説明

分子の分別方法およびそれに用いられる分別チップ

【課題】分子の拡散性により被分別分子を分別しうる分別チップを提供すること。
【解決手段】本発明の分別チップは、基板と、前記基板上に形成された流路と、前記流路内にマトリクス状に配置された複数の構造体とを有する。流路内に配置された各構造体は、脂質膜の展開方向に平行な直線に対して非対称な形状を有する。本発明の分別チップの流路内に被分別分子を含む脂質膜を自発展開させることで、目的の被分別分子をその分子の拡散性に応じて分別することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料に含まれる被分別分子を分別する方法およびそれに用いられる分別チップに関する。
【背景技術】
【0002】
微小空間において分子を操作、分別、抽出する技術として、μ−TASがよく知られている。μ−TASは、反応時間が短い、反応効率が高い、加熱および冷却を急速に行うことが可能であるといった様々な利点を有している。一方、μ−TASには、(1)水を輸送媒体とするため生体分子(例えば、膜タンパク質)の性質を損ねる可能性がある、(2)電気泳動を輸送駆動力とするため非荷電分子には適用できない、また電場により分子構造が変化する可能性がある、(3)使用されるデバイスが大きい(センチメートルスケール)といった問題点がある。
【0003】
上記問題点を解決する技術として、複数の構造体をマトリクス状に配置した流路に脂質膜を展開させて分子をフィルタリングする技術が開示されている(例えば、非特許文献1参照)。非特許文献1に記載されているデバイスの流路には、構造体間の間隔が100nmまたは500nmとなるように構造体が配置されている。このような流路に脂質膜を展開させると、構造体間の間隙領域において脂質膜の構造が変化し、この脂質膜への他の分子の溶解度が変化する。したがって、特定の分子(構造体間の間隙領域において溶解度が低下する分子)を含む脂質膜を流路に展開させると、この分子は構造体間の間隙領域に侵入できず、構造体間の間隙を通過することができない。この現象を利用して、分子のフィルタリングを行うことができる。
【非特許文献1】H. Nabika, B. Takimoto, N. Iijima and K. Murakoshi, "Observation of self-spreading lipid bilayer on hydrophilic surface with a periodic array of metallic nano-gate", Electrochimica Acta, Volume 53 (2008), Issue 21, Pages 6278-6283.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
非特許文献1に記載の技術では、分子の化学ポテンシャルを決定する因子(例えば、分子の大きさ、立体配置、カイラリティ、親水性、疎水性、極性など)に基づき分子が分別されると考えられている。
【0005】
本発明者は、複数の構造体をマトリクス状に配置した流路に脂質膜を展開させて分子を分別する方法において、上記因子以外の因子を指標として分子を分別することができれば、上記従来の技術と組み合わせることで、2つの因子を指標としてより高精度に被分別分子を分別できると考えた。そして、本発明者は、上記因子以外の因子として分子の拡散性に着目した。
【0006】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、複数の構造体をマトリクス状に配置した流路に脂質膜を展開させて分子を分別する方法であって、分子の拡散性により分子を分別しうる分別方法、およびそれに用いられる分別チップを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、流路に配置する構造体の形状を所定の形状とすることで上記課題を解決できることを見出し、さらに検討を加えて本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明の第一は、以下の分別方法に関する。
[1]試料に含まれる被分別分子を分別する方法であって、基板と、前記基板上に形成された流路と、前記流路内にマトリクス状に配置された複数の構造体とを有する分別チップを準備するステップと、1種類または2種類以上の被分別分子を含む試料、および極性脂質を準備するステップと、前記分別チップの流路に前記試料および前記極性脂質を導入して、前記被分別分子および前記極性脂質を含む脂質膜を自発展開させるステップと、を有し、前記構造体のそれぞれは、前記流路の上流側の頂点を通り、かつ脂質膜の展開方向に平行な第1の直線と、前記流路の第1の側面側の頂点を通り、かつ前記第1の直線に平行な第2の直線との距離が、前記第1の直線と、前記流路の第2の側面側の頂点を通り、かつ前記第1の直線に平行な第3の直線との距離よりも長く、拡散しにくい分子ほど前記流路の第1の側面により近い領域に偏在させて、前記被分別分子を分別する、分別方法。
[2]前記脂質膜は脂質二重層の構造を有する、[1]に記載の分別方法。
[3]前記脂質膜を自発展開させるステップは、前記分別チップの流路に電解質水溶液を導入するステップを含む、[2]に記載の分別方法。
【0009】
また、本発明の第二は、以下の分別チップに関する。
