説明

動揺感抑制装置、電流指令値入力装置およびプログラム

【課題】 乗り物に搭乗したときの動揺感を抑制する。
【解決手段】動揺感抑制装置において、電流指令値入力部200は、傾斜センサ51−1,51−2で船体の動揺と使用者の動揺を検出する。傾斜センサ51−1の出力傾斜51−1aを元信号として電流指令値10を生成する。この電流指令値10に従って電気刺激装置100が電極間に電流を発生させ、船体の動揺を打ち消す方向の加速度感を使用者に与える。使用者が知覚する動揺感が抑制される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気刺激により乗り物酔い(動揺病)を抑制する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
船舶その他の乗り物に搭乗している状態で吐き気等の症状を発症する動揺病、いわゆる乗り物酔いを抑制する技術には、薬品等以外にもいくつか知られている。たとえば特許文献1には、腕時計のようなユニットに電気鍼療法装置を内蔵し、かかるユニットを腕に装着した状態で手首あたりの神経に電気刺激を与えることで使用者の吐き気を抑制することが実証されたと記載されている。
【0003】
一方、特許文献2に記載されているように、前庭感覚への電気刺激を利用して加速度感を与える技術が知られている。この技術によれば、使用者の両耳の裏側近傍に電極を貼り付け、この電極間に数mA程度の弱い直流を流して前庭神経を刺激すると、この刺激が脳幹に伝達して平衡感覚に作用し、陰極となる電極から陽極となる電極に向かう方向の加速度感を使用者に与えることができる。この加速度感の大きさは電流量と正相関しており、知覚閾下の電流をもって電気刺激を与えることで、使用者の知覚を伴わずに使用者の加速度感の制御を行うことができる。
【特許文献1】特表2004−51375号公報
【特許文献2】特開2004−254790号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一般に、平衡感覚や視覚、筋肉その他の深部感覚を脳幹内で統合処理して空間識が形成されるにあたって、動揺環境におかれると、上記の各感覚に矛盾が生じて統合処理に混乱を生じる結果、自律神経が乱調を起こすことが動揺病の発生要因の一つとみられている。
【0005】
しかし、特許文献1記載の技術では、動揺病に対し自律神経の乱調に対する対症療法的な措置を講じるものであり、上記の動揺病の原因、すなわち各感覚の矛盾そのものを解消あるいは抑制するものではなく、したがってその効果は限定的になると思われる。また特許文献2においても、上記の空間識の動揺病の発生要因を抑制することについて何ら具体的な開示はない。
【0006】
本発明は、上記の事情を考慮してなされたものであり、その目的は、電気刺激装置を制御する技術において、動揺環境における動揺感を抑制する技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は上記の課題を解決するためになされたもので、請求項1に記載の発明は、使用者に装着される第1の傾斜センサと、前記使用者が搭乗する搭乗物に固定される第2の傾斜センサと、前記使用者の頭部の左右の前庭神経近傍部位に装着される一対の電極と、該一対の電極間に流す電流を電流指令値に従って発生する電流発生手段と、前記第1および第2の傾斜センサによる第1および第2の傾斜検出信号を入力としこれらの傾斜検出信号と相反する方向の電流指令値を生成する電流指令値生成手段とを具備し、前記電流指令値生成手段は、前記第1および第2の傾斜検出信号の差分を求める差分演算手段と、前記第1および第2の傾斜検出信号のいずれか一方を基準信号とし前記第1および第2の傾斜検出信号の差分を抑えるように前記基準信号を補正することにより前記電流指令値を生成する補正手段とを具備することを特徴とする動揺感抑制装置である。
【0008】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の動揺感抑制装置において、前記差分演算手段は、第1および第2の傾斜検出信号の位相差および振幅差を求めるものであり、
前記補正手段は、前記位相差および振幅差を抑えるように前記基準信号の位相および振幅を補正するものであることを特徴とする動揺感抑制装置である。
