説明

凸型の調整面を有する人工歯セット

【課題】高い排列精度を要求されず、且つ、咬合調整が容易な人工歯セットを提供する。
【解決手段】互いに咬合する上下の人工臼歯の対の一方2が、その咬合面に、球面、円筒面または円錐面で構成された凸型の調整面8,9,10,11,12,13を有し、人工臼歯の対の他方1が、その咬合面に、平面、球面、円筒面または円錐面で構成され、調整面と点接触または線接触する対合面3,4,5,6,7を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、少なくとも上下一対の人工臼歯を含む人工歯セットに関する。
【背景技術】
【0002】
従来の人工歯は、天然歯を意識するあまり、天然歯の形状を再現することに重点をおいて設計されていた。近年になって、機能を重視した人工歯を作製する為に、色々な形状の人工歯が提案されるようになってきている。それらの形状は人工歯を正確に排列したときに、適切な機能が発揮できるように細密に設計されている。
【0003】
しかしながら、設計段階において高機能な人工歯が作製できたとしても、実際に生産された人工歯は、必ずしも設計通りの形状や排列とはならず、嵌合状態が適切ではないものとなってしまう場合が多い。患者の口腔内は個人差が大きく、無歯顎の臨床においても、口腔内の広さや顎堤の高さ角度等が様々であるため、歯科補綴物(有床義歯)の作製時における人工臼歯の排列には、高度な技術と経験が必要であった。
【0004】
有床義歯の人工歯の排列が不完全であると、食物を十分に噛める最適な咬合状態を得ることができない。このため、有床義歯の製作は、その最終段階において、適切な咬合状態が得られるように人工歯の咬合面を削り取る調整作業が行われる。有床義気の製作時には床用樹脂の重合歪み等が生じるが、そのような歪みを予測して、上下顎の人工歯を、最終的に設計通りの配置となるように排列することは極めて困難である。このため、従来の人工歯では、有床義歯の製作にあたり、それらを可能な限り注意深く排列したとしても、最終的に、その咬合面を削り取る調整作業が不可欠であった。
【0005】
また、残存歯がある場合等は、最適な位置に人工歯を配置することがさらに難しく、最適な位置からずらして人工歯を配置せざるを得ないこともある。この場合は歯科補綴物の製作後に多大な咬合調整が必要であった。
【0006】
例えば、特許文献1には、上下の人工歯の形状やそれらの対応関係についての記載がある。しかしながら、特許文献1の発明も、人工歯が正確に排列されることを前提としており、正確に配置されなかった場合の咬合面の調整については言及していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平8−280713号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前記問題点に鑑みて、本発明は、高い排列精度を要求されず、且つ、咬合調整が容易な人工歯セットを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するために、本発明による人工歯セットは、少なくとも一対の、互いに咬合する上下の人工臼歯を含み、前記人工臼歯の対の一方は、その咬合面に、球面、円筒面または円錐面で構成された凸型の調整面を有し、前記人工臼歯の対の他方は、その咬合面に、前記調整面と点接触または線接触する対合面を有するものとする。
【0010】
この構成によれば、調整面と対合面との接触面積が小さいので、調整面と対合面との接触部分を少しだけ削り取ることによって、咬合状態を大きく変化させることができる。このため、人工臼歯の配置が最適な位置からずれても、調整面または対合面を少し削るだけで、適切な咬合状態を得られるように調整できる。
【0011】
また、本発明の人工歯セットにおいて、前記対合面は、平面、球面、円筒面または円錐面で構成されていてもよく、凸型であることが好ましい。
【0012】
この構成によれば、調整面と対合面とが、面で接触せず、点接触または線接触することを確実にでき、さらに、対合面も凸型とすれば、互いの接触点から少し離れるだけで、調整面と対合面との距離が大きくなるので、接触点近傍を僅かに削り取るだけで、咬合状態を大きく変化させられる。
【0013】
また、本発明の人工歯セットにおいて、前記調整面および前記対合面は、円筒面または円錐面で構成され、前記調整面および前記対合面内の互いの接触点を含む直線が、互いに30°から90°傾斜していてもよい。
【0014】
この構成によれば、調整面と対合面とが一点で接触し、僅かな削り量で咬合状態を大きく変化させられる。このため、人工臼歯の配置が設計位置からずれても、僅かな調整作業によって良好な咬合状態を得ることができる。
【0015】
また、本発明の人工歯セットにおいて、前記調整面および前記対合面を有する前記人工臼歯の対は、上下顎第一大臼歯、上下顎第二大臼歯、上下顎第一小臼歯、および、上下顎第二小臼歯の各対であってもよい。
【0016】
