説明

共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いた光分析装置及び光分析方法

【課題】 共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子からの光を検出し分析する光分析技術に於いて、背景光を低減すること。
【解決手段】 本発明の光分析技術では、予め定められた偏光成分から成る励起光を顕微鏡の光学系に於ける光検出領域に照射すると共に、光検出領域からの光に於ける励起光の偏光方向とは垂直な方向の偏光成分の強度を検出し、光検出部にて検出された励起光の偏光方向とは垂直な方向の偏光成分の強度を検出光の強度として用いて分析を実行する。励起光と検出光の偏光方向が互いに垂直であるため、検出光に於いて、光学系の部品に起因する背景光の強度が低減される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系などの溶液中の微小領域からの光が検出可能な光学系を用いて、溶液中に分散又は溶解した原子、分子又はこれらの凝集体(以下、これらを「粒子」と称する。)、例えば、タンパク質、ペプチド、核酸、脂質、糖鎖、アミノ酸若しくはこれらの凝集体などの生体分子、ウイルス、細胞などの粒子状の対象物、或いは、非生物学的な粒子からの光を検出して、それらの状態(相互作用、結合・解離状態など)の分析又は解析に於いて有用な情報を取得することが可能な光分析技術に係り、より詳細には、上記の如き光学系を用いて発光する粒子からの光を検出して種々の光分析を可能にする光分析装置及び光分析方法に係る。なお、本明細書に於いて、光を発する粒子(以下、「発光粒子」と称する。)は、それ自身が光を発する粒子、又は、任意の発光標識若しくは発光プローブが付加された粒子のいずれであってもよく、発光粒子から発せられる光は、蛍光、りん光等であってよい。
【背景技術】
【0002】
近年の光計測技術の発展により、共焦点顕微鏡の光学系とフォトンカウンティング(1光子検出)も可能な超高感度の光検出技術とを用いて、一光子又は蛍光一分子レベルの微弱光の検出・測定が可能となっている。そこで、そのような微弱光の計測技術を用いて、生体分子等の特性、分子間相互作用又は結合・解離反応の検出を行う装置又は方法が種々提案されている。例えば、蛍光相関分光分析(Fluorescence Correlation Spectroscopy:FCS。例えば、特許文献1−3、非特許文献1−3参照)に於いては、レーザー共焦点顕微鏡の光学系とフォトンカウンティング技術を用いて、試料溶液中の微小領域(顕微鏡のレーザー光が集光された焦点領域−コンフォーカル・ボリュームと称される。)内に出入りする蛍光分子又は蛍光標識された分子(蛍光分子等)からの蛍光強度の測定が為され、その測定された蛍光強度の自己相関関数の値から決定される微小領域内に於ける蛍光分子等の平均の滞留時間(並進拡散時間)及び滞留する分子の数の平均値に基づいて、蛍光分子等の運動の速さ又は大きさ、濃度といった情報の取得、或いは、分子の構造又は大きさの変化や分子の結合・解離反応又は分散・凝集といった種々の現象の検出が為される。また、蛍光強度分布分析(Fluorescence-Intensity Distribution Analysis:FIDA。例えば、特許文献4、非特許文献4)やフォトンカウンティングヒストグラム(Photon Counting Histogram:PCH。例えば、特許文献5)では、FCSと同様に計測されるコンフォーカル・ボリューム内に出入りする蛍光分子等の蛍光強度のヒストグラムが生成され、そのヒストグラムの分布に対して統計的なモデル式をフィッティングすることにより、蛍光分子等の固有の明るさの平均値とコンフォーカル・ボリューム内に滞留する分子の数の平均値が算定され、これらの情報に基づいて、分子の構造又は大きさの変化、結合・解離状態、分散・凝集状態などが推定されることとなる。またその他に、特許文献6、7に於いては、共焦点顕微鏡の光学系を用いて計測される試料溶液の蛍光信号の時間経過に基づいて蛍光性物質を検出する方法が提案されている。特許文献8は、フローサイトメータに於いて流通させられた蛍光微粒子又は基板上に固定された蛍光微粒子からの微弱光をフォトンカウンティング技術を用いて計測してフロー中又は基板上の蛍光微粒子の存在を検出するための信号演算処理技術を提案している。
【0003】
特に、FCS、FIDA等の共焦点顕微鏡の光学系とフォトンカウンティング技術とを用いた微小領域の蛍光測定技術を用いた方法によれば、測定に必要な試料は、従前に比して極めて低濃度且微量でよく(一回の測定で使用される量は、たかだか数十μL程度)、測定時間も大幅に短縮される(一回の測定で秒オーダーの時間の計測が数回繰り返される。)。従って、これらの技術は、特に、医学・生物学の研究開発の分野でしばしば使用される希少な或いは高価な試料についての分析を行う場合や、病気の臨床診断や生理活性物質のスクリーニングなど、検体数が多い場合に、従前の生化学的方法に比して、低廉に、或いは、迅速に実験又は検査が実行できる強力なツールとなることが期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−098876
【特許文献2】特開2008−292371
【特許文献3】特開2009−281831
【特許文献4】特許第4023523号
【特許文献5】国際公開2008−080417
【特許文献6】特開2007−20565
【特許文献7】特開2008−116440
【特許文献8】特開平4−337446号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】金城政孝、蛋白質 核酸 酵素 Vol.44、No.9、1431−1438頁 1999年
【非特許文献2】エフ・ジェイ・メイヤー・アルムス(F.J.Meyer-Alms)、フルオレセンス・コリレーション・スペクトロスコピー(Fluorescence Correlation Spectroscopy)、アール・リグラー編(R.Rigler)、スプリンガー(Springer)、ベルリン、2000年、204−224頁
【非特許文献3】加藤則子外4名、遺伝子医学、Vol.6、No.2、271−277頁
【非特許文献4】カスク他3名、米国科学アカデミー紀要 1999年、96巻、13756‐13761頁(P. Kask, K. Palo, D. Ullmann, K. Gall PNAS 96, 13756-13761 (1999))
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のFCS、FIDA等の共焦点顕微鏡の光学系とフォトンカウンティング技術を用いた光分析技術では、計測される光は、蛍光一分子又は数分子から発せられた光であるが、その光の解析に於いて、時系列に測定された蛍光強度データの自己相関関数の演算又はヒストグラムに対するフィッティングといった蛍光強度のゆらぎの算出等の統計的処理が実行され、個々の蛍光分子等からの光の信号を個別に参照又は分析するわけではない。即ち、これらの光分析技術に於いては、複数の蛍光分子等からの光の信号が統計的に処理され、蛍光分子等について統計平均的な特性が検出されることとなる。従って、これらの光分析技術に於いて統計的に有意な結果を得るためには、試料溶液中の観測対象となる蛍光分子等の濃度又は数密度は、平衡状態に於いて、一回の秒オーダーの長さの計測時間のうちに統計的処理が可能な数の蛍光分子等が微小領域内を入出するレベル、好適には、微小領域内に常に一個程度の蛍光分子等が存在しているレベルである必要がある。実際、コンフォーカル・ボリュームの体積は、1fL程度となるので、上記の光分析技術に於いて使用される試料溶液中の蛍光分子等の濃度は、典型的には、1nM程度若しくはそれ以上であり、1nMを大幅に下回るときには、蛍光分子等がコンフォーカル・ボリューム内に存在しない時間が生じて統計的に有意な分析結果が得られないこととなる。一方、特許文献6〜8に記載の蛍光分子等の検出方法では、蛍光強度のゆらぎの統計的演算処理が含まれておらず、試料溶液中の蛍光分子等が1nM未満であっても蛍光分子等の検出が可能であるが、溶液中でランダムに運動している蛍光分子等の濃度又は数密度を定量的に算出するといったことは達成されていない。
【0007】
