説明

分散強化銅

【課題】母材に炭化物が分散され、引張強度、伸び、導電率に優れた分散強化銅、及びその製造方法、分散強化銅からなる伸線材、この伸線材を導体に用いた自動車用ワイヤーハーネスを提供する。
【解決手段】純Cu又はCu合金と、Tiといった炭化物形成元素と、Fe-C合金といった炭素源とを混合した溶湯を炭素源の融点以上にして、炭化物形成元素と炭素源のCとを反応させて炭化物を生成する。この溶湯を撹拌して、生成した炭化物を溶湯中に均一的に分散させる。この溶湯を冷却速度100℃/sec以上で凝固することで、Cu又はCu合金からなる母材に微細な炭化物が分散した分散強化銅が得られる。このような分散強化銅からなる伸線材は、自動車用ワイヤーハーネスの電線用導体に好適に利用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Cu又はCu合金からなる母材中に炭化物粒子が分散した分散強化銅、この分散強化銅の製造方法、この分散強化銅からなる伸線材、この伸線材を具える自動車用ワイヤーハーネスに関するものである。特に、細径の場合であっても、高強度、高靭性、高導電率である伸線材が得られる分散強化銅、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、自動車内の電気機器の電力供給路や通信路としてワイヤーハーネスが利用されている。近年、自動車の高性能化に伴って車載電気機器が増加してきており、ワイヤーハーネスの使用量も増加してきている。一方、自動車の低燃費化の要求から、車載部品の軽量化が進められつつあり、ワイヤーハーネスも例外ではない。自動車用ワイヤーハーネスを軽量にするには、ワイヤーハーネスに具える電線用導体を細径にすることが効果的である。しかし、導体を細くすると、所望の特性を満たさなくなる。
【0003】
自動車用ワイヤーハーネスに具える電線用導体には、高強度、高靭性、高導電率であることが望まれる。強度が高いことで、負荷(一定の荷重、又は低速で荷重が付与される状態)、衝撃(高速で荷重が付与される状態)、疲労(負荷と除荷とが繰り返される状態)に対する耐性を高められる。高靭性、具体的には伸びが大きいことで、耐衝撃性に優れる。導電率が高いことで、エネルギー効率が良好になる。従来、上記導体は、高純度銅であるタフピッチ銅で形成している。タフピッチ銅は、導電率が高く、伸びに優れるものの強度が十分で無く、軽量化に必要とされるような600MPa以上といった高強度を満たすことができない。
【0004】
特性を改善するために、Cuに添加元素を添加して合金化することが試みられている。特許文献1,2には、CuにSnを添加したCu-Sn合金(固溶型合金)で自動車用ワイヤーハーネスの電線用導体を形成することが開示されている。その他、Cu合金として、Cu-Ni-Si、Cu-Fe-Pといった時効型合金、Cu-Ag、Cu-Crといった2相型合金が知られている。特許文献3〜6では、Cuに炭素(C)を添加することで特性を改善することが検討されている。
【0005】
【特許文献1】特開平7-192535号公報
【特許文献2】特許第2697960号公報
【特許文献3】特開平7-242965号公報
【特許文献4】特開平9-249925号公報
【特許文献5】特開平11-100625号公報
【特許文献6】特開平11-50172号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、従来のCu合金でも、軽量化に必要とされる特性を十分に有しているとは言えない。
【0007】
特許文献1,2に記載されるCu-Sn合金では、Snの添加量が少ないと、強度が低くなり、Snの添加量が多いと、導電率が低下する。
【0008】
時効型合金では、導電率及び伸びに優れるものの、強度が低い。
2相型合金では、導電率及び強度に優れるものの、伸びが小さい。
【0009】
特許文献3に記載の技術は、リードフレームに用いられるCu-Fe合金、Cu-Fe-P合金において、Feの含有量を低減しても粒界割れが発生しないように、固溶限の範囲(100ppm(0.01質量%))でCを添加するものであり、自動車用ワイヤーハーネスの電線用導体に要求される高強度、高靭性、高導電率について検討されていない。
【0010】
特許文献4には、Cu-Cr合金についてCrの固溶量をCで制御することで引張強度:1000MPa以上、導電率:65%IACS以上を満たすことが開示されているが、靭性については検討されていない。
【0011】
特許文献5には、ホウ化物及び炭化物が銅中に分散した分散強化銅が開示されており、この分散強化銅は、高強度で高導電率が望まれる用途に最適である旨が開示されているが、具体的な引張強度、導電率は開示されていない。また、特許文献5は、靭性について十分に検討されていない。
【0012】
特許文献6には、銅溶湯中に炭化物粒子と分散助剤とを撹拌しながら添加した後凝固させた分散強化銅が開示されており、この分散強化銅は、400℃における引張強度、導電率に優れることが開示されているが、靭性について十分に検討されていない。
【0013】
従って、高強度、高靭性、高導電率であり、これらをバランスよく具える材料の開発が望まれている。そこで、本発明は、細径としても、高強度、高靭性、高導電率である分散強化銅、及びこの分散強化銅の製造方法を提供することを目的の一つとする。また、本発明の他の目的は、この分散強化銅からなり、電線用導体に適した伸線材を提供することにある。本発明の別の目的は、上記伸線材を具える自動車用ワイヤーハーネスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、細径の伸線材とした場合であっても、高強度、高靭性、高導電率である材料を得るために、Cu又はCu合金中に炭化物といった分散材を分散させた分散強化銅に注目して鋭意研究を行ったところ、以下の知見を得た。Cu又はCu合金の溶湯に分散材となる炭化物の粉末を添加して製造した分散強化銅よりも、溶湯中で炭化物を生成させて製造した分散強化銅の方が、優れた特性を有する。即ち、溶湯に粉末の状態で添加した炭化物がほぼそのままCu又はCu合金中に分散された状態である分散強化銅よりも、溶湯に添加した元素により炭化物を生成し、この生成した炭化物がCu又はCu合金中に分散された状態である分散強化銅の方が、優れた特性を有する。特に、凝固時に溶湯を急冷して、生成した炭化物を微細にすることで、高強度、高靭性、高導電率である分散強化銅が得られる。この知見に基づき、本発明を規定する。
