説明

動物の免疫方法、免疫用組成物、抗体の製造方法、並びに、ハイブリドーマの製造方法

【課題】遺伝子免疫によって抗原タンパク質に対する抗体を作製する際に、より短期間かつ高効率で体液性免疫の応答を誘導することができる方法を提供する。
【解決手段】非ヒト動物を抗原で免疫することにより、前記非ヒト動物に所望の膜タンパク質に対する体液性免疫の応答を誘導する動物の免疫方法であって、前記膜タンパク質の全長又は一部をコードする遺伝子にフラジェリンの全長又は一部をコードする遺伝子を連結させてなる融合遺伝子を非ヒト動物に投与することにより、当該非ヒト動物内で前記融合遺伝子を発現させ、前記膜タンパク質に対する体液性免疫を誘導する動物の免疫方法が提供される。当該方法に用いる免疫用組成物、当該方法を利用した抗体の製造方法とハイブリドーマの製造方法も提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動物の免疫方法、免疫用組成物、抗体の製造方法、並びに、ハイブリドーマの製造方法に関し、さらに詳細には、膜タンパク質をコードする遺伝子とフラジェリンをコードする遺伝子との融合遺伝子を非ヒト動物に投与して体液性免疫の応答を誘導する動物の免疫方法、当該免疫方法に使用するための免疫用組成物、当該免疫方法を用いた抗体の製造方法、当該免疫方法により免疫された非ヒト動物のBリンパ球とミエローマとを細胞融合するハイブリドーマの製造方法、並びに、当該ハイブリドーマを用いた抗体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
抗体は体液性免疫の主役であり、感作リンパ球とともに生体防御機構の重要な役割を担っている。一方で、抗体は、その抗原との特異的親和性を利用した各種の技術、例えば、アフィニティクロマトグラフィーや免疫測定法等にも頻繁に利用されている。すなわち、抗体は特定の抗原に対して特異的に強く結合するので、特定の抗原を同定・定量したり、さらには機能未知なタンパク質に対する解析ツールとして有用である。このような目的で、抗体は臨床検査やバイオテクノロジーの分野において幅広く用いられている。
【0003】
特定の抗原に対する抗体を作製する代表的な方法は、抗原となる所望のタンパク質を動物に投与して体液性免疫を誘導し、当該動物の体液から抗血清を採取することである。すなわち、動物に投与する(免疫する)免疫原として、抗原タンパク質そのものを使用する。この際に免疫原として使用する抗原タンパク質としては、例えば、生体試料等から単離・精製されたものを使用する。また、組換えDNA技術を用いて取得した組換え型の抗原タンパク質や、抗原タンパク質の一部に対応するペプチドを化学的に合成し、それを免疫原として動物に投与することも行われている。
【0004】
一方、抗原タンパク質そのものではなく、その抗原タンパク質をコードする遺伝子を免疫原として使用する遺伝子免疫と呼ばれる技術がある。遺伝子免疫を行う場合は、例えば、抗原タンパク質をコードする遺伝子を適宜の発現ベクターに組み込み、当該発現ベクターを動物に接種する。すると、発現ベクターに組み込まれた遺伝子が動物体内で発現し、抗原タンパク質が合成される。その結果、動物体内で合成された抗原タンパク質により免疫応答が誘導される。
【0005】
上記のように、特定の抗原に対する抗体を作製する技術は多様であり、目的に応じて選択することができる。例えば、以下のような場合には遺伝子免疫が適当である。
まず、遺伝子免疫によれば、抗原タンパク質をコードする遺伝子さえ単離されておれば免疫を行うことができ、抗原タンパク質を単離・精製する必要がない。したがって遺伝子免疫は、抗原タンパク質の調製作業を省略して工程を簡略化したい場合や、精製法が確立されていない抗原タンパク質、精製が困難な抗原タンパク質、遺伝子のみ知られている未知の抗原タンパク質などに対する抗体を作製したい場合に適している。
また、タンパク質が生体内で機能を発揮するためには正しい立体構造を形成することが必要であるが、遺伝子免疫は、タンパク質における正しい立体構造を認識する抗体を取得したい場合に適している。すなわち遺伝子免疫では、動物に投与された遺伝子が生体内にて転写・翻訳されるので、高次構造をもつ抗原タンパク質に対する抗体を取得するのに有用である。
さらに、遺伝子免疫の場合は、動物体内で遺伝子が発現して合成される抗原タンパク質の量が、抗原タンパク質を直接投与する場合に必要な量と比較して格段に少なくても免疫応答を誘導できるという利点もある。さらに、組換えDNA技術によって抗原タンパク質を調製することが困難な場合等であっても、従来の方法のようにペプチド抗原を別途化学合成する必要がなく、遺伝子の全長を動物に導入するだけでよいという利点もある。
【0006】
上記のように、遺伝子免疫は従来の方法にはない利点を有するが、抗原タンパク質の種類によっては体液性免疫の応答が誘導されず、抗体が産生されない場合がある。
例えば、抗原タンパク質が、免疫した動物が内在的に有するタンパク質と極めて相同性が高いものである場合は、動物体内でその抗原タンパク質が合成されても異物として認識されないため、体液性免疫の応答が誘導されないことがある。
また、抗原タンパク質がその動物体内で不安定なものである場合、動物体内における抗原タンパク質の量が少なくなり、体液性免疫の応答が誘導されないことがある。また、抗原タンパク質が主として細胞性免疫を誘導するものである場合は、体液性免疫が誘導されにくくなる。
さらに、遺伝子免疫特有の問題点として、抗原タンパク質の遺伝子が動物への導入効率が悪いものである場合や、抗原タンパク質の遺伝子が動物体内での発現量が低いものである場合にも、抗原タンパク質の量が少なくなり、体液性免疫の応答が誘導されないことがある。
【0007】
上記した遺伝子免疫の問題点を解決するために、各種の工夫が提案されている。例えば、ウロキナーゼに対する免疫応答を誘導する際に、ウロキナーゼ遺伝子を単独で投与するのではなく、膜貫通ドメインの遺伝子との融合遺伝子の形で投与することにより、ウロキナーゼに対する高い免疫応答を誘導し、ウロキナーゼに対する抗体を取得した例がある(特許文献1)。ここで得られた高い免疫応答は、融合遺伝子の発現産物である融合タンパク質において、ウロキナーゼ部分が強制的に細胞表面に配置されるために起こったと考えられる。
