説明

免疫中立性の絹繊維を基礎とする医療用具

【課題】免疫中立性の絹繊維を基礎とする医療用具の提供。
【解決手段】絹を精練して免疫原性成分(特にセリシン)を除去し、埋植用の組織支持用補綴用具の形成に使用する。この布に、官能基、薬剤、およびその他の生物試薬を付着させてもよい。用途としては、ヘルニアの整復、組織壁の再構成、および膀胱用スリングのような臓器の支持が含まれる。絹繊維を並列に配置し、さらに任意で絡み合わせて(例えばツイスト(撚り)を加え)、構造体を形成する。布形成中の任意の時点でセリシンを除去してよく、これにより、優れた引張強さおよびその他の機械特性を有する絹フィブロイン繊維の構造体が残る。

【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
背景
疾患、加齢、外傷、または慢性的な摩耗は、多くの場合、組織または臓器の不全をもたらす。このような不全の治療において、多くの臨床手技の目的は機能を回復することである。患者は多くの場合、外科手術または医療用具の埋植など、身体自体がもつ治癒手段を超えた補助を必要とする。永続的な障害、さらには死と闘うため、しばしばこのような手技が必要となる。生体材料および組織工学の分野からは、一時的な足場、マトリックス、および構造体(すなわち用具)の研究開発を通じて、もとの組織および臓器の機能を徐々に回復する新しい選択肢が生まれている。これらの足場、マトリックス、および構造体は、障害の生じた組織または臓器を当初は補助するが、最終的に、生物学的および機械的に機能する身体自体の組織の発達およびリモデリングを可能にする。
【0002】
このような足場が果たすべき役割または設計上の要件としては以下のようなものがある。(i)損傷または疾患が生じた組織に即時の機械的安定性を提供できること。(ii)細胞および組織の埋植物内への増殖を補助すること。(iii)身体の機械環境を発達中の組織に伝えること。これは用具の機械的および生物学的に適切に設計することにより実現される。(iv)用具内部へと増殖してくる細胞および組織がリモデリングするための十分な時間があるような速度で分解すること。これにより、患者の生涯にわたって残存できる機能的な自家組織が新たに作られる。特定の場合において、用具は、支持対象とする組織の3次元構造(例えば骨の足場)を正確に模している必要がある。別の場合において、用具は、3次元組織(ヘルニアの場合は腹壁筋)に対する一時的な結紮物(例えばヘルニア整復用のフラットメッシュまたは出血処置用の止血栓)として機能してもよい。医療用具分野の現在の方向性は、その用途にかかわらず、自家組織の発達を補助することによって身体機能を完全に回復することにある。
【0003】
残念ながら、現在利用可能な生体材料の多くは、大きな負荷が要求される用途(例えば骨、靭帯、腱、筋肉)に対応できる機械的完全性または適切な生物学的機能性をもたない。生体材料の多くは分解が速すぎるか(例えばコラーゲン、PLA、PGA、もしくはこれらの関連コポリマー)または非分解性(例えばポリエステル、金属)であり、いずれの場合も機能的な自家組織が発達できず患者に障害が残る。場合によっては、生体材料が周囲の細胞および組織との生体適合性に欠けるため、組織の分化および発達をを誤った方向に誘導することもある(例えば偶発的な骨形成、腫瘍)。また、生体材料が通常通りに分解しなかった場合は慢性的な炎症を引き起こすことがあり、そのような反応は周囲の組織に有害である(すなわち、組織を脆弱化させる)。
【0004】
絹は、適切に設計すれば、新しいクラスの医療用具、足場、およびマトリックスを設計するための新たな臨床的選択肢となる可能性がある。絹は天然繊維の中で強度が最も高いことが示されており、その機械特性は合成の高機能繊維に匹敵する。絹はまた生理学的な高温下および広範囲のpH下で安定であり、且つ、多くの水性溶媒および有機溶媒に対して不溶性である。絹は合成ポリマーではなくタンパク質であり、その分解産物(例えばペプチド、アミノ酸)は生体適合性である。絹は哺乳類でない動物に由来するため、他の同様の天然生体材料(例えばウシまたはブタ由来のコラーゲン)と比較して生物汚染度がはるかに低い。
【0005】
当技術分野において一般的に周知の用語として、絹とは、カイコまたはクモなどの生物が分泌する糸状の繊維産物を意味する。最も研究がなされている絹の形態は、虫すなわち(i)カイコガ(Bombyx mori)の幼虫および(ii)クモ(典型的な種としてNephilia clavipes)の腺で作られる絹であるが、自然界には数百〜数千種類の天然の絹が存在する。カイコの場合、2つの絹糸腺でフィブロインが産生および分泌され、腺から出るときに糊状の物質であるセリシンでコーティングされる。しかしクモ絹は、セリシンなどの免疫原性物質をまったく含まない単一フィラメントとして産生されるため、評価され(且つカイコ絹と区別され)ている。
【0006】
残念ながら、クモは養殖ができないため、クモ絹は大量生産ができない。他の絹と同様、クモ絹もクローニングして組換え型の産生を行うことが可能であるが、その結果は非常にばらつきが大きい。多くの場合このような処理は、生物汚染を招く、費用がかかる、有意な量の材料が得られない、材料特性のばらつきが大きい、厳格な制御ができず再現性がない、という問題がある。
【0007】
そのため、生物医学用途には1000年以上にわたってカイコ絹のみが使用されている。Bombyx mori種のカイコは絹繊維(「繭糸」と呼ばれる)を産生し、その繊維を用いて繭を作る。産生された繭糸は、セリシンと呼ばれるゴムのコーティングで覆われたフィブロインフィラメントすなわち「ブロイン」を2つ含む。このため、絹のフィブロインフィラメントは機械的完全性が高い。ヤーンまたは生地(縫合糸を含む)を作るため絹繊維を回収したら、複数の繊維を一緒に整列させてもよい。そしてセリシンを部分的に溶解したうえで再度凝固させることにより、セリシンコーティングの中に相互に包埋された3つ以上のブロインを有する、より大きな絹繊維構造が得られる。
【0008】
本明細書において、「フィブロイン」とは、カイコフィブロイン(すなわちBombyx mori由来のもの)およびクモから得られるフィブロイン様繊維(すなわちNephila clavipes由来のもの)を含む。または、本発明での使用に好適な絹タンパク質は、遺伝子工学的に作られた絹(細菌、酵母、哺乳動物の細胞、トランスジェニック動物、もしくはトランスジェニック植物に由来するものなど)を含む溶液から得てもよい。例えばWO97/08315(特許文献1)および米国特許第5,245,012号(特許文献2)を参照されたい。
【0009】
生地および縫合糸の用途に対する商業市場で従来入手可能なカイコ絹繊維は、通常「精練」されており、撚り合わされた複数のブロインで構成される。これにより、より大きなマルチフィラメント単繊維が形成される。この場合の精練とは、高温の石鹸液で洗浄または抽出することにより、2つのブロインを覆っているセリシンコーティングをほぐすことを意味する。このようにほぐすことでブロインの撚り合わせが可能となり、より大きなマルチフィラメント単繊維が作られる。しかし通常、完全な抽出は達成されず、且つ所望されない。精練された絹は、多くの場合、セリシンを含むかもしくはこれでコーティングされ、且つ/または、マルチフィラメント単繊維を凝固させるため撚りの過程でセリシン不純物が導入される。セリシンコーティングは、高スループットが要求される従来の生地産生の過程でもろいフィブロインフィラメント(直径わずか約5ミクロン)がほつれないよう保護する。したがって、精練された絹は、セリシン非含有であると明示されていない限り、一般的に10〜26%(質量比)のセリシンを含む(表1および2を参照)。
【0010】
文献において一般的に「絹」という場合は、数世紀にわたって生地および医療に使用されている天然かつ入手可能な「絹」(すなわち、セリシンでコーティングされたフィブロイン繊維)のみが対象とされる。医療等級のカイコ絹は、従来、次の2つの形態でのみ利用されている。(i)セリシンを除去していないバージンシルク縫合糸、および(ii)より普及している従来の絹縫合糸で(一般的に黒ブレード絹縫合糸と呼ばれる)、絹フィブロインと身体の組織および細胞との間に遮断層を設けるためセリシンを完全に除去してワックスまたはポリマーで置換したもの。絹が現在でも使用されている医療用途は結紮のみである。これは、特に手術における絹の機械特性(例えば、結び目の強さおよび取り扱いやすさ)が評価されているためである。
【0011】
バージンシルクは縫合糸材料として数千年にわたって使用されているが、新しい生体材料(コラーゲン、合成物)の登場によって材料の比較が可能になり、セリシンの問題点が明らかになった。絹、またはより正確にはBombyx moriカイコ絹は、生体適合性がない。セリシンは抗原性を有し、強い免疫反応、アレルギー反応、または(正常な軽度の「異物」反応と比較して)過剰なT細胞型の反応を誘発する。絹フィブロインからセリシンを除去(洗浄/抽出)することは可能であるが、絹からセリシンを除去するとフィブロイン繊維の超微細構造が変化してフィブロイン繊維が露出し、その結果、機械的強度が失われて構造が脆弱になる。
【0012】
抽出した絹構造(すなわち、ヤーン、マトリックス)は、フィブロインフィラメントの直径が小さい(約5μm)という性質のため、標準的な生地製造工程においてほつれおよび機械的破損を非常にきたしやすい。医療用具の設計および開発において抽出後の絹を使う場合は、使用に耐える生体材料を得るため、標準的な方法(米国特許第5,252,285号(特許文献3))により絹を溶解および再構成する必要があると一般的に教示されているが(Perez-Rigueiro, J. Appl. Polymer Science, 70, 2439-2447, 1998(非特許文献1))、その理由はこの抽出フィブロインの脆弱性にある。現在の生地の製造法および機械では抽出した絹フィブロインを扱えないため、非溶解且つセリシン非含有のフィブロインを医療用具として使用する試みはなされてこなかった。
【0013】
カイコ絹から抽出、溶解、再構成したものであっても、またはクモもしくはカイコ以外の虫が産生したものであっても、絹フィブロインにはさらに以下のような制限がある:(i)絹は疎水性である。これは、絹に強度を与えている核フィブロインタンパク質がβシート結晶コンホメーションであることの直接的な結果である;(ii)哺乳類の細胞外マトリックスタンパク質(例えばペプチドのRGD配列など)に一般的にみられる細胞結合ドメインがない;および(iii)絹フィブロインの表面が滑らかである。そのため、炎症および宿主の組織反応に関連する細胞(例えばマクロファージ、好中球)は、絹フィブロインを分解可能な物質として認識できない。したがってこれらの細胞はこれを異物として封入および遮断し(図18Aを参照)、その結果(i)絹フィブロインの分解、(ii)組織の埋植物内への増殖、および(iii)組織のリモデリングが制限される。したがって絹フィブロインフィラメントは強い異物反応(FBR)を頻繁に誘発する。この異物反応は慢性的な炎症、周囲の肉芽腫発生、および瘢痕性の被包形成と関連性がある(図18A)。
【0014】
絹は、生物学的な欠点に加えて、マルチフィラメントであるという性質があること(例えば縫合糸)およびフィブロインフィラメントのサイズが小さいことから、きつく圧縮された構造となることがある。そのため、絹は分解速度が速すぎることがある。埋植部位周囲の被包内には刺激された細胞が見出され、この細胞が産生するプロテアーゼ(酵素)は埋植した構造物を貫通できる(図11Aおよび図11Bを参照)。しかし、新しい組織を作る細胞(例えば線維芽細胞)は埋植した構造物を貫通できない。これらの細胞は、正常な組織リモデリングの過程で医療用具(この場合は黒ブレード縫合糸)を補強することもある。したがって、未処理または非修飾のフィブロン用具の場合、その内部は宿主の異物反応および組織(線維芽細胞により誘導および産生された組織)と接触することがなく、そのため、組織リモデリングを誘導するという用具の性能が制限される。宿主の細胞および組織の増殖が制限され、且つ、通常は分解も生じ得ない。
【0015】
縫合糸の場合、フィブロイン縫合糸を架橋剤で処理するか、または縫合糸をワックス、ポリマー、もしくは合成ポリマーでコーティングして糸材料を身体から遮蔽することによってこれらの問題点に対処できると考えられている。(フィブロインの脆弱性を克服し且つ身体とフィブロインとの間に遮断層を設けることにより)フィブロインの機械的安定度を増強することを目的としたセリシン、ワックス、またはポリマーなどのコーティングは、細胞の接着、認識、および浸潤、ならびに組織の埋植物内への増殖およびフィブロインの分解を制限する。そのため、絹は従来、非分解性材料であるとみなされている。
【0016】
絹を従来の縫合結紮用具として使用する場合、すなわち、細胞および組織の用具内への増殖が望ましくない場合は、非分解性として分類されることが望ましいことがある。したがって、従来、絹の生物学的性質と縫合糸の機械的設計との両者によって、細胞の接着および用具内への増殖(これらはマトリックスの分解および活発な組織リモデリングにつながる)が防止されてきた。しかしむしろ、絹を免疫系から遮蔽すべきであるとの通念および絹は生分解性でないとの認識のため、外科手術における絹の用途は限定されてきた。さらには縫合糸の分野においても、生分解性材料か永続的な材料かにかかわらず、多くの用途で絹が合成材料に置き換えられつつある。
【0017】
したがって、生体適合性を有し、細胞の埋植物内への増殖を促進し、且つ生分解性であるセリシン除去カイコフィブロイン繊維を生成するに対する需要が存在する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】WO97/08315
【特許文献2】米国特許第5,245,012号
【特許文献3】米国特許第5,252,285号
【非特許文献】
【0019】
【非特許文献1】Perez-Rigueiro, J. Appl. Polymer Science, 70, 2439-2447, 1998
【発明の概要】
【0020】
関連出願
2003年3月11日に提出された仮出願U.S.S.N.60/453,584の優先権を主張する。同仮出願の全内容は参照として本明細書に組み入れられる。
【0021】
概要
本明細書に開示する天然絹フィブロイン繊維構造体は、高い強度、長い疲れ寿命、剛性、および生体組織に近い破断伸び特性を並立させる。同構造体内の繊維は非ランダムに整列され、1つまたは複数のヤーンを形成する。同繊維構造体は(カイコ絹繊維からセリシンを除去するので)生体適合性であり、且つ、実質的にセリシン非含有である。さらに、同繊維構造体は非免疫原性である。すなわち、宿主からの実質的なアレルギー反応、抗原反応、または過剰なT細胞反応を惹起せず、周囲の生体組織に対する有害作用(他の状況において免疫系反応を伴い得るような作用)を軽減する。加えて、同繊維構造体はフィブロイン繊維周囲で細胞の埋植物内への増殖を促進し、且つ、生分解性を有する。
【0022】
繊維構造体がセリシンを「実質的に非含有」であるとは、セリシンの含有量が質量比20%未満であることを意味する。好ましくは、セリシンの含有量は質量比10%未満である。最も好ましくは、セリシンの含有量は質量比1%未満である(表2を参照)。さらに、セリシンを「実質的に非含有」であるとは、セリシン含有量が宿主からの実質的なアレルギー反応、抗原反応、または過剰なT細胞反応を惹起しないような量であると機能的に定義してもよい。同様に、2回目の抽出後の質量変化が3%未満であるとこは、1回目の抽出でセリシンが構造体から「実質的に除去された」こと、および1回目の抽出後の構造体がセリシンを「実質的に非含有」であることを示す(表2および図1Fを参照)。
【0023】
本開示の方法では、外科手術以外の用途に絹生地を産生するための従来の処理法の特徴である典型的な「精練」工程(定義については上記を参照)と比較して、はるかに徹底的に構造体からセリシンを抽出する。図1Aに精練後の繊維の写真を示す。同図において、フィブロインフィラメントは撚り合わされ、セリシンで再包された大きな繊維を形成している。この「精練済み」繊維のセリシン含有量は質量比約26%である。好ましい態様において、セリシン抽出後のカイコフィブロイン繊維は元のタンパク質構造を保持し、且つ、溶解および再構成の過程を経ない。
【0024】
「天然」の絹フィブロイン繊維はカイコまたはクモなどの虫によって作られ、その形成時のタンパク質構造を有している。好ましくは、絹フィブロイン繊維構造体は非組換えであり(すなわち、遺伝子工学的な操作を受けておらず)、且つ、溶解および再構成の過程を経ない。好ましい態様において、セリシン除去フィブロイン繊維は、Bombyx mori種のカイコから得たフィブロイン繊維を含む。さらに、本明細書において「生分解性」という用語は、繊維が身体組織と継続的な接触状態にある場合に1年以内に分解されることを意味する。加えて、本発明者らのデータが示唆するところによれば(図13A〜E、図18A〜C、および図19A〜D)、分解速度はフィブロンの表面修飾(図13A〜Dおよび図18A〜C)ならびにヤーンおよび/または布の幾何学的構成(図19A〜D)によって変更および増強できる。1つの態様において、絹フィブロインヤーンは、インビボ埋植後2週間以内に引張破壊強度が50%低下し(図12)、埋植部位によって異なるがインビボ埋植後約30〜90日以内に質量の50%が失われた(図13A〜D)。インビボの埋植部位(例えば筋肉内vs.皮下)の選択によって分解速度に有意な影響があることが示された(図13A〜D)。
【0025】
「生地等級の絹」とは、セリシンコーティングの含有量が繊維の質量の19〜28%を超える天然の絹である。「縫合糸用の絹」とは、セリシンを含む絹(「バージンシルク縫合糸」)、または蜜蝋、パラフィンワックス、シリコン、もしくは合成ポリマーコーティングなど疎水性の組成物でコーティングした絹(「黒ブレード絹縫合糸」)である。疎水性組成物は細胞と反発し、またはコーティングした繊維への細胞の接着を阻害する。黒ブレード絹は、セリシンを除去し且つ追加コーティングで置換した縫合糸用の絹である。縫合糸用の絹は典型的に非生分解性である。
【0026】
本明細書に記載の絹フィブロイン構造体は、繊維上に保護性のワックスまたはその他の疎水性コーティングがないため、身体組織に埋植した際、生地等級の絹または縫合糸用の絹と比較して、細胞の浸潤を生物学的に(細胞結合ドメインを結合させる)および/または機械的に(絹の表面積を増大させ且つパッキング密度を低下させる)促進するよう設計されている。したがって、この絹フィブロイン構造体は細胞の埋植物内への増殖/浸潤を補助するとともに細胞の接着および伸展を向上させる。このことは絹フィブロイン構造体の分解をもたらし、したがって医療用具および組織工学の用途に使用できる新しい生分解性生体材料を実質的に創出することになる。細胞接着ならびに細胞および組織の埋植物内への増殖/浸潤を補助し、ひいては分解を補助するという繊維構造体の性能は、フィブロインの表面修飾(RGD配列を用いたペプチド結合、化学種の修飾、およびガスプラズマ処理による親水性強化)および/または構造体の機械的設計によって材料の表面積を増大させ、これにより絹分解能を有する細胞および酵素への感受性を高めることによって、さらに強化することができる。絹繊維は任意で親水性の組成物(例えばコラーゲンまたはペプチド組成物)でコーティングしてもよく、または、細胞および組織の埋植物内への増殖を補助して複合構造を形成するような生体材料と機械的に組み合わせてもよい。生体材料、量、および機械的相互作用(例えば絹フィブロインの核の周囲への巻き付けまたはブレード加工)を選択することにより、細胞の埋植物内への増殖の速度および構造体の分解速度を変更および/または向上させることもできる。
【0027】
構造体内の繊維は互いに非ランダムに整列されて1つまたは複数のヤーンを形成する。そのような構造体は、並列、ブレード加工、テクスチャード加工、またはらせん状配置(ツイスト、ケーブル(例えばワイヤロープ))の配列でヤーンを形成してもよい。ヤーンは、少なくとも1本のフィブロイン繊維で構成されるものとして定義してもよい。好ましくは、ヤーンは、少なくとも3本の整列されたフィブロイン繊維で構成される。ヤーンとは、ツイストまたはその他の様式により一緒に保持されて連続的なストランドを形成する繊維の集成体である。繊維を産生および組み合わせるための種々の手段により、ほぼ無限数のヤーンを生成することが可能である。絹繊維とは上記の説明のとおりであるが、「繊維」という用語は、その構造体の長さが直径より100倍大きいことを意味する一般用語である。
【0028】