【0015】
第一の本発明分散強化銅の製造方法は、純Cu、又は純Cuと添加元素とからなるCu合金と、炭化物形成元素と、Cを含有する炭素源とを混合した溶湯を準備する工程と、準備した混合溶湯を炭素源の融点以上として炭化物形成元素と炭素源のCとを反応させて炭化物を生成すると共に、混合溶湯を撹拌する工程と、この溶湯を凝固する工程とを具える。炭化物形成元素は、Ti,Zr,Hf,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W,及びBからなる群から選択される少なくとも1種の元素とする。凝固時の冷却速度は、100℃/sec以上とする。
【0016】
第二の本発明分散強化銅の製造方法は、純Cu又はCu合金と、炭化物形成元素とを混合した溶湯を準備する工程と、準備した混合溶湯にCを含有する炭素源ガスをバブリングして、炭化物形成元素と炭素源ガスのCとを反応させて炭化物を生成する工程と、バブリングした溶湯を凝固する工程とを具える。Cu合金、炭化物形成元素、凝固時の冷却速度は、上記第一の製造方法と同様である。
【0017】
上記本発明製造方法により、微細な炭化物粒子が母材に均一的に分散された組織を有する分散強化銅が得られる。本発明分散強化銅は、母材がCu又はCu合金からなり、Cを0.001〜1.0質量%、炭化物形成元素を0.004〜16質量%含有し、実質的にCと炭化物形成元素とからなる炭化物粒子が母材中に分散している。特に、本発明分散強化銅は、円相当径が5μm以下である炭化物粒子の粒子頻度(面積)が80%以上である組織を有する。
【0018】
上記構成を具える本発明分散強化銅は、細径の伸線材としても、強度、靭性、導電率の三者に優れる。従って、軽量化が望まれる自動車用ワイヤーハーネスの電線用導体の材料に好適に利用できる。以下、本発明をより詳細に説明する。
【0019】
[分散強化銅]
<組成>
《母材》
本発明分散強化銅は、純Cu又は純Cuに添加元素を添加したCu合金を主成分とする。添加元素は、Sn,Ni,Si,Fe,P,Ag,Crなどが挙げられる。公知の組成のCu-Sn合金、Cu-Ni-Si合金、Cu-Fe-P合金、Cu-Ag合金、Cu-Cr合金を母材に利用できる。本発明分散強化銅は、後述するように炭化物分散組織とすることで、強度や靭性に優れるため、先に列記した公知の組成のCu合金よりも添加元素の含有量を低減可能である。本発明分散強化銅は、この純Cu又はCu合金からなる母材に、後述するC及び炭化物形成元素を含んだ組成である。具体的な組成を以下に挙げる。不純物は、主として不可避的不純物である。組成は、例えば、誘導結合プラズマ(ICP:Inductively
Coupled Plasma)発光分光分析やX線光電子分光法(XPS)により調べることができる。炭化物の存在は、例えば、X線回折(XRD)やエネルギー分散型X線分析(EDX)により調べることができる。
【0020】
組成(I) Cを0.001〜1.0質量%、炭化物形成元素を0.004〜16質量%含有し、残部がCu及び不純物からなる
組成(II) Cを0.001〜1.0質量%、炭化物形成元素を0.004〜16質量%、所定量の添加元素を含有し、残部がCu及び不純物からなる
【0021】
《C(炭素)》
本発明分散強化銅は、Cを0.001〜1.0質量%含有する。このCの大部分又は全部は、母材中に分散される炭化物として存在する。本発明では、Cの一部が、Cu又はCu合金中に固溶していたり、結晶粒界に析出することを許容する。Cの含有量は、母材中に分散される炭化物を形成するもの、Cu又はCu合金中に固溶しているもの、Cu又はCu合金に析出しているものの合計とする。Cが0.001質量%未満では、母材中に炭化物が十分に存在せず、炭化物の分散による特性の向上効果が得られない。Cが1.0質量%超では、結晶粒界にCが単独で大量に析出して、逆に特性の低下を招く。Cの含有量のより好ましい範囲は、0.003〜0.7質量%である。
【0022】
《炭化物形成元素》
本発明分散強化銅は、上記Cと化合して炭化物を形成する炭化物形成元素を0.004〜16質量%含有する。炭化物形成元素は、周期律表4A族,5A族,6A族,及び3B族から選択される1種以上の元素、具体的には、Ti,Zr,Hf,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W,及びBからなる群から選択される少なくとも1種の元素とする。炭化物形成元素は、1種のみでも、2種以上でもよい。炭化物形成元素を複数の元素とする場合、合計含有量が上記範囲を満たすものとする。炭化物形成元素は、Cuと比較して炭化物を形成し易い元素であり、その大部分又は全部が上記Cと反応して炭化物として母材中に存在する。本発明では、炭化物形成元素の一部がCu又はCu合金中に固溶又は析出していることを許容する。炭化物形成元素の含有量は、炭化物を形成するもの、母材に固溶しているもの、母材に析出しているものの合計とする。炭化物形成元素が0.004質量%未満では、母材中に炭化物が十分に存在せず、炭化物の分散による特性の向上効果が得られない。炭化物形成元素が16質量%超では、導電率が低下して所望の特性を満たさない。炭化物形成元素のより好ましい範囲は、0.01〜11.2質量%であり、より好ましい元素は、Ti,Zr,Taである。炭化物形成元素の含有量は、元素の種類によって適宜調整する。各炭化物形成元素の含有量の好ましい上限値、下限値を以下の表1に示す。母材をCu合金とする場合、添加元素と炭化物形成元素とは異なる元素でも、同じ元素でもよい。