そこで、本願出願人は、特願2010−044714及びPCT/JP2011/53481に於いて、観測対象となる発光粒子の濃度又は数密度が、FCS、FIDA等の統計的処理を含む光分析技術で取り扱われるレベルよりも低い試料溶液中の発光粒子の状態又は特性を定量的に観測することを可能にする新規な原理に基づく光分析技術を提案した。かかる新規な光分析技術に於いては、端的に述べれば、FCS、FIDA等と同様に共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系などの溶液中の微小領域からの光が検出可能な光学系を用いるところ、試料溶液内に於いて光の検出領域である微小領域(以下、「光検出領域」と称する。)の位置を移動させながら、即ち、光検出領域により試料溶液内を走査しながら、光検出領域が試料溶液中に分散してランダムに運動する発光粒子を包含したときに、その発光粒子から発せられる光を検出し、これにより、試料溶液中の発光粒子の一つ一つを個別に検出して、発光粒子のカウンティングや試料溶液中の発光粒子の濃度又は数密度に関する情報の取得を可能にする。この新規な光分析技術(以下、「走査分子計数法」と称する。)によれば、測定に必要な試料がFCS、FIDA等の光分析技術と同様に微量(例えば、数十μL程度)であってもよく、また、測定時間が短く、しかも、FCS、FIDA等の光分析技術の場合に比して、より低い濃度又は数密度の発光粒子の存在を検出し、その濃度、数密度又はその他の特性を定量的に検出することが可能となる。
【0008】
ところで、上記の如き走査分子計数法、FCS、FIDA、PCH等の、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて、その光学系のコンフォーカル・ボリューム(即ち、光検出領域)に進入する発光粒子から発せられる光を検出する光分析技術に於いては、蛍光色素数分子以下のレベルの微弱光が検出されることとなるので、計測に用いる蛍光色素分子のモル吸光係数や量子収率が小さい場合或いはコンフォーカル・ボリュームの体積が大きい光学系を用いる場合には、励起光の強度を高くする必要がある。しかし、励起光の強度を高くすると、光学系を構成するレンズ、ミラー等の光学部品、それらの光学部品を固定するための接着剤、試料容器を構成するカバーガラス等(以下、「光学部品等」と称する。)からの蛍光や散乱光の強度も強くなる。その結果、検出される光に於ける背景光強度が高くなり、S/N比が低下することとなり、検出結果の誤差が大きくなる可能性がある。かかる背景光の低減は、光学系に於いて、できるだけ蛍光や散乱光の小さい材料にて構成された部品を採用することによって、或る程度達成可能であるが、一般に、光学系に於ける部品に使用する材料は、その蛍光や散乱光が小さいほど、高価であり、従って、材料の選択のみでの背景光の低減は、費用面に於いて限界がある。
【0009】
かくして、本発明の一つの目的は、上記の如き走査分子計数法、FCS、FIDA、PCH等の、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いた光分析技術に於いて、材料の選択とは別の手法にて、背景光の低減を達成することである。
【0010】
この点に関し、上記の如き光分析装置に於いて、試料溶液中に分散又は溶解した発光粒子は溶液中で激しく回転運動しているのに対し、背景光の光源となる光学部品は不動である。従って、励起光として或る方向に偏光した光を用いた場合、発光粒子からの光は、殆ど偏光していないのに対し、背景光に於いては、励起光の偏光方向の成分が励起光の偏光方向に垂直な方向の成分よりも相当に高い状態に維持されることとなる。即ち、検出光に於いて、背景光は、励起光の偏光方向に垂直な方向に於いて低くなるので、励起光として或る方向に偏光した光を用い、検出光として、励起光の偏光方向と垂直な成分を検出することにより、背景光が相対的に低減され、S/N比の向上が期待される。かかる知見は、本発明に於ける背景光の低減のために利用される。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明によれば、上記の課題は、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子からの光を検出し分析する光分析装置であって、予め定められた偏光成分から成る励起光を顕微鏡の光学系の光検出領域に照射する光照射部と、光検出領域からの光に於ける励起光の偏光方向とは垂直な方向の偏光成分の強度を検出する光検出部とを含み、光検出部にて検出された励起光の偏光方向とは垂直な方向の偏光成分の強度を検出光の強度として用いて分析が為されることを特徴とする装置によって達成される。かかる構成に於いて、「試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子」とは、試料溶液中に分散又は溶解した原子、分子又はそれらの凝集体などの、光を発する粒子であって、基板などに固定されず、溶液中を自由にブラウン運動している粒子であれば任意の粒子であってよい。かかる発光粒子は、典型的には、蛍光性粒子であるが、励起光の照射により発光するその他の粒子(りん光性粒子など)であってもよい。共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系の「光検出領域」とは、コンフォーカル・ボリューム、即ち、顕微鏡に於いて光が検出される微小領域であり、対物レンズから励起光が与えられる場合には、その励起光が集光された領域に相当する。
【0012】
上記の構成によれば、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて発光粒子からの光を検出する光分析装置、例えば、走査分子計数法、FCS、FIDA、PCHといった光分析技術を実行する装置に於いて、励起光の偏光方向と検出光の偏光方向とが互いに垂直となる。既に触れたように、励起光に起因して生ずる背景光は、励起光が光学系内の光学部品等に当たることによって生ずる散乱光や蛍光であるところ、光学系内の光学部品等は固体であるので、背景光は、励起光の偏光方向に強く偏光した光となり(励起光の偏光方向と同一の方向の偏光成分の強度が、励起光の偏光方向と垂直な方向の偏光成分の強度よりも大幅に高くなる。)、従って、励起光の偏光方向と垂直な方向しか検出されない検出光に於いて、背景光の強さは、相当に弱くなる。一方、試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子から生ずる蛍光に於いては、発光粒子が溶液中内で激しく運動しているので、偏光の程度は大幅に低減され(励起光の偏光方向と垂直な方向の偏光成分の強度は、励起光の偏光方向と同一の方向の偏光成分の強度と殆ど変らない。)、従って、励起光の偏光方向と垂直な方向しか検出されない検出光に於いて、発光粒子からの光は、十分な強度を有していることが期待される。かくして、上記の本発明の構成によれば、検出される光に於いて、背景光の成分の強度に対する発光粒子からの光の成分の強度の比が増大し、即ち、背景光を相対的に低減することが可能となる。
【0013】
上記の本発明は、上に列記された種々の共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いた光分析技術に適用可能であるところ、「走査分子計数法」を実行する装置に有利に適用されてよい。従って、本発明の一つの態様に於いて、上記の本発明の装置は、更に、顕微鏡の光学系の光路を変更することにより試料溶液内に於いて光学系の光検出領域の位置を移動する光検出領域移動部と、試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動させながら光検出器にて検出された偏光成分に於いて発光粒子の各々からの光を表す信号を個別に検出する信号処理部とを含んでいてよい。なお、本明細書に於いて、「信号」という場合には、特に断らない限り、発光粒子からの光を表す信号を指すものとする。
【0014】
走査分子計数法を実行する本発明の装置の基本的な構成に於いては、まず、試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動しながら、即ち、試料溶液内を光検出領域により走査しながら、逐次的に、光の検出が行われる。そうすると、移動する光検出領域が、ランダムに運動している発光粒子を包含したときには、発光粒子からの光が光検出器にて検出され、これにより、一つの発光粒子の存在が検出されることとなる。そして、装置の信号処理部は、逐次的に検出される光検出器からの信号に於いて発光粒子からの光を表す信号を検出して、これにより、発光粒子の存在を一つずつ個別に逐次的に検出し、発光粒子の溶液内での状態に関する種々の情報が取得されることとなる。