繊維をツイストまたはその他の様式で絡み合わせてヤーンを形成する際は、繊維が互いに相対的な位置に実質的に固定され且つゆるみがなくなるよう十分に、且つ繊維を塑性変形させない(すなわち、材料の降伏点を超えない)程度に、繊維にツイスト/絡み合わせを加える。塑性変形は繊維の疲れ寿命を短縮させる(すなわち、破断に至るまでの応力繰返し数を減少させる)。セリシン非含有フィブロイン繊維構造体は、乾燥時の引張破壊強度(UTS)が繊維当たり少なくとも0.52Nであってもよく(表1、4)、且つ剛性が繊維当たり約0.27〜約0.5N/mmであってもよい。本発明者らは、繊維の構成および階層によって異なるが、フィブロイン構造体のUTSが繊維当たり0.52〜約0.9Nの範囲であってもよいことを見出した。本明細書に記載のフィブロイン構造体を湿潤状態で試験したところ、乾燥状態のUTSの約80%および乾燥状態の剛性の約38%が保持されていた(表5)。乾燥状態の試験においても湿潤状態の試験においても、フィブロイン構造体の典型的な破断伸びは約10〜約50%であった。フィブロイン構造体は典型的にUTSの約40〜50%で降伏し、ヤーンの引張破壊強度の約20%の負荷に対するヤーンの疲れ寿命は少なくとも100万サイクルであった。
【0029】
本発明の1つの態様においては、整列させたセリシン除去カイコフィブロイン繊維を、1cm当たり撚り数0〜11.8回となるように互いにツイスト加工した(表6および7を参照)。
【0030】
繊維構造体の幾何学構造内の階層数、ならびに、1つの階層内の繊維/グループ/バンドル/ストランド/コードの数、各階層における絡み合わせの様式、階層数、および各階層内の繊維数はいずれもさまざまであってよく、これによって繊維構造体(すなわちヤーン)ひいては布の機械特性を変化させることができる(表4および8)。本発明の1つの態様において、繊維構造体(すなわちヤーン)は、ヤーンを並列させまたは絡み合わせたグループを含む単層の階層構造として構成される。または、繊維構造体(すなわちヤーン)は、グループを絡み合わせたバンドルを含む2層の階層構造として構成される。本発明の別の態様において、繊維構造体(すなわちヤーン)は、バンドルを絡み合わせたストランドを含む3層の階層構造として構成される。本発明のまた別の態様において、繊維構造体(すなわちヤーン)は、ストランドを絡み合わせたコードを含む4層の階層構造として構成される。
【0031】
セリシンは、フィブロイン繊維をヤーンまたは繊維構造体の階層幾何学構造内のより高い層に整列させる前にフィブロイン繊維から除去してもよい。セリシン除去後のヤーンは、張力を低く保ち(すなわち、どの処理段階においても構造体にかかる力が材料の降伏点を決して超えないようにし)、且つ一般的な注意を払って静かに取り扱う。同様に処理装置も、脆弱なフィブロイン繊維を損傷から守るため、処理中にヤーンに接触しこれを誘導するガイド部分の摩耗性および鋭角が少なくなるように構成する。興味深いことに、並列させた複数の繊維で構成される絹繊維構造体をこれらの条件下で抽出したところ、より大きな「単一の」セリシン非含有ヤーンが得られた(すなわち、抽出中に一旦露出した小さなフィブロインフィラメント間に機械的相互作用が生じたため、個々の繊維を構造体から再び分離することができなくなった)。さらに、ツイストヤーンまたはケーブルヤーンを抽出した場合は、セリシンを含まないマイクロフィラメント間の機械的相互作用によって、概ね「弾み」が少ないヤーンまたは構造が生じた。この現象の結果、ヤーンおよびそれから得られる布の設計における自由度が高くなった。例えば、1インチ当たり撚り数(TPI)を大きくすると、通常は弾みの大きいヤーンができ、布にすることが困難になるが、TPIを大きくすることが可能になる。TPIを大きくすることの別の利点として、ヤーンおよび布の剛性が低下した(すなわち、マトリックス弾性を大きくすることができる)(表6および7;図6Aおよび6B)。
【0032】
複数のヤーンを絡み合わせて布を形成する。布は、1つまたは複数の個別のヤーンを1つにし、これによって個別のヤーンを生地および医療用具用の布に変えることによって生成する。本発明の1つの態様において、ヤーンは、1インチ当たり撚り数が30回以下になるようにツイスト加工される。布は、ヤーンを非ランダムに組み合わせることによって作製または形成される。すなわち、織り加工、編み加工、またはスティッチボンド加工によって完成品の布を作製する。1つの態様において、布を形成するためヤーンを組み合わせるこの段階は機械によって行う。しかし非常に重要な留意点として、最終産物である布はそれを作るために使用されたヤーンの種類によって性質が異なり、したがって臨床上の必要性を満たすためのきわめて大きな力をヤーンの設計によって得ることができる。布は織地、編地、たて編生地、接着布、コーテッドファブリック、ドビー、積層布、メッシュ生地、またはこれらの組合せであってもよいが、これらに限定されることはない。
【0033】
注意点として、ヤーンの作製の他、ブレード加工による繊維製造法も布の作製に使用できる。例えば、フラットブレード布または大きな円形ブレードがある(図4A)。逆に、織り加工および編み加工の2つの布形成方法も、広く用いられる方法ではないが、ヤーンの作製に使用できる。このような場合、「ヤーン」と「布」との違いは完全に明白ではなく、明確な区別をするためには均質性を用いるべきである。すなわち、一般的にヤーンは布と比較して組成物および構造がより均質である。
【0034】
本発明の1つの態様において、複数のカイコ絹繊維を単一または複数の階層においてらせん状(例えばツイスト加工またはケーブル加工する)または並列に配置し、抽出を行い、これを用いて組織結紮用のブレード縫合糸を作製してもよい。別の態様において、抽出後のツイスト構造またはケーブル構造における抽出済みフィブロインフィラメントの機械的相互作用を医療分野の縫合に利用してもよい。
【0035】
複数のヤーンまたは多数の短い小片に切断した単一のヤーンをランダムに配置して不織布を形成してもよい。非限定的な実施例としては止血栓または骨の足場用の布がある。布はすべて、単一のヤーン構造体(同質性)または複数のヤーン構造体(異質性)のいずれかに由来していてよい。後に詳述するようにさまざまな絹フィブロインヤーン構造体を設計することが可能であり、このため、異質性の布構造体を考えるうえで布の設計可能性が飛躍的に増大する。
【0036】
本発明の1つの態様において、布は、セリシン除去フィブロインの繊維またはヤーンと、コラーゲン、ポリ乳酸もしくはそのコポリマー、ポリグリコール酸もしくはそのコポリマー、ポリ無水物、エラスチン、グリコサミノグリカン、および多糖からなる群より選択される1つまたは複数の分解性ポリマーとの複合体である。さらに、本発明の布は、布に付着させた薬剤関連因子または細胞接着因子(すなわちRGD)を含むように修飾してもよい。本発明の1つの態様において、布はガスプラズマ処理または生体細胞播種を施される。
【0037】
本開示の別の局面は、特定の身体組織の修復、例えばヘルニア整復、膀胱用の組織およびスリング、骨盤底再建、腹壁組織、血管(例えば動脈)、筋肉組織(腹部平滑筋、心筋)、止血栓、膝および/または肩の靭帯および腱、ならびに外傷または慢性的な摩耗により損傷を受けやすいその他の構造の修復に関する。作製できる靭帯または腱の例としては、前十字靭帯、後十字靭帯、回旋筋腱板、肘および膝の内側側副靭帯、手の屈腱、足根の外側靭帯、ならびに顎関節の腱および靭帯などがある。本開示の方法で作製できるその他の組織としては、軟骨(関節軟骨および半月板の両者を含む)、骨、皮膚、血管、血管の支持および/または修復用のステント、ならびに一般的な軟部結合組織などがある。
【0038】
別の局面において、ヤーンの形態またはより大きいヤーンの構造体の形態のカイコフィブロイン繊維(本明細書において「用具」とよぶ)は、セリシンを除去したうえで布にし(例えば織地、編地、湿式積層不織布、ブレード布、スティッチボンド布など)、滅菌して、体内埋植可能な支持または修復用材料として使用する。この材料は、寿命(すなわち分解速度)ならびにコラーゲンおよび/または細胞外マトリックスの付着度を制御できる。この支持または修復用材料は体内においてこのような任意の目的に使用でき、特にヘルニア整復、身体壁部(特に胸郭および腹腔)の再建、および内臓(膀胱、子宮、腸、尿道、および尿管を含むがこれらに限定されることはない)の支持、位置決め、もしくは固定に使用できる。または、カイコフィブロイン繊維からせリシンを除去したうえで不織布にしてもよい。このような不織布も上記と同様に体内埋植可能な支持または修復用材料として使用できるが、特に、スポンジ形成が有用な用途に適している。
【0039】
絹の精練には、元の原繊維に含まれるセリシンタンパク質を除去する種々の方法のうち任意の処理法を用いてよい。セリシンの除去が十分であるとは、精練絹の体内埋植物が、抗原反応(B細胞、T細胞による反応)を伴わない軽度且つ一過性の異物反応のみを惹起する場合、すなわち生体適合性である場合をいう。異物反応は、マクロファージおよび/または巨細胞による内層と線維芽細胞および結合組織による第二の領域とを特徴とする。異物反応の程度はフィブロインの修飾(図13A〜Dおよび図18A〜C)およびヤーンの設計(図19A〜D)によって制御できることが示された。セリシンの除去は、個々のカイコフィブロイン繊維、整列された配置(例えば並列またはツイスト)を有するカイコフィブロイン繊維のグループ(すなわちヤーン)、または複数のヤーンを含む布もしくはその他の構造体の形態に対して行ってよい。次に、構造体を滅菌し、医療用具として生物体内に埋植してもよい。
【0040】
本発明のその他の特徴および利点は、以下に示す本発明の好ましい態様の説明から明らかになると思われる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1A】精練し撚り合わせた20/22デニールの天然単一絹繊維の走査電子顕微鏡(SEM)写真である。繊維はセリシンコーティングを有している。
【図1B】37℃で60分間抽出した図1Aの絹繊維のSEM像である。
【図1C】90℃で60分間抽出した図1Aの絹繊維のSEM像である。セリシンコーティングが完全に除去されている。
【図1D】引張破壊強度(UTS)および剛性(長さ3cmのマトリックスにおけるN/mm)を抽出条件に対する関数として示したチャートである。
【図1E−G】図Eは生の絹フィブロインのSEM像である。図Fは90℃で60分間の1回目の抽出後の写真である。図1Gは同条件による2回目の抽出後の写真である。これらの図は、フィラメントの機械的損傷により、2回目の抽出後に一般的に質量が3%減少することを示している。したがって、抽出(90℃、1時間、標準的な洗剤および塩)の1回目と2回目との間の質量減少が3%以下であれば、完全な抽出ができたとみなすことができる。全質量減少のうち3%の減少とは、測定値、評価方法、および2回目の抽出後のヤーンの質量減少をもたらす機械的損傷のばらつきを反映したものである。
【図2A】ヤーン(ケーブルヤーンまたはツイストヤーン)の代表的な3Dモデルであり、5つの階層を示している(単繊維の階層は示されていない)。各階層で使用する繊維数により異なるが、コードは、編み加工によりヘルニア整復用メッシュを形成するためのヤーンとして、または、他のコードと並列に使用してACLマトリックスを形成するためのコードとして機能し得る。
【図2B】36本の繊維を含む2階層構造のツイストヤーンまたはケーブルヤーンを生成する様子を示した略図である。このヤーンは次に並列に撚り合わせて、ACLマトリックスを形成するか、または組織工学および組織修復用の織地もしくは編地(例えばヘルニア用メッシュ)を生成する。この略図は、布の作製方法として特に広く用いられている2つの形式、すなわち「織り」および「編み」を視覚的に示している。
【図2C】中心軸周囲にらせん状に配置された幾何学構造を有し且つ2つのツイスト階層で構成されるヤーンのコード1本を示した図である。コード6本を並列に使用すると(例えばマトリックス1)、ヤーンの機械特性は自然の靭帯に近くなる。
【図2D】中心軸周囲にらせん状に配置された幾何学構造を有し且つ3つのツイスト階層で構成されるヤーンのコード1本を示した図である。コード6本を並列に使用すると(例えばマトリックス2)、マトリックスの機械特性は自然の靭帯に近くなる。
【図3A】図2Aの絹フィブロインコードを6本並列にして形成したマトリックス1のサンプル5つ(n=5)の荷重-伸び曲線である。
【図3B】UTS、1680N、および1200Nの負荷における破断繰返し数のチャートである(各負荷につきn=5)。このチャートはマトリックス1の疲労データを示している。インビボにおける破断繰返し数を予測するためマトリックス1の疲労データの回帰分析結果を生理学的な負荷レベル(400N)に外挿すると、マトリックスの寿命は330万サイクルであると示唆される。
【図3C】図2Bの絹フィブロインコードを6本並列にして形成したマトリックス2のサンプル3つ(n=3)の荷重-伸び曲線である。
【図3D】UTS、2280N、2100N、および1800Nの負荷における破断繰返し数のチャートである(各負荷につきn=3)。このチャートはマトリックス2の疲労データを示している。インビボにおける破断繰返し数を予測するためマトリックス2の疲労データの回帰分析結果を生理学的な荷重レベル(400N)に外挿すると、マトリックスの寿命は1000万サイクルより大きいと示唆される。
【図4A】本発明者らの実験室で生成した複数のヤーンおよび布の形態を示した図である。複数の異なるヤーン構造体、すなわち、さまざまな種類のブレード(i、ii、iv)、平らなブレード(iii)、直径が変化するまたはテーパを有するブレード(v)、ケーブル加工した2層の大きな(繊維数約250)バンドル(vi)、繊維数12のテクスチャード加工ヤーン24本で構成された、並列に撚り合わせて接着した(スエージ加工した)ヤーン(vii)、さまざまなツイストヤーン(viii〜xi)、ならびに繊維数12の2層のケーブルヤーン24本で構成された、並列に撚り合わせて接着した(スエージ加工した)ヤーン(xii)を示す。
【図4B】以下の荷重-伸び曲線のチャートである:(I)ブレード(繊維数48;抽出済みの繊維数12のツイストヤーンを用い4キャリヤのブレーダを使用)およびテクスチャード加工ヤーン(総繊維数48)、ならびに(II)ツイストヤーンとケーブルヤーンとの比較(総繊維数12)。サンプルの長さは3cm。
【図4C】長さ3cmの小さいヤーンの疲労データを、図3Bおよび図3Dと同様に(I)繊維数36の小さいケーブル、および(II)繊維数60の小さいテクスチャード加工ヤーンについて示した図である。
【図5】図5Aは、繊維数36のヤーンの強度および剛性を、試験した6つのひずみ速度の関数として示したデータである(各グループにつきN=5)。図5Bは、長さ3cm、繊維数36のヤーンについて、試験した6つのひずみ速度のうち2つに対する荷重-伸び曲線を示した図である。このデータは、ヤーン構造体について報告されている機械特性(例えばUTS)に対して試験方法(この場合はひずみ速度)が及ぼす影響を示している。
【図6】図6Aは、UTSを1インチ当たり撚り数(TPI)の関数として示したチャートである。データを4次多項式に外挿するため傾向線を生成した。TPI 0〜15の範囲でデータを示した。極大がみられることから、個々のフィラメントが調和して機能する規則正しい構造が存在することが示唆される。図6Bは、剛性を1インチ当たり撚り数(TPI)の関数として示したチャートである(サンプルは長さ3cm)。データを5次多項式に外挿するため傾向線を生成した。TPI 0〜15の範囲でデータを示した。極大がみられることから、特定のUTSまたは剛性をもつよう設計するうえでTPIをツールとして利用できることが示唆される。
【図7】図7Aは、細胞播種前の抽出済み絹フィブロインのSEM像である。図7Bは、絹フィブロイン上に播種され、播種直後に絹フィブロインに接着した骨髄間質細胞のSEM像である。図7Cは、絹フィブロイン上に接着および伸展した、播種1日後の骨髄細胞のSEM像である。図7Dは、絹フィブロインへの播種から14日後、インタクトな細胞-細胞外マトリックスシートを形成している骨髄間質細胞のSEM像である。
【図8】図8Aは、長さ3cmの図2Cの絹フィブロインコードに骨髄間質細胞を播種し、静的環境で14日間培養した後のSEM像である。MTT染色により、増殖期後に細胞がマトリックスを均一に覆っている様子が示されている。図8Bは、対照として長さ3cmの絹フィブロインコードをMTT染色したストランドである。
【図9】図9Aは、絹フィブロインマトリックス1上の骨髄間質細胞の増殖を細胞DNA量により培養21日間にわたって測定したチャートである。培養21日後に細胞増殖が顕著に増強している。図9Bは、絹フィブロインマトリックス2上の骨髄間質細胞の増殖を細胞DNA量により培養14日間にわたって測定した棒グラフである。培養14日後に細胞増殖が顕著に増強している。
【図10】骨髄間質細胞を播種しまたは播種せずに生理学的な増殖条件下で21日間培養した、30本の抽出済み絹繊維構造体の引張破壊強度を示した図である。
【図11A】UTSをインビトロの酵素的分解の関数として示したチャートである。PBSによる陰性対照には強度低下は観察されなかった。培養21日で絹の強度が50%低下した。Protease XIV(Sigma製)の1mg/ml溶液を使用した。
【図11B】質量減少をインビトロの酵素的分解の関数として示したチャートである。PBSによる陰性対照には強度低下は観察されなかった。培養41日で質量が50%減少した。
【図12】UTS低下をインビボの分解の関数として示したチャートである。RGD修飾マトリックスを負荷のかからないラット皮下モデルに10、20、および30日間埋植した。このインビボの無負荷環境において、約10日で強度が50%低下した。
【図13A】RGD修飾および非修飾の12(0) x 3(8)セリシン非含有絹フィブロインマトリックスをLewisラットの皮下に30日間埋植した後の組織切片である。列IはH&E染色の40X像、列IIはH&E染色の128X像、列IIIはコラーゲンの三色染色の128X像、列IVはコラーゲンの埋植物内への増殖を定量するため列IIIの像からコラーゲンを抜き出したした像、列Vは分解を定量するため残存絹フィブロインの断面を抜き出しピクセルを関連付けた像である。定性的評価では、皮下環境において未処理群および修飾群のいずれも細胞の埋植物内への増殖およびコラーゲン付着を補助しており、周囲の被包形成も制限されていた。
【図13B】RGD修飾した絹では皮下埋植30日後の断面積が36%小さいことを定量的に示した図である。表面修飾した絹フィブロインマトリックスでは、未処理の対照マトリックスと比較して宿主による分解能力が有意に増強することが示唆される。
【図13C】RGD修飾したフィブロインマトリックスでは未処理の対照マトリックスと比較してコラーゲン付着が63%と有意に多いことを定量的に示した図である。修飾した絹マトリックスは宿主の細胞および組織の埋植物内への増殖を補助する能力も有することが示唆される。
【図13D】Lewisラットの腹壁の筋肉内に埋植した繊維数36の抽出済みフィブロインヤーンをH&E染色した像である。RGD修飾および非修飾のマトリックスについて40X像および128X像を示した。これらの像は、インビボにおける30日以内の細胞および組織の浸潤がRGD修飾によって劇的に増強することを定性的に示している。黒ブレード絹縫合糸またはバージンシルク縫合糸と異なり、周囲の被包形成または形質細胞は観察されなかった。未処理の対照マトリックスでは、皮下埋植と比較して細胞浸潤およびコラーゲン付着がほとんど乃至まったく観察されず、表面修飾の他に埋植部位も影響を及ぼすことが示唆された。
【図13E】2つの異なる修飾群のインビボにおける質量減少を未処理の対照と比較した数値を示したものである。ガスプラズマ修飾に続いてRGD修飾を行った場合、筋肉内埋植90日後の分解度が有意に(p<0.05)増強した。しかし、予測されたとおり、筋肉内の環境と比較して皮下の環境のほうが分解がより強かったことが見受けられる。
【図14】選択したマーカーを経時的にRT-PCR増幅しゲル電気泳動で分析した結果である。マトリックス2で14日間培養した骨髄間質細胞のハウスキーピング遺伝子GAPDHに対して正規化したところ、I型およびIII型コラーゲンの発現のアップレギュレーションがこのゲルから示された。II型コラーゲン(軟骨のマーカー)および骨シアロタンパク質(骨組織形成のマーカー)が検出されなかったことから、マトリックス2で培養した場合はBMSCによる靭帯特異的な分化反応が生じることが示唆される。
【図15】ウサギモデルに6週間インビボ埋植し内側側副靭帯(MCL)の再建に使用した、マトリックス1(埋植時に細胞播種を行っていない)の単一コードの像である。図Aでは、マトリックス1のフィブロイン繊維が宿主の始原細胞に囲まれていること、ならびに組織がマトリックス内および個々のフィブロイン繊維周囲へと増殖していることがヘマトキシリン-エオシン染色によって描出されている。図Bでは、膠原性組織がマトリックス内および個々のフィブロイン繊維周囲へと増殖していることが三色染色によって描出されている。
【図16】コラーゲン繊維上に播種し培養した骨髄間質細胞の培養1日後(図A)および21日後(図B)の像、ならびにRT-PCRおよびゲル電気泳動分析によりI型およびIII型コラーゲンの発現をハウスキーピング遺伝子GAPDHと比較した像(図C)である。図16Cにおいて、a = I型コラーゲン、14日目;b = I型コラーゲン、18日目;c = III型コラーゲン、14日目;d = III型コラーゲン、18日目;e = GAPDH、14日目;f = GAPDH、18日目である。II型コラーゲン(軟骨のマーカー)および骨シアロタンパク質(骨組織形成のマーカー)が検出されなかったことから、靭帯特異的な分化反応が生じたことが示唆される。