【0023】
【表1】

【0024】
上記炭化物形成元素のうちTiは、0.04質量%以上、特に、0.04質量%を超えて母材である銅又は銅合金に含有すると、炭素源から母材に添加できる炭素量を増加でき、特性の向上に効果がある、即ち、強度と導電率が高く、伸びが大きい分散強化銅が得られるとの知見を得た。好ましいTiの含有量は、0.04〜1.0質量%である。Tiを添加せずにCをCuに添加した場合、Cu中のCの最大固溶量は、0.007〜0.008質量%であり0.01質量%未満である。ところが、上記範囲でTiと共にCを添加すると、固溶限を超える量のCを添加できる。具体的には、上記範囲でTiを母材に含有する場合、母材中にCを0.01質量%以上、特に、0.01質量%超0.1質量%以下含有することができる。また、上記範囲でTiの添加量を増加すると、投入したC量に対する母材中に含有されるC量の割合(添加歩留)を高めることができる。
【0025】
<組織>
《炭化物》
本発明分散強化銅は、実質的に上記Cと炭化物形成元素とから構成される化合物粒子が分散される。この化合物粒子は、代表的には、Cと炭化物形成元素とから構成される炭化物、具体的には、TiC,ZrC,HfC,VC,NbC,TaC,Cr3C2,Mo2C,WC,B4Cの1種以上からなり、上記炭化物の他、Tiといった炭化物形成元素をそのまま含有していたり、合金に含有される元素、例えば、CuやPなどを含有していることを許容する。このような炭化物粒子は、Cuと比較して高硬度で高強度である。従って、本発明分散強化銅は、上記炭化物が母材中に分散された炭化物粒子分散組織を有することで、母材が分散強化される。つまり、炭化物粒子分散組織とすることで本発明分散強化銅は、母材に固溶させる添加元素の追加や含有量の増加を行うことなく、導電率の低下を抑制しながら、効果的に強度を向上する。また、この炭化物粒子分散組織は、割れや破断に強い組織であることから伸び特性を改善することができ、本発明分散強化銅は、優れた靭性を有する。更に、本発明分散強化銅の母材をCu合金とする場合、炭化物粒子分散組織とすることで、強度が不足している固溶型合金(添加元素の含有量が少ないもの)や時効型合金の特性を向上できる。
【0026】
炭化物の含有量は、0.005〜17質量%が好ましく、炭化物の種類によって適宜調整する。炭化物の含有量の調整は、炭化物形成元素の含有量、Cの含有量を調整することで行える。各炭化物の含有量の好ましい上限値、下限値を以下の表2に示す。
【0027】
【表2】

【0028】
この炭化物は、母材中に均一的に分散しており、非常に微細である。具体的には、本発明分散強化銅は、円相当径が5μm以下である炭化物粒子の粒子頻度(面積)が80%以上である組織を有する。本発明者らが調べたところ、後述する本発明製造方法により得られた本発明分散強化銅は、粗大な炭化物粒子が存在せず、いずれの炭化物粒子も非常に微細である。但し、その形状は、球形状(断面円形状)だけでなく、幅が狭く細長い棒状、針状など様々である。そこで、本発明分散強化銅の断面の顕微鏡写真を画像解析し、この断面における各炭化物粒子の面積から、この面積と等しい円の径(円相当径)を算出し、この円相当径を炭化物粒子の大きさ(直径)として、炭化物粒子の大きさを調べたところ、5μm以下の微細な炭化物が多いことがわかった。また、この断面において全炭化物粒子に対するこれら微細な炭化物粒子の面積割合、つまり、(円相当径5μm以下の炭化物粒子の合計面積)/(全炭化物粒子の合計面積)を調べたところ、この面積割合が80%以上であることがわかった。そこで、本発明では、この面積割合を炭化物粒子の粒子頻度(面積)とし、この粒子頻度を80%以上に規定する。粒子頻度が80%未満では、大きな炭化物が存在するため、特に強度が低下する。より好ましい粒子頻度は、85%以上である。
【0029】
[製造方法 固体の炭素源を用いる場合]
<溶湯の作製>
上記高強度、高靭性、高導電率を有する本発明分散強化銅は、以下の工程により製造できる。まず、母材となる純Cu又は純Cuと添加元素からなるCu合金と、炭化物形成元素と、Cを含有する炭素源とを混合した溶湯を作製する。炭化物形成元素は、単体で添加してもよいし、この元素を含有する化合物、例えばCuとの合金で添加してもよい。炭素源は、溶湯中で炭化物形成元素と反応して炭化物粒子を形成可能なものを利用する。具体的には、Cを含有する化合物、特に、炭化物が好適である。炭素源にC単体、例えば、グラファイトを利用すると、融点が非常に高いため、溶融に必要な熱量などを考慮すると製造コストが高くなる。これに対して、炭化物は、グラファイトよりも融点が低いため、製造コストを低減できる。
【0030】
炭素源とする炭化物は、例えば、Fe-C合金,SiC,CaC2が挙げられる。これら炭化物を利用して本発明分散強化銅を作製すると、炭化物を形成していた元素、即ちFe,Si,Caの一部がCuに固溶する可能性がある。このような場合には、固溶したFe,Si,Caを化合物、例えば、Ni-Si化合物,Fe-P化合物,Cu-Ca金属間化合物として析出させると、導電率の低下といった悪影響を防止できる。
【0031】
材料金属の溶融は、大気雰囲気で行ってもよいが、窒素ガスやアルゴンガスといった不活性ガス雰囲気で行うと、溶湯中にスラグ(酸化物)が発生することを抑制できる。上記不活性ガスに水素ガスを5〜15体積%加えた混合ガス雰囲気とすると、不可避的に存在する酸素を除去することができる。
【0032】
《溶湯の温度》
上記母材、炭化物形成元素、及び炭素源を混合した混合溶湯は、炭素源の融点以上の温度に加熱する。こうすることで、炭素形成元素と炭素源中のCとが反応して炭化物粒子を形成することができる。但し、混合溶湯の温度は、形成される炭化物粒子が粒成長して粗大になることを防止するため、同炭化物粒子の融点を超えないことが好ましい。なお、通常、炭素源の融点は、母材となるCuやCu合金の融点よりも高いため、上記温度に加熱することで母材は溶融状態にある。
