説明

動脈内皮細胞の判別方法

【課題】 本発明の目的は、ES細胞や骨髄細胞等から作成した血管や、生体から採取した血管について、動脈と他の血管の別を高い精度で判別する方法を提供することである。
【解決手段】 被験血管が動脈であるか否かを判別するに当たり、被験血管の内皮細胞におけるケモカイン受容体CXCR4の発現の有無を検出し、ケモカイン受容体CXCR4が発現している場合には該血管が動脈であると判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動脈内皮細胞の判定方法に関する。より詳細には、被験体である血管内皮細胞が動脈内皮細胞であるか否かを高い精度で判別する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
疾病や外傷による血管障害を治療する方策として、ES細胞や骨髄細胞等から血管を新たに作成し、これを移植する治療法が有望であると考えられている。血管には、動脈、毛細血管及び静脈があり、それぞれ機能が異なっているため、血管移植を伴う治療において、一層優れた治療効果を得るには、血管の種類を区別して移植することが重要であると考えられている。
【0003】
血管の種類を区別して血管移植治療を行うには、動脈や静脈の別を精度高く判別する技術が不可欠である。特に、ES細胞や骨髄細胞等から分化させた血管又はその内皮細胞を移植するには、生体から摘出した血管の場合とは異なり、血管の位置や形状等の情報から結果の種類を判別できないため、より高い精度で血管の種類を判別する技術が必要とされる。
【0004】
近年、動脈内皮細胞に特異的なマーカー遺伝子として、Notch1、connexin40、connexin37、CD44等が報告されている。しかしながら、これらのマーカーを利用して血管内皮細胞の動脈や静脈の別を識別する方法では、検出精度が低い、フローサイトメトリー(FACS)による解析ができない等の欠点がある。
【0005】
一方、ケモカイン受容体CXCR4(以下、単に「CXCR4」と表記する)は、7回膜貫通型の構造を有し、血管の内皮細胞に存在することが知られている。また、CXCR4については、胃腸管における血管の形成に必須であることも解明されている(例えば、非特許文献1参照)。しかしながら、CXCR4の発現や機能において、動脈、毛細血管及び静脈の間での特異性については全く知られていない。
【非特許文献1】Tachibana K., Hirota S., Iizawa H. et al, "The chemokine receptor CXCR4 is essential for vascularization of the gastrointestinal tract.", Nature. 1998; 393: 591-594
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このように、従来の技術では、血管、特にES細胞や骨髄細胞から作成した血管について、動脈と他の血管の別を正確に判定することができないのが現状である。
【0007】
そこで、本発明は、上記従来技術の課題を解決することを目的とする。具体的には、本発明の目的は、ES細胞や骨髄細胞等から作成した血管や、生体から採取した血管について、動脈と他の血管の別を高い精度で判別する技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、上記課題を解決すべく鋭意検討したところ、CXCR4が動脈の内皮細胞において特異的に発現しており、血管の内皮細胞におけるCXCR4の発現の有無を検出することにより、該血管が動脈であるか否かを判別できることを見出した。本発明は、かかる知見に基づいて更に改良を重ねることによって完成したものである。
【0009】
即ち、本発明は、下記に掲げる判別方法である:
項1. 血管内皮細胞におけるケモカイン受容体CXCR4の発現の有無を検出し、その検出結果に基づいて、該細胞が動脈内皮細胞であるか否かかを判定することを特徴とする、動脈内皮細胞の判別方法。
項2. 血管内皮細胞が、ES細胞又は骨髄細胞から分化した細胞である、項1に記載の判別方法。
項3. 血管内皮細胞におけるケモカイン受容体の発現の有無の検出を、抗ケモカイン受容体CXCR4抗体又はケモカイン受容体CXCR4結合性フラグメントを用いた抗原抗体反応を利用する方法、CXCR4に対するリガンドを利用する方法、又はin situ ハイブリダイゼーション法を利用する方法により行う、項1又は2に記載の判別方法。
【0010】
以下、本発明の判定方法について、詳細に説明する。
【0011】
本発明の判別方法は、血管内皮細胞が動脈の内皮細胞であるか否かを判定する方法である。
【0012】
