説明

加工仕上がりに基づく疲労特性の推定方法及びその装置

【課題】任意の加工仕上がりを有する機械部品の低サイクル域における疲労寿命を簡便に評価できる加工仕上がりに基づく疲労強度推定方法及びその装置を提供する。
【解決手段】リファレンス材の修正グッドマン線図を作成しておき、他方、疲労強度と硬さとの関係式を求めると共に、疲労強度と粗さとの関係式を求めておき、機械部品の表面加工層の残留応力σresと硬さHvと粗さRaとを測定した後、硬さHvを用いて疲労強度と硬さとの関係式から硬さ係数αを求めると共に、粗さRaを用いて疲労強度と粗さとの関係式から粗さ係数βを求め、次に、残留応力σresを、機械部品に作用する平均応力σmと共に修正グッドマン線図に入力して、残留応力作用時の疲労強度Δεtを求め、求めた残留応力作用時の疲労強度Δεt,resに硬さ係数αと粗さ係数βとを乗算して機械部品の疲労強度Δεt,wrkを求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機械加工や表面処理された機械部品の疲労特性をその表面性状から推定する方法及びその装置に係り、特に、リファレンス材の疲労特性に基づいて、機械部品の表面性状とリファレンス材の表面性状とから機械部品の疲労特性を推定する加工仕上がりに基づく疲労強度推定方法及びその装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
機械加工や表面処理(例えば、ショットピーニング、浸炭、窒化など)によって、機械部品の表面に形成される加工層は、その部位の疲労強度に著しい影響を与えることが知られている。
【0003】
疲労とは、材料に繰返し負荷を加えたとき、静的な破壊強度よりも充分小さい場合でも、ある繰返し数の後に材料内に割れが発生し、これが成長して破壊に至る現象のことを言う。材料に作用した応力(またはひずみ)と、破断繰返し数の間には、図4に示すように両対数で直線関係があり、これをSN線図と呼ぶ。
【0004】
一般に、加工によって疲労強度に影響を与える因子として、表面の凹凸(粗さ)、表面加工硬化層、表面残留応力が挙げられる。従来、これらの表面性状から疲労強度を評価する方法は、いくつか提案されてきた。
【0005】
例えば、非特許文献1では、表面粗さ、表面硬さ、表面残留応力等を考慮して、評価対象となる機械部品の疲労限を予測する方法が提案されている。なお、一般に、107サイクルまで繰返し負荷を加えても破壊を生じない限界の応力(またはひずみ)を、疲労限と呼ぶ。
【0006】
非特許文献2では、表面粗さ、表面硬さ、表面残留応力等を考慮して、割れ(き裂)がどのように進展するかを予測し、疲労強度を予測する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】村上敬宜、小林幹和、牧野泰三、鳥山寿之、栗原義昭、高崎惣一、江原隆一郎、「ばね鋼の疲労強度に影響を及ぼす介在物、ショットピーニング、脱炭層、微小表面ピットの総合的評価」、ばね論文集、39号、1994年、pp.7−16
【非特許文献2】高橋文雄、丹下彰、小野芳樹、安藤柱、「ばね鋼の切欠き疲労強度予測」、ばね論文集、51号、2006年、pp.9−15
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、疲労強度(疲労寿命)を考慮した設計では、疲労限となる107サイクルよりも短い低サイクル域(例えば、104サイクル)での疲労強度の評価が必要となる場合がある。
【0009】
しかし、非特許文献1では、疲労限(107サイクルでの疲労強度)のみを対象とした評価法であるため、このような低サイクル域での疲労強度を評価することはできない。
【0010】
また、非特許文献2では、割れ(き裂)が最初からある状態での評価法であるため、低サイクル域での疲労強度を十分に評価することはできない。
