説明

免疫調節剤および免疫調節食品

【課題】 免疫系に直接作用し、低下した免疫機能を高めたり、またそのバランスを好ましい状態にすることのできる乳酸菌を見出し、これを有効成分とする免疫調節剤や免疫調節食品を提供すること。
【解決手段】 ラクトバチルス・ロイテリに属し、以下の性質を有する微生物を有効成分とする免疫調節剤。
(1)ロイテリンを産生する
(2)湿菌体1g当たり、250U以上のデハイドラターゼ活性を示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低下した生体の免疫活性を高め、正常化する免疫調節剤および免疫調節食品に関し、更に詳細には、免疫活性を賦活することにより、例えば、サルモネラ菌などの食中毒菌の感染を予防、治療することができ、また、ヘルパーT細胞のTh1/Th2バランスを調整する効果をも有する免疫調節剤および免疫調節食品に関する。
【背景技術】
【0002】
免疫活性は、生体の防御機能として重要な役目を果たしているが、現代人は、不規則な生活、ストレス、過剰な清潔志向といったライフスタイルの変化が原因で、免疫力に変調をきたしていると言われている。その例として、近年の結核菌感染者の増加や大腸菌0157、サルモネラなどを原因とする食中毒発生の増加など、感染症に対するバリアーが低くなる一方、花粉症をはじめとするアレルギー疾患も増加しており、現代人の免疫力を正常化することが大きな課題となっている。
【0003】
感染症のうち、サルモネラ菌によるものは、ヒトの急性胃腸炎として最も重要なものの一つであり、その症状は、悪寒、高熱、嘔吐、下痢、腹痛等を伴い、感染後数時間から24時聞後に発症し、その症状は一般に重く、回復が遅いという特徴がある。この疾患に対する治療法は、通常、抗生物質の投与であるが、抗生物質の投与には副作用のおそれがあり、また、耐性菌の出現も予想されるため好ましくない。
【0004】
そこで、このような病原菌による感染症を予防するため、あらかじめ生体の免疫力を向上させることが検討されている。このように免疫力を向上させるために使用する免疫賦活剤としては、種々の天然成分が検討されており、その一つとして微生物あるいはその成分の使用が広く行われている。
【0005】
ところで、免疫賦活のために使用される微生物は、それ自体が安全性を有するものである必要があり、古くから発酵食品の製造に使用されている乳酸菌が注目されつつある。この乳酸菌の使用に関しては、例えばラクトバチルス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)を経口投与する食中毒菌感染予防(特許文献1)や、ラクトバチルス・プランタラムと茶抽出物と組み合わせた発酵生成物の形で投与する方法(特許文献2)が知られている。
【0006】
しかし、これらは経ロ摂取あるいは経口投与により、免疫機能に直接作用して食中毒菌感染を予防および/または治療するものとはいえず、直接免疫系に作用し、免疫機能を高めたり、好ましいバランスにする免疫調節機能を有する乳酸菌の提供が求められている。
【0007】
【特許文献1】特表平11−502703号公報
【特許文献2】特開平11−4665号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って本発明は、免疫系に直接作用し、低下した免疫機能を高めたり、またそのバランスを好ましい状態にすることのできる乳酸菌を見出し、これを有効成分とする免疫調節剤や免疫調節食品の提供をその課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、特定の性質を有するラクトバチルス・ロイテリ(Lactobacillus reuteri)に属する微生物は、これを経口投与することにより、免疫機能を高めることができ、サルモネラ菌等による食中毒を予防することができ、また、Th1/Th2のバランスを正常化させることも可能であることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち本発明は、ラクトバチルス・ロイテリに属し、以下の性質を有する微生物を有効成分とする免疫調節剤である。
(1)ロイテリンを産生する
(2)湿菌体1g当たり、250U以上のデハイドラターゼ(Dehydratase)活性を示す。
【0011】
また本発明は、上記性質を有するラクトバチルス・ロイテリに属する微生物を有効成分とする免疫調節食品である。
【発明の効果】
【0012】