【0009】
請求項3に記載の発明は、請求項1または2の項に記載の動揺感抑制装置において、前記第1および第2の傾斜検出信号から周期性を示す情報を抽出して該第1および第2の傾斜検出信号を予測することにより第1および第2の傾斜予測信号を生成する信号予測手段を具備し、該第1および第2の傾斜予測信号を第1および第2の傾斜検出信号の代わりに前記電流指令値生成手段に入力することを特徴とする動揺感抑制装置である。
【0010】
請求項4に記載の発明は、請求項3の項に記載の動揺感抑制装置において、前記信号予測手段は、前記第1および第2の傾斜検出信号の位相および振幅の平均値を計測して前記周期性を示す情報とすることを特徴とする動揺感抑制装置である。
【0011】
請求項5に記載の発明は、請求項1から4のいずれかの項に記載の動揺感抑制装置において、前記電流発生手段は、知覚閾に対応する値として予め設定される電流変化率の上限値を記憶する記憶手段と、前記電流変化率の上限値を越えない範囲に前記電流の変化を制限する電流制限手段とを具備することを特徴とする動揺感抑制装置である。
【0012】
請求項6に記載の発明は、使用者に装着される第1の傾斜センサと、前記使用者が搭乗する搭乗物に固定される第2の傾斜センサと、前記第1および第2の傾斜センサによる第1および第2の傾斜検出信号を入力として前記使用者の前庭神経を刺激する電気刺激装置への入力信号であって前記傾斜検出信号と相反する方向の電流を指令する電流指令値を生成する電流指令値生成手段とを具備し、前記電流指令値生成手段は、前記第1および第2の傾斜検出信号の差分を求める差分演算手段と、前記第1および第2の傾斜検出信号のいずれか一方を基準信号とし前記傾斜検出信号の差分を抑えるように前記基準信号を補正することにより前記電流指令値を生成する補正手段とを具備することを特徴とする電流指令値入力装置である。
【0013】
請求項7に記載の発明は、使用者に装着される第1の傾斜センサから第1の傾斜検出信号を取り込む過程と、前記使用者が搭乗する搭乗物に固定される第2の傾斜センサから第2の傾斜検出信号を取り込む過程と、前記第1および第2の傾斜検出信号の差分を求める過程と、前記使用者の前庭神経を刺激する電流を指令する電流指令値であって前記傾斜検出信号と相反する方向の電流を指令する信号を設定するにあたって、前記第1および第2の傾斜検出信号のいずれか一方を基準信号とし前記第1および第2の傾斜検出信号の差分を抑えるように前記基準信号を補正することにより前記電流指令値を生成する過程とをコンピュータに実行させることを特徴するプログラムである。
【0014】
請求項8に記載の発明は、使用者に装着される第1の傾斜センサから第1の傾斜検出信号を取り込む過程と、前記使用者が搭乗する搭乗物に固定される第2の傾斜センサから第2の傾斜検出信号を取り込む過程と、第1および第2の傾斜検出信号の位相差および振幅差を求める過程と、前記使用者の前庭神経を刺激する電流を指令する電流指令値であって前記傾斜検出信号と相反する方向の電流を指令する信号を設定するにあたって、前記第1および第2の傾斜検出信号のいずれか一方を基準信号とし前記傾斜検出信号の位相差および振幅差を抑えるように前記基準信号を補正することにより前記電流指令値を生成する過程とをコンピュータに実行させることを特徴するプログラムである。
【0015】
請求項9に記載の発明は、使用者の頭部の左右の前庭神経近傍部位に装着される一対の電極間に電流指令値に従って電流を発生する過程をコンピュータに実行させることを特徴する請求項7または8の項に記載のプログラムである。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、搭乗物の動揺によって搭乗者の身体が傾斜するときの加速度感を電気刺激により打ち消すことにより、搭乗者が知覚する重力の動揺を抑制することが可能となる利点がある。それゆえ動揺の知覚が継続することに起因し、あるいは船室において視覚による動揺と他の知覚による動揺とが矛盾することに起因して空間識が混乱することを抑え、動揺病を抑制する等の効果が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、図面を参照し、本発明の実施形態について説明する。図1は、この実施形態における動揺感抑制装置の構成を示すブロック図である。この動揺感抑制装置は、電流刺激装置100と電流指令値入力装置200とから構成される。