この構成によれば、臼歯の全てを代替する歯科補綴物を製作できる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、人工臼歯の対の一方の咬合面に、球面、円筒面または円錐面で構成された凸型の調整面を形成し、他方の咬合面に調整面と線接触または点接触する対合面を形成したので、調整面と対合面との接触面積が小さく、調整面または対合面を僅かに削り取るだけで咬合状態を改善することができる。このため、歯科補綴物の製作時の歪みによる人工臼歯のずれに起因する咬合不良を容易に修正できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の1つの実施形態の人工歯セットの咬合面を示す図である。
【図2】図1の人工歯セットの近心遠心方向に直交する平面による断面図である。
【図3】図1の人工歯セットの調整面と対合面とを示す簡略斜視図である。
【図4】咬合を修正した図3の調整面と対合面とを示す簡略斜視図である。
【図5】図2の調整面と対合面との関係を示す簡略平面図である。
【図6】本発明の調整面と対合面との代案を示す簡略斜視図である。
【図7】本発明の調整面と対合面とに適用可能な形状の組み合わせを示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
これより、本発明の実施形態について、図面を参照しながら説明する。図1は、本発明の1つの実施形態の人工歯セットの咬合面を示す。この人工歯セットは、互いに咬合する上顎の人工第2大臼歯1と下顎の人工第2大臼歯2とからなる。
【0020】
上顎の人工臼歯1は、4つの咬頭Cを含む凸型の円筒面3,4,5,6,7を有する。円筒面4,5,6,7,8は、それぞれ、略近心延伸方向に延伸する軸を有する円筒(二点鎖線で図示)の外面の一部をなす。
【0021】
円筒面3,4,5,6,7の周囲の咬合面は、自由曲面で構成されている。図には分かりやすく円筒面3,4,5,6,7の輪郭を示しているが、周囲の咬合面とはなだらかに接続されている。また、円筒面3,4,5,6,7の輪郭(周囲の咬合面との境界)は、図示したように直線のみで構成される必要はない。
【0022】
下顎の人工歯2は、それぞれ咬頭Cの近傍から、略頬舌方向且つ下側に傾斜して頬側面または窩Fの近傍まで傾斜する凸型の円筒面8,9,10,11と、咬頭Cの近傍から、略頬舌方向且つ下側に傾斜して窩Fの近傍まで延伸する凸型の円錐面12,13とを有する。円筒面8,9,10,11および円錐面12,13も、自由曲面で構成された周囲の咬合面となだらかに接続されている。
【0023】
図2に、咬合状態の人工臼歯1,2を遠心側からみた、遠心側の咬頭Cの噛み合い位置における断面を示す。図示するように、人工臼歯1と人工臼歯2とは、円筒面3と円筒面10、円筒面4と円筒面9、円筒面5と円筒面8が、それぞれ、互いに当接し合う。図示しないが、同様に、円筒面6は、円筒面11と当接し、円筒面7は円錐面12および円錐面13と当接する。
【0024】
本実施形態では、下顎の人工臼歯2の円筒面8,9,10,11および円錐面12,13を、咬合調整のために削ることができる調整面とし、上顎の人工臼歯1の円筒面3,4,5,6,7を、調整面に接触する対合面として説明する。しかしながら、調整面と対合面とは、相対的な称呼であって、本実施形態において、対合面3,4,5,6,7を削って咬合調整してもよく、調整面8,9,10,11,12,13と対合面3,4,5,6,7の両方を削って咬合調整してもよい。
【0025】
図3に、代表して、円筒面7と円錐面12との当接状態を分かりやすく示す。中心軸がねじれ関係にある円筒面7と円錐面12とは、互いの面上の一点で接触し、一点鎖線で示すように、それぞれの表面上に互いの接触点を含む直線を一本ずつ引くことができる。
【0026】
ここで、人工臼歯1または人工臼歯2の姿勢が、僅かに傾斜している場合、例えば、歯科補綴物(有床義歯)の義歯床に人工臼歯1または人工臼歯2が傾斜して固定された場合には、そのままでは、全ての対合面3,4,5,6,7を調整面8,9,10,11,12,13と当接させることができない。
【0027】
例えば、無調整の歯科補綴物において、円筒面7と円錐面12とが先に当接し、適切な咬合状態が得られない場合、図4に示すように、円錐面12の当接部分を削り取ることで、人工臼歯1と人工臼歯2とを深く咬合させられるようになり、他の対合面3,4,5,6を、調整面8,9,10,11,13に当接させられるようにできる。
【0028】
このようにして、全ての対合面3,4,5,6,7が調整面8,9,10,11,12,13と接触するように、調整面8,9,10,11,12,13の一部を削り取ることで、人工臼歯1と人工臼歯2との最適な咬合状態を得られる。
【0029】
さらに、本実施形態では、図2に示すように、調整面8,9,10,11,12,13と対合面3,4,5,6,7とのそれぞれの接触点における法線(一点鎖線で図示)が、人工臼歯1および人工臼歯2の基底面14,15を通るように設計されている。これにより、人工臼歯1,2を用いた歯科補綴物の噛み合わせの際、個々の接触点における力が、全て、基底面14,15を義歯床に押し付ける方向に作用するため、人工臼歯1,2が義歯床上で安定する。
【0030】