本発明の免疫調節剤および免疫調節食品の有効成分である微生物は、乳酸菌であるラクトバチルス・ロイテリに属するものであり、安全性の高いものである。
【0013】
従って、上記微生物を有効成分とする免疫調節剤や免疫調節食品を摂取することにより、低下した免疫機能を回復し、正常化して疾病を予防、治療することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の免疫調節剤および免疫調節食品(以下、「免疫調節剤等」ということがある)の有効成分である微生物は、乳酸菌であるラクトバチルス・ロイテリに属するものであり、以下の性質を有するものである。
【0015】
(1)ロイテリンを産生する
(2)湿菌体1g当たり、250U以上のデハイドラターゼ活性を示す。
【0016】
上記の性質を有するラクトバチルス・ロイテリに属する微生物(以下、「本発明乳酸菌」ということがある)は、ラクトバチルス・ロイテリに属する微生物を、例えば、次のスクリーニング法に付すことによりデハイドラターゼ活性を調べ、これからその活性が湿菌体1g当たり、250U以上のものを選抜することにより取得することができる。
【0017】
デハイドラターゼ活性の測定法:
デハイドラターゼ活性の測定は3−メチル−2−ベンゾチアゾリンヒドラゾン(3-methyl-2-benzothiazolinonehydrazone ;MBTH)法を用いて行った(Toraya, T., K. Ushio, S. Fukui, and H. P. C. Hogenkamp., Studies on the mechanism of the adenosylcobalamin-dependent dioldehydrase reaction by the use of analogs of the coenzyme., J. Biol. Chem., 252:963-970. 1977.)。MBTH法は、デハイドラターゼによって産生された3−HPAをMBTHと反応させ、形成されたアジン誘導体を分光光度計により検出する方法である。0.2Mグリセロール、0.05M KCl、0.035M リン酸カリウムバッファー (pH 8.0)、15μM AdoCblおよび適正量のデハイドラターゼを含んだ混合液を37℃、10分間静置した。0.1M クエン酸カリウムバッファー (pH 3.6)と0.5mlのMBTHを添加し反応を止め、37℃、15分間静置後、305nmの吸光度を測定した。
【0018】
このような性質を持った本発明乳酸菌の代表的なものとしては、理化学研究所の標準株であるラクトバチルス・ロイテリ JCM1112Tを挙げることができる。
【0019】
本発明の免疫調節剤は、上記の本発明乳酸菌を、経ロ投与可能で生きたまま腸管に到遠させうる生菌剤とすることにより調製される。この剤形については特に制約はなく、例えば、粉末剤、顆粒、錠剤、カプセル剤などの固形、ゼリー、ペーストなどの半固形、懸濁液、シロップなどの液状であってもよい。これらの各剤形は製薬分野で公知の方法により製造することができる。
【0020】
上記免疫調節剤に配合される本発明乳酸菌は、公知の乳酸菌の培養方法を適用して培養を行うことができる。この培養方法としては、常法に従い本発明乳酸菌を液体培養し、得られた培養物をそのまま利用しても、また、この培養物から遠心分離等の手段により菌体を集めて用いても、あるいは培養物を凍結乾燥して粉末状にしたものを用いてもよい。
【0021】
固形状である本発明免疫調節剤の一般的な製法としては、本発明乳酸菌を、水、デンプン、微細結晶セルロース、小麦粉、砂糖などの担体とともに配合し、所望の形態とする方法が挙げられる。上記担体も公知であり、使用形態に合わせ、適宜選択して使用することができる。より具体的には、常法により培養して得られた本発明乳酸菌菌体を凍結乾燥粉末とし、これを砂糖と混合することにより粉末剤を調製してもよい。また、本発明乳酸菌菌体を適切な錠剤用担体とともに混合し、これを常法に従って打錠して錠剤を得ることもできる。更に、本発明乳酸菌の湿菌体をシロップ中に懸濁してシロップ剤としてもよい。本発明の免疫調節剤の調製に当たっては、必要に応じて他の成分、例えば、他の微生物や有効成分、あるいは甘味料、香料、着色剤などを含有していてもよい。
【0022】
上記のようにして得られる免疫調節剤の投与量は、対象の身体的状況、例えば健康状態、体重、年齢、既往症、使用される他の成分などを考慮して、適宜決定することができるが、一般的には本発明乳酸菌の菌数として、大人一人当たりおおよそ10CFU/日程度前後である。
