説明

免疫製剤を含む脳梗塞治療用医薬品組成物

【課題】脳梗塞急性期徒過後の患者にも投与できる脳梗塞治療用医薬品組成物の提供。
【解決手段】血栓溶解薬、及び、血管内皮増殖因子(VEGF)と前記VEGFの受容体との結合を阻害する結合阻害剤を含む脳梗塞の治療用医薬品組成物である。本発明の脳梗塞の治療用医薬品組成物は、脳梗塞急性期徒過後の患者に投与される場合がある。本発明の脳梗塞の治療用医薬品組成物は、組織型プラスミノゲン・アクチベーター(t−PA)又はその誘導体を含む場合がある。本発明の脳梗塞の治療用医薬品組成物は、抗VEGF−A中和抗体又はその誘導体を含む場合がある。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳梗塞治療用医薬品組成物に関し、具体的には、血栓溶解薬、及び、血管内皮増殖因子(VEGF)と前記VEGFの受容体との結合阻害剤を含む、脳梗塞の治療用医薬品組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
脳梗塞は、脳における局所的な血流の遮断即ち虚血によって生じる。脳梗塞急性期の虚血中心部分は血流を再開しても不可逆的で細胞死に至るが、その周囲には可逆的な不完全虚血領域が存在し、特に、ペナンブラと呼ばれる。前記虚血中心部分は治療を施さない限り拡大し、ペナンブラは徐々に消失する。この結果、病理学的には脳梗塞部分が拡大され、臨床的には機能障害が生じ、最悪の場合には死に至る。脳梗塞急性期の治療目的は、前記ペナンブラでの血流を回復することである。前記回復は、虚血の程度及びその持続時間に依存する。つまり、前記ペナンブラへの血流をいかに迅速に再開させるかが脳梗塞の早期回復を決定する。
【0003】
組織型プラスミノゲン・アクチベーター(以下、「t−PA」と称することがある。)は、虚血の原因となっている血栓を溶解することによってペナンブラへの血液供給を再開させる血栓溶解療法として有効なので、脳梗塞急性期の治療薬として承認されている。しかし、脳梗塞急性期徒過後の患者へのt−PA投与は有効ではなく、むしろ脳出血の合併症と、予後の増悪とをもたらすので、脳梗塞急性期徒過後、即ち、脳梗塞の発症から3時間以上経過後の患者へのt−PAの投与は禁忌とされている。
【0004】
したがって、脳梗塞急性期徒過後の患者にも投与できる脳梗塞治療用医薬品組成物の早急な開発が望まれているのが現状である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】N.Engl. J. Med., 333:1581−1587 (1995)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、従来における前記諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、脳梗塞急性期徒過後の患者にも投与できる脳梗塞治療用医薬品組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するため、本発明者らは鋭意検討した結果、前記血栓溶解薬の脳梗塞急性期徒過後の投与による脳出血の合併症や予後の増悪は、血栓溶解薬の投与により血流が再開されると、血管内皮増殖因子(VEGF)の発現が増加し、これにより、VEGF受容体シグナル伝達系が活性化され、血管壁を構築しているタンパク質の分解が促進されることによるものであることを見出した。
そこで、前記血栓溶解薬、及び、前記VEGFと前記VEGF受容体との結合を阻害する結合阻害剤を併用することで、脳梗塞急性期徒過後、即ち、脳梗塞の発症から3時間以上経過後の患者にも前記血栓溶解薬を投与できることを知見し、本発明の完成に至った。
【0008】
本発明は、本発明者らによる前記知見に基づくものであり、前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> 血栓溶解薬、及び、血管内皮増殖因子(VEGF)と前記VEGFの受容体との結合を阻害する結合阻害剤を含むことを特徴とする、脳梗塞の治療用医薬品組成物である。
<2> 脳梗塞急性期徒過後の患者に投与されることを特徴とする、前記<1>に記載の組成物である。
<3> 前記脳梗塞急性期は脳梗塞の発症から3時間以内であることを特徴とする、前記<2>に記載の組成物である。
<4> 前記血栓溶解薬は組織型プラスミノゲン・アクチベーター(t−PA)又はその誘導体を含むことを特徴とする、前記<1>から<3>のいずれかに記載の組成物である。
<5> 前記結合阻害剤は、VEGF及び前記VEGFの受容体の少なくともいずれかと特異的に結合して、該VEGFのシグナル伝達を阻害する活性を有する、ポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体と、該抗体の抗原結合断片と、該抗原結合断片を含む組換え抗体又はキメラ抗体と、これらの誘導体と、からなるグループから選択されることを特徴とする、前記<1>から<4>のいずれかに記載の組成物である。
<6> 前記結合阻害剤はVEGF−Aと結合することを特徴とする、前記<1>から<5>のいずれかに記載の組成物である。
<7> 前記VEGF特異的結合パートナーは抗VEGF−A中和抗体又はその誘導体であることを特徴とする、前記<6>に記載の組成物である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、従来における前記諸問題を解決し、前記目的を達成することができ、脳梗塞急性期徒過後の患者にも投与できる脳梗塞治療用医薬品組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1A】図1Aは、従来のラット脳梗塞モデルの作製手順を示す模式図である。
【図1B】図1Bは、実施例1におけるラット脳梗塞モデルの作製手順を示す模式図である。
