説明

分子の凝集検出方法及び凝集阻害剤のスクリーニング方法

【課題】多数の試料溶液における凝集の有無を検出する場合であっても、一分子蛍光分析法を用いて、信頼性の高い検出結果を得ることができる分子の凝集検出方法、及び該方法を用いた凝集阻害剤のスクリーニング方法の提供。
【解決手段】蛍光標識分子と非蛍光標識分子との凝集を検出する方法において、(a)蛍光標識分子と非蛍光標識分子を混合して試料溶液を調製する工程と、(b)一分子蛍光分析法により、前記工程(a)において調製された試料溶液中の蛍光標識分子の並進拡散時間、蛍光強度、蛍光偏光度、及び数量からなる群より選択される1以上を求めることにより、蛍光標識分子と非蛍光標識分子との凝集の有無を判別する工程とを有し、前記工程(a)において調製される試料溶液中の非蛍光標識分子の濃度が40μM以下であることを特徴とする、分子の凝集検出方法、及び該方法を用いた凝集阻害剤のスクリーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、測定試料が多い場合であっても、分子の凝集の有無、及び凝集阻害剤候補化合物の凝集阻害作用の有無を、一分子蛍光分析法により判断する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
疾患の中には、タンパク質等の生体分子が凝集することが原因と考えられているものがある。例えば、アミロイドーシス(アミロイド線維が、体内のさまざまな部位に沈着する疾患の総称)は、タンパク質のβシートが積み重なって凝集し、沈着することが原因であると考えられている。代表的なアミロイドーシスとして、アルツハイマー病やパーキンソン病がある。アルツハイマー病はβ−アミロイド、パーキンソン病はα−シヌクレインがその原因物質と考えられている。
【0003】
同様にタンパク質の凝集が原因と考えられている疾患として、牛海綿状脳症(bovine spongiform encephalopathy:BSE)等のプリオン病がある。プリオン病は、異常型プリオンタンパク質が感染源となり、異常型プリオンタンパク質に感染した正常型プリオンタンパク質も異常型へと変形し、凝集する。異常型プリオンタンパク質はβシートに富んだ構造をとっており、β−アミロイドやα−シヌクレインと同様に、βシートが積み重なることにより凝集すると考えられている。
【0004】
このような生体分子の凝集が原因とされる疾患は、原因となる生体分子の凝集を阻害することにより、それぞれの疾患の進行を遅らせることや、予防することができると期待されている。また、一旦凝集してしまった生体分子を解離させることにより、
病状を改善することができるのではないかとも期待されている。つまり、これらの生体分子の凝集阻害剤は、それぞれの疾患の予防薬や治療薬となり得ると考えられており、有効な凝集阻害剤の開発が望まれている。それとともに、凝集阻害効果の有無、すなわち、凝集の有無の検出方法の改善も強く望まれている。
【0005】
近年、一分子蛍光分析法が、生体分子等の状態や運動の検出・観測に応用されており、例えば、タンパク質と核酸の結合反応や抗原抗体反応を解明する試みがなされている(例えば、特許文献1参照。)一分子蛍光分析法は、試料溶液中の微小空間内の蛍光一分子レベルの蛍光シグナルを測定し、その蛍光シグナルの揺らぎを解析することにより、該蛍光分子の大きさや明るさ等の情報を得ることができる方法である。一分子蛍光分析法としては、蛍光相関分光法(Fluorescence Correlation Spectroscopy:FCS)や蛍光強度分布解析法(Fluorescence−Intensity Distribution Analysis:FIDA)、蛍光偏光解析法(FIDA polarization:FIDA−PO)等がある。
【0006】
一分子蛍光分析法は、分子の凝集の検出にも応用されている。例えば、42アミノ酸からなるβ−アミロイド(1−42)の凝集を、FCSを利用して検出する方法が開示されている(例えば、非特許文献1参照。)。該方法では、10nMの蛍光標識β−アミロイド(1−42)と80μMの非蛍光標識β−アミロイド(1−42)を混合して試料溶液を調製し、該試料溶液中の凝集の有無を検出している。