【0015】
具体的には、例えば、上記の本発明の装置に於いて、信号処理部が、個別に検出された発光粒子からの光を表す信号の数を計数して光検出領域の位置の移動中に検出された発光粒子の数を計数するようになっていてよい(発光粒子のカウンティング)。かかる構成によれば、発光粒子の数と光検出領域の位置の移動量と組み合わせることにより、試料溶液中の発光粒子の数密度又は濃度に関する情報が得られることとなる。特に、任意の手法により、例えば、所定の速度にて光検出領域の位置を移動するなどして、光検出領域の位置の移動軌跡の全体積を特定すれば、発光粒子の数密度又は濃度が具体的に算定できることとなる。勿論、絶対的な数密度値又は濃度値を直接的に決定するのではなく、複数の試料溶液又は濃度又は数密度の基準となる標準試料溶液に対する相対的な数密度又は濃度の比を算出するようになっていてもよい。また、上記の本発明に於いては、光学系の光路を変更して光検出領域の位置を移動するよう構成されていることにより、光検出領域の移動は、速やかであり、且つ、試料溶液に於いて機械的振動や流体力学的な作用が実質的に発生しないので、検出対象となる発光粒子が力学的な作用の影響を受けることなく安定した状態にて、光の計測が可能である(試料溶液中に振動や流れが作用すると、粒子の物性的性質が変化する可能性がある。)。そして、試料溶液を流通させるといった構成が必要ではないので、FCS、FIDA等の場合と同様に微量(1〜数十μL程度)の試料溶液にて計測及び分析が可能である。
【0016】
また、上記の走査分子計数法を実行する装置の信号処理部の処理に於いて、逐次的な光検出部からの検出値の信号から1つの発光粒子が光検出領域に入ったか否かの判定は、光検出部にて検出された時系列の光を表す信号の形状に基づいて為されてよい。実施の形態に於いて、典型的には、所定の閾値より大きい強度を有する信号が検出されたときに、1つの発光粒子が光検出領域に入ったと検出されるようになっていてよい。より具体的には、後の実施形態の欄にて説明される如く、通常、発光粒子からの光を表す信号は、光検出部の時系列の検出値、即ち、光強度データに於いて、或る程度以上の強度を有する釣鐘型のパルス状の信号として現れ、発光粒子以外の光、即ち、背景光やその他のノイズ(光検出器の熱的又は電気的なノイズ)は、釣鐘型のパルス状ではないか、強度の小さい信号として現れる。そこで、本発明の装置は、光検出部が、偏光成分の強度を測定して光強度データを生成し、信号処理部が光強度データ上に於いて所定閾値を超える強度を有するパルス状信号を単一の発光粒子からの光を表す信号として検出するよう構成されていてよい。「所定閾値」は、実験的に適当な値に設定することが可能である。かかる構成によれば、光検出部により逐次的に計測された光強度に於いて、発光粒子の信号と背景光又はノイズとが互いに識別され、発光粒子の信号の個別の検出を有利に実行することが可能となる。
【0017】
なお、本発明の装置の検出対象は、単一の発光粒子からの光であるため、光強度は、非常に微弱である。従って、好適には、光検出部は、フォトンカウンティングにより光検出領域からの光を検出する。その場合、時系列の光強度データが時系列のフォトンカウントデータとなる。また、一つの発光粒子が、蛍光一分子又は数分子などである場合、発光粒子の発する光は確率的に放出されるものであり、微小な時間に於いて信号の値の欠落が生じる可能性がある。そして、そのような欠落が生ずると、一つの発光粒子の存在に対応する信号の特定が困難となる。そこで、信号処理部は、時系列の光強度データを平滑化し、微小な時間に於ける信号値の欠落を無視できるようにデータを加工した後、平滑化された時系列の光強度データに於いて所定閾値を超える強度を有する釣鐘型のパルス状信号を単一の発光粒子からの光を表す信号として検出するよう構成されていてよい。
【0018】
上記の装置に於いて、試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、発光粒子の特性又は試料溶液中の数密度又は濃度に基づいて適宜変更となっていてよい。当業者に於いて理解される如く、発光粒子から検出される光の態様は、発光粒子の特性又は試料溶液中の数密度又は濃度によって変化し得る。特に、光検出領域の移動速度が速くなると、一つの発光粒子から得られる光量は低減することとなるので、一つの発光粒子からの光が精度よく又は感度よく計測できるように、光検出領域の移動速度は、適宜変更となっていることが好ましい。
【0019】
また、試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、好適には、検出対象となる発光粒子の拡散移動速度(ブラウン運動による粒子の平均の移動速度)よりも高く設定される。上記に説明されている如く、本発明の装置は、走査分子計数法を実行する場合、光検出領域が発光粒子の存在位置を通過したときにその発光粒子から発せられる光を検出して、発光粒子を個別に検出する。しかしながら、発光粒子が溶液中でブラウン運動することによりランダムに移動して、複数回、光検出領域を出入りする場合には、1つの発光粒子から複数回、(発光粒子の存在を表す)信号が検出されてしまい、検出された信号と1つの発光粒子の存在とを対応させることが困難となる。そこで、上記の如く、光検出領域の移動速度を発光粒子の拡散移動速度よりも高く設定し、これにより、1つの発光粒子を一つの(発光粒子の存在を表す)信号に対応させることが可能となる。なお、拡散移動速度は、発光粒子によって変わるので、上記の如く、発光粒子の特性(特に、拡散定数)に応じて、本発明の装置は、光検出領域の移動速度が適宜変更可能であるよう構成されていることが好ましい。
【0020】
光検出領域の位置の移動のための光学系の光路の変更は、任意の方式で為されてよい。例えば、レーザー走査型光学顕微鏡に於いて採用されているガルバノミラーを用いて光路を変更して光検出領域の位置が変更されるようになっていてよい。光検出領域の位置の移動軌跡は、任意に設定されてよく、例えば、円形、楕円形、矩形、直線及び曲線のうちから選択可能であってよい。
【0021】
更に、上記の本発明の装置によれば、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子からの光を検出し分析する光分析方法に於いて、励起光と検出光の偏光方向を互いに垂直にして検出光に於ける背景光の低減が可能となる新規な方法が提供される。即ち、本発明のもう一つの態様によれば、光分析方法は、予め定められた偏光成分から成る励起光を顕微鏡の光学系の光検出領域に照射する光照射過程と、光検出領域からの光に於ける励起光の偏光方向とは垂直な方向の偏光成分の強度を検出する光検出過程と、光検出部にて検出された励起光の偏光方向とは垂直な方向の偏光成分の強度を検出光の強度として用いて分析を実行する分析過程とを含むことを特徴とする。
【0022】
かかる方法に於いても、走査分子計数法に適用される場合、本発明の方法は、光検出過程に於いて、前記の光学系の光路を変更することにより光学系の光検出領域の試料溶液内に於ける位置を移動する過程と、試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動させながら励起光の偏光方向とは垂直な方向の偏光成分の強度を検出する過程とを含み、分析過程に於いて、検出された偏光成分に於いて個々の発光粒子からの光を表す信号を個別に検出する過程を含む。その場合、個別に検出された発光粒子からの信号の数を計数して光検出領域の位置の移動中に検出された発光粒子の数を計数する過程及び/又は検出された発光粒子の数に基づいて、試料溶液中の発光粒子の数密度又は濃度を決定する過程が含まれていてよい。また、光検出領域の位置を移動する過程に於いて、光検出領域の位置が所定の速度にて或いは発光粒子の拡散移動速度よりも速い速度にて移動されるようになっていてよく、光検出領域の位置の移動速度は、発光粒子の特性又は試料溶液中の数密度又は濃度に基づいて設定されるようになっていてよい。
【0023】
更に、1つの発光粒子が光検出領域に入ったことは、検出された時系列の光信号の形状に基づいて、例えば、所定の閾値より大きい強度を有する光信号が検出したときに判定されてよい。具体的には、光検出過程に於いて、偏光成分の強度を測定して光強度データが生成され、分析過程に於いて、光強度データ上に於いて所定閾値を超える強度を有する釣鐘型のパルス状信号が単一の発光粒子からの光を表す信号として検出されてよい。そして、光検出過程に於いて、フォトンカウンティングにより光検出領域からの光が検出され、時系列の光強度データが時系列のフォトンカウントデータである場合には、分析過程に於いて、時系列の光強度データが平滑化され、平滑化された時系列の光強度データに於いて所定閾値を超える強度を有する釣鐘型のパルス状信号が単一の発光粒子からの光を表す信号として検出されてよい。