【図2A】図2Aは、血栓注入による脳梗塞発症24時間後の動物の脳冠状切片の写真である。
【図2B】図2Bは、血栓注入による脳梗塞発症の1時間後にt−PAを投与した動物の脳冠状切片の写真である。
【図2C】図2C、血栓注入による脳梗塞発症の4時間後にt−PAを投与した動物の脳冠状切片の写真である。
【図3】図3は、t−PA及び抗VEGF抗体の併用投与後にVEGFの発現が抑制されることを示すウエスタン・ブロットの結果を示す図である。
【図4A】図4Aは、血栓注入による脳梗塞発症の4時間後にt−PA及び抗VEGF抗体を併用投与したラットの発症24時間後のTTC染色脳冠状切片の脳梗塞の体積を示す棒グラフである。縦軸:脳梗塞の体積(mm)。
【図4B】図4Bは、血栓注入による脳梗塞発症の4時間後にt−PA及び抗VEGF抗体を併用投与したラットの発症24時間後のTTC染色脳冠状切片の浮腫の体積を示す棒グラフである。縦軸:浮腫の体積(mm)。
【図4C】図4Cは、血栓注入による脳梗塞発症の4時間後にt−PA及び抗VEGF抗体を併用投与したラットの発症24時間後のTTC染色脳冠状切片の脳出血量を示す棒グラフである。縦軸:脳出血量(mg/dL)。
【図4D】図4Dは、血栓注入による脳梗塞発症の4時間後にt−PA及び抗VEGF抗体を併用投与したラットの発症24時間後の運動機能スケールを示す帯グラフである。縦軸:運動機能スケール。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(脳梗塞の治療用医薬品組成物)
本発明の脳梗塞の治療用医薬品組成物は、血栓溶解薬、及び、血管内皮増殖因子(VEGF)と前記VEGFの受容体との結合阻害剤を少なくとも含み、必要に応じて、更にその他の成分を含有する。
【0012】
<血栓溶解薬>
前記血栓溶解薬としては、脳梗塞急性期の血栓溶解に適用することができれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、組織型プラスミノゲン・アクチベーター(t−PA)又はその誘導体、ウロキナーゼ、ストレプトキナーゼ、一本鎖ウロキナーゼ型プラスミノゲン・アクチベーター(u−PA)、デスモテプラーゼなどが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
これらの中でも、前記血栓溶解薬は、組織型プラスミノゲン・アクチベーター(t−PA)又はその誘導体を含むことが、血栓溶解の成功率を高めることができる点で好ましい。
前記血栓溶解薬の製造方法としては、特に制限はなく、前記血栓溶解薬の種類などに応じて適宜選択することができ、例えば、遺伝子組換え法、合成法などが挙げられる。また、市販品を用いてもよい。
前記t−PAの誘導体としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、前記t−PAに、糖鎖、オリゴヌクレオチド、ポリヌクレオチド、ポリエチレングリコール、その他の医薬品として許容される添加剤や処理剤を結合したものなどが挙げられる。また、t−PAのアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換されたものであってもよい。
前記t−PA誘導体の具体的な例としては、モンテプラーゼ、パミテプラーゼ、レテプラーゼ等の前記t−PAのアミノ酸配列において一部のアミノ酸が置換されたt−PA誘導体;テネクテプラーゼ、ラノテプラーゼ等の前記t−PAのアミノ酸配列において一部のアミノ酸が置換され、更に糖鎖が修飾されたt−PA誘導体などが挙げられる。
【0013】
前記脳梗塞の治療用医薬品組成物における、前記血清溶解薬の含有量としては、特に制限はなく、前記血清溶解薬の種類などに応じて適宜選択することができる。
【0014】
本発明における「脳梗塞急性期」とは、脳梗塞の発症の初期で、脳血流量の低下に伴う脳神経機能障害が認められるが、前記血栓溶解薬による迅速な血流再開のみによって回復可能な時期をいう。ここで、脳梗塞急性期は、一般的には脳梗塞の発症から3時間以内をいう。
【0015】
本発明における「患者」とは、ヒトを含むがヒトに限られない。
【0016】
<結合阻害剤>
前記結合阻害剤は、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)と、前記VEGF受容体との結合を阻害することができれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、前記VEGF及び前記VEGF受容体の少なくともいずれかと特異的に結合するものであることが好ましい。これにより、前記VEGFのシグナル伝達を阻害することができる。
前記結合阻害剤としては、例えば、前記VEGF及び前記VEGF受容体の少なくともいずれかと特異的に結合するレセプター又はリガンドなどが挙げられる。
前記レセプター又はリガンドとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、タンパク質、炭水化物、核酸、脂質、その他の生体高分子などが挙げられる。
【0017】
<<VEGFに特異的に結合する結合阻害剤>>
前記VEGFとは、脈管形成及び血管新生に関与する一群の糖タンパク質である。前記VEGFが、血管内皮細胞表面に存在するVEGF受容体にリガンドとして結合すると、VEGFシグナル伝達系が活性化される。脳梗塞においては、このVEGFシグナル伝達系の活性化により血管壁を構築しているタンパク質の分解が促進され、脳出血の合併症が起こることが本発明において確認された。
前記VEGFファミリーとしては、例えば、VEGF−A、VEGF−B、VEGF−C、VEGF−D、VEGF−E、胎盤増殖因子(PIGF)−1、PIGF−2などが挙げられる。VEGFファミリーのそれぞれのメンバーには、更にいくつかの亜型が存在し、例えば、ヒトのVEGF−Aには、アミノ酸数が121個(VEGF−A121)、165個(VEGF−A165)、189個(VEGF−A189)、206個(VEGF−A206)、145個(VEGF−A145)、183個(VEGF−A183)などが知られている。また、ヒトのVEGF−Bには、アミノ酸数が167個(VEGF−B167)、186個(VEGF−B186)などが知られている。