【特許文献1】特開2003−275000号公報
【非特許文献1】ジェーンバーグ(Tjernberg)、外8名、ケミストリー・アンド・バイオロジー(Chemistry and Biology)、1999年、第6巻第1号、53〜62ページ。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
FCS等の一分子蛍光分析法には、測定時間が一試料当たり1〜数10秒程度の非常に短い時間であること、試料が微量ですむこと、溶液中の分子の動きを捉えることができるため、より生体内に近い環境の挙動を観測できること等の利点がある。一方で、凝集が進み、凝集体が沈殿してしまうと検出することができなくなってしまうという問題がある。実際に、非特許文献1記載の方法では、蛍光標識β−アミロイド(1−42)と非蛍光標識β−アミロイド(1−42)を混合すると、直ちに凝集が始まり、1時間後には大部分の凝集体が沈殿していると考えられるデータが得られている。凝集の有無を、一の試料溶液についてのみ検出するのであれば、このような方法でも充分ではある。
【0008】
しかしながら、凝集阻害剤のスクリーニング等の場合のように、多数の試料溶液中における凝集の有無を検出する場合には、試料溶液調製後一定時間、凝集体が沈降せず、浮遊状態を保つことが必要である。例えば、汎用されている96ウェルマイクロプレート等を用いて、凝集阻害剤候補化合物ライブラリーのスクリーニングを行うような場合には、試料溶液の調製後、あまりに早く凝集が進行して凝集体が沈降してしまうと、測定順が遅い試料では、その試料に添加した凝集阻害剤候補化合物が凝集阻害効果を有しているのか、それとも単に凝集体が沈降してしまったのかの判別が困難となり、信頼性のある測定結果を得ることができなくなる。
【0009】
本発明は、凝集阻害剤のスクリーニング等の場合のように、多数の試料溶液における凝集の有無を検出する場合であっても、一分子蛍光分析法を用いて、信頼性の高い検出結果を得ることができる分子の凝集検出方法、及び該方法を用いた凝集阻害剤のスクリーニング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、試料溶液中の非蛍光標識分子の濃度を最適化することにより、凝集体が試料溶液中に浮遊している状態を長時間保つことができること、及び、非蛍光標識分子の好ましい濃度は40μM以下程度であることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
すなわち、本発明は、蛍光標識分子と非蛍光標識分子との凝集を検出する方法において、(a)蛍光標識分子と非蛍光標識分子を混合して試料溶液を調製する工程と、(b)一分子蛍光分析法により、前記工程(a)において調製された試料溶液中の蛍光標識分子の並進拡散時間、蛍光強度、蛍光偏光度、及び数量からなる群より選択される1以上を求めることにより、蛍光標識分子と非蛍光標識分子との凝集の有無を判別する工程とを有し、前記工程(a)において調製される試料溶液中の非蛍光標識分子の濃度が40μM以下であることを特徴とする、分子の凝集検出方法を提供するものである。
また、本発明は、凝集阻害剤のスクリーニング方法において、(c)蛍光標識分子と凝集阻害剤候補化合物を混合して試料溶液を調製する工程と、(d)前記工程(c)において調製された試料溶液に、非蛍光標識分子を添加して混合する工程と、(e)一分子蛍光分析法により、前記工程(d)において調製された試料溶液中の蛍光標識分子の、並進拡散時間、蛍光強度、蛍光偏光度、及び数量からなる群より選択される1以上を求めることにより、蛍光標識分子と非蛍光標識分子との凝集の有無を判別する工程と、を有し、前記工程(d)において調製される試料溶液中の非蛍光標識分子の濃度が40μM以下であることを特徴とする、凝集阻害剤のスクリーニング方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明の分子の凝集検出方法を用いることにより、凝集体が試料溶液中に浮遊している状態を長時間保つことができる。