【0023】
また、本発明乳酸菌を使用して免疫調節食品を調製するには、従来公知の乳酸菌の培養方法を利用して経口摂取可能な発酵食品とすればよい。具体的には、ヨーグルトなどの発酵乳、乳酸菌飲料、発酵ソーセージなどの食品とすることができ、これらの食品の製造は、使用乳酸菌の1部または全部を本発明乳酸菌とすることにより行うことができる。また、本発明乳酸菌をより多く含む形態とし、健康食品や機能性食品とすることもできる。この免疫調節食品の調製に当たっては、本発明乳酸菌単独でなく他の乳酸菌を含んでいても良いことは言うまでもなく、また、食品添加物または調味料などを加えてもよい。
【0024】
本発明乳酸菌は、生体の免疫活性を向上させ、種々の病原性微生物の感染、例えば、食中毒菌の感染および臓器への侵入を抑え、感染症を予防、治療するものである。これら病原性微生物の例としては、サルモネラ菌、血清型O157をはじめとする病原性大腸菌、ブドウ球菌、ボツリヌス菌、腸炎ビブリオ菌、ビブリオ菌、アエロモナス菌、カンピロバクター菌、ウエルシュ菌、セレウス菌、エルシニア菌、プレシオモナス菌、クリプトスポリジウム菌などが挙げられる
【0025】
また、本発明乳酸菌は、ヘルパーT細胞のTh1/Th2バランスを改善することも可能である。
【実施例】
【0026】
以下、実施例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例により何ら制約されるものではない。
【0027】
実 施 例 1
L.ロイテリJCM1112TのS.エンテリティディス感染防御能試験:
下記の材料および方法により、L.ロイテリJCM1112TのS.エンテリティディス感染防御能を調べた。
【0028】
使用材料および試験方法:
(1)使用実験動物
SPFグレードのウイスター(Wistar)系ラット(8週齢−雄;日本SLC株式会社)の体重約180〜200gのものを使用し、実験室搬入日より7日間の馴致期間を設け、実験を開始した。飼育環境は、温度22±1℃、湿度55±5%、照明時間12時間(8時〜20時)に設定し、ラットは1匹/ゲージとし、滅菌蒸留水を給水瓶にて、またラット用放射線滅菌固形試料(CE−2、日本クレア)を給餌器にて、それぞれ自由摂取とした。用いた飼育器具はすべて高圧蒸気滅菌器により滅菌したものを使用した。
【0029】
(2)L.ロイテリ JCM1112Tの調製およびその投与
被験菌として用意した、L.ロイテリ JCM1112T(理化学研究所の標準菌であり、同所より分譲を受けた)は、MRS液体培地(Oxid)に接種して37℃で一晩培養し、プレ培養液とした。新たなMRS液体培地に1%量の上記プレ培養液を添加し、37℃で18時間培養したものを投与菌液とした。この投与菌液は、感染前9日間(1日1回、午前10時)および感染後2時間の合計10回、ラット用経口ゾンデを用いて強制経口投与し、これをJCM1112投与群とした。投与菌液は用時調製し、投与菌量はラット1匹当り10CFUとした。また、2つのコントロール群(コントロール群および感染コントロール群)には同容量のPBSを投与した。
【0030】
(3)サルモネラ・エンテリティディス感染モデル動物
イスラム(Islam)らおよびハベラー(Havelaar)らの方法に準じて各種条件を設定した。
サルモネラ・エンテリティディスは、ヒトの食中毒患者から分離されたS381株を供試した。この微生物は、まず、普通培地(栄研化学社製)に接種し、37℃で一晩培養したものをプレ培養液とした。新たな普通培地に1%量の上記プレ培養液を添加し、37℃で18時間培養したものを菌体培養液とした。投与前日から12時間の絶食を行なった、JCM1112投与群と感染コントロール群のラットに、日本クレア株式会社フレキシブルラット用経口ゾンデ(RZ−1)を用い、S.エンテリティディス投与を行った。すなわち、菌体培養液500μl(1〜2×10CFU)をシリンジに吸引した後、直ちに6%重炭酸ナトリウム溶液を重層するように静かに吸引し、即座にラット胃内へ投与した。6%重炭酸ナトリウム溶液投与は胃酸中和による感染率向上を目的として行った。菌体培養液(S.エンテリティディス)の投与後、直ちに絶食を解除し、5日間通常飼育した後、剖検を行った。
【0031】
(4)供試動物の剖検
