説明

利尿ペプチド発現促進剤

【課題】ANP(心房性ナトリウム利尿ペプチド)やBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)の利尿ホルモンの発現を増強する薬剤及びその使用方法を提供すること。
【解決手段】下記のいずれかを含有するANP及びBNPの利尿ペプチド発現促進剤を作製し、対象に投与する。(1)Zac1タンパク質のDNA結合ドメイン及び転写活性化ドメインを有するペプチド、(2)前記DNA結合ドメインにおいてDNA結合活性を損なわない変異を有する(1)のペプチド、(3)(1)または(2)のうち少なくとも一つのペプチドを発現するペプチド発現物質。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ANP(心房性ナトリウム利尿ペプチド)及びBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)の利尿ペプチド発現促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
心臓は循環器である以外に、内分泌器としての役割を有する。
例えば静脈還流量が増加して右心房が伸展すると、心房からANP(心房性ナトリウム利尿ペプチド;Atrium natriuretic peptide) が分泌される。また、心臓の負荷が増えたり、心筋が伸展したりすると、心筋からBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド;Brain natriuretic peptide) が分泌される。
【0003】
これらの利尿ペプチドは、ナトリウム利尿ペプチド(Natriuretic peptide)であり、心臓などに発現するNPR−A(ナトリウム利尿ペプチド受容体A;Natriuretic peptide receptor A)に結合し、腎臓においてナトリウム排泄を促進することによる強力な利尿作用を有する。
【0004】
最近、これらの利尿ペプチドは、心臓疾患の分子マーカー(例えば、非特許文献1参照)のみならず、急性心不全(例えば、非特許文献2〜3参照)、心筋梗塞(例えば、非特許文献4参照)、腫瘍(例えば、非特許文献5参照)などの疾患に対する医薬として利用できることが明らかにされている。
【非特許文献1】Curr. Opin.Nephrol. Hypertens. vol.15, p.14-21, 2006
【非特許文献2】Burnett, J Cardiol vol.48, p.235-241, 2006
【非特許文献3】Lee and Burnett, Heart Fail Rev vol.12, p.131-142, 2007
【非特許文献4】北風政史”J-WIND結果発表”[平成19年9月14日検索]インターネット〈http://carenet.com/cardiology/j-wind/images/J-wind20061128.pdf〉
【非特許文献5】Vesely, J Investig Med vol.53, p.360-365, 2005
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明は、ANPやBNPの利尿ホルモンの発現を増強する薬剤及びその使用方法を開発することを目的としてなされた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、zincフィンガーモチーフを有する核タンパクであるmZac1が、ANP遺伝子やBNP遺伝子の転写活性を増強することを見出し、さらに、Nkx2.5タンパク質が、mZac1タンパク質と協調してこれらの遺伝子の転写を増強すること、PKCがmZac1タンパクの167番目のスレオニンをリン酸化して活性化すること、などを見出し、本発明の完成に至った。すなわち、本発明は以下の17項からなる。
【0007】
〈1〉下記のいずれかを含有するANP(心房性ナトリウム利尿ペプチド)またはBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)の利尿ペプチド発現促進剤。
(1)Zac1タンパク質のDNA結合ドメイン及び転写活性化ドメインを有するペプチド、
(2)前記DNA結合ドメインにおいてDNA結合活性を損なわない変異を有する(1)のペプチド、
(3)(1)または(2)のうち少なくとも一つのペプチドを発現するペプチド発現物質。
〈2〉前記Zac1タンパク質のDNA結合ドメインが、配列番号1または配列番号2に記載のアミノ酸配列を有することを特徴とする〈1〉に記載の利尿ペプチド発現促進剤。
〈3〉前記転写活性化ドメインが、Zac1タンパク質の転写活性化ドメインであることを特徴とする〈1〉または〈2〉に記載の利尿ペプチド発現促進剤。