したがって、本発明の分子の凝集検出方法を利用した本発明の凝集阻害剤のスクリーニング方法により、凝集阻害剤候補化合物数が多い場合であっても、一分子蛍光分析法を用いて、微量の試料から迅速に信頼性の高い検出結果を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の分子の検出方法において用いられる蛍光標識分子と非蛍光標識分子は、一の凝集体を構成し得る分子であって、一分子蛍光分析法を用いて凝集が検出し得る分子であれば、特に限定されるものではない。例えば、これらの分子は、生体分子であってもよく、合成された化合物であってもよいが、生体分子であることが好ましい。また、検出の精度をより向上させることができるため、精製された分子であることが好ましい。
【0014】
本発明の分子の検出方法において用いられる蛍光標識分子等は、例えば、タンパク質であってもよく、ペプチドであってもよく、核酸であってもよく、糖であってもよく、ビオチン等の低分子化合物であってもよい。タンパク質やペプチドは、アミノ酸のみから構成されるものであってもよく、糖タンパク質やリポタンパク質であってもよい。また、生物試料から精製されたタンパク質等であってもよく、公知の発現系を用いて得られたリコンビナントタンパク質であってもよい。核酸は、DNAとRNAのいずれであってもよく、1本鎖核酸であってもよく、2本鎖核酸であってもよい。また、核酸類似体であってもよい。該核酸として、例えば、ゲノムDNA、mRNA、hnRNA、PCR増幅等による合成DNA、RNAから逆転写酵素を用いて合成されたcDNA等がある。本発明の分子の検出方法において用いられる蛍光標識分子等としては、タンパク質やペプチドであることが好ましい。特に、該分子の凝集が疾患の原因とされているタンパク質等であることがより好ましく、β−アミロイド、α−シヌクレイン、プリオンのいずれかであることがさらに好ましい。なお、β−アミロイドは40アミノ酸からなるβ−アミロイド(1−40)であってもよく、42アミノ酸からなるβ−アミロイド(1−42)であってもよい。
【0015】
本発明の分子の検出方法においては、非蛍光標識分子とは異なる種類の分子を蛍光標識した分子であってもよいが、非蛍光標識分子と同一種類の分子を蛍光標識した分子であることが好ましい。例えば、非蛍光標識分子がβ−アミロイドである場合には、蛍光標識分子は、β−アミロイドを蛍光標識したものであることが好ましい。なお、異なる種類の分子同士の凝集を検出する場合には、いずれの種類の分子を蛍光標識分子とするかは、各分子の性質や大きさ、蛍光色素の標識方法等を考慮して、適宜決定することができるが、より小さい分子を蛍光標識分子とすることが好ましい。凝集による並進拡散時間等の変化をより大きくすることができ、凝集の有無の検出感度を向上し得るためである。
【0016】
本発明の分子の検出方法において用いられる蛍光標識分子の蛍光標識の方法は、特に限定されるものではなく、各種類の分子を蛍光標識する場合に通常用いられる方法により蛍光標識することができる。例えば、EDAC(1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル) −カルボジイミド塩酸塩)法等により、分子に蛍光色素を化学的に結合させてもよく、蛍光標識された核酸やアミノ酸等を用いて合成と同時に標識してもよい。また、市販の蛍光標識分子を用いてもよい。
【0017】
蛍光標識に用いられる蛍光物質は、各種類の分子を蛍光標識する場合に通常用いられる蛍光物質であれば、特に限定されるものではない。該蛍光物質として、例えば、TAMRA、フルオレセイン、ローダミン110、NBD、TMR(テトラメチルローダミン)、GFP(Green Fluorescent Protein)、等がある。凝集に対する影響が小さいことから、TAMRA、FITC、フルオレセイン、ローダミン110、NBD、TMR等の比較的分子量の小さい蛍光物質であることが好ましい。また、長時間安定して検出できることから、TAMRAやローダミン110等の安定性の高い蛍光物質であることがより好ましい。