[4]試料に含まれる被分別分子を分別するチップであって、基板と、前記基板上に形成された、脂質膜を自発展開させる流路と、前記流路内にマトリクス状に配置された複数の構造体と、を有し、前記構造体のそれぞれは、前記流路の上流側の頂点を通り、かつ脂質膜の展開方向に平行な第1の直線と、前記流路の第1の側面側の頂点を通り、かつ前記第1の直線に平行な第2の直線との距離が、前記第1の直線と、前記流路の第2の側面側の頂点を通り、かつ前記第1の直線に平行な第3の直線との距離と異なり、前記一の構造体と当該構造体に最も近接している他の構造体との間隔は20〜500nmの範囲内である、分別チップ。
[5]前記複数の構造体は略同一形状である、[4]に記載の分別チップ。
[6]前記構造体の前記第2の直線と前記第3の直線との間隔は、100nm〜3μmの範囲内である、[4]または[5]に記載の分別チップ。
[7]前記複数の構造体は、それぞれ、基板面に平行な長軸および短軸を有する略直方体状であり、かつ長軸の向きが同一となるように配置されており、前記構造体の長軸の向きは、脂質膜の展開方向に対して10〜80度傾いている、[4]〜[6]のいずれかに記載の分別チップ。
[8]前記長軸の長さは500nm〜2000nmの範囲内であり、前記短軸の長さは150nm〜500nmの範囲内である、[7]に記載の分別チップ。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、分子の拡散性により被分別分子を分別することができる。例えば、本発明と上記従来の技術と組み合わせることで、分子の拡散性による分別と分子の化学ポテンシャルを決定する因子による分別とを同時に行い、より高精度に被分別分子を分別することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の分別チップは、試料に含まれる被分別分子を分別するチップであって、基板と、前記基板上に形成された流路と、前記流路内にマトリクス状に配置された複数の構造体とを有する。本発明の分別チップは、流路内に配置された構造体が所定の形状であることを主たる特徴とする。後述するように、本発明の分別チップの流路内に被分別分子を含む脂質膜を展開させることで、目的の被分別分子をその分子の拡散性(拡散係数)に応じて分別することができる。なお、本明細書において「分子」とは、1つの分子だけでなく、2以上の分子から成る複合体をも意味する。また、「分子を分別する」とは、その分子を他の分子から分けることだけでなく、他の分子に対するその分子の割合(濃度)を高めることも意味する。
【0012】
基板は、流路を配置(形成)するための部材である。基板の大きさは、流路を無理なく配置することができれば特に限定されない。基板の材料は特に限定されず、流路および構造体の形成方法や流路内面の性質(例えば、親水性にするか否かなど)などの観点に応じて任意の材料から選択することができる。例えば、基板はガラス板である。
【0013】
流路は、基板上に形成された、脂質膜を展開させるための領域である。1つの基板に形成される流路の数は、1つであってもよいし、2つ以上であってもよい。流路の構造は、脂質膜を展開させることが可能であれば特に限定されない。例えば、基板面に溝(凹部)を形成して流路としてもよいし、基板上にガイド(凸部)を複数形成してそれらの間を流路としてもよい。流路の幅および長さは特に限定されず、試料の種類やその内部に配置する構造体の数などに応じて適宜設定すればよい。流路の深さは、展開させる脂質膜の厚さよりも大きければ特に限定されない。流路内の脂質膜を展開させる面(底面)は、親水性であってもよいし、疎水性であってもよい。例えば、脂質二重層の構造を有する脂質膜を展開させる場合(図4(C)、図9参照)は、脂質膜を展開させる面は親水性であることが好ましい。
【0014】
流路は、試料および極性脂質(脂質膜を構成する脂質)を導入するための導入口または導入流路と接続されていてもよい。導入口などを設けることで、ユーザが流路に試料および極性脂質を容易に導入できるようになる。1つの流路に接続する導入口(導入流路)の数は、1つであってもよいし、2つ以上であってもよい。例えば、1つの流路に対して、試料と極性脂質の両方を導入するための導入口(導入流路)と、極性脂質のみを導入するための導入口(導入流路)を接続することで、被分別分子の分別精度を向上させることができる(実施の形態3参照)。
【0015】
構造体は、流路内にマトリクス状に配置された部材である。ここで「マトリクス状」とは、2つの軸が直行している必要は無いが、格子状(行列状)に整然と整列した状態を意味する。構造体は、流路内を展開する脂質膜(およびそれに含まれる被分別分子)に対する障害物となり、本発明の分別チップの分別機能を担う部材である。構造体の材料は、脂質膜が構造体を乗り越えないように脂質膜に対する吸着力が高いものが好ましい。例えば、脂質二重層の構造を有する脂質膜を展開させる場合は、構造体の材料は金属(例えば、金)などであればよい。
【0016】
構造体の形状は、基板を平面視した場合に、脂質膜の展開方向に平行な直線に対して非対称であることが好ましい。より具体的には、図1(A)〜(C)に例示するように、構造体100の流路の上流側の頂点102を通り、かつ脂質膜の展開方向に平行な第1の直線(図中「1」で示す)と、流路の第1の側面側(図中右側)の頂点104を通り、かつ前記第1の直線に平行な第2の直線(図中「2」で示す)との距離(図中「A」で示す)が、第1の直線(図中「1」で示す)と、前記流路の第2の側面側(図中左側)の頂点106を通り、かつ前記第1の直線に平行な第3の直線(図中「3」で示す)との距離(図中「B」で示す)と異なることが好ましい(図1の各例では、AがBよりも長い)。以下、第1の直線と第2の直線との距離(図中「A」で示す)を「第1の長さ」ともいい、第1の直線と第3の直線との距離(図中「B」で示す)を「第2の長さ」ともいう。
