説明

光応答伸縮性繊維

【課題】
紫外線、可視光のような光を照射するとそれに応答して伸縮挙動を示す繊維を提供する。
【解決手段】
光応答伸縮性繊維は、フォトクロミック化合物が混入、被覆、または付着した合成繊維であって、波長300〜380nmの紫外光を照射すると収縮し、波長450〜780nmの可視光を照射または30〜80℃で加熱すると収縮前の状態に戻る。また合成繊維と、その合成繊維と同質であってフォトクロミック化合物が混入した合成繊維とが繊維長手方向に接着していてもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紫外線や可視光のような光の照射に応答して伸縮する繊維に関するものである。
【背景技術】
【0002】
光は人間にとって身近なエネルギー形態であり、地球上では太陽から発せられる根本的なエネルギー源として最も重要なものである。植物の光合成に代表されるように、自然界には光の関与している過程が数多く存在し、エネルギー源として利用されている。機能高分子材料の分野においても光をエネルギー源として活用すべく研究がなされており、中でも、光をトリガーとして単一の化学種が吸収スペクトルの異なる二つの異性体を可逆的に生成するフォトクロミック化合物の研究が盛んに行われている。非特許文献1には、フォトクロミズムの機構、及びフォトクロミック分子を高分子単分子膜や高分子ゲルに応用した例が示されている。
【0003】
しかし非特許文献1は主にウェット系の材料への応用であり、またエネルギー変換効率、有効光波長域などの値が十分でない。ドライ系である高分子膜や繊維のような系において確実に大きく光変形する材料は得られていない。外部刺激に対して様々な応答を示すフォトクロミック化合物の特性を利用して物性を制御することができる高分子材料の開発が望まれている。
【0004】
【非特許文献1】MARUZEN Advanced Technology 材料工学編 メカノケミストリー 雀部博之編 平成元年3月30日発行 21−52頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の発明者らは、フォトクロミック化合物のような光応答材料が自己拡張能を示すことに注目した。すなわち、本発明は、紫外線、可視光のような光を照射し、または加熱をすると、それに応答して伸縮挙動を示す繊維を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記の目的を達成するためになされた、特許請求の範囲の請求項1に記載された光応答伸縮性繊維は、フォトクロミック化合物が混入、被覆、または付着した合成繊維であって、波長300〜380nmの紫外光を照射すると収縮し、波長450〜780nmの可視光を照射または30〜80℃に加熱すると収縮前の状態に戻ることを特徴とする。
【0007】
同じく請求項2に記載された光応答伸縮性繊維は、合成繊維と、その合成繊維と同質であってフォトクロミック化合物が混入した請求項1に記載の合成繊維とが繊維長手方向に接着していることを特徴とする。
【0008】
請求項3に記載された光応答伸縮性繊維は、前記フォトクロミック化合物がスピロピラン類、アゾベンゼン類、スピロオキサジン類、ジアリールエテン類、フルキド類またはクロメン類から選ばれることを特徴とする。このフォトクロミック化合物の含有量は、光応答伸縮性繊維の総重量に対して1〜30重量%であることが好ましい。
【0009】
請求項4に記載された光応答伸縮性繊維は、請求項1に記載の合成繊維がポリ塩化ビニル繊維、ポリアミド繊維、ポリオレフィン繊維またはポリエステル繊維であることを特徴とする。
【0010】
請求項5に記載された光応答伸縮性繊維は、請求項1に記載の合成繊維がポリ塩化ビニル繊維であって可塑剤を含むことを特徴とする。
【0011】
請求項6に記載された光応答伸縮性繊維は、前記可塑剤がフタル酸エステル、アジピン酸エステル、アゼライン酸エステル、セバシン酸エステル、リン酸トリクレジル、アセチルクエン酸トリブチル、またはリメリット酸トリオクチルから選ばれることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の光応答伸縮性繊維はフォトクロミック化合物を含有し、光、熱を照射することによって繊維を伸長、収縮、屈曲させることができる。また、本発明の光応答伸縮性繊維を原料とする布帛は、光、熱を照射することによって体積、長さ、厚み、密度などを増減させることができる。
【0013】