【0033】
<溶湯の撹拌>
混合溶湯は、炭素源の融点以上とすると共に、撹拌フィンなどで撹拌する。溶湯を撹拌することで、Cと炭化物形成元素との反応を促進できると共に、溶湯中に炭化物を均一的に分散させることができる。従って、炭化物粒子が母材中に均一的に分散した分散強化銅を製造できる。ここで、炭化物の粉末を溶湯に添加して分散強化銅を製造する場合、粉末が凝集し易いことから、母材中に均一的に炭化物を分散させ難い。また、凝集することで分散する粒子が少なくなる。そのため、この分散強化銅では、強度の上昇度合いが小さいと考えられる。一方、本発明分散強化銅は、分散材として炭化物の粉末を利用せず、鋳造時に炭化物を生成することで、母材中に炭化物が均一的に分散し易く、高強度を実現する。
【0034】
<溶湯の凝固>
炭素源の融点以上の温度に加熱し、かつ撹拌した溶湯を凝固させて凝固材を作製する。凝固時の冷却速度は、100℃/sec以上、好ましくは、150℃/sec以上とする。冷却速度を速くして急冷することで、生成された炭化物の粒子の粒成長を抑制して粗大な炭化物の出現を低減し、微細な炭化物が分散された分散強化銅とすることができる。即ち、粒子頻度が80%以上である組織を有する分散強化銅が得られる。かつ、急冷することで、撹拌により炭化物粒子が均一的に分散した状態の溶湯をほぼそのままの状態で凝固することができる。従って、微細な炭化物粒子が均一的に分散した組織を有する分散強化銅が得られる。上記冷却速度を満たす急冷は、強制冷却、例えば、水冷、冷風の吹き付けなどを行うことで実現できる。
【0035】
[製造方法 気体の炭素源を用いる場合]
<溶湯の作製>
炭素源は、固体だけでなく、気体(ガス)を利用することができる。炭素源に利用するガスは、炭素を含有する有機ガス、例えば、メタンガスが好適である。炭素源にガスを利用する場合、まず、母材となる純Cu又はCuと添加元素からなるCu合金と、炭化物形成元素とを混合した溶湯を作製する。炭化物形成元素は、上述したように単体でもCuとの合金を利用してもよい。溶湯の温度は、母材の融点以上、例えば、母材が純Cuである場合、Cuの融点以上にし、好ましくは、1100℃以上とする。溶湯の温度が高いほど、特に、1100℃以上とすると、溶湯を均質的にすることができ、かつ炭素源ガスのCと炭化物形成元素とが反応し易い。この溶湯に上記炭素源ガスをバブリングすることで、炭化物粒子を形成できると共に、バブリングに伴う撹拌作用により、生成された炭化物粒子を溶湯中に均一に分散させることができ、炭化物粒子が母材中に均一的に分散した分散強化銅が得られる。また、バブリングといった簡単な手段を用いることで、本発明分散強化銅を容易に製造でき、製造コストを低減できる。
【0036】
<バブリングの条件>
炭素源ガスは、特に加熱せず、室温の状態で利用する。バブリングは、溶湯の下方側からガスを吹き込んで行うと、溶湯よりも軽量なガスが自然に上方に向かうことで溶湯全体にガスが行き渡り易い。炭素源ガスの流量及びバブリング時間は、溶湯の量や添加した炭化物形成元素の量などに応じて適宜選択する。バブリングする際の雰囲気は、上述した材料金属の溶融時と同様に不活性ガス雰囲気、或いは水素ガスを含有した混合ガス雰囲気とすることが好ましい。
【0037】
溶湯に供給する炭素源ガスの気泡は、直径10mm以下、特に、直径5mm以下といった細かい泡とすると、気泡全体の表面積が増加することで、ガス中のCと炭化物形成元素との反応を促進することができる。炭素源ガスの流量は、溶湯1kgあたり10ml/min以上、特に、50ml/min以上とすると、撹拌作用により、ガス中のCと炭化物形成元素との反応を促進し、かつ生成された炭化物粒子を溶湯中に均一的に分散させ易い。気泡のサイズの調整は、炭素源ガスを噴出するノズルの開口径を変化することで行える。例えば、ノズルの開口部に多孔質セラミックスを取り付けることで、気泡のサイズをノズルの開口径よりも小さくできる。また、溶湯を撹拌フィンなどで撹拌すると共に、このフィンでノズルから供給される気泡を分断して微細化することも可能である。このとき、ノズルの開口径と撹拌速度とを調整することで、気泡のサイズを調整可能である。
【0038】
<溶湯の凝固>
バブリングを行った溶湯を凝固させて凝固材を作製する。上述した固体の炭素源を用いた場合と同様に、凝固時の冷却速度を100℃/sec以上の急冷とする。急冷することで、上述したように炭化物粒子を微細にできると共に、バブリングにより炭化物粒子が均一的に分散した状態の溶湯をほぼそのままの状態で凝固することができる。従って、微細な炭化物粒子が均一的に分散した組織を有する分散強化銅が得られる。
【0039】
[熱処理]
上述した凝固工程以降において、得られた分散強化銅に熱処理を施すことが好ましい。具体的には、得られた凝固材、又はこの凝固材に伸線加工を施した塑性加工材(伸線後の伸線材、又は伸線途中の加工材)に熱処理を施す。凝固後伸線前、多パスの伸線加工を行う場合には伸線途中、伸線後のいずれかにおいて少なくとも1回の熱処理を行うことで、以下の効果を奏する。得られた凝固材が、微細な炭化物粒子が母材中に均一的に分散している組織を有することで、凝固後や伸線途中、伸線後に熱処理を施した際、粒子のピン止め効果により母材を構成する結晶粒の粗大化を阻止できる。そのため、粗大な結晶粒が伸線時に割れや破断の起点となったり、粗大な結晶粒により伸線材の靭性が低下する、といった不具合を防止できる。また、凝固材中に炭素や炭化物形成元素が固溶している場合、熱処理により、炭化物の生成を促進して、分散強化に寄与する炭化物粒子を増加することができる。母材が時効型合金や2相型合金である場合、熱処理により、母材に固溶している添加元素の析出を促進して、母材そのものの導電率と強度を高められる。伸線材や伸線途中の加工材に熱処理を施す場合、伸線加工によるひずみを除去して、伸線材の伸びを回復させることができ、伸線材の伸びが目標より小さい場合でも伸びを向上できる。このように熱処理により、導電率や強度、伸びなどの特性をより向上可能である。この熱処理の加熱温度は、250℃以上が好ましい。250℃未満では、材料中の原子の移動が僅かであり、炭化物の生成、母材に固溶している添加元素の析出を十分に行えなかったり、歪み除去が十分に行えない。より好ましくは、250〜650℃である。保持時間は、0.1〜10時間が好ましい。