【0011】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、任意の加工仕上がりを有する機械部品の表面性状から、低サイクル域における疲労寿命を評価することができる加工仕上がりに基づく疲労強度推定方法及びその装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するために本発明は、機械加工や表面処理によって表面加工層が形成された機械部品の疲労強度を推定する方法において、前記機械部品と同じ材料で作製したリファレンス材のSN線図を取得して、そのSN線図から求めた疲労強度と、前記リファレンス材の引張強度とから修正グッドマン線図を作成しておき、他方、前記機械部品の表面加工層を模して表面硬化させた試験片のSN線図を取得して、その試験片の疲労強度と硬さとの関係式を求めると共に、前記機械部品の表面加工層を模して表面粗さを有する試験片のSN線図を取得して、その試験片の疲労強度と粗さとの関係式を求めておき、前記機械部品の表面加工層の残留応力と硬さと粗さとを測定した後、前記機械部品の表面加工層の硬さを用いて前記疲労強度と硬さとの関係式から硬さ係数を求めると共に、前記機械部品の表面加工層の粗さを用いて前記疲労強度と粗さとの関係式から粗さ係数を求め、次に、前記機械部品の表面加工層の残留応力を、前記機械部品に作用する平均応力と共に前記修正グッドマン線図に入力して、残留応力作用時の疲労強度を求め、求めた残留応力作用時の疲労強度に前記硬さ係数と前記粗さ係数とを乗算して前記機械部品の疲労強度を求める加工仕上がりに基づく疲労強度推定方法である。
【0013】
前記疲労強度と硬さとの関係式は、下式
α=Δεt/Δεt,ref
=1+(Hv−Hvref)/m×Hvref ・・・(1)
但し、α:硬さ係数
Δεt:機械部品の疲労強度
Δεt,ref:リファレンス材の疲労強度
Hv:機械部品の表面硬さ
Hvref:リファレンス材の表面硬さ
m:材料定数
により表されてもよい。
【0014】
前記疲労強度と粗さとの関係式は、下式
β=Δεt/Δεt,ref
=a+b×logRa (Ra>10(1-a)/b
=1 (Ra≦10(1-a)/b) ・・・(2)
但し、β:粗さ係数
Δεt:機械部品の疲労強度
Δεt,ref:リファレンス材の疲労強度
a:材料定数
b:材料定数
Ra:粗さ(機械部品表面)
により表されてもよい。
【0015】
また本発明は、機械加工や表面処理によって表面加工層が形成された機械部品の疲労強度を推定する装置において、前記機械部品と同じ材料で作製したリファレンス材のSN線図を取得して、そのSN線図から求めた疲労強度と、前記リファレンス材の引張強度とから修正グッドマン線図を作成しておく修正グッドマン線図作成部と、前記機械部品の表面加工層を模して表面硬化させた試験片のSN線図を取得して、その試験片の疲労強度と硬さとの関係式を求めると共に、前記機械部品の表面加工層を模して表面粗さを有する試験片のSN線図を取得して、その試験片の疲労強度と粗さとの関係式を求めておき、前記機械部品の表面加工層の残留応力と硬さと粗さとを測定した後、前記機械部品の表面加工層の硬さを用いて前記疲労強度と硬さとの関係式から硬さ係数を求めると共に、前記機械部品の表面加工層の粗さを用いて前記疲労強度と粗さとの関係式から粗さ係数を求め、次に、前記機械部品の表面加工層の残留応力を、前記機械部品に作用する平均応力と共に前記修正グッドマン線図に入力して、残留応力作用時の疲労強度を求め、求めた残留応力作用時の疲労強度に前記硬さ係数と前記粗さ係数とを乗算して前記機械部品の疲労強度を求める疲労強度推定部と、を備える加工仕上がりに基づく疲労強度推定装置である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、任意の加工仕上がりを有する機械部品の表面性状から、低サイクル域における疲労寿命を評価することができる加工仕上がりに基づく疲労強度推定方法及びその装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の一実施の形態に係る、加工仕上がりに基づく疲労強度推定装置の構成を示す概要図である。
【図2】本発明の一実施の形態に係る、加工仕上がりに基づく疲労強度推定方法を示すフロー図である。
【図3】表面粗さと粗さ係数との関係を示す図である。
【図4】SN線図を示す図である。
【図5】修正グッドマン線図を示す図である。
【図6】材料の降伏現象による平均応力の緩和を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の好適な実施の形態について図面に基づき説明する。
【0019】
まず、本実施の形態に係る加工仕上がりに基づく疲労強度推定方法に用いるための疲労強度推定装置について説明する。なお本願明細書において「疲労強度」を定義する「疲労」とは、材料に割れが生じた状態、その材料に破損が生じた状態、さらに材料に破断が生じた状態など、の種々の状態を想定してよい。望ましくは、疲労強度を推定する対象物の、実用上で問題となる大きさの割れ(き裂)が生じた状態を「疲労」と想定するのがよい。