本判定方法において、判定対象となる血管内皮細胞(本明細書において、「被験細胞」とも表記する)は、ほ乳類由来のものである限り、その由来については特に制限されないが、好ましくはヒト由来である。また、被験細胞は、ES細胞や骨髄細胞から分化して血管を形成する前段階にある血管内皮細胞であってもよいし、また生体内から摘出した血管やES細胞や骨髄細胞から作成した移植用の血管等のように既に血管を形成している内皮細胞であってもよい。
【0013】
被験細胞として、既に血管を形成している内皮細胞を使用する場合、血管から分離、回収した内皮細胞を使用してもよいが、簡便には、血管をそのまま、又は血管を部分的に断片化したものを使用してもよい。
【0014】
本発明の判別方法では、上記被験細胞おけるCXCR4の発現の有無の検出を行う。被験細胞におけるCXCR4の検出は、抗原抗体反応を利用する方法;CXCR4に対するリガンドを利用する方法;in situ ハイブリダイゼーションの手法を利用する方法等を用いて行うことができる。
【0015】
上記の抗原抗体反応を利用する方法によるCXCR4の検出は、一般的な方法に従って行うことができる。具体的には、抗CXCR4抗体を用いて、これを上記内皮細胞のCXCR4と抗原抗体反応させ、CXCR4に結合した該抗体を検出することにより行うことができる。
【0016】
ここで使用される抗CXCR4抗体は、モノクローナル抗体とポリクローナル抗体の別を問わないが、好ましくはモノクローナル抗体である。また、上記抗CXCR4抗体の代わりに、該抗体のFabフラグメントやF(ab')2フラグメント等のCXCR4結合性フラグメントを使用することもできる。抗CXCR4抗体及びCXCR4結合性フラグメントは、公知の方法で製することができるが、簡便には市販品(例えば、Becton Dickinson社等により製造販売されている)を使用してもよい。
【0017】
上記抗体又はそのフラグメントは、その検出の為に、通常の標識物質によって、直接的に修飾されていてもよいし、また標識物質を結合させた第二抗体を介して間接的に修飾することもできる。
【0018】
上記抗体の標識に使用される標識物質としては、特に制限されないが、例えば、125I、3H、14C等の放射性同位元素類;アルカリホスファターゼ、パーオキシダーゼ等の酵素;フィコエリスリン(PE)、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、テトラメチルローダミンイソチオシアネート(RITC)等の蛍光物質;ビオチン等が挙げられる。これらの標識物質による標識は、公知の方法に従って行うことができる。
【0019】
上記の抗原抗体反応を利用する方法において、抗原抗体反応の反応条件については、通常の条件に従って適宜設定することができる。また、CXCR4に結合した上記抗体を検出する方法についても、該抗体の標識物質の種類に応じて適宜設定される。
【0020】
CXCR4に対するリガンドを利用する方法によるCXCR4の検出については、上記の抗原抗体反応を利用する方法において、抗体の代わりにCXCR4に対するリガンドを使用することにより実施することができる。かかる方法における各種条件も、使用するリガンドの種類や標識物質の種類に応じて適宜設定することができる。
【0021】
また、in situ ハイブリダイゼーションの手法を利用する方法によるCXCR4の検出は、一般的な方法に従って行うことができる。具体的には、CXCR4のmRNAに対する標識プローブを用いて、被験細胞内でCXCR4のmRNAとハイブリダイズさせ、これを検出することにより行うことができる。
【0022】
in situ ハイブリダイゼーションにおいて使用される標識プローブは、CXCR4のmRNAに特異的な相補配列を有し、検出が容易なように標識物質が結合されてなるものである。当該プローブについては、他のRNAとの交差反応性の低い塩基配列であることが望ましく、例えば、公知のCXCR4 cDNAを切断することにより製することができる。プローブの標識に使用される標識物質としては、特に制限されないが、例えば、125I、3H、14C等の放射性同位元素;FITC、RITC等の蛍光物質;ジコキシゲニン;ビオチン等が例示される。これらの標識物質のプローブへの結合は、当業界で公知の方法に従って行われる。
【0023】
in situ ハイブリダイゼーションは、使用するプローブの標識物質の種類に応じて、主に、非ラジオアイソトープin situ ハイブリダイゼーションとラジオアイソトープin situ ハイブリダイゼーションに分けられるが、本発明ではいずれを使用してもよい。IR施設を要せず、簡便に実施可能であるという観点からは、望ましくは非ラジオアイソトープin situ ハイブリダイゼーションである。
【0024】
また、in situ ハイブリダイゼーションにおいて、被験細胞の前処理(固定化)条件、ハイブリダイゼーションの条件、標識物質の検出条件等については、当業界で公知の方法に従って適宜設定することができる。