〈4〉前記Zac1タンパク質の転写活性化ドメインが、配列番号3に記載のアミノ酸配列を有することを特徴とする〈3〉に記載の利尿ペプチド発現促進剤。
〈5〉前記ペプチドがNkx2.5タンパク質結合ドメインをさらに有することを特徴とする〈1〉〜〈4〉のいずれかに記載の利尿ペプチド発現促進剤。
〈6〉前記Nkx2.5タンパク質結合ドメインが、Zac1タンパク質のNkx2.5タンパク質結合ドメインであることを特徴とする〈1〉〜〈5〉のいずれかに記載の利尿ペプチド発現促進剤。
〈7〉前記Zac1タンパク質のNkx2.5タンパク質結合ドメインが、配列番号4または5に記載のアミノ酸配列を有することを特徴とする〈6〉に記載の利尿ペプチド発現促進剤。
〈8〉前記Zac1タンパク質のNkx2.5タンパク質結合ドメインにおいて、PKCのターゲット配列中のスレオニンがグルタミンまたはアスパラギンに置換していることを特徴とする〈7〉または〈8〉に記載の利尿ペプチド発現促進剤。
〈9〉Nkx2.5タンパク質またはNkx2.5タンパク質活性化物質が共投与されることを特徴とする〈5〉〜〈8〉のいずれかに記載の利尿ペプチド発現促進剤。
〈10〉Nkx2.5タンパク質活性化物質が、Nkx2.5タンパク質の発現を増強することを特徴とする〈9〉に記載の利尿ペプチド発現促進剤。
〈11〉PKCタンパク質またはPKCタンパク質活性化物質が共投与されることを特徴とする〈6〉または〈7〉に記載の利尿ペプチド発現促進剤。
〈12〉PKCタンパク質活性化物質が、PKCシグナル伝達系を増強することを特徴とする〈11〉に記載の利尿ペプチド発現促進剤。
〈13〉前記ペプチドが、野生型Zac1タンパク質、またはそれらの一部であることを特徴とする〈1〉〜〈12〉のいずれかに記載の利尿ペプチド発現促進剤。
〈14〉ペプチド発現物質が、当該ペプチドを発現するDNAを含有することを特徴とする〈1〉〜〈13〉のいずれかに記載の利尿ペプチド発現促進剤。
〈15〉下記のいずれかを含有する医薬組成物。
(1)Zac1タンパク質のDNA結合ドメイン及び転写活性化ドメインを有するペプチド、
(2)前記DNA結合ドメインにおいてDNA結合活性を損なわない変異を有する(1)のペプチド、
(3)(1)または(2)のうち少なくとも一つのペプチドを発現するペプチド発現物質。
〈16〉心臓病治療薬または抗腫瘍薬であることを特徴とする〈15〉に記載の医薬組成物。
〈17〉前記心臓病が、心不全、心筋梗塞、不整脈、または心房細動であることを特徴とする請求項16に記載の医薬組成物。
【0008】
なお、本明細書でペプチドまたはタンパク質を活性化するとは、細胞内で全体的に活性を高めることを言い、リン酸化などの修飾によってペプチドまたはタンパク質それ自体が固有に有する活性を増強させることだけでなく、細胞内でペプチドまたはタンパク質の量を増やすことや、そのペプチドまたはタンパク質と結合してその活性を増強する因子を導入すること、あるいはその因子を活性化することなどによって、活性を高めてもよい。
また、mZac1はマウスZac1を表し、hZac1はヒトZac1表し、Zac1は種に関わらずZac1ホモログ全体を表すものとする。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、ANPやBNPの利尿ホルモンの発現を増強する薬剤及びその使用方法を提供することができるようになった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、上記知見に基づき完成した本発明の実施の形態を、実施例を挙げながら詳細に説明する。実施の形態及び実施例に特に説明がない場合には、J. Sambrook, E. F. Fritsch & T. Maniatis (Ed.), Molecular cloning, a laboratory manual (3rd edition), Cold Spring Harbor Press, Cold Spring Harbor, New York (2001); F. M. Ausubel, R. Brent, R. E. Kingston, D. D. Moore, J.G. Seidman, J. A. Smith, K. Struhl (Ed.), Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons Ltd.などの標準的なプロトコール集に記載の方法、あるいはそれを修飾したり、改変した方法を用いる。また、市販の試薬キットや測定装置を用いている場合には、特に説明が無い場合、それらに添付のプロトコールを用いる。
【0011】