前記VEGFに特異的に結合する結合阻害剤は、前記VEGFファミリーのいずれに結合するものであってもよい。
【0018】
前記VEGFに特異的に結合する結合阻害剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、前記VEGFを認識するポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体、該抗体の抗原結合断片、該抗原結合断片を含むキメラ抗体又は組換え抗体(以下、「抗VEGF抗体など」と称することがある。)、及びこれらの誘導体からなるグループから選択される場合がある。これらの中でも、前記VEGFに特異的に結合する結合阻害剤は、モノクローナル抗体が好ましく、抗VEGF−A中和抗体が、血管新生時の血管の破綻に関与するVEGF−Aの、VEGF受容体への結合を効率よく阻害できる点でより好ましい。
【0019】
前記VEGFに特異的に結合する結合阻害剤の製造方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、遺伝子組換え法、合成法などが挙げられる。また、市販品を用いてもよい。
また、前記VEGFに特異的に結合する結合阻害剤は、前記抗VEGF抗体など、及びこれらの誘導体の少なくともいずれかそのものであってもよく、ポリエチレングリコール、その他の医薬品として許容される添加剤や処理剤等のその他の成分を結合又は添加してもかまわない。前記VEGFに特異的に結合する結合阻害剤における、その他の成分の含有量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0020】
−ポリクローナル抗体−
前記ポリクローナル抗体は、前記VEGFやこれらの断片を免疫原として、ほ乳類(例えば、マウス、ラット、ウサギ、ヒツジ又はヤギ)又は鳥類(例えば、ニワトリ)のいずれかの動物宿主に注射される。VEGFの断片を免疫原とする場合には、ウシ血清アルブミン又はスカシ貝ヘモシアニン(keyhole limpet hemocyanine)のような担体タンパク質と連結される場合に優れた免疫応答が誘発される場合がある。
前記免疫原は、1回又は2回以上のブースター免疫を取り込んだ予め定められたスケジュールに従って、前記動物宿主に注射されることが好ましい。
前記免疫原は、完全又は不完全フロイントアジュバントその他の免疫増強剤に混合して前記動物宿主に注射される場合がある。
前記ポリクローナル抗体は、かかる抗血清から、例えば適当な固体支持体に結合されたVEGFやこれらの断片を用いるアフィニティクロマトグラフィーによって精製され、VEGFと、VEGF受容体との結合が阻害されることや、この結合阻害によりVEGFシグナル伝達を阻害できることを確認されたものの場合がある。
前記ポリクローナル抗体としては、例えば、ヒト組換えVEGF165を免疫源として作製したウサギ抗ラットVEGF抗体IgG(RB−222、19kDa〜22kDa)などが挙げられる。なお、前記RB−222は、VEGF165及びVEGF121を認識することができる。
【0021】
−モノクローナル抗体−
前記モノクローナル抗体は、Kohler及びMilstein(Eur.J.Immunol.6:511−519(1976))の技術と、その改良技術を用いて調製される場合がある。これらの方法は、所望の特異性を有する抗体を産生できる不死性細胞株の調製を伴う。
前記不死性細胞株は、前記ポリクローナル抗体の製造方法と同様の方法で免疫された動物宿主由来の脾臓細胞から作製される場合がある。前記脾臓細胞は、様々な方法で不死化され、抗体産生能を有する不死化細胞株が調製される。
前記脾臓細胞は、例えば、前記免疫された動物と同種かあるいは異種の動物由来のミエローマ細胞との融合によって不死化される。当業者に周知の様々な融合技術を用いる場合がある。
【0022】
例えば、前記脾臓細胞とミエローマ細胞とは、非イオン性界面活性剤と数分間混合され、それから、ハイブリッド細胞の増殖は支持するがミエローマ細胞の増殖は支持しない選択培地に低濃度でプレートされる。好ましい選択技術は、HAT(ヒポキサンチン、アミノプテリン、チミジン)選択を用いる。通常約1週間〜2週間の十分な時間の後、ハイブリッドのコロニーが観察される。シングルコロニーが選択され、該シングルコロニーは、HAT(ヒポキサンチン、アミノプテリン、チミジン添加培地)等の培地で培養され、その培養上清が、前記VEGFやこれらの断片に対する結合活性についてテストされ、更に、前記VEGFと、VEGF受容体との結合が阻害されることや、この結合阻害によりVEGFシグナル伝達を阻害する活性についてもテストされる。反応性及び特異性が高いハイブリドーマが好ましい。限界希釈法によるクローニングを繰り返すことにより、反応性及び特異的が高い抗体を安定的に大量に産生するハイブリドーマのクローンが選択される。モノクローナル抗体は増殖中の選択されたハイブリドーマクローン由来の細胞株のコロニーの上清から単離される場合がある。
更に、マウスのような適当な脊椎動物宿主の腹腔内に前記ハイブリドーマ細胞株を注射するような、収率を向上させるための様々な技術が用いられる場合がある。
前記モノクローナル抗体は、前記ハイブリドーマ細胞腹水又は血液から回収される場合がある。細胞屑由来の不純タンパク質等の汚染物は、クロマトグラフィー、ゲルろ過、沈殿及び抽出のような従来技術によって前記抗体から除去される場合がある。
【0023】
