説明

内水相を固定化することを特徴とするリポソームの製造方法

【課題】各種の水溶性の薬剤類の内包率を従来よりも高め、かつリポソームの安定性を向上させることができるリポソームの製造方法を提供する。
【解決手段】有機溶媒(O)、水性溶媒(W1)、実質的にW1の流動性を抑える効果を有する添加剤(A)、および混合脂質成分(F1)を含む混合液(さらにリポソームに内包させるべき物質を添加してもよい)を乳化することによりW1/Oエマルションを調製する一次乳化工程などを有するリポソームの製造方法。上記添加剤(A)としては、ゲル化剤、生体適合性ポリマー、または網状高分子を用いることが好ましい。また上記一次乳化工程に続いて行われる二次乳化工程では、撹拌乳化法、膜乳化法、または液滴法を用いることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医薬、食品、化粧品のドラッグキャリアとして利用可能なリポソームに関する。
【背景技術】
【0002】
リポソームは、リン脂質を主成分とする脂質二重膜からなる閉鎖小胞体である。細胞膜と類似の構造および機能を有するため、免疫系を刺激しにくく(低抗原)、素材としての安全性が高い。また、水溶性の薬剤を脂質二重膜で囲まれた内水相に、脂溶性の薬剤類を脂質二重膜中に取り込むことができ、本来不安定で失活しやすい薬効成分等を安定的に保持することが可能である。このようなことから、医薬品、化粧品、食品などの分野におけるリポソームの用途、たとえば薬物送達システム(Drug Delivery System: DDS)における利用に好適なリポソーム製剤について、盛んに研究、開発が行われている。
【0003】
リポソームに関する研究課題の一つとして、内水相に含まれる薬剤類の内包率(リポソーム懸濁液に含まれる薬剤類の総質量、換言すれば製造原料として用いた薬剤類の総質量に対する、リポソームに内包された薬物類の質量の割合)をいかに向上させるかということがある。リポソームの脂質二重膜は配列しただけの弱い結合なので、内包された水溶液はある程度行き来することができ(ただし、イオン性の物質や高分子は行き来することができない)、加えて粒子としての強度があまり高くないため、薬剤類はリポソームから漏出しやすい。
【0004】
特許文献1には、W/Oエマルションを冷却して内包させるべき物質が溶解または懸濁している内水相(W)を凍結・固定化し、液状を維持している油相(O)を除去してW/air(空気)状態とした後、外水相を添加してリポソームを製造する方法が記載されている。この方法では、理論的には、凍結した内水相中の薬剤類は外水相に移行せず、また氷の強度により粒子が壊れたり凝集することはないと考えられる。しかしながら、実施例における内水相中の薬剤類の内包率は高くても40%程度であり、内包率を向上させるという目的は十分には達成されていない。
【0005】
一方、W/Oエマルションを形成した後、これを撹拌下に水性溶媒中に滴下することによりリポソームを製造する「マイクロカプセル化法」が知られている(たとえば特許文献2)。このマイクロカプセル化法で用いられる撹拌乳化法や、膜乳化法、液適法などのW/O/Wエマルションを形成する方法は、内水相(W1)は外水相(W2)と接することがないため、内水相の薬剤は外水相へ移動することはできないはずだと考えられているが、実際には薬剤が外水相へ移動してしまうことがほとんどである。特許文献2の実施例の結果で示されているように薬剤類の内包率も十分には高まらない(12〜45%)ため、マイクロカプセル化法は実用化には至っていない。
【0006】
また、リポソーム製剤に内包される薬剤自体の特殊な性状を利用して効率よくこれを保持しようとするアプローチもある。たとえば、日本国内で市販されているリポソーム製剤「ドキシル(DOXIL)」(登録商標)は、溶解度がpH依存性である抗がん剤ドキソルビシンを内包する。製造工程で内水相を酸性に保ちつつ外水相を中和すると、弱塩基性である上記薬剤はリポソーム膜の相転移温度以上で内水相に移動して硫酸アンモニウム溶液と塩を形成し、これにより安定化されて高濃度でリポソームに内包されるようになる。しかしながら、このような方法を利用できる特殊な性状を有する薬剤類は極めて限定的である。
【0007】
