説明

全反射分光計測におけるデータ解析方法

【課題】所望の光学定数を正確かつ簡便に導出することができる全反射分光計測におけるデータ解析方法を提供する・
【解決手段】この全反射分光計測におけるデータ解析方法では、リファレンス振幅Rrefとサンプル振幅Rsigとの比P、及びリファレンス位相Φrefとサンプル位相Φsigとの位相差Δに基づく値qを求めている。そして、この値qをフレネルの反射式及びスネルの式と組み合わせることにより、被測定物34の複素屈折率が求まり、被測定物34の所望の光学定数を正確かつ簡便に導出することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、テラヘルツ波を用いた全反射分光計測におけるデータ解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、可視光線及び近赤外光線を用いた全反射分光計測法が広く知られている。通常、計測される被測定物の光学定数は複素数として表される。例えば誘電率εであれば、ε=ε+iεとなる。このように、光学定数が2つの変数を持つ場合、光学定数の導出には2つの関係式が必要となる。しかしながら、従来の可視光線及び近赤外光線を用いた全反射分光計測法では、1度目の計測で光の強度だけが得られるに過ぎず、全反射面に対する光の入射角、偏光方向、プリズムの材質といったパラメータを変更して2度目の計測を行う必要があった(例えば非特許文献1参照)。
【0003】
1度の計測で2つの変数を導出する方法としては、例えばこの非特許文献1に示されるクラーマス・クローニッヒの関係を用いたものがあるが、この方法はあくまで近似式である。このような従来の全反射分光計測法に対し、テラヘルツ波を用いた全反射分光計測法がある(例えば特許文献1参照)。このテラヘルツ波による全反射分光計測法では、1度の計測でテラヘルツ波の強度に関する情報と位相に関する情報とを両方得られるので、2つの変数を持つ光学定数を1度の計測で測定することが可能となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−354246号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Francis M.Mirabella Jr.and N.J.Harrick,“Internal Reflection Spectroscopy:Review and Supplement”
【非特許文献2】平成19年度日本分光学会テラヘルツ分光部会シンポジウム講演要旨集p.8〜p.13
【非特許文献3】M.Born and E.Wolf著、草川徹訳 “光学の原理I”
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上述した特許文献1では、テラヘルツ波を用いた全反射分光計測法の測定結果からどのようにして所望の光学定数を導出するかの手法については何ら開示がなされていない。また、非特許文献2には、データ解析に使用する式としてフレネルの反射式が示されているが、このような式は、非特許文献3などに示される光学の基本的な式であり、テラヘルツ波を用いた全反射分光計測法におけるデータ解析方法を表すものではない。したがって、テラヘルツ波を用いた全反射分光計測法では、測定結果から所望の光学定数を正確かつ簡便に導出する手法の確立が求められている。
【0007】
本発明は、上記課題の解決のためになされたものであり、所望の光学定数を正確かつ簡便に導出することができる全反射分光計測におけるデータ解析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題の解決のため、本発明に係る全反射分光計測におけるデータ解析方法は、全反射面の上に被測定物を配置し、全反射面で全反射したテラヘルツ波を計測する全反射分光計測におけるデータ解析方法であって、全反射分光計測によって得られたリファレンス計測結果Trefとサンプル測定結果Tsigとをそれぞれフーリエ変換することによって、リファレンス振幅Rref、リファレンス位相Φref、サンプル振幅Rsig、サンプル位相Φsigをそれぞれ求め、リファレンス振幅Rrefとサンプル振幅Rsigとの比P、及びリファレンス位相Φrefとサンプル位相Φsigとの位相差Δを用いて下記式(1)で得られる値qを用いて被測定物の光学定数を導出することを特徴としている。
【数1】