【0008】
また、ワクチンの分野において、ヒートショックプロテインであるHSP70をコードする遺伝子と抗原タンパク質をコードする遺伝子との融合遺伝子(キメラ核酸)をDNAワクチンとして使用した例がある(特許文献2)。この例では、結核菌由来HSP70をコードする遺伝子を使用している。しかしながら、この技術では、抗原特異的細胞性免疫(キラーT細胞)を誘導することはできたが、体液性免疫すなわち抗体産生は誘導されていない。一方で、結核菌由来HSP70と抗原タンパク質との融合タンパク質を免疫原として用いると、HSP70が好適なアジュバントとして機能し、抗原タンパク質に対する抗体産生が誘導されたという報告がある(特許文献3)。
これらのことは、HSP70と抗原タンパク質との融合タンパク質による免疫応答と、HSP70遺伝子と抗原タンパク質遺伝子との融合遺伝子による免疫応答とでは、抗原提示細胞での免疫応答機構が異なることを意味している。このように、ある抗原タンパク質に対する体液性免疫の応答を誘導したい場合に、その抗原タンパク質の遺伝子を用いて免疫しても、所望の免疫応答が誘導されるとは限らない。むしろ、抗原タンパク質に対する所望の免疫応答を誘導できない可能性の方が高いと考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】国際公開第02/08416号
【特許文献2】国際公開第01/29233号
【特許文献3】国際公開第94/29459号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
以上のように、遺伝子免疫には未知の部分が多く、なお試行錯誤の域を出ない。したがって、遺伝子免疫により所望の抗原タンパク質に対する抗体を作製するためには、抗原タンパク質の種類を問わずに再現性よく確実に体液性免疫の応答を誘導することができる技術が求められる。上記した現状に鑑み、本発明は、遺伝子免疫によって抗原タンパク質に対する抗体を作製する際に、より短期間かつ高効率で体液性免疫の応答を誘導することができる各種の技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは上記課題を解決するための方策を種々検討した。その結果、細菌の鞭毛を構成するタンパク質であり、Toll様受容体(Toll-like receptors、以下「TLRs」と略記する。)の一種でもあるフラジェリン(flagellin)をコードする遺伝子を利用することにより、所望の抗原タンパク質、特に膜タンパク質に対する体液性免疫の応答をより短期間かつ高効率で誘導できることを見出した。そして、この新たな知見を基礎として、新規の動物の免疫方法、抗体の製造方法等の一連の技術を確立し、本発明を完成した。すなわち、上記課題を解決するために提供される本発明は、以下のとおりである。
【0012】
請求項1に記載の発明は、非ヒト動物を抗原で免疫することにより、前記非ヒト動物に所望の膜タンパク質に対する体液性免疫の応答を誘導する動物の免疫方法であって、前記膜タンパク質の全長又は一部をコードする遺伝子にフラジェリンの全長又は一部をコードする遺伝子を連結させてなる融合遺伝子を非ヒト動物に投与することにより、当該非ヒト動物内で前記融合遺伝子を発現させ、前記膜タンパク質に対する体液性免疫を誘導することを特徴とする動物の免疫方法である。
【0013】
本発明の免疫方法は、遺伝子免疫に属するものであり、膜タンパク質の全長又は一部をコードする遺伝子にフラジェリンの全長又は一部をコードする遺伝子を連結してなる融合遺伝子を非ヒト動物に投与する。そして、当該非ヒト動物体内で前記融合遺伝子を発現させ、前記膜タンパク質の全長又は一部にフラジェリンの全長又は一部を連結してなる融合タンパク質が合成される。その結果、当該膜タンパク質に対する体液性免疫が誘導される。本発明の動物の免疫方法によれば、膜タンパク質をコードする遺伝子を単独で投与しても体液性免疫の応答を誘導できない膜タンパク質であっても、フラジェリンのTLRを介した抗原提示細胞の活性化によって体液性免疫の応答を誘導することができ、当該膜タンパク質に対する抗体を産生させることができる。
【0014】
前記フラジェリンは、サルモネラ(Salmonella)属、エシェリヒア(Escherichia)属、ボルデテラ(Bordetella)属、シゲラ(Shigella)属、レジオネラ(Legionella)属、ブルクホルデリア(Burkholderia)属、シュードモナス(Pseudomonas)属、ヘリコバクター(Helicobacter)属、ビブリオ(Vibrio)属、セラチア(Serratia)属、コーロバクター(Caulobacter)属、リステリア(Listeria)属、クロストリジウム(Clostridium)属、又はボレリア(Borrelia)属に属する微生物に由来するものであることが好ましい(請求項2)。
【0015】
前記膜タンパク質は、Gタンパク質共役型受容体、イオンチャネル型受容体、チロシンカイネース型受容体、CD抗原、細胞接着分子、又は癌抗原であることが好ましい(請求項3)。
【0016】
前記非ヒト動物は、マウス、ラット、ウサギ、ウシ、ウマ、イヌ、ネコ、ヤギ、ヒツジ、ブタ、ニワトリ、アヒル、又は七面鳥であることが好ましい(請求項4)。
【0017】
請求項5に記載の発明は、請求項1〜4のいずれかに記載の動物の免疫方法に使用され、非ヒト動物に投与される免疫用組成物であって、前記膜タンパク質の全長又は一部をコードする遺伝子にフラジェリンの全長又は一部をコードする遺伝子を連結させてなる融合遺伝子を含有することを特徴とする免疫用組成物である。
【0018】