【0024】
本発明による光分析技術は、典型的には、タンパク質、ペプチド、核酸、脂質、糖鎖、アミノ酸若しくはこれらの凝集体などの生体分子、ウイルス、細胞などの粒子状の生物学的な対象物の溶液中の状態の分析又は解析の用途に用いられるが、非生物学的な粒子(例えば、原子、分子、ミセル、金属コロイドなど)の溶液中の状態の分析又は解析に用いられてもよく、そのような場合も本発明の範囲に属することは理解されるべきである。
【発明の効果】
【0025】
後述の実施例からも理解される如く、本発明によれば、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いた走査分子計数法、FCS、FIDA、PCH等の光分析技術に於いて、背景光の大幅な低減が達成される。本発明の構成は、励起光の光路に光を或る方向に偏光させるための手段を設け、検出光の光路に光を励起光の偏光方向と垂直な方向に偏光させるための手段を設けるだけで達成可能であるので、装置の改良に要する費用は、比較的廉価である点で有利である。
【0026】
本発明のその他の目的及び利点は、以下の本発明の好ましい実施形態の説明により明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】図1(A)は、本発明を実現する光分析装置の内部構造の模式図である。図1(B)は、コンフォーカル・ボリューム(共焦点顕微鏡の観察領域)の模式図である。図1(C)は、ミラー7の向きを変更して試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動する機構の模式図である。
【図2】図2(A)、(B)は、本発明の原理を説明する図である。図2(C)、(D)は、それぞれ、本発明の一部を構成する走査分子計数法に於ける光検出の原理を説明する模式図及び計測される光強度の時間変化の模式図である。
【図3】図3は、本発明が適用される走査分子計数法の処理手順をフローチャートの形式で表した図である。
【図4】図4(A)、(B)は、それぞれ、走査分子計数法に於いて、発光粒子がブラウン運動をしながら光検出領域を横切る場合及び試料溶液内の光検出領域の位置を発光粒子の拡散移動速度よりも速い速度にて移動することにより発光粒子が光検出領域を横切る場合の粒子の運動の態様を表すモデル図である。図4(C)は、走査分子計数法に従って、計測された時系列光強度データ(フォトンカウントの時間変化)から発光粒子の存在を検出するための処理手順に於ける検出信号の信号処理過程の例を説明する図である。
【図5】図5は、計測されたフォトンカウントデータの実測例(棒グラフ)と、データをスムージングして得られる曲線(点線)と、パルス存在領域にてフィッティングされたガウス関数(実線)を示している。図中、「ノイズ」と付された信号は、ノイズ又は異物による信号であるとして無視される。
【図6】図6は、本実施形態の装置に於けるノイズの頻度を表す図である。(A)は、励起光及び検出光に於いて偏光方向による光の成分の選択をしていない場合であり、(B)は、互いに垂直となるように励起光の偏光方向と検出光の偏光方向を設定した場合(本発明の場合)である。
【図7】図7は、発光粒子を含んでいない溶液(バッファ溶液)を用いて走査分子計数法に従って得られた光強度データ(フォトンカウントデータ)の例を示している。(A)は、励起光及び検出光に於いて偏光方向による光の成分の選択をしていない場合であり、(B)は、互いに垂直となるように励起光の偏光方向と検出光の偏光方向を設定した場合(本発明の場合)である。図中、縦軸の単位は、フォトン数(個)であり、棒グラフは、ビンタイム10μ秒毎のフォトン数を示し、曲線は、ガウス関数のフィッティング曲線を示している。
【図8】図8は、発光粒子を含む試料溶液を用いて走査分子計数法に従って得られた光強度データ(フォトンカウントデータ)の例を示している。(A)は、励起光及び検出光に於いて偏光方向による光の成分の選択をしていない場合であり、(B)は、互いに垂直となるように励起光の偏光方向と検出光の偏光方向を設定した場合(本発明の場合)である。図中、縦軸の単位は、フォトン数(個)であり、棒グラフは、ビンタイム10μ秒毎のフォトン数を示し、曲線は、検出されたフォトン数に対するガウス関数のフィッティング曲線を示している。
【符号の説明】
【0028】
1…光分析装置(共焦点顕微鏡)
2…光源
3…シングルモードオプティカルファイバー
4…コリメータレンズ
4a…ポーラライザ
5…ダイクロイックミラー
6、7、11…反射ミラー
8…対物レンズ
9…マイクロプレート
10…ウェル(試料溶液容器)
12…コンデンサーレンズ
13…ピンホール
14…バリアフィルター
14a…偏光ビームスプリッタ
15…マルチモードオプティカルファイバー
16…光検出器
17…ミラー偏向器
17a…ステージ位置変更装置
18…コンピュータ
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
【0030】
光分析装置の構成
本発明は、図1(A)に模式的に例示されている如き、走査分子計数法、FCS、FIDA、PCH等が実行可能な共焦点顕微鏡の光学系と光検出器とを組み合わせてなる光分析装置に適用される。図1(A)を参照して、光分析装置1は、光学系2〜17と、光学系の各部の作動を制御すると共にデータを取得し解析するためのコンピュータ18とから構成される。光分析装置1の光学系は、通常の共焦点顕微鏡の光学系と同様であってよく、そこに於いて、光源2から放射されシングルモードファイバー3内を伝播したレーザー光(Ex)が、ファイバーの出射端に於いて固有のNAにて決まった角度にて発散する光となって放射され、コリメーター4によって平行光となり、ポーラライザ又は偏光素子4aに於いて、予め定められた偏光方向の光となるよう調整された後(ここに於いて、典型的には、p偏光又はs偏光のいずれか一方が透過する。)、ダイクロイックミラー5、反射ミラー6、7にて反射され、対物レンズ8へ入射される。対物レンズ8の上方には、典型的には、1〜数十μLの試料溶液が分注される試料容器又はウェル10が配列されたマイクロプレート9が配置されており、対物レンズ8から出射したレーザー光は、試料容器又はウェル10内の試料溶液中で焦点を結び、光強度の強い領域(励起領域)が形成される。試料溶液中には、観測対象物である発光粒子、典型的には、蛍光色素等の発光標識が付加された分子が分散又は溶解されており、発光粒子が励起領域に進入すると、その間、発光粒子が励起され光が放出される。放出された光(Em)は、対物レンズ8、ダイクロイックミラー5を通過し、ミラー11にて反射してコンデンサーレンズ12にて集光され、ピンホール13を通過する。なお、当業者に於いて知られている如く、ピンホール13は、対物レンズ8の焦点位置と共役の位置に配置されており、これにより、図1(B)に模式的に示されている如きレーザー光の焦点領域、即ち、励起領域内から発せられた光のみがピンホール13を通過し、焦点面以外からの光は遮断される。図1(B)に例示されたレーザー光の焦点領域は、通常、1〜10fL程度の実効体積を有する本光分析装置に於ける光検出領域であり、コンフォーカル・ボリュームと称される。コンフォーカル・ボリュームに於いては、典型的には、光強度が領域の中心を頂点とするガウス型分布又はローレンツ型分布となり、その実効体積は、光強度が1/eとなる面を境界とする略楕円球体の体積である。かくして、ピンホール13を通過した光は、バリアフィルター14を透過して(ここで、特定の波長帯域の光成分のみが選択される。)、その後、偏光ビームスプリッタ14aに於いて、s偏光成分とp偏光成分とに分割され、それぞれ、マルチモードファイバー15に導入され、対応する光検出器16s、16pに到達する。光検出器16s、16pでは、それぞれ、逐次的に到来する光が時系列の電気信号に変換されて、コンピュータ18へ入力され、後に説明される態様にて光分析のための処理が為される。光検出器16s、16pとしては、好適には、フォトンカウンティングに使用可能な超高感度の光検出器が用いられ、これにより、1つの発光粒子からの光、例えば、一個又は数個の蛍光色素分子からの微弱光が検出可能となる。光検出器には、典型的には、フォトダイオード、より好適には、APDが採用される。かくして、上記の構成により、偏光方向別に発光粒子からの光の強度が計測されることとなる。なお、本発明に於いては、光検出器16s、16pにて受容される光の検出値のうち、励起光の偏光方向と垂直な方向の成分の検出値のみが検出光の信号として参照される。