特許文献3には、内部に標識物質が封入されているリポソームをゼラチン等の化合物を含有する液に分散したものであって、さらにリポソーム内部にもゼラチン等の化合物を封入してもよい、長期保存用の免疫分析試薬が記載されている。しかしながらこの文献には、そのような免疫分析試薬の製造方法として、一段階でリポソームを調製した後、それをゼラチン溶液に懸濁させる方法しか記載されていない。
【0008】
特許文献4には、ゲル化剤(ゼラチン、カラギーナン等)をゲル−ゾル相転移温度より高い温度で水性溶液中にゆっくり撹拌下に溶解し、この溶液に脂質を混合しゆっくりと撹拌してエマルションを形成し、つづいて急速に撹拌することにより、ゲル化内部核を有するリポソーム分散液の製造方法が記載されている。しかしながら、この文献に記載されたリポソームの製造方法も一段階の乳化によるものである。
【0009】
特許文献5には、天然由来の保湿性ポリマーと水溶性薬剤を混合した水溶液およびリポソーム壁材溶液とを混合して作製する、水溶性薬剤内包リポソームの製造方法が記載されている。しかしながらこの文献(実施例)にも、バンガム法、超臨界二酸化炭素法、超音波分散機による乳化など、一段階でリポソームを製造する方法しか記載されておらず、いずれの方法によっても内包率は7%前後に留まっている。しかもこの文献に記載の発明では、代表的なゲル化剤であるゼラチンで用いた場合(比較製造例2)に、増粘が激しく十分な分散ができず、良好な水溶性薬剤内包リポソームが得られないという結果に終わっている。
【0010】
上記特許文献3〜5のいずれにも、後に説明する本発明の製造方法のような二段階の乳化工程を経る製造方法において、まず一次乳化工程でゼラチン等の化合物を用いることにより水溶性薬剤の内包率が向上する効果が得られるということは記載も示唆もされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第4009733号公報
【特許文献2】特開2001−139460号公報
【特許文献3】特許第2780116号公報
【特許文献4】特表2002−511077号公報
【特許文献5】特開2008−133195号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、各種の水溶性の薬剤類の内包率を従来よりも高め、かつリポソームの安定性を向上させることができるリポソームの製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、前記特許文献1に記載の方法について検討し、この方法で内包率が高まらないのは、氷結した内水相は固くて比較的安定的であるものの外水相に触れたとたんに溶けてしまうなどの理由により、油相除去後の状態が前述のような理論通りにはならないためであると推論した。
【0014】
また、前記特許文献2に記載の方法では、W1/O/W2エマルション粒子は柔らかいため、撹拌によって内水相(W1)を包む脂質膜が破れるケースやO相がせん断されるケースが生じ、内水相(W1)が安定に存在し得ないことが、薬剤類の内包率が高まらない大きな理由になっていると推論した。
【0015】
そしてさらに検討を重ね、一次乳化工程において実質的に水性溶媒の流動性を抑える効果を有する各種の添加剤を用いてW1/Oエマルションを形成する(いわば内水相を固定化する)ことなどにより、内水相の薬剤が外水相へ移動することができない状況を作り出すことで、水溶性薬剤類の内包率を改善することができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0016】
なお、前記特許文献3〜5に記載されたリポソームの製造方法でもゼラチンなどの添加剤は用いられているが、本発明とは対照的に、これらの方法では内水相の固定化と外水相の固定化を何ら区別して考えておらず、リポソームを懸濁液としてまたは粉末化して長期間保存したときの安定性はともかく、水溶性薬剤の内包率の向上には寄与していない。
【0017】
すなわち、本発明のリポソームの製造方法は、下記工程(1)〜(3)を有することを特徴とする;
(1)一次乳化工程:有機溶媒(O)、水性溶媒(W1)、実質的にW1の流動性を抑える効果を有する添加剤(A)、および混合脂質成分(F1)を含む混合液を乳化することにより、W1/Oエマルションを調製する工程;
(2)二次乳化工程:水性溶媒(W2)、混合脂質成分(F2)、および上記工程(1)により得られたW1/Oエマルションを乳化することにより、W1/O/W2エマルションを調製する工程;
(3)上記工程(2)により得られたエマルションに含まれる有機溶媒を除去することにより、リポソームの懸濁液を調製する工程;