実験終了後、飼育施設併設の実験室でラットを安楽死させ、心採血した後に放血し、腹腔内をハンクス(Hanks)液にて洗浄して遊離マクロファージを回収した。最後に肝臓、脾臓および腸間膜リンパ節(MLN)を摘出した。ラットから摘出した脾臓は、あらかじめカナマイシンを100μg/mlの濃度で添加したインビトロゲン(Invitrogen)社のRPMI1640培地(RPMI1640−Km培地)2mlを分注した15mlポリプロピレンチューブに入れ、細胞培養施設に運搬した。
【0032】
(5)肝臓、脾臓およびMLNにおける臓器侵入S.エンテリティディス菌数の測定
S.エンテリティディスの生体内への侵入を評価するために、肝臓、脾臓およびMLNにおける臓器重量1g当たりの菌数を算出した。摘出した各臓器は全量をホモジナイズし、生理食塩水を用いて段階希釈した後に普通寒天培地に塗抹した。1平板当たり30〜300コロニーが得られた希釈段階平板を選択し、その希釈段階の平板3枚の平均値をその臓器におけるS.エンテリティディスの生菌数とした。
【0033】
(6)末梢血単球および腹腔マクロファージ貪食活性の測定
(a)末梢血単球の分離
採血後直ちに4.5%デキストラン溶液を添加し、30分静置後、白血球層を分取した。RPMI1640−Km培地で2回洗浄してデキストランを除去した後、10cell/mlに調整し、96穴マイクロプレートに100μlずつ添加した。37℃、5%炭酸ガス下で2時間培養し、ウェル底面に付着した細胞を単球として貪食活性の測定を行った。
【0034】
(b)腹腔マクロファージの分離
腹腔洗浄液を遠心分離し、得られた細胞をRPMI1640−km培地で2回洗浄した後に10cell/mlに調整し、96穴マイクロプレートに100μlずつ添加した。37℃、5%炭酸ガス下で2時間培養し、ウェル底面に付着した細胞を腹腔マクロファージとして貪食活性の測定を行った。
【0035】
(c)蛍光ビーズの貪食
マイクロプレートに付着した単球あるいはマクロファージをPBSで洗浄後、これに2.5%蛍光ラテックス微小粒子液(POLYSCIENCE Inc.:直径1μm)を0.5%含むRPMI1640−km培地を添加し、37℃、5%炭酸ガス下で1時間、ビーズを貪食させた。
【0036】
(d)貪食活性の測定
反応後のマイクロプレートをPBSで2回洗浄し、フルオロマーク・マイクロプレート・フルオロメーター( Fluoromark Microplate Fluorometer )(Bio−Rad)で各ウェルの蛍光強度を測定した。測定時のゲイン設定は35とした。
【0037】
(7)FCMによるヘルパーT細胞の測定
(a)ラット脾臓からのリンパ球の分離
RPM1640−Km培地に浸漬した脾臓を90mmディッシュに移した後に、RPMI1640−Km培地3mlを添加し、小尖刀で脾臓を十分細切し、細胞懸濁液を得た。この細胞懸濁液を、臓器片を除くために200番ナイロンメッシュを通して新しい15mlチューブに移した。再度、ディッシュに5mlのRPMI1640−Km培地を添加し、残った脾臓を同様に処理し、細胞を同じ15mlチューブに移した。
【0038】
脾細胞懸濁液にはリンパ球以外に赤血球、顆粒球など多種の細胞が含まれるため、パーコール(Percoll)(Amersham Bioscience Corp.)を用いた密度勾配分離法によりリンパ球のみ分離した。比重は市販のラット用リンパ球分離液リンフォライト−M(大日本製薬)を参考に1.0940とした。
【0039】
(b)リンパ球の活性化
分離したリンパ球を10mlのRPMI1640−Km培地に懸濁し、25cm培養フラスコに移した後、37℃、5%炭酸ガス下で培養した。10時間後にリンパ球刺激物質として9mg/mlフィトヘマグルチニン(Phytohaemagglutinin;PHA)溶液(Murex Biotech Ltd.)を100μl添加し、8時間インキュベートした。
【0040】
(c)抗体による染色
抗体による細胞表面抗原染色、細胞膜透過処理および細胞内サイトカイン染色については、渋谷の著書を参考にした。以下にその方法を具体的に示す。
(i)PHAを添加してインキュベーション後、6時間経過時に、最終濃度10μg/mlになるようブレフェルディンA溶液(Sigma-Aldrich Inc.)を添加した。
(ii)フラスコを氷上に置き、反応を止めた後、細胞を15mlチューブに移して冷PBSで2回洗浄した。
(iii)10cell/50μlになるようにPBSで懸濁し、Cy5標識抗ラットCD4抗体(554839:BD Bioscience)を10μl添加し、室温、遮光下で30分間静置した。