なお、本発明の目的、特徴、利点、及びそのアイデアは、本明細書の記載により、当業者には明らかであり、本明細書の記載から、当業者であれば、容易に本発明を再現できる。以下に記載された発明の実施の形態及び具体的な実施例などは、本発明の好ましい実施態様を示すものであり、例示又は説明のために示されている。従って、本発明は記載された実施例に限定されるものではなく、当業者が当然のこととして把握する態様は、全て本発明に含まれる。また、本明細書で開示されている本発明の意図並びに範囲内で、本明細書の記載に基づき、様々な改変並びに修飾ができることは、当業者にとって明らかであり、それらの改変態様や修飾態様も本発明に含まれる。
【0012】
〈利尿ペプチド発現促進剤〉
本発明は、真核生物の転写活性化因子がDNA結合ドメインと転写活性化ドメインという、物理的に分離した2つのモジュラードメインを含み、これらのドメインが相互に置換可能であることを利用している。
すなわち、本発明に係る利尿ペプチド発現促進剤は、ANP(心房性ナトリウム利尿ペプチド)またはBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)の利尿ペプチド発現促進剤であって、
(1)Zac1タンパク質のDNA結合ドメイン及び転写活性化ドメインを有するペプチド、
(2)前記DNA結合ドメインにおいてDNA結合活性を損なわない変異を有する(1)のペプチド、
(3)(1)または(2)のうち少なくとも一つのペプチドを発現するペプチド発現物質
のいずれかの物質を含有する。
【0013】
実施例に示すように、配列番号1または配列番号2に記載のアミノ酸配列を有するmZac1タンパク質のDNA結合ドメインは、ANP遺伝子やBNP遺伝子のプロモーターに特異的に結合する。このDNA結合ドメインに、mZac1タンパク質の転写活性化ドメインを結合すると、ANP遺伝子やBNP遺伝子の発現を増強できるようになる。また、このDNA結合ドメインは、Zac1タンパク質において、種を超えて保存されている。従って、Zac1タンパク質のDNA結合ドメイン及び転写活性化ドメインを有するペプチドは、ANPまたはBNPの利尿ペプチド発現促進剤として有効である。
【0014】
ここで、Zac1タンパク質は、マウスZac1タンパク質あるいはヒトZac1タンパク質に相同なタンパク質であれば、その生物の由来は限定されないが、脊椎動物であることが好ましく、哺乳類であることがより好ましい。
【0015】
DNA結合ドメインは、Zac1タンパク質のN端にある4つのzincフィンガーモチーフを含めば特に限定されないが、アミノ酸配列1〜150番の領域であることが好ましく、配列番号1または配列番号2を有することがより好ましい。
【0016】
転写活性化ドメインは、独立して機能するドメインであれば限定されず、例えば、GAL4やVP16由来の転写活性化ドメインであってもよいが、Zac1タンパク質の転写活性化ドメインであることが好ましく、配列番号3に記載のアミノ酸配列を有することがより好ましい。
【0017】
Zac1タンパク質のDNA結合ドメイン及び転写活性化ドメインを有するペプチドは、当該ドメインを有すればよく、当該ドメインだけを有するペプチドであっても、当該ドメイン以外に他の機能を有するドメインやタグなど他の配列を有していても構わない。
【0018】
このペプチドが、ANPやBNPの活性化能を有する限り、変異を有しても構わず、変異は欠失・置換・挿入のいずれであっても構わない。変異しているアミノ酸数は少ない方が好ましく、1〜数個であることがより好ましい。特に、同じ性質を有するアミノ酸(例えば、酸性アミノ酸、芳香族アミノ酸、疎水性アミノ酸、アルカリ性アミノ酸など)同士の置換は、ペプチドの性質を変えないことが知られており、上記の変異は、このような置換を含む。
【0019】
ペプチド発現物質とは、当該ペプチドを発現する物質のことであり、例えば、当該ペプチドをコードする遺伝子を発現するDNAや発現ベクターなどが挙げられる。
【0020】
利尿ペプチド発現促進剤は、ペプチドあるいはペプチド発現物質を含めばよく、それら以外に、それらを溶解する緩衝溶液、リピッドなどのキャリア、保護剤、などを含んでもよく、剤形は特に限定されない。また、ペプチド発現物質を、アデノウイルスなどのウイルス粒子などにパッケージしたり、リポソームに封入したりして、そのウイルスやリポソームなどを発現促進剤として投与してもよい。また、ペプチド発現物質を、in vitroで細胞内に導入し、当該ペプチドを発現する細胞を投与したり移植したりしてもよい。
【0021】
〈付加的ドメイン〉
Nkx2.5タンパク質は、ANP遺伝子のプロモーター上でZac1と相互作用して、ANP遺伝子の転写活性化能を増強することができる。従って、本発明に係る利尿ペプチド発現促進剤に含有されるペプチドに、Nkx2.5タンパク質結合ドメインを付加してもよい。Nkx2.5タンパク質結合ドメインの由来は特に限定されず、GATA4やTbx5などが例として挙げられるが、Zac1タンパク質のNkx2.5タンパク質結合ドメインであることが好ましく、配列番号4または配列番号5に記載のアミノ酸配列を有することがより好ましい。
【0022】