【0017】
ここで「流路の上流側の頂点」とは、1つの構造体の中で最も流路の上流側の部分を意味する。同様に、「流路の第1の側面側の頂点」とは、1つの構造体の中で最も流路の第1の側面側の部分を意味し、「流路の第2の側面側の頂点」とは、1つの構造体の中で最も流路の第2の側面側の部分を意味する。ここでいう「頂点」は、必ずしも厳格な角である必要はなく、丸みを帯びた形状であってもよいし、図1(C)に示すように面状であってもよい。
【0018】
1つの流路に配置される複数の構造体は、必ずしもそれぞれが同一形状である必要はないが、第1の長さ(図中「A」で示す)と第2の長さ(図中「B」で示す)のいずれが長いのかは同じであることが好ましい。通常、1つの流路に配置される複数の構造体の形状は略同一形状であり、略同一形状の各構造体は同一方向を向くように配置される。
【0019】
上記形状の構造体をマトリクス状に配置した流路に被分別分子を含む脂質膜を展開させることで、被分別分子を分別することができる。ここで、被分別分子を分別する原理について説明する。
【0020】
図2は、複数の構造体をマトリクス状に配置した流路の一例を示す平面図である。図中の破線は、各構造体の位置関係を示すための線である。この例では、長辺の長さと短辺の長さとの比が4:1の直方体状の構造体(高さは任意)100を、脂質膜の展開方向に対して長辺が45度傾くように配置している。結果として、すべての構造体100において、第1の長さ(図1(A)の「A」)は第2の長さ(図1(A)の「B」)よりも4倍長い。構造体100間の最短間隔は短辺の長さと同じである。この図では、上から下に向かって被分別分子を含む脂質膜を自発展開(後述)させているものとする。脂質膜内の被分別分子は、ブラウン運動により脂質膜内を拡散しながら、脂質膜の流れ(通常、0.1〜0.3μm/s程度)に合わせてゆっくりと下流(図中下方向)に移動する。
【0021】
図2において、点Sの位置(2つの構造体の間隙領域)に1つの被分別分子が存在すると仮定する。この分子は、脂質膜内を拡散しながら下流に移動し、多くの場合は、点Sのほぼ直下に位置する点Cの間隙か、点Sよりも流路の第1の側面側(図中左側)に位置する点Lの間隙か、またはSよりも流路の第2の側面側(図中右側)に位置する点Rの間隙かに到達する(分子の拡散係数が大きい場合は、より遠くの間隙まで到達する可能性もある)。ここで、点Sに位置する分子が点Lに到達する確率をPとすると、Pは以下の式(1)のようになる。
【数1】

ここで、Dは分子の拡散係数、vは脂質膜の展開速度、aは構造体の短辺の長さである。
【0022】
同様に、点Sに位置する分子が点Rに到達する確率をPとすると、Pは以下の式(2)のようになる。
【数2】

【0023】
ここで、v=0.2μm/s、a=0.25μmと仮定すると、va=0.05となる。この場合、点Sに位置する分子の拡散係数が2μm/sのとき、P=0.46、P=0.50となり、点Sに位置する分子の拡散係数が1μm/sのとき、P=0.43、P=0.49となる。このように分子の拡散係数が大きい(例えば、D≧1μm/s)ときは、PとPとの間に大きな差は見られない。すなわち、分子はランダムな方向に拡散する。
【0024】
一方、点Sに位置する分子の拡散係数が0.1μm/sのとき、P=0.10、P=0.44となり、点Sに位置する分子の拡散係数が0.01μm/sのとき、P=0.05×10−4、P=0.15となる。このように分子の拡散係数が小さい(例えば、D≦0.1μm/s)ときは、Pに比べてPの値が顕著に大きくなる。すなわち、分子は特定方向(図中右方向)に拡散する。
【0025】
したがって、図3に示されるように、拡散係数が異なる2種類の被分別分子を含む脂質膜を展開させた場合、拡散係数が大きい分子は流路内にランダムに拡散するが(図中「D≧1μm/s」で示す)、拡散係数が小さい分子は流路内の一方の側面側に偏在する(図中「D≦0.1μm/s」で示す)。第1の長さが第2の長さよりも長い場合は、拡散係数が小さい分子は第1の側面側に偏在し、第2の長さが第1の長さよりも長い場合は、拡散係数が小さい分子は第2の側面側に偏在する。結果として、拡散係数が大きい分子と拡散係数が小さい分子とは分別される。拡散係数がそれぞれ異なる複数種類の被分別分子を含む脂質膜を展開させた場合は、拡散係数が小さい分子ほどより流路の側面に近い領域に偏在し、拡散係数が大きい分子は当該流路の側面から離れた領域に偏在する(図5(C)参照)。結果として、拡散係数がそれぞれ異なる複数種類の被分別分子はそれぞれ分別される。構造体の形状が上記要件を満たしていれば、脂質膜の展開速度や、構造体の配置パターン、構造体の大きさなどを変更しても、同様の原理により分子をその拡散係数に応じて分別することができる。
【0026】
構造体の説明に戻る。構造体の大きさは特に限定されないが、前述の第1の長さと第2の長さの合計(図1におけるAとBの和)が100nm〜3μmの範囲内であることが好ましく、500nm〜1μmの範囲内であることがより好ましい。第1の長さと第2の長さの合計が3μmを超えると、特に脂質膜を自発展開させたときに被分別分子を分別できない可能性がある。例えば、上述の式(1)および式(2)では、脂質膜の展開速度(v)が0.1〜0.3μm/s程度の場合に、第1の長さと第2の長さの合計が3μmを超えると、va/Dの値が好ましい範囲(0.1〜10程度)内に収まらなくなり、被分別分子を分別することが困難となりうる。
【0027】
