、工業的に優れた方法とは言いがたい。
【0003】
また、光学活性2−アルキルシステインの製造法として、L−システインエチルエステルを出発原料として、ニトリル化合物で環化、ヨウ化メチルなどのメチル化剤を用いてメチル化を行いラセミ体のエステルとし、リパーゼ等を用いた酵素加水分解反応による光学分割により目的とする光学活性4−メチル−チアゾリン−4−カルボン酸を得て、さらに加水分解を施すことにより光学活性2−メチルシステインを得る方法が報告されている(例えば、特許文献2、特許文献3参照)。しかし、この方法は光学活性体を原料とするにもかかわらず、工程途中における中間体がラセミ体となり再び光学分割を行う必要があるため、工程が煩雑となり工業的には適しているとは言いがたい。
【0004】
【特許文献1】米国特許第6,403,830号明細書
【非特許文献1】Gerald Pattenden, Stephen M. Thom and Martin F. Jones, Tetrahedron, Vol49, No.10, pp2131-2138, 1993
【特許文献2】特開2003−201284号公報
【特許文献3】欧州特許第1302467号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、各種工業薬品、農薬及び医薬品の製造原料として広範な活用が期待され、産業上、非常に有用な化合物である一般式(4)で示される光学活性2−アルキル−D−システイン又はその塩の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
かかる実状に鑑み、本発明者らは鋭意研究を行ったところ、一般式(1)で示される2−アルキルシステインアミドのアミド結合を生化学的に不斉加水分解して一般式(2)で示される光学活性2−アルキル−L−システインを生成せしめ、一般式(3)で示される未反応の光学活性2−アルキル−D−システインアミドを回収した後に、これを加水分解することにより一般式(4)で示される光学活性2−アルキル−D−システインを製造する方法を見出し、本発明に到達した。即ち、本発明は、以下の1)から3)に示す、一般式(4)で示される光学活性2−アルキル−D−システイン又はその塩の製造法に関するものである。
1)一般式(1)で示される2−アルキルシステインアミドに、2−アルキル−L−システインアミドのアミド結合を立体選択的に加水分解する活性を有する微生物の菌体又は菌体処理物を作用させて、反応生成物である一般式(2)で示される2−アルキル−L−システインと、未反応物である一般式(3)で示される光学活性2−アルキル−D−システインアミドの混合物となし、この混合物から光学活性2−アルキル−D−システインアミドを分取した後、そのアミド結合を加水分解して一般式(4)で示される光学活性2−アルキル−D−システインを得ることを特徴とする、2−アルキルシステインアミドから光学活性2−アルキル−D−システイン又はその塩を製造する方法。
【化5】