【0018】
本発明の分子の検出方法は、蛍光標識分子と非蛍光標識分子との凝集を検出する方法において、(a)蛍光標識分子と非蛍光標識分子を混合して試料溶液を調製する工程と、(b)一分子蛍光分析法により、前記工程(a)において調製された試料溶液中の蛍光標識分子の並進拡散時間、蛍光強度、蛍光偏光度、及び数量からなる群より選択される1以上を求めることにより、蛍光標識分子と非蛍光標識分子との凝集の有無を判別する工程とを有し、前記工程(a)において調製される試料溶液中の非蛍光標識分子の濃度が40μM以下であることを特徴とする。試料溶液中の非蛍光標識分子の濃度を40μM以下とすることにより、蛍光標識分子と非蛍光標識分子からなる凝集体を従来よりも長時間浮遊させておけるため、一分子蛍光分析法によって多数の試料溶液中の凝集の有無を精度よく検出することが可能となる。以下、工程ごとに説明する。
【0019】
まず、工程(a)として、蛍光標識分子と非蛍光標識分子を混合して試料溶液を調製する。具体的には、試料溶液用バッファーに蛍光標識分子と非蛍光標識分子を添加して混合する。該試料溶液用バッファーは、蛍光標識分子や非蛍光標識分子、蛍光シグナル等に対する影響が少ないバッファーであれば、特に限定されるものではなく、通常一分子蛍光分析において用いられるバッファーを用いることができる。該バッファーとして、例えば、PBS(リン酸緩衝生理食塩水、pH7.4)等のリン酸バッファーやトリスバッファー等がある。
【0020】
試料溶液用バッファーには、試料溶液中の濃度が40μM以下となるように、非蛍光標識分子を添加する。従来、タンパク質等の生体分子の凝集の検出や、凝集阻害剤のスクリーニングは、凝集体に特異的に結合し得る蛍光色素等を用いた蛍光測定法や、凝集体により生じる光の散乱を測定する光散乱法、沈降させて回収した凝集体を定量する沈降法等により行われていた。特に、高感度かつ特異的に検出し得る蛍光測定法や、沈降法よりも比較的少量の試料を用いて検出できる光散乱法が汎用されている。これらの従来法においては、試料溶液中の非蛍光標識分子の濃度は、非蛍光標識分子の種類や測定条件等を考慮して若干変動するものの、通常は80〜200μM程度の濃度の条件において行われている。これは、80μMよりも低い場合には、安定した検出結果が得られにくい傾向があるためと推察される。例えば、小林らの方法(バイオケミカル・アンド・バイオフィジカル・リサーチ・コミュニケーション(Biochemical and Biophysical Research communication)、2006年、第349巻、第1139〜1144ページ参照。)では、α−シヌクレインの凝集の有無を、α−シヌクレインの凝集体と結合し得るチオフラビンT(TfT)を用いた蛍光測定法と、光散乱法、電子顕微鏡を用いた観察法で検出しているが、いずれも試料溶液中の非蛍光標識α−シヌクレイン濃度を140μMとして検出を行っている。
【0021】
本発明の凝集検出方法は、試料溶液中の非蛍光標識分子濃度を、一分子蛍光分析法による凝集検出に最適な濃度とすることにより、試料溶液中の凝集体の浮遊状態を長時間維持することができるため、一分子蛍光分析法を用いて多数の試料溶液中の凝集の有無を精度よく検出することを可能としたものである。非蛍光標識分子の最適濃度は、非蛍光標識分子の種類等により異なるものの、従来の蛍光測定法や電子顕微鏡による観察法等において好ましいとされる濃度の半分以下程度であれば、一分子蛍光分析法を用いた多試料溶液の検出に充分な時間、凝集体の沈降を抑制することができると考えられる。特に、非蛍光標識分子が、β−アミロイド、α−シヌクレイン、プリオン等の、タンパク質のβシートが積み重なることにより凝集する生体分子の場合には、非蛍光標識分子濃度が40μM以下であれば、調製から1時間以上経過した試料溶液中の凝集の有無も、一分子蛍光分析法を用いて検出することができる。