ただし、上記一次乳化工程は、さらにリポソームに内包させるべき物質を添加した上で行ってもよい。
【0018】
この製造方法では、前記リポソームに内包させるべき物質として医療用の薬剤類を用い、得られるリポソームの平均粒径を50〜1000nmとすることが好ましい。なお、本発明におけるリポソームの「平均粒径」は数平均粒子径を指す。前記工程(2)の乳化方法としては、撹拌乳化法、膜乳化法、または液滴法を用いることが好ましい。前記添加剤(A)としては、ゲル化剤、生体適合性ポリマー、または網状高分子(好ましくは、リポソーム膜の表面を覆う網状部分とリポソーム膜の内部に位置するアンカー部分とを有する網状高分子)を用いることが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明のリポソームの製造方法では、一次乳化工程で特定の添加剤を用いることにより内水相の流動性を抑制し、またリポソーム膜の強度を増すことができるため、二次乳化工程において撹拌乳化法、膜乳化法、液適法などを用いた場合にもW/O/Wエマルション粒子は破壊されにくくなり、内包率の低下を抑制することができる。その結果、水溶性薬剤類の内包率を向上させて効率的にリポソームを製造できるようになり、あわせてリポソーム粒子の安定性も改善することができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
− 製造原料 −
・実質的にW1の流動性を抑える効果を有する添加剤(A)
本発明において「実質的にW1の流動性を抑える効果を有する添加剤」とは、水性溶媒W1に添加することによりその流動性を低くして、当該溶媒自体や溶解ないし懸濁している薬剤類のリポソーム膜を介した移動を抑制し、リポソームに内包させるべき物質(水溶性薬剤類)の内包率をそれを用いない場合よりも向上させる効果を有する添加剤であって、より具体的には、以下に説明するゲル化剤、生体適合性ポリマー、または網状高分子のような物質をいう。
【0021】
(1)ゲル化剤
本発明で用いる「ゲル化剤」は、水性溶媒W1をゲル化して固化する性質を有することによりW1の流動性を抑える物質を指し、温度依存的に可逆的にゾル−ゲル転移をする点で後述する「増粘安定剤」などの他の添加剤(A)とは区別されるものである。
【0022】
ゲル化剤としては、ゼラチン、寒天、カラギーナン、ペクチンなど、医薬品や食品等に添加される各種のゲル化剤を用いることができる。ゲル化剤の添加量は、たとえばゼラチンであれば水性溶媒(W1)に対して0.1〜5重量%が好ましく、1〜2重量%が最も好ましい。他のゲル化剤についても上記の割合でゼラチンを添加したときと同程度の固さのゲルが得られるような添加量とすることが好ましい。
【0023】
(2)生体適合性ポリマー
本発明で用いる「生体適合性ポリマー」は、水性溶媒W1の粘性を高める性質や、リポソーム膜を通過できない高分子量(約1万以上と考えられる)を有することによりW1の流動性を抑える生体適合性ポリマーを指し、リン脂質と化学的相互作用するあるいは物理的相互作用(配列)する分子構造を有さない点で後述する「網状高分子」とは区別されるものである。
【0024】
このような生体適合性ポリマーとしては、たとえば、増粘剤・安定剤としても知られているデキストラン、キトサン、カルボキシメチルセルロースナトリウム、キサンタンガム、ローカストビーンガム、グァーガム、その他の多糖類や、医薬品等の分野で用いられている両親媒性ポリマー、ポリ乳酸、タンパク質、核酸、非天然タンパク質、非天然核酸、などが挙げられる。生体適合性ポリマーのうち増粘剤・安定剤の添加量は、たとえばデキストランであれば水性溶媒(W1)に対して0.001〜1重量%が好ましく、0.01〜0.1重量%が最も好ましい。他のものについても上記の割合でデキストランを添加したときと水性溶媒W1の粘度が同程度となるような添加量とすることが好ましい。また、両親媒性ポリマーなど増粘剤・安定剤以外の生体適合性ポリマーの添加量は、水性溶媒(W1)に対して0.001〜1重量%が好ましく、0.01〜0.1重量%が最も好ましい。
【0025】
(3)網状高分子