【0025】
斯くして、被験細胞におけるCXCR4の発現の有無を検出した結果から、該内皮細胞が動脈内皮細胞であるか否かが判定される。
【0026】
具体的には、CXCR4は動脈内皮細胞に特異的に発現し、静脈や毛細血管の内皮細胞では発現しないため、かかる事項とCXCR4の検出結果に基づいて、被細胞が動脈内皮細胞であるか否かが判別される。即ち、血管内皮細胞においてCXCR4が検出された場合、該血管内皮細胞は動脈のものであると判定され、一方、血管内皮細胞においてCXCR4が検出されなかった場合、該血管内皮細胞は動脈のものではないと判定される。
【0027】
このように、血管内皮細胞が動脈内皮細胞であるか否かを判別することにより、その内皮細胞が形成する血管が動脈であるか否かの判定が可能となる。
【発明の効果】
【0028】
本発明の判別方法において、検出対象であるCXCR4は、動脈内皮細胞の膜上に存在しており、容易かつ高い感度で検出することができる。それ故、本発明の判別方法によれば、被験細胞におけるCXCR4の発現の有無に基づいて、該細胞が動脈内皮細胞であるか否かを正確に判定することができる。
【0029】
また、本発明の判別方法は、ES細胞や骨髄細胞等を用いて作成した移植用の血管が動脈であるか否を判定するのに有用であり、動脈移植に使用可能な血管を確認、選別するのに有用である。
【0030】
特に、本発明の判別方法によれば、細胞膜上に存在しているCXCR4をマーカーとして利用し、これをフローサイトメトリーで検出できるので、フローサイトメトリーによって動脈内皮細胞の選別、分取が可能であり、その実用的価値は極めて高いといえる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下に、参考例、実施例等に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0032】
参考例1 CXCR4の発現特異性の確認
マウス胎児(embryo)に対して、ジゴキシゲニン(digoxigenin)標識RNAプローブを用いてホールマウントin situハイブリダイゼーションを行い、CXCR4の血管内皮細胞における発現特異性について検討した。
【0033】
マウス胎児(C57BL/6、日本クレア製、受精後10.5、11.5又は12.5日)を取り出し、4重量%パラホルムアルデヒド溶液を用いて4℃でオーバーナイトで固定し、このマウス胎児を10μg/mLの濃度のプロテイナーゼKで、室温で20分間処理し、その後2mg/mLの濃度のグリシン溶液で洗浄し、次いで、0.2重量%のグルタルアルデヒドを含む4重量%パラホルムアルデヒド溶液を用いて室温で20分間再固定化した。このマウス胎児に対して、ハイブリダイゼーションバッファー(50%(v/v)ホルムアルデヒド、5×SSC、0.1%(w/v)SDS、50μg/mL酵母tRNA、50μg/mLヘパリン)中で70℃で1時間プレハイブリダイゼーションを行った後、ジゴキシゲニン標識CXCR4プローブ(Nagasawa, T., et al., PNAS, 1996, Vol. 93, pages 14726-14729;及び非特許文献1参照)を0.1μg/mLとなるように添加して70℃でオーバーナイトでハイブリダイゼーションを行った。次いで、マウス胎児は、溶液1(50%(v/v)ホルムアルデヒド、5×SSC、0.1%(w/v)SDS)で洗浄(70℃、30分間)を2度繰り返した後、溶液2(50%(v/v)ホルムアルデヒド、2×SSC)で洗浄(70℃、30分間)を2度繰り返した。更に、このマウス胎児をTBST(150mM NaCl、100mM Tris-HCl、pH7.5、0.1%(w/v)Tween-20)で洗浄し、1.5重量%のブロッキング試薬(Roche Diagnostic, Mannheim, Germany)を含むTBSTでブロッキングを行った後、アルカリホスファターゼが結合した抗ジゴキシゲニン抗体(Roche)を添加して4℃でオーバーナイトでインキュベートした。次いで、TBST及びNTMT(100mM NaCl、100mM Tris-HCl、pH9.5、50mM MgCl2、0.1%(w/v)Tween-20)で数回洗浄した後、NTB/BCIP(4-ニトロブルーテトラゾリウムクロライド/5-ブロモ-4-クロロ-3-インドニルホスフェート)を用いて、CXCR4のmRNAを発色させた。斯くして、in situハイブリダイゼーションを行った後、マウス胎児から腸間膜及び臍帯を切り出し、切片化して、解剖学的形態と動脈の周囲にのみ存在する平滑筋細胞を抗smooth muscle α-actin抗体で検出することにより、上腸間膜動脈、上腸間膜静脈、臍帯動脈、及び臍帯静脈に分け、これらの各血管におけるCXCR4の発現を確認した。
【0034】