【図17】14日目のリアルタイム定量RT-PCRの結果である。GAPDHに対して正規化したI型コラーゲン対III型コラーゲンの転写比は8.9:1であった。
【図18】AおよびBは筋肉内埋植30日後の(図A)2-0黒ブレード絹縫合糸、および(図B)RGD表面修飾絹(36繊維/バンドル)のバンドル6本の断面をH&E染色した像である。図Cは埋植4週間前にBMSCを前播種したRGD修飾絹の像である。図Aでは、市販の黒ブレード絹縫合糸(Ethicon, Inc.)に対して典型的且つ強い異物反応が生じており、埋植物内への増殖または細胞浸潤は観察されない。図Bは、操作を加えた絹が細胞および組織の埋植物内への増殖を促進する能力を有することを示している。図A、図B、および図Cは、ワックスでコーティングした絹繊維構造体(図A)、セリシンを除去しRGDでコーティングした絹繊維構造体(図B)、およびセリシンを除去し成体の始原幹細胞を播種した絹繊維構造体(図C)に対する組織反応を示している。
【図19】含まれる繊維数は同じであるが階層の構成が異なる2つのヤーン(4x3x3および12x3)をラットモデルに30日間埋植した後の、40X(上段、図Aおよび図B)および128X(下段、図Cおよび図D)のH&E染色断面像である。細胞および組織の埋植物内への増殖が12x3のヤーン構造体では生じているが4x3x3のヤーン構造では阻害されていることから、ヤーンの設計および構造が埋植物内への増殖の程度に影響を及ぼし得ることが示唆される。
【図20】以下の各布の写真である:(図A)布形成後に抽出を行った単繊維湿式積層不織布(先に繊維の抽出を行ってから不織布を形成してもよい‐データは示していない)、(図B)繊維数12のヤーンを用いたチェーンスティッチの形態から作製し、布形成後に抽出を行った編地、および(図C)繊維数12の抽出済みヤーンと、繊維数36のよこ方向の抽出済みヤーンとで作製した織地。
【図21】生体適合性且つ生分解性の絹フィブロインマトリックスの作製に使用できる種々の方法および手順を示したフローチャートである。例えば、単繊維を抽出し、ツイスト加工してヤーンを形成し、編み加工して布を形成するか、または、撚り合わせてヤーンを形成し、撚り合わせたヤーンをツイスト加工して布を形成し、次に抽出を行う。組合せはほぼ無限数に存在するが、表4、6、7、および8に示すように、いずれもヤーンの階層、1階層当たりの繊維数、および1階層当たりのTPIに依存する。
【発明を実施するための形態】
【0042】
詳細な説明
以下により詳しく説明する方法において、絹フィブロイン繊維は並列な配置に整列される。繊維は厳密に並列な向きに保ってもよく、またはツイストもしくはその他の様式で絡み合わせてヤーンを形成してもよい。ヤーンは、繊維のレベルから始まりバンドル、ストランド、コードなどのレベルまで、任意の数の階層を含んでいてよい。各階層において絡み合わせを加えてもよい。さらに、繊維数が、ヤーンに抽出溶液が浸透できる繊維数を上回るまでの階層内の任意の段階において、絹繊維からセリシンを抽出する。組み合わせることができ且つ抽出が成功するカイコフィブロイン繊維(購入時20/22デニール)の最大数は約50である(表4)。これらのヤーンは次に、例えば靭帯または組織の再建用の繊維構造体として使用してもよく、または、例えば軟部組織用メッシュ(ヘルニア整復、腹腔底部の再建、膀胱用スリングなどに使用)の作製などを目的とした布にしてもよい。繊維構造体の形成については、後に例示的な用途を示す際に説明する。
【0043】
以下の説明の大部分は、絹繊維を基礎とするマトリックス(すなわち、構造体、足場)であって前十字靭帯(ACL)を作製するためのマトリックスに関するものであるが、絹繊維を基礎とする新規のマトリックスを用いて、その他の靭帯および腱、軟骨、筋肉、骨、皮膚、ならびに血管など他のさまざまな組織を形成することが可能である。ACLの場合、複数の絡み合わせ階層と妥当な生理学的特性とを有する大きなヤーン(並列に撚り合わせる前のヤーン当たりの繊維数540〜3900;表8および11を参照)について説明する。絹繊維を基礎とするACLマトリックスの他、並列または特定の布の形態に組み合わせた後に妥当な生理学的特性をもつ複数の小さなヤーンの構成物(絹繊維数1〜50)(表1、4、および5)も組織形成を誘導するための組織マトリックスとして機能し得る(図2A〜B)。本発明は、組織形成誘導または組織工学用の絹マトリックスに加えて、組織修復(例えば、ヘルニア整復、緊張性尿失禁に対する膀胱用スリング)を誘導するためのさまざまな、絹繊維を基礎とするマトリックスの組織支持構造体を作製することを特に目的とする(図2A〜Bおよび図20A〜C)。
【0044】
構造体(すなわち布またはヤーン)は、上記の技術により所望の靭帯、腱、またはその他の組織へと細胞を増殖および分化させるため、必要であれば、表面修飾または適切な細胞の播種(図7A〜D、図8A〜B、および図16A〜C)、および適切な機械的刺激への曝露を行ってもよい。
【0045】
さらに、本発明は繊維構造体への播種に骨髄間質細胞を使用することに限定されることはなく、靭帯およびその他の組織へと分化させるため他の始原細胞、多能性細胞、および幹細胞(例えば骨、筋肉、および皮膚に存在するものなど)を使用してもよい。
【0046】
布はまた、精練したフィラメントの同様の構造体から形成してもよく、且つ種々の用途に使用してよい。布は織地、不織布、編地、およびスティッチボンド布など種々のクラスに分類でき、各クラスにはさらに多数のサブタイプがある。これらのタイプはそれぞれ特定の状況における埋植物として有用である可能性がある。絹を基礎とするこれらの布について説明するうえで、本発明者らは、例えばBombyx moriなどに由来する天然の絹を「フィブロイン繊維」とよぶ。この繊維は長さが少なくとも1メートルあるべきであり、且つ、処理および布への組み込みの過程において取り扱いを容易にするため、処理全体を通してこの長さが維持されるべきである。ヤーンはツイストまたはその他の様式により連続的なストランドとして一緒に束ねられた繊維のアセンブリであると定義できること、ならびに、上記に定義したように、単一のフィブロイン繊維は撚り合わせた複数のブロイン(時として複数の繭)を含むことから、単一のフィブロイン繊維を「ヤーン」とよぶことも可能である。同様に、フィブロイン繊維をツイストまたはその他の様式により絡み合わせることにより「ヤーン」が形成される。ヤーンを用いて織地または編地を作り、本発明に使用する。別の手順においては、絹ヤーンを分離して長さを短くするか(5〜100mm)または絹フィブロインフィラメントにする。次にこれらのフィラメントを(湿式)積層して不織布を形成してもよい(図20A)。
【0047】
ヤーンから布を形成する際、(典型的に機械によって)ヤーンに印加される張力(力)はヤーンの降伏点を超えない(図3A〜D)。したがって、本発明の布を形成する際は、露出した脆弱なフィブロイン繊維の完全性を保つため、例えば生地製造などに典型的に用いられるヤーンと比較して速度が低く且つ負荷が少ない状態でヤーンを取り扱う。同様に、取り扱い装置とヤーンとの接触点は、ヤーン周囲からの繊維の脱落およびほつれを防ぐため、鋭角がなく且つ摩擦の強い相互作用が生じないように設計される(図4A〜C)。
【0048】
医療および手術の分野では埋植物としての布の用途が多数周知である。1つの例はヘルニア整復における支持体である。このような整復では、布は最も典型的には所望のスティッチ(例えば、切断中のメッシュのほつれを防ぐよう設計されたアトラス編み)を有するたて編生地であり、従来の縫合糸で修復した腹壁内側の所定の位置に、張力をかけることなく縫い付けられる(または、時としてステープル留めもしくは接着される)か、または単に留置される。このたて編生地の機能の1つは、整復のための短期間の支持を与えることである。本発明の好ましい態様において、布の中のフィブロイン繊維は、布自体(図13Aおよび13D)ならびに編み加工中に形成された繊維の隙間および整復が必要な領域内への細胞の増殖およびその後の組織の成長を促進する。この態様は、絹マトリックスの分解に伴う機能的な組織の埋植物内への増殖およびリモデリングによって損傷領域を永久的に補強することを目的としている(図13A、B、およびC)。
【0049】
修復・補強用の布は、腹壁の任意の部位の修復もしくは支持(特にヘルニア整復および腹腔底部再建)にも同様に使用され、または、身体の他の壁部および中隔(例えば、胸部または心臓もしくは膀胱などの臓器の壁部および中隔)の、特に手術または腫瘍摘除後における修復もしくは支持にも使用される。体内埋植可能な布は、膀胱またはその他の内臓(腸、尿管または尿道、および子宮を含むが、これらに限定されることはない)に対して、手術、損傷、または加齢もしくは妊娠による自然の摩耗後にこれら臓器を正常な位置に保持すること、またはこれら臓器を適切な位置に配置することを目的として、これら臓器を支持するために使用することもできる。本明細書において「臓器」とは、肝臓などの「中実な」臓器と、腸または尿管などの管状の臓器との両方を含む。布、特に一部の不織布または3次元の編み加工もしくはブレード加工により作製される布(図4A〜C)など嵩高の布は、手術後に残った空隙を埋めるため、または細胞がそこへ移動できるかもしくは(例えば修復速度を高めるために)細胞を前もって接着できるような繊維構造体を提供するために使用できる。使用部位としては、軟部組織および硬組織(骨など)の両方の空隙がある。他の場合において、布は、癒着を防ぐため、または細胞の接着および/もしくは埋植物内への増殖を防ぐために使用される。これは、絹フィブロインマトリックスを表面修飾することによって、またはマトリックスに薬剤もしくは因子を付着させることによって実現してもよい。
【0050】
絹フィブロインを基礎とする本発明の布は、使用部位での治癒または修復を高めるため、複数の方法で容易に改変できる。これらの改変は単独で用いてもまたは組み合わせて用いてもよい。絹フィブロインを基礎とする本発明の布は、細胞の接着および伸展、細胞および組織の埋植物内への増殖およびリモデリング、ならびにこの布用具の生分解を補助するため、RGDペプチドの結合またはガスプラズマ照射によって表面修飾を行ってもよい(図13A〜E)。布は、周知のペプチド「RGD」(アルギニン-グリシン-アスパラギン酸)、または天然および合成の多数の接着促進物質(血清、フィブロネクチンを含む血清因子およびタンパク質、血液、骨髄、化学基、決定基など、文献において周知の物質)のうち任意の物質など、細胞接着因子をもつように修飾してもよい。そのような物質は、その物質の通常の生化学クラスのうち任意のものであってよく、タンパク質、ペプチド、炭水化物、多糖、プロテオグリカン、核酸、脂質、小さな(約2000ダルトン未満)有機分子、およびこれらの組み合わせを含むが、これらに限定されることはない。このようなプラズマ修飾により、布材料の内部機械特性に影響を及ぼすことなく、布表面の機能性および/または電荷を向上できる。布は、セリシン除去絹フィブロイン繊維の完全性を損なうことなく、セリシン抽出後にガスプラズマ照射を行うことができる(表9)。
【0051】
さらに、布は、薬剤を送達するように処理してもよい。布への薬剤の付着は、共有結合もしくは分解性結合剤を介した共有結合、または任意の種類の結合(例えば電荷による引力)もしくは吸収であってもよい。任意の薬剤を使用できる可能性があり、薬剤の例としては、抗生物質、骨形成タンパク質(BMP)または増殖分化因子(GDF)などの成長因子、成長阻害物質、および形質転換用の核酸(封入材料を含むまたは含まない)などがあるが、これらに限定されることはない。
【0052】
別の修飾として、布の埋植前に布に細胞を添加してもよい(図7A〜D、図8A〜B、および図9A〜B)。細胞は布の上または中に播種し/吸収させてもよい。細胞はまた、組織を置換または補強する第一の段階として、布上で培養してもよい。細胞は任意の種類の細胞であってよいが、同種細胞(好ましくは「免疫保護」された細胞、「免疫学的特権」を有する細胞、または幹細胞)が好ましく、自家細胞は特に好ましい。細胞は、繊維構造体の上または内部で必要な細胞種へと増殖できるように選択される(図9A〜B)。
【0053】
別のクラスの修飾としては、特定の構造特性を与えるためまたは絹フィブロインの元の表面およびその生物学的特性を改変するため(図16A〜C:コラーゲン繊維へのBMSCの播種を参照)、他のポリマーを(例えば繊維またはゲルの形態で)布に組み込むことがある。1つの種類の組み込みにおいては、布を作る過程で絹および別の材料の繊維またはヤーンを混合する。別の種類の組み込みにおいては、絹を基礎とする繊維、ヤーン、または布を、別のポリマーの溶液または繊維でコーティングするかまたは巻き付ける。混合は、(i)ランダムな混合(例えば、ツイスト加工する前に絹とポリマーと(の1つまたは複数の繊維)を並列に撚り合わせる)、または(ii)秩序だった様式による混合(例えば、ヤーンまたは布を作るための繊維またはヤーンの機械への投入位置を交互にし、したがって結果が予測できるようなブレード加工)であってもよい。コーティングまたは巻き付けは、中心コア上にブレード加工またはケーブル加工することによって行ってもよい。このコアは、所望の効果に応じて、ポリマー、絹フィブロイン、または両者の複合体であってもよい。または、1つのヤーンを制御された様式で他のポリマー上に巻き付けてもよく、この巻き付け用ヤーンは構造を安定化させるために用いてもよい。任意の生体適合性ポリマーを使用できる可能性がある。好適なポリマーの例としては、タンパク質(特にコラーゲンおよびフィブリンなどの構造タンパク質)ならびに補強性の分解性合成ポリマー(例えば無水物、ヒドロキシ酸、および/または炭酸塩を含むポリマー)などがある。コーティングは、天然ポリマーまたは分解性の合成ポリマーで作られたゲル、特に分解性ゲルとして提供してもよい。フィブリン、コラーゲン、および/または基底膜タンパク質を含むゲルを使用してもよい。ゲルは、細胞もしくは栄養を送達するため、または表面を細胞接着から遮蔽するために使用してもよい。さらに、タンパク質もしくはペプチドを繊維に共有結合させてもよく、または帯電気体(例えば窒素)中で繊維をプラズマ修飾してアミン基を付着させてもよい。絹は通常疎水性であるがこれらのコーティングによって繊維の親水性が高くなるため、これらのコーティングはいずれも細胞の接着および埋植物内への増殖を補助する。
【0054】
これらの態様のうちいくつかの非限定的な実施例を以下に示す。
【0055】
湿式積層が最も単純な手順であることから、布形成法のプロトタイプとしてこの方法を選択した。絹フィブロインの単繊維から不織布(図20A)を作製したうえで、布のレベルで抽出を行った。この不織布はしたがって比較的安価な材料であり、引張強さが小さいがそれで十分な用途には使用できる。より大きな引張強さが必要な場合は、布および紙について周知のように不織材料を貼り合わせてもよく、または骨修復用に鉱化させてもよい。または、上記のように、セリシン抽出により作製される絹ヤーン材料から、より複雑な種々のヤーンを形成してもよい。ヤーンのサイズおよび設計を利用して、不織機械の性能とは独立に多孔度を制御することができる。ヤーンはまた、編み加工(図20B)または織り加工(図20C)によって布にしてもよい。関心対象となる布の種類の1つは、ガーゼに類似した単純なメッシュである。このメッシュは、可撓性が重要な状況において、単独で(例えば止血栓として)使用してもよく、または細胞もしくは薬剤(例えば凝固因子)を対象部位に送達するために使用してもよい。
【0056】
強度が重要な場合は、布に使用されるヤーンのらせん設計によって弾性を制御でき且つ典型的にかなりの引張強さを有するたて編生地(図20B)(広く周知であるトリコットおよびジャージーを含む)が、数ヵ月などの長期間にわたって機械的支持を与える必要がある用途(例えば、ヘルニア整復、膀胱用スリング、骨盤底再建など)に非常に有用である。
【0057】
他の用途において、布材料は弾性をほとんどもたず且つ大きな強度をもつ必要がある。そのような布については、太いヤーンを密に織り加工して標準的な織地に近い材料を作ることが適切である(図20C)。そのような布材料は、任意で、ヤーンセグメントの重複部分を接着するためコーティング処理または熱処理を加えてもよく、これによりほつれおよび伸長を防止してもよい。熱処理は、絹タンパク質を完全に変性させるものであってはならない。布は、任意で、現在ポリプロピレンメッシュで行われているのと同様に所定の位置に縫合、接着、またはステープル留めしてもよい。この埋植物は、本明細書に記載の他の任意の種類の埋植物と同様、局所の治癒および組織の埋植物内への増殖の過程を促進させるため種々の物質でコーティングしてもよく、ならびに/または、修復部位の内臓への癒着を防ぐためのコーティングを施してもよい。
【0058】
別の選択肢として、布、メッシュ、不織布、編地、またはその他の修復用材料を未抽出の絹で作製し、次に完成した布を本明細書の記載に従って(図21)(例えば加温したアルカリ石鹸液で)抽出して免疫調節物質であるセリシンを材料から除去してもよい。さらに別の選択肢として、繊維数が、繊維への抽出溶液の浸透が可能な繊維数を上回らない限り、例えば形成したヤーン、バンドル、またはストランドに対して抽出を行うなど、中間の段階においてセリシン抽出を行ってもよい(非限定的な選択肢については図21を参照)。
【0059】
上記においては、ヤーンで構成された布の作製方法を説明した。この布の作製における最も典型的なヤーンの形態は、秩序だった様式でカイコフィブロイン繊維をツイスト加工し且つセリシンを抽出することによって得られる。本明細書に記載のとおり、多数のヤーンの幾何学構造およびヤーン作製方法が使用可能である(表4、5、6、7、および8)。そのような方法は、フィブロイン繊維のバンドルに上記の別の物質を巻き付けることによって結合させた、ツイスト加工していないフィブロイン繊維のバンドルを形成することを含んでいてもよい。上記のように、これらの任意のヤーンは、絹繊維を他の材料と混合することによって形成してもよい。さらに、繊維は、例えばケーブル加工、ツイスト加工、ブレード加工、メッシュ加工、編み加工などの絡み合わせを加えてもよい(図2AおよびBならびに図21を参照)。本明細書において「絡み合わせ」という用語は、繊維が互いに接触および結合する様式に関して、秩序だった(すなわち非ランダムな)繰返し構造であることを意味する。
【0060】
混合は、異なる材料を用いてより太いヤーンを形成する、または織り加工もしくは編み加工において異なる材料のヤーンを使用するなど、構造内のより高い階層で行ってもよい。いずれの場合も、最終的な素材は、精練され実質的にセリシン非含有の絹を重要な成分として含み、この絹は、素材の強度および生体適合性、ならびに(例えば長期の)分解特性(図11A〜B)のうち1つまたはすべてを担うために使用される。他の1つまたは複数のポリマーは、その生体適合性、細胞接着または浸潤を補助する(または所望の局所部位で迅速に組織を形成することによって阻害する)能力(図16A〜C)、インビボにおける分解プロフィール、および機械特性に基づいて選択される。生分解性ポリマーは周知の任意の生分解性ポリマーを含んでいてよく、これには、天然産物(タンパク質、多糖、グリコサミノグリカンなど);天然ポリマーの誘導体(セルロースなど);ならびに生分解性の合成ポリマーおよびコポリマー(ポリヒドロキシ酸、ポリカーボネート、ポリ無水物、一部のポリアミド、ならびにこれらのコポリマーおよび混合物)が含まれる。特に、コラーゲンおよびエラスチンは好適なタンパク質である。
【0061】
組織修復に使用する絹含有布構造体/マトリックスは、インビボにおける組織の修復を向上させるため、埋植時に細胞を含むように処理してもよい(図7A〜D、図8A〜B、図9A〜B、および図18C)。細胞は異種細胞であってもよく、より好ましくは同種細胞であり、最も好ましくは自家細胞である。埋植部位および目的とする機能によって異なるが、任意の種類の細胞を使用できる可能性がある。環境中に適切な分化の手がかりが存在するかまたは提供される場合は、多能性細胞が好ましい。その他の細胞の種類としては、骨形成原細胞、線維芽細胞、および埋植部位の組織型の細胞がある。
【0062】
以上においてはBombyx moriおよびその他一般的なカイコに由来する絹について説明したが、埋植時に軽度より強い異物反応を惹起しない限り(すなわち、生体適合性である限り)、任意の由来源の絹または絹由来タンパク質を本発明に使用できる(図18BおよびCを参照)。このような絹としては、カイコ、クモ、培養細胞(特に、遺伝子操作を加えた細胞)、ならびにトランスジェニック植物およびトランスジェニック動物に由来する絹があるが、これらに限定されることはない。クローニングにより作製した絹は、天然絹遺伝子状の全配列もしくは部分配列に由来するものであっても、または絹遺伝子状の配列をエンコードした合成遺伝子に由来するものであってもよい。
【0063】