本発明で用いる「網状高分子」は、リポソーム膜の表面(主として内水相側)をコーティングするような網状の分子構造を有することにより水性溶媒W1の流動性を抑える高分子を指す。たとえば、プルラン誘導体、PVLA(ポリビニルベンジルラクトンアミド)、P(VMA−co−VAL)(N−p−ビニルベンジル−D−ラクトンアミドと4−ビニルベンジルヘキサデカンアミドの共重合体)などの化合物を用いることができる。網状高分子の添加量は、水性溶媒(W1)に対して0.001〜10重量%が好ましく、0.1〜2重量%が最も好ましい。
【0026】
また、網状高分子としては、リポソーム膜の表面を覆う網状部分とリポソーム膜の内部に位置するアンカー部分とを有するものが好ましい。たとえば、コレステロールの1位の水酸基に網状の分子構造(たとえばプルランなどの多糖、重合ポリマー)を有する部位を導入したコレステロール誘導体や、アルキル鎖に網状の分子構造を導入した誘導体(たとえばP(VMA−co−VAL))を用いることができる。このような網状高分子は、混合脂質成分(F1)とともにリポソーム膜の一部を構成するといえる。
【0027】
・混合脂質成分(F1)・(F2)
一次乳化工程で用いる混合脂質成分(F1)は主としてリポソームの脂質二重膜の内膜を構成し、二次乳化工程で用いる混合脂質成分(F2)は主として外膜を構成する。混合脂質成分(F1)および(F2)は、同一の組成であっても、異なる組成であってもよい。
【0028】
これらの混合脂質成分の配合組成は特に限定されるものではないが、一般的には、リン脂質(動植物由来のレシチン;ホスファチジルコリン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルグリセロール、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジン酸またはそれらの脂肪酸エステルであるグリセロリン脂質;スフィンゴリン脂質;これらの誘導体等)と、脂質膜の安定化に寄与するステロール類(コレステロール、フィトステロール、エルゴステロール、これらの誘導体等)とを中心に構成され、さらに糖脂質、グリコール、脂肪族アミン、長鎖脂肪酸(オレイン酸、ステアリン酸、パルミチン酸等)、その他各種の機能性を賦与する化合物が配合されていてもよい。混合脂質成分の配合比も、脂質膜の安定性やリポソームの生体内での挙動などの性状を考慮しながら、用途に応じて適切に調整すればよい。
【0029】
・水性溶媒(W1)・(W2)、有機溶媒(O)
水性溶媒(W1)および(W2)ならびに有機溶媒(O)は公知の一般的なものを用いることができる。一次乳化工程で用いられる水性溶媒(W1)および有機溶媒(O)は、それぞれW1/Oエマルションの水相および油相をなし、二次乳化工程で用いられる水性溶媒(W2)は、W1/O/W2エマルションの外水相をなす。水性溶媒としては、たとえば純水に必要に応じて水と混合する他の溶媒、浸透圧調整のための塩類・糖類、pH調整のための緩衝液などを配合したものが挙げられ、有機溶媒としては、たとえばヘキサン(n−ヘキサン)やクロロホルムなど、水性溶媒と混合しない化合物からなるものが挙げられる。
【0030】
・内包させるべき物質
本発明において、リポソームに内包させるべき物質(薬剤類と総称する)は特に限定されるものではなく、リポソームの用途に応じて医薬品、化粧品、食品などの分野で知られている各種の物質を用いることができる。
【0031】
薬剤類のうち医療用の水溶性のものとしては、たとえば、造影剤(X線造影用の非イオン性ヨード化合物、MRI造影用のガドリニウムとキレート化剤とからなる錯体等)、抗がん剤(アドリアマイシン、ビラルビシン、ビンクリスチン、タキソール、シスプラチン、マイトマイシン、5−フルオロウラシル、イリノテカン、エストラサイト、エピルビシン、カルボプラチン、イントロン、ジェムザール、メソトレキセート、シタラビン等)、抗菌剤、抗酸化性剤、抗炎症剤、血行促進剤、美白剤、肌荒れ防止剤、老化防止剤、発毛促進性剤、保湿剤、ホルモン剤、ビタミン類、核酸(DNAもしくはRNAのセンス鎖もしくはアンチセンス鎖、プラスミド、ベクター、mRNA、siRNA等)、タンパク質(酵素、抗体、ペプチド等)、ワクチン製剤(破傷風などのトキソイドを抗原とするもの;ジフテリア、日本脳炎、ポリオ、風疹、おたふくかぜ、肝炎などのウイルスを抗原とするもの;DNAまたはRNAワクチン等)などの薬理的作用を有する物質や、色素・蛍光色素、キレート化剤、安定化剤、保存剤などの製薬助剤が挙げられる。
【0032】
− リポソームの製造方法 −
本発明のリポソームの製造方法は、下記工程(1)〜(3)を有し、必要に応じてその他の工程を適宜組み合わせることができるものである。