上記した本発明の動物の免疫方法を実施する場合には、前記融合遺伝子を適当な溶媒に溶かした組成物を調製し、当該組成物を動物に投与することができる。そして、本発明の免疫用組成物は本発明の動物の免疫方法に使用するための免疫用組成物であり、膜タンパク質の全長又は一部をコードする遺伝子にフラジェリンの全長又は一部をコードする遺伝子を連結させてなる融合遺伝子を含有する。本発明の免疫用組成物によれば、注射等の方法により前記融合遺伝子を動物に投与することができる。また、組成物中の前記融合遺伝子の濃度を調製することにより、融合遺伝子の投与量を正確に調節することができる。
【0019】
請求項6に記載の発明は、請求項1〜4のいずれかに記載の動物の免疫方法によって免疫された非ヒト動物から、前記膜タンパク質に対する抗体を取得することを特徴とする抗体の製造方法である。
【0020】
本発明の抗体の製造方法は、本発明の動物の免疫方法によって免疫された非ヒト動物から膜タンパク質に対する抗体を採取するものである。本発明の抗体の製造方法によれば、精製法が確立されていない膜タンパク質、精製が困難な膜タンパク質、脂質膜に再構成することが困難な膜タンパク質、遺伝子のみ知られている未知の膜タンパク質、組換えDNA技術では遺伝子の発現量が少ない膜タンパク質等で、かつその遺伝子を単独で投与しても抗体が産生されない膜タンパク質であっても、それらに対する抗体を取得することができる。なお、動物の体液から抗体を取得する場合には、当該抗体はポリクローナルなものとなる。
【0021】
請求項7に記載の発明は、請求項1〜4のいずれかに記載の動物の免疫方法によって免疫された非ヒト動物から採取されたBリンパ球と、ミエローマとを細胞融合し、前記膜タンパク質に対する抗体を産生するハイブリドーマを取得することを特徴とするハイブリドーマの製造方法である。
【0022】
本発明のハイブリドーマの製造方法においては、上記した本発明の動物の免疫方法により体液性免疫の応答を誘導された非ヒト動物から採取されたBリンパ球と、ミエローマとを細胞融合することにより、膜タンパク質に対する抗体を産生するハイブリドーマを作製する。かかる構成により、膜タンパク質自身あるいはその遺伝子を単独で投与しても抗体が産生されない膜タンパク質であっても、それに対するモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを得ることができる。
【0023】
請求項8に記載の発明は、請求項7に記載のハイブリドーマの製造方法によって製造されたハイブリドーマから前記膜タンパク質に対する抗体を取得することを特徴とする抗体の製造方法である。
【0024】
本発明の抗体の製造方法は、上記した本発明のハイブリドーマの製造方法によって製造されたハイブリドーマから前記膜タンパク質に対する抗体を取得する。かかる構成により、膜タンパク質自身あるいはその遺伝子を単独で投与しても抗体が産生されない膜タンパク質であっても、それに対する抗体(モノクローナル抗体)を取得することができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明の動物の免疫方法及び免疫用組成物によれば、遺伝子免疫を行う際に、その遺伝子を単独で動物に接種しても体液性免疫の応答を誘導することができない膜タンパク質であっても、体液性免疫の応答を誘導することができる。
【0026】
本発明の抗体の製造方法によれば、遺伝子免疫を行う際に、その遺伝子を単独で動物に接種しても体液性免疫の応答を誘導することができない膜タンパク質であっても、当該膜タンパク質に対する抗体を製造することができる。
【0027】
本発明のハイブリドーマの製造方法によれば、遺伝子免疫を行う際に、その遺伝子を単独で動物に接種しても体液性免疫の応答を誘導することができない膜タンパク質であっても、当該膜タンパク質に対するモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】細胞表面におけるフラジェリン融合mETARの発現をフローサイトメーターで解析した図であり、(a)はフラジェリン融合mETAR遺伝子を導入した293T細胞、(b)は293T細胞の場合を示す。
【図2】各遺伝子免疫群のマウスから採取したT細胞からのインターロイキン4(IL−4)分泌量を示すグラフである。
【図3】各遺伝子免疫群のマウスから採取したT細胞からのインターフェロンγ(IFN−γ)分泌量を示すグラフである。
【図4】各遺伝子免疫群のマウスから採取した血清の力価をフローサイトメーターで解析した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明する。まず実施形態の説明に先立ち、フラジェリンとToll様受容体(TLRs)に関する一般的な説明を行う。
【0030】
Toll様受容体(TLRs)は、微生物を検知することで、初期の自然免疫において重要な役割を果たしている。TLRsは細胞表面やエンドソーム内に膜タンパク質として発現し、現在までにTLR1〜9までが同定されている。これらの受容体はpathogen-associated molecular pattern(PAMPs)と呼ばれる病原微生物のみに高度に保存された構造モチーフを認識する。PAMPsにはリポポリサッカライド(LPS)、ペプチドグリカンやリポタンパク質、糖タンパク質、ウイルス由来の二本鎖RNA、非メチル化CpG DNAなどが含まれる。PAMPsによるTLRsへの刺激によってMyD88、TRIFといったシグナル伝達カスケードが開始される(メジヒトフ・アール(Medzhitov R)ら,ネイチャー(Nature),1997年,第388巻,第6640号,p.394−397)。これらのシグナル伝達カスケードはAP−1、NF−κBおよびIRFといった転写因子の活性化を引き起こすことで炎症性サイトカインおよびエフェクターサイトカインの産生を誘導し、獲得免疫を導くとされる。またこれらのレセプターを介した自然免疫反応がT細胞反応を中心とする獲得免疫反応の誘導に重要であることも明らかになってきている(イシイ・ケー・ジェー(Ishii K. J.)ら,ジャーナル・オブ・クリニカル・イミュノロジー(Journal of Clinical Immunology),2007年,第27巻,p.363−371)。
【0031】