【0009】
この全反射分光計測におけるデータ解析方法では、リファレンス振幅Rrefとサンプル振幅Rsigとの比P、及びリファレンス位相Φrefとサンプル位相Φsigとの位相差Δに基づく値qを求めている。そして、この値qをフレネルの反射式及びスネルの式と組み合わせることにより、被測定物の複素屈折率が求まり、被測定物の所望の光学定数を正確かつ簡便に導出することができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る全反射分光計測におけるデータ解析方法によれば、所望の光学定数を正確かつ簡便に導出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明に係る全反射分光計測におけるデータ解析方法を実現する全反射分光計測システムの一実施形態を示す図である。
【図2】図1に示した全反射分光計測システムに用いられる全反射プリズムの一例である一体型プリズムの側面図である。
【図3】被測定物の光学定数を導出する手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照しながら、本発明に係る全反射分光計測におけるデータ解析方法の好適な実施形態について詳細に説明する。
【0013】
図1は、本発明に係る全反射分光計測におけるデータ解析方法を実現する全反射分光計測システムの一実施形態を示す図である。同図に示すように、全反射分光計測システム1は、レーザ光を出射するレーザ光源2と、テラヘルツ波発生素子32・全反射プリズム31・テラヘルツ波検出素子33が一体となった一体型プリズム3と、テラヘルツ波を検出する検出部4とを備えている。また、全反射分光計測システム1は、上記構成要素の動作を制御する制御部5と、検出部4からの出力に基づいてデータ解析を行うデータ解析部6と、データ解析部6における処理結果を表示する表示部7とを備えている。
【0014】
レーザ光源2は、フェムト秒パルスレーザを発生させる光源である。レーザ光源2からは、例えば平均パワー120mW、繰り返しレート77MHzのフェムト秒パルスレーザが出力される。レーザ光源2から出射したフェムト秒パルスレーザは、ミラー11,12を経て、ビームスプリッター13によってポンプ光とプローブ光とに二分される。プローブ光が伝播するプローブ光用光路C1には、ミラー14,15及びレンズ16が設けられており、プローブ光は、レンズ16で集光されて後述のテラヘルツ波検出素子33に入射する。
【0015】
一方、ポンプ光が伝播するポンプ光用光路C2には、遅延部21と、変調器22とが設けられている。遅延部21は、一対のミラー23,24と、可動ステージ26上に設置された反射プリズム25によって構成され、反射プリズム25の位置を一対のミラー23,24に対して前後させることで、ポンプ光の遅延調節が可能となっている。また、変調器22は、例えば光チョッパによってポンプ光の透過と遮断を切り替える部分である。変調器22は、制御部5からの信号に基づいて、例えば1kHzでポンプ光の透過と遮断の変調を行う。
【0016】
ポンプ光用光路C2を伝播したポンプ光は、ミラー28を経てレンズ27で集光され、一体型プリズム3に入射する。図2に示すように、一体型プリズム3を構成する全反射プリズム31は、例えばSiによって形成されており、入射面側にはテラヘルツ波発生素子32が固定され、出射面側にはテラヘルツ波検出素子33が固定されている。全反射プリズム31の上面は平坦面となっており、屈折率、誘電率、吸収係数といった各種の光学定数を測定する対象となる被測定物34が載置される。
【0017】
テラヘルツ波発生素子32としては、例えばZnTeなどの非線形光学結晶、GaAsを用いた光スイッチなどのアンテナ素子、InAsなどの半導体、超伝導体などを用いることができる。これらの素子から発生するテラヘルツ波のパルスは、一般的には数ピコ秒程度である。テラヘルツ波発生素子32として非線形光学結晶を用いた場合、テラヘルツ波発生素子32にポンプ光が入射すると、非線形光学効果によってテラヘルツ波に変換される。発生したテラヘルツ波は、全反射プリズム31の上面で全反射し、テラヘルツ波検出素子33に入射する。
【0018】
テラヘルツ波検出素子33としては、例えばZnTeなどの電気光学結晶、GaAsを用いた光スイッチなどのアンテナ素子を用いることができる。テラヘルツ波検出素子33として、電気光学結晶を用いた場合、テラヘルツ波検出素子33にテラヘルツ波とプローブ光とが同時に入射すると、プローブ光がポッケルス効果によって複屈折を受ける。プローブ光の複屈折量は、テラヘルツ波の電場強度に比例する。したがって、プローブ光の複屈折量を検出することで、テラヘルツ波を検出することができる。
【0019】
テラヘルツ波を検出する検出部4は、図1に示すように、例えばλ/4波長板41と、偏光素子42と、一対のフォトダイオード43,43と、差動増幅器44とによって構成されている。テラヘルツ波検出素子33で反射したプローブ光は、ミラー45によって検出部4側に導かれ、レンズ46で集光されてλ/4波長板41を経由した後、ウォラストンプリズムなどの偏光素子42によって垂直直線偏光成分と水平直線偏光成分とに分離される。このプローブ光の垂直直線偏光成分と水平直線偏光成分とは、一対のフォトダイオード43,43によってそれぞれ電気信号に変換され、差動増幅器44によってその差分が検出される。差動増幅器44からの出力信号は、ロックイン増幅器47によって増幅された後、データ解析部6に入力される。
【0020】
テラヘルツ波検出素子33にテラヘルツ波とプローブ光とが同時に入射した場合、差動増幅器44からはテラヘルツ波の電場強度に比例した強度の信号が出力され、テラヘルツ波検出素子33にテラヘルツ波とプローブ光とが同時に入射しなかった場合、差動増幅器44からは信号が出力されないこととなる。また、テラヘルツ波が全反射プリズム31の上面で反射するときに放射されるエバネッセント波は、全反射プリズム31の上面に載置される被測定物34と相互作用を起こし、被測定物34が載置されていない場合に比べてテラヘルツ波の反射率が変化する。したがって、このテラヘルツ波の反射率の変化を計測することで、被測定物34の分光特性を評価することができる。
【0021】
データ解析部6は、例えば全反射分光計測システム1の専用の解析プログラムに基づいて全反射分光計測のデータ解析処理を行う部分であり、物理的には、CPU(中央処理装置)、メモリ、入力装置、及び表示部7などを有するコンピュータシステムである。データ解析部6は、ロックイン増幅器47から入力された信号に基づいてデータ解析処理を実行し、解析結果を表示部7に表示させる。データ解析処理の詳細は後述する。
【0022】
続いて、上述した全反射分光計測システム1におけるデータ解析方法について説明する。図3は、被測定物34の光学定数を導出する手順を示すフローチャートである。なお、以下の説明では、テラヘルツ波が全反射プリズム31の上面に対しP偏光で入射した場合を仮定する。
【0023】
図3に示すように、まず、全反射分光計測システム1を用いてリファレンス測定及びサンプル測定を実施する(ステップS01,S02)。リファレンス測定では、光学定数が既知である物質(例えば空気)について測定し、サンプル測定では光学定数を得たい物質について測定する。そして、リファレンス計測結果Trefとサンプル測定結果Tsigとをそれぞれフーリエ変換することによって、リファレンス振幅Rref、リファレンス位相Φref、サンプル振幅Rsig、サンプル位相Φsigをそれぞれ求める(ステップS03)。
【0024】
次に、リファレンス振幅Rrefとサンプル振幅Rsigとの比Pを式(1)によって求め、リファレンス位相Φrefとサンプル位相Φsigとの位相差Δを式(2)によって求める(ステップS04)。
【数2】