図4に示すように、円筒面7と円錐面12とは、接触面積が小さく、いずれかを僅かに削るだけで両者の中心軸間距離を大きく縮められる。円筒面7および円錐面12の表面上の互いの接触点を含む2本の直線の間の角度が小さくなると、円筒面7と円錐面12との重複面積が大きくなり、中心軸間距離を一定距離だけ縮めるために削り取らなければならない円筒面7や円錐面12の体積が大きくなる。このため、円筒面7および円錐面12の表面上の互いの接触点を含む2本の直線の間の角度を30°以上にすることが好ましく、90°にすることが最も好ましい。
【0031】
また、図6に示すように、咬合調整のために削られる調整面が球面16であり、対合面が平面17であってもよい。平面17を削って咬合調整する場合、球面16を受け入れる大きな凹部を形成するように広い範囲を削り取らなければならないので、平面17を咬合調整のために削られる調整面とするのは適当ではない。
【0032】
図7に、本発明の人工臼歯の調整面と対合面とに適用可能な形状の組み合わせを示す。本発明では、調整面および対合面に円筒面または円錐面を適用することが最も好ましい。互いにねじれの関係にある円筒面や円錐面は、互いの位置関係がずれた場合には、設計上の当接点と異なる位置が近接し合い、互いの離間距離が小さくなるので、僅かな相対距離の変化によって接触させ合うことができる。
【0033】
円筒面または円錐面は、平面とは線接触し、円筒面や円錐面同士も線接触するように配置し得る。この場合も、面と面とが広く接触するよりは少ない範囲を削るだけで咬合調整が可能であるので、本発明において採用し得る。
【0034】
調整面と対合面とにいずれも球面を採用することも可能であるが、球面同士の相対位置がずれた場合、互いの離間距離が大きくなりやすいため、他の調整面を削る量を多くする必要が生じる。
【0035】
さらに、本発明では、人工臼歯の機能咬頭には、3つ以上の調整面または対合面を設けることが好ましい。機能咬頭は、咬合する人工臼歯の複数の咬頭と当接するため、それぞれの当接位置に、本発明の調整面または対合面を設けることで、歯科補綴物の咬合調整を容易にできる。
【0036】
また、本発明において、対合面の設計上の接触点を通る直線が人工臼歯の滑走方向と一致していれば、調整面と対合面との摺接によって、人工臼歯の滑走を案内して安定した摺り潰し機能を発揮させられる。この場合、咬合調整において、調整面のみを削り、滑走を案内する対合面は削らない方がよい。
【0037】
また、本発明の人工臼歯は、咬頭近傍から窩または辺縁の各部に至る最短経路が、1つの調整面または対合面だけを含むようにすることが好ましく、咬頭から窩または辺縁にかけて変曲点を有しないことが好ましい。
【0038】
さらに、本発明の人工歯セットは、上述の構成からなる調整面および対合面を設けた、上下顎人工第一大臼歯の対、上下顎人工第二大臼歯の対、上下顎人工第一小臼歯の対、および、上下顎人工第二小臼歯の対を含むものであることが好ましい。
【0039】
また、本発明の人工歯セットは、従来の咬合形状を有する人工臼歯を含んでもよく、さらに、犬歯および人工切歯の対を含むものであってもよい。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明の人工歯セットは、歯科補綴物を製作するために利用される。
【符号の説明】
【0041】
1,2…人工臼歯
3,4,5,6,7…円筒面(対合面)
8,9,10,10,11…円筒面(調整面)
12,13…円錐面(調整面)
14,15…基底面
16…球面(調整面)
17…平面(対合面)
C…咬頭
F…窩

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一対の、互いに咬合する上下の人工臼歯を含み、
前記人工臼歯の対の一方は、その咬合面に、球面、円筒面または円錐面で構成された凸型の調整面を有し、
前記人工臼歯の対の他方は、その咬合面に、前記調整面と点接触または線接触する対合面を有することを特徴とする人工歯セット。
【請求項2】
前記対合面は、平面、球面、円筒面または円錐面で構成されていることを特徴とする請求項1に記載の人工歯セット。
【請求項3】
前記対合面は、凸型であることを特徴とする請求項2に記載の人工歯セット。
【請求項4】
前記調整面および前記対合面は、円筒面または円錐面で構成され、前記調整面および前記対合面内の互いの接触点を含む直線が、互いに30°から90°傾斜していることを特徴とする請求項3に記載の人工歯セット。
【請求項5】
前記調整面および前記対合面を有する前記人工臼歯の対は、上下顎第一大臼歯、上下顎第二大臼歯、上下顎第一小臼歯、および、上下顎第二小臼歯の各対であることを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の人工歯セット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−36410(P2011−36410A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−186459(P2009−186459)
【出願日】平成21年8月11日(2009.8.11)
【特許番号】特許第4528873号(P4528873)
【特許公報発行日】平成22年8月25日(2010.8.25)
【出願人】(390011143)株式会社松風 (125)