フラジェリン(flagellin)は、細菌の鞭毛のらせん状線維を構成する球状タンパク質である。フラジェリンの分子量は、その由来(菌種)によってかなり異なる(3万〜7万)。フラジェリンは、動物および植物の両方においてTLR5依存的炎症を誘導する。フラジェリンは、感染宿主への遊走と接着を促進することで細菌自身の病原性に重要な役割を果たしており、抗原特異的なT細胞への免疫応答にも関与していることが知られている。
【0032】
ワクチンの分野において、フラジェリンを、抗原性を高めるアジュバントとして使用するという試みが行われている(特表2007−535924号公報、国際公開第2005/042564号)。またフラジェリンはTLR5のリガンドであり、マクロファージや樹状細胞等の抗原提示細胞上のTLR5に結合して活性化することがわかっている。またフラジェリンは、in vivoにおいてT細胞による免疫応答の増強を可能とする効果的なアジュバントであるということも報告されている(マクソーリー・エス.ジェー.(McSorley S. J.)ら,ジャーナル・オブ・イミュノロジー(Journal of Immunology),2002年,第169巻,p.3914−3919)。ただし、これらの方法の有効性は可溶性抗原にのみ限定されたものであり、Gタンパク質共役型受容体をはじめとする膜タンパク質に関して、フラジェリンの作用を利用して体液性免疫を誘導した例はこれまでに報告されていない。
【0033】
続いて、本発明の実施形態について説明する。なお、以下の説明において、特に断らない限り「膜タンパク質遺伝子」とは「膜タンパク質の全長又は一部をコードする遺伝子」を指すものとする。同様に、「フラジェリン遺伝子」とは「フラジェリンの全長又は一部をコードする遺伝子」を指すものとする。
【0034】
本発明の動物の免疫方法は、非ヒト動物を抗原で免疫することにより、当該非ヒト動物に所望の膜タンパク質に対する体液性免疫の応答を誘導するものである。そして、本発明の動物の免疫方法では、「膜タンパク質の全長又は一部をコードする遺伝子にフラジェリンの全長又は一部をコードする遺伝子を連結させてなる融合遺伝子」を非ヒト動物に投与することにより、当該非ヒト動物内で前記融合遺伝子を発現させ、前記膜タンパク質に対する体液性免疫を誘導する。
【0035】
本発明の動物の免疫方法においては、膜タンパク質の「全長」をコードする遺伝子と、膜タンパク質の「一部」をコードする遺伝子の両方が使用可能であり、目的に応じて使い分けることができる。膜タンパク質の全長をコードする遺伝子を用いる場合は、例えば、膜タンパク質が持つ複数のエピトープそれぞれに対する抗体や、膜タンパク質の立体構造を認識する抗体を産生させるのに好適である。一方、膜タンパク質の一部をコードする遺伝子を用いる場合は、例えば、特定のエピトープに対する抗体を産生させる際に好適である。
【0036】
「膜タンパク質の全長又は一部をコードする遺伝子」(膜タンパク質遺伝子)と「フラジェリンの全長又は一部をコードする遺伝子」(フラジェリン遺伝子)との連結の態様としては、膜タンパク質遺伝子の3’末端とフラジェリン遺伝子の5’末端とが連結された態様と、膜タンパク質遺伝子の5’末端とフラジェリン遺伝子の3’末端とが連結された態様の両方が含まれる。また、スペーサー等の配列を介して膜タンパク質遺伝子とフラジェリン遺伝子とが間接的に連結されていてもよい。
【0037】
さらに、膜タンパク質遺伝子の末端以外の箇所(すなわち内部)にフラジェリン遺伝子が「挿入」された態様も、本発明に含まれる。本態様は、膜タンパク質の一部をコードする遺伝子の末端にフラジェリン遺伝子の末端が連結されたものと解釈することもできる。同様に、フラジェリン遺伝子の末端以外の箇所(すなわち内部)に膜タンパク質遺伝子が「挿入」された態様も、本発明に含まれる。本態様は、フラジェリン遺伝子の一部をコードする遺伝子の末端に膜タンパク質遺伝子の末端が連結されたものと解釈することもできる。
【0038】
「膜タンパク質の全長又は一部をコードする遺伝子にフラジェリンの全長又は一部をコードする遺伝子を連結させてなる融合遺伝子」には、膜タンパク質遺伝子とフラジェリン遺伝子以外の遺伝子が含まれていてもよい。例えば、前記したスペーサーの様な介在配列の他、特定の機能等を持たせた配列を前記融合遺伝子の3’末端や5’末端に付加したり、内部に挿入することができる。
【0039】
本発明で採用されるフラジェリンの種類(由来)は特に限定されず、いずれのフラジェリンであっても使用可能である。フラジェリンの由来の例としては、サルモネラ・チフィリウム(Salmonella typhimurium)等のサルモネラ(Salmonella)属;大腸菌(Escherichia coli)等のエシェリヒア(Escherichia)属;百日咳菌(Bordetella pertussis)等のボルデテラ(Bordetella)属;赤痢菌等のシゲラ(Shigella)属;レジオネラ(Legionella)属;ブルクホルデリア(Burkholderia)属;シュードモナス(Pseudomonas)属;ヘリコバクター(Helicobacter)属;ビブリオ(Vibrio)属;セラチア(Serratia)属;コーロバクター(Caulobacter)属;リステリア(Listeria)属;クロストリジウム(Clostridium)属;ボレリア(Borrelia)属、等に属する微生物が挙げられる。
【0040】
フラジェリンの一例として、サルモネラ・チフィリウム由来フラジェリンについて説明する。サルモネラ・チフィリウム由来フラジェリンは質量約52kDaのタンパク質である。サルモネラ・チフィリウムの鞭毛骨格は、当該フラジェリン同士が重合することで形成されている。サルモネラ・チフィリウム由来フラジェリンの遺伝子は公知であり、その塩基配列も公知である(例えば、GeneBank#D13689;配列番号5)。例えば、配列番号5に示す塩基配列の情報を元にプライマーセットを設計し、サルモネラ・チフィリウム由来フラジェリンの遺伝子を含む核酸(ゲノムDNA、ベクター、プラスミド等)を鋳型としてPCRを行うことで、所望のフラジェリン遺伝子を取得することができる。また、化学合成によってサルモネラ・チフィリウム由来フラジェリンの遺伝子を取得することもできる。