【0018】
まず電気刺激装置100について図2を用いて説明する。図2は、電気刺激装置の構成を示すブロック図である。同図に示すように、電気刺激装置100は、電流指令値10に前処理を行って電流変化量を制御する電流変化量制御部20、電流変化量制御部20の出力電圧に従って電極44へ電流を出力する定電流発生・制御部40から構成される。電流指令値10は、刺激目標の電流値を指示するアナログ電圧信号であり、電流指令値入力装置200(図1参照)から入力される。この電流変化量制御部20は、単位時間あたりの電流変化量を一定以下に抑えるものである。なお、図1に示す電流変化量制御部20の構成は一例であり、この構成に限定されない。
【0019】
この電流変化量制御部20において、定数値出力部21は一定の基準電圧21aを出力するものである。この基準電圧21aは、電流変化量の上限を規定する閾値vを示す信号である。電流の知覚閾は単位時間当たりの電流の変化量に正相関するため、最大電流変化量を知覚閾下に保持するためにこの閾値vが用いられる。この閾値vは、例えば電流変化量の知覚閾の平均的な値を基に、知覚閾の個人差によるばらつきを考慮したマージンや制御誤差を考慮したマージンを適宜確保した値として予め設定されている。
【0020】
ゲイン調整器22は増幅率を与えるための可変抵抗器を有し、与えられた増幅率をもって基準電圧21aのレベルを調整して出力するものである。スイッチ23は、スイッチ制御信号に従って開閉動作を行い、ゲイン調整器22の出力電圧の積分器24への給断を行うものであり、スイッチ制御信号が「1」のときに閉路、「0」のときに開路する。積分器24は、入力電圧を積分して出力するものである。比較器26は、電流指令値10と積分出力24aとを入力として両者の大小を比較判定し、比較結果信号(「0」又は「1」の2値電圧信号)26aを出力する。この比較結果信号26aは、積分出力24aが電流指令値10より小さい場合は「1」、そうでない場合は「0」の値をとり、上記のスイッチ制御信号として用いられる。ゲイン調整器25は増幅率を与えるための可変抵抗器を有し、与えられた増幅率をもって入力電圧のレベルを調整して出力するものである。このゲイン調整器25の出力電圧が電流変化量制御部20が出力する電流指令値20aとして定電流発生・制御部40に入力される。
【0021】
電流変化量制御部20は上記のような構成により、電流指令値10の変化量を制御して電流指令値20aを生成する。図3は、電流変化量制御部20が出力する電流指令値20aを示すグラフである。図2,3を用いて説明すると、時刻t0において電流指令値10の入力が開始したとする。時刻t0の以前においては、比較器26が出力する比較結果信号26aが「0」であり、スイッチ23が開路している。このため、積分出力24aは0Vであり、ゲイン調整器25が出力する電流指令値20aも0Vである。
【0022】
時刻t0において電流指令値10の入力が開始すると、比較結果信号26aが「0」から「1」に正転してスイッチ23が閉路し、ゲイン調整器22の出力が積分器24に入力される。ゲイン調整器22の出力は一定電圧であるから、積分出力24aはリニアに立ち上がり、電流指令値20aも同様にリニアに立ち上がっていく。このことにより電流指令値20aは、閾値vに規定される傾斜をもってリニアに立ち上がる。
【0023】
このときの電流指令値10の電圧をViとし、電流指令値20aが電圧Viに到達する時刻をt1とすると、時刻t1において比較結果信号26aが「1」から「0」に反転してスイッチ23が開路し、積分器24の入力が0Vとなり、所定の時定数をもって積分出力24aが立ち下がる。この結果、積分出力24aが電流指令値10を下回ると比較結果信号26aが再び「1」に正転して積分出力24aが立ち上がる。このことにより積分出力24aは電流指令値10を定常値として一定制御され、電流指令値20aが一定電圧に制御される。
【0024】
使用者はゲイン調整器22の可変抵抗器を操作することにより、積分器24への入力を微調整し、電流指令値20aの立ち上がり傾斜を微調整することができる。また、ゲイン調整器25の可変抵抗器を操作することにより、電流指令値10と電流指令値20aとの比率を微調整することができる。