また、前記モノクローナル抗体は、例えば、前記VEGFに対するマウスモノクローナル抗体を遺伝子組み換えによってヒト化したベバシズマブ(Bevacizumab)、前記ベバシズマブのFabフラグメントであり、前記VEGFとの結合が更に強くなるように遺伝子改変が行われたラニビズマブ(Ranibizumab)等のモノクローナル抗体製剤の抗VEGF−A中和抗体などが挙げられる。前記モノクローナル抗体製剤は、既に悪性腫瘍に対して臨床応用され、ヒトに対する安全性が確認されている。
【0024】
−抗原結合断片−
前記抗体の抗原結合断片は、抗原結合に関与する抗体の部分を指す。前記抗原結合部位は、重(H)鎖及び軽(L)鎖のN末端の可変(V)領域のアミノ酸残基によって形成される。
前記抗体の抗原結合断片は、それぞれタンパク質分解酵素パパイン又はペプシンでインタクトなポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体を分解して得られるFab断片又はF(ab’)2断片の他、天然抗体分子の抗原認識能及び結合能の多くを保持する抗原結合部位を含む非共有結合的なVH及びVL領域のヘテロ2量体を含むFv断片を含む。
【0025】
−組換え抗体−
前記組換え抗体は、適当な細菌宿主への形質転換や、適当なほ乳類細胞宿主へのトランスフェクションなどを含む抗体遺伝子の発現クローニングによって調製される場合がある。
また、前記組換え抗体は、例えば、原核生物及び真核生物由来の遺伝子発現システムを用いて大量に調製することができる。
【0026】
−キメラ抗体−
前記キメラ抗体は、前記組換え抗体の抗原結合部位がVEGFと特異的に結合できるように同種又は異種の抗体の定常ドメインによって支持された融合タンパク質である。
前記キメラ抗体には、抗体軽鎖可変領域(VL)に操作可能に連結された抗体重鎖可変領域(VH)を含む短鎖可変部抗体(scFv)と、ラクダ科(Camelidae、ラクダ、ヒトコブラクダ、ラマを含む)の動物が産生する軽鎖がないIgGのクラスであるラクダ重鎖抗体(HCAb)又はその重鎖可変部ドメイン(VHH)とを含む。
【0027】
−誘導体−
前記VEGFと前記VEGF受容体との結合阻害活性を有する前記抗VEGF抗体などの誘導体としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、前記抗VEGF抗体などに、糖鎖、オリゴヌクレオチド、ポリヌクレオチド、ポリエチレングリコール、その他の医薬品として許容される添加剤や処理剤等を結合したものなどが挙げられる。
【0028】
前記抗VEGF抗体などの誘導体の具体的な例としては、前記VEGF遺伝子のエクソン7部分に結合し、前記VEGFの生成を阻害するRNAアプタマーのペガプタニブなどが挙げられる。
【0029】
また、前記抗VEGF抗体などに、糖鎖、オリゴヌクレオチド、ポリヌクレオチド、ポリエチレングリコール、その他の医薬品として許容される添加剤や処理剤を添加したものであってもよい。
これらの糖鎖、オリゴヌクレオチド、ポリヌクレオチド、ポリエチレングリコール、添加剤や処理剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0030】
<<VEGF受容体に特異的に結合する結合阻害剤>>
前記VEGF受容体(VEGFR)とは、受容体型チロシンキナーゼの一種であり、リガンドである前記VEGFによる血管内皮細胞の増殖や遊走の促進などの作用の発現に関与している。
VEGF受容体には、VEGFR−1(Flt−1と称することがある。)、VEGFR−2(KDR、Flk−1と称することがある。)、VEGFR−3(Flt−4と称することがある。)、可溶性VEGFR−1、可溶性VEGFR−2、可溶性VEGFR−3などが知られている。前記VEGFファミリーは、それぞれ決まった受容体に結合し、VEGF−AはVEGFR−1及びVEGFR−2に、VEGF−B、PlGF−1、及びPlGF−2はVEGFR1に、VEGF−C及びVEGF−DはVEGFR−2及びVEGFR−3に、VEGF−EはVEGFR2に結合する。
前記VEGF受容体に特異的に結合する結合阻害剤は、前記VEGF受容体のいずれに結合するものであってもよい。
【0031】
前記VEGF受容体に特異的に結合する結合阻害剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、前記VEGFのアナログ、VEGFの拮抗阻害剤、VEGF受容体を認識するポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体、該抗体の抗原結合断片、該抗原結合断片を含むキメラ抗体又は組換え抗体(以下、「抗VEGFR抗体など」と称することがある。)、及びこれらの誘導体からなるグループから選択される場合がある。これらの中でも、前記VEGF受容体に特異的に結合する結合阻害剤は、モノクローナル抗体が好ましく、抗VEGFR−1中和抗体、抗VEGFR−2抗体がより好ましい。
【0032】
前記VEGF受容体に特異的に結合する結合阻害剤の製造方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、遺伝子組換え法、合成法などが挙げられる。また、市販品を用いてもよい。
また、前記VEGF受容体に特異的に結合する結合阻害剤は、前記抗VEGFR抗体など、及びこれらの誘導体の少なくともいずれかそのものであってもよく、ポリエチレングリコール、その他の医薬品として許容される添加剤や処理剤等のその他の成分を結合又は添加してもかまわない。前記VEGF受容体に特異的に結合する結合阻害剤における、その他の成分の含有量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0033】
−ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、抗原結合断片−