(iv)1mlのPBSで2回洗浄した後、PBS 250μlで懸濁、等量の固定液(4%ホルムアルデヒド溶液)を加えてよく混合し、室温、遮光下で20分間静置した。
(v)冷PBSで2回洗浄して、遠心後、上清を除去した後に、細胞膜透過用バッファー(0.5%サポニン、0.5%ウシ血清アルブミン、0.1%アジ化ナトリウム含有PBS溶液)を150μl加え、細胞をピペッティングし、室温で10分間静置した。
(vi)遠心後、上清を除去し、冷PBS 50μlで懸濁後、FITC標識抗ラットIFN−γ抗体(559498:BD Bioscience)20μl、PE標識抗ラットIL4抗体(555082:BD Bioscience)10μlをそれぞれ加え、室温で30分間インキュベートした。
(vii)0.5%BSA含有PBS溶液で細胞を洗浄後、再度0.5%BSA含有PBS溶液1mlに懸濁し、FCM解析を行った。
【0041】
(d)FCMによる解析
解析にはベックマン・コールター・エピクス(BECKMAN COULTER EPICS) XLデジタルフローサイトメーターを用い、細胞5,000個当たりの各ヘルパーT細胞の数を求めた。
【0042】
(8)白血球数測定
心採血した血液2mlをエチレンジアミン四酢酸(EDTA)採血管に移して凝固阻止した後、各白血球数は自動血球計算計を用いて測定した。白血球は、桿状核好中球、分葉核好中球、好酸球、好塩基球、単球、リンパ球に細分した。
【0043】
(9)統計処理
T検定を行い、統計的有意差は、p<0.05の場合を有意であるとした。体重および体重増減は群毎の平均値および標準誤差を算出した。
【0044】
結果および考察:
(1)体重変化
(a)−9日目〜−1日目
被検菌であるL.ロイテリ JCM1112Tを9日間投与した群(JCM1112群)と、これを投与しなかった群(感染コントロール群)の体重増加量を図1に示した。JCM1112投与群は、感染コントロール群に比べ、体重の増加量が大きかった。その要因としては、L.ロイテリがラット腸管内での生残性が高く、良好な結果が得られたものと考えられた。
【0045】
(b)0日目〜5日目
被検菌投与10日目のS.エンテリティディス(10/rat)接種を0日として、剖検までの5日間の各群のラットの体重増加量を図2に示した。 コントロール群、感染コントロール群の両コントロール群に対して、JCM1112投与群では体重の増加はみられたものの、有意差は認められなかった。
【0046】
(c)−9日目〜5日目までの体重推移
この期間の増体量の推移において、感染コントロール群における0〜2日目にかけての増体量が減少しなかったのは、物理的、化学的バリアとしての腸管上皮をS.エンテリティディスが突破し、ラット生体内へ侵入する時期と考えられ、腸管から体内へ侵入したS.エンテリティディスはリンパ行性に腸間膜リンパ節、さらにリンパ管を走行して、あるいは血行性に各種臓器へ移行し、3〜4日目には各臓器でS.エンテリティディスが増殖、それが2度目の増体量低下に影響したと考えられた。JCM1112投与群は、急激な体重増加はないものの、前述の3〜4日目付近にみられる一時的な増体量の落ち込みや大きな変化がなく、滑らかに増体が増加している。この菌株では、増体量に関して明らかにS.エンテリティディス感染パターンとは異なっており、感染の影響に差があることが伺える。
【0047】
(2)肝臓、脾臓およびMLNにおける臓器侵入S.エンテリティディス菌数の測定
各臓器から検出されたS.エンテリティディス生菌数を図3に示した。MLNでは各試験群とも減少傾向ではあったが、10レベルとS.エンテリティディス生菌数に大きな差は認められなかった。これは、明確な感染を目的としたモデル系であるためにラットへのS.エンテリティディス投与菌数が10CFUと、ヒトでの一般的な感染成立菌数よりもはるかに多く、腸管上皮やパイエル板に侵入するS.エンテリティディスが好中球や組織マクロファージ、単球由来マクロファージといった貪食細胞の動員で防御可能な菌数を上回っており、感染局所である腸管から最も近傍のリンパ節であるMLNへ大量のS.エンテリティディスが侵入したことが要因ではないかと考えられる。
【0048】
脾臓に関して、JCM1112群は感染コントロール群との間で有意差がなかった。一方、肝臓では、JCM1112群において感染コントロール群に対し1/10程度の10CFUにまでS.エンテリティディス菌数が減少している。
【0049】
被検菌による感染防御の差異は、貪食細胞の活性化誘導能およびそれ以降の適応免疫の強度に現れ、結果として肝臓、脾臓の侵入菌数に影響を及ぼすものと推測される。