‥‥(1)
【化6】

‥‥(2)
【化7】

‥‥(3)
【化8】

‥‥(4)
(一般式(1)、(2)、(3)、及び(4)中のRは炭素数1〜4の低級アルキル基である。)
2)一般式(1)で示される2−アルキル−L−システインアミドのアミド結合を立体選択的に加水分解する活性を有する微生物が、キサントバクター属、プロタミノバクター属、ミコプラナ属に属する細菌である、1)に記載の2−アルキルシステインアミドから光学活性2−アルキル−D−システイン又はその塩を製造する方法。
3)一般式(1)、(2)、(3)、及び(4)においてRがメチル基である、1)又は2)に記載の2−アルキルシステインアミドから光学活性2−アルキル−D−システイン又はその塩を製造する方法。
【発明の効果】
【0007】
各種工業薬品、農薬及び医薬品の製造原料として広範な活用が期待され、産業上、非常に有用な化合物である一般式(4)で示される光学活性2−アルキル−D−システイン又はその塩を製造する効率的に優れた方法を提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下に本発明の詳細について説明する。本発明の一般式(4)で示される光学活性2−アルキル−D−システインにおいて、式中のRは炭素数1〜4の低級アルキル基であればよく、特に制限はないが、例えば、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、secブチルおよびtertブチルなどの直鎖又は分枝した低級アルキル基が好適であり、メチル基が特に好適である。
【0009】
また、一般式(4)で示される光学活性2−アルキル−D−システインの塩の種類は、実用上許容できる塩であれば特に制限はないが、例えば塩酸や硫酸等の無機酸、ギ酸や酢酸等の有機酸、ナトリウムやカリウム等のアルカリ金属、マグネシウムやカルシウム等のアルカリ土類金属、トリメチルアミンやテトラメチルアンモニウム等の有機アルカリ、或いはアンモニア等が上げられる。得られる2−アルキルシステインの安定性という意味で特に塩酸塩、硫酸塩が好適である。
【0010】
本発明の一般式(4)で示される光学活性2−アルキル−D−システイン又はその塩は、一般式(1)で示される2−アルキルシステインアミドのアミド結合を生化学的に不斉加水分解して一般式(2)で示される光学活性2−アルキル−L−システインを生成せしめ、一般式(3)で示される未反応の光学活性2−アルキル−D−システインアミドを回収した後、さらにそのアミド結合の加水分解を行うことにより製造することができる。本発明で使用する一般式(1)で示される2−アルキルシステインアミドは、その製法及び品質等に特に制限はなく、例えば4−アルキルチアゾリジンカルボン酸アミド誘導体を加水分解する方法などによって得ることができる。
【0011】
本発明の一般式(1)で示される2−アルキルシステインアミドの生化学的不斉加水分解に使用される微生物は、2−アルキル−L−システインアミドのアミド結合を立体選択的に加水分解する活性を有する微生物であればよく、このような微生物として例えば、キサントバクター属、プロタミノバクター属及びミコプラナ属等に属する微生物、具体的にはキサントバクター フラバス(Xanthobacter flavus)NCIB 10071、プロタミノバクター アルボフラバス(Protaminobacter alboflavus)ATCC8458、ミコプラナ ラモサ(Mycoplana ramose)NCIB9440、ミコプラナ ディモルファ(Mycoplana dimorpha)ATCC4279が挙げられるが、これらに限定されるものではない。また、これら微生物から人工的変異手段によって誘導される変異株、或いは細胞融合若しくは遺伝子組換え法等の遺伝学的手法により誘導される組換え株等の何れの株であっても上記能力を有するものであれば、本発明に使用できる。
【0012】
これらの微生物の培養は、通常資化し得る炭素源、窒素源、各微生物に必須の無機塩、栄養等を含有させた培地を用いて行われる。培養時のpHは、4〜10の範囲であり、温度は20〜50℃である。培養は1日〜1週間程度好気的に行われる。このようにして培養した微生物は、生菌体又は該生菌体処理物、例えば培養液、分離菌体、菌体破砕物、さらには精製した酵素として反応に使用される。また、常法に従って菌体又は酵素を固定化して使用することもできる。
【0013】
2−アルキルシステインアミドの生化学的不斉加水分解反応の条件は、2−アルキルシステインアミド濃度0.1〜40wt%、2−アルキルシステインアミドに対する微生物の使用量は、乾燥菌体として重量比0.0001〜3、反応温度10〜70℃、pH4〜13の範囲であることが好ましい。なお、2−アルキルシステインアミドの濃度が高い場合には、前記微生物の使用量比が、好ましい範囲の上限である3以下であって、反応が好適に実施できる比率を適宜選択すればよい。本反応に用いる2−アルキルシステインアミドや生成する2−アルキルシステインは酸化を受けやすく、酸素存在下で放置すると2量化したジスルフィド(2,2’−ジアルキルシスチン誘導体)となる。これを防止するため、生化学的不斉加水分解反応は防酸化雰囲気で行なうのが好ましい。ここで言う防酸化雰囲気とは、窒素、アルゴン等の不活性ガス雰囲気、或いは反応系内に2−メルカプトエタノール等の還元性物質を共存させる方法を示す。反応を行う際、さらにMg、Cu、Zn、Fe、Mn、Ni、Co等の金属イオンを酵素触媒の活性化剤として添加してもよい。添加する量は使用する培養菌体の菌株の種類、添加する金属イオンの種類によって異なり一概には言えないが、通常は1〜50ppmとなる濃度の金属イオンを添加することにより、不斉加水分解速度を向上させることができる。例えば、2価のMnイオンを5〜20ppm加えた場合、反応速度は、無添加の場合に比較して2〜5倍と大幅に向上する。
【0014】