【0022】
工程(a)において調製される試料溶液中の非蛍光標識分子の濃度は、40μM以下であれば、特に限定されるものではなく、非蛍光標識分子の種類や測定に要される時間等を考慮して、適宜決定することができる。例えば、β−アミロイド、α−シヌクレイン、プリオン等の場合には、試料溶液中の非蛍光標識分子の濃度を1〜10μMとすることにより、調製から4時間以上経過した試料溶液中の凝集の有無も、一分子蛍光分析法を用いて検出することができる。例えば、384ウェルマイクロプレートを用いて300種類の凝集阻害剤候補化合物を、一分子蛍光分析法によってスクリーニングする場合には、安定した信頼性の高いスクリーニング結果を得るためには、試料溶液調製後3時間程度は凝集が観察できることが好ましいが、本発明の分子の凝集検出方法は、この要請に充分に応えることができる。
【0023】
工程(a)において調製される試料溶液中の蛍光標識分子の濃度は、一試料溶液中の蛍光強度が、工程(b)において検出に用いる蛍光分析装置において検出可能な範囲であれば特に限定されるものではなく、蛍光標識分子の標識に用いた蛍光物質の種類や蛍光強度等を考慮して、適宜決定することができる。
【0024】
次に、工程(b)として、一分子蛍光分析法により、前記工程(a)において調製された試料溶液中の蛍光標識分子の並進拡散時間、蛍光強度、蛍光偏光度、及び数量からなる群より選択される1以上を求めることにより、蛍光標識分子と非蛍光標識分子との凝集の有無を判別する。なお、蛍光標識分子と非蛍光標識分子を混合した後から徐々に凝集が起こるため、試料溶液は、調製後、工程(b)に移行する前に、検出可能な程度の凝集体が形成されるまで静置しておくことが好ましい。試料溶液を静置する時間は、蛍光標識分子等の種類や濃度、試料溶液数、工程(b)測定条件等を考慮して、適宜決定することができる。
【0025】
具体的には、まず、該試料溶液に蛍光標識分子を標識している蛍光物質の分光特性に最適な波長の光を照射し、試料溶液中の蛍光標識分子からの蛍光シグナルを、高感度な検出装置を用いて検出し、該蛍光シグナルの揺らぎを計測する。蛍光シグナルの検出は、例えば、MF20(オリンパス社製)等の公知の一分子蛍光分析システム等を用いて行うことができる。
【0026】
計測された蛍光シグナルを解析することにより、並進拡散時間、蛍光強度、蛍光偏光度、及び数量からなる群より選択される1以上を求める。解析方法は、FCS、FIDA、FIDA−POのいずれを用いてもよく、これらの解析法を適宜組み合わせて判断してもよい。FCSで行うことが好ましい。
【0027】
FCSは、分子のブラウン運動の速さから分子の大きさの変化を捉えることができる解析法であり、並進拡散時間と分子数(蛍光分子が測定領域を通過するために要する時間)を求めることができる。並進拡散時間は分子の大きさによって異なり、例えば、凝集体は、凝集していない単量体の蛍光標識分子よりも大きいため、並進拡散時間がより長くなる。また、試料溶液中に2種類以上の大きさを持つ蛍光分子が存在している場合、それぞれの並進拡散時間を有する分子の数量及び割合を算出することもできるため、試料溶液中の凝集体と単量体の割合をも算出することが可能である。このように、並進拡散時間を求めることにより、凝集の有無を判別することができる。
【0028】
FIDAは、蛍光分子の一分子当たりの蛍光強度と分子数を求めることができる解析法であり、試料溶液中に蛍光強度が異なる2種類以上の蛍光分子が存在している場合、それぞれの蛍光強度を有する分子の数量及び割合を算出することもできる。例えば、蛍光標識分子が凝集している場合には、一蛍光分子当たりの蛍光強度が高くなる。そこで、FIDAにより一分子当たりの蛍光強度を観測し、単量体の蛍光標識分子の蛍光強度と比較することにより、凝集の有無を検出することができる。
【0029】