得られた結果を図1に示す。この結果、CXCR4は、上腸間膜動脈及び臍帯動脈には発現しているが(図1中の(1)のA及びB)、上腸間膜静脈及び臍帯静脈には発現していない(図1中の(2)のC及びD)ことが明らかとなり、CXCR4は動脈において特異的に発現していることが確認された。
【0035】
実施例1
1.ES細胞から動脈内皮細胞の作成
ES細胞(CCE細胞株及びE14tg2a細胞株)を、増殖用培地[αMEM(GIBCO社製)、10容量%FCS(fetal calf serum、GIBCO社製)]を用いて、タイプIVコラーゲン被覆ディッシュ(type IV collagen-coated dishes、Becton Dickinson社製)で37℃、5%CO2下で4日間培養し、ES細胞を増殖させた。
【0036】
上記で増殖させたES細胞の内、Flk1陽性画分を遠心分離により回収し、回収した細胞を、0.5mM 8-ブロモcAMP Na(8-bromoadenosine-3,5-cyclic monophosphate sodium salt)又は1×106Mアドレノメジュリン(adrenomedullin)、及び50ng/mLのVEGF(血管内皮増殖因子;vascular endothelial growth factor)を含むαMEM培地(GIBCO社製)で37℃、5%CO2下で3日間培養した。なお、VEGFはES細胞を血管内皮細胞に分化させる作用があることが既に確認されており、8-ブロモcAMP及びアドレノメジュリンはES細胞を動脈内皮細胞に分化させる作用があることが既に確認されている物質である。かかる培養により、上記ES細胞を動脈内皮細胞に分化させた。なお、確認のため、ES細胞が動脈内皮細胞に分化したことについては、動脈内皮細胞の特異的なマーカーとして知られているエフリンB2(ephrin-B2)の発現を公知の方法で検出することにより組織学的に確認した。
【0037】
2.ES細胞から作成した動脈内皮細胞の種類の判別
上記で得られた動脈内皮細胞に対して、PE(phycoerythrin)標識抗CXCR4抗体を作用させて、該細胞膜上のCXCR4を該標識抗体と抗原抗体反応させた。具体的には、マウス血清50μL中に、上記動脈内皮細胞1×106個、及び上記抗CXCR4抗体0.2μgを添加し、4℃で30分間インキュベートした。
【0038】
次いで、フローサイトメトリーを用いて、細胞膜上のCXCR4に結合した上記標識抗体を検出することにより、該細胞膜上のCXCR4の有無を確認した。
【0039】
この結果、8-ブロモcAMP又はアドレノメジュリンのいずれを使用して分化させた細胞においても、CXCR4が検出され、動脈内皮細胞であることが確認された。ここで得られた結果は、動脈内皮細胞の特異的なマーカーであるエフリンB2の発現を公知の方法で検出して動脈内皮細胞を組織学的に判別した結果と一致しており、CXCR4の発現を検出することにより、正確に動脈内皮細胞であるか否かを判別できたことが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】参考例1において、各種血管の内皮細胞におけるCXCR4をin situハイブリダイゼーションにより可視化した図である。(1)中のAは上腸間膜動脈及びBは上腸間膜静脈を切片化したものであり、(2)中のCは臍帯動脈及びDは臍帯静脈を切片化したものである。なお、本図において、着色部分がCXCR4の存在部位を示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血管内皮細胞におけるケモカイン受容体CXCR4の発現の有無を検出し、その検出結果に基づいて、該細胞が動脈内皮細胞であるか否かかを判定することを特徴とする、動脈内皮細胞の判別方法。
【請求項2】
血管内皮細胞が、ES細胞又は骨髄細胞から分化した細胞である、請求項1に記載の判別方法。
【請求項3】
血管内皮細胞におけるケモカイン受容体の発現の有無の検出を、抗ケモカイン受容体CXCR4抗体又はケモカイン受容体CXCR4結合性フラグメントを用いた抗原抗体反応を利用する方法、CXCR4に対するリガンドを利用する方法、又はin situ ハイブリダイゼーション法を利用する方法により行う、請求項1又は2に記載の判別方法。


【図1】
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【公開番号】特開2006−180820(P2006−180820A)
【公開日】平成18年7月13日(2006.7.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−379799(P2004−379799)
【出願日】平成16年12月28日(2004.12.28)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】