第1の長さおよび第2の長さは、分別能を向上させる観点から、一方の長さが他方の長さに対して1.5倍以上であることが好ましい。また、被分別分子の拡散係数が大きい場合は、一方の長さが他方の長さに対してより長い(例えば3倍以上)ことが好ましい。第1の長さと第2の長さの好ましい比は被分別分子の拡散係数の絶対値により決定され、被分別分子の拡散係数が大きくなればなるほど、一方の長さを他方の長さに対してより長くする必要があるからである。構造体の高さは、脂質膜が乗り越えられない高さであることが好ましい。
【0028】
流路の幅方向に隣接する構造体間の間隔(図5(B)の「c」、図6(B)の「d」参照)は、被分別分子および極性脂質が通過しうる大きさであれば特に限定されず、例えば20nm以上であればよい。後述する実施の形態2に示すように、流路の幅方向に隣接する構造体間の間隔を20〜500nmの範囲内とすることで、分子の拡散係数だけでなくその他の因子(大きさ、立体配置、カイラリティ、親水性、疎水性、極性など)も利用して分子を分別することができる。構造体間の間隔を500nm以下とすると、構造体間の間隙領域において脂質膜の構造が変化し、脂質膜への分子の溶解度が変化する。この分子の溶解度の変化は、その分子の大きさ、立体配置、カイラリティ、親水性、疎水性、極性などにより決定される。したがって、構造体間の間隔を500nm以下とすると、分子の種類によっては構造体間の間隙を通過することができなくなる。結果として、構造体間の間隙領域において、分子の拡散係数以外の因子(大きさ、立体配置、カイラリティ、親水性、疎水性、極性など)により分子を分別することができる。一方、流路の流れ方向(脂質膜の展開方向)に隣接する構造体間の間隔は、被分別分子および極性脂質が通過しうる大きさであれば特に限定されず、例えば20nm以上であればよい。流路の流れ方向に隣接する構造体間の間隔は、例えば100nm〜1000μm程度である。通常、流路の流れ方向(脂質膜の展開方向)に隣接する構造体間の間隔は、流路の幅方向に隣接する構造体間の間隔よりも長いため、「一の構造体と当該構造体に最も近接している他の構造体との間隔」とは、流路の幅方向に隣接する構造体間の間隔を意味する。
【0029】
流路内にマトリクス状に配置される構造体の数(行数、列数)は、被分別分子の種類や、試料の種類、希望する分別精度などに応じて適宜設定すればよい。例えば、拡散係数が近い2種類の分子を分別する場合は、流路の長さおよび幅を大きくするとともに、構造体の数(行数、列数)を多くすることが好ましい。
【0030】
本発明の分別チップは、電子線リソグラフィーなどの当業者に公知の技術を適宜用いて製造することができる。
【0031】
次に、本発明の分別チップを用いて被分別分子を分別する方法(本発明の分別方法)について説明する。
【0032】
本発明の分別方法は、(1)本発明の分別チップを準備する第1のステップと、(2)被分別分子を含む試料、および極性脂質を準備する第2のステップと、(3)第1のステップで準備した分別チップの流路に第2のステップで準備した試料および極性脂質を導入して、被分別分子を含む脂質膜を展開させる第3のステップとを含む。
【0033】
第1のステップでは、上述の本発明の分別チップを準備する。
【0034】
第2のステップでは、1種類または2種類以上の被分別分子を含む試料、および極性脂質を準備する。ここで「極性脂質」とは、親水性基と疎水性基を有する両親媒性の脂質をいう。
【0035】
被分別分子の種類は、単独または極性脂質と結合した状態で、脂質膜内または脂質膜表面を拡散しうる分子であれば特に限定されない。被分別分子の例には、イオンチャンネルや膜貫通タンパク質、アミロイドβタンパク質、コレラ毒素、ベロ毒素などのタンパク質;抗菌性ペプチドやシグナル伝達ペプチドなどのペプチド;糖鎖;筋線維などが含まれる。試料の例には、血液や尿、それらの希釈物などが含まれる。
【0036】
極性脂質の種類は、第3のステップにおいて脂質膜を形成しうるものであれば特に限定されない。また、2種類以上の極性脂質を準備してもよい。すなわち、第3のステップで展開させる脂質膜は、1種類の極性脂質から構成されていてもよいし、2種類以上の極性脂質から構成されていてもよい。極性脂質の例には、リン脂質(例えば、ジオレオイルホスファチジルコリン)や糖脂質(例えば、ガングリオシドGM1)などが含まれる。例えば、コレラ毒素やベロ毒素などの細胞毒素を分別したい場合は、目的の細胞毒素が結合しうる脂質(例えば、ガングリオシド)を選択すればよい(図9参照)。
【0037】
第3のステップでは、第1のステップで準備した分別チップの流路(または導入口)に第2のステップで準備した試料および極性脂質を導入して、被分別分子を含む脂質膜を展開させる。
【0038】
試料と極性脂質を流路に導入する方法は、予め調製した試料と極性脂質との混合物を流路に導入してもよいし、試料と極性脂質とを別個に流路に導入してもよい。例えば、試料と極性脂質との混合物を流路に導入する場合は、試料および極性脂質を含む溶液を分別チップの流路に滴下し、必要に応じて溶媒を揮発させればよい。また、試料と極性脂質とを別個に流路に導入する場合は、極性脂質を含む溶液を分別チップの流路に滴下し、溶媒を揮発させた後、試料(または試料を含む溶液)を分別チップの流路に滴下すればよい。後者の方法は、極性脂質を溶解させる溶媒(例えば、エタノールなど)が被分別分子を変性させてしまう場合に有用である。極性脂質に対する試料の量比(モル比)は、特に限定されないが、10−6〜30モル%の範囲内が好ましい。
【0039】
被分別分子を含む脂質膜を展開させる方法は、特に限定されないが、外部から駆動力を印加せずに自発的に展開させること(以下「自発展開」ともいう)が好ましい。脂質膜は、脂質二重層の構造を有する脂質膜が好ましいが、それ以外の脂質膜であってもよい。
