説明

光触媒

【課題】犠牲的電子供与体、光増感剤及び電子伝達物質とともに水に添加され、該水に対して光が照射された際に該水の分解反応(水素生成反応)を効率よく進行させ得る光触媒を提供する。
【解決手段】光触媒は、所定の構造を有する有機ルテニウム化合物、具体的には、酢酸ルテニウム塩化物、酢酸ルテニウム四フッ化ホウ素塩、テレフタル酸ルテニウム、テレフタル酸ルテニウム塩化物、テレフタル酸ルテニウム四フッ化ホウ素塩、テレフタル酸ルテニウム六フッ化リン、テレフタル酸ルテニウム臭化物の群から選択されたいずれかからなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光触媒に関し、一層詳細には、水に光が照射された際に該水を分解して水素分子を生成する水素生成反応を促進する光触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
水素は、燃焼を行っても水を生成するのみで温暖化ガスや汚染ガスを生成することがなく、このため、いわゆるクリーン燃料として着目されるに至っている。
【0003】
周知の通り、水素は、大気中にほとんど含まれていない。従って、水素を燃料として用いるには、水素を予め生成しておく必要がある。その一手法として、水を光触媒の触媒作用下に分解することが検討されている。水は自然界に大量に存在するので、多量の水素を安価に生成することができるからである。
【0004】
例えば、非特許文献1には、エチレンジアミン−N,N,N’,N’−テトラ酢酸二ナトリウム塩(EDTA−2Na)のような犠牲的電子供与体、トリス(2,2−ビピリジル)ルテニウムイオンのような光増感剤、及び1,1’−ジメチル−4,4’−ビペリジウムのような電子伝達物質とともに光触媒を水に添加し、この水に可視光を照射することが記載されている。なお、光触媒としては、コロイド状Pt、Pt(II)イオン又はRh錯体が選定されている。
【0005】
非特許文献1の報告によれば、このような光触媒の存在下、水素生成反応が効率よく進行する、とのことである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサエティ(J. of the American Chemical Society) 2006年 第128巻 第4926頁〜第4927頁 「A Photo-Hydrogen-Evolving Molecular Device Driving Visible-Light-Induced EDTA-Reduction of Water into Molecular Hydrogen」 ヒロノブ・オザワ、マサアキ・ハガ、ケン・サカイ著
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年における地球温暖化等の問題を解消するべく、水素燃焼を一層利用することが試みられている。これに対応するために燃料用水素を多量に生成するべく、水からの水素生成反応を一層効率よく進行させることが希求されている。
【0008】
本発明は上記した問題を解決するためになされたもので、水素生成反応を一層効率よく進行させる光触媒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記の目的を達成するために、本発明は、犠牲的電子供与体、光増感剤及び電子伝達物質とともに水に添加され、前記水に光が照射された際に水素生成反応を促進する光触媒であって、
酢酸ルテニウム塩化物、酢酸ルテニウム四フッ化ホウ素塩、テレフタル酸ルテニウム、テレフタル酸ルテニウム塩化物、テレフタル酸ルテニウム四フッ化ホウ素塩、テレフタル酸ルテニウム六フッ化リン、テレフタル酸ルテニウム臭化物の群から選択されたいずれかからなることを特徴とする。
【0010】
本発明に係る光触媒は、光触媒としての性能の優劣を示す指標であるターンオーバーナンバ及び量子効率が高い。このため、水に光が照射された際に該水を分解して水素分子を得る水素生成反応を効率よく進行させることができる。このため、多量の水素を短時間で容易に得ることが可能となる。
【0011】