多くの場合は1種類のみの布を使用して医療用具または補綴物を形成するが、いくつかの場合においては単一の用具に2種類以上の布を使用することが有用である可能性がある。例えばヘルニア整復においては、整復用の布のうち組織に面する側は細胞を誘導し、一方、腹膜面は癒着を防ぐため細胞を排除することが望ましい。この効果は、細胞を誘導しない絹の層と細胞を誘導する別の層とを設ける(例えば、下記の実施例に示すように、未処理の層とRGDコーティング層とを設ける)ことにより実現できる。別の実施例としては膀胱用スリングの形成がある。基本スリングは順応性およびいくらかの弾性を有する必要があり、且つ、予測寿命が長い必要がある。しかし、膀胱に最も近いスリング面は可能な限りテクスチャーを少なくする必要がある。このことは、直径の小さい本発明のヤーン(例えば単繊維のヤーン)から作製した、薄いが稠密な織地、不織布、または編地の層を、スリングの膀胱に接触する箇所に配置することによって実現できる。不織布のゲージ数(デニール数)は可能な限り小さくする必要がある。2種類以上の布を必要とする状況はこの他にも多数考えられる。
【0064】
上記の各構造の例を作製し、一連の試験により評価した。第一の実施例では、精練した絹の原繊維から布を形成した。まず、生糸を処理して精練フィブロイン原繊維にした。カイコ絹の生糸を0.02M Na2CO3水溶液および0.3% w/v アイボリー石鹸液により90℃で60分間抽出した。糊状のセリシンタンパク質を完全に除去するため、抽出後の繊維を水で洗浄した。こうして得られた原繊維の懸濁液をスクリーン上に湿式積層し、ニードルパンチを加え、乾燥させた(図20A)。こうして得られたフリース状の物質は、触感がややウールに似ており、非常に多孔質であった。この物質は絡み合いおよびニードリングにより十分に相互結合しており、取り扱いおよび所望の形状への裁断が容易であった。
【0065】
別の実施例では、精練した絹フィブロイン原繊維を細胞誘導物質で処理した(表9)。まず、精練した絹フィブロインの繊維を一緒にツイスト加工することによってヤーンを作った。一部のヤーンは、細胞を誘導するためRGDペプチドで誘導体化したフィラメントで作製した。この誘導体化はSofia et al, J. Biomed. Mater. Res. 54: 139-148, 2001に記載の手順で行った。処理済ヤーンおよび未処理(黒ブレード絹縫合糸)ヤーンの切片をラットの腹壁内に埋植した(図18A〜C)。埋植30日後、黒ブレード縫合糸はコンパクトな原繊維のバンドルを含んでおり、原繊維のバンドルの間には細胞が浸潤していたがバンドルの内部には浸潤していなかった。これとは対照的に、RGD処理した原繊維のバンドルは、宿主細胞の広範な侵入が生じ、拡張しておりコンパクトではなかったが(図13A〜E、18B)、有意な分解はまだ生じていなかった(図13A〜E)。
【0066】
この実施例は、埋植した絹フィブロイン原繊維の分解速度を制御するため誘導体化を利用できること、および誘導体化した原繊維が布様構造体に細胞を引き寄せる能力を有することを示している。明らかに、より特異的な誘導物質を使うことにより、より特異性の高い細胞誘導が可能である。同様の技術(化学的な誘導体化)、または吸収、吸着、コーティング、および膨潤などのより単純な方法を用いて、埋植部位に他の物質を提供してもよい。
【0067】
下記の表に示す各サンプルは、上記の説明に従い90±2℃で60分間セリシンを除去して用意した。この範囲の温度を十分な時間にわたって適用することにより、セリシンを実質的に除去した繊維が得られ(図1A〜C、表1、2、3)(有意な免疫反応を惹起せず且つ繊維の生分解性を有意に損なわないような、実質的にセリシン非含有の繊維構造体が得られ)、且つフィブロインの機械的完全性が実質的に保持される(表1)ことが見出された。注意すべき点として、温度が94℃に達すると(表1)、UTSに大きな影響はなかったが剛性が有意に低下した。このことは、絹が94℃以上の温度に対して温度感受性であることを示している。各グループの繊維は、繊維の両端を引っ張ることによって手操作でまっすぐにした(すなわち並列にした)。または、自動処理によって容易にまっすぐにすることも可能であった。このとき印加した力は、グループをまっすぐにするために必要な力よりわずかに大きかった。
【0068】
すべての表において、サンプルの幾何学構造を表す表記は以下の通りである:繊維数(S方向の繊維レベルにおけるTPI) x グループ数(Z方向のグループレベルにおけるTPI) x バンドル数(S方向のバンドルレベルにおけるTPI) x ストランド数(Z方向のストランドレベルにおけるTPI) x 以下同様。特に明示しない限り、サンプルは各レベル間でツイスト加工されている。例えば「10s x 9z tpi」などの1インチ当たり撚り数(TPI)の表記は、(グループ内の繊維の1インチ当たり撚り数)x(バンドル内のグループの1インチ当たり撚り数)を表す。各サンプルにおいて、ツイストのピッチは通常のヤーンで普通にみられるピッチより実質的に大きい。通常のヤーンは、繊維を一緒に保持することのみを目的として小さいピッチでツイスト加工される。ツイストのピッチを大きくする(すなわち1インチ当たり撚り数を増やす)と引張強さが低下するが、剛性はさらに低下し、構造体の破断伸びは増加する。
【0069】
引張破壊強度(UTS)、破断伸び率(% Elong)、および剛性はすべて、FAST-TRACKソフトウェア搭載のINSTRON 8511サーボ液圧材料試験装置を用いて測定した。同装置により、1秒当たりサンプル長約100%という速い速度でサンプルをまっすぐにして引張破断分析を行った。換言すると、サンプルの長さが1秒ごとに2倍になるようにサンプルを破断点まで引っ張った。これにより、破断前に弛緩および反発するサンプルの能力が大幅に制限される。しかし、図5A〜Bが示しているように、観察される機械特性にひずみ速度が影響を及ぼす可能性がある。さらに、湿式または乾式の試験条件も絹マトリックスのUTSおよび剛性に大きな影響を及ぼすことが示された(図6A〜B)。データセットを比較するには整合性が必要である。得られたデータを、Instron Series IXソフトウェアを用いて分析した。引張破壊強度は得られた応力-ひずみ曲線のピーク応力であり、剛性は応力-ひずみプロットの降伏点までの傾きである。特に明示しない限り、すべての試験群において少なくともN=5として平均および標準偏差を計算した。Student's検定、一元配置ANOVAなどの標準的な統計手法を用いて、群間の統計有意差の有無を判定した。
【0070】
上記のすべての表および図(ならびに本開示のすべて)において、サンプル中のフィブロイン繊維は元のままである(すなわち、繊維の溶解および改質は行っていない)。繊維を溶解および再形成すると、再形成後の繊維の構造が変化し、機械特性が変化する。驚くべきことに、セリシンを完全にまたはほぼ完全に除去した絹フィブロイン繊維のヤーンは高い強度およびその他の機械特性を有し、したがって靭帯置換、ヘルニア整復、または骨盤底再建用の繊維構造体または支持体を形成するなどの種々の生物医学用途(表4、図2A〜D、および図20A〜C)に好適なヤーンとなることがこれらのサンプルから示唆された。以前は、所望の機械特性を与えるためには、フィブロインを溶解および押出加工して繊維を再形成する必要があると考えられていた。このような再形成フィブロイン繊維では一般的に疲れ強さが低下することが見出されている。本発明の方法は、強度を有意に低下させることなくセリシンを除去することが可能である(表1および4;図3A〜Dおよび図4A〜B)。
【0071】
表8は、繊維数3のグループ(サンプル1)と繊維数4のグループ(サンプル2)とで特性を比較したものである。サンプル2は繊維の形状が四角形であり、サンプル1は3角形であった。表に示されているように、サンプル2では繊維数が1本多いことによって繊維当たりの剛性が小さくなった。このことは、階層構造の設計によってヤーンおよび布の特性を制御できることを示している。
【0072】
表4は、繊維をケーブル加工した構造体および繊維をツイスト加工した幾何学構造の種々の構成の影響を示したものである。特に注意すべき点として、サンプル7と8とは繊維数および幾何学的階層の数が等しい。繊維をツイスト加工した幾何学構造であるサンプル8はUTSおよび剛性がより大きく、ケーブル加工した幾何学構造であるサンプル7は強度および剛性がより小さい。サンプル7〜9のうち、ケーブル加工した幾何学構造であるサンプル7は剛性に対する強度の比が最も高い。ACL繊維構造体として使用するには剛性に対する強度の比が高い(すなわち、強度が大きく剛性が小さい)ことが望ましい。
【0073】
表1および4はセリシン抽出が繊維に及ぼす影響を示している。全サンプルを表1に示すように抽出溶液に浸漬した。サンプル1〜5は、室温、33℃、および37℃の水槽に浸漬した。これらの温度はセリシンを十分に抽出するには低すぎると考えられている。サンプル6〜9は、セリシンの完全な抽出が可能であると考えられている90℃で抽出したが、抽出時間をそれぞれ変えた。同様に、サンプル10はそれよりやや高い温度である94℃で抽出した。これらのデータから、セリシンを有意に除去するには90℃で30〜60分間の抽出で十分であること(表2および3を参照)、および、94℃では剛性が大幅に低下したことから絹のタンパク質構造を損傷させる可能性があることが示唆される。
【0074】
サンプル11〜16は互いに同等のケーブル加工幾何学構造を有する。サンプル12、14、および16の繊維は抽出を行ったが、サンプル11、13、および15の繊維は抽出を行わなかった。表が示しているように、抽出は、繊維当たりの(大きな)引張破壊強度にほとんど影響を及ぼさないと考えられる。
【0075】
表4のサンプル10の繊維には、カール収縮処理、すなわち繊維を高速で1方向にツイスト加工し次に反対方向にツイスト加工する処理を加えた。次に繊維を加熱してツイスト構造のまま固定し、抽出を行わないで試験した。こうして得たヤーンは、試験した他の多くの非抽出ヤーンと比較して強度および剛性が低かった。しかし表6および7が示すように、抽出後のフィブロインは、最大30TPIまで耐えるという顕著な能力を有する。表6は、TPIが絹マトリックスに及ぼす秩序効果を示している。これは、抽出後のマルチフィラメント構造が秩序だって配列することによるものと考えられる。
【0076】
図10は、細胞を播種しまたは播種せずに培養条件下に21日間置いた、30本の並列フィブロイン繊維グループの特性を示したものである。これら3つのサンプルは互いに非常に近い機械特性を示した。これは、マトリックス上の細胞増殖またはインビトロでの経過時間に起因する絹マトリックスの分解がほとんどまたはまったく起きないことを反映している。この実験では、機械試験の前に湿潤条件で21日間培養した結果として、他のサンプルと比較して剛性値が非常に低い(表5を参照)。
【0077】
表4において、サンプル14〜16はすべてブレード加工したサンプルである。サンプル14の繊維は、各キャリヤに1つのスプールを取り付けて8つのキャリヤからブレード加工を行い、このとき各スプールからは2本の繊維を引き出した。サンプル15の繊維は、各キャリヤに1つのスプールを取り付けて16のキャリヤからブレード加工を行い、このとき各スプールからは同様に2本の繊維を引き出した。そしてサンプル16の繊維は、繊維4本のグループを3つツイスト加工したヤーン4つから形成し(したがってヤーン当たりの総繊維数は12本)、このとき各ヤーンは別々のスプールおよびキャリヤから引き出した。
【0078】
表9に表面修飾の影響を示す。「PBS」という表記は、試験前にサンプルをリン酸緩衝生理食塩水に約24時間浸漬したことを示す。サンプルをこの生理食塩水に曝露したことによる影響を測定したところ、生理食塩水の環境(たとえばヒトの体内)においてこの繊維構造体の機械特性が維持され、且つ固有のタンパク質構造も実質的に保たれることが示唆された。「RGD」という表記は、試験前にサンプルをアルギニン-グリシン-アスパラギン酸(RGD)の生理食塩水溶液に約24時間浸漬したことを示す。RGDは、構造体に細胞を誘導しこれにより構造体上での細胞増殖を促進することを目的として、構造体に付着させることができる。したがって、構造体に著明な分解がみられなかったとはいえ、RGDが構造体の機械特性に何らかの影響を及ぼすとすればそれも関心の対象となる。したがってこれらのサンプルは、生理食塩水もしくはエチレンオキシドガス滅菌、またはRGD溶液への長時間の曝露が繊維構造体の材料特性の劣化をほとんどまたはまったく引き起こさないという証拠をもたらしている。しかし、幾何学的階層をより高いレベルまで増やしたサンプル28および29のデータからは、レベルが高くなるほど(そして繊維の総数が増えるほど)繊維当たりのUTSが低下することが明らかになった。これは表面修飾の影響ではなく階層設計(表8)の影響である。
【0079】
表4において、サンプル18〜23は、6ポンドの定荷重でそれぞれ1、2、3、4、5、および6日間張力を印加した後に試験を行い、機械特性に対する張力の影響を経時的に評価した。データから、初荷重印加の期間を長くしても構造体の材料特性はほとんどまたはまったく変化しないと考えられる。サンプル25も(ツイスト加工後に)6ポンドの力で1日間「初荷重印加」してから試験を行った。比較のため、同じ幾何学的構成をもつサンプル24は初荷重印加を行わなかった。したがってサンプル24および25から、構造体に初荷重をかけることによって構造内のゆるみがなくなるという影響が明らかになった。この影響のため、構造体のUTSおよび破断伸びがいずれもわずかに減少する。
【0080】
絹繊維を基礎とする構造体は、浸潤してくる細胞または既に浸潤したもしくは播種された細胞であって増殖および/または分化して前十字靭帯(ACL)またはその他所望の組織型を形成できる細胞(始原細胞、靭帯もしくは腱の線維芽細胞、または筋細胞など)に対するマトリックスとして機能する。絹繊維を基礎とするこの新規の構造体は、種々の任意のヤーン幾何学構造(ケーブルなど)または絡み合わせ構造(ツイストヤーン、ブレード、メッシュ状ヤーン、または編地状ヤーンなど)で繊維を有するよう設計される。ヤーンは前十字靭帯などの天然組織と同一かまたはほぼ同一の機械特性を示し(表4、表1、および下記を参照)。そして、繊維構造体の構成および幾何学構造に単純な変更を加えることにより任意の所望の組織型を形成することができる(表10および下記を参照)。または、複数のヤーンから、臓器を配置または支持するために埋植する布またはその他の構造体を形成してもよい。さらに、手術後の体内の空隙を埋めること、組織の癒着を防ぐこと、または細胞の接着もしくは埋植物内への増殖を促進することを目的として構造体を使用してもよい。
【0081】
下記の実施例の説明のように単離および培養した多能性の骨髄間質細胞(BMSC)を、絹繊維構造体に播種してバイオリアクター内で静的条件下で培養してもよい。繊維構造体に播種した細胞は、適切に誘導すれば、靭帯および腱に特異的な分化を起こし、生存可能且つ機能的な組織を形成する。さらに、繊維構造体内の多能性細胞からインビトロで生成した生物工学組織の組織形態学的特性は、組織生成中に繊維構造体に機械力を直接印加することによって変化する。この発見は、機械的応力、生化学的条件、および細胞固定法と細胞分化との間の関係について新しい重要な知見をもたらすとともに、多能性細胞からインビトロで広範な靭帯、腱、組織を作製するうえで応用を有する。
【0082】
ケーブル幾何学構造を有する絹繊維を含む繊維構造体を図2Cおよび2Dに示す。この繊維構造体は、繊維が並列にグループ化されてツイスト加工され、そのグループがさらにグループ化されてツイスト加工され、これが階層内の複数のレベルにわたって続く、という意味において階層を含む。このことについては下記に詳しく説明する。まず、繊維に対するアンカーとして機能するばね押しクランプを有するラックなどを用いて、絹繊維に平行に張力を印加する。抽出、洗浄、および乾燥の全過程を通じてクランプにより繊維への張力が一定に維持されるよう、このラックをセリシン抽出溶液に浸漬してもよい。
【0083】
抽出溶液はアルカリ石鹸液または洗剤であってもよく、約90℃に保たれる。繊維からセリシンをすべてまたは実質的にすべて除去できる(残留分が質量比±0.4%)(ただし微量の残留はあってもよい)十分な時間(溶液のフローおよび混合条件により異なるが、例えば少なくとも0.5〜1時間)、ラックをこの溶液に浸漬する。抽出後、ラックを溶液から取り出し、繊維を洗浄し乾燥させる。コンピュータ制御された各ツイスト加工機械により、繊維または繊維の構造体をディスク周囲に取り付け、中心軸周囲でディスクを回転させることによって、生地業界で用いられる標準的なプロセスに従って繊維をツイスト加工するか(すなわちケーブル加工)または互いにツイスト加工された繊維の構造体をツイスト加工する。ただし、ツイストのピッチレートは従来のヤーンで通常使用されるピッチレートより高い(例えば、1cm当たり撚り数が約0〜約11.8回)。しかし、ケーブル加工またはツイスト加工の速度が速すぎると、ツイストまたはケーブルが生じる前に送りスプールからヤーンが離れてバルーン張力が生じ、その結果繊維に塑性変形が生じるため、ケーブル加工またはツイスト加工の速度はそれほど速くてはならない。
【0084】
抽出は、すべての繊維からセリシンが除去されるよう抽出溶液が構造体全体に浸透できる限り、構造体の任意のレベルで行ってよい。コンパクトな配列において、溶液が完全に浸透できる繊維数の上限は約20〜50であると考えられる。しかし無論、これらの繊維は20本の繊維を並列させた1つのグループとして構成してもよい。または、例えば5本の繊維を並列させた4つのグループとして構成してもよく、このグループはツイスト加工してもよい。さらには、繊維5本のグループ2つのバンドル2つなどより高いレベルを含む構造体として構成してもよく、このグループおよびバンドルはツイスト加工してもよい。構造体内の階層数を増加させると空所も増加させることができ、したがって、20〜50本の繊維からセリシンを完全に抽出するための最大繊維数を増加できる可能性がある。
【0085】
一部の場合においては、繊維をグループ化した後または高階層の構造体を形成した後に構造体からセリシンを除去する。したがって、繊維上にワックスまたは機械的保護作用のあるいかなる種類のコーティングも施す必要がなく、繊維上のセリシンとの接触を防ぐための遮蔽も形成する必要がない。さらに、構造体はコーティングをまったく有していなくてもよい(特に、身体により完全には分解されないコーティングまたは炎症反応を惹起するコーティングは有していなくてもよい)。
【0086】
下記の実施例に示すように、絹フィブロインの機械特性を測定し(図1A、1B、および1Cに示す)、ACL作製に適したマトリックスを形成するための幾何学構造を理論計算モデルを用いて導出した(図1Dを参照)。ACL置換用として、マトリックス表面積を増加させ且つ組織の埋植物内への増殖をより強く補助するため、6コードの構造体を選択した。ACL修復用の2つの構造体の幾何学的階層は以下のとおりとした:
マトリックス1: ACLヤーン1本 = 並列のコード6本; コード1本 = ツイスト加工したストランド3本(1cm当たり撚り数3回); ストランド1本 = ツイスト加工したバンドル6本(1cm当たり撚り数3回); バンドル1本 = 並列の洗浄済み繊維30本; および
マトリックス2: ACLヤーン1本 = 並列のコード6本; コード1本 = ツイスト加工したストランド3本(1cm当たり撚り数2回); ストランド1本 = ツイスト加工したバンドル3本(1cm当たり撚り数2.5回); バンドル1本 = グループ3本(1cm当たり撚り数3回); グループ1本 = 並列の抽出済み絹フィブロイン繊維15本。
【0087】
マトリックス1およびマトリックス2の繊維数および幾何学構造は、この絹補綴物が引張破壊強度、線形剛性、降伏点、および破断伸び率においてACLと似た生物機械特性をもち、組織工学的ACLを作製するための安定した出発点として機能するように選択した。繊維数、階層数、およびツイストの量の増加がこれらの各生物機械特性に及ぼす影響を、それぞれ表8ならびに表6および7にまとめた。
【0088】
幾何学構造が異なりながらもいずれもACLに近い機械特性を有する2つのマトリックスを作製できるということは、所望の機械特性を実現するための幾何学的構成が幅広く存在することを示している。任意の所望の靭帯組織または腱組織を対象とする他の幾何学構造は、所望されるそれらの靭帯または腱に近い適切な機械特性を有する繊維構造体が得られる限り、コード、ストランド、バンドル、グループ、および繊維を任意の数、組合せ、または構成で含んでいてよい(表10および下記を参照)。例えば、1つのACL補綴物は、最終的な繊維構造体をインビトロまたはインビボで固定できる手段がある限り、任意の数の並列のコードを有していてよい。さらに、繊維構造体が所望の機械特性を有する限り、1つの幾何学構造に対してさまざまな数のツイスト階層(1つの階層はグループ、バンドル、ストランド、またはコードとして定義される)を用いることが可能である。さらに、ACL補綴物の作成においては、繊維構造体の幾何学構造および構成の設計に大きな自由度が存在する。したがって、開発された理論計算モデルを用いて、所望の靭帯組織または腱組織の繊維構造体の設計を予測してもよい(下記の実施例を参照)。例えば、埋植物内への増殖を促進するため、階層数が2つのみの複数の小さなマトリックスバンドルが望ましい場合は(例えば総繊維数36本)TPIを8〜11または約3〜4回/cmにする必要があり、これは経験的な作業を要することなくモデルにより予測することができる。