【0040】
上述した製造方法により、効果的に母材の分散強化を行え、高強度、高靭性、高導電率を有する本発明分散強化銅を製造することができる。
【0041】
<用途 伸線材、ワイヤーハーネス>
上記本発明分散強化銅は、高強度、高靭性、高導電率であることから、電線用導体の材料に好適に利用することができる。具体的には、本発明分散強化銅に伸線加工を施して所望の径を有する伸線材を作製し、この伸線材を導体に利用する。伸線材には、上述した熱処理を施してもよいし、伸線前、又は伸線途中に熱処理を施しても良い。
【0042】
この伸線材は、上記微細な炭化物粒子が均一的に分散された組織が維持されており、引張強度:600MPa以上、伸び:5%以上、導電率:40%IACS以上を満たし、高強度、高靭性、高導電率の三者をバランスよく兼ね備えることができる。更に、引張強度:700MPa以上、伸び:10%以上、導電率:40%IACS以上を満たす伸線材とすることもできる。これらの特性は、伸線材の径をφ0.2mm、更に、φ0.025〜0.1mmといった細径にしても十分に満たすことができる。従って、この伸線材は、軽量化が望まれる自動車用ワイヤーハーネスの電線用導体に好適に利用できる。電線用導体は、1本の伸線材で構成してもよいし、複数の伸線材を撚り合わせて構成してもよい。
【発明の効果】
【0043】
本発明分散強化銅は、母材に微細な炭化物粒子が均一的に分散していることで、高強度、高靭性、高導電率を実現することができる。また、本発明製造方法は、母材に微細な炭化物粒子が分散した本発明分散強化銅を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0044】
(試験例1)
Cu-Fe-P合金からなる母材に炭化物が存在する分散強化銅を作製し、その組織を調べた。
<実施例1-1>
純Cu(OFC)粒、Fe-24質量%P合金粒を用意して坩堝に入れ、アーク溶解炉で溶解し、合金溶湯を作製した。溶解は、原料の酸化防止のため、アルゴン雰囲気で行った。この合金溶湯に炭化物形成元素としてスポンジTi粒、炭素源として銑鉄(Fe-4質量%C合金)粒を添加した。この混合溶湯を銑鉄の融点以上(約1200℃)にすると共に、撹拌フィンで撹拌した。この溶湯を水冷Cu製鋳型に鋳込み、100℃/sec以上の冷却速度(180℃/sec)で急冷して凝固し、幅30mm×厚さ30mm×長さ70mmの凝固材を得た。得られた凝固材を試料No.1とする。試料No.1の組成をICP発光分光分析により調べたところ、母材がCu-2.2質量%Fe-0.03質量%P合金で形成され、この母材にCが0.01質量%、Tiが0.04質量%含有されていた。
【0045】
<比較例1>
純Cu(OFC)粒、Fe-24質量%P合金粒を用意して坩堝に入れ、真空高周波誘導溶解炉で溶解し、合金溶湯を作製した。この合金溶湯に炭化物形成元素としてスポンジTi粒、炭素源として銑鉄(Fe-4質量%C合金)粒を添加した。この混合溶湯を銑鉄の融点以上(約1200℃)にすると共に、撹拌フィンで撹拌した。この溶湯を空冷C製鋳型に鋳込み、100℃/sec未満の冷却速度(9℃/sec)で徐冷(自然放冷)して凝固し、直径φ30mm×長さ300mmの凝固材を得た。得られた凝固材を試料No.100とする。試料No.100の組成を試料No.1と同様にして調べたところ、母材がCu-2.2質量%Fe-0.03質量%P合金で形成され、この母材にCが0.01質量%、Tiが0.04質量%含有されており、試料No.1とほぼ同様の組成であった。
【0046】
<参考例1>
純Cu(OFC)粒、Fe-24質量%P合金粒、純Feを用意して坩堝に入れ、真空高周波誘導溶解炉で溶解して合金溶湯(約1100℃)を作製した。この溶湯を空冷C製鋳型に鋳込み、100℃/sec未満の冷却速度(8℃/sec)で徐冷(自然放冷)して凝固し、直径φ30mm×長さ300mmの凝固材を得た。得られた凝固材を試料No.200とする。試料No.200の組成を試料No.1と同様にして調べたところ、Cu-2.2質量%Fe-0.03質量%P合金であり、試料No.1の母材とほぼ同様の組成であった。
【0047】
得られた試料No.1,100について、各試料の断面をEDXが付属されている走査型電子顕微鏡により観察した。図1は、各試料の断面の顕微鏡写真を示す。EDXによる分析の結果、図1において薄い灰色部分は母材、濃い灰色部分は炭化物(TiC)、黒色部分は炭素であることが判明した。また、炭化物は、実質的にTiとCとで構成されていた。実施例1-1の試料No.1は、図1(I),(II)に示すように幅が狭く細長い棒状又は針状の炭化物が母材に均一的に分散している。また、図1(II)から、試料No.1において母材に含有するC及びTiは、概ね炭化物(TiC)として存在することがわかる。これに対して、比較例1の試料No.100は、図1(III)に示すように、図1(I)と同じ倍率で観察した状態において非常に大きな炭化物が存在しており、微細な炭化物が均一的に分散していない。また、図1(III)から試料No.100は、炭素が出現していることがわかる。
【0048】
具体的な比較を行うために、試料No.1,100について母材に存在する炭化物の面積を調べ、この面積から粒子頻度を調べた。試料No.1,100の断面の顕微鏡写真を画像解析し、全炭化物の面積を測定し、各炭化物の面積の円相当径を算出し、(円相当径5μm以下の炭化物粒子の合計面積)/(全炭化物粒子の合計面積)を粒子頻度とした。その結果、試料No.1の円相当径5μm以下の粒子頻度:88%、試料No.100の同粒子頻度:4%であり、試料No.1は、微細な炭化物粒子が分散していることがわかる。