【0041】
なお、本発明の動物の免疫方法における「フラジェリンの全長又は一部をコードする遺伝子」(フラジェリン遺伝子)には、天然のフラジェリンの全長をコードする遺伝子の他に、天然のフラジェリンに由来する同様の活性を有するタンパク質をコードする遺伝子が含まれる。例としては、天然のフラジェリンをアミノ酸置換・挿入等により改変した変異型のフラジェリンをコードする遺伝子が挙げられる。他にも、天然型もしくは前記変異型フラジェリンの一部のドメインからなるタンパク質をコードする遺伝子や、さらには天然型もしくは変異型フラジェリンの一部のドメインを欠失させたタンパク質をコードする遺伝子などが挙げられる。
【0042】
本発明の動物の免疫方法で採用される膜タンパク質としては特に限定はない。例としては、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)、イオンチャネル型受容体、チロシンカイネース型受容体、CD抗原、細胞接着分子、癌抗原などが挙げられる。特に、GPCRはヒトと非ヒト動物との種間相同性の高いものであり、医薬品開発に有用なタンパク質である。したがって、本発明の動物の免疫方法を用いてGPCRに対する抗体を取得することは、アッセイ系の構築や機能解析等に有用である。
【0043】
GPCRの例としては、エンドセリン受容体、ロドプシン、ムスカリン性アセチルコリン受容体、アドレナリン受容体、アデノシン受容体、アンジオテンシン受容体、ドーパミン受容体、グルカゴン受容体、ヒスタミン受容体、オピオイド受容体、GABA受容体、ガストリン受容体、セロトニン受容体、P2Y受容体、カンナビノイド受容体、コレシストキニン受容体、嗅覚受容体、セクレチン受容体、ソマトスタチン受容体、ブラジキニン受容体、C−Cケモカイン受容体、CXCケモカイン受容体、ガラニン受容体、ロイコトリエン受容体、メラニン凝集ホルモン受容体、プロスタノイド受容体、オレキシン受容体等が挙げられる。
【0044】
好ましい実施形態として、5’末端から膜タンパク質のシグナル配列をコードするDNA配列と細胞外ドメインをコードする遺伝子との間にフラジェリン遺伝子が挿入された融合遺伝子(5’−膜タンパク質のシグナル配列をコードするDNA配列−フラジェリン遺伝子−細胞外ドメインをコードする遺伝子−3’)、又は5’末端からIgκ リーダー配列等の外来シグナル配列をコードするDNA配列とフラジェリン遺伝子と膜タンパク質遺伝子もしくは膜タンパク質の細胞外ドメインをコードする遺伝子の融合遺伝子(5’−外来シグナル配列をコードするDNA配列−フラジェリン遺伝子−膜タンパク質遺伝子もしくは膜タンパク質の細胞外ドメインをコードする遺伝子−3’)の使用が挙げられる。かかる構成により、融合遺伝子を発現させたときに細胞膜上にフラジェリンが提示されることとなり、TLR5を発現しているマクロファージや樹状細胞を賦活化することができる。
【0045】
本発明の動物の免疫方法で用いる非ヒト動物としては特に限定はないが、取扱いの容易さの点で、哺乳類と鳥類が好ましく用いられる。哺乳類の例としては、マウス、ラット、ウサギ、ウシ、ウマ、イヌ、ネコ、ヤギ、ヒツジ、ブタ等を挙げることができる。また、鳥類の例としては、ニワトリ、アヒル又は七面鳥を挙げることができる。
【0046】
本発明の動物の免疫方法においては、融合遺伝子が発現ベクターに組み込まれており、その発現がプロモーターにより調節されている実施形態が好ましい。かかる構成により、融合遺伝子の動物体内における発現が確実となり、体液性免疫の誘導がより確実に行われる。
発現ベクターとしては、動物細胞内で複製可能な発現ベクターであればよく、pCI、pSI、pAdVantage、pTriEX、pKA1、pCDM8、pSVK3、pMSG、pSVL、pBK−CMV、pBK−RSV、EBV等の発現ベクターを挙げることができる。
また、発現ベクター上のプロモーターは、動物細胞内で機能するものであればよい。例えば、サイトメガロウイルス(Cytomegarovirus、CMV)のCMVプロモーター;アデノウイルス後期(Adenovirus Major Late、AML)のAMLプロモーター;シミアンウイルス40(Simian Virus 40、SV40)のSV40プロモーター;SV40およびHTLV−1 LTRの融合プロモーターであるSRαプロモーター;伸長因子(Elongation Factor、EF)のEF−1αプロモーター、等が挙げられる。
【0047】
さらに発現ベクターにはプロモーター活性を増強するエンハンサーを含むものでもよい。さらに、発現ベクターにはCpGモチーフが含まれていてもよい。当該CpGモチーフは発現ベクター上のどの位置にあってもよく、さらに、1箇所のみでもよいし、複数個所でもよい。
【0048】
本発明の動物の免疫方法における融合遺伝子の投与方法としては特に限定はなく、例えば、皮下注射、筋肉注射、静脈注射等の公知の手法によって行うことができる。パーティクルガンによる投与も適用可能である。また融合遺伝子の投与量は、用いる発現ベクターやプロモーターの種類等に応じて適宜決定すればよいが、目安としては、1回当たりおおむね1〜3mg/kg体重で、これはマウスの場合は25〜100μg/回になる。また投与の回数は1回でもよいが、一定間隔をおいて複数回行う方がより高い体液性免疫の応答を誘導することができる。
【0049】