【0033】
(1)一次乳化工程
一次乳化工程は、有機溶媒(O)、水性溶媒(W1)、実質的にW1の流動性を抑える効果を有する添加剤、および混合脂質成分(F1)を含む混合液を乳化することにより、W1/Oエマルションを調製する工程である。
【0034】
一次乳化工程でW1/Oエマルションを調製するための方法は特に限定されるものではなく、超音波乳化機、撹拌乳化機、膜乳化機、高圧ホモジナイザーなどの装置による方法を用いることができる。
【0035】
添加剤(A)としてゲル化剤を用いる場合、一次乳化工程はそのゲル化剤のゾル−ゲル相転移温度よりも高い温度で行い、W1/Oエマルションが形成された後の適切な段階で、温度を下げてゲル化させる必要がある。
【0036】
本発明では、リポソームに水溶性薬剤類を内包させるために、(i)一次乳化工程の水性溶媒(W1)に水溶性薬剤類をあらかじめ溶解または懸濁させておき、二次乳化工程終了時点でそれを内包するリポソームが得られるようにする方法、(ii)水溶性薬剤類を内包しない(空の)リポソームを得た後に、そのリポソームの分散液に水溶性薬剤類を添加し、あるいは一旦凍結乾燥粉末化したものを水性溶媒に再分散させる際に水溶性薬剤類を添加し、撹拌するなどして、リポソームにそれを取り込ませる方法、いずれを用いることもできる。
【0037】
上記(i)の方法では、一次乳化工程でW1/Oエマルションが形成された段階ですでに、水溶性薬剤類は所定の態様で内水相(W1)内に固定化され、以後外部への漏出が抑制されるようになる。一方、上記(ii)の方法では、所定の機能を有する内水相(W1)が形成されたのち、添加された水溶性薬剤類がリポソーム内に取り込まれ、その段階で内水相内に固定化され、以後外部への漏出が抑制されるようになる。
【0038】
なお、脂溶性薬剤類についても、上記(i)のように一次乳化工程の時点であらかじめ添加しておくか、上記(ii)のように空のリポソームを得た後に添加することにより、リポソームに内包させることができる。
【0039】
(2)二次乳化工程
二次乳化工程は水性溶媒(W2)、混合脂質成分(F2)、および上記工程(1)により得られたW1/Oエマルションを乳化することにより、W1/O/W2エマルションを調製する工程である。
【0040】
上記水性溶媒(W2)、W1/Oエマルション、および混合脂質成分(F2)の混合態様(添加順序等)は特に限定されるものではなく、適切な態様を選択すればよい。たとえばF2が主として水溶性脂質からなる場合、あらかじめそのようなF2をW2に添加しておき、それにW1/Oエマルションを添加して乳化処理を行うことができる。一方、F2が主として脂溶性脂質からなる場合、あらかじめ(W1/Oエマルション調製後)そのようなF2をW1/Oエマルションの油相に添加しておき、それをW2に添加して乳化処理を行うことができる。
【0041】
二次乳化工程でW1/O/W2エマルションを調製するための方法としては、マイクロカプセル化法で用いられている撹拌乳化法や、膜乳化法、液適法などが好適である。前述したように、本発明では一次乳化工程で内水相にのみ添加剤(A)を添加して内水相を固定化するため、W1/O/W2エマルション粒子は破壊されにくくなり、二次乳化工程で上記の撹拌乳化法等を用いても内包率をよく維持することができる。つまり、比較的簡便でスケールアップが容易であるという上記撹拌乳化法等が有する本来の利点を享受しつつ、さらに従来よりも高い内包率でリポソームを製造することができるようになる。
【0042】
二次乳化工程における、水性溶媒(W2)に添加する混合脂質成分(F2)の割合、W1/Oエマルションと水性溶媒(W2)の体積比、その他の操作条件は、最終的に調製するリポソームの用途などを考慮しながら適宜調節することができる。
【0043】
(3)溶媒除去工程
溶媒除去工程は、上記工程(2)により得られたW1/O/W2エマルションに含まれる有機溶媒(O)を除去することにより、リポソームの懸濁液を調製する工程である。溶媒除去の方法としては、たとえばエバポレータで蒸発させる方法や液中乾燥法が挙げられるが、特に限定されるものではない。
【0044】
液中乾燥法は、W1/O/W2エマルションを回収し、開放容器内に移して静置あるいは撹拌することで、W1/O/W2エマルションに含まれる有機溶媒(O)を蒸発除去する方法であり、これにより、混合脂質膜成分(F1)および(F2)からなる脂質膜を内水相の周囲に形成し、リポソームを得ることができる。この際、加温や減圧によって溶媒の留去を促進することができる。