【0031】
また、上記の光分析装置の光学系に於いて、特に、後により詳細に説明される走査分子計数法を実行する場合には、更に、光学系の光路を変更して試料溶液内を光検出領域により走査する、即ち、試料溶液内に於いて焦点領域(即ち、光検出領域)の位置を移動するための機構が設けられる。かかる光検出領域の位置を移動するための機構としては、例えば、図1(C)に模式的に例示されている如く、反射ミラー7の向きを変更するミラー偏向器17が採用されてよい。かかるミラー偏向器17は、通常のレーザー走査型顕微鏡に装備されているガルバノミラー装置と同様であってよい。また、所望の光検出領域の位置の移動パターンを達成するべく、ミラー偏向器17は、コンピュータ18の制御の下、光検出器16による光検出と協調して駆動される。光検出領域の位置の移動経路は、円形、楕円形、矩形、直線、曲線又はこれらの組み合わせから任意に選択されてよい(コンピュータ18に於けるプログラムに於いて、種々の移動パターンが選択できるようになっていてよい。)。なお、図示していないが、対物レンズ8を上下に移動することにより、光検出領域の位置が上下方向に移動されるようになっていてもよい。上記の如く、試料溶液を移動するのではなく、光学系の光路を変更して光検出領域の位置を移動する構成によれば、試料溶液内に機械的な振動や流体力学的な作用が実質的に発生することがなくなり、観測対象物に対する力学的な作用の影響を排除することが可能となり、安定的な計測が達成される。
【0032】
なお、追加的な構成として、顕微鏡のステージ(図示せず)には、観察するウェル10を変更するべく、マイクロプレート9の水平方向位置を移動するためのステージ位置変更装置17aが設けられていてよい。ステージ位置変更装置17aの作動は、コンピュータ18により制御されてよい。
【0033】
発光粒子が多光子吸収により発光する場合には、上記の光学系は、多光子顕微鏡として使用される。その場合には、励起光の焦点領域(光検出領域)のみで光の放出があるので、ピンホール13は、除去されてよい。発光粒子がりん光により発光する場合には、上記の共焦点顕微鏡の光学系がそのまま用いられる。更に、光分析装置1に於いては、図示の如く、複数の励起光源2が設けられていてよく、発光粒子を励起する光の波長によって適宜、励起光の波長が選択できるようになっていてよい。
【0034】
本発明の原理
既に述べた如く、本発明に於いては、励起光として或る方向に偏光された光を用いて試料溶液を照射し、試料溶液から放出される光のうち、励起光の偏光方向と垂直な方向の偏光成分のみを検出光として検出する。かかる構成によれば、励起光が試料溶液に到達するまでに通過する光学系の種々の光学部品、接着剤等にて当たることにより生ずる散乱光、反射光、蛍光等といった背景光となり得る光の強度が、検出光に於いて大幅に低減されることとなる。図2(A)、(B)は、その原理を説明する励起光、吸収モーメント、検出光の方向の関係を示した図である。
【0035】
まず、図2(A)を参照して、一般に、或る方向(図中、水平方向)に偏光した励起光が当たった物質に於いては、光選択の原理により、物質の吸収モーメントの向きが励起光の偏光方向と異なる場合には、図中の点線矢印の如く、物質が励起される確率は低く、更に、光学部品等の如く固体物質は、吸収したエネルギーを放出する際にも物質の向きに変化が実質的にないため、励起光の偏光方向と垂直な方向(図中、鉛直方向)にて検出される光の成分の強度は、非常に小さくなる。従って、励起光と検出光の偏光方向とが互いに垂直である場合には、光学部品等から発せられる光の強度は、励起光と検出光に於いていずれの偏光方向にも光の選択をしない場合に比して、大幅に低減されることとなる。
【0036】
一方、図2(B)を参照して、試料溶液中に溶解し又は分散した発光粒子は、常に激しく回転運動しているので、励起光による励起時には、その吸収モーメントが励起光の偏光方向と同じ方向を向いており、高い確率にて励起される一方、光の放出時には、励起光の偏光方向と垂直の方向を向いており、その方向の偏光成分を放出するということが多数生ずる。従って、励起光と検出光の偏光方向とが互いに垂直である場合でも、試料溶液中の発光粒子から発せられる光の偏光の程度は、向きが不動の固体物質の場合に比して大幅に低いので、有意な強度の光が検出可能となる。即ち、励起光と検出光の偏光方向とが互いに垂直である構成を採用することにより、励起光と検出光に於いていずれの方向にも光の選択をしない場合に比して、発光粒子から発せられる光の検出光量又は強度を然程に落とさずに、光学部品等から放出される背景光の検出光量又は強度を低減することが可能となり、S/N比及び検出結果の精度が改善される。このことは、後述の実施例に於いて確かめられた。
【0037】
走査分子計数法
本発明の構成は、既に述べた如く、走査分子計数法、FCS、FIDA、PCHといった光分析技術を実行する装置に於いて適用される。本明細書に於いては、走査分子計数法に適用した場合について説明する。以下、「走査分子計数法」の原理及び具体的操作について概説する。
【0038】
1.走査分子計数法の原理
FCS、FIDA等の分光分析技術は、従前の生化学的な分析技術に比して、必要な試料量が極めて少なく、且つ、迅速に検査が実行できる点で優れている。しかしながら、FCS、FIDA等の分光分析技術では、原理的に、発光粒子の特性は、蛍光強度のゆらぎに基づいて算定されるので、精度のよい測定結果を得るためには、試料溶液中の発光粒子の濃度又は数密度が、蛍光強度の計測中に常に一個程度の発光粒子が光検出領域CV内に存在するレベルであり、計測時間中に常に有意な光強度が検出されることが要求される。もし発光粒子の濃度又は数密度がそれよりも低い場合、発光粒子がたまにしか光検出領域CV内へ進入しないレベルである場合には、有意な光強度の信号が、計測時間の一部にしか現れないこととなり、精度のよい光強度のゆらぎの算定が困難となる。また、計測中に常に一個程度の発光粒子が光検出領域内に存在するレベルよりも発光粒子の濃度が大幅に低い場合には、光強度のゆらぎの演算に於いて、バックグラウンドの影響を受けやすくなると共に、演算に十分な量の有意な光強度データを得るために計測時間が長くなる。
【0039】
そこで、本願出願人は、特願2010−044714及びPCT/JP2011/53481に於いて、発光粒子の濃度が、上記の如きFCS、FIDA等の分光分析技術にて要求されるレベルよりも低い場合でも、発光粒子の特性の検出を可能にする新規な原理に基づく「走査分子計数法」を提案した。
【0040】
走査分子計数法に於いて実行される処理としては、端的に述べれば、光検出領域の位置を移動するための機構(ミラー偏向器17)を駆動して光路を変更し、図1(C)にて模式的に描かれているように、試料溶液内に於いて光検出領域CVの位置を移動しながら、即ち、光検出領域CVにより試料溶液内を走査しながら、光検出が実行される。そうすると、例えば、図2(C)の如く、光検出領域CVが移動する間(図中、時間to〜t2)に於いて1つの発光粒子の存在する領域を通過する際(t1)には、発光粒子から光が放出され、図2(D)に描かれている如き時系列の光強度データ上に有意な光強度(Em)のパルス状の信号が出現することとなる。かくして、上記の光検出領域CVの位置の移動と光検出を実行し、その間に出現する図2(D)に例示されている如きパルス状の信号(有意な光強度)を一つずつ検出することによって、発光粒子が個別に検出され、発光粒子の特性に関する情報が取得できることとなる。かかる走査分子計数法の原理に於いては、蛍光強度のゆらぎの算出の如き統計的な演算処理は行われず、発光粒子が一つずつ検出されるので、FCS、FIDA等では十分な精度にて分析ができないほど、観測されるべき粒子の濃度が低い試料溶液でも、粒子の特性に関する情報が取得可能である。
【0041】
なお、既に述べた如く、特に本発明では、上記の走査分子計数法に於いて、励起光が一つの方向に偏光され、検出光としては、励起光の偏光方向と垂直な方向の偏光成分のみが参照され、時系列の光強度データに於ける背景光の低減が図られる。
【0042】
2.走査分子計数法の処理操作過程
図1(A)に例示の光分析装置1を用いた走査分子計数法に於いては、具体的には、(1)発光粒子を含む試料溶液の調製過程、(2)試料溶液の光強度の測定処理過程、及び(3)測定された光強度の分析処理過程が実行される。図3は、フローチャートの形式にて表した本実施形態に於ける処理過程を示している。