【0020】
図1は、加工仕上がりに基づく疲労強度推定装置の構成を示す図である。
【0021】
図1に示すように、疲労強度推定装置11は、リファレンス材特性入力部15と設定疲労負荷入力部16と表面パラメータ入力部17と材料定数入力部18とからなる入力部12と、リファレンス材特性記憶部19と設定疲労負荷記憶部20と修正グッドマン線図作成部21と修正グッドマン線図記憶部22と表面パラメータ記憶部23と材料定数記憶部24と疲労特性推定部25と推定結果記憶部26とからなる解析部13と、推定結果出力部27からなる出力部14と、を備える。
【0022】
リファレンス材特性入力部15には、機械部品と同じ材料で作製したリファレンス材を用いて行う疲労試験の結果(SN線図)と、リファレンス材の引張特性(降伏応力および引張強さ)とが入力され、入力されたデータはリファレンス材特性記憶部19に記憶される。
【0023】
設定疲労負荷入力部16には、評価対象となる機械部品に作用する疲労負荷の平均応力と、その繰返し数との設定値が入力され、入力された平均応力と繰返し数は設定疲労負荷記憶部20に記憶される。
【0024】
表面パラメータ入力部17には、仕上げ加工により機械部品の表面に形成された表面加工層の残留応力と硬さと粗さとが入力され、入力された残留応力と硬さと粗さとは表面パラメータ記憶部23に記憶される。
【0025】
材料定数入力部18には、疲労特性を推定するために予め求められた種々の材料定数が入力され、材料定数記憶部24には、その種々の材料定数が記憶される。
【0026】
修正グッドマン線図作成部21は、リファレンス材特性記憶部19に記憶されるリファレンス材のSN線図と設定疲労負荷記憶部20に記憶される疲労負荷の繰返し数とを読込み、設定された繰返し数に対応する疲労強度(全ひずみ範囲)をSN線図から求めると共に、リファレンス材特性記憶部19に記憶されるリファレンス材の引張強さを読込み、その引張強さと求めた全ひずみ範囲を応力に換算し修正グッドマン線図を作成する。
【0027】
このとき、修正グッドマン線図作成部21は予めリファレンス材特性記憶部19からリファレンス材の降伏応力を読み込んでおき、リファレンス材に作用する疲労負荷の最大応力が降伏応力を超えるときには、後述するように材料の降伏現象による平均応力の緩和(シェイクダウン)を考慮して、修正グッドマン線図を作成する。
【0028】
修正グッドマン線図作成部21が作成した修正グッドマン線図は、修正グッドマン線図記憶部22に記憶される。
【0029】
疲労特性推定部25は、修正グッドマン線図記憶部22に記憶される修正グッドマン線図と、設定疲労負荷記憶部20に記憶される平均応力と、表面パラメータ記憶部23に記憶される残留応力とを読込み、これらから機械部品の残留応力作用時の疲労強度を求める。
【0030】
さらに疲労特性推定部25は、表面パラメータ記憶部23に記憶される機械部品の表面加工層の硬さおよび粗さと、材料定数記憶部24に記憶される種々の材料定数とを読込み、これらパラメータと、予め疲労特性推定部25が記憶している、疲労強度と硬さとの関係式および疲労強度と粗さとの関係式とから、硬さ係数および粗さ係数を求めると共に、求めた硬さ係数と粗さ係数とを、残留応力作用時の疲労強度に乗算して、機械部品の疲労強度を求める。
【0031】
疲労特性推定部25が求めた疲労強度は、推定結果記憶部26に記憶される。
【0032】
推定結果出力部27は、推定結果記憶部26に記憶された疲労強度を、ディスプレイなどの表示器に出力する。
【0033】
次に、本実施の形態に係る加工仕上がりに基づく疲労強度推定方法の推定手順について、疲労強度推定装置11の動作フローと共に詳述する。
【0034】
図2および図3に示すように、まずステップS21において、評価対象となる機械部品と同じ材料を用いたリファレンス材(REF材)のSN線図と引張特性(降伏応力σyおよび引張強さσB)とを求め、これらをリファレンス材特性入力部15に入力する。リファレンス材は、機械部品と同じ材料で作製した後、鏡面加工と化学研磨処理などにより、表面粗さと表面残留応力ができるだけ小さくされると共に、表面硬さが材料固有の値となるように仕上げ加工される。なお本実施の形態では、疲労負荷の最大応力と最小応力の比が0となる(すなわち、最小応力が0である)片振り疲労試験により、各種SN線図を作成する。このようにすると、後述の修正グッドマン線図を簡便に作成することができるが、本発明は疲労試験の疲労負荷の形態を特に限るものではなく、例えば疲労負荷の最大応力と最小応力の比が−1となる(すなわち、最大応力と最小応力が等しく、かつそれらの平均応力σmが0となる)両振り疲労試験を用いることもできる。