なお、犠牲的電子供与体としては、EDTA−2Na、EDTA−四アセトン酸四ナトリウム塩、L−アスコルビン酸(ビタミンC)、又はメタノールやエタノール等のアルコール類が例示され、光増感剤としては、トリス(2,2’−ビピリジル)ルテニウム(II)イオン、テトラ−p−スルホネートポルフィリン亜鉛、トリ(1,10−フェナントロリン)ルテニウム(II)塩、ポリ(ビピリジン)ルテニウム誘導体、水溶性金属ポリフィリン誘導体が例示される。
【0012】
さらに、電子伝達物質の好適な例としては、メチルビオローゲン、エチルビオローゲン、プロピルビオローゲン等のアルキルビオローゲンや、N,N’−ジメチル−ジアザピレニウムが挙げられる。
【0013】
上記した光触媒中、テレフタル酸ルテニウム、テレフタル酸ルテニウム塩化物、テレフタル酸ルテニウム四フッ化ホウ素塩、テレフタル酸ルテニウム六フッ化リン及びテレフタル酸ルテニウム臭化物は、複数個の分子が互いに結合することで形成された錯体であることが好ましい。この場合、光触媒として特に優れた性能を示す。
【0014】
この種の錯体においては、構成分子同士の間、特に、ジフェニル結合の間に空洞が形成される。この空洞が、光触媒の活性化に寄与していると推察される。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、所定の構造を有する有機ルテニウム化合物を光触媒として採用するようにしている。この光触媒を、犠牲的電子供与体、光増感剤及び電子伝達物質とともに水に添加し、さらに、該水に対して光を照射すると、該水が効率よく分解されて水素が生成する。すなわち、水素分子を得る水素生成反応を効率よく進行させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】実施例1で得られた反応生成物の構造を模式的に示す模式構造図である。
【図2】Ru2(CH3COO)4Clの理論的な構造を模式的に示す模式構造図である。
【図3】実施例2で得られた反応生成物の構造を模式的に示す模式構造図である。
【図4】実施例3で得られた反応生成物の構造を模式的に示す模式構造図である。
【図5】実施例4で得られた反応生成物の構造を模式的に示す模式構造図である。
【図6】実施例5で得られた反応生成物の構造を模式的に示す模式構造図である。
【図7】実施例6で得られた反応生成物の構造を模式的に示す模式構造図である。
【図8】実施例7で得られた反応生成物の構造を模式的に示す模式構造図である。
【図9】実施例1〜7の光触媒(反応生成物)を用いた反応液に対して光照射を行い、光照射を開始してから4時間経過するまでの水素発生量を1時間毎にプロットしたグラフである。
【図10】実施例1〜7の光触媒(反応生成物)のターンオーバーナンバを示す図表である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に係る光触媒につき複数の実施例を挙げ、添付の図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の実施例は本発明を理解するための例示であり、本発明が各実施例に限定されるものでないことは勿論である。
【実施例1】
【0018】
酢酸ルテニウム塩化物;Ru2(CH3COO)4Clを合成するべく、容量300mlのナスフラスコに36mlの無水酢酸と108mlの酢酸を導入した後、RuCl3・nH2O及びLiClを5gずつ添加した。この混合溶液を激しく撹拌する一方、該混合溶液に対して酸素でバブリングを行った。以上の撹拌及びバブリングを続行しながら、130℃で還流を行うことで合成反応を進行させた。なお、バブリングは、直径が約1mmの酸素気泡が1秒間に2〜3個発生する程度とした。
【0019】
反応生成物が生成したことに伴い、混合溶液が赤茶色を呈した。還流を開始して24時間後に反応生成物が沈殿したことが認められ、この時点で還流を停止した。
【0020】
得られた反応生成物(沈殿物)を焼結ガラスフィルタ上で回収した後、エーテルを用いて洗浄した。さらに、真空乾燥を1時間行うことで反応生成物を乾燥させた。
【0021】