次に、本発明の免疫用組成物について説明する。本発明の免疫用組成物は、本発明の動物の免疫方法に使用され、非ヒト動物に投与されるものであり、膜タンパク質の全長又は一部をコードする遺伝子にフラジェリンの全長又は一部をコードする遺伝子を連結させてなる融合遺伝子を含有する。本発明の免疫用組成物の代表的な形状としては、等張液に当該融合遺伝子を溶解させたものである。等張液の例としては、生理食塩水、リン酸緩衝化生理食塩水(PBS)が挙げられる。その他、溶媒には各種の緩衝液を用いることもできる。また、抗体産生能を上昇させるために、Mg2+等の金属イオンを等張液に添加することも効果的である。さらに、体液性免疫を誘導するTH2ヘルパーT細胞の分化を誘導するようなサイトカインであるGM−CSF、TNFα、IL−4を等張液に添加したり、またそれらのサイトカインをコードする遺伝子を添加したりすることも、抗体産生能を上昇させるためには効果的である。さらには、抗体産生の主役であるB細胞の活性化、分裂、抗体産生細胞への分化を誘導するサイトカインであるIL−1、IL−2、IL−4、IL−5、IL−6、IL−10又はそれらをコードする遺伝子を等張液に添加することで、抗体産生を高めることも可能である。本発明の免疫用組成物における融合遺伝子の濃度は例えば、10〜500μg/mL程度である。
【0050】
さらに、本発明の免疫用組成物には、CpGモチーフからなるオリゴヌクレオチドを含むものでもよい。この場合、当該オリゴヌクレオチドはアジュバントとして機能し、より高い免疫応答を誘導するためのワクチンとしても用いることができる。
【0051】
次に、本発明の抗体の製造方法について説明する。本発明の抗体の製造方法は2つの様相を含む。1つの様相は、本発明の動物の免疫方法によって免疫された非ヒト動物から、膜タンパク質に対する抗体を取得するものである。具体例を挙げると、免疫後の動物から定期的に部分採血を行って抗体価を測定し、抗体の産生状態をモニターする。そして、抗体価が最大に達した時点で全採血を行い、血清を調製する。そして、得られた血清から抗体を得る。この際、得られる抗体はポリクローナル抗体である。また、血清から抗体を単離・精製する方法としては、一般に抗体の精製に用いられている方法を使用することができ、例えば、プロテインAを用いたアフィニティクロマトグラフィーを用いることができる。
本発明の抗体の製造方法における他の様相については、後で述べる。
【0052】
次に、本発明のハイブリドーマの製造方法について説明する。本発明のハイブリドーマの製造方法は、本発明の動物の免疫方法によって免疫された非ヒト動物から採取されたBリンパ球と、ミエローマとを細胞融合し、膜タンパク質に対する抗体を産生するハイブリドーマを取得するものである。細胞融合、ハイブリドーマの選抜及びクローニングについては、公知の方法をそのまま使用することができる。例えば、細胞融合はケーラーとミルシュタインの方法により行うことができる。また、ハイブリドーマの選抜は、HAT選択培地を用いた培養により行うことができる。さらに、ハイブリドーマのクローニングは限界希釈法により行うことができる。
【0053】
このようにしてクローニングされたハイブリドーマを培養することにより、膜タンパク質に対する抗体(モノクローナル抗体)を製造することができる。すなわち、本発明の抗体の製造方法における他の様相は、本発明のハイブリドーマ製造方法によって製造されたハイブリドーマから膜タンパク質に対する抗体を取得するものである。例えば、当該ハイブリドーマを培養し、その培養物から所望の抗体を取得することができる。ハイブリドーマの培養は、マウス等の動物の腹腔内で行ってもよく、ディッシュ等を用いてインビトロで行ってもよい。マウス等の動物の腹腔内でハイブリドーマを培養した場合は、腹水を採取し、その腹水から抗体を単離・精製することができる。インビトロで培養した場合は、その培養液から抗体を単離・精製することができる。抗体を精製する方法としては、サブクラスがIgGの抗体の場合は、例えば、上記したプロテインAを用いたアフィニティクロマトグラフィーによって行うことができる。
【実施例】
【0054】
以下に、実施例をもって本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は本実施例に限定されるものではない。
【0055】
(1)マウス由来エンドセリンA受容体(mETAR)遺伝子の単離・調製
モデル抗原タンパク質としてマウス由来エンドセリンA受容体(mETAR)(NM_010332.2)の遺伝子を、マウス肺cDNAライブラリー(タカラバイオ社)を鋳型とし、配列番号1及び2に示す塩基配列を有するオリゴヌクレオチドをプライマー対としてPCRを行い、配列番号3に示す塩基配列を有するmETAR遺伝子を含むDNA断片(DNA断片A)を得た。DNA断片Aには、プライマーに由来して、5'末端にNheIサイト、3'末端に2個の終止コドン(TAATAG)をコードする配列及びSalIサイトが導入された。また、前記マウス肺cDNAライブラリーを鋳型とし、配列番号2及び4に示す塩基配列を有するオリゴヌクレオチドをプライマー対としてPCRを行い、シグナル配列(s.s.)を除いたmETAR遺伝子を含むDNA断片(DNA断片B、mETAR(Δs.s.))を得た。DNA断片B(mETAR(Δs.s.))には、プライマーに由来して、5'末端にHindIII−NheIサイト、3'末端に2個の停止コドン(TAATAG)をコードする配列及びSalIサイトが導入された。
【0056】
(2)フラジェリン遺伝子の調製
配列番号5に示す塩基配列(GeneBank#D13689の情報より入手)を有するサルモネラ・チフィリウム由来フラジェリン遺伝子(FliC)の、5'末端にHindIII及び配列番号3に示すmETAR由来のシグナル配列(s.s.)、さらには配列番号6に示すflagタグ配列の遺伝子が導入され、3'末端にはSalIサイトが導入された遺伝子(以下、「s.s.−flag−FliC」と称する。)を合成した。s.s.−flag−FliCをサブクローンニング用ベクターpUC57へ組み込み、プラスミドpUC57−s.s.−flag−FliCを得た。
【0057】
(3)マウス由来エンドセリンA受容体にフラジェリンが連結された融合タンパク質を発現する遺伝子免疫用ベクターの構築