【0040】
図4は、脂質膜を自発的に展開させる手順の一例を示す図である。説明の便宜上、この図では構造体を図示していない。まず、被分別分子を含む極性脂質110を流路112(または流路112に接続する導入口)に導入する(図4(A))。次いで、流路112に電解質水溶液114を導入することで、脂質二重層の構造を有する脂質膜116を自発的に展開させることができる(図4(B))。この例では、本発明の分別チップを電解質水溶液114中に沈めている。電解質水溶液の例には、NaCl水溶液(1〜100mM)、NaSO水溶液(1〜100mM)、リン酸緩衝液(PBS)などが含まれる。図4(C)は、表面が親水性の基板118上で脂質二重層の構造を有する脂質膜116が自発的に展開する様子を示す模式図である。この脂質膜116には、被分別分子120が含まれている。
【0041】
被分別分子を含む脂質膜を自発展開させると、脂質膜は流路内の構造体の間を縫うように流路の下流に向けて拡がっていく(展開速度は通常0.1〜0.3μm/s程度)。脂質膜内の被分別分子は、ブラウン運動により脂質膜内を拡散しながら脂質膜の流れに合わせて下流に移動する。このとき、本発明の分別チップでは、構造体の形状が脂質膜の展開方向に平行な直線に対して非対称であるため、脂質膜内の被分別分子はその分子の拡散係数に応じて流路内の所定の位置に偏在する(図3参照)。結果として、試料に含まれる各種分子は、その拡散係数に応じて流路内において分別される。
【0042】
以上のように、本発明の分別方法は、わずかな試料を用いて被分別分子をその拡散係数に応じて分別することができる。また、本発明の分別方法は、(1)脂質膜を輸送媒体とするため生体分子(例えば、膜タンパク質)の性質を損ねずに分別することができ、(2)自発展開を利用できるため非荷電分子にも適用可能であり、(3)使用されるデバイスが小さい(マイクロメートルスケール)といった利点がある。
【0043】
例えば、上記第3のステップを終えた後に、分別チップの流路内に特定の分子を識別可能にする処理(例えば、蛍光標識抗体の滴下など)を行うことにより、試料に微量に含まれる分子(例えば、特定の病気のマーカー分子など)を測定することができる。本発明の分別方法は、例えば、分離精製の困難な膜タンパク質の分別(分離)、種々の疾患に起因する脂質分子の挙動変化の検出、特定脂質分子のスクリーニング、疾患原因となる脂質またはタンパク質の検出、相互作用に関与しているタンパク質の検出、有害物質の検出(検査)などの分析用途に適用することができる。
【0044】
従来、非対称な構造体を流路内に配置したデバイスを用いて電気泳動を行い、荷電分子を分別する技術が開示されている(例えば、Chou C. et al., "Sorting by diffusion: An asymmetric obstacle course for continuous molecular separation", PNAS (1999), Vol.96, 13762-13765.)。これら従来の技術では、電気泳動により分子を移動させているため非荷電分子に適用することができない。一方、本発明者は、被分別分子を脂質膜に分散させても被分別分子をその分子の拡散係数により分別できることを見出した。本願発明では、自発展開により分子を移動させることができるため非荷電分子にも適用することができる。また、本願発明では、脂質膜の展開により分子を移動させるため、構造体の大きさが上記従来の技術に比べて小さい点も異なる。また、上記従来の技術では、拡散係数の高い分子(小さい分子)ほど流路幅方向により移動するのに対し、本願発明では、拡散係数の低い分子(大きい分子)ほど流路幅方向に移動する点も異なる。この違いは、分子の移動方向の流速の違い(分子を拡散させる媒体の違い)によるものである。
【0045】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0046】
(実施の形態1)
図5は、実施の形態1の分別チップの模式図である。図5(A)は分別チップ全体の斜視図であり、図5(B)は流路部分の拡大平面図である。
【0047】
図5(A)に示されるように、分別チップ200は、基板210、導入口220、流路230、および複数の構造体240を有する。
【0048】
基板210は、例えばガラス基板である。基板210の大きさは、流路230を無理なく配置することができれば特に限定されない。
【0049】
導入口220は、基板210に形成された凹部であり、流路230に接続している。導入口220の形状は、ユーザが試料および極性脂質を滴下しやすい形状であれば特に限定されない。
【0050】
流路230は、基板210に形成された凹部であり、その底面に複数の構造体240がマトリクス状に配置されている。例えば、流路の幅は10〜10000μmの範囲内であり、流路の長さは100〜10000μmの範囲内であり、流路の深さは1〜10000μmの範囲内である。
【0051】
構造体240は、流路230内にマトリクス状に配置されている直方体状の部材である。構造体240は、脂質膜の展開方向に対して長辺が10〜80度傾くように配置されている。例えば、構造体の長辺の長さは0.5〜2μmの範囲内であり、短片の長さは0.15〜0.5μmの範囲内であり、高さは0.001〜0.1μmの範囲内である。本実施の形態の分別チップでは、流路の幅方向に隣接する構造体間の最短の間隔(図5(B)中「c」で示す)は500nmより長いものとする。
【0052】
上記構成を有する分別チップ200を用いて被分別分子を分別するには、例えば、(1)導入口220に試料および極性脂質を滴下し、(2)導入口220および流路230に電解質溶液を提供して、被分別分子を含む脂質膜を自発展開させればよい。
