説明

冷凍クジラ肉の解凍方法

【課題】誰にでも風味の好ましい解凍クジラ肉を得ることができる、冷凍クジラ肉の解凍方法を提供すること。
【解決手段】−30以下で貯蔵されている凍結クジラ肉を解凍する前に、あらかじめ−5〜−3で2〜7日間放置し、肉中のATPを10%以下まで消失させ、その後常温で解凍する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、凍結クジラ肉を、科学的知見をもとに設定した条件により解凍し、風味の優れたクジラ肉を得る方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
クジラは、捕獲されると高鮮度の状態で急速凍結されて輸送・保管され、市場に流通する直前に解凍されるのが一般的である。
クジラ肉は、多量のATPを含有しているため解凍時に硬直を起こし、大量のドリップを流出するとともに、肉の硬化と変形を起こすことはすでに経験的に知られている。すなわち、ATPが残存した状態で凍結した高鮮度クジラ肉を0℃以上の温度帯で解凍すると、解凍硬直を起こし、ドリップが多量に出て品質の低下をきたしてしまうといった問題があった。しかしながら、従来、凍結解凍前後のATP含量の変化など科学的な知見として把握しようとする試みはなされておらず、現在、クジラ肉の解凍は、クジラ肉を扱う業者がそれぞれ、経験に基づいて設定された解凍条件を用いているのが現状である。
【0003】
このような状況下、特許文献には、氷温下で48〜120時間の解凍時間をかけて冷凍クジラ肉を熟成解凍した後、2工程でボイルし、解凍時や加熱加工の過程での脱血が少なくなるようにする方法が開示されている。
【0004】
上記の方法は、最終的にボイルされたクジラ肉を製造することを目的とするものであって、ボイル後において肉の柔らかさや旨みが保持されるものの、解凍は−1〜+2.5℃に温度管理された室内で行なわれるので、部分的に解凍してしまいドリップの発生は避けられず、生肉での利用も想定した解凍方法としては満足のいくものではない。
【0005】
一方、調査捕鯨の捕獲頭数の増加および凍結技術の向上により、高鮮度の凍結クジラ肉の生産量は増加し、一般家庭などでの消費拡大で凍結クジラ肉の流通量の増加が見込まれる。クジラ肉の普及のためには、生肉での利用も含め、高品質冷凍肉を解凍する際に、解凍硬直を起こさないで高品質を維持できる解凍方法の開発が不可欠である。
【特許文献1】特開2004−121106号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような問題点を解決することを目的としたものであって、本発明の課題は、風味の好ましい解凍クジラ肉を得ることができる冷凍クジラ肉の解凍方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、急速冷凍されたクジラ肉を、−10〜0℃で0〜10日間放置し、肉中のATPの変化とドリップ量等との関係について研究した結果、品温を−5〜−3℃の凍結状態のままで2〜7日間放置すると、ATP濃度が肉中に含まれるATP関連化合物の総量に対して10%以下まで低下し、このようにATPが低下したクジラ肉は、その後、急速解凍しても解凍硬直を起こさず、ドリップ発生も抑制し、テクスチャ、風味の好ましい解凍クジラ肉が得られることを見出し、本発明に至った。
【0008】
すなわち、本発明は、−30℃以下で貯蔵されている凍結クジラ肉を解凍する前に、あらかじめ−5℃〜−3℃で2〜7日間放置し、肉中のATPを10%以下まで消失させ、その後0℃以上の温度帯で解凍するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、高鮮度のクジラ肉に大量に含まれるATPが本発明の条件下で分解されるため、解凍硬直を抑制することが可能となり、ドリップの流出が少なく、やわらかく、美味しさを保持した肉に解凍でき、さらに、凍結保存中、ATPによるタンパク質の冷凍変性を抑制する効果が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明が対象とするクジラの種類は、マッコウクジラ、ツチクジラ、イルカ類などのハクジラや、シロナガスクジラ、ナガスクジラ、イワシクジラ、ミンククジラなどのヒゲクジラなど、調査捕鯨および地域伝統捕鯨で対象となっている種全部を含む。
【0011】
本発明で使用される冷凍クジラ肉は、従来公知の方法で冷凍されたものでよいが、鮮度の維持の点から−30℃以下まで急速冷凍されたものが好ましい。この様に冷凍されたクジラ肉は、高濃度のATPを含有し、このATPが冷凍保存中のタンパク質変性抑制作用を果たすので、高鮮度を保ち得る。
【0012】
冷凍クジラ肉を−5℃〜−3℃まで昇温させる手段は、公知のいずれの方法でもよいが、最終的に表面から肉塊の中心部まですべての部分を前記温度範囲内まで昇温させる必要がある。具体的には、−5℃〜−3℃に温度設定された恒温室内に冷凍クジラ肉を放置すればよい。
【0013】
冷凍クジラ肉の放置は、ATPの濃度がすべての部位で10%以下となるまで行なう必要がある。ATPの濃度が10%以下まで低減されていれば、解凍時のドリップを5%未満に抑えることができる。
【0014】
ATP濃度を10%以下まで低減するための低減期間は、クジラ肉のATP濃度によって異なり、高濃度のクジラ肉ほど放置時間を長くする必要がある。通常、2日〜7日間を要する。
【0015】
上記の温度範囲での放置により、クジラ肉中のATPを10%以下まで分解消失させれば、その後の常温までの解凍は、いかなる方法でも構わない。
例えば、温水との接触による急速解凍により解凍することができ、得られた解凍クジラ肉は、風味が優れ、生食の利用が可能である。
【0016】
[実施例]
次に本発明の具体的な実施の実態を実施例として示す。
実施例において、ATP(%)pH、ドリップ量の測定は次の方法で行った。
ATP(%):まず、10%過塩素酸を用いて抽出した抽出物を水酸化カリウム水溶液で中和したものを、高速液体クロマトグラフィでATP関連化合物(ATP,ADP,AMP,IMP,HxR,Hx)を測定した。測定値を用いて以下の式で算出した。