付加する部位は、各ドメインの構造や機能を破壊しなければ特に限定されないが、DNA結合ドメインと転写活性化ドメインの間に挿入することが好ましい。
この場合、Nkx2.5タンパク質結合ドメインを含むペプチドあるいは当該ペプチド発現物質とともに、Nkx2.5タンパク質またはNkx2.5タンパク質活性化物質などの付加的因子が投与されてもよい。Nkx2.5タンパク質活性化物質としては、例えばNkx2.5タンパク質発現物質などを挙げることができ、具体的には、Nkx2.5タンパク質をコードする遺伝子を発現するDNAや発現ベクターなどが挙げられる。
【0023】
また、発明者らは、mZac1タンパク質が、Nkx2.5タンパク質結合ドメインにPKCのターゲット配列を有し、その配列中の167番目のアミノ酸のスレオニンがPKCによってリン酸化されることにより、活性化されることを明らかにした。このPKCのターゲット配列及びスレオニンは、哺乳類で保存されている。従って、Zac1タンパク質のNkx2.5タンパク質結合ドメインを付加した場合には、PKCタンパク質またはPKCタンパク質活性化物質などの付加的因子が共投与されてもよい。
【0024】
PKCタンパク質活性化物質としては特に限定されず、ジアシルグリセロールやホルボールエステルなど直接PKCタンパク質に働きかけて活性化するものだけでなく、シグナル伝達系の活性化を通じてPKCタンパク質を活性化するインシュリンや甲状腺刺激ホルモン放出ホルモンなどのホルモン、アドレナリンなどの神経伝達物質や、それらシグナル伝達系の経路の途中にある因子でもよい。
【0025】
なお、Zac1タンパク質のNkx2.5タンパク質結合ドメインにおいて、167番目のスレオニンをグルタミン酸やアスパラギン酸に置換すると、Zac1タンパク質の活性が恒常的に亢進すると考えられるので、167番目がグルタミン酸やアスパラギン酸に置換された変異を有するNkx2.5タンパク質結合ドメインを付加することは特に好ましい。
【0026】
〈利尿ペプチド発現促進方法〉
細胞内でANPまたはBNPの活性を増強するために、その細胞に本発明に係る利尿ペプチド発現促進剤を作用させる。その際、利尿ペプチド発現促進剤の有効物質は核で機能するため、細胞内に導入する必要がある。
【0027】
従って、利尿ペプチド発現促進剤がペプチドを含む場合、インジェクションや膜透過性ペプチドベクターを用いた導入法によってそのペプチドを細胞に導入する。利尿ペプチド発現促進剤がDNAを含む場合、エレクトロポレーション、トランスフェクション、インジェクションなどを用いることができる。この場合、DNAがコードするペプチドをゲノム外で一過的に発現させても、ゲノムに挿入させて発現させても構わない。また、これらペプチドやDNAがウイルスやリポソームに包含されている場合は、そのウイルスやリポソームを細胞に接触させればよい。その他、利尿ペプチド発現促進剤の剤形に従って、当業者は適切な投与方法を選択することが可能である。
【0028】
また、上述した付加的因子が、利尿ペプチド発現促進剤と共投与されてもよい。ここで共投与とは、それぞれが前後して投与されてもよく、同時に投与されても良い。また、それぞれの単剤として投与されてもよく、両者を含む複合剤として投与されてもよい。付加的因子の投与方法は、利尿ペプチド発現促進剤と同様に、その形状に従って、当業者によって適切な投与方法が選択される。
【0029】
〈医薬組成物〉
ANPやBNPなどの利尿ペプチドは、これまで心不全、心筋梗塞、不整脈など様々な心臓病の治療薬または抗腫瘍薬として利用できることが報告されている(例えば、Saba S. R. and Vesely D. L., Histology and histopathology 21(7): 775-783, 2006参照)。従って、本発明の利尿ペプチド発現促進剤は、ANPやBNPの発現を亢進することができ、心臓病治療薬または抗腫瘍薬として有効である。この場合、投与方法としては、利尿ペプチド発現促進剤で記載した方法を含む公知の手段を用いればよい。
【実施例】
【0030】
〈1〉mZac1タンパク質による利尿ペプチド遺伝子の転写活性増強
mZac1タンパク質の発現ベクターとANP遺伝子、BNP遺伝子、α-MHC遺伝子の各プロモーターの下流にレポーター遺伝子を挿入したレポータープラスミドを培養細胞に共導入し、mZac1タンパク質が、上記遺伝子の転写活性を増強することができることを示す。
【0031】
まず、下記のプライマーを用いてmZac1 cDNA全長をPCRで増幅し、両端に導入したBamHI及びNotI部位を用いてpcDNA3.1のBamHI-NotI部位に挿入することで、mZac1発現ベクターを構築した。
プライマーmZac1F: GGATCCACCATGGCTCCATTCGCTGTCA (配列番号6)
プライマーmZac1R: GCGGCCGCCTAAACTGTCCATTTCTTAT (配列番号7)
【0032】