【0045】
液中乾燥法における温度条件は、用いる溶媒種に影響されるが、溶媒が突沸することのない条件範囲が設定され、0〜60℃の範囲が好ましく、0〜25℃がより好ましい。添加剤(A)としてゲル化剤を用いる場合、温度条件はそのゲル化剤のゾル−ゲル相転移温度よりも低い温度とすべきである。また、減圧条件は溶媒の飽和蒸気圧〜大気圧の範囲内に設定されることが好ましく、溶媒の飽和蒸気圧の+1%〜10%の範囲内に設定されることがより好ましい。異なる溶媒を混合して用いる場合、より飽和蒸気圧の高い溶媒種に合わせた条件が好ましい。これらの除去条件は、溶媒が突沸しない範囲で組み合わせてもよく、例えば、熱に弱い薬剤を使用する際は、より低温側でかつ減圧条件で溶媒を溜去することが好ましい。
【0046】
また、液中乾燥法による溶媒除去にはW1/O/W2エマルションの攪拌が無くともよいが、攪拌をしたほうがより均一に溶媒除去が進む。上記工程(2)において撹拌乳化法によりW1/O/W2エマルションを調製した後、撹拌をさらに継続して溶媒を除去するといったように、工程(2)および(3)を連続的に行うこともできる。
以上のような本発明の製造方法により最終的に得られるリポソームの平均粒径は、たとえば医療用のリポソーム製剤として好適な50〜1000nmとすることが好ましい。
【0047】
(4)その他の工程
必要に応じて行われるその他の工程としてはたとえば凍結乾燥工程が挙げられる。リポソームの懸濁液が得られた後は、さらにそれを凍結乾燥し、リポソームを使用までの間の保管に適した態様にすることが望ましい。凍結乾燥は、従来のリポソームを製造する場合と同様の手段や装置を用いて行うことができる。たとえば、間接加熱凍結方法、冷媒直膨方法、熱媒循環方法、三重熱交換方法、重複冷凍方法などに従い、適切な条件下(温度:−120〜−20℃、圧力:1〜15Pa、時間:16〜26時間など)で凍結乾燥を行えばよい。
【実施例】
【0048】
(カルセイン内包率の測定方法)
リポソーム水溶液(3mL)全体の蛍光強度(Ftotal)を分光光度計(U−3310、日本分光株式会社)により測定した。次に0.01M,CoCl2トリス塩酸緩衝液30μLを加えて外水相に漏出したカルセインの蛍光をCo2+により消光することで、ベシクル内の蛍光強度(Fin)を測定した。さらに、カルセインを加えないでサンプルと同じ条件でベシクルを作製し、脂質自身が発する蛍光(Fl)を測定した。内包率は下記式より算出した;
内包率E(%) = (Fin−Fl)/(Ftotal−Fl)×100。
【0049】
(粒度分布の測定方法)
リポソーム水溶液をクロロホルム/ヘキサン混合溶媒(体積比:4/6、内水相と比重を同じくした)で10倍に希釈し、動的光散乱式ナノトラック粒度分析計(UPA−EX150、日機装株式会社)を用いて粒度分布を測定し、これに基づき平均粒径(数平均)を算出した。
【0050】
実施例1:ゼラチンを添加剤として使用する、カルセイン内包リポソームの撹拌乳化による製造
100mLのビーカーに、卵黄レシチン(PL−100M:キューピー株式会社)2gとジクロロメタン20mL、さらにカルセイン(0.1mmol/L)およびゼラチン(S−511−5、株式会社ニッピ、ブタ由来酸性タイプ)(1重量%)を含む水溶液5mLとを加え、温度25℃、回転数24,000rpmにて30分高速撹拌し、均一に分散させてW/O型エマルション溶液を得た。
【0051】
別に用意した300Lのフラスコに、得られたW/O型エマルション溶液5mLとトリス−塩酸緩衝液(pH9,10mmol/L)50mLを入れ、温度15℃、回転数800rpmにて30分撹拌し、均一に分散させてW(immobilized)/O/W型エマルション溶液を得た。
【0052】
次に、この溶液をエバポレータで300mbar減圧下、15℃で、溶媒除去を行い、リポソーム溶液を得た。得られたリポソームの室温下での平均粒径は555nm、カルセイン内包率は37.8%であった。
【0053】
比較例1
ゼラチンを添加しないこと以外は実施例1と同じにして、撹拌乳化によりカルセイン内包リポソームを製造した。リポソームの平均粒径は434nm、カルセイン内包率は13.9%であった。
【0054】
実施例2:ゼラチンを添加剤として使用する、カルセイン内包リポソームのSPG膜乳化による製造