この反応生成物につきFT−IR分析、CHN元素分析及び磁化率測定によって構造解析を行ったところ、図1に模式的に示される構造を繰り返し単位とするRu2(CH3COO)4Clの錯体であることが判明した。なお、図1に示される構造中には、実際には二重結合が含まれる箇所があるが、説明の便宜上、二重結合を省略している。以下においても同様である。
【0022】
ここで、Ru2(CH3COO)4Clの理論的な構造を図2に示す。これら図1及び図2に示される構造式から諒解されるように、得られた反応生成物においては、酢酸ルテニウム塩化物中のClが2個の酢酸ルテニウム塩化物分子同士を橋架するように配位結合している。換言すれば、酢酸ルテニウム塩化物分子同士は、配位結合したClを介して直線状に連なり、錯体を形成する。すなわち、この場合、反応生成物は二次元鎖状錯体である。
【実施例2】
【0023】
酢酸ルテニウム四フッ化ホウ素塩;Ru2(CH3COO)4BF4を合成するべく、容量100mlのナスフラスコに40mlのテトラヒドロフランを導入した後、1gのRu2(CH3COO)4Cl、0.41gのAgBF4をそれぞれ添加し、さらに、24時間撹拌した。この溶液をセライトに通して濾別したところ、セライト上に濾過物が残留した。この濾過物を同定した結果、AgClであることが確認された。
【0024】
その一方で、濾液を濃縮した後にエーテルで抽出した。この抽出物を焼結ガラスフィルタに通したところ、該焼結ガラスフィルタ上に粉末が残留した。真空乾燥を1時間行うことでこの粉末を乾燥させた。
【0025】
乾燥後の前記粉末につきFT−IR分析、ラマンスペクトル解析、CHN元素分析及び粉末X線回折測定によって構造解析を行ったところ、その構造が図3に模式的に示されるRu2(CH3COO)4BF4であることが分かった。
【実施例3】
【0026】
次に、テレフタル酸ルテニウム(II,II);[Ru2(p−BDC)2nの合成を試みた。なお、p−BDCは1,4−ベンゼンジカルボキシレートを意味する略語であり、以下においても同様である。
【0027】
先ず、容量100mlのナスフラスコに30mlのN,N’−ジメチルホルムアミドを導入し、その後、0.1gのRu2(CH3COO)4BF4及び0.0592gの1,4−ベンゼンジカルボン酸(p−BDCA)を添加した。この混合溶液を、アルゴン雰囲気下において170℃で24時間還流した。
【0028】
次に、室温まで放冷した後、沈殿物を焼結ガラスフィルタ上で回収した。回収した沈殿物をアセトン洗浄後にメタノールで洗浄し、さらに、真空乾燥を4時間行うことで乾燥させた。
【0029】
この沈殿物につきFT−IR分析、ラマンスペクトル解析、拡散反射紫外可視(DR−UV−Vis)スペクトル分析、CHN元素分析、比表面積細孔径分布測定、XPS分析によって構造解析を行ったところ、図4に模式的に表される構造を有する[Ru2(p−BDC)2nの錯体であることが認められた。
【0030】
すなわち、この錯体は、Ruを中心金属とし、該Ruに対してp−BDCが配位した構造を繰り返し単位とする二次元鎖状錯体がジフェニル結合を介して積層した形態となっている。結局、該錯体は、三次元的に展開する立体構造をなす。
【0031】
そして、図4から諒解されるように、この錯体においては、環状体結合の中心に空洞10が形成される。この空洞10が存在することにより、錯体は、構造内に孔部が形成された多孔質体をなしている。
【0032】
なお、前記沈殿物につきSEM観察を行ったところ、該沈殿物は比較的大粒の多面体形状であり、且つ該多面体形状の隅角部の一部は鋭角な尖り形状であることが認められた。
【実施例4】
【0033】
さらに、テレフタル酸ルテニウム(II,III)塩化物;[Ru2(p−BDC)2Cl]nの合成を試みた。
【0034】
先ず、容量100mlのナスフラスコに体積比が1:1の割合で混合されたメタノール/水の混合溶媒を30ml導入し、その後、0.05gのRu2(CH3COO)4Cl、0.035gのp−BDCA及び0.045gのLiClを添加した。この混合溶液を、アルゴン雰囲気下において100℃で6時間還流した。
【0035】
次に、室温まで放冷した後、沈殿物を焼結ガラスフィルタ上で回収した。回収した沈殿物をアセトン洗浄後にメタノールで洗浄し、さらに、真空乾燥を2時間行うことで乾燥させた。