レポータープラスミドは、ANP-luciferase、BNP-luciferase、及びαMHC-luciferase(Wang et al., Cell vol.105, p.851-863, 2001)を用いた。なお、mZac1活性と比較するコントロールとして、MEF2Cタンパク質、GATA4タンパク質、SRFタンパク質を発現する各発現ベクターを用いた。
【0033】
Lipofectamine(InVitrogen社)を用いて、6ウェルのプラスティックディッシュに播種した2x106個のCOS7細胞に対し、100ngの各レポータープラスミド及び10ng、30ng、または100ngのmZac1発現ベクターを導入した。トランスフェクション効率を標準化するための内部コントロールとして、10ng のCMV-Renilla-luciferase(Promega社)を導入した。また、ネガティブコントロール(図ではControlと記載)として、mZac1の挿入されていないpcDNA3.1を用いた。24時間後細胞を回収し、ルシフェラーゼ活性を測定し、各タンパク質による転写活性レベルを比較したところ、図1に示すように、mZac1タンパク質は、ANP遺伝子、BNP遺伝子、α-MHC遺伝子の各プロモーターに対し、dose-dependentにその転写活性を増強した。
【0034】
このように、mZac1タンパク質は、ANP遺伝子、BNP遺伝子、α-MHC遺伝子の転写活性を増強し、発現を高めることができる。
【0035】
〈2〉mZac1タンパク質のANP遺伝子プロモーターへの結合
ANP遺伝子のプロモーターにはmZac1タンパク質結合配列が存在する。以下、その結合配列にmZac1タンパク質が結合することにより、ANP遺伝子の転写を活性化することを示す。
【0036】
まず、ANP-luciferaseを基にして、図2Aに示すようなANP遺伝子のプロモーターの欠失シリーズを作製し、それらをレポーターとして〈1〉と同様にルシフェラーゼアッセイを行った。ここでは、2x106個のCOS7細胞に対し、100ngの各レポータープラスミド及び100ngのmZac1発現ベクターを用いた。ルシフェラーゼ活性を測定し、各レポーターに対する転写活性レベルを比較したところ、-93〜-111の領域を有するレポーターに対して転写の活性化が検出されたことから、この領域にmZac1タンパク質が結合することがわかる。さらに、この領域内のGCCGCCG配列をGTATATG配列に置換したレポータープラスミドを用いると、図2Bに示すように、mZac1タンパク質による活性化が消失した。
【0037】
次に、-93〜-111の領域内の配列GCATCTTCTGCTGGCCGCCG(配列番号8)を用いてゲルシフトアッセイを行った。具体的には、mZac1タンパク質を強制発現させたCOS7細胞の核抽出物を調製し、32Pでラベルした上記配列を有する2重鎖オリゴヌクレオチド500ngを、結合バッファー中で、5μLの各抽出物と2μgのpoly(dI-dC)とともに室温で30分インキュベートし、5%アクリルアミドゲルで解析したところ、図2C左図レーン1のように、シグナルが観察された。COS7細胞の核抽出物を0.1μL、0.3μL、1.0μL、と増加させると、レーン2から4に示すように、シグナルも強くなった。また、competorとして、GCCGCCG配列を有し、ラベルしていない2重鎖オリゴヌクレオチド500ngを加えてインキュベートすると、レーン5に示すように、シグナルが消失し、GCCGCCG配列がmZac1タンパク質のターゲット配列であることがわかる。また、mZac1タンパク質に対する抗体1μgを加えてインキュベートすると、シグナルがスーパーシフトする(図2C右図)ことから、このシグナルがmZac1タンパク質によるものであることがわかる。
【0038】
このように、Zac1タンパク質のDNA結合ドメインは、ANP遺伝子のプロモーター内の-93〜-111の領域にあるGCCGCCG配列に結合することができる。
【0039】
〈3〉mZac1タンパク質のドメイン解析
mZac1タンパク質は、6つのzincフィンガーモチーフ、2つのアメロジェニン様ドメイン、及びPARP様ドメインがあることが知られていた。ここでは、mZac1タンパク質において、転写活性化ドメインがアミノ酸270-360番目の領域にあることを示す。
【0040】
図3に示すmZac1変異タンパク質をコードするDNAは、PCRを用いて作製し、pCDNA3.1に挿入した。なお、DNA断片の挿入部位は、野生型mZac1発現ベクターと同じである。〈1〉と同様にレポーターアッセイを行ったところ、図3に示したように、DNA結合領域であるZincフィンガードメインに、270-360番目の領域を付加した時に強い転写活性が検出され、この領域を欠失させると、転写活性が顕著に低下した。なお、mZac1発現ベクターは100ng導入し、レポーターとしてANP-luciferaseを用いた。
【0041】