【数3】

さらに、上述した比Pと位相差Δとを用いて値qを式(3)のように定める(ステップS05)。
【数4】

【0025】
ここで、全反射プリズム31に対するテラヘルツ波の入射角をθ(図2参照)とし、リファレンス測定及びサンプル測定においてスネルの法則より求められる屈折角をそれぞれθref,θsigとする。さらに、フレネルの反射式を用いると、式(3)におけるPe−iΔは、以下の式(4)で表すことができる。
【数5】

【0026】
上記式(4)を式(3)に代入し、式の変形を行うと、以下の式(5)が得られる。
【数6】

【0027】
また、全反射プリズム31を構成する物質の複素屈折率をnprismとし、被測定物34の複素屈折率をnsampleとした場合、スネルの法則は以下の式(6)のようになり、被測定物34の複素屈折率の2乗は、式(7)で表される。したがって、式(5)を式(7)に代入することで、被測定物34の複素屈折率を求めることができ、これにより、被測定物34の所望の光学定数が導出される(ステップS06)。
【数7】

【数8】

【0028】
以上説明したように、この全反射分光計測におけるデータ解析方法では、リファレンス振幅Rrefとサンプル振幅Rsigとの比P、及びリファレンス位相Φrefとサンプル位相Φsigとの位相差Δに基づく値qを求めている。そして、この値qをフレネルの反射式及びスネルの式と組み合わせることにより、被測定物34の複素屈折率が求まり、被測定物34の所望の光学定数を正確かつ簡便に導出することができる。
【符号の説明】
【0029】
1…全反射分光計測システム、2…レーザ光源、3…一体型プリズム、4…検出部、5…制御部、6…データ解析部、7…表示部、31…全反射プリズム、32…テラヘルツ波発生素子、33…テラヘルツ波検出素子、34…被測定物。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
全反射面の上に被測定物を配置し、前記全反射面で全反射したテラヘルツ波を計測する全反射分光計測におけるデータ解析方法であって、
前記全反射分光計測によって得られたリファレンス計測結果Trefとサンプル測定結果Tsigとをそれぞれフーリエ変換することによって、リファレンス振幅Rref、リファレンス位相Φref、サンプル振幅Rsig、サンプル位相Φsigをそれぞれ求め、
前記リファレンス振幅Rrefと前記サンプル振幅Rsigとの比P、及び前記リファレンス位相Φrefと前記サンプル位相Φsigとの位相差Δを用いて下記式(1)で得られる値qを用いて前記被測定物の光学定数を導出することを特徴とする全反射分光計測におけるデータ解析方法。
【数1】


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−63214(P2012−63214A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−206866(P2010−206866)
【出願日】平成22年9月15日(2010.9.15)
【出願人】(000236436)浜松ホトニクス株式会社 (1,479)
【Fターム(参考)】