【0049】
次に、各試料No.1,100,200に伸線加工を施して伸線材を作製し、これら伸線材の引張強度(MPa)、破断伸び(%)、導電率(%IACS)を調べた。各特性の測定は、各試料を表面切削して直径φ24mmの棒状体とし、この棒状体を直径φ0.2mmまで伸線した後、550℃×8hの熱処理を施したものについて行った。
【0050】
その結果、実施例1-1の伸線材(試料No.1を用いた伸線材)は、引張強度:654MPa、破断伸び:12%、導電率:61%IACS、比較例1の伸線材(試料No.100を用いた伸線材)は、引張強度:448MPa、破断伸び:13%、導電率:62%IACS、参考例1の伸線材(試料No.200を用いた伸線材)は、引張強度:428MPa、破断伸び:14%、導電率:71%IACSであった。この結果から、比較例1の伸線材及び参考例1の伸線材は、強度が不十分であり、実施例1-1の伸線材は、高強度、高靭性、高導電率を実現していることがわかる。
【0051】
このような結果となった理由は、実施例1-1の伸線材は、微細な炭化物が均一的に分散した組織が維持されているためと推測される。また、伸線後の熱処理の際、母材を構成する結晶粒の成長をこれら微細な炭化物のピン止め効果により抑えることができたためであると推測される。このように強度、靭性、導電率をバランスよく具える実施例1-1の伸線材は、自動車用ワイヤーハーネスの電線用導体に好適に利用することができると考えられる。
【0052】
<実施例1-2>
純Cu(OFC)粒、Fe-10質量%P合金粒を用意して坩堝に入れ、アーク溶解炉で溶解し、合金溶湯を作製した。溶解は、原料の酸化防止のため、アルゴン雰囲気で行った。この合金溶湯に炭化物形成元素としてスポンジZr粒、炭素源として銑鉄(Fe-4質量%C合金)粒を添加した。この混合溶湯を銑鉄の融点以上(約1200℃)にすると共に、撹拌フィンで撹拌した。この溶湯を水冷Cu製鋳型に鋳込み、100℃/sec以上の冷却速度(190℃/sec)で急冷して凝固し、幅30mm×厚さ30mm×長さ70mmの凝固材を得た。得られた凝固材を試料No.1-2とする。試料No.1-2の組成を試料No.1と同様にして調べたところ、母材がCu-16質量%Fe-0.3質量%P合金で形成され、この母材にCが0.7質量%、Zrが5.3質量%含有されていた。
【0053】
得られた試料No.1-2について、その断面をEDXが付属されている走査型電子顕微鏡により観察したところ、試料No.1と同様に、幅が狭く細長い棒状又は針状の炭化物(ZrC)が母材に均一的に分散していた。また、炭化物は、実質的にZrとCとで構成されていた。更に、試料No.1-2について、試料No.1と同様にして粒子頻度(面積)を調べたところ、円相当径5μm以下の粒子頻度が86%であった。
【0054】
試料No.1-2に伸線加工を施して伸線材を作製し、この伸線材の引張強度(MPa)、破断伸び(%)、導電率(%IACS)を調べた。各特性の測定は、試料No.1-2を表面切削して直径φ24mmの棒状体とし、この棒状体を直径φ0.2mmまで伸線した後、550℃×8hの熱処理を施したものについて行った。得られた伸線材は、引張強度:796MPa、破断伸び:11%、導電率:51%IACSであり、高強度、高靭性、高導電率を実現していることがわかる。従って、実施例1-2の伸線材は、自動車用ワイヤーハーネスの電線用導体に好適に利用することができると考えられる。
【0055】
<実施例1-3>
母材中のTiの含有量と炭素源から母材に添加できる炭素量との関係について調べた。
上記実施例1-1と同様にして分散強化銅を作製した。即ち、純Cu(OFC)粒、Fe-24質量%P合金粒をアーク溶解炉でアルゴン雰囲気下にて溶解して合金溶湯を作製し、得られた溶湯に炭化物形成元素としてスポンジTi粒、炭素源として銑鉄(Fe-4質量%C合金)粒を添加した。銑鉄は、2.5質量%(C:0.1質量%)となるように溶湯に添加し、スポンジTiの添加量を変化させて、複数の混合溶湯を作製した。得られた各混合溶湯をそれぞれ1200℃とし、撹拌フィンで撹拌した。これらの溶湯をそれぞれ水冷Cu製鋳型に鋳込み、冷却速度180℃/secで急冷して凝固し、幅30mm×厚さ30mm×長さ70mmの凝固材を得た。得られた各凝固材の組成をICP発光分光分析により調べたところいずれも、母材がCu-2.2質量%Fe-0.03質量%P合金で形成されており、C及びTiを含有していた。各凝固材における母材中のC及びTiの含有量を表3に示す。なお、試料No.1-3-3は、上記実施例1-1の試料No.1に該当する。また、母材中のCの含有量とTiの含有量との関係を図2に示す。
【0056】
【表3】

【0057】
図2に示すグラフから、Tiの含有量が0.04質量%を超えると、Cの含有量が非常に多くなっていることがわかる。具体的には、Cu中におけるCの固溶限を超える0.01質量%以上のCを含有できている。従って、Tiを所定量含有することで、母材中の炭素量が増加する、即ち、炭化物が多く存在することから、母材の特性を向上できると考えられる。また、Tiの添加量が0.04質量%を超えると、Cの含有量を安定して0.01質量%以上にすることができると考えられる。更に、Tiの添加量の増加に伴い、Cの投入量(0.1質量%)に対する母材中に含有されるC量の割合(添加歩留)を高めることができ、試料No.1-3-7では、添加歩留を91%にすることができた。
【0058】