【0053】
図5(C)は、脂質膜を展開した後の流路内の被分別分子の分布を示す模式図である。ここでは、試料に拡散係数がそれぞれ異なる3種類の分子(A〜C)が含まれていたものとする。この図に示されるように、脂質膜を自発展開させることにより、拡散係数が大きい分子A(例えば、D≧1μm/s)は展開方向を向いて流路の右側に移動し、拡散係数が中程度の分子B(例えば、0.01μm/s<D<1μm/s)は流路の中央付近に移動し、拡散係数が小さい分子C(例えば、D≦0.01μm/s)は展開方向を向いて流路の左側に移動する。
【0054】
以上のように、本実施の形態の分別チップは、分子の拡散係数に応じて分子を分別することができる。
【0055】
(実施の形態2)
図6は、実施の形態2の分別チップの模式図である。図6(A)は分別チップ全体の斜視図であり、図6(B)は流路部分の拡大平面図である。
【0056】
図6(A)に示されるように、分別チップ300は、基板210、導入口220、流路230、および複数の構造体240を有する。実施の形態2の分別チップ300は、流路230内の構造体240の配置パターンのみが実施の形態1の分別チップと異なる。実施の形態1に係る分別チップと同じ構成要素については同一の符号を付し、重複箇所の説明を省略する。
【0057】
構造体240は、脂質膜の展開方向に対して長辺が10〜80度傾くように、流路230の底面にマトリクス状に配置されている。本実施の形態の分別チップでは、流路の幅方向に隣接する構造体間の最短の間隔(図6(B)中「d」で示す)は500nm以下(例えば、50nm)であるものとする。
【0058】
上記構成を有する分別チップ200を用いて被分別分子を分別するには、例えば、(1)導入口220に試料および極性脂質を滴下し、(2)導入口220および流路230に電解質溶液を提供して、被分別分子を含む脂質膜を自発展開させればよい。
【0059】
図6(C)は、脂質膜を展開した後の流路内の被分別分子の分布を示す模式図である。ここでは、拡散係数またはその他の因子(大きさ、立体配置、カイラリティ、親水性、疎水性、極性など)が異なる9種類の分子(A〜I)が試料に含まれていたものとする。
【0060】
この図に示されるように、脂質膜を自発展開させることにより、拡散係数が大きい分子A、D、G(例えば、D≧1μm/s)は展開方向を向いて流路の右側に移動し、拡散係数が中程度の分子B、E、H(例えば、0.01μm/s<D<1μm/s)は流路の中央付近に移動し、拡散係数が小さい分子C、F、I(例えば、D≦0.01μm/s)は展開方向を向いて流路の左側に移動する。
【0061】
一方、構造体240間の最短の間隔が500nm以下であるため、各分子は、上記その他の因子(大きさ、立体配置、カイラリティ、親水性、疎水性、極性など)により構造体240間の間隙の通り抜けやすさが異なる。その結果、各分子は、構造体240間の間隙の通り抜けやすさに応じて展開方向の移動度が異なることになる。具体的には、間隙を通り抜けにくい分子G、H、Iは構造体240が配置されている領域の手前部分(導入口220側の部分)まで移動し、間隙をある程度通り抜けられる分子D、E、Fは構造体240が配置されている領域の中央付近まで移動し、間隙を通り抜けやすい分子A、B、Cは構造体240が配置されている領域の奥深く(流路230末端付近)まで移動する。
【0062】
以上のように、本実施の形態の分別チップは、分子の拡散係数だけでなく、その他の因子(大きさ、立体配置、カイラリティ、親水性、疎水性、極性など)も利用して分子を分別することができる。
【0063】
(実施の形態3)
図7(A)は、実施の形態3の分別チップの模式図である。
【0064】
図7(A)に示されるように、分別チップ400は、基板210、第1の導入口410、第2の導入口420、流路230、および複数の構造体240を有する。実施の形態3の分別チップ400は、第1の導入口410および第2の導入口420を有する点で実施の形態1の分別チップと異なる。実施の形態1に係る分別チップと同じ構成要素については同一の符号を付し、重複箇所の説明を省略する。
【0065】
第1の導入口410は、基板210に形成された凹部であり、流路230の第1の側面(図7(A)では手前の側面)の近くに接続している。第1の導入口410は、ユーザにより試料および極性脂質を滴下される。第1の導入口410の形状は、ユーザが試料および極性脂質を滴下しやすい形状であれば特に限定されない。
【0066】
第2の導入口420は、基板210に形成された凹部であり、流路230の第2の側面(図7(A)では奥の側面)の近くに接続している。第2の導入口420は、ユーザにより極性脂質のみ滴下される。第2の導入口420の形状は、ユーザが極性脂質を滴下しやすい形状であれば特に限定されない。
【0067】
上記構成を有する分別チップ400を用いて被分別分子を分別するには、例えば、(1)第1の導入口410に試料および極性脂質を滴下し、(2)第2の導入口420に極性脂質のみを滴下し、(3)第1の導入口410、第2の導入口420および流路230に電解質溶液を提供して、被分別分子を含む脂質膜を自発展開させればよい。
【0068】
図7(B)および図7(C)は、第1の導入口410および第2の導入口420を設けることの効果を説明するための模式図である。図7(B)は第1の導入口410および第2の導入口420を有しない分別チップにおける被分別分子の移動の様子を示す模式図である。図7(C)は第1の導入口410および第2の導入口420を有する分別チップ(本実施の形態の分別チップ)における被分別分子の移動の様子を示す模式図である。図中、実線の矢印は拡散係数が大きい分子(例えば、D≧1μm/s)の移動を示し、破線の矢印は拡散係数が小さい分子(例えば、D≦0.01μm/s)の移動を示す。