【0036】
この沈殿物につきFT−IR分析、ラマンスペクトル解析、DR−UV−Visスペクトル分析、CHN元素分析、比表面積細孔径分布測定、XPS分析によって構造解析を行ったところ、その構造が図5に模式的に表される[Ru2(p−BDC)2Cl]nの錯体であるという結果が得られた。
【0037】
図5に示されるように、この錯体は、Ruを中心金属とし、該Ruに対してp−BDCが配位した構造同士がClを介して結合した配位結合物を繰り返し単位とする二次元鎖状錯体を有する。そして、前記Clを介して自己組織化が起こり、これにより前記二次元鎖状錯体がジフェニル結合を介して積層した形態となっている。その結果、この錯体も、三次元的に展開する立体構造をなす。
【0038】
この錯体においても、環状体結合の中心に空洞10が形成され、これにより、錯体の構造内に孔部が形成されている。すなわち、該錯体は多孔質体をなす。
【0039】
なお、前記沈殿物につきSEM観察を行った結果、この沈殿物は直方体形状に略近似し得る形状であることが分かった。
【実施例5】
【0040】
さらに、テレフタル酸ルテニウム(II,III)四フッ化ホウ素塩;[Ru2(p−BDC)2BF4nの合成を行った。
【0041】
具体的には、先ず、容量100mlのナスフラスコにテトラヒドロフランを40ml導入した後、0.1gのRu2(CH3COO)4BF4、0.0592gのp−BDCAを添加した。この混合溶液を、アルゴン雰囲気下において100℃で6時間還流した。
【0042】
次に、室温まで放冷した後、沈殿物を焼結ガラスフィルタ上で回収した。回収した沈殿物をアセトン洗浄後にメタノールで洗浄し、さらに、真空乾燥を2時間行うことで乾燥させた。
【0043】
この沈殿物につきFT−IR分析、ラマンスペクトル解析、DR−UV−Visスペクトル分析、CHN元素分析、比表面積細孔径分布測定、XPS分析によって構造解析を行った。得られた結果によって決定された[Ru2(p−BDC)2BF4nの構造を、図6に模式的に示す。この場合も、錯体であるという結果が得られた。
【0044】
図6に示されるように、この錯体は、Ruを中心金属とし、該Ruに対してp−BDCが配位した構造1個当たりにBF4イオンが1個配位した構造を繰り返し単位とする二次元鎖状錯体を有する。そして、この二次元鎖状錯体同士が自己組織化によってジフェニル結合を介して積層した形態となっている。その結果、この錯体も、三次元的に展開する立体構造をなす。
【0045】
この錯体においても、環状体結合の中心に空洞10が形成されている。このことから、この錯体もまた、多孔質体であると定義される。
【0046】
なお、前記沈殿物につきSEM観察を行った結果、この沈殿物は略球状形状であった。
【実施例6】
【0047】
さらに、テレフタル酸ルテニウム(II,III)臭化物;[Ru2(p−BDC)2Br]nの合成を行った。
【0048】
すなわち、先ず、容量100mlのナスフラスコに体積比が1:1の割合で混合されたメタノール/水の混合溶媒を30ml導入した後、0.05gのRu2(CH3COO)4BF4、0.0296gのp−BDCA及び0.091gのNaBrを添加した。この混合溶液を、アルゴン雰囲気下において100℃で6時間還流した。
【0049】
以降は実施例5と同様の操作を行って、回収した沈殿物を乾燥させた。その後、上記に準拠して該沈殿物の構造解析を行った。この解析結果による[Ru2(p−BDC)2Br]nの構造を、図7に模式的に示す。
【0050】
図7に示されるように、この場合、Ruを中心金属とし、該Ruに対してp−BDCが配位した構造同士がBrを介して結合した配位結合物を繰り返し単位とする二次元鎖状錯体を有する。そして、前記Brを介して自己組織化が起こり、これにより前記二次元鎖状錯体が積層した形態となっている。すなわち、この[Ru2(p−BDC)2Br]nの錯体もまた、三次元的に展開する立体構造を有する。
【0051】
この錯体にも、環状体結合の中心に空洞10が存在する。すなわち、この錯体も多孔質体である。
【実施例7】
【0052】