ATP含量(%)=ATP/ATP+ADP+AMP +IMP+HxR+Hx x100

pH:肉5gに0.02Mモノヨード酢酸ナトリウム水溶液25mLを加え、ホモジナイズ後、pHメーターで測定した。
ドリップ量(%):解凍前と解凍後の肉の重量を測定し、その重量差(減少量)を計算し、減少量の解凍前肉の割合(%)を算出した。
【実施例1】
【0017】
凍結時のATP含量が60%の200〜300gクジラ肉を−5℃、−10℃、−15℃ で10日間放置後のATP(%)とpHの測定を行った。次にそれぞれにおいて急速解凍(ビニール袋に入れ、ドリップが漏れないようにして流水(18~27℃)で中心温度が2℃になるまで解凍)および緩慢解凍(ビニール袋に入れ、5℃で中心温度が2℃なるまで解凍)を行い解凍肉のドリップ量およびATP含量とpHを測定した。その結果を図1〜図3に示す。ATPおよびpHは−5℃、10日間の凍結保存において減少が見られ、急速解凍時におけるドリップ量も肉中心温度が2℃の段階で約10%と他の条件にくらべ少なかった。
【実施例2】
【0018】
凍結時のATP含量が70%の150gクジラ肉を−1℃、−3℃ で1、2、3、5、7日間放置後のATP(%)とpHの測定を行った。次にそれぞれにおいて25度の恒温室に放置して中心温度2℃になるまで急速解凍を行い解凍肉のドリップ量およびATP含量とpHを測定した。また、その際に2℃の冷蔵庫で中心温度2℃になるまで放置し、同様にドリップ量およびATP含量とpHを測定した。また、食味試験も行った。その結果を図4〜6示す。−3℃、2〜7日間の凍結保存においてATPおよびpHの減少が見られ、ドリップ量も5%以下に抑えることができた。また、食味試験の結果(表1)、美味しくテクスチャも良好であるという評価が得られた。
【0019】

【表1】

【産業上の利用可能性】
【0020】
本発明の方法によると、ATP含量が60%以上の高鮮度クジラ肉を−5〜−3℃、2〜7日間の凍結保存することによりドリップ量を5%以下に抑えることができ、美味しくテクスチャも良好な解凍クジラ肉を得ることができる。本発明の方法により、クジラ肉の普及が進むことが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】実施例1のpH値を示すグラフ
【図2】実施例1のATP濃度を示すグラフ
【図3】実施例1のドリップ量を示すグラフ
【図4】実施例2のpH値を示すグラフ
【図5】実施例2のATP濃度を示すグラフ
【図6】実施例2のドリップ量を示すグラフ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ATPが残存している冷凍クジラ肉を品温−5〜−3℃の温度範囲に維持することによりATP濃度を肉中に含まれるATP関連化合物の総量に対して10%以下まで減少させた後で、0℃以上で解凍することを特徴とする冷凍クジラ肉の解凍方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−142167(P2009−142167A)
【公開日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−320735(P2007−320735)
【出願日】平成19年12月12日(2007.12.12)
【出願人】(501168814)独立行政法人水産総合研究センター (103)
【出願人】(503414326)共同船舶株式会社 (1)