【0025】
図2に戻って説明すると、定電流発生・制御部40において、電源41は電極44に電流を供給するものである。電流検出器42は、電源41から電流調整器43へ流れる電流量を検出し、検出した電流量に比例した電圧を比較器45へ出力するものである。比較器45は、電流検出器42が出力する電圧と電流指令値20aとを入力として両者の大小を比較判定し、比較結果信号を出力する。この比較結果信号45aは、積分出力45aが電流指令値10より小さい場合は「1」、そうでない場合は「0」の値をとるものとする。電極44は、使用者の皮膚の表面に貼り付けられる一対の電極44a,44bからなる。電流調整器43は、電流指令入力装置200(図1参照)から入力される電流方向指令信号(図示せず)により、一対の電極44(44a,44b)のうちの一方を陽極、他方を陰極に選択して電極間に電流を流し、比較器45の比較結果信号45aを制御信号として電流量を調整するものである。
【0026】
定電流発生・制御部40は上記のような構成により、電流指令入力装置200(図1参照)からの指令に従って電極44(44a,44b)間に電流を流す。すなわち電源41から電極44に供給される電流量を検出し、電流検出器42や比較器45による制御ループにより電流制御器43は、電流指令値20aを目標値とする電流一定制御を行う。ここで一対の電極44を貼り付ける部位は、使用者の両耳の後ろの部位、つまり前庭神経の近傍である。電極44a,44b間を流れる電流で使用者の前庭神経を刺激することにより、使用者に加速度感を与えることができる。前述のように、加速度の方向は電流の向き、すなわち陽極から負極に向かう方向であり、加速度感の大きさは電流量に相関する。
【0027】
図1に戻って説明すると、電流指令値入力装置200において、傾斜センサ51−1,51−2は2軸あるいは3軸の加速度センサから構成され、加速度センサの各軸上の検出重力を傾斜として検出するセンサである。傾斜センサ51−1は使用者が搭乗する船舶に固定して設置され、傾斜センサ51−2は使用者の身体に装着される。平均値計測部52−1,52−2は、傾斜センサ51−1,51−2の傾斜検出信号51−1a,51−2aの動揺成分を計測し、位相と振幅について平均化処理してそれぞれについて平均値を求めるものである。これにより周期運動を主成分とする船体の動揺を捕捉・予測してリアルタイム性に優れた制御を可能とし、電流指令値10の入力開始時刻等を適正に制御する上で有利となる。平均化処理された傾斜検出信号には符号52−1a,52−2aを付して他と区別する。位相比較装置53は、傾斜検出信号52−1a,52−2aの位相を比較し、両者の位相差53aを演算するものである。時間遅延部54は、傾斜検出信号52−1aを基準信号(元信号)として位相補正を行うものであり、求めた位相差53aに基づいて傾斜検出信号52−1aの位相を遅延補正する。時間遅延部54で遅延された後の傾斜検出信号54aを用いて電流指令値10を生成することを前提とすると、位相比較部53と時間遅延部54とにより、傾斜検出信号52−1a,52−2aの動揺成分に対する位相同期制御ループ(フェーズ・ロック・ループ)が構成されることになる。
【0028】
振幅比較部55は、傾斜検出信号52−1a,52−2aの動揺成分の振幅を比較して振幅差55aを演算するものである。ゲイン調整器56は、傾斜検出信号54aに対して振幅の補正を行うものであり、振幅の補正量(ゲイン)は振幅差55aに従って決定される。ゲイン調整器56の出力は、電流指令値10として電気刺激部100に入力される。ゲイン調整器56の出力が電流指令値10として用いられることを前提とすると、振幅比較部55とゲイン調整器56とにより、傾斜検出信号52−1a,52−2aの差を収束する制御ループが構成されることになる。
【0029】
この動揺感抑制装置の動作について図1,2を用いて説明する。ここでは船舶に乗船する使用者が船体の動揺を抑制する用途に使用する例を示す。まず使用者は、傾斜センサ51−1を船体側に設置(固定)すると共に、傾斜センサ51−2を本人の身体に装着する。さらに電極44a,44bを両耳の後方の部位に貼り付ける。この状態において、使用者は動揺抑制装置を始動する。
【0030】