このように、mZac1タンパク質において、転写活性化ドメインがアミノ酸270-360番目の領域にある。従って、アミノ酸1-150番目のDNA結合領域とアミノ酸270-360番目の転写活性領域を有するペプチドは、下流の遺伝子を活性化できる。
【0042】
〈4〉mZac1タンパク質のNkx2.5タンパク質との協調効果
ANP遺伝子のプロモーターにおいて、mZac1タンパク質がNkx2.5タンパク質と協調して転写活性を促進することを示す。
【0043】
まず、mZac1発現ベクターとNkx2.5発現ベクターを細胞に共導入し、ANP遺伝子のプロモーターに対する転写活性能を調べた。その際、(1)3ng、10ng、30ng、または100ngのNkx2.5発現ベクターのみ(2)3ng、10ng、30ng、または100ngのmZac1発現ベクターのみ(3)3ng、10ng、30ng、または100ngのNkx2.5発現ベクターと3ngのmZac1発現ベクター(4)3ng、10ng、30ng、または100ngのmZac1発現ベクターと3ngのNkx2.5発現ベクター、という4種類の場合を設定し、〈3〉と同様に実験を行ったところ、図4Aに示すように、mZac1発現ベクターは、Nkx2.5発現ベクターに、dose-dependentに転写活性が増強された。
【0044】
次に、〈3〉で使用したmZac1変異タンパク質のうち、一方向からの欠失突然変異体を用い、100ng のNkx2.5遺伝子発現ベクターを共導入した以外は、〈3〉と同様に実験を行ったところ、図4Bに示すように、Nkx2.5タンパク質との相互作用には、C端側の2つのzincフィンガーモチーフを含むアミノ酸150-270番目の領域が必要であった。
【0045】
また、図4Cに示したmZac1変異タンパク質及びNkx2.5タンパク質を用いたpull-downアッセイの結果は、図4Cの結果と一致し、図4Cで転写活性の観察されたアミノ酸1-360を有するmZac1変異タンパク質及び1-270を有するmZac1変異タンパク質はNkx2.5タンパク質と結合したが、転写活性の観察されなかったアミノ酸1-150を有するmZac1変異タンパク質はNkx2.5タンパク質と結合しなかった。図4Dにその結果を示す。
【0046】
このように、mZac1タンパク質は、アミノ酸150-270番目の領域でNkx2.5タンパク質と結合し、協調して転写活性化を行う。従って、mZac1タンパク質のアミノ酸150-270番目の領域を有するペプチドに対しては、Nkx2.5タンパク質は共投与するための付加的因子として有効である。
【0047】
〈5〉PKCによるmZac1タンパク質の活性化
mZac1タンパク質の167番目のスレオニンが、PKCによってリン酸化され、mZac1タンパク質が活性化されることを示す。
【0048】
まず、QuickChange kit(Stratagene)を用いて、site-directed mutagenesisの原理によって、167番目のスレオニンがアスパラギンに置換されたmZac1変異タンパク質を発現するmZac1(T167N)発現ベクターを作製した。このベクターは、167番目のアミノ酸のコドンがスレオニンからアスパラギンになっている以外は、mZac1発現ベクターと同じ塩基配列を有する。
【0049】
このmZac1(T167N)発現ベクターを用い、100nMのPMAの存在下で〈3〉と同様にして、mZac1(T167N)タンパク質の転写活性化能を調べたところ、図5に示すように、PMAによってmZac1タンパク質の活性が亢進したが、mZac1(T167N)タンパク質の活性は野生型ほど亢進しなかった。
【0050】
このように、mZac1タンパク質の活性の一部は、PKCによる167番目のスレオニンのリン酸化によって調節されていることから、mZac1タンパク質のアミノ酸150-270番目の領域を有するペプチドに対しては、PKCは共投与するための付加的因子として有効である。
【0051】
〈6〉マウスmZac1タンパク質とヒトhZac1タンパク質の比較
図6にマウスmZac1タンパク質とヒトhZac1タンパク質のアミノ酸配列を比較した。
mZac1タンパク質のzincフィンガーモチーフを含むドメインのうち、150番目のアミノ酸までは、ヒトhZac1タンパク質においても非常に良く保存されており(82.7%の相同性)、これらの領域は、DNA結合ドメインとして、認識配列の特異性も含め、同じ機能を有していると考えられる。
【0052】
また、150番目から270番目のアミノ酸も良く保存されており(70%の相同性)、Nkx2.5タンパク質と相互作用する機能も保存されていると考えられる。特に、167番目のスレオニンも保存されており、両者でPKCのターゲットになっていると考えられる。
【0053】
このように、マウスmZac1タンパク質とヒトhZac1タンパク質では、各機能を有する領域において、高い相同性が認められ、哺乳類でZac1タンパク質は広くその機能が保存されていると考えられる。