【0050】
(3)末梢血単球および腹腔マクロファージの貪食能
腸管感染に対して、単球およびマクロファージは以下に示すメカニズムによって活性化される。すなわち、腸管上皮への抗原(本研究ではS.エンテリティディス、あるいはL. ロイテリ)の付着刺激で上皮細胞から産生されるIL−8やLARCによって局所に遊走する単球や、パイエル板のM細胞に取り込まれた後にマクロファージや樹状細胞によって、マンノースレセプター、βグルカンレセプター、TLR2、補体レセプターなどを介した抗原の貪食、細胞内プロセッシングとMHCクラスIIへの結合と提示が行われると同時にIL−12が産生される。
【0051】
また、血中の単球は樹状細胞(DC1)にも分化し、上皮細胞により産生されたβディフェンシンにより集合した未熟樹状細胞も加わり、マクロファージと同様に抗原提示され、IL−12の産生を行う。自ら産生するIL−12に反応したマクロファージや樹状細胞はIFN−γを産生し、IFN−γはさらにマクロファージや樹状細胞を活性化してIL−12産生を増強するといったオートクリン活性化機構が存在する。IFN−γによって活性化されたマクロファージは貪食能が高まるとともに一酸化窒素などを産生することによって強力な殺菌作用を示す。
【0052】
図4のAは、末梢血単球、Bは腹腔マクロファージの貪食能測定結果を示す図面である。末梢血単球ではJCM1112群で貪食能の向上が認められたものの、感染コントロール群に対して有意差は得られなかった。
【0053】
ヒトのサルモネラ感染症患者では、血清中のIFN−γが胃腸炎型よりも全身型で高値になることが報告されており、本感染モデルでも感染局所で産生されたIL−12とIFN−γが血流に乗り、その拡散とともに末梢血単球の活性化が誘導されて組織マクロファージの一種である腹腔マクロファージの活性化に至るものと考えられている。
【0054】
(4)Th1/Th2バランス
一般にウイルス、リステリア菌、抗酸菌、サルモネラ菌などの細胞内寄生菌による感染症では、その感染防御にCTLや武装化マクロファージが関与している。そのため、CTL増殖、マクロファージ武装化を担うIL−2やIFN−γを産生するTh1細胞が重要な働きをもつ。本研究のS.エンテリティディス感染症ではTh1優位の免疫状態へとシフトする必要があるが、Th1反応の持続あるいは過剰すぎることは自己免疫性疾患の要因とも考えられていることから、必要十分なTh1反応を誘導し、かつ治癒と同時に速やかに健常状態のTh1/Th2バランスに復帰することが求められる。つまり、結果として、各被検菌投与により、コントロール群の総細胞数および細胞種比率に近づいたかという点が最も注目される。
【0055】
図5は、各ラット群でのヘルパーT細胞数を示す。また、下記表1にその結果に対する統計評価を示した。
【0056】
【表1】

【0057】
被験菌を投与した群において、有意なTh1細胞増加とTh2細胞減少によるTh1/Th2バランスの改善が認められた。すなわち、L.ロイテリ JCM1112Tはコントロール群と比較してもTh1優位状態を示し、S.エンテリティディス感染5日目にして、Th1細胞によるCTLおよびマクロファージの活性化による細胞性免疫が速やかに誘導され、感染防御に貢献していることを示している。
【0058】
(5)白血球数
表2に各ラット群における白血球等の数を示した。S.エンテリティディスを接種した群(感染コントロール群)では、コントロール群と比較して、反応性の好中球および単球の増加が認められた。JCM1112群では感染コントロール群に対しても好中球と単球の増加が認められ、桿状好中球増加による好中球新生も示唆されることから、L.ロイテリ JCM1112Tによる自然免疫の誘導がなされていることを示している。
【0059】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明乳酸菌の代表であるL.ロイテリ JCM1112Tを使用した上記実施例の結果から、L.ロイテリ JCM1112T投与群では、S.エンテリティディス接種後の体重増加率も良く、S.エンテリティディス臓器侵入菌数も全項目で低下していたことが明らかになった。また、好中球数増加、単核食細胞活性化に対しての作用が弱く、有意差は得られなかったが、ヘルパーT細胞のTh1/Th2バランス改善に特化した特徴を示した。これは、メカニズムとして花粉症対策としても役立つことが示された。
【0061】