さらに、テレフタル酸ルテニウム(II,III)六フッ化リン塩;[Ru2(p−BDC)2PF6nの合成を行った。
【0053】
この場合、先ず、容量100mlのナスフラスコに40mlのテトラヒドロフランを導入した後、0.05gのRu2(CH3COO)4BF4、0.0296gのp−BDCA及び0.216gのNH4PF6を添加した。この混合溶液を、アルゴン雰囲気下において100℃で6時間還流した。
【0054】
以降は実施例5、6と同様の操作を行って、回収した沈殿物を乾燥させた。その後、上記に準拠して該沈殿物の構造解析を行った。この解析結果に基づく構造を、図8に模式的に示す。この場合も、[Ru2(p−BDC)2PF6nが錯体を形成しているということが認められた。
【0055】
図8から諒解されるように、この錯体は、Ruを中心金属とし、該Ruに対してp−BDCが配位した構造1個当たりにPF6イオンが1個配位した構造を繰り返し単位とする二次元鎖状錯体を有する。そして、この二次元鎖状錯体同士が自己組織化によってジフェニル結合を介して積層した形態をとり、その結果、この錯体も三次元的に展開して立体構造をなしている。
【0056】
この錯体にも、環状体結合の中心に空洞10が形成される。すなわち、この錯体も多孔質体である。
【実施例8】
【0057】
先ず、光増感剤としてのRu(bpy)3Cl2、電子伝達物質としてのメチルビオロゲン、還元剤としてのEDTA−2Naを、容量10mlのメスフラスコに導入した。その後、メスフラスコの10mlの指標線に到達するまで純水を導入し、Ru(bpy)3Cl2、メチルビオロゲン及びEDTA−2Naを溶解させて水溶液を得た。なお、Ru(bpy)3Cl2、メチルビオロゲン及びEDTA−2Naの各濃度が0.1ミリモル/リットル、5ミリモル/リットル、150ミリモル/リットルとなるように各々の導入量を調整した。その後、この水溶液をシュレンク管に移し、凍結脱気を行うことによって該水溶液中から酸素を除去した。
【0058】
次に、酸素が除去された前記水溶液をグローブボックス内で反応セルに移した。ここで、前記反応セルには、上記のようにして得られた実施例1〜7の各最終生成物(光触媒)が0.01ミリモルとなる量で予め収容されており、従って、前記の移液操作に伴って水溶液に光触媒が添加された。これにより、反応液を得た。
【0059】
なお、実施例1、2の光触媒は水溶液に溶解したが、実施例3〜7の光触媒は水溶液には溶解しなかった。すなわち、実施例1、2に係る反応液は水溶液であり、一方、実施例3〜7に係る反応液は混合溶液ないし分散溶液であった。
【0060】
以上の反応液を収容した反応セルを、閉鎖系循環装置に取り付けた。その後、該閉鎖系循環装置を構成する真空ポンプを付勢し、反応液の脱気を行った。脱気後、閉鎖系循環装置内の圧力が100Torrとなるようにアルゴンボンベから標準サンプル溜を介してアルゴンを供給した。
【0061】
次に、反応液をマグネチックスターラで激しく撹拌しながら、反応セルの外方から420nmよりも長波長の可視光を照射した。光源には、500Wのキセノンランプを用いた。
【0062】
この光照射に伴い、反応液から気体が発生することが認められた。この気体を、閉鎖系循環装置を構成するガスクロマトグラフィ(カラム担体=モレキュラシーブ5A、キャリアガス=アルゴン)にて同定及び定量した。その結果、該気体が水素であることが判明した。このことから、反応液の溶媒である水が分解して水素分子が生成する水素生成反応が進行していることが明らかである。
【0063】
また、ガスクロマトグラフィでの定量結果を、光照射を開始してから1時間毎の水素発生量として図9に示す。この結果から、実施例1〜7の反応生成物が光触媒として機能していることが諒解される。
【0064】
これとは別に、光照射から4時間後の水素発生量に対するターンオーバーナンバ(TON)を求めた。結果を、図10に示す。なお、TONは、光触媒の性能指標の1つとして周知であり、その値が1よりも大きいほど光触媒としての性能が高いことを意味する。
【0065】
図10から諒解されるように、実施例1〜7で得られた反応生成物は、いずれも十分に高いTONを示す。このことから、これらの反応生成物が優れた光触媒として機能することが明らかである。