前記ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、及び抗原結合断片は、VEGF受容体や、これらの断片を免疫原として、前記VEGFを認識するポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、及び抗原結合断片と同様の方法で製造することができる。
【0034】
−組換え抗体−
前記組換え抗体は、前記VEGFを認識する組換え抗体と同様の方法で製造することができる。
【0035】
−キメラ抗体−
前記キメラ抗体は、前記組換え抗体の抗原結合部位がVEGF受容体と特異的に結合できるように同種又は異種の抗体の定常ドメインによって支持された融合タンパク質であること以外は、前記VEGFを認識するキメラ抗体と同様の抗体などが挙げられる。
【0036】
−誘導体−
前記VEGFと前記VEGF受容体との結合阻害活性を有する前記抗VEGFR抗体などの誘導体としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、前記抗VEGF抗体などに、糖鎖、オリゴヌクレオチド、ポリヌクレオチド、ポリエチレングリコール、その他の医薬品として許容される添加剤や処理剤等を結合したものなどが挙げられる。
【0037】
また、前記抗VEGF抗体などに、糖鎖、オリゴヌクレオチド、ポリヌクレオチド、ポリエチレングリコール、その他の医薬品として許容される添加剤や処理剤を添加したものであってもよい。
前記添加剤、処理剤、糖鎖、オリゴヌクレオチド、ポリヌクレオチド、ポリエチレングリコールなどは、前記抗VEGF抗体などと同様のものなどが挙げられる。
これらの糖鎖、オリゴヌクレオチド、ポリヌクレオチド、ポリエチレングリコール、添加剤や処理剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0038】
前記脳梗塞の治療用医薬品組成物における、前記結合阻害剤の含有量としては、特に制限はなく、前記結合阻害剤の種類などに応じて適宜選択することができる。
【0039】
<その他の成分>
前記その他の成分としては、特に制限はなく、薬理学上許容される担体の中から投与方法や剤型などに応じて適宜選択することができる。
例えば、前記脳梗塞の治療用組成物が、経口固形剤として用いられる場合、乳糖、白糖、塩化ナトリウム、ブドウ糖、デンプン、炭酸カルシウム、カオリン、微結晶セルロース、珪酸等の賦形剤;水、エタノール、プロパノール、単シロップ、ブドウ糖液、デンプン液、ゼラチン液、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、メチルセルロース、エチルセルロース、シェラック、リン酸カルシウム、ポリビニルピロリドン等の結合剤;乾燥デンプン、アルギン酸ナトリウム、カンテン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド、乳糖等の崩壊剤;精製タルク、ステアリン酸塩、ホウ砂、ポリエチレングリコール等の滑沢剤;酸化チタン、酸化鉄等の着色剤;白糖、橙皮、クエン酸、酒石酸等の矯味/矯臭剤などが挙げられる。
例えば、前記脳梗塞の治療用組成物が、経口液剤として用いられる場合、白糖、橙皮、クエン酸、酒石酸等の矯味/矯臭剤;クエン酸ナトリウム等の緩衝剤;トラガント、アラビアゴム、ゼラチン等の安定化剤などが挙げられる。
例えば、前記脳梗塞の治療用組成物が、注射剤として用いられる場合、クエン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、リン酸ナトリウム等のpH調節剤及び緩衝剤;ピロ亜硫酸ナトリウム、EDTA、チオグリコール酸、チオ乳酸等の安定化剤;塩化ナトリウム、ブドウ糖等の等張化剤;塩酸プロカイン、塩酸リドカイン等の局所麻酔剤;DMSO(ジメチルスルホキシド)、ポリエチレングリコール等の界面活性剤などが挙げられる。
また、前記脳梗塞の治療用組成物は、糖鎖、オリゴヌクレオチド、ポリヌクレオチドなどを含有していてもよい。これらは、前記結合阻害剤と同様のものなどを用いることができる。これらの糖鎖、オリゴヌクレオチド、ポリヌクレオチド、ポリエチレングリコール、添加剤や処理剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
前記脳梗塞の治療用医薬品組成物における前記その他の成分の含有量としても、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0040】
<投与>
前記脳梗塞の治療用医薬品組成物の投与時期としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、脳梗塞発症後3時間以降が好ましく、3時間〜6時間がより好ましい。前記脳梗塞の治療用医薬品組成物は、脳梗塞急性期徒過後の患者に対しても投与でき、更に前記血栓溶解薬の投与による脳出血の合併症や予後の増悪を改善できる点で有利である。
前記脳梗塞の治療用医薬品組成物の投与方法としては、特に制限はなく、該脳梗塞の治療用医薬品組成物における、前記血栓溶解薬や前記結合阻害剤の種類や含有量などに応じて適宜選択することができ、例えば、経口投与法、注射による方法、吸入による方法などが挙げられる。
前記脳梗塞の治療用医薬品組成物の投与量としても、特に制限はなく、投与対象個体の年齢、体重、体質、症状、他の成分を有効成分とする医薬の投与の有無など、様々な要因を考慮して適宜選択することができる。
前記投与対象となる動物種としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ヒト、サル、ブタ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコ、マウス、ラット、トリなどが挙げられるが、これらの中でもヒトに好適に用いられる。
【0041】
前記脳梗塞の治療用医薬品組成物における、前記血栓溶解薬と、前記結合阻害剤とは、同時に併用して投与されてもよく、別々に投与されてもよい。