FIDA−POは、FIDAと蛍光偏光解析を複合させた解析法であり、蛍光分子の蛍光偏光度と分子数を求めることができる。試料溶液中に蛍光偏光度が異なる2種類以上の蛍光分子が存在している場合、それぞれの蛍光偏光度を有する分子の数量及び割合を算出することもできる。例えば、蛍光標識分子が凝集している場合には、回転運動がゆっくりとなるため、蛍光偏光度が大きくなる。そこで、FIDA−POにより一分子当たりの蛍光偏光度を観測し、単量体の蛍光標識分子の蛍光偏光度と比較することにより、凝集の有無を検出することができる。
【0030】
本発明の凝集阻害剤のスクリーニング方法は、本発明の分子の凝集検出方法を用いた方法であり、(c)蛍光標識分子と凝集阻害剤候補化合物を混合して試料溶液を調製する工程と、(d)前記工程(c)において調製された試料溶液に、非蛍光標識分子を添加して混合する工程と、(e)一分子蛍光分析法により、前記工程(d)において調製された試料溶液中の蛍光標識分子の、並進拡散時間、蛍光強度、蛍光偏光度、及び数量からなる群より選択される1以上を求めることにより、蛍光標識分子と非蛍光標識分子との凝集の有無を判別する工程と、を有し、前記工程(d)において調製される試料溶液中の非蛍光標識分子の濃度が40μM以下であることを特徴とする。以下、工程ごとに説明する。
【0031】
まず、工程(c)として、蛍光標識分子と凝集阻害剤候補化合物を混合して試料溶液を調製し、その後、工程(d)として、該試料溶液に、非蛍光標識分子を添加して混合する。蛍光標識分子と非蛍光標識分子との凝集を生じさせる前に、予め、蛍光標識分子と凝集阻害剤候補化合物を反応させることにより、比較的弱い凝集阻害作用を有する候補化合物も、スクリーニングにおいて漏れなく検出することができる。蛍光標識分子と凝集阻害剤候補化合物を充分に反応させるために、工程(c)の後工程(d)に移る前に、該試料溶液を静置しておくことが好ましい。試料溶液を静置する時間は、凝集阻害剤候補化合物の種類や濃度等を考慮して、適宜決定することができる。
【0032】
工程(c)及び(d)において、試料溶液用バッファーの種類、蛍光標識分子や非蛍光標識分子の試料溶液中の濃度等は、前記工程(a)と同様である。なお、工程(c)において試料溶液中に添加される蛍光標識分子の量は、工程(d)における調製後の試料溶液中の濃度が、工程(e)において検出に用いる蛍光分析装置において検出可能な範囲であれば特に限定されるものではなく、蛍光標識分子の標識に用いた蛍光物質の種類や蛍光強度等を考慮して、適宜決定することができる。
【0033】
その後、工程(e)として、工程(d)において調製された試料溶液中の蛍光標識分子の、並進拡散時間、蛍光強度、蛍光偏光度、及び数量からなる群より選択される1以上を求めることにより、蛍光標識分子と非蛍光標識分子との凝集の有無を判別する。工程(e)における並進拡散時間等を求める方法及び凝集の有無の判別方法は、前記工程(b)と同様である。
【実施例】
【0034】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0035】
[実施例1]
非蛍光標識分子の濃度と試料溶液調製後から測定までの時間をふり、FCSにより凝集検出を行った。非蛍光標識分子として、42アミノ酸からなるβ−アミロイド(1−42)(以下、単にβ−アミロイドという。)を用いた。
まず、0.05%Tween20含有PBSを試料溶液用バッファーとし、TAMRA標識β−アミロイド(AnaSpec社製、製品番号:60476−01)が最終濃度10nM、β−アミロイド(AnaSpec社製、製品番号:24224)がそれぞれ最終濃度0μM、1μM、10μM、40μM、100μMとなるように、5本の試料溶液を調製した。
次いで、一分子蛍光分析システムMF20(オリンパス社製)を使用し、FCSにより、各試料溶液中のTAMRAの蛍光強度を測定し、測定された蛍光強度の、時間を変数とする自己相関関数に基づいて、並進拡散時間を算定した。測定条件は、励起波長543nmとし、レーザー強度100μWにて、10秒間の計測を5回行い、それぞれの並進拡散時間を算定し、それらの平均値を最終的に並進拡散時間、即ち、ブラウン運動の速さの指標値とした。なお、並進拡散時間の算定は、MF20に組み込まれているプログラムにより行った。測定は、試料溶液調製直後、20分後、40分後、4時間後に行った。