動揺感抑制装置において、電流指令値入力装置200は、傾斜センサ51−1,51−2で船体の動揺と使用者の動揺を検出し、傾斜センサ51−1の出力傾斜51−1aを元信号として電流指令値10を生成する。この電流指令値10に従って電気刺激装置100が電極44a,44b間に電流を発生させ、船体の動揺を打ち消す方向の加速度感を使用者に与える。このことにより使用者が知覚する動揺感が抑制される。ここで視覚情報と平衡覚情報等とが矛盾する環境において船酔い状態(視覚的動揺病)を引き起こすことが知られており、かかる矛盾が動揺病の発生要因と関係があると言われている。船内において視覚的には動揺がなく、平衡覚や深部覚においてのみ動揺が認められる状態において、視覚情報と平衡覚情報等とが矛盾することになるが、本装置によれば上記の動作によって、かかる矛盾を緩和することができ、動揺病の発生の抑制効果も期待できる。
【0031】
また、船体の動揺に対する反応の速度や度合には個人差があるが、本装置によれば電流指令値10の生成にあたって、船体の動揺と使用者の身体の動揺の差(位相差53a・振幅差55a)を計測し、かかる動揺の差を収束するような制御ループを構成することにより、個人の反応の特性に対応した制御を行う。また傾斜検出信号52−2aを基準信号(元信号)として電流指令値を生成する形態をとることもできる。この場合、傾斜検出信号52−2aの位相を進め、振幅を高くする補正を行うことになるが、平均化処理により予測された信号を処理対象とするため、リアルタイム性が阻害されることはない。
【0032】
さらにゲイン調整器22により電極44a,44b間の電流の最大変化量の設定を調整できると共に、ゲイン調整器25により電流最大値の設定を調整できるようなっている。このことにより、使用者が本人の電流知覚閾に対応して設定を調整変更することができるようになっている。しかも電気刺激装置100は、電流変化量制御部20により、電流変化時において最大電流変化量を超えない範囲でリニアに制御することが可能であるから、知覚閾下の電気刺激の範囲を維持しつつ大きな加速度感を知覚させることが可能であり、加速度感を打ち消せる船体の傾斜角度範囲が拡大するという利点がある。
【0033】
以上、本発明の実施形態を詳述してきたが、具体的な構成はこの実施の形態に限られるものではなく、この発明の要旨を逸脱しない範囲の設計変更等も含まれる。たとえば本発明によれば、使用者に傾斜センサとカメラとを装着し、これらによる傾斜検出信号や映像に基づいて電流指令値を生成することも可能である。すなわち、カメラによる映像の動揺成分を画像解析処理により取得し、使用者の身体の動揺成分と映像の動揺成分とを重ね合わせることにより、船体の動揺を取得することが可能である。これらの動揺成分を用いて上記の実施形態の装置と動揺の制御動作を行うことができる。この実施形態によれば、船体側に傾斜センサを設置することが不要となり、センサや電極を使用者の身体に装着するだけで本発明を実施できるから、使用中の移動の便などが向上する利点がある。
【0034】
また上述の実施の形態では、視覚と平衡覚等との矛盾を抑制する制御を行う形態を示したが、たとえば第2の傾斜検出信号(身体側)が第1の傾斜検出信号(船体側)との比較で低比率である場合、使用者が船体の動揺に適応してその動揺を打ち消すように身体を意識的あるいは無意識的に動揺させている状態であるから、電気刺激装置の動作を休止させて、使用者に動揺環境における空間識の形成経験を蓄積させることにより動揺病の発症を抑制するアルゴリズムを組み込んでも良い。
【0035】
また電気刺激装置として、使用者の額に貼り付けるための第3の電極を具備するものを使用することもできる。この場合、左右の耳側に貼り付けた各電極と第3の電極との間に電流を流すことにより、使用者に前後方向の加速度感を与えることができる。電流指令値入力装置は、船体のローリングおよびピッチングを検出し、これらに対応して左右方向(両耳側の間)の電流指令値と、前後方向(両耳側と額側との間)の電流指令値とを生成する形態をとれば良い。この形態によれば、使用者が向いている方向が船側方向や船首尾方向であるか等を問わず、ローリングおよびピッチングを両方とも打ち消すことが可能となる利点がある。
【0036】