【0043】
(1)試料溶液の調製
本発明に於いて観測対象となる粒子は、溶解された分子等の、試料溶液中にて分散し溶液中にてランダムに運動する粒子であれば、任意のものであってよく、例えば、タンパク質、ペプチド、核酸、脂質、糖鎖、アミノ酸若しくはこれらの凝集体などの生体分子、ウイルス、細胞、或いは、金属コロイド、その他の非生物学的粒子などであってよい(試料溶液は、典型的には水溶液であるが、これに限定されず、有機溶媒その他の任意の液体であってよい。)。また、観測対象となる粒子は、それ自体が発光する粒子であってもよく、或いは、発光標識(蛍光分子、りん光分子)が任意の態様にて付加された粒子であってよい。
【0044】
(2)試料溶液の光強度の測定
本実施形態の走査分子計数法による光強度の測定処理過程では、ミラー偏向器17を駆動して、試料溶液内での光検出領域の位置の移動(試料溶液内の走査)を行いながら、光強度の測定が為される(図3−ステップ100)。操作処理に於いて、典型的には、マイクロプレート9のウェル10に試料溶液を注入して顕微鏡のステージ上に載置した後、使用者がコンピュータ18に対して、測定の開始の指示を入力すると、コンピュータ18は、記憶装置(図示せず)に記憶されたプログラムに従って、試料溶液内の光検出領域に於ける励起光の照射及び光強度の計測が開始される。計測が開始されると、まず、コンピュータ18のプログラムに従った処理動作の制御下、光源2から、試料溶液中の発光粒子の励起波長の光が出射されると共に、ミラー偏向器17がミラー7(ガルバノミラー)を駆動して、ウェル10内に於いて光検出領域の位置の移動を実行し、これと同時に光検出器16s、pは、それぞれ、逐次的に検出された光を電気信号に変換してコンピュータ18へ送信し、コンピュータ18は、任意の態様にて、送信された信号から時系列の光強度データを生成して保存する。典型的には、光検出器16s、pは、一光子の到来を検出できる超高感度光検出器であるので、光の検出は、所定時間に亘って、逐次的に、所定の単位時間毎(BIN TIME)に、例えば、10μ秒毎に光検出器に到来するフォトンの数を計測する態様にて実行されるフォトンカウンティングであり、時系列の光強度のデータは、時系列のフォトンカウントデータであってよい。
【0045】
光検出領域の位置の移動速度に関して、走査分子計数法に於いて、計測された時系列の光強度データからの発光粒子の個別の検出を、定量的に精度よく実行するために、好適には、光強度の計測中の光検出領域の位置の移動速度は、発光粒子のランダムな運動、即ち、ブラウン運動による移動速度よりも速い値に設定される。光検出領域の位置の移動速度が粒子のブラウン運動による移動に比して遅い場合には、図4(A)に模式的に描かれている如く、粒子が領域内をランダムに移動し、これにより、光強度がランダムに変化し(光検出領域の励起光強度は、領域の中心を頂点として外方に向かって低減する。)、個々の発光粒子に対応する有意な光強度の変化(発光粒子からの光を表す信号)を特定することが困難となる。そこで、好適には、図4(B)に描かれている如く、粒子が光検出領域CVを略直線に横切り、これにより、時系列の光強度データに於いて、個々の粒子に対応する光強度の変化のプロファイルが、図4(C)最上段に例示されている如く励起光強度分布と略同様の略釣鐘状となって、個々の発光粒子と光強度との対応が容易に特定できるように、光検出領域の位置の移動速度は、粒子のブラウン運動による平均の移動速度(拡散移動速度)よりも速く設定される。
【0046】
具体的には、拡散係数Dを有する発光粒子がブラウン運動によって半径Woの光検出領域(コンフォーカルボリューム)を通過するときに要する時間Δτは、平均二乗変位の関係式
(2Wo)=6D・Δτ …(1)
から、
Δτ=(2Wo)/6D …(2)
となるので、発光粒子がブラウン運動により移動する速度(拡散移動速度)Vdifは、概ね、
Vdif=2Wo/Δτ=3D/Wo …(3)
となる。そこで、光検出領域の位置の移動速度は、かかるVdifを参照して、それよりも十分に早い値に設定されてよい。例えば、発光粒子の拡散係数が、D=2.0×10−10/s程度であると予想される場合には、Woが、0.62μm程度だとすると、Vdifは、1.0×10−3m/sとなるので、光検出領域の位置の移動速度は、その略10倍以上の15mm/sなどと設定されてよい。なお、発光粒子の拡散係数が未知の場合には、光検出領域の位置の移動速度を種々設定して光強度の変化のプロファイルが、予想されるプロファイル(典型的には、励起光強度分布と略同様)となる条件を見つけるための予備実験を繰り返し実行して、好適な光検出領域の位置の移動速度が決定されてよい。
【0047】
なお、既に述べた如く、本発明に於いては、励起光と検出光の偏光方向を互いに垂直にする。従って、図1(A)に於いて、励起光が水平方向(紙面に於いて垂直方向)であれば、検出光として、鉛直方向(紙面の上下方向に平行方向)の成分を検出する光検出器16sの検出値が参照される。
【0048】
(3)光強度の分析
上記の処理により試料溶液中の発光粒子の時系列の光強度データが得られると、コンピュータ18に於いて、記憶装置に記憶されたプログラムに従った処理により、光強度データ上に於ける発光粒子からの光に対応する信号の検出、発光粒子濃度の算出等の分析が実行される。
【0049】
(i)発光粒子に対応する信号の検出
時系列の光強度データに於いて、一つの発光粒子の光検出領域を通過する際の軌跡が、図4(B)に示されている如く略直線状である場合、その粒子に対応する信号に於ける光強度の変化は、(光学系により決定される)光検出領域内の光強度分布を反映した略釣鐘状のプロファイルを有する(図4(C)最上段参照)。従って、走査分子計数法では、基本的には、適宜設定される閾値を超える光強度が継続する時間幅が所定の範囲にあるとき、その光強度のプロファイルを有する信号が一つの粒子が光検出領域を通過したことに対応すると判定され、一つの発光粒子の検出が為されるようになっていてよい。そして、閾値を超える光強度が継続する時間幅が所定の範囲にない信号は、ノイズ又は異物の信号として判定される。また、光検出領域の光強度分布が、ガウス分布:
I=A・exp(−2t/a) …(4)
であると仮定できるときには、有意な光強度のプロファイル(バックグラウンドでないと明らかに判断できるプロファイル)に対して式(4)をフィッティングして算出された強度A及び幅aが所定の範囲内にあるとき、その光強度のプロファイルが一つの粒子が光検出領域を通過したことに対応すると判定され、一つの発光粒子の検出が為されてよい。(強度A及び幅aが所定の範囲外にある信号は、ノイズ又は異物の信号として判定され、その後の分析等に於いて無視されてよい。)
【0050】
時系列光強度データからの発光粒子の一括的な検出を行う処理方法の一つの例としては、まず、時系列光強度データ(図4(C)、最上段「検出結果(未処理)」)に対して、スムージング(平滑化)処理が為される(図3−ステップ110、図4(C)中上段「スムージング」)。発光粒子の発する光は確率的に放出されるものであり、微小な時間に於いてデータ値の欠落が生じ得るため、かかるスムージング処理によって、前記の如きデータ値の欠落を無視できることとなる。スムージング処理は、例えば、移動平均法等により為されてよい。なお、スムージング処理を実行する際のパラメータ、例えば、移動平均法に於いて一度に平均するデータ点数や移動平均の回数など、は、光強度データ取得時の光検出領域の位置の移動速度(走査速度)、BIN TIMEに応じて適宜設定されてよい。
【0051】
次いで、スムージング処理後の時系列光強度データに於いて、有意なパルス状の信号(以下、「パルス信号」と称する。)が存在する時間領域(パルス存在領域)を検出するために、スムージング処理後の時系列光強度データの時間についての一次微分値が演算される(ステップ120)。時系列光強度データの時間微分値は、図4(C)中下段「時間微分」に例示されている如く、信号値の変化時点に於ける値の変化が大きくなるので、かかる時間微分値を参照することによって、有意な信号の始点と終点を有利に決定することができる。
【0052】