【0036】
図1(a)は試料溶液調製直後、(b)は20分後、(c)は40分後、(d)は4時間後の、各試料溶液の並進拡散時間を示した図である。試料溶液調製直後はいずれの試料溶液においても並進拡散時間は短く、凝集の程度は低かった。20分後では、ほぼ全ての試料溶液において明らかな凝集が確認できたが、40分後には、β−アミロイドが100μMの試料溶液では、対照である0μMの試料溶液とほぼ同等の並進拡散時間となり、あたかも凝集していないような結果となった。これは、形成された凝集体の大部分が沈殿してしまったためと推察される。これに対して、β−アミロイドが40μMの試料溶液では、40分後でも充分に凝集を検出することができた。特にβ−アミロイドが1μM及び10μMの試料溶液では、調製から4時間経過後であっても、良好に凝集を検出することができた。
以上の結果から、試料溶液中の非蛍光標識分子の濃度を40μM以下とすることにより、調製後に時間が経過した試料溶液を用いた場合であっても、一分子蛍光分析法を用いて、凝集の有無を精度よく検出し得ることが明らかである。
【0037】
[実施例2]
ピロロキノリンキノン(PQQ)(シグマケミカル社製、製品番号:SIGMA D7783)の、β−アミロイドの凝集に対する阻害効果を確認した。β−アミロイド及びTAMRA標識β−アミロイドは実施例1において用いたものを使用した。
まず、0.05%Tween20含有PBSを試料溶液用バッファーとし、後にβ−アミロイドを添加した時点の最終濃度が表1記載の濃度となるように、まずTAMRA標識β−アミロイドとPQQを添加して混合した後、β−アミロイドをそれぞれ添加して混合し、試料溶液を調製した。
【0038】
【表1】

【0039】
その後、実施例1と同様にして、各試料溶液中のTAMRAの蛍光強度を測定し、並進拡散時間を算定した。測定は、β−アミロイドを添加して混合してから1時間後に行った。
図2は各試料溶液の並進拡散時間を示した図である。10μMのβ−アミロイドを添加した試料溶液2と3を比較すると、PQQを添加した試料溶液3のほうが並進拡散時間は短く、PQQの凝集阻害効果を確認することができた。一方、100μMのβ−アミロイドを添加した試料溶液4と5を比較すると、PQQを添加しなかった試料溶液4のほうが並進拡散時間は短いという結果が得られた。PQQを添加しなかった試料溶液4の並進拡散時間は、対照である試料溶液1と同様であることから、凝集体が既に沈殿してしまい、PQQ添加の効果が判断できなかったためと推察される。
以上の結果から、試料溶液中の非蛍光標識分子の濃度を40μM以下とすることにより、調製後に時間が経過した試料溶液を用いた場合であっても、一分子蛍光分析法を用いて、凝集阻害剤の効果を検出し得ること、すなわち、本発明の凝集阻害剤のスクリーニング方法により、多数の試料を処理する場合であっても、迅速に信頼性の高いスクリーニング結果が得られることが明らかである。
【0040】
なお、実施例1と2は、β−アミロイドを用いているが、β−アミロイド、α−シヌクレイン、及びプリオンの凝集機構は、いずれもβシートが大きく関与しているという点で非常に近似しており、α−シヌクレイン及びプリオンの凝集検出や凝集阻害剤のスクリーニングも、実施例1及び2と同様に行うことができる。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明の分子の凝集検出方法及び凝集阻害剤のスクリーニング方法を用いることにより、多数の試料を処理する場合であっても、多数の微量の試料から迅速に信頼性の高い検出結果を得ることができるため、凝集阻害剤の開発等の分野において利用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】実施例1において、各試料溶液から求められた並進拡散時間(μs)を示した図である。(a)は試料溶液調製直後、(b)は20分後、(c)は40分後、(d)は4時間後の、それぞれの結果を示している。