このように、L.ロイテリ JCM1112Tの投与は、好中球、単球、マクロファージなどによる自然免疫の活性化から、Th1/Th2バランスの改善まで広範囲にわたる作用みられた。従って、本発明乳酸菌の作用は、薬剤などにみられる局所的な効果ではなく、病的状態を健常範囲内に復帰させる、つまり、ホメオスタシスの維持に効果的であることが推察された。したがって、上記効果の認められたプロバイオティクスを長期に渡って摂取することによって、病原菌の侵入を事前に防御し、生体の健康を増進することが可能となる。
【0062】
なお、本発明のL.ロイテリ JCM1112Tの全ゲノム配列からのグリセロール代謝マップを図6として示す。L.ロイテリ JCM1112Tにはジハイドオキシアセトン・キナーゼ(dihydroxyacetone kinase)がない。
【0063】
これに対し、シトバクター・フラウンデイ(Citrobacter freundii)は、グリセロールのみで生育するが、L. ロイテリにはないジハイドオキシアセトン・キナーゼを持っているので、グリセロールから解糖系に入る経路があると考えられている。この細菌において、その1つ前の酵素グリセロール・デヒドロゲナーゼは、NADからNADHに変換して酵素活性を示す。その場合、NADHをNADに戻す必要がある。シトバクター・フラウンデイは、そのNADを得るためにpdu経路から1,3−プロパンジオール・デヒドロゲナーゼがあると考えられている。結局、NADHとNADの収支計算が合う。例えば有名な解糖系でも、その反応の中でNADとNADHの収支が合うようになっている。
【0064】
また、グリセロール代謝マップ中Cカテゴリーにおいて、グルコースの代表的な代謝経路である解糖系と比較すると、L. ロイテリには、6−ホスホフルクトキナーゼ(6-phosphofructokinase)がない。一方、ヘテロ発酵Lactbacillusには、フルクトースビスリン酸アルドラーゼ(fructose-bisphosphate aldolase)遺伝子がないと文献に記載されているが、L. ロイテリにはこの遺伝子が存在する。このカテゴリー内において、酢酸が菌体外に放出される系では、NADとNADHの収支は合っている。しかしながら、その過程で酢酸が代謝され、アセトアルデヒドができるとNADが産生される。この経路によって、AカテゴリーからCカテゴリーに入ったグリセロール代謝経路にNADが供給され、グリセロール1分子とグルコース1分子とから、3ATPが産生される。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】−9日目から−1日目における、各ラット群の増体量を示す図面である。
【図2】0日目から5日目における、各ラット群の増体量を示す図面である。
【図3】各ラット群の、各臓器中のS.エンテリティディス生菌数を示す図面である。
【図4】各ラット群での末梢血単球(A)、腹腔マクロファージ(B)の貪食能を示す図面である。
【図5】各ラット群のヘルパーT細胞数を示す図面である。
【図6】L.ロイテリ JCM1112Tの全ゲノム配列からのグリセロール代謝マップを示す図面である。 以 上

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラクトバチルス・ロイテリに属し、以下の性質を有する微生物を有効成分とする免疫調節剤。
(1)ロイテリンを産生する
(2)湿菌体1g当たり、250U以上のデハイドラターゼ活性を示す。
【請求項2】
ラクトバチルス・ロイテリに属する微生物が、ラクトバチルス・ロイテリ JCM1112Tである請求項第1項記載の免疫調節剤。
【請求項3】
ラクトバチルス・ロイテリに属し、以下の性質を有する微生物を有効成分とする免疫調節食品。
(1)ロイテリンを産生する
(2)湿菌体1g当たり、250U以上のデハイドラターゼ活性を示す。
【請求項4】
ラクトバチルス・ロイテリに属する微生物が、ラクトバチルス・ロイテリ JCM1112Tである請求項第3項記載の免疫調節食品。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−257077(P2006−257077A)
【公開日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−37371(P2006−37371)
【出願日】平成18年2月15日(2006.2.15)
【出願人】(591105801)丸大食品株式会社 (19)
【出願人】(505062536)
【Fターム(参考)】