哺乳動物発現ベクターpCI Mammalian Expression Vector(プロメガ社)を制限酵素NheIとSalIで消化し、バクリア由来アルカリフォスファターゼ(BAP)にて末端を脱リン酸化処理した後、上記(1)で調製したDNA断片Aを挿入し、ベクターpCI−mETARを得た。さらに、ベクターpCI−mETARをNotIおよびSalIで消化し、BAPにて末端を脱リン酸化処理した後、上記(1)で調製したDNA断片Bを挿入し、ベクターpCI−mETAR(Δs.s.)を構築した。さらにpCI−mETAR(Δs.s.)および上記(2)で調製したpUC57−s.s.−flag−FliCをNotIとNheIで消化し、BAPにて末端を脱リン酸化処理した後、s.s.−flag−FliCを挿入し、pCI−s.s.−flag−FliC−mETAR(Δs.s.)を構築した。すなわち、ベクターpCI−s.s.−flag−FliC−mETAR(Δs.s.)は、mETAR遺伝子の5’末端にフラジェリン遺伝子が連結されてなる融合遺伝子を有している。一方、ベクターpCI−mETARはmETAR遺伝子のみを有している。
【0058】
(4)マウス由来エンドセリンA受容体の安定発現細胞の作製
(3)で構築したベクターpCI−mETARをNheIとSalIで消化し、BAPにて末端を脱リン酸化処理した後、pCIneo(プロメガ社)のNheI−XhoIサイトに導入し、ベクターpCIneo−mETARを構築した。
【0059】
リポフェクタミン(Lipofectamine)2000(インビトロジェン社)溶液37.5μLと、OPTI−MEM(ギブコ社)培地625μLと、20μgのpCIneo−mETARを含むOPTI−MEMI培地625μLとを混和した。この混和液を用いて、pCIneo−mETARを2×105個のCHO−K1細胞(DSファーマ社)に導入した。遺伝子が導入されたCHO−K1細胞を、Ham'sF12K(和光純薬社)+10%FBS培地(ICN社)にて30時間培養した。さらに、各細胞を剥離、懸濁し、100mmディッシュに5×105個を播き、抗生物質G418(プロメガ社)を0.8mg/mLの濃度で含有するHam'sF12K+10%FBS培地で2週間薬剤処理を行なった。薬剤処理後、限界希釈法により、抗生物質耐性細胞をクローニングした。
【0060】
(5)flag−Flic−mETARの細胞表面発現
ベクターpCI−s.s.−flag−FliC−mETAR(Δs.s.)を、リポフェクタミン2000を用いて293T細胞(DSファーマ社)に導入した(以下、「遺伝子導入293T細胞」と称する。)。この遺伝子導入293T細胞をMem−α(和光純薬社)+10%FBS培地にて48時間培養した。培養した細胞を剥離・回収後、PBSで洗浄し、Anti−FLAG M2抗体(シグマ社)を一次抗体として添加し、室温にて反応させた。さらに細胞をPBSで洗浄し、二次抗体にフィコエリスリン標識抗マウスIgG抗体(ベックマンコールター社)を用いて、遺伝子導入293T細胞の細胞膜上における「mETAR遺伝子にフラジェリン遺伝子を連結させてなる融合遺伝子」(フラジェリン融合mETAR)の発現を解析した。対照として、遺伝子を導入していない宿主のみの293T細胞でも同様の条件で測定した。結果を図1に示す。
【0061】
図1(a)に示す様に、遺伝子導入293T細胞ではフィコエリスリン由来の蛍光が検出された。一方、図1(b)に示す様に、対照の293T細胞ではフィコエリスリン由来の蛍光がほとんど検出されなかった。このことから、遺伝子導入293T細胞において、フラジェリン融合mETARが細胞膜上で発現していることが示された。
【0062】
(6)遺伝子免疫
生理食塩水にベクターpCI−s.s.−flag−FliC−mETAR(Δs.s.)を500μg/mLの濃度になるよう溶解し、免疫用組成物を調製した。この免疫用組成物を、8週齢のマウスBALB/c(雌)の両足大腿筋に各0.10mLずつ注射を行い、免疫した(0日目)。これにより、pCI−s.s.−flag−FliC−mETAR(Δs.s.)を両足に各50μgずつ、すなわち、1匹につき1回あたり100μg投与した。その後、7日目、21日目及び28日目にも同様して繰り返し免疫した。そして、0、21、28日目に採血を行い、血清を調製した。対照として、ベクターを含まないPBSのみを投与したマウス(対照A)と、mETARを単独で発現するベクターpCI−mETARを投与したマウス(対照B)を使って評価した。
【0063】
(7)Cytokine ELISA 測定
(6)で免疫したマウスのリンパ球が体液性免疫を誘導しているのかを調べるために、T細胞を単離して体液性免疫を誘導するサイトカインIL−4を測定した。具体的には、(6)で免疫したマウスの脾臓とリンパ節からMACS CD4ビーズ(ミルテニーバイオテック社)を使い、CD4+T細胞をソーティングした。単離したCD4+T細胞を2×106個/mLになるようにRPMI−1640(シグマ社)+10%FBSで懸濁しておき、あらかじめ抗αβTCR抗体(ベクトンディッキンソン社)を30μg/mLでコーティングしたプレートに添加し、細胞を刺激した。CO2インキュベーターにて37℃で24時間培養し、培養上清を回収した。
【0064】
Cytokine ELISA Kit(ベクトンディッキンソン社)を用いて2μg/mLに希釈した抗IL−4抗体をELISAプレートに播き、4℃にて固相化した。PBSとTween20が混合されている洗浄液(PBST)にて洗浄後、ブロッキング溶液(ナカライテスク社)を加えて室温にてブロッキングを行った。PBSTにて洗浄後、(7)で回収した培養上清を加え、室温にて反応させた。さらにPBSTで洗浄し、1μg/mLに希釈したビオチン標識抗IL−4抗体を添加した。室温にて反応後、PBSTにて洗浄を行い、ホースラディッシュペルオキシダーゼ標識ストレプトアビジンを加えてさらに反応を行った。最後に、PBSTで洗浄操作の後、TMB(ベチル社)を添加して比色反応を行った。その後、1Nの硫酸(和光純薬社)にて反応を停止させた。その後、マイクロプレートリーダー(バイオラッド社)にて450nmの波長でIL−4を測定した(図2)。
【0065】
図2に示す様に、PBSのみを投与したマウス(対照A)のT細胞ではIL−4がほとんど分泌されなかった。また、mETAR遺伝子のみを投与したマウス(対照B)のT細胞からもIL−4は非常に少ない量しか分泌されなかった。これに対し、フラジェリン融合mETAR遺伝子を投与したマウスのT細胞からはIL−4が分泌されていた。これは、フラジェリンが体液性免疫を誘導することを示していた。