【0069】
図7(B)に示されるように、流路230の幅全体に亘って被分別分子を含む極性脂質430を滴下すると、図中「G」の領域には拡散係数が大きい分子(実線)のみが移動してくるため、拡散係数が大きい分子を高精度に分別することができるが、図中「H」の領域には拡散係数が小さい分子(破線)だけでなく拡散係数が大きい分子(実線)も移動してくるため、拡散係数が小さい分子を高精度に分別することができない可能性がある。
【0070】
一方、図7(C)に示されるように、第1の導入口410に被分別分子を含む極性脂質430を滴下して、第1の側面側から流路240内に被分別分子を含む極性脂質430を提供すると、図中「G」の領域には拡散係数が大きい分子(実線)のみが移動し、図中「H」の領域には拡散係数が小さい分子(破線)のみが移動してくるため、拡散係数が大きい分子だけでなく拡散係数が小さい分子も高精度に分別することができる。第2の導入口420は、流路240内に脂質膜を均一に展開させるために極性脂質440を第2の側面側から流路230内に提供する。
【0071】
以上のように、本実施の形態の分別チップは、拡散係数が大きい分子だけでなく拡散係数が小さい分子も高精度に分別することができる。
【実施例】
【0072】
以下、本発明を実施例を参照して詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されない。
【0073】
本実施例では、本発明の分別方法によりコレラ毒素Bサブユニット(以下「CTB」と略記する)を分別した例を示す。
【0074】
1.分別チップの作製
図8(A)は、本実施例で作製した分別チップの模式図である。この図に示されるように、超高精度電子ビーム描画装置(ELS−7700H、株式会社エリオニクス)を用いた電子線リソグラフィー法により、カバーガラス(ガラス基板)500上に2本のガイド510および複数の構造体520(いずれも金から成る)を形成した。2本のガイド510間の領域が流路に相当し、複数の構造体520を2本のガイド510間にマトリクス状に配置した。図中eの長さ(流路の幅)は200μmとし、fの長さ(流路のうち構造体が配置されている領域の最短長さ)も200μmとした。ガイド510の高さは30nmとした。
【0075】
図8(B)は、流路内の構造体の配置パターンを示すAFM像である。この図に示されるように、直方体状の構造体(長辺1μm、短辺250nm、高さ30nm)を長辺が脂質膜の展開方向(ガイドの方向)に対して45度傾くように配置した。構造体間の最短間隔は、短辺の長さと同じ250nmとした(図2、図6(B)参照)。
【0076】
2.脂質溶液の調製
ジオレオイルホスファチジルコリン(以下「DOPC」と略記する)(Avanti Polar Lipids社)をクロロホルムに溶解させて、1mg/mLのDOPC溶液を調製した。同様に、BODIPY(蛍光色素)標識ガングリオシドGM1(以下「GM1」と略記する)(Molecular Probes社)をクロロホルムに溶解させて、0.014μMのGM1溶液を調製した。DOPCとGM1とのモル比が99.9:0.1となるように前述のDOPC溶液とGM1溶液を混合して、脂質溶液を調製した。CTB(5量体)はGM1に特異的に結合するため、脂質膜にGM1を含ませることでCTBを脂質膜表面に固定することができる(図9(B)参照)。この場合にも、GM1に結合したCTBは、脂質膜表面上を面方向に拡散することができる。
【0077】
3.被分別分子溶液の調製
被分別分子溶液として、Alexa Fluor 555(蛍光色素)標識コレラ毒素Bサブユニット(Molecular Probes社)をリン酸緩衝液に溶解させて、50μg/mLのCTB溶液を調製した。
【0078】
4.分別処理
分別チップの流路のうち構造体が配置されていない領域に脂質溶液2μLを滴下し、乾燥させた。次いで、流路全体にリン酸緩衝液(pH7.4)400μLを滴下し、DOPCおよびGM1からなる脂質膜を自発展開させた。図9(A)は、リン酸緩衝液530を滴下して基板500上をDOPC540およびGM1 550からなる脂質膜を自発展開させた様子を示す模式図である。
【0079】
DOPCおよびGM1からなる脂質膜を5分間展開させた後、流路上のリン酸緩衝液を除去した。次いで、流路内に被分別分子溶液4μLを滴下し、脂質膜中のGM1にCTBを結合させた。図9(B)は、被分別分子溶液560を滴下して脂質膜中のGM1 550にCTB570を結合させた様子を示す模式図である。予備実験として自発展開の挙動を調べたところ、CTBとGM1とを結合させても、脂質膜の自発展開の挙動には大きな影響が見られなかった。また、予備実験としてFRAPによりCTBとGM1と複合体の拡散係数を求めたところ、0.1μm/s未満であることがわかった。
【0080】
被分別分子溶液を滴下した後、そのまま室温で静置して、CTBを含む脂質膜をさらに展開させた。脂質膜を流路内の構造体を配置した領域の最後まで十分に展開させた後(およそ30分後)、流路上の被分別分子溶液を除去して自発展開を停止させた。
【0081】
図10は、自発展開を停止させた後の流路内のCTBの分布を示すグラフである。コレラ毒素Bサブユニットの分布は、蛍光顕微鏡(BX51、オリンパス株式会社)でCTBを標識しているAlexa Fluor 555の蛍光を観察して測定した。このグラフから、CTB(とGM1の複合体)は、展開方向を向いて流路の左側の領域に偏在していることがわかる。