【図2】実施例2において、各試料溶液から求められた並進拡散時間(μs)を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蛍光標識分子と非蛍光標識分子との凝集を検出する方法において、
(a)蛍光標識分子と非蛍光標識分子を混合して試料溶液を調製する工程と、
(b)一分子蛍光分析法により、前記工程(a)において調製された試料溶液中の蛍光標識分子の並進拡散時間、蛍光強度、蛍光偏光度、及び数量からなる群より選択される1以上を求めることにより、蛍光標識分子と非蛍光標識分子との凝集の有無を判別する工程と
を有し、前記工程(a)において調製される試料溶液中の非蛍光標識分子の濃度が40μM以下であることを特徴とする、分子の凝集検出方法。
【請求項2】
前記一分子蛍光分析法が、蛍光相関分光法(FCS)、蛍光強度分布解析法(FIDA)、蛍光偏光解析法(FIDA−PO)からなる群より選択される1以上であることを特徴とする、請求項1記載の分子の凝集検出方法。
【請求項3】
前記蛍光標識分子が、前記非蛍光標識分子と同一種類の分子を蛍光標識した分子であることを特徴とする、請求項1又は2記載の分子の凝集検出方法。
【請求項4】
前記非蛍光標識分子が生体分子であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか記載の分子の凝集検出方法。
【請求項5】
前記生体分子がタンパク質又はペプチドであることを特徴とする、請求項4記載の分子の凝集検出方法。
【請求項6】
前記生体分子がβ−アミロイド、α−シヌクレイン、及びプリオンからなる群より選択される分子であることを特徴とする、請求項4記載の分子の凝集検出方法。
【請求項7】
凝集阻害剤のスクリーニング方法において、
(c)蛍光標識分子と凝集阻害剤候補化合物を混合して試料溶液を調製する工程と、
(d)前記工程(c)において調製された試料溶液に、非蛍光標識分子を添加して混合する工程と、
(e)一分子蛍光分析法により、前記工程(d)において調製された試料溶液中の蛍光標識分子の、並進拡散時間、蛍光強度、蛍光偏光度、及び数量からなる群より選択される1以上を求めることにより、蛍光標識分子と非蛍光標識分子との凝集の有無を判別する工程と、
を有し、前記工程(d)において調製される試料溶液中の非蛍光標識分子の濃度が40μM以下であることを特徴とする、凝集阻害剤のスクリーニング方法。
【請求項8】
前記一分子蛍光分析法が、蛍光相関分光法(FCS)、蛍光強度分布解析法(FIDA)、蛍光偏光解析法(FIDA−PO)からなる群より選択される1以上であることを特徴とする、請求項7記載の凝集阻害剤のスクリーニング方法。
【請求項9】
前記蛍光標識分子が、前記非蛍光標識分子と同一種類の分子を蛍光標識した分子であることを特徴とする、請求項7又は8記載の凝集阻害剤のスクリーニング方法。
【請求項10】
前記非蛍光標識分子が生体分子であることを特徴とする、請求項7〜9のいずれか記載の凝集阻害剤のスクリーニング方法。
【請求項11】
前記生体分子がタンパク質又はペプチドであることを特徴とする、請求項10記載の凝集阻害剤のスクリーニング方法。
【請求項12】
前記生体分子がβ−アミロイド、α−シヌクレイン、及びプリオンからなる群より選択される分子であることを特徴とする、請求項10記載の凝集阻害剤のスクリーニング方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−168500(P2009−168500A)
【公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−4295(P2008−4295)
【出願日】平成20年1月11日(2008.1.11)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】