【0054】
〈7〉mZac1+/-マウスにおけるインターフェロン誘導性遺伝子の発現解析
ここでは、mZac1+/-マウスにおいてインターフェロン誘導性遺伝子(Ifi202b)の発現が抑制されることを示す。
【0055】
本実施例に用いたmZac1+/-ヘテロ接合マウスは、ジーントラップ法によって、mZac1遺伝子に挿入変異が生じたES細胞(Lexicon Pharmaceuticals社 クローン番号Ost181461)を用いて、生殖系列キメラマウスを作製し、戻し交配することにより作製された。
【0056】
交配して得られた野生型マウス胚、ヘテロ接合マウス胚、ホモ接合マウス胚のそれぞれの心臓から抽出したタンパク質に対し、一次抗体として抗マウスZac1ウサギ抗体(G-18, Santa Cruz Biotechnology社、1000倍希釈)を用い、二次抗体としてホースラディッシュ・ペルオキシダーゼでラベルされた抗ウサギIgG(7074, Cell Signaling社 1000倍希釈)を用いて、ウエスタン・ブロッティングを行った。なお、可視化は、SuperSignal West Pico Chemiluminescent reagent (Pierce社)を用いて行った(図7)。また、ポジティブコントロールには、抗GAPDHF抗体(SC-20357、Santa Cruz社、500倍希釈)を用いた。
【0057】
mZac1遺伝子は、imprintingを受ける遺伝子で、母親側から受け継いだ対立遺伝子は不活性化される。従って、図7に示すように、父親がヘテロ接合で、母親が野生型の場合、ヘテロ接合の仔には活性がある遺伝子が存在せず、Zac1遺伝子の発現がなくなる。
【0058】
次に、父親がヘテロ接合であるmZac1+/-マウスの心臓からTrizol(Invitrogen社)を用いて全RNAを抽出し、下記プライマーを用いた定量RT-PCRによって、Ifi202b(プライマーはIfi202bFとIfi202bR)、レチノブラストーマ(Rb)(プライマーは、RbFとRbR)、p53(プライマーはp53Fとp53R)の発現を調べ、野生型マウスと比較した。なお、内部標準として、GAPDH(プライマーはGAPDHFとGAPDHR)を用いた。
プライマーIfi202bF: AAGGTCCCAAACAAGTGGTG(配列番号9)
プライマーIfi202bR: TTGGCTCTTCACCTCAGACA(配列番号10)
プライマーRbF: AGCAGTCCAAGGATGGAGAA(配列番号11)
プライマーRbR: ACGGGCAAGGGAGGTAGAT(配列番号12)
プライマーp53F: GCCATCTACAAGAAGTCACAGCA(配列番号13)
プライマーp53R: AGGCACAAACACGAACCTCAAA(配列番号14)
プライマーGAPDHF: TTCAACGGCACAGTCAAGG (配列番号15)
プライマーGAPDHR: CATGGACTGTGGTCATGAG(配列番号16)
【0059】
図8に示すように、mZac1+/-マウスでは、野生型マウスに比べて、Ifi202bの発現が低下していたが、その他の遺伝子Rbやp53の発現は差がなかった。この結果は、mZac1遺伝子の発現低下によって、インターフェロン誘導性遺伝子Ifi202bの発現が特異的に抑制されることを示す。
【0060】
すなわち、Zac1タンパク質(あるいは、mZac1タンパク質のDNA結合ドメイン及び転写活性化ドメインを有するペプチド)は、インターフェロン誘導性遺伝子Ifi202bの活性化を介してインターフェロンを誘導する作用を有するため、抗腫瘍剤として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】本発明にかかる一実施例において、mZac1タンパク質による利尿ペプチド遺伝子の転写活性増強を示す図である。
【図2】本発明にかかる一実施例において、mZac1タンパク質のANP遺伝子プロモーターへの結合を示す図である。
【図3】本発明にかかる一実施例において、mZac1タンパク質のドメイン解析の結果を示す図である。
【図4】本発明にかかる一実施例において、mZac1タンパク質のNkx2.5タンパク質との協調効果を示す図である。
【図5】本発明にかかる一実施例において、PKCによるmZac1タンパク質の活性化を示す図である。
【図6】ヒトmZac1タンパク質(human)とマウスhZac1タンパク質(mouse)の、1〜278番目のアミノ酸領域における相同性を示す図である。+は類似アミノ酸、−は非類似アミノ酸、=はアミノ酸の欠失を表す。
【図7】野生型マウス胚、mZac1+/-ヘテロ接合マウス胚、mZac1-/-ホモ接合マウス胚のそれぞれにおいて、mZac1タンパク質の発現を調べた結果を示す図である。