【0089】
したがって、幾何学構造のバリエーション(すなわち、補綴物を作るために使用するコード数またはグループ内の繊維数)を用いて、ほとんどの靭帯および腱に適したマトリックスを作製することが可能である。例えば、手の小さな靭帯または腱に対しては、繊維構造の構成がもたらす機械特性がその特定の生理学的環境に好適であれば、マトリックス1のコード1本(またはコード2本、コード3本など)の作成に使用される幾何学構造および構成が適切である可能性がある。具体的には、マトリックス1またはマトリックス2より小さい靭帯または腱に対応するためには、より小さいバンドルまたはストランドを作るため階層当たりの繊維数を少なくすることになると考えられる。次に、複数のバンドルを並列に使用してもよい。ACLなど比較的大きな靭帯の場合は、少数の大きなバンドルを使用すると細胞および組織の埋植物内への増殖が起こらずしたがってマトリックスの分解が制限されるため、多数の小さなバンドルを大きなTPIでツイスト加工して剛性を低下させるとともに埋植物内への増殖を促進するほうが望ましい可能性がある。
【0090】
しかし本発明が上記に説明したようなケーブルの幾何学構造に限定されることはなく、繊維構造体の機械特性がACLと同様(すなわち、引張破壊強度が2000Nより大きく、元来のACLまたは膝蓋腱など広く使用される置換用グラフトについて線形剛性が100〜600N/mm、長さが26〜30mm)または作製する所望の靭帯および腱と同様になるような任意の幾何学構造(例えば、並列、ツイスト、ブレード、メッシュ状)またはその組み合わせが使用可能である。マトリックス1およびマトリックス2の繊維数および幾何学構造は、機械的に適切なACLマトリックスまたはその他所望の靭帯もしくは腱のマトリックス[例えば後十字靭帯(PCL)]が作製されるように選択した。例えば、コード6本のマトリックス1構造体の1本のコードを用いて、ウサギの内側側副靭帯(MC)を再建した(図15Aおよび図15Bを参照)。マトリックス1およびマトリックス2の6コード絹構造体の機械特性を表10および図3A〜Dに、より詳しい説明を下記実施例に示した。その他の幾何学構造およびそれに関連する機械特性を、設計自由度が高いことの例として表11に示す。このように設計自由度が高いため、本明細書に記載の方法によって、ACLの組織工学的作製に適した繊維構造体を得ることができる。
【0091】
利点として、本発明の絹繊維を基礎とする繊維構造体は絹のみで構成してもよい。絹の種類および由来源は以下のものを含む:Bombyx moriおよび関連種などのカイコに由来する絹;Nephila clavipesなどのクモに由来する絹;遺伝子操作した細菌、酵母、哺乳動物の細胞、虫の細胞、トランスジェニック植物、およびトランスジェニック動物に由来する絹;カイコまたはクモ由来の培養細胞に由来する絹;天然絹;天然絹遺伝子の全配列または部分配列からクローニングした絹;ならびに絹遺伝子または絹遺伝子状の配列をエンコードした合成遺伝子に由来する絹。Bombyx mori種カイコから得たままの状態の天然絹フィブロインはセリシンとよばれる糊状のタンパク質でコーティングされている。このセリシンは、繊維構造体を構成する繊維に細胞を播種する前に、完全にまたは実質的に完全に繊維から抽出される。
【0092】
繊維構造体は以下の複合体を含んでいてもよい:(1)絹とコラーゲン繊維;(2)絹とコラーゲンのフォーム、メッシュ、またはスポンジ;(3)絹フィブロイン繊維とコラーゲンのフォーム、メッシュ、またはスポンジ;(4)絹と生分解性ポリマー[例えば、セルロース、綿、ゼラチン、ポリ乳酸、ポリグリコール、ポリ(ラクチド-コ-グリコリド)、ポリカプロラクトン、ポリアミド、ポリ無水物、ポリアミノ酸、ポリオルトエステル、ポリアセタール、タンパク質、分解性ポリウレタン、多糖、ポリシアノアクリレート、グリコサミノグリカン(例えば、コンドロイチン硫酸、ヘパリンなど)、多糖(天然のもの、再処理したもの、または遺伝子操作したもの:例えば、ヒアルロン酸、アルギン酸、キサンタン、ペクチン、キトサン、キチン、など)、エラスチン(天然のもの、再処理したもの、または遺伝子操作したもの、および化学合成したもの)、およびコラーゲン(天然のもの、再処理したもの、または遺伝子操作したもの)];または(5)絹と非生分解性ポリマー(例えば、ポリアミド、ポリエステル、ポリスチレン、ポリプロピレン、ポリアクリレート、ポリビニル、ポリカーボネート、ポリテトラフルオロエチレン、またはニトロセルロース材料)。複合体は一般的に、多孔度および分解性など繊維構造体の特性を向上させ、且つ、細胞の播種、増殖、分化または組織の発達を補助する。図16A、16B、および16Cに、BMSCの増殖および靭帯特異的な分化を向上させるコラーゲン繊維の能力を示す。
【0093】
繊維構造体はまた、構造体上における細胞増殖および/または組織分化を向上させることを目的として処理してもよい。細胞増殖および組織分化を向上させるための繊維構造体の処理の例としては、金属処理、照射、架橋、化学的な表面修飾[RGD(アルギニン-グリシン-アスパラギン)ペプチドコーティング、フィブロネクチンコーティング、成長因子の結合]、および物理的な表面修飾などがあるが、これらに限定されることはない。
【0094】
本開示の第二の局面は、絹繊維を基礎とする新規の繊維構造体と、この繊維構造体上に播種された自家または同種の(自家か同種かは組織のレシピエントに応じて異なる)骨髄間質細胞(BMSC)とから形成される、機械的かつ生物学的に機能するACLに関する。絹繊維を基礎とする繊維構造体は、バイオリアクター内での培養中に機械的刺激を必要とすることなく、間質細胞の分化を靭帯の細胞系へと誘導する。絹繊維を基礎とする繊維構造体上に播種されペトリ皿内で培養されたBMSCは接着および伸展を始める(図7A〜Dを参照)。細胞は増殖して繊維構造体を覆い(図8A〜B、図9A、および図9Bを参照)、そして分化する。分化は靭帯特異的マーカーの発現により確認できる(図14を参照)。軟骨(II型コラーゲン)および骨(骨シアロタンパク質)のマーカーは発現していなかった(図14を参照)。靭帯特異的マーカーの発現を示すデータを、下記の実施例に提示した。
【0095】
本開示の別の局面は、体外でACLを作製する方法に関する。胚から発達して成熟靭帯の機能を獲得するまでの経過においてACLがインビボで受ける動きおよび力をシミュレートする条件下において、靭帯細胞への分化能をもつ細胞を培養する。具体的には、無菌条件下において、絹繊維を基礎とする3次元繊維構造体であって細胞が接着できるような繊維構造体の中に多能性細胞を播種する。同構造体は円筒形であることが利点である。この方法で使用される絹繊維を基礎とする3次元繊維構造体は、予備的な繊維構造体として機能する。すなわち繊維構造体は、分化する細胞が産生する細胞外繊維構造の成分によって補われ、さらにはこの成分により置換されることもある。絹繊維を基礎とするこの新規の繊維構造体を使用することにより、ACLの発達が向上または加速する可能性がある。例えば、絹繊維を基礎とするこの新規の繊維構造体は、細胞外繊維構造の成分(例えばコラーゲンおよびテネイシン)による補強が生じる前に強い力に耐えられるよう、特定の機械特性をもつ(例えば引張強さを大きくする)ように設計してもよい。絹繊維を基礎とするこの新規の予備繊維構造体がもつその他の有利な特性としては生体適合性および生分解感受性などがあるが、これらに限定されることはない。
【0096】
予備繊維構造体への多能性細胞の播種は、使用する繊維構造体および繊維構造体の形成方法に応じて、繊維構造体の形成前であってもよくまたは形成後であってもよい。通常は均一な播種が好ましい。理論上は、最終的に作成される靭帯が播種する細胞数によって制限されることはないが、最適な播種を行うことによって生成速度が上昇する可能性がある。最適な播種量は培養条件によって異なると考えられる。天然の靭帯の生理学的な細胞密度の約0.05〜5倍の密度で繊維構造体への播種を行ってもよい。
【0097】
この方法には、1種類または複数種類の多能性細胞が使用される。このような細胞は、適切な分化シグナルに反応して広範な細胞種に分化する能力および靭帯特異的マーカーを発現する能力をもつ。より具体的には、この方法には、靭帯組織および腱組織の細胞への分化能をもつ、骨髄間質細胞などの細胞が使用される。このように生物工学的に作製した靭帯を患者に移植する場合は、目的とするレシピエントに適合する由来源から細胞を得ることが必要である。レシピエントは一般的にヒトであるが、獣医学における用途も存在する。細胞はレシピエントから取得してもよいが(自家細胞)、適合するドナーの細胞を用いて同種靭帯を作製してもよい。例えば同種靭帯を作成する場合(例えば、提供された骨髄から単離した骨髄間質細胞または提供されたACL組織から単離したACL線維芽細胞など、別のヒトに由来する細胞を用いる場合)は、インタクトなドナーACL組織(例えば死体または全膝移植に由来するもの)から単離したヒト前十字靭帯線維芽細胞、破壊したACL組織(例えばACL再建術を受ける患者から手術時に採取したもの)、または骨髄間質細胞を使用してもよい。適合性の判定手段は当業者に周知である。
【0098】
靭帯または腱(ACLの他に、後十字靭帯、回旋筋腱板、肘および膝の内側側副靭帯、手の屈腱、足根の外側靭帯、ならびに顎関節の腱および靭帯を含むが、これらに限定されることはない)、軟骨、骨、およびその他の組織を、本開示の方法により繊維構造体を用いて作製してもよい。この様式において、繊維構造体に播種する細胞は、作製する組織に応じて選択される(例えば多能性細胞または所望の組織型の細胞)。本明細書に記載のとおり、繊維構造体に播種する細胞は自家細胞または同種細胞であってもよい。自家細胞を使用することにより、レシピエントに埋植するための同種移植片または自家移植片を効果的に作製できる。
【0099】
既に述べたように、ACLを形成するには骨髄間質細胞などの細胞を繊維構造体上に播種する。骨髄間質細胞は多能性細胞の1種であり、当技術分野において間葉系幹細胞または単に間質細胞とも呼ばれる。既に述べたように、これらの細胞は自家由来または同種由来であってもよい。さらに、適切な環境(インビボまたはインビトロ)に置き且つ絹繊維を基礎とする繊維構造体に播種した場合に、細胞外繊維構造の組成(例えばタンパク質、糖タンパク質の量)、構成、構造、または機能においてACLまたはその他任意の望ましい靭帯もしくは組織の発生を反復できるのであれば、成体幹細胞、胚性幹細胞、または多能性細胞を使用してもよい。
【0100】
本発明の繊維構造体に線維芽細胞を播種してもよい。線維芽細胞は多能性細胞とは通常みなされないため、線維芽細胞とは、適切な環境(インビボまたはインビトロ)で培養し且つ絹繊維を基礎とする繊維構造体に播種した場合に細胞外繊維構造の組成(例えばタンパク質、糖タンパク質の量)、構成、構造、または機能においてACLまたはその他任意の望ましい靭帯もしくは組織の発生を反復できるような、以下の線維芽細胞を含むものと意図される:ACL組織から単離した(自家または同種の)ヒト成熟ACL線維芽細胞;他の靭帯組織に由来する線維芽細胞;腱組織、新生児の包皮、または臍帯血に由来する線維芽細胞;成熟細胞か、多能性細胞か、脱分化した成熟細胞か、または遺伝子操作した細胞かにかかわらず、任意の細胞に由来する線維芽細胞。
【0101】
繊維構造体の円筒形の各面にはアンカーが取り付けられ、このアンカーを介して繊維構造体にさまざまな大きさの力を印加する。繊維構造体に力を送達をしやすくするため、繊維構造体の各面は、その全表面で、対応するアンカーの面に接触可能である。取り付け部位を反映した形状(例えば円筒形)のアンカーが本方法での使用に最も好適である。組み立て後は、アンカーを取り付けた繊維構造体の中の細胞を、細胞の増殖および再生に適した条件下で培養する。培養中は、取り付けたアンカーを介して(例えば取り付けたアンカーのうち1つまたは両方を動かすことにより)1つまたは複数の機械力を繊維構造体に印加する。天然のACLまたはその他の組織がインビボで受ける条件を模するため、培養期間中を通じてこの機械力を印加する。
【0102】
アンカーは繊維構造体への取り付けに適した材料で作製する必要があり、且つ、取り付けは印加される機械力のストレスに耐えられるよう十分強い必要がある。さらに、分化する細胞が産生する細胞外繊維構造への付着に適した材料でアンカーを作製してもよい。アンカーは、発達する靭帯を固定するとともに、骨組織の(インビトロまたはインビボの)埋植物内への増殖を補助する。好適なアンカー材料のいくつかの例としては、ヒドロキシアパタイト、Goinopraサンゴ、脱塩骨、および(同種または自家の)骨などがあるが、これらに限定されることはない。アンカー材料はまた、チタン、ステンレス鋼、高密度ポリエチレン、DACRON、およびTEFLONを含んでいてもよい。
【0103】
または、靭帯と繊維構造体との結合もしくは骨と繊維構造体との結合またはその両者を促進する因子を選択した材料に注入することによって、アンカー材料を作製するかまたはさらに向上させてもよい。注入という用語は、因子をアンカーに適切に分布させる任意の添加方法(例えばコーティング、浸透、接触など)を含むものとみなされる。そのような因子の例としては、ラミニン、フィブロネクチン、接着を促進する細胞外繊維構造の任意のタンパク質、絹、アルギニン-グリシン-アスパラギン(RGD)ペプチドの結合領域を含む因子、およびRGDペプチド自体があるが、これらに限定されることはない。アンカーの取り付けを増強するため成長因子または骨形成タンパク質も用いてよい。さらに、インビトロおよびインビボの両方における繊維構造体への取り付けを増強するため、アンカーに接着し且つ繊維構造体に結合する細胞(例えば、幹細胞、靭帯細胞、骨芽細胞、骨形成原細胞)をアンカーにあらかじめ播種してもよい。
【0104】
アンカーシステムの例は、参照としてその全部が本明細書に組み入れられる、本出願人による同時係属出願U.S.S.N.09/950,561に開示されている。繊維構造体は、アンカー表面との接触を介して、またはアンカー材料に繊維構造体材料を実際に貫通させることによって、アンカーに取り付けられる。アンカーを介して繊維構造体に印加される力が最終的に作製される靭帯を決定付けるため、最終的に作製される靭帯の大きさは、部分的に、アンカーの取り付けサイズによって決定付けられる。所望される最終的な靭帯に適したサイズのアンカーを使用する必要がある。ACLを形成するためのアンカー形状の1例は円筒形である。しかし、他の形状およびサイズのアンカーも適切に機能し得る。例えばアンカーは、生物工学的に作製した靭帯をレシピエントの大腿骨および脛骨の骨トンネル内に直接挿入するのに適したサイズおよび組成を有していてもよい。
【0105】
または、アンカーをインビトロ培養中のみ一時的に使用し、次に除去して、繊維構造体のみをインビボ埋植してもよい。
【0106】
さらに、絹繊維を基礎とするこの新規の繊維構造体は、BMSCを播種してバイオリアクター内で培養してもよい。本開示の方法において使用できる培養環境は現在2種類存在する:(1)インビトロのバイオリアクター装置システム、および(2)インビボの膝関節。膝関節は、適切な生体適合性および機械特性を有する繊維構造体があれば、生存可能なACLの発達に必要な始原細胞および刺激(化学的刺激および物理的刺激)を備えた生理学的環境を提供することから、「バイオリアクター」として機能する。バイオリアクター装置は、分化および細胞外繊維構造(ECM)産生に関して靭帯形成に最適な培養条件を提供し、したがって、レシピエントへの埋植前に最適な機械的および生物学的特性を靭帯に与える。さらに、絹繊維を基礎とする繊維構造体に細胞を播種しインビトロで培養する場合は、ペトリ皿を、細胞の増殖および再生に適した条件が存在する環境すなわち静的環境をもつバイオリアクターとみなすことができる。
【0107】
細胞はまた、機械力をまったく印加しない状態、すなわち静的環境において繊維構造体上で培養してもよい。例えば、インビトロの機械力または刺激を加えずにBMSCを播種し培養しても、絹繊維を基礎とする繊維構造体は単独で細胞の増殖ならびに靭帯および腱に特異的なマーカーの発現を誘導する(本明細書に記載の実施例を参照)。膝関節は、ACLが技術的に発達するよう、細胞および正しい環境信号(化学的および物理的な信号)を繊維構造体に提供できる、生理学的な増殖および発達の環境として機能し得る。したがって、膝関節(それ自体バイオリアクターの形態として)と繊維構造体(埋植前に播種していないもの、播種したがインビトロで分化させていないもの、または播種しインビトロで分化させたもの)とにより、ACL、または繊維構造体に播種した細胞種と繊維構造体の解剖学的な埋植部位とに依存するその他所望の組織が発達する。適切な内側側副靭帯(MCL)機械特性を有する、絹を基礎とする繊維構造体のみを、未播種の状態で6週間インビボ埋植したときに、膝関節内側側副の環境がMCLの発達に及ぼす影響を図15A〜Bに示す。細胞の培養を機械刺激を加えない静的環境で行うかバイオリアクター装置内などの動的環境で行うかにかかわらず、所望の靭帯または組織を作製するための、細胞の増殖および再生に適した条件が有利に存在する。
【0108】
下記の実施例に示す実験において、印加した機械刺激は、作製された組織中の支援細胞の構成および形態に影響を及ぼすことが示された。細胞が分泌した細胞外繊維構造の成分および組織全体にわたる細胞外繊維構造の構成も、組織作成中に繊維構造体に印加した力による有意な影響を受けた。インビトロの組織生成中、細胞および細胞外繊維構造は負荷の軸に沿って整列した。このことは、膝関節の自然な動きおよび機能によって生じるさまざまな負荷の軸に沿うという、天然ACLのインビボでの構成を反映している。これらの結果から、自然状態において発達中の組織(ACLなど)の細胞に生じる物理刺激が、始原細胞の分化および組織の形成に重要な役割を果たしていることが示唆される。これらの結果はさらに、機械的な操作によりこの役割をインビトロで効果的に再現して類似の組織を作製できることも示している。機械的操作により生成される力がインビボでACLが受ける力に近いほど、得られる組織も天然のACLに近くなる。
【0109】
バイオリアクターによりインビトロで繊維構造体に機械刺激を加える場合は、一方のアンカーに対して他方のアンカーに周期性および回転性のひずみを加えることに関して、独立且つ並行な制御が行える。または、繊維構造体のみをインビボ埋植し、患者由来のACL細胞を播種して、患者からの機械シグナルにインビボで曝露してもよい。
【0110】
埋植前に繊維構造体に細胞を播種する場合は、細胞の増殖および分化に適した条件下で繊維構造体で細胞を培養する。培養中、取り付けたアンカーの1つまたは両方を介して繊維構造体に1つまたは複数の機械力を加えてもよい。インビボでACLが受ける機械刺激を模するため、引張り、圧縮、ねじり、および剪断、ならびにこれらの組合せの機械力を、適切な組合せ、強さ、および頻度で印加する。
【0111】
繊維構造体が耐えることができる力の量は種々の要因により影響される(例えば繊維構造体組成物、細胞密度)。繊維構造体の強度は組織の発達過程を通じて変化すると予測される。したがって、靭帯の形成期間を通じて、力の印加時の繊維構造体の強度に適切に対応するため、印加する機械的な力またはひずみの強さ、持続時間、頻度、および多様性を、増加させるか、減少させるか、または一定に保つ。
【0112】
ACLを作成する場合、組織の発達中に繊維構造体に加える刺激の強さおよび組合せが正確であるほど、得られる靭帯が天然のACLに近くなる。インビボ環境に近いインビトロの機械力レジメンを作成する際に、ACLの自然の機能に関して考慮すべき点が2つある:(1)ACLに生じるさまざまな種類の動きおよび膝関節の動きに対するACLの反応、ならびに(2)靭帯が受ける機械的応力の強さ。膝構造の自然の動きから特定の組合せの機械刺激が生成され、天然のACLに伝えられる。
【0113】
膝の動きを簡単に説明すると、ACLで脛骨と大腿骨とが接続されていることにより、この2つの骨の相対的な動きに関して6つの自由度が存在する。脛骨は3つの方向に動くことができ、且つ、この3方向の各軸に対して回転できる。靭帯および関節包の繊維ならびに膝自体の表面が存在するため、膝はこれら6つの自由度の全範囲にわたって動くことがないよう制限されている(Biden et al., "Experimental Methods Used to Evaluate Knee Ligament Function," Knee Ligaments: Structure, Function, Injury and Repair, Ed. D. Daniel et al., Raven Press, pp.135-151,1990)。わずかな平行移動も可能である。ACLの付着部位は、膝関節内でACLを安定させる役割を担う。ACLは、脛骨の前方向への平行移動に対する主要な安定器として、ならびに外反-内反角形成および脛骨回転に対する二次的な安定器として機能する