試料No.1-3-7について上記実施例1-1と同様にして母材中の炭化物の粒子頻度(面積)を調べたところ、円相当径5μm以下の粒子頻度が88%であり、微細な炭化物粒子が分散していることがわかった。また、得られた試料No.1-3-7について、試料の断面をEDXが付属されている走査型電子顕微鏡により炭化物を観察したところ、炭化物からTi,C,Cu,Pが検出され、実質的にTiとCとで構成されていた。Cu,Pは、粒子近傍に存在した母材から検出されたと考えられる。
【0059】
次に、試料No.1-3-7に伸線加工を施して伸線材を作製し、伸線材の引張強度(MPa)、破断伸び(%)、導電率(%IACS)を調べた。各特性の測定は、試料No.1-3-7を表面切削して直径φ24mmの棒状体とし、この棒状体を直径φ0.2mmまで伸線した後、550℃×8hの熱処理を施したものについて行った。
【0060】
その結果、得られた伸線材は、引張強度:762MPa、破断伸び:11%、導電率:57%IACSであり、高強度、高靭性、高導電率を実現していることがわかる。
【0061】
(試験例2)
Cu-Ni-Si合金からなる母材に炭化物が分散した分散強化銅を作製し、その組織を調べた。
<実施例2>
純Cu(OFC)粒、純Ni粒、純Si粒を用意して坩堝に入れ、アーク溶解炉で溶解し、合金溶湯を作製した。溶解は、原料の酸化防止のため、アルゴン雰囲気で行った。この合金溶湯に炭化物形成元素としてスポンジTi粒、炭素源としてSiC粒を添加した。この混合溶湯をSiCの融点以上(約2400℃)にすると共に、撹拌フィンで撹拌した。この溶湯を水冷Cu製鋳型に鋳込み、100℃/sec以上の冷却速度(210℃/sec)で急冷して凝固し、幅30mm×厚さ30mm×長さ70mmの凝固材を得た。得られた凝固材を試料No.2とする。試料No.2の組成を試験例1と同様にして調べたところ、母材がCu-2.4質量%Ni-0.6質量%Si合金で形成され、この母材にCが0.01質量%、Tiが0.04質量%含有されていた。
【0062】
得られた試料No.2について、その断面をEDXが付属されている走査型電子顕微鏡により観察したところ、試験例1の試料No.1と同様に、幅が狭く細長い棒状又は針状の炭化物(TiC)が母材に均一的に分散していた。また、炭化物は、実質的にTiとCとで構成されていた。更に、試料No.2について、試験例1と同様に粒子頻度(面積)を調べたところ、円相当径5μm以下の粒子頻度が87%であった。
【0063】
試料No.2に伸線加工を施して伸線材を作製し、この伸線材の引張強度(MPa)、破断伸び(%)、導電率(%IACS)を調べた。各特性の測定は、試料No.2を表面切削して直径φ24mmの棒状体とし、この棒状体を直径φ0.2mmまで伸線した後、450℃×8hの熱処理を施したものについて行った。得られた伸線材は、引張強度:627MPa、破断伸び:11%、導電率:55%IACSであり、高強度、高靭性、高導電率を実現していることがわかる。従って、実施例2の伸線材は、自動車用ワイヤーハーネスの電線用導体に好適に利用することができると考えられる。
【0064】
(試験例3)
Cu-Ca合金からなる母材に炭化物が分散した分散強化銅を作製し、その組織を調べた。
<実施例3>
純Cu(OFC)粒を坩堝に入れ、アーク溶解炉で溶解し、合金溶湯を作製した。溶解は、原料の酸化防止のため、アルゴン雰囲気で行った。この合金溶湯に炭化物形成元素としてスポンジZr粒、炭素源としてCaC2粒を添加した。この混合溶湯をCaC2の融点以上(約2200℃)にすると共に、撹拌フィンで撹拌した。この溶湯を水冷Cu製鋳型に鋳込み、100℃/sec以上の冷却速度(200℃/sec)で急冷して凝固し、幅30mm×厚さ30mm×長さ70mmの凝固材を得た。得られた凝固材を試料No.3とする。試料No.3の組成を試験例1と同様にして調べたところ、母材がCu-1.2質量%Ca合金で形成され、この母材にCが0.7質量%、Zrが5.3質量%含有されていた。
【0065】
得られた試料No.3について、その断面をEDXが付属されている走査型電子顕微鏡により観察したところ、試験例1の試料No.1と同様に、幅が狭く細長い棒状又は針状の炭化物(ZrC)が母材に均一的に分散していた。また、炭化物は、実質的にZrとCとで構成されていた。更に、試料No.3について、試験例1と同様に粒子頻度(面積)を調べたところ、円相当径5μm以下の粒子頻度が89%であった。
【0066】
試料No.3に伸線加工を施して伸線材を作製し、この伸線材の引張強度(MPa)、破断伸び(%)、導電率(%IACS)を調べた。各特性の測定は、試料No.3を表面切削して直径φ24mmの棒状体とし、この棒状体を直径φ0.2mmまで伸線した後、400℃×8hの熱処理を施したものについて行った。得られた伸線材は、引張強度:802MPa、破断伸び:13%、導電率:74%IACSであり、高強度、高靭性、高導電率を実現していることがわかる。従って、実施例3の伸線材は、自動車用ワイヤーハーネスの電線用導体に好適に利用することができると考えられる。
【0067】
(試験例4)
純Cuからなる母材に炭化物が分散した分散強化銅を作製し、その組織を調べた。
<実施例4>
純Cu(OFC)粒、炭化物形成元素を含有する材料としてCu-50質量%Ti粒を用意して坩堝に入れ、高周波誘導加熱炉で溶解し、混合溶湯を作製した。混合溶湯の温度(約1200℃)を一定に保持しながら、この溶湯の下方からメタンガスをバブリングして、Cu-Ti粒から分離したTiをガス中のCで炭化した。また、バブリングで溶湯を撹拌した。バブリングの条件は、圧力:0.1MPa、溶湯1kgあたりの流量:180ml/minとし、バブリングに使用するノズルの噴出口の開口径を5mmとした。なお、溶解及びバブリングは、窒素90体積%、水素10体積%の混合ガス雰囲気で行った。上記条件でバブリングを5時間行った後、溶湯を水冷Cu製鋳型に鋳込み、100℃/sec以上の冷却速度(160℃/sec)で急冷して凝固し、直径φ30mm×長さ300mmの凝固材を得た。得られた凝固材を試料No.4とする。試料No.4の組成を試験例1と同様にして調べたところ、Cを0.1質量%、Tiを0.4質量%含有し、残部がCu及び不可避的不純物からなる組成であった。