【0066】
特に、実施例3〜7の反応生成物は、とりわけ高いTONを示す。この理由は、これらの反応生成物が三次元立体構造をなし、その構造内に空洞10が形成された多孔質錯体であることから、多孔質であることが光触媒としての活性に寄与しているためであると推察される。
【0067】
しかも、実施例3〜7の光触媒は、反応液の溶媒である水に不溶である。このため、水素生成反応を行った後に反応液と分離すれば、光触媒として再使用することも可能である。
【0068】
比較のため、アナターゼ型TiO2を用いた以外は上記と同様にして水素生成反応を進行させた。しかしながら、この場合、光照射を開始してから4時間後の水素発生量は、実施例3に比べて約1/14でしかなかった。
【実施例9】
【0069】
実施例3、4、5の各反応生成物につき、量子収率を求めた。なお、量子収率もまた光触媒の性能指標の1つとして周知のものであり、この場合は、光触媒に入射された光エネルギが水素生成反応に消費された割合を示す。従って、量子収率の値が大きいほど、光触媒としての性能が高いことを意味する。因みに、この種の光触媒は、量子収率が0.1%程度であるものが大半であり、前記非特許文献1に記載された光触媒でも2%である。
【0070】
量子収率を求めるに際しては、上記の閉鎖系循環装置に取り付けられた反応セルに対し、500Wのキセノンランプにフィルタを設け、450nmの単波長光を1時間照射して、このときに発生した水素の生成量を定量し、発生した水素分子数を求めた。この定量には、上記同様、ガスクロマトグラフィを用いた。
【0071】
その一方で、キセノンランプの出力を光子数に変換した。この変換には、コハレント社製のフォトダイオードPM3(商品名)を使用した。
【0072】
上記のようにして求められた水素分子数及び光子数から、下記の式(1)に従って量子収率(%)を求めた。
量子収率=[(生成した水素分子数×2)/光子数]×100 …(1)
【0073】
その結果、実施例3、4、5の各反応生成物の量子収率は、それぞれ、4.82%、0.711%、2.36%であった。すなわち、一般的な光触媒よりも著しく大きい量子収率が得られた。
【0074】
特に、実施例3、5の各反応生成物は、非特許文献1に記載された光触媒を上回る量子収率を示す。このことから、これらの反応生成物が優れた光触媒として機能することがいえる。
【符号の説明】
【0075】
10…空洞

【特許請求の範囲】
【請求項1】
犠牲的電子供与体、光増感剤及び電子伝達物質とともに水に添加され、前記水に光が照射された際に水素生成反応を促進する光触媒であって、
酢酸ルテニウム塩化物、酢酸ルテニウム四フッ化ホウ素塩、テレフタル酸ルテニウム、テレフタル酸ルテニウム塩化物、テレフタル酸ルテニウム四フッ化ホウ素塩、テレフタル酸ルテニウム六フッ化リン、テレフタル酸ルテニウム臭化物の群から選択されたいずれかからなることを特徴とする光触媒。
【請求項2】
請求項1記載の光触媒において、テレフタル酸ルテニウム、テレフタル酸ルテニウム塩化物、テレフタル酸ルテニウム四フッ化ホウ素塩、テレフタル酸ルテニウム六フッ化リン、テレフタル酸ルテニウム臭化物が錯体であることを特徴とする光触媒。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2010−158627(P2010−158627A)
【公開日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−2771(P2009−2771)
【出願日】平成21年1月8日(2009.1.8)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年9月4日 社団法人日本化学会関東支部発行の「日本化学会第2回関東支部大会(2008)講演予稿集」に発表  平成20年9月5日 錯体化学会発行の「第58回錯体化学討論会講演要旨集」に発表
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【出願人】(592218300)学校法人神奈川大学 (243)
【Fターム(参考)】