【図8】Zac1+/-マウスにおいて、インターフェロン誘導性遺伝子Ifi202bの発現が特異的に抑制されていることを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記のいずれかを含有するANP(心房性ナトリウム利尿ペプチド)またはBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)の利尿ペプチド発現促進剤。
(1)Zac1タンパク質のDNA結合ドメイン及び転写活性化ドメインを有するペプチド、
(2)前記DNA結合ドメインにおいてDNA結合活性を損なわない変異を有する(1)のペプチド、
(3)(1)または(2)のうち少なくとも一つのペプチドを発現するペプチド発現物質。
【請求項2】
前記Zac1タンパク質のDNA結合ドメインが、配列番号1または配列番号2に記載のアミノ酸配列を有することを特徴とする請求項1に記載の利尿ペプチド発現促進剤。
【請求項3】
前記転写活性化ドメインが、Zac1タンパク質の転写活性化ドメインであることを特徴とする請求項1または2に記載の利尿ペプチド発現促進剤。
【請求項4】
前記Zac1タンパク質の転写活性化ドメインが、配列番号3に記載のアミノ酸配列を有することを特徴とする請求項3に記載の利尿ペプチド発現促進剤。
【請求項5】
前記ペプチドがNkx2.5タンパク質結合ドメインをさらに有することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の利尿ペプチド発現促進剤。
【請求項6】
前記Nkx2.5タンパク質結合ドメインが、Zac1タンパク質のNkx2.5タンパク質結合ドメインであることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の利尿ペプチド発現促進剤。
【請求項7】
前記Zac1タンパク質のNkx2.5タンパク質結合ドメインが、配列番号4または配列番号5に記載のアミノ酸配列を有することを特徴とする請求項6に記載の利尿ペプチド発現促進剤。
【請求項8】
前記Zac1タンパク質のNkx2.5タンパク質結合ドメインにおいて、PKCのターゲット配列中のスレオニンがグルタミンまたはアスパラギンに置換していることを特徴とする請求項7または8に記載の利尿ペプチド発現促進剤。
【請求項9】
Nkx2.5タンパク質またはNkx2.5タンパク質活性化物質が共投与されることを特徴とする請求項5〜8のいずれかに記載の利尿ペプチド発現促進剤。
【請求項10】
Nkx2.5タンパク質活性化物質が、Nkx2.5タンパク質の発現を増強することを特徴とする請求項9に記載の利尿ペプチド発現促進剤。
【請求項11】
PKCタンパク質またはPKCタンパク質活性化物質が共投与されることを特徴とする請求項6または7に記載の利尿ペプチド発現促進剤。
【請求項12】
PKCタンパク質活性化物質が、PKCシグナル伝達系を増強することを特徴とする請求項11に記載の利尿ペプチド発現促進剤。
【請求項13】
前記ペプチドが、野生型Zac1タンパク質、またはそれらの一部であることを特徴とする請求項1〜12のいずれかに記載の利尿ペプチド発現促進剤。
【請求項14】
ペプチド発現物質が、当該ペプチドを発現するDNAを含有することを特徴とする請求項1〜13のいずれかに記載の利尿ペプチド発現促進剤。
【請求項15】
下記のいずれかを含有する医薬組成物。
(1)Zac1タンパク質のDNA結合ドメイン及び転写活性化ドメインを有するペプチド、
(2)前記DNA結合ドメインにおいてDNA結合活性を損なわない変異を有する(1)のペプチド、
(3)(1)または(2)のうち少なくとも一つのペプチドを発現するペプチド発現物質。
【請求項16】
心臓病治療薬または抗腫瘍薬であることを特徴とする請求項15に記載の医薬組成物。
【請求項17】
前記心臓病が、心不全、心筋梗塞、または不整脈であることを特徴とする請求項16に記載の医薬組成物。

【図1】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図2】
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【図4】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−84280(P2009−84280A)
【公開日】平成21年4月23日(2009.4.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−236983(P2008−236983)
【出願日】平成20年9月16日(2008.9.16)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、独立行政法人医薬基盤研究所、基礎研究推進事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】