しかる後、時系列光強度データ上に於いて、逐次的に、有意なパルス信号を検出し、検出された信号が発光粒子に対応する信号であるか否かが判定される。具体的には、まず、時系列光強度データの時系列の時間微分値データ上にて、逐次的に時間微分値を参照して、一つのパルス信号の始点と終点とが探索され決定され、パルス存在領域が特定される(ステップ130)。一つのパルス存在領域が特定されると、そのパルス存在領域に於けるスムージングされた時系列光強度データに対して、釣鐘型関数のフィッティングが行われ(図4(C)下段「釣鐘型関数フィッティング」)、釣鐘型関数のパルスのピーク(最大値)の強度Ipeak、パルス幅(半値全幅)Wpeak、フィッティングに於ける(最小二乗法の)相関係数等のパラメータが算出される(ステップ140)。なお、フィッティングされる釣鐘型関数は、典型的には、ガウス関数であるが、ローレンツ型関数であってもよい。そして、算出された釣鐘型関数のパラメータが、一つの発光粒子が光検出領域を通過したときに検出されるパルス信号が描く釣鐘型のプロファイルのパラメータについて想定される範囲内にあるか否か、即ち、パルスのピーク強度、パルス幅、相関係数が、それぞれ、所定範囲内にあるか否か等が判定される(ステップ150)。かくして、図5左に示されている如く、算出された釣鐘型関数のパラメータが一つの発光粒子に対応する信号に於いて想定される範囲内にあると判定された信号は、一つの発光粒子に対応する信号であると判定され、これにより、一つの発光粒子が検出されたこととなる。一方、図5右に示されている如く、算出された釣鐘型関数のパラメータが想定される範囲内になかったパルス信号は、ノイズとして無視される。なお、本発明の構成によれば、背景光の低減によりノイズとして無視されるパルス信号の数が大幅に低減されることとなる。
【0053】
上記のステップ130〜150の処理に於けるパルス信号の探索及び判定は、時系列光強度データの全域に渡って繰り返し実行されてよい(ステップ160)。なお、時系列光強度データから発光粒子の信号を個別に検出する処理は、上記の手順に限らず、任意の手法により実行されてよい。
【0054】
(ii)発光粒子濃度の決定
更に、検出された発光粒子の信号の数を計数して、発光粒子の数の決定が為されてもよい(発光粒子のカウンティング)。また、任意の手法にて、光検出領域の通過した領域の総体積が算定されれば、その体積値と発光粒子の数とから試料溶液中の発光粒子の数密度又は濃度が決定される(ステップ170)。
【0055】
光検出領域の通過した領域の総体積は、励起光又は検出光の波長、レンズの開口数、光学系の調整状態に基づいて理論的に算定されてもよいが、実験的に、例えば、発光粒子の濃度が既知の溶液(対照溶液)について、検査されるべき試料溶液の測定と同様の条件にて、上記に説明した光強度の測定、発光粒子の検出及びカウンティングを行うことにより検出された発光粒子の数と、対照溶液の発光粒子の濃度とから決定されるようになっていてよい。具体的には、例えば、発光粒子の濃度Cの対照溶液について、対照溶液の発光粒子の検出数がNであったとすると、光検出領域の通過した領域の総体積Vtは、
Vt=N/C …(5)
により与えられる。また、対照溶液として、発光粒子の複数の異なる濃度の溶液が準備され、それぞれについて測定が実行されて、算出されたVtの平均値が光検出領域の通過した領域の総体積Vtとして採用されるようになっていてよい。そして、Vtが与えられると、発光粒子のカウンティング結果がnの試料溶液の発光粒子の濃度cは、
c=n/Vt …(6)
により与えられる。なお、光検出領域の体積、光検出領域の通過した領域の総体積は、上記の方法によらず、任意の方法にて、例えば、FCS、FIDAを利用するなどして与えられるようになっていてよい。また、本実施形態の光分析装置に於いては、想定される光検出領域の移動パターンについて、種々の標準的な発光粒子についての濃度Cと発光粒子の数Nとの関係(式(5))の情報をコンピュータ18の記憶装置に予め記憶しておき、装置の使用者が光分析を実施する際に適宜記憶された関係の情報を利用できるようになっていてよい。
【0056】
かくして、上記の本発明によれば、光検出領域により試料溶液中にて走査して発光粒子を個別に検出する走査分子計数法に於いて、試料溶液中の発光粒子のカウンティング、濃度の決定等が可能となる。
【0057】
上記に説明した本発明の有効性を検証するために、以下の如き実験を行った。なお、以下の実施例は、本発明の有効性を例示するものであって、本発明の範囲を限定するものではないことは理解されるべきである。
【実施例1】
【0058】
試料溶液として、リン酸緩衝液(0.1% Pluronic F−127を含む)中に発光粒子を含まない溶液(バッファ溶液)と、発光粒子として、蛍光色素ATTO647Nを、濃度が1pM、10pMとなるように溶解した溶液(1pM溶液、10pM溶液)をそれぞれ調製した。次に、調製した試料溶液30μLをマイクロプレートのウェルに分注した。なお、光分析装置として、共焦点蛍光顕微鏡の光学系とフォトンカウンティングシステムを備えた1分子蛍光測定装置MF20(オリンパス株式会社)を用いた。励起光は、10mWの640nmのレーザー光とし、検出波長帯域は、バンドパスフィルターを用いて、中心波長685nm、幅50nmの波長帯域とした。光の測定に於いては、上記の「(2)試料溶液の光強度の測定」にて説明した態様に従って、上記の各々の試料溶液について、時系列光強度データ(フォトンカウントデータ)を取得した。試料溶液中に於ける光検出領域は、77mm/秒の移動速度にて移動させた。また、BIN TIMEを10μ秒とし、測定時間は、1秒間とした。なお、本発明の教示に従って、励起光と検出光の偏光方向が互いに垂直となるよう光成分を選択する場合には、励起光光路にてポーラライザを用いて励起光の偏光方向を水平方向(図1(A)、図6の紙面に於いて垂直方向)とし、ピンホール通過後の検出光光路にて偏光ビームスプリッタを用いて検出光を励起光の偏光方向と同一の方向と垂直な方向とに分離して励起光の偏光方向と垂直な方向の成分を抽出した。また、本発明の構成による効果の確認のために、装置に於いて、励起光光路に於けるポーラライザ4aと検出光光路に於ける偏光ビームスプリッタ14aを除去した状態に於いても同様に測定を行った。
【0059】
光強度の測定後、上記の「(3)(i)発光粒子に対応する信号の検出」に記載された処理手順に従って、各条件に於ける試料溶液について取得された時系列のフォトンカウントデータ中にて検出された発光粒子からの光を表す信号を計数した。ステップ110に於けるデータの移動平均法によるスムージングに於いては、一度に平均するデータ点は9個とし、移動平均処理を5回繰り返した。また、ステップ140のフィッティングに於いては、時系列データに対してガウス関数を最小二乗法によりフィッティングし、(ガウス関数に於ける)ピーク強度、ピーク幅(半値全幅)、相関係数を決定した。更に、ステップ150に於ける判定処理では、下記の条件:
20μ秒<パルス幅<400μ秒
ピーク強度>1.0[pc/10μs] …(A)
相関係数>0.95
を満たすパルス信号のみを発光粒子に対応する信号であると判定する一方、上記の条件を満たさないパルス信号はノイズとして無視し、発光粒子に対応する信号であると判定された信号の数を「パルス数」として計数した。なお、上記のピーク強度の閾値は、光検出器APD自身のノイズが発光粒子の信号として誤検出されない程度の大きさである。
【0060】
図6は、上記の装置及び測定条件に於いてバッファ溶液を用いて計測を行った場合のノイズの頻度を示しており、図7は、上記の如く走査分子計数法に従った計測により得られた時系列フォトンカウントデータの一部を示している。まず、図7(A)[ポーラライザ4aと偏光ビームスプリッタ14aを除去した状態(励起光と検出光に於いて偏光方向による選択していない場合)]と図7(B)[ポーラライザ4aと偏光ビームスプリッタ14aを使用した状態(励起光と検出光の偏光方向が互いに垂直になるよう選択している場合)]との時系列フォトンカウントデータを比較して明らかな如く、本発明の教示に従って、図7(B)の励起光と検出光の偏光方向が互いに垂直になるよう選択している場合のデータ上のノイズの出現頻度は、図7(A)の励起光と検出光に於いて偏光方向による選択していない場合に比して、大幅に低減していることが観察された。具体的にノイズの発生頻度は、ポーラライザ4aと偏光ビームスプリッタ14aを除去した状態(図6(A)参照)に於いては、64.4Hzであったのに対し、ポーラライザ4aと偏光ビームスプリッタ14aを使用した状態(図6(B)参照)に於いては、水平(H)方向が39.4Hzであり、鉛直(V)方向が16.9Hzであった。光検出器自体の背景ノイズは、約0.2Hzであることが調べられているので、これらのノイズの頻度は、背景光の強さに対応すると考えられる。そして、ポーラライザ4aと偏光ビームスプリッタ14aを使用した状態に於けるノイズの総計は、56.3Hz(=39.4+16.9)となるので、ポーラライザ4aと偏光ビームスプリッタ14aを使用して励起光と検出光の偏光方向が互いに垂直になるよう光成分を選択することにより、励起光の総量が90%(=56.3/64.4)程度になる一方、検出光に於ける背景光を相対的に30%(=16.9/56.3)まで低減できることを示している。試料溶液の発光粒子は、激しく回転運動しているので、水平方向と鉛直方向の偏光成分の比は、1.1:1となると想定されるので、励起光と検出光の偏光方向を互いに垂直にする光成分の選択によって、S/N比の向上が図られることが示された。