ジクロロメタンをヘキサンに変更した以外は実施例1と同様にして、W/O型エマルション溶液を得た。SPG膜(孔径5μm)の出口側に外水相溶液である3%のカゼインナトリウムを含むトリス−塩酸緩衝液(pH8、50mmol/L)を満たして温度15℃とし、チャネルの入り口側から前記W/Oエマルションを供給してW/O/Wエマルションを製造した。
【0055】
次に、前記W/O/Wエマルションを蓋のない開放ガラス製容器に移し替え、15℃下で約20時間静置し、ヘキサンを揮発させた。室温下でのリポソームの平均粒径は339nm、カルセイン内包率は61.0%であった。
【0056】
比較例2
ゼラチンを添加しないこと以外は実施例2と同じにして、SPG膜乳化によりカルセイン内包リポソームを製造した。リポソームの平均粒径は322nm、カルセイン内包率は50.2%であった。
【0057】
実施例3:ゼラチンを添加剤として使用する、カルセイン内包リポソームの液適法による製造
卵黄レシチン(PL−100M)を水素添加大豆リン脂質(NC−50、日油株式会社)に変更した以外は実施例2と同様にして、W/O型エマルション溶液を得た。
【0058】
別に用意した100Lのビーカーに、3%のカゼインナトリウムを含むトリス−塩酸緩衝液(pH8、50mmol/L)20mLとヘキサン20mLを加えて2層として、15℃とした。そこに前記W/Oエマルションを上部ヘキサン層にゆっくりと供給して、1日放置した。下部のリポソームを含む水相を分離したところ、室温下でのリポソームの平均粒径は920nm、カルセイン内包率は39.0%であった。
【0059】
比較例3
ゼラチンを添加しないこと以外は実施例3と同じにして、液滴法によりカルセイン内包リポソームを製造した。この場合リポソームの生成は認められなかった。
【0060】
(考察)
以上、ゼラチンを添加した実施例1〜3はどの場合も、ゼラチンを添加しなかった比較例1〜3に対してカルセイン内包率は向上する結果であった。これは、ゼラチンが15℃でゲル化して内水相が固定化することで、内水相に存在するカルセインが外水相へ移動することができずにとどまる効果が働いているためと考えられる。
【0061】
実施例4:デキストランを添加剤として使用するカルセイン内包リポソームの撹拌乳化による製造
50mLのビーカーに、卵黄レシチン(PL−100M:キューピー株式会社)2gとクロロホルム10mL、さらにカルセイン(0.1mmol/L)およびデキストラン(分子量10,000、0.01mmol/L)を含むトリス−塩酸緩衝液(pH8,10mmol/L)5mLとを加え、温度25℃、超音波分散機にて15分処理し、均一に分散させてW/O型エマルション溶液を得た。
【0062】
別に用意した300Lのフラスコに、得られたW/O型エマルション溶液15mLとトリス−塩酸緩衝液(pH8,10mmol/L)150mLを入れ、回転数850rpmにて60分メカニカルスターラーで撹拌し、均一に分散させてW(immobilized)/O/W型エマルション溶液を得た。
【0063】
次に、この溶液をエバポレータで300mbar減圧下、溶媒除去を行い、リポソーム溶液を得た。得られたリポソームの平均粒径は241nm、カルセイン内包率は18.8%であった。
【0064】
実施例5
デキストランとして分子量40,000の試薬を使用したこと以外は実施例4と同じにして、撹拌乳化によりカルセイン内包リポソームを製造した。リポソームの平均粒径は202nm、カルセイン内包率は29.8%であった。
【0065】
(考察)
以上、デキストランを添加した実施例4〜5では、分子量の大きな高分子を使用したほうがカルセイン内包率は向上する結果であった。これは、内水相が高分子で占有される部分が向上するため、内水相に存在するカルセインが外水相へ移動することができずにとどまる効果が働いているためと考えられる。
【0066】
実施例6:膜状高分子を添加剤として使用するカルセイン内包カチオンリポソームの撹拌乳化による製造
50mLのビーカーに、卵黄レシチン(PL−100M:キューピー株式会社)2gとクロロホルム10mL、さらにカルセイン(0.1mmol/L)およびP(VMA−co−VAL)(有限会社セラジックス)25mgを含むトリス−塩酸緩衝液(pH8,10mmol/L)5mLとを加え、温度25℃、超音波分散機にて15分処理し、均一に分散させてW/O型エマルション溶液を得た。
【0067】