【0082】
以上のことから、本発明の分別方法により、コレラ毒素Bサブユニット(とガングリオシドGM1との複合体)を分別しうることが示唆される。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明の分別方法および分別チップは、例えば、血液や尿を検体として検査を行う際に目的の分子を分別する方法およびそれに用いるデバイスとして有用である。
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】構造体の形状の例を示す図
【図2】複数の構造体をマトリクス状に配置した流路の一例を示す平面図
【図3】流路内を被分別分子が移動する様子を示す模式図
【図4】脂質膜を自発的に展開させる手順の一例を示す図
【図5】実施の形態1の分別チップを示す模式図
【図6】実施の形態2の分別チップを示す模式図
【図7】実施の形態3の分別チップを示す模式図
【図8】実施例で作製した分別チップを示す模式図
【図9】コレラ毒素Bサブユニットを脂質膜表面に固定する手順を示す模式図
【図10】実施例の結果を示すグラフ
【符号の説明】
【0085】
1 第1の直線
2 第2の直線
3 第3の直線
100,240 構造体
102 流路の上流側の頂点
104 流路の第1の側面側の頂点
106 流路の第2の側面側の頂点
110,430 被分別分子を含む極性脂質
112,230 流路
114 電解質水溶液
116 脂質膜
118,210 基板
120 被分別分子
200,300,400 分別チップ
220 導入口
410 第1の導入口
420 第2の導入口
440 極性脂質
500 ガラス基板
510 ガイド
520 構造体
530 リン酸緩衝液
540 ジオレオイルホスファチジルコリン
550 ガングリオシドGM1
560 被分別分子溶液
570 コレラ毒素Bサブユニット
A 第1の長さ
B 第2の長さ
c,d 構造体間の最短間隔
e 流路の幅
f 構造体が配置されている領域の最短長さ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に含まれる被分別分子を分別する方法であって、
基板と、前記基板上に形成された流路と、前記流路内にマトリクス状に配置された複数の構造体とを有する分別チップを準備するステップと、
1種類または2種類以上の被分別分子を含む試料、および極性脂質を準備するステップと、
前記分別チップの流路に前記試料および前記極性脂質を導入して、前記被分別分子および前記極性脂質を含む脂質膜を自発展開させるステップと、を有し、
前記構造体のそれぞれは、
前記流路の上流側の頂点を通り、かつ脂質膜の展開方向に平行な第1の直線と、前記流路の第1の側面側の頂点を通り、かつ前記第1の直線に平行な第2の直線との距離が、
前記第1の直線と、前記流路の第2の側面側の頂点を通り、かつ前記第1の直線に平行な第3の直線との距離よりも長く、
拡散しにくい分子ほど前記流路の第1の側面により近い領域に偏在させて、前記被分別分子を分別する、
分別方法。
【請求項2】
前記脂質膜は脂質二重層の構造を有する、請求項1に記載の分別方法。
【請求項3】
前記脂質膜を自発展開させるステップは、前記分別チップの流路に電解質水溶液を導入するステップを含む、請求項2に記載の分別方法。
【請求項4】
試料に含まれる被分別分子を分別するチップであって、
基板と、
前記基板上に形成された、脂質膜を自発展開させる流路と、
前記流路内にマトリクス状に配置された複数の構造体と、
を有し、
前記構造体のそれぞれは、
前記流路の上流側の頂点を通り、かつ脂質膜の展開方向に平行な第1の直線と、前記流路の第1の側面側の頂点を通り、かつ前記第1の直線に平行な第2の直線との距離が、
前記第1の直線と、前記流路の第2の側面側の頂点を通り、かつ前記第1の直線に平行な第3の直線との距離と異なり、
前記一の構造体と当該構造体に最も近接している他の構造体との間隔は20〜500nmの範囲内である、
分別チップ。
【請求項5】
前記複数の構造体は略同一形状である、請求項4に記載の分別チップ。
【請求項6】
前記構造体の前記第2の直線と前記第3の直線との間隔は、100nm〜3μmの範囲内である、請求項4に記載の分別チップ。
【請求項7】
前記複数の構造体は、それぞれ、基板面に平行な長軸および短軸を有する略直方体状であり、かつ長軸の向きが同一となるように配置されており、
前記構造体の長軸の向きは、脂質膜の展開方向に対して10〜80度傾いている、
請求項4に記載の分別チップ。
【請求項8】
前記長軸の長さは500nm〜2000nmの範囲内であり、前記短軸の長さは150nm〜500nmの範囲内である、請求項7に記載の分別チップ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−48714(P2010−48714A)
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−214315(P2008−214315)
【出願日】平成20年8月22日(2008.8.22)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 日本化学会第88春季年会(2008)講演予稿集 CD−ROM 平成20年3月26日〜30日開催(社団法人 日本化学会)
【出願人】(504173471)国立大学法人北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】