また本発明は、船舶上の動揺感を抑制する用途に限定されず、刺激周波数等、各種のパラメータを適宜調整すれば、バスその他の乗用車や飛行機など乗物一般を対象に実施可能である。さらに本発明は、使用者の視覚や聴覚、平衡覚などに入力を適宜与えることにより、使用者に仮想空間における体験を知覚させるバーチャルゲーム機の制御にも適用可能である。この場合、視覚的動揺病等の発症を抑制でき、しかも臨場感を向上させる効果を奏する。
【0037】
さらに電流変化量制御部20その他をハードウエア回路による構成例を示して説明したが、本発明に係る装置は、コンピュータを適宜用いて同等の機能を実現する形態をとることができ、ハードウエアあるいはソフトウエアのいずれの形態をとるかは設計上任意に選択し得る事項である。またコンピュータを用いる場合、コンピュータに組み込むプログラムは、コンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録されて頒布されることができ、機能の一部を実現する形態で頒布されるものであっても良い。たとえばOS(オペレーション・システム)が提供する基本機能を利用したアプリケーションソフトの形式で頒布されるものであっても良い。さらにコンピュータシステムにすでに記録されている既存システムのプログラムとの組み合わせで所定の機能を実現できるもの、いわゆる差分プログラムで頒布される形態をとることも可能である。
【0038】
また上記のコンピュータ読み取り可能な記録媒体には、可搬型の磁気ディスクや光磁気ディスク等の記憶媒体等以外にも、ハードディスク等の記憶部その他不揮発性の記憶装置を含む。さらにインターネットその他のネットワーク等、任意の伝送媒体を介して他のコンピュータシステムから提供される形態でも良い。この場合、「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」には、ネットワーク上のホストやクライアントとなるコンピュータシステム内部の揮発性メモリのように、伝送媒体において一定時間プログラムを保持しているものも含む。
【0039】
またコンピュータは複数のプロセッサを用いたシステムを用いることもでき、さらに言えば少なくともその一部のプロセッサをFPGA(Field Programmable Gate Alley)等のハードウエア回路により構築する形態も勿論とることができる。FPGAに組み込む回路プログラム情報の頒布については、上記のプログラムの頒布と同様に各種の形態をとることも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明は、知覚閾下の電流により前庭神経に無知覚の刺激を与えることにより加速度感を使用者に与える電気刺激装置の制御技術に用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明の実施形態における動揺感抑制装置の構成を示すブロック図である。
【図2】電気刺激装置100の構成を示すブロック図である。
【図3】電流変化量制御部20が出力する電流指令値20aを示すグラフである。
【符号の説明】
【0042】
10…電流指令値出力部
20…電流変化量制御部
21…定数値出力部
22、25…ゲイン調整器
23…スイッチ
24…積分器
26…比較器
27…ユーザ刺激調整ツマミ
30…前処理フィルタ部
31…ローパスフィルタ
32…ゲイン調整器
40…定電流発生・制御部
41…電源
42…電流検出器
43…電流調整器
44(44a、44b)…電極
45…比較器
51−1,51−2…傾斜センサ
52−1,52−2…平均値計測部
53…位相比較部
54…時間遅延部
55…振幅比較部
100…電気刺激装置
200…電流指令値入力装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
使用者に装着される第1の傾斜センサと、前記使用者が搭乗する搭乗物に固定される第2の傾斜センサと、前記使用者の頭部の左右の前庭神経近傍部位に装着される一対の電極と、該一対の電極間に流す電流を電流指令値に従って発生する電流発生手段と、前記第1および第2の傾斜センサによる第1および第2の傾斜検出信号を入力としこれらの傾斜検出信号と相反する方向の電流指令値を生成する電流指令値生成手段とを具備し、