前記血栓溶解薬がt−PAである場合、該t−PAによって活性化されるプラスミンがVEGFのプロセッシングに関与するため、t−PAの投与に先立って結合阻害剤を脳内に送達しておくことは、前記VEGFと前記VEGF受容体との結合をより強く阻害すること、これにより、前記VEGFのシグナル伝達をより強く阻害することにつながる。したがって、結合阻害剤を投与した後にt−PAを投与する場合もある。
【0042】
前記血栓溶解薬の投与量及び投与方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、各医薬製造メーカーの指示に従った投与量及び投与方法が好ましい。
例えば、前記血栓溶解薬が、前記t−PA製剤の1つであるアルテプラーゼである場合、その投与量及び投与方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、0.6mg/kg〜0.9mg/kgであり、上限としては、1個体当たり60mg〜90mgを、静脈内投与する方法などが挙げられる。具体的には、全投与量の10%を1分間〜2分間のボーラス投与で、残り90%を1時間の点滴投与で静脈内注射する方法などが挙げられる。
【0043】
前記結合阻害剤の投与量及び投与方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、各医薬製造メーカーの指示に従った投与量及び投与方法が好ましい。
例えば、前記結合阻害剤が、前記抗VEGF−A中和抗体又はその誘導体である場合、5mg/kg〜10mg/kgを静脈内投与する方法が好ましい。
また、前記抗VEGF−A中和抗体が、ベバシズマブである場合、5mg/kg〜10mg/kgを生理食塩水100mLに溶解し、90分間かけて静注投与することが好ましい。
【0044】
前記脳梗塞の治療用医薬品組成物における、前記血栓溶解薬と、前記結合阻害剤とが、同時に投与される場合、前記組成物の投与量及び投与方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、前記組成物における前記血栓溶解薬及び前記結合阻害剤の種類、含有量などに応じて、適宜選択することができる。
【0045】
<用途>
前記脳梗塞の治療用医薬品組成物は、脳梗塞急性期徒過後の患者にも投与でき、脳出血の合併症や予後の増悪を改善できるため、脳梗塞の治療に好適に利用可能である。
前記脳梗塞の治療においては、血栓溶解薬を投与するステップと、該血栓溶解薬を投与するステップと同時に、あるいは、先だって、前記結合阻害剤を投与するステップとを含む治療方法を用いることが好ましい。
【実施例】
【0046】
以下に本発明の実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。なお、以下の実施例は、新潟大学動物実験倫理委員会によって承認された後に実施された。
【0047】
(実施例1:ラット脳梗塞モデルの作製)
<実験動物>
ラット脳梗塞モデルを作製するためにスプラーグ−ドーリーラット(オス、8週齢、日本チャールス・リバー株式会社より入手)を用いた。
【0048】
<ラット脳梗塞モデルの作製>
図1A及び図1Bを参照して、本願発明のラット脳梗塞モデルの作製方法を説明する。
従来の中大脳動脈閉塞モデルでは、外頸動脈(ECA)1と総頸動脈(CCA)3の分岐部、若しくは外頚動脈(ECA)1から中大脳動脈(MCA)2起始部にナイロン糸を侵入させて中大脳動脈を閉塞させていた(図1A)。
しかし、血栓溶解療法の治療可能時間を超えて血栓溶解薬を投与することによる脳出血併発を再現させるために、本実施例では、図1Bに示すラット脳塞栓モデルを作製した。血栓は、ラットの自家血液及びトロンビンを、直径0.35mmのポリエチレンチューブカテーテル(PE−50、ベクトン・ディクティンソン社製)中でゲルとして凝固させ、終夜放置後、1mmの長さに切断された。前記血栓は、前記カテーテルを用いて、1質量%〜1.5質量%のハロタン麻酔下でラットの外頸動脈(ECA)1から中大脳動脈(MCA)2に注入された。その後、血栓注入前と、血栓注入の30分間後又は24時間後に、レーザードップラー血流計(AFL21、株式会社アドバンス製、東京)を用いて脳表血流値(CBF)が測定された。脳表血流値が血栓注入前と比べて50%未満の動物を以下の実験でラット脳梗塞モデル動物として用いた。
【0049】
<栓溶解療法>
ラット脳梗塞モデルに対する血栓溶解療法には、血栓溶解薬であるt−PA(アルテプラーゼ、田辺三菱製薬株式会社製)が、血栓注入の1時間又は4時間後に大腿静脈に30分間静注された(10mg/kg、10%ボーラス投与及び90%点滴投与)。
【0050】
<TTC染色>
血栓注入の24時間後にハロタン過剰投与で安楽死させたラットにPBSを潅流して、非固定の脳冠状切片が作製された。前記脳冠状切片は、37℃で15分間、2質量%トリフェニルテトラゾリウム塩(TTC)を含むPBS(pH7.4)中でTTC染色され、スキャナー(CanoScaner、Canon社製)を用いて走査された。
脳梗塞及び浮腫の体積は、Swanson、R.A.ら(J. Cereb. Blood Flow Metab.、10:290−293(1990))に基づいて算出された。
【0051】
<結果>
図2A〜図2Cは、t−PA投与の脳梗塞軽減効果と、脳出血惹起効果とを示す脳冠状切片の写真である。黒色部分は、健常組織を示し、白色部分は、脳梗塞部分を示す。
血栓注入後t−PAを投与せずに24時間経過すると、術側大脳に広範な脳梗塞が観察された(図2A)。
血栓注入の1時間後にt−PAを投与すると、t−PA非投与動物と比較して脳梗塞部分の縮小が観察された(図2B)。
しかし、血栓注入の4時間後にt−PAを投与すると、1時間後にt−PAを投与した動物と比較して、脳梗塞部分の拡大と、前記部分での出血とが観察された(図2C)。