別に用意した300Lのフラスコに、カチオン脂質を0.5g追加したW/O型エマルション溶液15mLと、トリス−塩酸緩衝液(pH8,10mmol/L)150mLとを入れて、回転数850rpmにて60分メカニカルスターラーで撹拌し、均一に分散させてW(immobilized)/O/W型エマルション溶液を得た。撹拌をさらに3時間継続して溶媒除去を行い、リポソーム溶液を得た。得られたリポソームの平均粒径は213nm、カルセイン内包率は53.8%であった。
【0068】
比較例4
P(VMA−co−VAL)を添加しないこと以外は実施例6と同じにして、撹拌乳化によりカルセイン内包カチオンリポソームを製造した。リポソームの平均粒径は197nm、カルセイン内包率は12.8%であった。
【0069】
(考察)
以上、膜状高分子を添加した実施例6では、添加しなかった比較例4に対してカルセイン内包率は向上する結果であった。これは、リポソーム表面に膜状高分子が存在することで、内水相に存在するカルセインが外水相への移動経路を遮断されてとどまる効果が働いているためと考えられる。
【0070】
実施例7:ゼラチンおよび膜状高分子を添加剤として使用するカルセイン内包リポソームの撹拌乳化による製造
100mLのビーカーに、卵黄レシチン(PL−100M:キューピー株式会社)2gとジクロロメタン20mL、さらにカルセイン(0.1mmol/L)、ゼラチン(S−511−5、株式会社ニッピ、ブタ由来酸性タイプ)(1重量%)およびP(VMA−co−VAL)(有限会社セラジックス)25mgを含む水溶液5mLとを加え、温度25℃、回転数24,000rpmにて30分高速撹拌し、均一に分散させてW/O型エマルション溶液を得た。
【0071】
別に用意した300Lのフラスコに、得られたW/O型エマルション溶液5mLとトリス−塩酸緩衝液(pH9,10mmol/L)50mLを入れ、温度15℃、回転数800rpmにて30分撹拌し、均一に分散させてW(immobilized)/O/W型エマルション溶液を得た。
【0072】
次に、この溶液をエバポレータで300mbar減圧下、15℃で、溶媒除去を行い、リポソーム溶液を得た。得られたリポソームの室温下での平均粒径は315nm、カルセイン内包率は49.9%であった。
【0073】
(考察)
以上、ゼラチンおよび膜状高分子を添加した実施例7では、膜状高分子を添加しなかった実施例1に対してカルセイン内包率は向上する結果であった。これは、二つの添加剤の相乗効果によるものと考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記工程(1)〜(3)を有することを特徴とする、リポソームの製造方法;
(1)一次乳化工程:有機溶媒(O)、水性溶媒(W1)、実質的にW1の流動性を抑える効果を有する添加剤(A)、および混合脂質成分(F1)を含む混合液を乳化することにより、W1/Oエマルションを調製する工程;
(2)二次乳化工程:水性溶媒(W2)、混合脂質成分(F2)、および上記工程(1)により得られたW1/Oエマルションを乳化することにより、W1/O/W2エマルションを調製する工程;
(3)上記工程(2)により得られたエマルションに含まれる有機溶媒を除去することにより、リポソームの懸濁液を調製する工程;
ただし、上記一次乳化工程は、さらにリポソームに内包させるべき物質を添加した上で行ってもよい。
【請求項2】
前記リポソームに内包させるべき物質として医療用の薬剤類を用い、得られるリポソームの平均粒径を50〜1000nmとする、請求項1に記載のリポソームの製造方法。
【請求項3】
前記工程(2)の乳化方法として、撹拌乳化法、膜乳化法、または液滴法を用いる、請求項1または2に記載のリポソームの製造方法。
【請求項4】
前記添加剤(A)として、ゲル化剤、生体適合性ポリマー、または網状高分子を用いる、請求項1〜3のいずれかに記載のリポソームの製造方法。
【請求項5】
前記添加剤(A)として、リポソーム膜の表面を覆う網状部分とリポソーム膜の内部に位置するアンカー部分とを有する網状高分子を用いる、請求項4に記載のリポソームの製造方法。

【公開番号】特開2010−222282(P2010−222282A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−69873(P2009−69873)
【出願日】平成21年3月23日(2009.3.23)
【出願人】(000001270)コニカミノルタホールディングス株式会社 (4,463)
【Fターム(参考)】