前記電流指令値生成手段は、前記第1および第2の傾斜検出信号の差分を求める差分演算手段と、前記第1および第2の傾斜検出信号のいずれか一方を基準信号とし前記第1および第2の傾斜検出信号の差分を抑えるように前記基準信号を補正することにより前記電流指令値を生成する補正手段とを具備すること
を特徴とする動揺感抑制装置。
【請求項2】
前記差分演算手段は、第1および第2の傾斜検出信号の位相差および振幅差を求めるものであり、
前記補正手段は、前記位相差および振幅差を抑えるように前記基準信号の位相および振幅を補正するものであること
を特徴とする請求項1の項に記載の動揺感抑制装置。
【請求項3】
前記第1および第2の傾斜検出信号から周期性を示す情報を抽出して該第1および第2の傾斜検出信号を予測することにより第1および第2の傾斜予測信号を生成する信号予測手段を具備し、該第1および第2の傾斜予測信号を第1および第2の傾斜検出信号の代わりに前記電流指令値生成手段に入力することを特徴とする請求項1または2の項に記載の動揺感抑制装置。
【請求項4】
前記信号予測手段は、前記第1および第2の傾斜検出信号の位相および振幅の平均値を計測して前記周期性を示す情報とすることを特徴とする請求項3の項に記載の動揺感抑制装置。
【請求項5】
前記電流発生手段は、知覚閾に対応する値として予め設定される電流変化率の上限値を記憶する記憶手段と、前記電流変化率の上限値を越えない範囲に前記電流の変化を制限する電流制限手段とを具備することを特徴とする請求項1から4のいずれかの項に記載の動揺感抑制装置。
【請求項6】
使用者に装着される第1の傾斜センサと、前記使用者が搭乗する搭乗物に固定される第2の傾斜センサと、前記第1および第2の傾斜センサによる第1および第2の傾斜検出信号を入力として前記使用者の前庭神経を刺激する電気刺激装置への入力信号であって前記傾斜検出信号と相反する方向の電流を指令する電流指令値を生成する電流指令値生成手段とを具備し、
前記電流指令値生成手段は、前記第1および第2の傾斜検出信号の差分を求める差分演算手段と、前記第1および第2の傾斜検出信号のいずれか一方を基準信号とし前記傾斜検出信号の差分を抑えるように前記基準信号を補正することにより前記電流指令値を生成する補正手段とを具備すること
を特徴とする電流指令値入力装置。
【請求項7】
使用者に装着される第1の傾斜センサから第1の傾斜検出信号を取り込む過程と、
前記使用者が搭乗する搭乗物に固定される第2の傾斜センサから第2の傾斜検出信号を取り込む過程と、
前記第1および第2の傾斜検出信号の差分を求める過程と、
前記使用者の前庭神経を刺激する電流を指令する電流指令値であって前記傾斜検出信号と相反する方向の電流を指令する信号を設定するにあたって、前記第1および第2の傾斜検出信号のいずれか一方を基準信号とし前記第1および第2の傾斜検出信号の差分を抑えるように前記基準信号を補正することにより前記電流指令値を生成する過程と、
をコンピュータに実行させることを特徴するプログラム。
【請求項8】
使用者に装着される第1の傾斜センサから第1の傾斜検出信号を取り込む過程と、
前記使用者が搭乗する搭乗物に固定される第2の傾斜センサから第2の傾斜検出信号を取り込む過程と、
第1および第2の傾斜検出信号の位相差および振幅差を求める過程と、
前記使用者の前庭神経を刺激する電流を指令する電流指令値であって前記傾斜検出信号と相反する方向の電流を指令する信号を設定するにあたって、前記第1および第2の傾斜検出信号のいずれか一方を基準信号とし前記傾斜検出信号の位相差および振幅差を抑えるように前記基準信号を補正することにより前記電流指令値を生成する過程と、
をコンピュータに実行させることを特徴するプログラム。
【請求項9】
使用者の頭部の左右の前庭神経近傍部位に装着される一対の電極間に電流指令値に従って電流を発生する過程をコンピュータに実行させることを特徴する請求項7または8の項に記載のプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−288665(P2006−288665A)
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−112903(P2005−112903)
【出願日】平成17年4月8日(2005.4.8)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】