以上の結果から、前記ラット脳梗塞モデルは、ヒトにおける脳梗塞急性期徒過後のt−PA投与に伴う、脳出血合併症と脳梗塞の増悪とを再現できることが示された。
【0052】
(実施例2:抗VEGF抗体を用いたVEGFの発現抑制)
ヒトにおける脳梗塞急性期徒過後のt−PA投与に伴う、脳出血合併症と、脳梗塞の増悪とを抑制又は軽減するために、100μgのウサギ抗ラットVEGF抗体IgG(RB−222、Lab Vision−Neomarkers社製、以下、「抗VEGF抗体」と称することがある。)がt−PAとともにボーラス投与された。対照実験では、100μgのウサギ抗ヒトIgG(R5G10−048、OEM Concepts社製、以下、「対照抗体」と称することがある。)がt−PAとともにボーラス投与された。
【0053】
<ウエスタン・ブロット法>
ウエスタン・ブロット法は、全細胞抽出液をサンプルとして用いてShimohata、 T.ら(J. Cereb. Blood Flow Metab.,27:1463−1475 (2007))に記載の方法に従って実施された。
VEGFの検出には、1次抗体として抗VEGF抗体(SC−152、Santa Cruz Biotechnologies社製、希釈比1:200)が、2次抗体としてペルオキダーゼ・コンジュゲート抗ウサギIgG抗体(希釈比1:10,000)が用いられた。
また、適用されたタンパク質の量がどのサンプルでも均一であることを確認するために、前記1次抗体及び前記2次抗体を除去した後のブロッティング膜に、抗β−アクチン抗体(SC−1616、Santa Cruz Biotechnologies社製、希釈比1:2,000)及び前記2次抗体を反応させてβ−アクチンが検出された。
【0054】
<結果>
図3は、t−PA及び抗VEGF抗体の併用投与後に、VEGFの発現が抑制されたことを示すウエスタン・ブロット図である。
レーン1は、血栓注入による脳梗塞発症を行わなかった動物のサンプルを示し、レーン2は、血栓注入による脳梗塞発症を行わないでt−PA及び対照抗体を投与した動物のサンプルを示し、レーン3は、血栓注入による脳梗塞発症の1時間後に対照抗体のみを投与した動物のサンプルを示し、レーン4は、血栓注入による脳梗塞発症の1時間後にt−PA及び対照抗体を投与した動物のサンプルを示し、レーン5は、血栓注入による脳梗塞発症の1時間後にt−PA及び抗VEGF抗体を併用投与した動物のサンプルを示し、レーン6は、血栓注入による脳梗塞発症の4時間後にt−PA及び対照抗体を投与した動物のサンプルを示し、レーン7は、血栓注入による脳梗塞発症の4時間後にt−PA及び抗VEGF抗体を併用投与した動物のサンプルを示す。
【0055】
レーン3及びレーン4では、VEGFの発現が観察された。レーン6では、非常に多くのVEGFの発現が観察された。一方、レーン1、レーン2、レーン5、及びレーン7では、ほとんどVEGFの発現は観察されなかった。
これらのレーンで検出されたVEGF量の相違は、β−アクチンの量の相違とは全く相関しなかった。レーン3、レーン4、及びレーン5の比較から、血栓注入による脳梗塞発症の4時間後にt−PAを投与すると、VEGFの発現量が非常に増大したことがわかった。また、レーン4とレーン5との比較、並びに、レーン6とレーン7との比較によって、t−PA及び抗VEGF抗体の併用投与は、VEGFの発現を顕著に抑制したことがわかった。
【0056】
虚血性血管内皮細胞障害と、その後の脳血液関門の機能不全とがt−PA投与後の脳出血に関係することが知られている。また、VEGFは、MMP−9を活性化し、活性化されたMMP−9は、ゾナオクルデンス−1や基底膜IV型コラーゲンのような脳血液関門に関与するタンパク質を分解することが知られている。したがって、理論的に拘泥するわけではないが、t−PA及び抗VEGF抗体の併用投与の作用機序は、脳梗塞急性期徒過後のt−PA投与によるVEGFの増加を抑制することによって、MMP−9活性化のような脳血液関門の機能不全を防止して、脳出血を予防することで説明できる可能性がある。
【0057】
(実施例3:t−PA及び抗VEGF抗体の併用投与の影響評価)
t−PA及び抗VEGF抗体の併用投与は、実施例2で説明されたとおり実施された。血栓注入による脳梗塞発症から4時間後のt−PA及び抗VEGF抗体の併用投与の効果は、血栓注入による脳梗塞発症の24時間後のTTC染色脳冠状切片の、脳梗塞の体積、浮腫の体積、脳出血量、及び運動機能スケールを測定して評価された。
前記TTC染色脳冠状切片の、脳梗塞の体積及び浮腫の体積は、Swanson、R.A.ら(J. Cereb. Blood Flow Metab.、10:290−293(1990))に基づいて算出され、統計的有意性は、ANOVA(分散分析)にて検証され、事後比較(post hoc比較)は、Tukey法で行った。
脳出血量は、分光光度計で術側脳組織1dL当たりのヘモグロビン濃度(単位:g/dL)が測定された。
運動機能スケールは、Andersen、M.ら(Stroke、30: 1464−1471(1999))に基づいて5段階で評価された(段階0:運動障害なし、段階1:術側と反対側の前肢の屈曲、段階2:麻痺側へ身体を押し動かすことへの抵抗力の減少、段階3:麻痺側への自発的な回転、段階4:死亡)。運動機能スケールを比較する際の統計的有意性は、ANOVA(分散分析)にて検証され、事後比較(post hoc比較)はTukey法で行った。
【0058】
<脳梗塞及び浮腫の体積と、脳出血量との結果>
図4A〜図4Cは、それぞれ、血栓注入による脳梗塞発症の24時間後のTTC染色脳冠状切片の、脳梗塞の体積、浮腫の体積、及び脳出血量を示す棒グラフである。白色の棒は、血栓注入による脳梗塞発症の4時間後に対照抗体のみを投与した群で、黒色の棒は、血栓注入による脳梗塞発症の4時間後にt−PA及び対照抗体を投与した群で、灰色の棒は、血栓注入による脳梗塞発症の4時間後にt−PA及び抗VEGF抗体を投与した群である。各群の個体数は6であった。