。したがって、ACLは膝の6つの自由度のうち3つの安定化を担っている。結果として、ACLはこれらの安定化機能を実現するために特異的な繊維構成および全体構造が発達している。これらの条件をインビトロでシミュレートして、同様の構造および組織構成を有する組織を作製する。
【0114】
ACLが受ける機械的応力の程度も同様にまとめることができる。ACLは約400Nの繰返し荷重を1年当たり100〜200万サイクル受ける(Chen et al., J. Biomed. Mat. Res. 14: 567-586,1980)。外科置換用のACLを作製する際には、線形剛性(約182N/mm)、極限変形(ACLの100%)、および破断時のエネルギー吸収(12.8N-m)も考慮する


【0115】
下記の実施例の項に、生体外で生物工学的に作製した前十字靭帯(ACL)のプロトタイプの作製の詳細を示す。天然のACLがインビボで受ける機械刺激の一部(回転変形および線形変形)を模した機械力を組み合わせて印加し、得られた靭帯を調べて、印加した力が組織の発達に及ぼした影響を測定した。発達中の靭帯をインビトロ形成中に生理学的な負荷に曝露することによって、負荷の軸に沿った規定の配向をとり且つ軸に沿って細胞外マトリックスを産生するよう細胞が誘導された。これらの結果から、複雑な多次元の機械力をレジメンに組み込んで、天然ACLの環境に近いより複雑な負荷軸のネットワークを作ることにより、天然ACLをより忠実に模した生物工学的靭帯を作製できることが示唆される。
【0116】
印加してもよい種々の機械力としては引張り、圧縮、ねじり、および剪断などがあるが、これらに限定されることはない。膝関節の自然の動きおよび機能の過程でACLにかかる力をシミュレートするような組合せでこれらの力を印加した。このような動きとしては、冠状面および矢状面で規定される膝関節の伸展および屈曲、ならびに膝関節の屈曲などがあるが、これらに限定されることはない。最適には、印加する力の組合せは、前十字靭帯がインビボで受ける機械刺激を実験的に可能な限り正確に模する。靭帯生成過程において力の印加の具体的なレジメンを変更することは組織の発達の速度および結果に影響を及ぼすと予測され、最適条件は実験的に決定される。レジメンは以下のような変数を含み得るが、これらに限定されることはない:(1)ひずみ速度、(2)ひずみ率、(3)ひずみの種類(例えば平行移動および回転)、(4)頻度、(5)レジメン中のサイクル数、(6)異なるレジメンの数、(7)靭帯変形の極値点における持続時間、(8)力のレベル、および(9)異なる力の組合せ。広範な種々の変数が存在する。下記に示すように、印加する機械力のレジメンにより、天然の靭帯に似たらせん状の構成の繊維を得ることができる。
【0117】
天然の靭帯の繊維束はらせん状構成に配列される。付着の様式と、膝関節が約140°回転して屈曲する必要性とから、天然のACLには90℃のひねりがあり周辺部の繊維束はらせん状構成に発達する。この独特の生体力学的特徴により、ACLはきわめて高い負荷に耐えることが可能になっている。機能するACLでは、この繊維のらせん状構成によって、すべての屈曲角において前-後繊維と後-前繊維とが互いに比較的等距離に維持される。したがって、膝関節屈曲のいかなる角度においてもすべての繊維束に均等に負荷が分配され、関節の全可動範囲にわたって膝が安定する。これと同じらせん状構成を有するACLを工学的に作製するため、膝関節の屈曲と伸展との組合せをシミュレートする機械力を発達中の靭帯に印加してもよい。下記の実施例に示す実験で使用した装置は、(平行移動方向および回転方向の)ひずみおよびひずみ速度を制御できる。この装置は、成長中の靭帯に実際に印加される負荷をモニターし、モニタリングおよび負荷レジメンの増強によって靭帯を経時的に「教育する」役割を果たす。
【0118】
本発明の別の局面は、上記の方法により生物工学的に作製した前十字靭帯に関する。これらの方法により生物工学的に作製した靭帯は、作製中に印加された機械力の方向に細胞の向きおよび/または繊維構造体のクリンプパターンを有するという特徴がある。この靭帯はまた、培養中に受けた機械的荷重の軸に沿って細胞外繊維構造の成分が産生される/存在するという特徴も有する(例えば、I型およびIII型コラーゲン、フィブロネクチン、ならびにテネイシン-C タンパク質)。靭帯の繊維束は、上記のようにらせん状の構成に配列されていてもよい。
【0119】
絹繊維を基礎とするこの新規の繊維構造体を用いた上記の方法は、ACLの作製に限定されるものではなく、膝または身体の他の部位(例えば、手、手首、足首、肘、顎、および肩など)の他の靭帯および腱(例えば後十字靭帯)の作製に使用してもよい。このような靭帯および腱としては、後十字靭帯、回旋筋腱板、肘および膝の内側側副靭帯、手の屈腱、足根の外側靭帯、ならびに顎関節の腱および靭帯などがあるが、これらに限定されることはない。ヒト身体のすべての可動関節には、関節内の骨の関節端を接続する特異的な靭帯が存在する。体内の各靭帯は、その機能および環境によってもたらされる特異的な構造および構成を有する。体内のさまざまな靭帯ならびにその位置および機能は、関連内容が参照として本明細書に組み入れられるAnatomy, Descriptive and Surgical(Gray, H., Eds. Pick, T. P., Howden, R., Bounty Books, New York, 1977)に記載されている。特定の靭帯または腱が受ける物理刺激を特定しそしてこれらの刺激を模する力を組み込むことにより、体外でACLを作製するための上記の方法を応用して、体内の任意の靭帯または腱をシミュレートする生物工学的な靭帯および腱を体外で作製することができる。
【0120】
本発明の方法は、天然の靭帯または腱がインビボで受ける特異的な条件によって複数の局面が変化するため、作製対象とする靭帯または腱の具体的な種類は組織の作製前にあらかじめ決定する。細胞培養の過程において発達中の靭帯または腱に印加される機械力は、培養する靭帯または腱の具体的な種類に応じて決定される。具体的な条件は、天然の靭帯または腱ならびにその環境および機能を調べることによって決定される。インビボで靭帯または腱にかかる1つまたは複数の機械力を、繊維構造体内の細胞の培養中に繊維構造体に印加する。当業者には、天然の靭帯または腱にかかる力の一部を印加することにより、現在入手可能なものより優れた靭帯または腱を作製できることが認識されると思われる。しかし最適には、インビボのすべての力を適切な強さおよび組合せで繊維構造体に印加することにより、天然の靭帯または腱に最も近い最終産物が作製される。このような力としてはACLの作製に関して上記に説明した力が含まれるが、これに限定されることはない。印加される機械力は靭帯または腱の種類によって異なり、且つ靭帯または腱の最終的なサイズは使用するアンカーの影響を受けることから、各種類の靭帯または腱に対して、最適なアンカーの組成、サイズ、および繊維構造体への取り付け部位が当業者により決定される必要がある。繊維構造体に播種する細胞の種類は、無論、作製する靭帯または腱の種類に基づいて決定される。
【0121】
靭帯または腱を体外で作製するための上記の方法と同様の方法を用いて、他の組織型を体外で作製することも可能である。上記の方法はまた、筋肉(例えば平滑筋、骨格筋、心筋)、骨、軟骨、椎間板、および一部の種類の血管など、機能の重要部分として機械変形を伴う幅広い組織の作製に応用できる。骨髄間質細胞はこれらおよびその他の組織へと分化する能力を有する。絹を基礎とする繊維構造体または複合繊維構造体の幾何学構造は、所望の組織型の正しい解剖学的幾何学構成に容易に応用できる。例えば、絹フィブロイン繊維を円筒形チューブの中で再形成して動脈を再現してもよい。
【0122】
下記の実施例の結果から、その組織型に特異的な機械的環境を模した環境における増殖によって、適切な細胞分化が誘導され、天然の組織によく似た組織を生物工学的に作製できることが示唆される。繊維構造体の機械的変形の範囲および種類を拡張することにより、広範な組織の構造的構成を作ることができる。細胞培養環境は、培養内の組織および細胞が自然の状態で経験するインビボ環境を、天然組織中の細胞が胚から発達して成熟機能を獲得するまでの過程に沿って可能な限り正確に反映したものであってもよい。特定の組織を培養するための具体的な培養条件を設計する上で考慮すべき要因としては、繊維構造体の組成、細胞の固定方法、繊維構造体または組織のアンカー方法、印加する特異的な力、および細胞培養の培地などがあるが、これらに限定されることはない。機械刺激の具体的なレジメンは作成する組織型によって異なり、機械力の印加方法(例えば、引張りのみ 、ねじりのみ、引張りとねじりの組合せ、剪断を加えるまたは加えない、など)、力の振幅(例えば角度または伸び)、印加の頻度および持続時間、ならびに刺激期間および安静期間の持続時間を変化させることによって確立する。
【0123】
特定の組織型を体外で作製する方法は、上記のACL作製方法の応用である。構成要素には、多能性細胞、細胞が接着できる3次元繊維構造体、および、繊維構造体への取り付けに適した面を有する複数のアンカーが含まれる。多能性細胞(骨髄間質細胞など)を、繊維構造体の中に細胞を均一に固定できる手段により3次元繊維構造体に播種する。細胞の播種数も限定的なものとしてはみなされないが、繊維構造体に高密度で細胞を播種することにより組織の生成が早くなる可能性がある。
【0124】
印加する具体的な力は、天然の組織およびインビボで生じる機械刺激を調べることによって作製する各組織型について決定される。組織型は、体内におけるその組織の位置および機能によって決定される特徴的な力を受ける。例えば、軟骨はインビボにおいて剪断と圧縮/引張りとの組合せを受けることが知られている。骨は圧縮力を受ける。
【0125】
靭帯、腱、およびその他の組織を生物工学的に作製するための上記の方法に他の刺激(例えば化学的な刺激、電磁刺激)も組み込んでよい。細胞分化は環境からの化学的な刺激に影響されることが知られている。多くの場合、化学的な刺激は周囲の細胞によって生成され、その一部を挙げると、分泌される成長因子または分化因子、細胞-細胞接触、化学勾配、特異的なpHレベルなどがある。より特異的な組織型には、他のより独特の刺激が生じる(例えば心筋の電気刺激)。このような組織特異的な刺激(例えば1〜10ng/mlの形質転換成長因子ベータ1(TGF-β1))を独立にまたは適切な機械力とともに加えることは、その特異的な天然組織により近い組織への細胞分化を促進すると予測される。
【0126】
上記の方法により作製した組織により、特に損傷を受けた組織の置換または修復を目的として適合レシピエントに外科的埋植するための組織同等物が非限定的に得られる。作製した組織はまた、例えば分子的、機械的、または遺伝子的な操作に対する細胞レベルおよび組織レベルの反応をインビトロで研究するなど、正常または病的な組織機能のインビトロ研究に利用してもよい。例えば、正常細胞またはトランスフェクション細胞を基礎とする組織を用いて、生化学刺激もしくは機械刺激に対する組織反応を評価する、特定の遺伝子および遺伝子産物を過剰発現またはノックアウトさせて機能を明らかにする、または薬剤の効果を研究するなどしてもよい。そのような研究は、靭帯、腱、および組織の発達、ならびに正常および病的な機能に関してより多くの洞察を与え、ひいては、(既に確立された組織工学手法に一部基づきながら)完全に機能する組織工学的置換物をもたらすと考えられる。そのような研究はまた、細胞の分化および組織の発達に関して、ならびに、機械的な調節信号と細胞由来および外因性の生化学因子とを併用して組織の構造特性および機能特性を向上させることに関して、新たな知見をもたらすと考えられる。
【0127】
靭帯および腱などの組織を工学的に作製することはまた、組織損傷(例えばACL断裂)のリスクが高い個人から損傷前に骨髄間質細胞を採取するなどの応用ができる可能性がある。この細胞は必要時まで保管してもよく、または、適切な繊維構造体に播種し、インビトロで機械刺激下に培養し分化させてさまざまな補綴用組織を生物工学的に作成してもよい。この補綴用組織はドナーが必要とするまで保管される。生物学的なインビボ環境によりよく適合し、且つ、例えば正常且つ完全に機能する靭帯の動的平衡などを維持するために必要な生理学的負荷を提供するような、生物工学的に作製された生きた組織の補綴物を使用することにより、補綴物のレシピエントのリハビリテーション期間が数ヵ月から数週間へと短縮すると考えられる。組織があらかじめ作成され保管されていた場合は特にこのことが当てはまる。利点として、機能的活動がより迅速に回復すること、在院期間が短くなること、ならびに組織の拒絶および破断に関する問題が少なくなることなどがある。
【0128】
本発明のさらに別の局面を以下の実施例に詳しく示す。当業者には、材料および方法の両方に対して本発明から逸脱することなく多数の改変を行い得ることが明らかであると思われる。
【実施例】
【0129】
第一の実施例では、Bombyx mori種カイコの生糸(図1A)を抽出し、天然の絹フィブロインをコーティングしている糊状のタンパク質であるセリシンを除去した(図1A〜Cを参照)。1グループ当たり繊維数を適切にして並列に配置し、0.02M Na2CO3水溶液および0.3%(w/v)アイボリー石鹸液により90℃で60分間抽出し、次に水で徹底的に洗浄して糊状のセリシンタンパク質を除去した。
【0130】
絹繊維を基礎とする 構造体の機械特性を予測するため、ストランド数3のらせん状ロープ幾何学構造に対するコステロの式を導出した。導出したモデルは一連の等式である。これらの式を組み合わせると、抽出後の絹繊維の材料特性および所望の繊維構造体の幾何学的階層を考慮に入れた上で、幾何学的階層の任意のレベルに対するピッチ角の関数として繊維構造体の全体的な強度および剛性が算出される。
【0131】
単一の絹繊維の材料特性には、繊維の直径、弾性率、ポアソン比、および引張破壊強度(UTS)が含まれる。幾何学的階層は、与えられた繊維構造階層におけるツイスト階層の数として定義することが可能である。各階層(例えば、グループ、バンドル、ストランド、コード、靭帯)はさらに、互いにツイスト加工された繊維のグループの数およびツイスト加工された第一の階層の各グループにおける繊維数により定義される。このとき、第一の階層はグループ、第二の階層はバンドル、第三の階層はストランド、第四の階層はコード、第五の階層は靭帯である。
【0132】
このモデルは、複数の繊維で構成される各グループが、個々の繊維の数とそれらの固有の半径とにより決定される有効半径をもつ単繊維として機能することを前提としている。すなわち、個々の繊維間の摩擦は、比較的大きいピッチ角における役割が限られているため、このモデルでは考慮されない。
【0133】
天然ACLに近い機械特性をもたらすと計算された多数の繊維構造体の幾何学的構成のうち(表10および上記を参照)、2つの適切な幾何学構造(マトリックス1およびマトリックス2)を選んでより詳しい分析を行った。ACL置換物として使用するためコード数6の構造体を選択した。マトリックスの構成は以下のとおりである:マトリックス1: ACL補綴物1本 = 並列のコード6本; コード1本 = ツイスト加工したストランド3本(1cm当たり撚り数3回); ストランド1本 = ツイスト加工したバンドル6本(1cm当たり撚り数3回); バンドル1本 = 並列の洗浄済み繊維30本; および、マトリックス2: ACLマトリックス1本= 並列のコード6本; コード1本 = ツイスト加工したストランド3本(1cm当たり撚り数2回); ストランド1本 = ツイスト加工したバンドル3本(1cm当たり撚り数2.5回); バンドル1本 = グループ3本(1cm当たり撚り数3回); グループ1本 = 並列の抽出済み絹フィブロイン繊維15本。繊維数および幾何学構造は、この絹補綴物がUTS、線形剛性、降伏点、および破断伸び率においてACLに似た生物機械特性をもち(図10および上記を参照)、組織工学的ACLを作製するための安定した出発点として機能するように選択した。
【0134】
Fast-Trackソフトウェア搭載のInstron 8511サーボ液圧引張/圧縮システム(Instron Corp.、米国マサチューセッツ州Canton)を用いて絹フィブロインの機械特性を測定した(図1Dを参照)。単一の絹繊維、抽出後のフィブロイン、および構成したコードについて、単回引張破断分析および疲労分析を行った。特性決定を行うため、繊維およびフィブロインをマトリックス1(図2Cを参照)およびマトリックス2(図2Dを参照)の平行らせん幾何学構造に構成した。単回引張破断試験は100%/秒のひずみ速度で行った。力-伸びヒストグラムを生成し、Instron Series IXソフトウェアを用いてデータを分析した。マトリックス1およびマトリックス2はいずれも、UTS、線形剛性、降伏点、および破断伸び率においてACLと似た機械特性および疲労特性を示した(表10および図3A〜Dを参照)。
【0135】
Wavemakerソフトウェア搭載のInstron 8511サーボ液圧引張/圧縮システムを用いて、マトリックス1およびマトリックス2の単一コードに対して疲労分析を行った。コード数6のACL補綴物に対応させるためデータを外挿した(図3Bおよび3D)。コードの端をエポキシ樹脂製成形型に包埋して、アンカーの間で長さ3cmの構造体を作製した。破断繰返し数を、マトリックス1についてはUTS、1680N、および1200N(各負荷につきn=5)(図3B)、マトリックス2についてはUTS、2280N、2100N、および1800N(各負荷につきn=3)(図3D)について計算した。計算には、Wavemaker 32 version 6.6ソフトウェア(Instron Corp.)で生成した1HzのH-正弦波関数を用いた。疲労試験は、室温の中性リン酸緩衝生理食塩水(PBS)中で行った。
【0136】
SEMで判定したところ、90℃で60分後にセリシンの完全な除去が観察された(図1A〜Cを参照)。絹繊維からセリシンを除去することにより繊維の超微細構造が変化し、その結果繊維表面がより滑らかになって下層の絹フィブロインが露出した(図1A〜C)。平均直径は20〜40μmであった。フィブロインは引張破壊強度が15.2%と有意に低下していた(除去前 1.033±0.042 N/繊維、除去後 0.876±0.1 N/繊維)(p<0.05、対応のあるStudent t検定)(図1Dを参照)。最適化した絹マトリックス(図2A〜Dおよび図3A〜Dを参照)の機械特性を上記の表11ならびに図3A(マトリックス1)および図3C(マトリックス2)にまとめた。天然のACLは平均引張破壊強度(UTS)約2100N、剛性約250N/nm、降伏点約2100N、破断伸び33%であると報告されている(Woo, SL-Y, et al., The Tensile Properties of Human Anterior Cruciate Ligament(ACL)and ACL Graft Tissue in Knee Ligament: Structure, Function, Injury and Repair, 279-289, Ed. D. Daniel et al., Raven Press 1990を参照)。これらの結果から明らかなように、最適化した絹マトリックスは天然のACLに匹敵する値を示した。
【0137】
繊維構造体の疲労データを回帰分析した結果を、マトリックス1については図3B、マトリックス2については図3Dに示す。インビボにおける破断繰返し数を予測するためこの分析結果を生理学的な負荷レベル(400N)に外挿したところ、繊維構造体の寿命はマトリックス1では330万サイクル、マトリックス2では1000万サイクルより大きいことが示唆された。洗浄済み絹繊維を利用したらせん状の繊維構造体設計により、生理学的に同等な構造特性を有する繊維構造体が得られ、靭帯を組織工学に作製するための足場として適していることが確認された。
【0138】
細胞の単離と培養を含む別の実施例では、骨形成、軟骨形成、腱形成、脂質生成、および筋肉形成の細胞系への分化能を有する多能性細胞である骨髄間質細胞(BMSC)を選択した。BMSCは、適切な条件を設定することにより所望の靭帯線維芽細胞の細胞系へと分化させることができるためである