2−アルキルシステインアミドの生化学的不斉加水分解反応で生成した光学活性2−アルキル−L−システインと、本発明の目的物である未反応の光学活性2−アルキル−D−システインアミドとの分離は、反応終了液から、例えば遠心分離或いは濾過膜などの通常の固液分離手段により微生物菌体を除いた母液を、pH7〜14、好ましくはpH8〜12に調整した後、非水溶性有機溶媒で抽出し、その抽出液を濃縮すると光学活性2−アルキル−D−システインアミドが得られる。この際に用いる非水溶性有機溶媒としては特に限定されず、目的とする2−アルキル−D−システインアミドの溶解性を見て決定されれば良く、通常に用いられるジエチルエーテルやジイソプロピルエーテル等のエーテル類、塩化メチレンやクロロホルム等のハロゲン化炭化水素等が使用可能であるが、中でも2−アルキル−D−システインアミドの溶解性の点でジエチルエーテルやジイソプロピルエーテル等のエーテル類、塩化メチレン等のハロゲン化炭化水素類が好適に用いられる。得られた2−アルキル−D−システインアミドは、その物性に合わせて再結晶やカラムクロマトグラフィー等の通常に行なわれる精製方法で精製できる。また、この抽出操作や精製操作においても酸化を防止するために、窒素、アルゴン等の不活性ガス雰囲気で操作することが好ましい。
【0015】
次に、得られた2−アルキル−D−システインアミドの水溶液を窒素、アルゴン等の不活性ガス雰囲気下で、酸触媒を用いて加熱還流すると、ほぼ定量的に加水分解反応が進行して、対応する2−アルキル−D−システインが得られる。この際に用いられる酸としては、通常に加水分解触媒として用いられる一般的な酸で特に問題はないが、揮発性の酸である塩酸が反応後の処理が容易であり、コスト的にも安価であることから好適である。また酸の使用量は、2−アルキル−D−システインアミドに対して同等モル以上であればよく、上限は限定されないが、過剰の酸の後処理などに掛かるコスト的な観点から、好ましくは2〜15倍モルの範囲が好適である。このようにして得られた反応液から過剰の酸、アンモニウム塩を除去すると目的とする2−アルキル−D−システインと使用した酸の塩が得られる。過剰の酸及びアンモニウム塩と、目的とする2−アルキル−D−システインの分離は、再結晶や脱塩透析、イオン交換樹脂等、一般的に用いられる手法で適宜実施されれば良く、その方法は限定されない。
【0016】
本発明の方法によって得られる光学活性2−アルキル-Dーシステインの具体例を挙げるならば、例えば2−メチル−D−システイン、2−エチル−D−システイン等の光学活性2−アルキル−D−システインがある。
【実施例】
【0017】
次に実施例を挙げ、本発明について更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0018】
実施例1
次の組成を有する培地を調製し、この培地200mLを1Lの三角フラスコに入れ、滅菌後、キサントバクター フラバス(Xanthobacter flavus)NCIB 10071を接種し、30℃で48時間振とう培養を行い、培養液から、遠心分離により乾燥菌体1.0gに相当する生菌体を得た。
培地組成(pH7.0)
グルコース 10g
ポリペプトン 5g
酵母エキス 5g
KH2PO4 1g
MgSO4・7H2O 0.4g
FeSO4・7H2O 0.01g
MnCl2・4H2O 0.01g
水 1L
次いでラセミ体の2−メチルシステインアミド塩酸塩10.0g(0.059mol)を水300mLに溶かした後、500mLフラスコに入れ、乾燥菌体1.0gに相当する生菌体を加えて、窒素気流下、40℃で24時間攪拌して加水分解反応を行った。反応後、反応液から遠心分離によって菌体を除去して上清を得た。この上清液に、脱気後に不活性ガス置換した活性炭2gを加えて2時間攪拌した後活性炭を濾別した。濾液に4N水酸化ナトリウム水溶液30mLを加えて、pH10とした後、200mLのジエチルエーテルで5回抽出した有機相を無水硫酸ナトリウムで5時間乾燥し、沈殿物を濾別した濾液をエバポレーターで濃縮して白色ペースト状固体を得た。このペースト状固体を少量のエタノールを用いて窒素雰囲気下で再結晶し、結晶3.5g(0.026mol)濾取した。得られた2−メチル−D−システインアミド3.5g(0.026mol)を濃塩酸(36%)20mLに溶解し、窒素気流下で1時間加熱還流した。反応液をロータリーエバポレーターで濃縮乾固した後、得られた固体をエタノールで再結晶させた。得られた結晶は真空乾燥を行い、2−メチル−D−システイン塩酸塩 4.3g(0.025mol)の白色結晶を得た。反応に仕込んだラセミ混合物中の2−メチル−D−システインアミド塩酸塩からの単離収率は83mol%、2−メチル−D−システインアミドのラセミ混合物からの単離収率は42mol%であった。得られた結晶を学異性体分離カラムを用いた液体クロマトグラフィーによって分析した結果、光学純度は97%e.e.以上であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)で示される2−アルキルシステインアミドに、2−アルキル−L−システインアミドのアミド結合を立体選択的に加水分解する活性を有する微生物の菌体又は菌体処理物を作用させて、反応生成物である一般式(2)で示される2−アルキル−L−システインと、未反応物である一般式(3)で示される光学活性2−アルキル−D−システインアミドの混合物となし、この混合物から光学活性2−アルキル−D−システインアミドを分取した後、そのアミド結合を加水分解して一般式(4)で示される光学活性2−アルキル−D−システインを得ることを特徴とする、2−アルキルシステインアミドから光学活性2−アルキル−D−システイン又はその塩を製造する方法。
【化1】

‥‥(1)
【化2】

‥‥(2)
【化3】

‥‥(3)
【化4】

‥‥(4)
(一般式(1)、(2)、(3)、及び(4)中のRは炭素数1〜4の低級アルキル基である。)
【請求項2】
一般式(1)で示される2−アルキル−L−システインアミドのアミド結合を立体選択的に加水分解する活性を有する微生物が、キサントバクター属、プロタミノバクター属、ミコプラナ属に属する細菌である、請求項1に記載の2−アルキルシステインアミドから光学活性2−アルキル−D−システイン又はその塩を製造する方法。
【請求項3】
一般式(1)、(2)、(3)、及び(4)においてRがメチル基である、請求項1又は2に記載の2−アルキルシステインアミドから光学活性2−アルキル−D−システイン又はその塩を製造する方法。

【公開番号】特開2006−5(P2006−5A)
【公開日】平成18年1月5日(2006.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−176548(P2004−176548)
【出願日】平成16年6月15日(2004.6.15)
【出願人】(000004466)三菱瓦斯化学株式会社 (1,281)
【Fターム(参考)】