【0066】
上記の操作でIL−4にかえてIFN−γを測定した(図3)。図3に示す様に、PBSのみを投与したマウス(対照A)のT細胞ではIFN−γがほとんど分泌されなかった。また、mETAR遺伝子のみを投与したマウス(対照B)のT細胞からもIFN−γは非常に少ない量しか分泌されなかった。これに対し、フラジェリン融合mETAR遺伝子を投与したマウスのT細胞からはIFN−γが分泌されていた。これは、フラジェリンがT細胞よりIFN−γの分泌を誘導することを示していた。
【0067】
(9)フローサイトメトリーによるmETARに対する血清中抗体結合性評価
pCIneo−mETARが導入され安定発現を確認したCHO−K1細胞(以下、「mETAR遺伝子導入CHO−K1細胞」と称する。)、及びpCIneoが導入されたCHO−K1細胞(以下、「対照CHO−K1細胞」と称する。)をPBSで洗浄した。免疫後42日目の血清を100倍希釈し、各細胞と一緒にインキュベートした。さらに、各細胞をPBSで洗浄し、2次抗体としてフィコエリスリン標識抗マウスIgG抗体を添加した後、フローサイトメーターFACScaliburにて各細胞と血清中の抗mETAR抗体との相互作用を解析した。結果を図4に示す。
【0068】
図4に示す様に、mETAR遺伝子導入CHO−K1細胞を用いた場合、遺伝子免疫前のマウスからの血清、PBS投与マウス(対照A)からの血清、及びmETAR遺伝子投与マウス(対照B)からの血清のいずれからも、フィコエリスリン由来の蛍光は検出されなかった。これは、対照Aと対照Bのマウスにおいて、mETARに対する体液性免疫が誘導されていないことを示していた。一方、フラジェリン融合mETAR遺伝子を投与したマウスの血清からはフィコエリスリン由来の蛍光が検出された。これは、フラジェリン融合mETAR遺伝子を投与したマウスが抗mETAR抗体を産生し、当該抗mETAR抗体がmETAR遺伝子導入CHO−K1細胞に結合することを示していた。
【0069】
なお、対照CHO−K1細胞を用いた場合は、いずれのマウスの血清でもフィコエリスリン由来の蛍光が検出されなかった。これは、前記抗mETAR抗体が対照CHO−K1細胞に結合しないことを示していた。
以上のことから、ベクターpCI−s.s.−flag−FliC−mETAR(Δs.s.)による遺伝子免疫によって、マウス血清中にmETARの細胞外ドメインを特異的に認識する抗体の産生を誘導することができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非ヒト動物を抗原で免疫することにより、前記非ヒト動物に所望の膜タンパク質に対する体液性免疫の応答を誘導する動物の免疫方法であって、
前記膜タンパク質の全長又は一部をコードする遺伝子にフラジェリンの全長又は一部をコードする遺伝子を連結させてなる融合遺伝子を非ヒト動物に投与することにより、当該非ヒト動物内で前記融合遺伝子を発現させ、前記膜タンパク質に対する体液性免疫を誘導することを特徴とする動物の免疫方法。
【請求項2】
前記フラジェリンは、サルモネラ(Salmonella)属、エシェリヒア(Escherichia)属、ボルデテラ(Bordetella)属、シゲラ(Shigella)属、レジオネラ(Legionella)属、ブルクホルデリア(Burkholderia)属、シュードモナス(Pseudomonas)属、ヘリコバクター(Helicobacter)属、ビブリオ(Vibrio)属、セラチア(Serratia)属、コーロバクター(Caulobacter)属、リステリア(Listeria)属、クロストリジウム(Clostridium)属、又はボレリア(Borrelia)属に属する微生物に由来するものであることを特徴とする請求項1に記載の動物の免疫方法。
【請求項3】
前記膜タンパク質は、Gタンパク質共役型受容体、イオンチャネル型受容体、チロシンカイネース型受容体、CD抗原、細胞接着分子、又は癌抗原であることを特徴とする請求項1又は2に記載の動物の免疫方法。
【請求項4】
前記非ヒト動物は、マウス、ラット、ウサギ、ウシ、ウマ、イヌ、ネコ、ヤギ、ヒツジ、ブタ、ニワトリ、アヒル、又は七面鳥であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の動物の免疫方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の動物の免疫方法に使用され、非ヒト動物に投与される免疫用組成物であって、
前記膜タンパク質の全長又は一部をコードする遺伝子にフラジェリンの全長又は一部をコードする遺伝子を連結させてなる融合遺伝子を含有することを特徴とする免疫用組成物。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれかに記載の動物の免疫方法によって免疫された非ヒト動物から、前記膜タンパク質に対する抗体を取得することを特徴とする抗体の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜4のいずれかに記載の動物の免疫方法によって免疫された非ヒト動物から採取されたBリンパ球と、ミエローマとを細胞融合し、前記膜タンパク質に対する抗体を産生するハイブリドーマを取得することを特徴とするハイブリドーマの製造方法。
【請求項8】
請求項7に記載のハイブリドーマの製造方法によって製造されたハイブリドーマから前記膜タンパク質に対する抗体を取得することを特徴とする抗体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−90571(P2012−90571A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−240727(P2010−240727)
【出願日】平成22年10月27日(2010.10.27)
【出願人】(000002174)積水化学工業株式会社 (5,781)
【Fターム(参考)】