【0035】
次に、ステップS22では、後述する疲労強度と硬さの関係式と、疲労強度と粗さの関係式とに入力するための材料定数m、a、bを材料定数入力部18に入力し、入力された材料定数m、a、bは材料定数記憶部24に記憶される。
【0036】
材料定数mは、機械部品の表面加工層を模して、機械部品と同じ材料を用い、硬化加工(例えば、ショットピーニング、浸炭、窒化など)を行った種々の硬化試験片の表面硬さHvと疲労試験結果と、リファレンス材の表面硬さHvrefと疲労試験結果とを基に、下式(1)
α=Δεt/Δεt,ref
=1+(Hv−Hvref)/m×Hvref ・・・(1)
但し、α:硬さ係数
Δεt:機械部品の疲労強度
Δεt,ref:リファレンス材の疲労強度
Hv:機械部品の表面硬さ
Hvref:リファレンス材の表面硬さ
m:材料定数
で表される関係で回帰式を作成することにより求められ、機械部品の表面硬さHvおよびリファレンス材の表面硬さHvrefを用いて直線関係で表される。
【0037】
また材料定数a、bは、機械部品の表面加工層を模して、機械部品と同じ材料を用い、図3に示すように、種々の粗さを有する試験片の表面粗さRaと、リファレンス材の疲労試験結果とを基に、下式(2)
β=Δεt/Δεt,ref
=a+b×logRa (Ra>10(1-a)/b
=1 (Ra≦10(1-a)/b) ・・・(2)
但し、β:粗さ係数
Δεt:機械部品の疲労強度
Δεt,ref:リファレンス材の疲労強度
a:材料定数
b:材料定数
Ra:粗さ(機械部品表面)
で表される関係で回帰式を作成することにより求められる。なお、図3では、各粗さを有する試験片の、所定の繰返し数(図3では1.0×104、5.0×104、1.0×105)における疲労強度Δεtの、リファレンス材の疲労強度Δεt,refに対する比を、試験片の有する粗さRaの対数で整理したものを表しており、任意の粗さを有する試験片のリファレンス材に対する疲労強度比(すなわち、粗さ係数β)は、所定の粗さRa以上において、直線関係を示す。また所定の粗さ以下では、粗さは疲労強度に寄与しなくなるので、疲労強度比(すなわち、粗さ係数β)は1となる。
【0038】
任意の粗さを有する試験片は、リファレンス材を任意の条件で加工して作製した試験片の表面を化学研磨したり、加工後に応力除去焼鈍するなどして、試験片表面に残留応力や加工硬化層を生じさせないように作製する。また硬化試験片は、リファレンス材から作製した試験片の表面をひずみ加工や研削加工後に鏡面研磨するなどし、表面粗さができるだけ小さくなるように作製する。また、表面硬さHv、Hvrefは超マイクロビッカース硬度計などを用いて測定し、試験片表面のビッカース硬さを求める。また、表面粗さRaはプローブ走査式の表面粗さ測定機などを用いて測定し、試験片表面の算術平均粗さを求める。
【0039】
求まったm、a、bは、後述するように、式(1)および式(2)に入力することで、リファレンス材の疲労特性から、機械部品の疲労特性を推定するための硬さ係数αと粗さ係数βを求めるためのものである。
【0040】
なお、材料ごとに予め材料定数を求めて入力しておき、これをデータベース化しておくと、より低コストに機械部品の加工仕上がりに基づく疲労特性を推定できるため、好適である。
【0041】
しかる後、ステップS23において、評価対象である機械部品の表面加工層(すなわち、機械部品表面)の残留応力σres、硬さHv、粗さRaを測定する。残留応力σresの測定には、微小部X線応力測定装置を用いることができる。測定された残留応力σres、硬さHv、粗さRaは表面パラメータ入力部17に入力される。
【0042】
さらにステップS24では、評価対象である機械部品に作用する疲労負荷の平均応力σmと、その繰返し数Nfとを設定すると共に、これらを設定疲労負荷入力部16に入力し、入力された平均応力σmおよび繰返し数Nfは設定疲労負荷記憶部20に記憶される。
【0043】