【0139】
商業ベンダー(Cambrex、メリーランド州Walkersville)により、少なくとも25歳である同意ドナーの腸骨稜の骨髄からヒトBMSCが単離された。ヒト骨髄22mlを、ヘパリン添加(1000単位/ml)生理食塩水3mlが入った25mlシリンジに無菌的に吸引した。このヘパリン添加骨髄液は、骨髄間質細胞の単離および培養を行うため、翌日着の冷却便で研究室宛に発送された。ベンダーからの到着後ただちに、この吸引液25mlを、ウシ胎仔血清(FBS)10%、可欠アミノ酸0.1mM、ペニシリン100U/ml、ストレプトマイシン(P/S)100mg/L、および塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)1ng/ml(Life Technologies、メリーランド州Rockville)を添加したダルベッコ修飾イーグル培地(DMEM)に再懸濁し、組織培養フラスコにて吸引液8〜10μl/cm2で平板培養した。培養9日目まで、この骨髄吸引液に新鮮培地を週2回添加した。組織培養プラスチックへの接着能に基づいてBMSCを選択した。接着性をもたない造血細胞は培養9〜12日以降に培地交換時に除去した。以降、週2回培地を交換した。初代培養のBMSCがほぼコンフルエントに達したら(12〜14日後)トリプシン0.25%/EDTA 1mMで剥離し、細胞密度5x103/cm2で再度平板培養した。この継代数1(P1)のhBMSCをトリプシン処理し、後に使用するため8% DMSO/10% FBS/DMEM中で冷凍した。
【0140】
凍結したP1 hBMSCを解凍し、細胞密度5x103/cm2で再度平板培養し(P2)、ほぼコンフルエントに達した後にトリプシン処理して、繊維構造体への播種に使用した。細胞-培地体積を最小にし且つ細胞-繊維構造体間の接触を高めるため、テフロンブロックで作製した専用の播種チャンバ(総容積1ml)内で、(エチレンオキシド)滅菌した絹マトリックス(具体的には、マトリックス1および2の単一コード、抽出済み絹繊維30本を並列させたバンドル、ならびにコラーゲン繊維のらせん状ロープ)に細胞を播種した。細胞スラリー(BMSC 3.3x106個/ml)とともに4時間インキュベートした播種済みのマトリックスを、適量の細胞培地の入ったペトリ皿に移し、実験期間中培養した。
【0141】
絹フィブロインの分解速度を測定するため、生理学的な増殖条件下すなわち細胞培地中における培養時間の関数として引張破壊強度(UTS)を測定した。絹繊維30本を並列させた長さ3cmのグループに抽出処理を施してhBMSCを播種し、37℃および5% CO2の環境下で21日間フィブロイン上で培養した。同時に、対照として未播種のグループも培養した。播種群および未播種群について、絹フィブロインのUTSを培養時間の関数として測定した。
【0142】
絹繊維構造体に対する骨髄間質細胞の反応も調べた。
【0143】
培養開始から1日後、BMSCは絹およびコラーゲンのマトリックスによく接着して成長しており(図7A〜Cおよび図16A)、細胞突出部を形成して近隣の繊維をブリッジングしていた。図7Dおよび図16Bに示すように、構造体を覆う均一な細胞シートがそれぞれ培養14日目および21日目に観察された。MTT分析により、培養14日後に播種したBMSCで繊維構造体が完全に覆われたことが確認された(図8A〜Bを参照)。マトリックス1(図9Aを参照)およびマトリックス2(図9Bを参照)上の細胞の全DNAを定量したところ、絹構造体上でBMSCが増殖および成長したことが確認され、それぞれ培養21日後および14日後にDNA量が最大となった。
【0144】
機械的完全性を培養期間の関数として調べたところ、この繊維数30の抽出済み絹フィブロイングループは、BMSC播種群および非播種群のいずれも21日間の培養期間にわたって機械的完全性を保っていた(図10を参照)。
【0145】
マトリックス2のコードに播種したBMSCについてRT-PCR分析を行ったところ、培養14日間にわたってI型およびIII型のコラーゲンがアップレギュレートされていた(図14)。II型コラーゲンおよび骨シアロタンパク質(それぞれ軟骨および骨に特異的な分化の指標)は、培養全期間にわたって、検出不能または無視できる程度の発現であった。14日目のリアルタイム定量RT-PCRでは、GAPDHに対して正規化したI型コラーゲン対III型コラーゲンの転写比は8.9:1であった(図17を参照)。III型コラーゲンに対するI型コラーゲンの比が高いことは、この反応が(III型コラーゲンが高レベルとなる)創傷治癒または瘢痕組織形成によるものではなく、靭帯特異的なものであることを示している。天然ACLのI型コラーゲン対III型コラーゲンの転写比は約6.6:1である(Amiel et al., Knee Ligaments: Structure, Function, Injury, and Repair, 1990)。
【0146】
さらに、バイオリアクター内での多次元機械刺激の印加が骨髄間質細胞からの靭帯形成に及ぼす影響について知見を得るため、試験を行った。バイオリアクターは、発達中の靭帯に対して、周期性の多次元のひずみ(例えば平行移動、回転など)を独立且つ並行に加えることができる。7〜14日間の静的な安静期間(播種後)の後、1〜4週間にわたって回転方向および平行移動方向のひずみ速度、ならびに線形変形および回転変形を一定に保った。BMSCを播種した絹を基礎とするマトリックスに対し、平行移動方向のひずみ(3.3〜10%、1〜3mm)および回転方向のひずみ(25%、90゜)を0.0167Hz(応力印加および緩和の完全1周期/分)で同時に印加した。対照として、機械負荷をかけないこと以外は同一条件の播種済みマトリックスとバイオリアクターとのセットを使用した。実験全期間を通じて、一定の周期性ひずみを靭帯に与えた。
【0147】
培養期間後、機械的チャレンジを行った靭帯サンプルおよび対照の(静的に維持した)靭帯サンプルについて、以下の特性を調べた:(1)全体的な組織形態学的外見(目視);(2)細胞の分布(組織切片およびMTT染色切片の画像処理);(3)細胞の形態および配向(組織学的分析);および(4)組織特異マーカーの産生(RT-PCR、免疫染色)。
【0148】
機械刺激は、BMSCおよび新たに発達した細胞外繊維構造の形態および構成、繊維構造体に沿った細胞の分布、ならびに靭帯特異的な分化カスケードのアップレギュレーションに著明な影響を及ぼす。BMSCは繊維の長軸に沿って整列し、靭帯/腱の線維芽細胞に似た回転楕円の形態を取り、靭帯/腱に特異的なマーカーをアップレギュレートさせる。新たに形成された細胞外繊維構造(すなわち細胞が産生したタンパク質の組成物)は、負荷の線および繊維構造体の長軸に沿って整列すると考えられる。機械刺激の印加は、絹を基礎とするこの新規の繊維構造体に播種されたBMSCによってバイオリアクター内で生じるインビトロの靭帯の発達および形成を促進すると考えられる。細胞および新たに形成された繊維構造体の縦方向の配向は、インビボでACLにみられる靭帯線維芽細胞と類似している(Woods et al., Amer. J. Sports Med. 19: 48-55, 1991)。さらに、I型コラーゲンの転写とIII型コラーゲンの転写の発現の比が機械刺激により正しく維持される(例えば7:1より大きい値)。このことは、瘢痕組織形成ではなく新たに形成された靭帯組織が存在することを示唆している。以上の結果から、骨髄間質細胞および絹を基礎とする新規の繊維構造体から出発してインビトロで組織工学的に靭帯を形成するうえで、機械装置とバイオリアクターとによるシステムが適切な環境(例えば多次元のひずみ)を提供すると考えられる。
【0149】
臨床に使用できるよう天然ACLの機能的同等物をインビトロで作製するため、これらの予備実験で用いた培養条件をさらに拡張して靭帯の生理学的環境をより正確に反映してもよい(例えば機械力の種類を増やすなど)。これらの方法は、生物工学的なACLの作製に限定されない。インビボで生じる適切な強さおよびばらつきの力を印加することにより、本開示の方法を用いて体内の任意の靭帯およびその他の種類の組織を体外で作製することが可能である。
【0150】
この他の態様も添付の特許請求の範囲に含まれる。
【0151】
(表1)1インチ当たり撚り数0回(すなわち並列)の繊維数10のカイコ絹ヤーンにおける、セリシン抽出の有無ならびに(i)温度および(ii)時間に対する引張破壊強度および剛性(長さ3cmのサンプルのN/mm)。最初のサンプルから2年後に反復サンプルを処理したが、特性に有意な変化はなかった。全サンプルについてN=5。