これらの結果から、t−PA及び抗VEGF抗体の併合投与は、t−PA及び抗VEGF抗体を投与した場合に比べて脳梗塞及び浮腫の体積を低減することはできなかったが、脳出血量を低減することはできた(P=0.013)。
【0059】
<運動機能スケール評価結果>
図4Dは、血栓注入による脳梗塞発症の24時間後の運動機能スケールを示す帯グラフである。帯の異なる色の部分は、5段階のそれぞれの個体数を表す。左側の帯は、血栓注入による脳梗塞発症の4時間後に対照抗体のみを投与した群(個体数23)を示し、中央の帯は、血栓注入による脳梗塞発症の4時間後にt−PA及び対照抗体を投与した群(個体数20)を示し、右側の帯は、血栓注入による脳梗塞発症の4時間後にt−PA及び抗VEGF抗体を投与した群(個体数12)を示す。
左側の帯と中央の帯との比較から、脳梗塞発症の4時間後にt−PA及び対照抗体を投与した群は、対照抗体のみを投与した群より予後が悪かった。この結果から、前記ラット脳梗塞モデルが、ヒトにおける脳梗塞急性期徒過後のt−PA投与に伴う、脳出血合併症と脳梗塞の増悪とを再現することを確認できた。
中央の帯と右側の帯との比較から、t−PA及び抗VEGF抗体の併合投与は、t−PA及び対照抗体の併合投与より予後が改善された(P=0.0001)。更に、左側の帯と右側の帯との比較から、t−PA及び抗VEGF抗体の併合投与は、対照抗体のみの投与よりも予後が改善された(P=0.045)。
なお、t−PA及び抗VEGF抗体を併合投与されたラット個体を病理学的に剖検したところ、抗原抗体複合体の存在は肝臓、膵臓及び腎臓に認められなかった。
【0060】
以上の実験結果から、t−PA及び抗VEGF抗体の併用投与は、脳梗塞を発症した患者において、t−PAを投与するまでの時間を従来よりも延長することができ、かつ、脳出血合併症を予防しつつ運動機能及び生存割合を改善できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明の脳梗塞の治療用医薬品組成物は、脳梗塞急性期徒過後の患者にも投与できるため、脳梗塞の治療に好適に利用可能である。
【符号の説明】
【0062】
1 外頸動脈(ECA)
2 中大脳動脈(MCA)
3 総頸動脈(CCA)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血栓溶解薬、及び、血管内皮増殖因子(VEGF)と前記VEGFの受容体との結合を阻害する結合阻害剤を含むことを特徴とする、脳梗塞の治療用医薬品組成物。
【請求項2】
脳梗塞急性期徒過後の患者に投与されることを特徴とする、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記脳梗塞急性期は脳梗塞の発症から3時間以内であることを特徴とする、請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
前記血栓溶解薬は組織型プラスミノゲン・アクチベーター(t−PA)又はその誘導体を含むことを特徴とする、請求項1から3のいずれかに記載の組成物。
【請求項5】
前記結合阻害剤は、VEGF及び前記VEGFの受容体の少なくともいずれかと特異的に結合して、該VEGFのシグナル伝達を阻害する活性を有する、ポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体と、該抗体の抗原結合断片と、該抗原結合断片を含む組換え抗体又はキメラ抗体と、これらの誘導体と、からなるグループから選択されることを特徴とする、請求項1から4のいずれかに記載の組成物。
【請求項6】
前記結合阻害剤はVEGF−Aと結合することを特徴とする、請求項1から5のいずれかに記載の組成物。
【請求項7】
前記VEGF特異的結合パートナーは抗VEGF−A中和抗体又はその誘導体であることを特徴とする、請求項6に記載の組成物。

【図1A】
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【図1B】
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【図2A】
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【図2B】
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【図2C】
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【図3】
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【図4A】
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【図4B】
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【図4C】
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【図4D】
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【公開番号】特開2011−46684(P2011−46684A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−124374(P2010−124374)
【出願日】平成22年5月31日(2010.5.31)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 新潟県医師会報 平成21年1月号 通巻 第706号 新潟県医師会会長 佐々木 繁 平成21年1月28日発行
【出願人】(304027279)国立大学法人 新潟大学 (310)
【Fターム(参考)】