この布帛は、例えば外気温の変化に応じて着たり脱いだりする必要のない温度調節が可能な衣服や、床ずれ防止用衣服のような医療用衣服、特定の波長の光を照射することで布帛形状をコントロールすることができる車両・農業・土木資材等に利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の光応答伸縮性繊維は、ポリ塩化ビニルとフォトクロミック化合物と可塑剤とを混練し、紡糸することで製造できる。またはポリ塩化ビニルとフォトクロミック化合物と可塑剤とを混練し製膜し、そのフィルムをレーザー光線で細長く裁断してフィラメント状にしたものであってもよい。フィルム厚は0.1〜100μm、裁断したフィラメントの幅は10〜1000μmが好ましい。
【0015】
本発明の光応答伸縮性のポリアミド繊維、ポリオレフィン繊維またはポリエステル繊維を得る場合には、そのポリマーとフォトクロミック化合物とを混練し、紡糸することで製造できる。ポリアミド、ポリオレフィンまたはポリエステルのフィルムにスピンコートによりフォトクロミック化合物を塗布し、フィルムをレーザー光線で細長く裁断してフィラメント状にしたものであってもよい。コーティングの厚さは、0.1〜100μmであることが好ましい。
【0016】
また本発明の光応答伸縮性繊維は、フォトクロミック化合物が混入したポリマーとそのポリマーと同質のポリマーを共押し出しで紡糸しても製造できる。共押し出しの紡糸で得られる繊維の断面形状は芯鞘形、半円融合円形、雲形など、紡糸ノズルの形状により任意にえらぶことができる。
【0017】
本発明で使用されるフォトクロミック化合物としては、スピロピラン類、アゾベンゼン類、スピロオキサジン類、ジアリールエテン類、フルキド類またはクロメン類などが挙げられる。
【0018】
フォトクロミック化合物は、特定の波長の光を照射すると、分子の結合様式あるいは電子状態に変化を生じて異性体を生起する。例えば、フォトクロミック化合物であるスピロベンゾピランの光照射時の異性化は、次の式で示される。
【0019】
【化1】

【0020】
前記化学式中、Rは炭素数1〜50のアルキル基、炭素数1〜50のアルキルカルボキシル基を示す。中でもRが炭素数18のオクタデシル基であるスピロベンゾピランであることが好ましい。
【0021】
フォトクロミック化合物としてスピロベンゾピランを用いた場合、本発明の繊維中に分散したスピロベンゾピランは、波長300〜380nmの紫外線を照射されることで開環してカチオン型の異性体を生起する。生成されるイオン種は主に対イオン型であり、静電的な相互作用が増加するので分子の凝集力が増加して、その結果繊維の収縮が起こると考えられる。紫外線の照射をやめるか、波長450〜780nmの可視光を受けるか、または50℃で加熱されると、開環していたスピロベンゾピランの構造は閉環型に変化し、静電的な相互作用が紫外線照射前の状態に戻るため、繊維の収縮が解消されてゆっくりと紫外線照射前の状態に戻る。このようにして、光応答伸縮性繊維は光に応答した伸縮挙動を示す。例えば、波長約360nmの紫外線を4分間照射すると、繊維長が0.1%程度収縮する。
【0022】
本発明の光応答伸縮性繊維は、その繊維径が0.1〜500μmであることが好ましい。繊維径がこの範囲内であると、より顕著な伸縮挙動を示しやすい。
【0023】
共押し出しの紡糸で得られる接着型の光応答伸縮性繊維では、接着した片側のみ伸縮するので、全体として湾曲したり直伸したりする。
【0024】
前記可塑剤として、フタル酸エステル、アジピン酸エステル、アゼライン酸エステル、セバシン酸エステル、リン酸トリクレジル、アセチルクエン酸トリブチル、またはリメリット酸トリオクチル等を用いることができ、中でもフタル酸ジオクチルであると好ましい。本発明の繊維中において前記可塑剤の含有量が高くなると、ポリ塩化ビニルの可塑化に伴ってフォトクロミック化合物の自由度が大きくなる。そしてフォトクロミック化合物の光学異性化が容易になるため、光に対する繊維の伸縮挙動がより大きくなる。
【実施例】
【0025】
以下、本発明の実施例を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0026】
本発明の光応答伸縮性繊維の光応答挙動を評価するために、フォトクロミック化合物と可塑剤とを含有した可塑化ポリ塩化ビニルから試料膜を作製して、その光応答挙動を調べた。
【0027】
(実施例1)
フォトクロミック化合物を1重量%含有した可塑化ポリ塩化ビニル膜Aの作製
ポリ塩化ビニル50gと、可塑剤としてフタル酸ジオクチルの50gと、フォトクロミック化合物として1-オクタデシル-3,3-ジメチル-6’-ニトロスピロ(インドリン-2,2’2H-ベンゾピラン)(SBP18:前記化学式のRがオクタデシル基であるスピロベンゾピラン)の1gとを、1000mlのテトラヒドロフラン(THF)に溶解した。この溶液をシャーレに流し入れ、一週間キャストした。得られた膜から0.5cm×2cmを切り出し、膜厚約0.08mmのポリ塩化ビニル膜Aを調製した。