【0152】
(表2)セリシン抽出による質量減少。N=5で標準偏差±0.43%であることは、セリシン除去を確認する際の最大限の精度を反映している。すなわち、使用したこの方法には常に0.87〜1%の誤差が存在する。質量減少が約24%であれば、構造物は実質的にセリシン非含有である。

【0153】
(表3)2回目のセリシン抽出による質量変化。図1E〜1Gと対応させると、3%未満の質量減少は2回目の抽出で生じた機械的損傷によるフィブロインの質量減少を示していると考えられる。

【0154】
(表4)


【0155】
(表5)UTSおよび剛性を湿潤条件(PBS中において37℃で2時間インキュベーション)と乾燥条件とで比較した機械試験。N=5。比較結果は、湿潤試験によりUTSが約17%低下したことを示している。

【0156】
(表6)UTSおよび剛性に対するTPIの影響。N=5。

【0157】
(表7)UTSおよび剛性を大幅に低下させるような損傷をヤーンに起こすことなく最大3otpiまで使用できることを確認した、追加のTPIデータ。すべてのマトリックス(N=5/グループ)がツイスト加工されていることに注意されたい。

【0158】
(表8)機械特性に対するヤーンの階層構造の影響(すなわち、階層数および階層当たりの繊維数はヤーンおよび繊維の機械特性に有意な影響を及ぼし得る。

【0159】
(表9)抽出済み絹マトリックスの機械特性に対する表面修飾(RGD修飾およびETOガス滅菌)の影響。修飾処理中、陰性対照としてPBSを使用した。

【0160】
(表10)

2種類のコード(長さ3cm)の機械特性をヒトACLの特性と比較した。
【0161】
(表11)

ACL置換物に適した機械特性をもたらす、いくつかの幾何学的階層構造の例。注:マトリックス1および2は実施例に示したように作成した。マトリックス3は単一バンドルの補綴物となり得る。マトリックス4はストランド数2の補綴物となり得る。マトリックス5はコード数3の補綴物となり得る。マトリックス6はコード数6の補綴物の別のバリエーションである。マトリックス7はコード数12の補綴物となり得る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下を含む布:
生体適合性であり且つ非ランダムに構成されたセリシン抽出フィブロイン繊維を1つまたは複数含むヤーンであって、該フィブロイン繊維の周囲で細胞の埋植物内への増殖を促進し且つ生分解性であるヤーン。
【請求項2】
セリシン抽出フィブロイン繊維が、Bombyx mori種のカイコから得たフィブロイン繊維を含む、請求項1記載の布。
【請求項3】
セリシン抽出フィブロイン繊維が、元のタンパク質構造を保持しており且つ溶解および再構成の過程を経ていない、請求項1記載の布。
【請求項4】
非免疫原性である、請求項1記載の布。
【請求項5】
セリシン抽出フィブロイン繊維のセリシン含有量が、質量比20%未満である、請求項1記載の布。
【請求項6】
セリシン抽出フィブロイン繊維のセリシン含有量が、質量比10%未満である、請求項1記載の布。
【請求項7】
セリシン抽出フィブロイン繊維のセリシン含有量が、質量比1%未満である、請求項1記載の布。
【請求項8】
ヤーンの引張破壊強度(UTS)が、繊維当たり少なくとも0.52Nである、請求項1記載の布。
【請求項9】
ヤーンの剛性が、繊維当たり約0.27〜約0.5N/mmである、請求項8記載の布。
【請求項10】
湿潤状態での試験時にヤーンが、UTSの80%を保持する、請求項9記載の布。
【請求項11】
ヤーンの破断伸びが、約10〜約50%である、請求項9記載の布。
【請求項12】
ヤーンの引張破壊強度の約20%の負荷に対する該ヤーンの疲れ寿命が、少なくとも100万サイクルである、請求項11記載の布。
【請求項13】
ヤーンが、並列のまたは絡み合わせたセリシン抽出フィブロイン繊維を含む、請求項1記載の布。
【請求項14】
少なくとも3本の整列されたセリシン抽出フィブロイン繊維を含む、請求項13記載のヤーン。
【請求項15】
整列されたセリシン抽出フィブロイン繊維が絡み合わされている、請求項14記載のヤーン。
【請求項16】
ヤーンが、ブレード、テクスチャード加工ヤーン、ツイストヤーン、ケーブルヤーン、またはその組合せである、請求項15記載のヤーン。
【請求項17】
整列されたセリシン抽出フィブロイン繊維が、1cm当たり撚り数0〜11.8回で互いにツイスト加工またはケーブル加工されている、請求項16記載のヤーン。
【請求項18】
ヤーンを並列に配置しまたは絡み合わせたグループを含む単層の階層構造を有するヤーンをさらに含む、請求項1記載の布。
【請求項19】
グループを絡み合わせたバンドルを含む2層の階層構造を有するヤーンをさらに含む、請求項1記載の布。
【請求項20】
バンドルを絡み合わせたストランドを含む3層の階層構造を有するヤーンをさらに含む、請求項1記載の布。
【請求項21】
ストランドを絡み合わせたコードを含む4層の階層構造を有するヤーンをさらに含む、請求項1記載の布。
【請求項22】
ヤーンが、1インチ当たり撚り数30回以下でツイスト加工されている、請求項1記載の布。
【請求項23】
複数のヤーンが、絡み合わされて布が形成される、請求項1記載の布。
【請求項24】
セリシン除去フィブロインの繊維と、コラーゲン、ポリ乳酸もしくはそのコポリマー、ポリグリコール酸もしくはそのコポリマー、ポリ無水物、エラスチン、グリコサミノグリカン、および多糖からなる群より選択される1つまたは複数の分解性ポリマーとの複合体を含む、請求項1記載の布。
【請求項25】
織地、編地、たて編生地、接着布、コーテッドファブリック、ドビー、積層布、メッシュ生地、およびこれらの組合せからなる群より選択される布になるよう複数のヤーンが非ランダムに構成される、請求項20記載の布。
【請求項26】
不織布になるよう複数のヤーンが、ランダムに構成される、請求項20記載の布。
【請求項27】
布に付着された薬剤をさらに含む、請求項1記載の布。
【請求項28】
布に付着された細胞接着因子をさらに含む、請求項1記載の布。
【請求項29】
細胞接着因子が、RGDである、請求項28記載の布。
【請求項30】
ガスプラズマで処理される、請求項1記載の布。
【請求項31】
布に播種された生体細胞をさらに含む、請求項1記載の布。
【請求項32】
以下の段階を含む、布を形成する方法:
a.フィブロイン繊維を他のフィブロイン繊維と並列させまたは絡み合わせて配列してヤーンを形成する段階、
b.該繊維中のフィブロインの元の構造を実質的に変化させることなく、該フィブロイン繊維からセリシンを実質的に除去する段階、および
c.複数のヤーンを構成して布を形成する段階。
【請求項33】
並列させた絹繊維をセリシン抽出前に絡み合わせる段階をさらに含む、請求項32記載の方法。
【請求項34】
並列させた絹繊維をセリシン抽出前に絡み合わせる段階をさらに含む、請求項32記載の方法。
【請求項35】
複数のフィブロイン繊維を整列させてヤーンにする段階であって、各ヤーンが少なくとも3本の並列したまたは絡み合わせた繊維を含むヤーンである段階をさらに含む、請求項32記載の方法。
【請求項36】
各ヤーンのフィブロイン繊維が、1cm当たり撚り数0〜11.8回で互いにツイスト加工されている、請求項35記載の方法。
【請求項37】
複数のヤーンが、1cm当たり撚り数0〜11.8回で互いにツイスト加工されている、請求項32記載の方法。
【請求項38】
約50本以下の並列したまたは絡み合わせたフィブロイン繊維からセリシンが、抽出される、請求項32記載の方法。
【請求項39】
ヤーンが、1インチ当たり撚り数30以下でツイスト加工されている、請求項32記載の方法。
【請求項40】
非ランダムに構成した複数のヤーンから編地または織地を形成する段階をさらに含む、請求項32記載の方法。
【請求項41】
ランダムに構成した複数のヤーンから不織布を形成する段階をさらに含む、請求項32記載の方法。
【請求項42】
ヤーン中の繊維からセリシンを除去した後に布が形成される、請求項40および41記載の方法。
【請求項43】
ヤーン中の繊維からセリシンを除去する前に布が形成される、請求項40および41記載の方法。
【請求項44】
ヤーンが、その降伏点以下の力に曝露される、請求項40および41記載の方法。
【請求項45】
薬剤を布に付着させる段階をさらに含む、請求項32記載の方法。
【請求項46】
細胞接着因子を布に付着させる段階をさらに含む、請求項32記載の方法。
【請求項47】
RGDを布に付着させる段階をさらに含む、請求項46記載の方法。
【請求項48】
布をガスプラズマで処理する段階をさらに含む、請求項32記載の方法。
【請求項49】
布を滅菌する段階をさらに含む、請求項32記載の方法。

【図1A】
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【図1B】
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【図1C】
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【図1D】
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【図1E−G】
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【図2A】
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【図2B】
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【図2C】
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【図2D】
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【図3A】
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【図3B】
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【図3C】
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【図3D】
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【図4A】
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【図4B】
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【図4C】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11A】
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【図11B】
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【図12】
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【図13A】
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【図13B】
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【図13C】
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【図13D】
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【図13E】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【公開番号】特開2011−147790(P2011−147790A)
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−30342(P2011−30342)
【出願日】平成23年2月16日(2011.2.16)
【分割の表示】特願2006−507132(P2006−507132)の分割
【原出願日】平成16年3月11日(2004.3.11)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TEFLON
2.テフロン
【出願人】(504430695)セリカ テクノロジーズ インコーポレイティッド (5)
【出願人】(302051223)タフツ ユニバーシティー (2)
【Fターム(参考)】