【0068】
得られた試料No.4について、その断面をEDXが付属されている走査型電子顕微鏡により観察したところ、試験例1の試料No.1と同様に、幅が狭く細長い棒状又は針状の炭化物(TiC)が母材に均一的に分散していた。また、試料No.4について、試験例1と同様に粒子頻度(面積)を調べたところ、円相当径5μm以下の粒子頻度が86%であった。
【0069】
試料No.4に伸線加工を施して伸線材を作製し、この伸線材の引張強度(MPa)、破断伸び(%)、導電率(%IACS)を調べた。各特性の測定は、試料No.4を表面切削して直径φ24mmの棒状体とし、この棒状体を直径φ0.2mmまで伸線した後、400℃×8hの熱処理を施したものについて行った。その結果、得られた伸線材は、引張強度:611MPa、破断伸び:14%、導電率:89%IACSであり、高強度、高靭性、高導電率を実現していることがわかる。従って、実施例4の伸線材は、自動車用ワイヤーハーネスの電線用導体に好適に利用することができると考えられる。
【0070】
なお、上述した実施形態は、本発明の要旨を逸脱することなく、適宜変更することが可能であり、上述した構成に限定されるものではない。例えば、Cの含有量、炭化物形成元素の種類や含有量を変更してもよいし、凝固(鋳造)後伸線前において熱処理を施してもよい。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明分散強化銅は、高強度、高靭性、高導電率が望まれる材料、例えば、自動車用ワイヤーハーネスの電線用導体に好適に利用することができる。また、本発明分散強化銅の製造方法は、上記高強度、高靭性、高導電率の分散強化銅の製造に好適に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】分散強化銅の断面の顕微鏡写真であり、(I)は、実施例1-1(200倍)、(II)は、実施例1-1(1000倍)、(III)は、比較例1(200倍)を示す。
【図2】分散強化銅における母材中のTiの含有量とCの含有量との関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材がCu又はCu合金からなり、
Cを0.001〜1.0質量%、Ti,Zr,Hf,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W,及びBからなる群から選択される少なくとも1種の炭化物形成元素を0.004〜16質量%含有し、
実質的にCと炭化物形成元素とからなる炭化物粒子が母材中に分散しており、円相当径が5μm以下である炭化物粒子の粒子頻度(面積)が80%以上である組織を有することを特徴とする分散強化銅。
【請求項2】
母材がCu又はCu合金からなり、
Cを0.001〜1.0質量%、Tiを0.04〜16質量%含有し、
実質的にCとTiとからなる炭化物粒子が母材中に分散しており、円相当径が5μm以下である炭化物粒子の粒子頻度(面積)が80%以上である組織を有することを特徴とする分散強化銅。
【請求項3】
Cを0.01〜0.1質量%、Tiを0.04〜1.0質量%含有することを特徴とする請求項2に記載の分散強化銅。
【請求項4】
純Cu、又は純Cuと添加元素とからなるCu合金と、Ti,Zr,Hf,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W,及びBからなる群から選択される少なくとも1種の炭化物形成元素と、Cを含有する炭素源とを混合した溶湯を準備する工程と、
準備した混合溶湯を炭素源の融点以上として炭化物形成元素と炭素源のCとを反応させて炭化物を生成すると共に、混合溶湯を撹拌する工程と、
炭化物の生成及び撹拌を行った溶湯を100℃/sec以上の冷却速度で冷却して凝固する工程とを具え、Cu又はCu合金からなる母材に炭化物粒子が分散した分散強化銅を製造することを特徴とする分散強化銅の製造方法。
【請求項5】
純Cu、又は純Cuと添加元素とからなるCu合金と、Ti,Zr,Hf,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W,及びBからなる群から選択される少なくとも1種の炭化物形成元素とを混合した溶湯を準備する工程と、
準備した混合溶湯にCを含有する炭素源ガスをバブリングして、炭化物形成元素と炭素源ガスのCとを反応させて炭化物を生成する工程と、
バブリングした溶湯を100℃/sec以上の冷却速度で冷却して凝固する工程とを具え、Cu又はCu合金からなる母材に炭化物粒子が分散した分散強化銅を製造することを特徴とする分散強化銅の製造方法。
【請求項6】
請求項1又は2に記載の分散強化銅からなり、引張強度が600MPa以上、伸びが5%以上、導電率が40%IACS以上であることを特徴とする伸線材。
【請求項7】
請求項6に記載の伸線材を導体として具えることを特徴とする自動車用ワイヤーハーネス。
【請求項8】
得られた凝固材、又は、凝固材に伸線加工を施した塑性加工材に熱処理を施す工程を具えることを特徴とする請求項4又は5に記載の分散強化銅の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−57034(P2008−57034A)
【公開日】平成20年3月13日(2008.3.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−114865(P2007−114865)
【出願日】平成19年4月24日(2007.4.24)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【出願人】(395011665)株式会社オートネットワーク技術研究所 (2,668)
【出願人】(000183406)住友電装株式会社 (6,135)
【Fターム(参考)】