次に、ステップS25では、修正グッドマン線図作成部21が、リファレンス材特性記憶部19に記憶されるリファレンス材のSN線図と、設定疲労負荷記憶部20に記憶される繰返し数Nfとを読込み、図4に示すように、繰返し数Nfに対応する疲労強度S(ここでは、疲労強度Δεt,ref)をSN線図から求める。
【0044】
さらに修正グッドマン線図作成部21は、ステップS26において、リファレンス材特性記憶部19から読み込んだリファレンス材の降伏応力σyおよび引張強さσBと、求めておいた疲労強度Δεt,ref(より詳細には、片振り疲労試験のSN線図から求めておいた疲労強度Δεt,refの半値に、弾性率Eを乗算して求まる平均応力σmおよび応力振幅σa)とから、図5に示すような修正グッドマン線図を作成する。修正グッドマン線図は、部材に作用する疲労負荷の平均応力σmから、破断繰返し数Nfとなる応力振幅σa(疲労強度Δεtの半値に弾性率Eを乗算して求まる値と等しい)を求めるための図である。なお、図5においては、正の応力値は引張応力(すなわち、負の応力値は圧縮応力)を表している。
【0045】
このとき、設定した疲労負荷の最大応力(片振り疲労試験の場合、疲労強度Δεt,refに弾性率Eを乗算して求める値と等しい)が降伏応力σyを超えるときには、材料の降伏現象による平均応力σmの緩和(シェイクダウン)が発生する。シェイクダウンは、図6に示すように、材料の変形特性を弾完全塑性(塑性変形中に加工硬化を示さず、一定の降伏応力σy(=E×εy)となる)で表現した場合(図6(a))、疲労負荷の最大応力が材料の降伏応力σy以下のσ1であるときには、平均応力σm1=σ1/2(=E×ε1/2)となる(図6(b))が、疲労負荷の最大応力σ2が材料の降伏応力σyを超えると、材料が塑性変形し、その後の弾性除荷によって、想定された平均応力σm2=σ2/2よりも低い平均応力σm3(=σy−E×ε2/2)となる現象である。従って、最大応力が降伏応力σyを超えるときには、疲労負荷の平均応力σmを下式
σm=σy−E×Δεt/2 ・・・(3)
から求め、シェイクダウンを考慮して修正グッドマン線図を作成する。作成した修正グッドマン線図は、修正グッドマン線図記憶部22に記憶される。
【0046】
その後、ステップS27において、疲労特性推定部25は、修正グッドマン線図記憶部22に記憶される修正グッドマン線図と、設定疲労負荷記憶部20に記憶される平均応力σmと、表面パラメータ記憶部23に記憶される残留応力σresとを読込み、これらから機械部品の残留応力作用時の疲労強度Δεt,resを求める。
【0047】
すなわち、図5に示すように、修正グッドマン線図に、設定された平均応力σmと、機械部品の表面加工層の残留応力σresの値(σm+σres)を入力し、これに対応する疲労強度Δεt(応力振幅σaを2倍に乗算すると共に、弾性率Eで除算した値に等しい)を、残留応力作用時の疲労強度Δεt,resとする。
【0048】
さらに疲労特性推定部25は、ステップS28において、表面パラメータ記憶部23に記憶される硬さHvと、材料定数記憶部24に記憶される材料定数mとを読込んで、予め疲労特性推定部25が記憶している、疲労強度と硬さとの関係式である式(1)に入力して硬さ係数αを求めると共に、続くステップS29では、表面パラメータ記憶部23に記憶される粗さRaと、材料定数記憶部24に記憶される材料定数a、bとを読込んで、予め疲労特性推定部25が記憶している、疲労強度と粗さとの関係式である式(2)に入力して粗さ係数βを求める。
【0049】
しかる後、ステップS30において、疲労特性推定部25は、求めた残留応力作用時の疲労強度Δεt,resに、硬さ係数αと粗さ係数βとを乗算して、機械部品の推定疲労強度Δεt,wrkを求める。求めた疲労強度Δεt,wrkは、推定結果記憶部26に記憶される。
【0050】
推定結果記憶部26に記憶された疲労強度Δεt,wrkは、推定結果出力部27に出力され、この結果を基にユーザあるいは機械部品の設計者は、部材のメンテナンスの要否を判断したり、機械部品の仕上げ加工方法を検討するなどできる。
【0051】
以上要するに、本発明の加工仕上がりに基づく疲労強度推定方法及びその装置においては、リファレンス材の疲労特性を予め取得しておくと共に、種々の硬化試験片及び粗さを有する試験片の疲労強度と表面性状との関係を求めておき、これらを用いることで、任意の加工仕上がりを有する機械部品の表面性状から、疲労限となる107サイクルよりも短い低サイクル域(例えば、104サイクル)における疲労強度(疲労寿命)の評価を簡便に行うことができる。
【0052】