【0061】
図8は、1pM溶液を用いて上記の装置及び測定条件にて走査分子計数法に従った計測により得られた時系列フォトンカウントデータの一部を示している。図8(A)[ポーラライザ4aと偏光ビームスプリッタ14aを除去した状態(励起光と検出光に於いて偏光方向による選択していない場合)]と図8(B)[ポーラライザ4aと偏光ビームスプリッタ14aを使用した状態(励起光と検出光の偏光方向が互いに垂直になるよう選択している場合)]との時系列フォトンカウントデータを比較して明らかな如く、本発明の教示に従って、図8(A)の励起光と検出光に於いて偏光方向による選択していない場合のデータ上に於いては、背景光による信号が多数含まれていることにより、ガウス関数のフィッティング曲線の重複や輝度が低いにもかかわらず幅の広いパルス信号など、パルス信号の形状にばらつきが観察された。しかしながら、図8(B)の励起光と検出光の偏光方向が互いに垂直になるよう選択している場合のデータ上に於いては、ガウス関数のフィッティング曲線の重複は少なく、パルス信号の形状のばらつきも少なかった。
【0062】
下記の表1は、バッファ溶液、1pM溶液、10pM溶液をそれぞれ用いて上記の装置及び測定条件にて走査分子計数法に従った計測により得られた時系列フォトンカウントデータに於いて条件(A)を満たした(発光粒子の信号として検出された)パルス信号の数を示している。
【表1】

表1を参照して、励起光と検出光に於いて偏光方向による選択していない場合(偏光選択なし)に於いては、バッファ溶液に於いても、パルス信号の検出数が1000を超え、背景光の光を発光粒子の信号であるとの誤検出がなされ、また、1pM溶液及び10pM溶液の検出数に於いて、バッファ溶液の検出数を差し引いても、発光粒子濃度に対応した比例関係は得られなかった。一方、励起光と検出光の偏光方向が互いに垂直になるよう選択している場合(偏光選択あり)に於いては、バッファ溶液の検出数は0であり、1pM溶液及び10pM溶液の検出数は、発光粒子濃度に概ね対応した比例関係(1:10)が得られた。この結果は、本発明の手法による背景光の低減によって、発光粒子の検出結果の精度が向上することを示唆している。
【0063】
かくして、上記の実施例の結果から理解される如く、上記の本発明によれば、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いた光分析技術に於いて、励起光として或る方向に偏光した光を用いて、検出光として、励起光の偏光方向に垂直な方向の偏光成分を参照することにより、検出値に於ける背景光の影響が低減され、S/N比及び結果精度の向上が図られることとなる。即ち、本発明に於いては、上記の如き光分析技術に於いて、光学部品の材料として散乱光や蛍光の小さい材料を選択する方法以外の手法にて、背景光の低減が達成され、より良好な精度にて計測が実行できることとなる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子からの光を検出し分析する光分析装置であって、
予め定められた偏光成分から成る励起光を前記光学系の光検出領域に照射する光照射部と、
前記光検出領域からの光に於ける前記励起光の偏光方向とは垂直な方向の偏光成分の強度を検出する光検出部と、
を含み、
前記光検出部にて検出された前記励起光の偏光方向とは垂直な方向の偏光成分の強度を検出光の強度として用いて分析が為されることを特徴とする装置。
【請求項2】
請求項1の装置であって、更に、
前記光学系の光路を変更することにより前記試料溶液内に於いて前記光学系の光検出領域の位置を移動する光検出領域移動部と、
前記試料溶液内に於いて前記光検出領域の位置を移動させながら前記光検出器にて検出された前記偏光成分に於いて前記発光粒子の各々からの光を表す信号を個別に検出する信号処理部と
を含むことを特徴とする装置。
【請求項3】
請求項2の装置であって、前記信号処理部が、前記個別に検出された発光粒子からの光を表す信号の数を計数して前記光検出領域の位置の移動中に検出された前記発光粒子の数を計数することを特徴とする装置。
【請求項4】
請求項2又は3の装置であって、前記光検出領域移動部が前記発光粒子の拡散移動速度よりも速い速度にて前記光検出領域の位置を移動することを特徴とする装置。
【請求項5】
請求項2乃至4のいずれかの装置であって、前記光検出部が、前記偏光成分の強度を測定して光強度データを生成し、前記信号処理部が前記光強度データ上に於いて所定閾値を超える強度を有する釣鐘型のパルス状信号を単一の前記発光粒子からの光を表す信号として検出することを特徴とする装置。
【請求項6】
請求項5の装置であって、前記光検出部がフォトンカウンティングにより前記光検出領域からの光を検出し、前記時系列の光強度データが時系列のフォトンカウントデータであり、前記信号処理部が前記時系列の光強度データを平滑化し、前記平滑化された時系列の光強度データに於いて前記所定閾値を超える強度を有する釣鐘型のパルス状信号を単一の前記発光粒子からの光を表す信号として検出することを特徴とする装置。
【請求項7】
共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子からの光を検出し分析する光分析方法であって、
予め定められた偏光成分から成る励起光を前記光学系の光検出領域に照射する光照射過程と、
前記光検出領域からの光に於ける前記励起光の偏光方向とは垂直な方向の偏光成分の強度を検出する光検出過程と、
前記光検出部にて検出された前記励起光の偏光方向とは垂直な方向の偏光成分の強度を検出光の強度として用いて分析を実行する分析過程と、
を含むことを特徴とする方法。
【請求項8】
請求項7の方法であって、
前記光検出過程に於いて、
前記光学系の光路を変更することにより前記試料溶液内に於いて前記光学系の光検出領域の位置を移動する過程と、
前記試料溶液内に於いて前記光検出領域の位置を移動させながら前記励起光の偏光方向とは垂直な方向の偏光成分の強度を検出する過程と、
を含み、
前記分析過程に於いて、
前記検出された前記偏光成分に於いて個々の発光粒子からの光を表す信号を個別に検出する過程
を含むことを特徴とする方法。
【請求項9】
請求項8の方法であって、更に、前記個別に検出された発光粒子からの光を表す信号の数を計数して前記光検出領域の位置の移動中に検出された前記発光粒子の数を計数する過程を含むことを特徴とする方法。
【請求項10】
請求項8又は9のいずれかの方法であって、前記光検出領域の位置を移動する過程に於いて、前記光検出領域の位置が前記発光粒子の拡散移動速度よりも速い速度にて移動されることを特徴とする方法。
【請求項11】
請求項8乃至10のいずれかの方法であって、前記光検出過程に於いて、前記偏光成分の強度を測定して光強度データが生成され、前記分析過程に於いて、前記光強度データ上に於いて所定閾値を超える強度を有する釣鐘型のパルス状信号が単一の前記発光粒子からの光を表す信号として検出されることを特徴とする方法。
【請求項12】
請求項11の方法であって、前記光検出過程に於いて、フォトンカウンティングにより前記光検出領域からの光が検出され、前記時系列の光強度データが時系列のフォトンカウントデータであり、前記分析過程に於いて、前記時系列の光強度データが平滑化され、前記平滑化された時系列の光強度データに於いて前記所定閾値を超える強度を有する釣鐘型のパルス状信号が単一の前記発光粒子からの光を表す信号として検出されることを特徴とする装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−19764(P2013−19764A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−153381(P2011−153381)
【出願日】平成23年7月11日(2011.7.11)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】