【0028】
(実施例2)
フォトクロミック化合物を2重量%含有した可塑化ポリ塩化ビニル膜Bの作製
SBP18を2g使用したこと以外は実施例1と同様にして、ポリ塩化ビニル膜Bを作製した。
【0029】
(実施例3)
フォトクロミック化合物を3重量%含有した可塑化ポリ塩化ビニル膜Cの作製
SBP18を3g使用したこと以外は実施例1と同様にして、ポリ塩化ビニル膜Cを作製した。
【0030】
(実施例4)
フォトクロミック化合物を4重量%含有した可塑化ポリ塩化ビニル膜Dの作製
SBP18を4g使用したこと以外は実施例1と同様にして、ポリ塩化ビニル膜Dを作製した。
【0031】
(実施例5)
フォトクロミック化合物を5重量%含有した可塑化ポリ塩化ビニル膜Eの作製
SBP18を5g使用したこと以外は実施例1と同様にして、ポリ塩化ビニル膜Eを作製した。
【0032】
(比較例1)
SBP18を全く添加しなかったこと以外は実施例1と同様にして、比較ポリ塩化ビニル膜を作製した。
【0033】
得られたポリ塩化ビニル膜を用い、以下のようにして光応答伸縮挙動の評価を行った。
【0034】
(光による駆動測定)
実施例1〜5及び比較例1のポリ塩化ビニル膜をそれぞれ試料膜として、レーザー式変位センサを用い、高圧水銀ランプで波長約360nmの紫外線及び波長約550nmの可視光を0〜2000秒照射したときの膜の歪みを測定した。測定結果を図1に示す。
【0035】
(光による駆動のスピロベンゾピラン濃度依存性)
実施例1〜5及び比較例1のポリ塩化ビニル膜をそれぞれ試料膜として、レーザー式変位センサを用い、高圧水銀ランプで波長約360nmの紫外光を300秒照射したときの膜の歪みを測定した。測定結果を図2に示す。
【0036】
図1から明らかなように、試料膜に紫外線を照射すると照射側への微小な屈曲が観察された。また、その後可視光を照射した場合逆方向に戻っていき、紫外線照射をやめるとよりゆっくりと歪みが解消されて元の状態に戻った。このことから、スピロベンゾピランのような光応答材料を含有した可塑化ポリ塩化ビニル膜は、光に応答して屈曲することが確認された。
【0037】
また、図2から、スピロベンゾピランの含有量が増大するにつれて紫外線照射側への屈曲が大きくなることが明らかとなった。
【0038】
このように、フォトクロミック化合物を含有する可塑化ポリ塩化ビニル膜で光に応答した歪みが観察された。したがって光応答伸縮性繊維は、光に応答して同様の挙動を示す。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明を適用する光応答伸縮性繊維の膜状態における、紫外線及び可視光照射時の膜歪みの経時変化を示したグラフである。
【0040】
【図2】本発明を適用する光応答伸縮性繊維の膜状態における、スピロベンゾピラン含有量と膜歪みとの関係を示したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フォトクロミック化合物が混入、被覆、または付着した合成繊維であって、波長300〜380nmの紫外光を照射すると収縮し、波長450〜780nmの可視光を照射または30〜80℃に加熱すると収縮前の状態に戻ることを特徴とする光応答伸縮性繊維。
【請求項2】
合成繊維と、その合成繊維と同質であってフォトクロミック化合物が混入した請求項1に記載の合成繊維とが繊維長手方向に接着していることを特徴とする光応答伸縮性繊維。
【請求項3】
前記フォトクロミック化合物がスピロピラン類、アゾベンゼン類、スピロオキサジン類、ジアリールエテン類、フルキド類またはクロメン類から選ばれることを特徴とする請求項1に記載の光応答伸縮性繊維。
【請求項4】
前記合成繊維がポリ塩化ビニル繊維、ポリアミド繊維、ポリオレフィン繊維またはポリエステル繊維であることを特徴とする請求項1に記載の光応答伸縮性繊維。
【請求項5】
前記合成繊維がポリ塩化ビニル繊維であって可塑剤を含むことを特徴とする請求項1に記載の光応答伸縮性繊維。
【請求項6】
前記可塑剤がフタル酸エステル、アジピン酸エステル、アゼライン酸エステル、セバシン酸エステル、リン酸トリクレジル、アセチルクエン酸トリブチル、またはリメリット酸トリオクチルから選ばれることを特徴とする請求項5に記載の光応答伸縮性繊維。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−249622(P2006−249622A)
【公開日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−70329(P2005−70329)
【出願日】平成17年3月14日(2005.3.14)
【出願人】(804000015)株式会社信州TLO (30)
【Fターム(参考)】