また、統計処理を行う必要がないために、低コストで低サイクル域の疲労強度を評価することができる。
【0053】
本発明は上記実施の形態に限るものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で変更を加えることができる。
【符号の説明】
【0054】
σres 残留応力
Hv 硬さ
Ra 粗さ
α 硬さ係数
β 粗さ係数
σm 平均応力
Δεt,res 残留応力作用時の疲労強度
Δεt,wrk 疲労強度

【特許請求の範囲】
【請求項1】
機械加工や表面処理によって表面加工層が形成された機械部品の疲労強度を推定する方法において、
前記機械部品と同じ材料で作製したリファレンス材のSN線図を取得して、そのSN線図から求めた疲労強度と、前記リファレンス材の引張強度とから修正グッドマン線図を作成しておき、
他方、前記機械部品の表面加工層を模して表面硬化させた試験片のSN線図を取得して、その試験片の疲労強度と硬さとの関係式を求めると共に、前記機械部品の表面加工層を模して表面粗さを有する試験片のSN線図を取得して、その試験片の疲労強度と粗さとの関係式を求めておき、
前記機械部品の表面加工層の残留応力と硬さと粗さとを測定した後、
前記機械部品の表面加工層の硬さを用いて前記疲労強度と硬さとの関係式から硬さ係数を求めると共に、前記機械部品の表面加工層の粗さを用いて前記疲労強度と粗さとの関係式から粗さ係数を求め、
次に、前記機械部品の表面加工層の残留応力を、前記機械部品に作用する平均応力と共に前記修正グッドマン線図に入力して、残留応力作用時の疲労強度を求め、
求めた残留応力作用時の疲労強度に前記硬さ係数と前記粗さ係数とを乗算して前記機械部品の疲労強度を求めることを特徴とする加工仕上がりに基づく疲労強度推定方法。
【請求項2】
前記疲労強度と硬さとの関係式は、下式
α=Δεt/Δεt,ref
=1+(Hv−Hvref)/m×Hvref ・・・(1)
但し、α:硬さ係数
Δεt:機械部品の疲労強度
Δεt,ref:リファレンス材の疲労強度
Hv:機械部品の表面硬さ
Hvref:リファレンス材の表面硬さ
m:材料定数
により表される請求項1記載の疲労特性推定方法。
【請求項3】
前記疲労強度と粗さとの関係式は、下式
β=Δεt/Δεt,ref
=a+b×logRa (Ra>10(1-a)/b
=1 (Ra≦10(1-a)/b) ・・・(2)
但し、β:粗さ係数
Δεt:機械部品の疲労強度
Δεt,ref:リファレンス材の疲労強度
a:材料定数
b:材料定数
Ra:粗さ(機械部品表面)
により表される請求項1記載の加工仕上がりに基づく疲労強度推定方法。
【請求項4】
機械加工や表面処理によって表面加工層が形成された機械部品の疲労強度を推定する装置において、
前記機械部品と同じ材料で作製したリファレンス材のSN線図を取得して、そのSN線図から求めた疲労強度と、前記リファレンス材の引張強度とから修正グッドマン線図を作成しておく修正グッドマン線図作成部と、
前記機械部品の表面加工層を模して表面硬化させた試験片のSN線図を取得して、その試験片の疲労強度と硬さとの関係式を求めると共に、前記機械部品の表面加工層を模して表面粗さを有する試験片のSN線図を取得して、その試験片の疲労強度と粗さとの関係式を求めておき、
前記機械部品の表面加工層の残留応力と硬さと粗さとを測定した後、
前記機械部品の表面加工層の硬さを用いて前記疲労強度と硬さとの関係式から硬さ係数を求めると共に、前記機械部品の表面加工層の粗さを用いて前記疲労強度と粗さとの関係式から粗さ係数を求め、
次に、前記機械部品の表面加工層の残留応力を、前記機械部品に作用する平均応力と共に前記修正グッドマン線図に入力して、残留応力作用時の疲労強度を求め、
求めた残留応力作用時の疲労強度に前記硬さ係数と前記粗さ係数とを乗算して前記機械部品の疲労強度を求める疲労強度推定部と、
を備えることを特徴とする加工仕上がりに基づく疲労強度推定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−215397(P2012−215397A)
【公開日】平成24年11月8日(2012.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−79135(P2011−79135)
【出願日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】